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5月6日。希望崎学園。
新校舎から「希望の泉」へと伸びた、深い森を縦断する舗装路。その道が一旦途切れ、森の開けた場所には一軒のプレハブ小屋があった。
購買である。
「うーん、キッツいなあ。どうしよっか……」
プレハブ小屋を少し離れたところで見つめ、天ノ川浅葱は独りごちる。
明日、伝説の焼きそばパンが発売される購買、それを下見に来ていた。周囲には同じ目的と思しき生徒がちらほら見える。
制服の懐には、目元を覆うマスクとシルクハット、怪盗ミルキーウェイの証を忍ばせて。
ドア横の立て看板には件の告知チラシと共に、5月1日に届いたというミルキーウェイの予告状のコピーが貼り付けてある。
出した覚えのない予告状。そのためにこうして何度も下見を重ねているわけだが、当初から頭に浮かんでいたいくつかの問題は、未だ解決の兆しを見せていなかった。
一つは、購買部の警備体制。
ドアや窓から覗ける店内は商品の陳列棚が撤去され、レジの前にガラスケースが一つだけ。あそこに当日、伝説の焼きそばパンが収まるのだろう。
店長は今いないが、店内とドアの前に購買部員が三名待機し、警備に当たっているようだ。浅葱は購買部員の魔人能力を調べるために情報をかき集めたが、その全容が推測できた
のは部員全体のうち、二名ほどに過ぎない。
創設以来一度の万引きも許していないと言われる希望崎の購買部。デカデカと「万引きは極刑」の張り紙もしてあった。
自分が今まで相手にしてきた数々の獲物と比べても、その難度は際立って高いと言えた。
ならば買うのか、と言われればそれも難しい。
この学園での自分は天ノ川浅葱だ。ミルキーウェイではない。焼きそばパンを購入できるのは学園生徒に限られるため、ミルキーウェイでは買えないのだ。
そもそも予告状を出してしまった(出していないが)。
自分は別に焼きそばパンが欲しいわけではない。予告状によって脅かされそうな、「ミルキーウェイ」を守りたいだけだ。
予告状を出したのであろう偽のミルキーウェイが現れ、そいつをとっちめれば……というのは最も都合のいい想定に過ぎない。
そのような人物が現れず、ただミルキーウェイを誘き出すためだけの奸計であったなら、果たして本物はいかに振る舞うべきだろうか。
出て行ってあれは自分のものではない、と弁明するわけにもいかないだろう。「怪盗」というキャラ付けは甚だ面倒だ。
結局、考えてみても答えは出そうになく、浅葱は溜息を一つ吐くと周辺に仕掛けられたトラップを確認しつつ、その場を後にする。
そんな彼女の姿を、高木に仕掛けられたカメラの一つがじっと見つめていた。
・・・
同刻、夜魔口パンFCの所有する屋内競技施設。
夜魔口組の若い衆が100人、アナルを抑えてうずくまっていた。
アナルパッケージホールドがわずか15分、アナル以外で決めるのを禁止した上で倒したのだ。
「完璧な仕上がりだな」
&ruby(アナル){*}マークの覆面を脱ぎ、プロテイン入りミルクセーキを飲む片に声をかける。
初日はフィジカル頼りのアナル攻撃が多かったが、特訓を重ねるごとにスタイルが板につき、相手がバルサだろうとマンUだろうと11人全員の処女を奪えるだろうという域に達していた。
さきほどは両手両足での浣腸とトゥーキックにより4人のアナルを同時に破壊する妙技も見せている。
「ありがとうございます」
片は先ほど渡した資料に目を通していた。
当日の戦場となる新校舎から購買のプレハブ小屋までの道のりを載せた地図と写真。そして夜魔口組が調べあげた、当日参戦する確率が高い魔人学生とそのわかる限りでの能力のリストだ。
「社長、本当にこの子も来るんすか?」
そう言って片が指したのは、リストの最後に記載された少女。
『怪盗ミルキーウェイ 魔人能力:なんか警備の死角とかがわかってるっぽい。』
「ミルキーウェイは16、7歳と言われてる。お約束的に希望崎の生徒だろう」
「またメタっすか」
片は呆れた顔をするが、彼もそれ自体には文句をつけなかった。実際、その予想は当たっている。
「仮にそうじゃなかったとしても、必ず来るさ。そのために予告状まで出したんだ」
伝説の焼きそばパンを頂戴する、という偽の予告状。
それは魔童の指示を受けた夜魔口パンの社員が購買への搬入に際して置いてきたものだった。
「そもそも何でそんなことしたんすか? 敵を増やしてるじゃないっすか」
「ああ、それはな……」
魔童はノートパソコンを起動し、開いたサイトを片に見せる。
『ワクワク動画 裏チャンネル』
『*VIDEOS』
共に一般には秘匿とされる月額1万ドルの動画配信サイトであり、運営には夜魔口組が携わっている。
アンダーグラウンドでの魔人同士の闇試合にデスゲーム、魔人能力による異形のセックス、その他諸々……。法に触れる動画も数多く配信し、国会議員や警察幹部なども含む、国内外の汚い金持ちを主な顧客として莫大な収益を挙げていた。
魔人の少年少女が殺し合うハルマゲドンの模様などは配信される度にランキング1位を獲得する超人気シリーズだ。
「今回は殺人こそ禁止だっていうが、参戦する魔人の数はハルマゲドンの比じゃねえ。しかも見ろこれ」
『世間を騒がせる美少女怪盗ミルキーウェイも参戦!!』
配信予告の特設ページにはそのように謳われている。この宣伝文句を加えただけで高額の動画購入予約数が跳ね上がったという。
「当日、ミルキーウェイが近くにいたら……」
「わかってるっす」
「掘るなよ。打撃だけだぞ」
「うす」
片はなぜミルキーウェイに扮した魔童と連日アナルセックスさせられたのか、ここに来て理解していた。
そして。
「社長」
「なんだ」
「ミルキーウェイ見たら勃っちゃって。一発、いいっすか?」
白ブリーフの股間は雄々しくそそり立ち、カウパーが先端部を濡らしている。
「本番は明日。手淫は三回まで、交尾は厳禁だ。腰に悪いからな」
「うす……」
そう言って拒絶すると、しゅんとしたようにうつむく。
魔童はそんな片をちょっと可愛いと思ってしまうことへの危機感と、任務を完遂した後、果たして片が妻と普通の性生活に戻れるのか、という今更な懸念を抱くのだった。
・・・
5月7日、11時30分。2年生のとある教室。
「じゃあ、今日購買に行く人。手をあげて」
四時間目の授業開始時、教師が求めるとクラスの半分弱が手を挙げた。
教師はそれを見て用意してきた名刺ほどのサイズの紙を配る。
同じ頃、希望崎の全クラスでもこれと同じ光景が繰り広げられていた。
紙には各人の名前を書く欄、その下に
『上記の者、「伝説の焼きそばパン」購入の権利を認める。 希望崎学園購買部』
とあった。この日、伝説の焼きそばパンを購入するにはまずこの許可証を学生証と共にレジへ提示しなければならない。
「あさぎんも焼きそばパン欲しいんだ」
「ま、まあね」
クラス委員の天ノ川浅葱は友人の言葉に引きつった笑みを浮かべる。果たしてどうすればいいのだろうか。やはり答えは出ない。
その隣のクラスでは、皆に混じって一人の生徒がゆるゆると手を挙げていた。
ふわふわした癖っ毛に、眠そうな目をした少女、須楼望紫苑である。
何ごとにも緩慢な彼女だが、挙手するのさえ遅い。遅すぎて教師に気付かれず、紙が回ってこなかった。
「先生、私も……許可書をいただいていいでしょうか」
「ん? あれ、悪いな須楼望」
そんな様子を、友人の瀬佳千恵が心配そうに見つめていた。
同刻。3年のとある教室。
受験やら就職やら控えるためか、3年生の希望者は多かった。
「欲しいでヤンス」
挙がった手の中で、最も目を引くのが下ノ葉安里亜だった。
制服に包まれた肩から腕のたおやかなライン、手首から爪の先までの白さに誰もがひれ伏したくなると同時、思っていた。やはり今回もあのヤンキーぶってる後輩にパシられているのか……と。
しかし、事実はそうではなかった。
オヤブンはいつもクリームパンとかチョコパンとかばかり頼んで、今回は「伝説の」までついているのに「いや別に欲しくはねーけど」なんて言っていた。
それでも、自分が献上すればその伝説の味にきっとわかってくれるはず。
焼きそばパンこそ勝者の昼食だと。
――ヤスは頑張るでヤンス! 見ててでヤンス、オヤビン。
さらに別な教室。
「どうぞ、ライバルね私たち」
眼鏡の女生徒、久留米杜莉子は不敵な笑みを浮かべ、すぐ後ろの席のカレーパン頭の男子、その名もカレーパンに許可書を手渡す。
「残念だけど、あなたとめろんちゃんには普通のパンで我慢してもらうわ」
「それはこちらの台詞だ。だが、俺の作ったカレーパンならいつでも食わせてやろう」
開戦間近、二人は激しく火花を散らす。
周囲には心なしかスパイスの香りが漂っていた。
1年生。
「お、雲水っちやるの~、何お願いすんの~」「マジかよ雲水スゲー」
ギャルとチャラ男がピンと手を挙げた少年に言う。茶化すような口ぶりだが、彼らに悪意がないことを少年――雲水は感じていた。
「何を願う、というか、何も起こらないことをですね」
穏やかな口調での返答に、二人はポカンとする。
同じ教室で、他にも意外に思われる参加希望者があった。
「わ、私にも」
その生徒、真知は大人しく、人付き合いにも消極的な少女である。しかし、周囲は知らなかった。彼女が持つMACHIの顔を。
――みんな、見てて。ファッキン焼きそばパン、ファキそばパンにあらゆる苦しみを味わわせて蛆の餌にしてやるから。
その瞳には強固な意志が宿り、そして……微かな「影」が差していた。
その隣のクラス。
「可憐塚さんも出るんだ……」「何お願いすんだろう? 恋人?」「恋人なら俺がなってあげるのに」「死ね」
人形のごとき美貌の少女。可憐塚みらい。
二つ隣。
「アナル!! パッケージ!! ホールド!!」
「ひっ」
学ランに*模様の体験入学者、アナルパッケージホールドが勢いよく手を挙げると、隣の女子生徒が怯えた声を漏らす。その迫力に、このクラスでは参加希望者の半数ほどが辞退していた。
ここに名の挙がった9人、その中の誰かが、或いはNPC、名もなきモブが伝説の焼きそばパンを手にするのか、それは神のみぞ知るところであった。
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