プロローグ


時刻は既に夜。
伝説の焼きそばパンの入荷を前に沸き立つ希望崎学園も流石にこの時間になれば、大半の生徒たちは帰宅し、人の姿はまばらになる。
そんな希望崎学園旧校舎裏の一角。誰も手入れをしなくなったもはや荒れ果て、普通の人間は近づかない場所である。
そこへ我が場所であると主張するかのように不良たちがたむろしてた。
不良立ちは何事かを相談している。


「おう、てめえら用意はできたか」
「葛杉さん準備は万端ですぜ。必要なものはパシリどもに用意させました」
「ご苦労だったな。あとは計画を実行に移すだけかククク」
葛杉と呼ばれた男が不敵に笑う。
金髪にサングラス、両耳に開けられたピアス。背中に龍の刺繍を入れた原色の趣味の悪いジャンパー。
見るからにチンピラといった外見のその男はその場に集まった不良たちのリーダーであった
「やつらの阿鼻叫喚の姿が楽しみだな」
「ハハハッハハハッハ全くですぜ」
不良たちが笑う。
こんなところに誰も来る奴もいない。自分たちの計画に気づく者もいないだろう。
彼らがそう思っていた矢先のことであった。


「……綺麗な月ですね」
「はあ?」
こんな時間に誰の声だ。ここには自分たちしかいないはずだ。
そう思い、不良たちが声のした方に顔を向けると、その視線の先にはいつの間にか少女が立っていた。
希望崎の制服を着ているということは学生だろうか。美しい青緑の髪のその少女はゴミが散乱し、荒れ果てた旧校舎裏に明らかに似つかわしくない。
彼女を照らす月光がそのミステリアスな雰囲気をより一層際立たせている。

「なんだあいつは」
葛杉が疑問を口に出す。こんなところに何の用だ。
彼らの評判を知っていれば、まともな女はこんなところに近づこうなどと思わないはずだが。

「へへへマブいスケですね」
「バカッ見とれてんじゃねえ。追い払ってこい」
普段なら引きずり込んで手篭めにでもするところだが重大な計画の真っ只中だ。
騒動を起こして風紀委員あたりの邪魔が入っては困る。
となれば追い払うのが得策だろう。
「へい。分かりました葛杉さん」
葛杉に命令されたリーゼントの不良が少女のもとへ歩いていく。
「姉ちゃんここはお前みてえなやつが来るところじゃねえぞ」
リーゼントが少女の肩に手をかけた
「……そうですか」
「さあ家に帰る……グボァ」
呻き声とともにリーゼントの身体が崩れ落ちていく。


「ご、五味ーッ!?」
「てっ、てめえ何しやがった!?」
「……大丈夫です、手加減はしましたから」
青緑色の髪の少女が左手で肩を払うと、そのまま手を下におろしていきスカートの汚れを払い落とす。
吹き抜ける風が少女の青緑色の髪が揺らしている。
もし読者の皆さんの目にスローモーション機能が付いていれば視界に捉えることができたかもしれない。
リーゼントの不良に対し音速で放たれた彼女の拳を。

これが少女―――車口文華の魔人能力《デモリッシュハンマー》である。

「……葛杉さんでしたね……ここでたむろするのは構わないのですが、校則違反でやきそばパンを購入できないからといって購買部に火を放って火事場泥棒を行うなどという計画を風紀委員としては困りますね」
「て、てめえ風紀委員か!」
「……ええ……そうですね」
文華が左手で髪をかきあげながら、それを肯定した。

「風紀委員だと!糞が!授業をサボったぐらいで購買部使用停止にしやがって」

「どうせ買えねえんだから焼き払っても問題ねえだろオラア」
「……もう少し周囲の迷惑を考えていただきたいのですけど」
彼等の反応にため息をつく文華。
まあ周囲の迷惑を考えるようなら最初から不良などやっていないか。

「まあいい。ここであったが百年目よ!!やっちまいなてめえら!!」
「ブヒィ!この居眠りの哲にお任せ下さい!」
「俺の斧で首をはねたい!」
「ヒャッハアア!嫁にいけない体にしてやるぜ!」
釘バット!鎖鎌!投げナイフ!斧!葛杉の命令に呼応し、それぞれの獲物を構える不良たち!

そして、彼等が文華に襲いかかろうとしたその時!!

「グワーッ!」
突如夜の闇に閃光が走り、武器を構えていた不良たちから悲鳴が上がる。
そして不良たちが次々と倒れていった。

「はあはあ……あ、あなたたち!お姉様に何をするって言いましたか!」
声がした方にはここまで走ってきたのか息を切らした様子の赤縁のメガネをかけた金髪の少女の姿。
文華と同じように希望崎の制服に身を包んでいる。
「お姉様に手出しすること、このテスラが許しません!それでもやるというのなら覚悟してください!」
テスラと名乗った金髪の少女がびしっと不良たちを指差す!

「てっめえ仲間を呼ぶとは卑怯だぞ……!?」
「……集団で一人を襲おうとした人に言われたくはありませんし……そもそも私は一人で来た……なんて一度も言った覚えはないのですけど」

呆れた様子の文華。文華のもとにテスラが駆け寄っていく。

「全くお姉様。踏み込む時はテスラたちと一緒にと言ったじゃないですか」
「……ごめんなさい……でも今夜はなんだか星空が綺麗だったから」
全く理由になっていないが、車口文華という少女と関わっていればいつものことである。
過去には急にピラルクが見たくなったという理由でアマゾンの奥地まで一人で旅立ったこともあるのだ。
テスラからすれば慣れたものだ。

「全くお姉様は。もちろんあのような愚かな下賎の輩にお姉様が不覚を取るなど万に一つもあるはずがないです。
 けれどテスラはそれでもなにか不慮の事故が起こってしまうのではないかと心配で心配で今日も飛んできたんですよ」
「……そう……ありがとうテスラ」
見つめ合う二人。

「誰が愚かだオラァ」
不良の一人がテスラに向かって棍棒を振り下ろす。
テスラは背後に飛びそれを回避する。
「蛆虫がお姉様とテスラの世界の邪魔をしないでもらいたいですね」
テスラが右手から不良に電撃を放つ!電撃を浴びた不良が吹き飛んでいく。
「……殺してはダメですよ」
「わかってますお姉様」
そのあともヌンチャク、バタフライナイフ、冷凍カジキマグロで武装した不良たちが次々と二人に襲い掛かる!
「ああもう面倒ですね!?」
テスラが周囲の不良に電撃を放つ!不良が吹き飛び倒れていく!
「……そうですか?……ちょうどいい運動だと思いますけど」
文華が不良に拳を振るう!不良が吹き飛び倒れていく!
「いい運動って……まあ、お姉様が楽しいのならテスラはそれでいいのですけど」
テスラが殴りかかってきた不良に電撃を放つ!不良が吹き飛び倒れる!
二人によって次から次から倒されていく不良たち。
こうして瞬くうちに二人の手によってあれだけ屯していた不良たちは壊滅していった。


「さて、これでテスラたちの仕事は終わりですね」
「……油断してはいけませんよ……最後までちゃんと処理するまでが風紀委員会の仕事です」
たしなめるように文華が言った。
「わかっていますお姉様」
テスラが答えた。

「……クックッ…クックッ」
電撃を受け倒れていた葛杉が不敵に笑う
「……何がおかしいんですか?」
「クックックックッ。俺を捕縛したところで計画は止まらん。すでにあの御方達が動き出している。
そう、あの校則違反四天王がな」
校則違反四天王――――それは何度も校則違反を繰り返した結果、購買部の使用を永久に禁止された恐るべき男たちだ。
焼きそばパンに限らず購買部の商品を何も購入することができないため、不良でありながら自分でお昼の弁当を用意しているという。
「所詮俺など使用権を数週間剥奪されただけただの小物よ。あの方々の足元にも及ばん。
せいぜいやきそばパンを守る方法でも考えておくことだな。クハハハハ……ゲバア」
腹立ち紛れにテスラが葛杉の顔面を蹴り上げた。


「まったく。ゴミのくせに迷惑な」
腕を組み、苛立ちを隠さないようすだ。
「……困りましたね」
物憂げな表情で文華が言った。
たださえ、当日は学園の大半の生徒が購買部に殺到して面倒だというのに。
さらに余計な騒動を起こされて風紀委員の仕事を増やされるようでは非常に困る。
「……とりあえずあなたは予定通り生徒たちに紛れて焼きそばパンの購入にあたってください……」
「はい。分かりましたお姉様!」
殺到する購入者の中に紛れ込み、校則違反者を取り締まる。それが風紀委員会の当初の計画だ。

であるので、焼きそばパンの購入はそこまで重要ではないが、だがテスラとしてはせっかくなのだから焼きそばパンを手に入れたい。
そのためにはそして文華と一緒に食べるのだ。

「テスラ頑張りますね!」
「……ええ期待してます。でも無理はしないでくださいね」
「はい!」
文華に答えるテスラの表情はとても嬉しそうであった。
最終更新:2015年05月24日 15:05