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プロローグ


まえがき(注意事項)
※1:地の文の定義とは、情景・心中描写を問わず、会話文「」の外にある文章を指す。
※2:作中人物は認識の有無を問わず、文中で成立した地の文を後から改編することは出来ない。
※3:地の文で明確な嘘を吐くことは出来ない。嘘とは明確に事実と異なる描写を作中人物が意図的に行う事であり、語り手の誤解や意図的な情報の隠蔽等は含まれない。
※4:作中人物が第四の壁に到達することは可能とするものの、突破は不可能であるとする。
※5:以上の定義に背くも乗っかるもその人次第。面白ければ、なんでもいい。


 風が吹いている。
 ここは希望崎学園五〇〇〇m高空、焼きそばパン争奪戦を間近に控えた、とある夜の事だった。

 探偵は少しの肌寒さを感じ、改めて助手の手を握りしめる。
 いや、寒いのは外気ではないのだろう。むしろ心中から体表目がけ、血管を通し這い登ってくる恐怖心の方が大きいように思えてならなかった。
 『天・地・則(てん・ち・のり)』。魔人能力の影響下にある以上は如何なる荒天の中でも、世界最高頂であっても、手を繋いでいる限りは春の陽気を蓄えている地表の空気と変わらず歩める。
 透明な踏み板を一歩一歩意識して進み、夜空を一直線に駆け上がる、存在しない階段を見ないようにして。
 ――こればかりは、パートナーたる助手を恨むようだった。
 助手は先に行かない。こればかりは探偵たるあなたの役目であると、顔半分だけの笑みで言われては、いつだって了解せざるを得ないのだから。探偵は助手の上半分がどうやって笑うのかを、まだ知らない。

 握りしめた手の先、探偵の心臓をきゅっと握りしめるのは「現の証拠」の異名も取る第一級探偵その人。長枝『花鶏(あとり)』、次枝『雷花(らいか)』に続く、全宇宙で三番目に生まれた人工探偵。

 握りしめ、握り返すのが探偵助手の風露(フーロ)、伊藤風露(いとう・ふうろ)だ。
 探偵が"彼女"について話せることは沢山あったが、まずは肩書と言った当たり障りのない情報からになってしまうのだった。知れず、思考を巡らせる内に機嫌を損ねまいと、堂々巡りしている。
 例えば、なぜ探偵が子供じみた『フーロ』と言う呼び名を人前で強制するのかと言えば、理由はあるのだが、それを考えるのを探偵は止める。
 こう見えて助手は嫉妬深く、それ以上に×××なのだからと。そう思った瞬間のことである。

 「怖いっ?」

 痛。

 つまり、いらぬ事を言わない、思わない知恵である。

 五指(五糸)と五指(五糸)が絡み合い、一つの織物を為すように、指と指、手と手は離れない。
 探偵の塞がった片手、振りほどく気にはなれない。
 けれど、事が言葉の綾の取り合いなら勝てる気はしなかった。手を挙げて万歳する。

 「キミは素直だねっ」

 ちなみに……『昔の人は足が速いね』、と。
 そんな旨の事を面と向かって言ったことがある。やはり思うのと言うのでは天と地ほどに隔たりがあったらしい。

 「だけどねっ!」

 爪を立てられた。

 さっきと同じく。

 双方が触れあっている場合、各々の地の文は共有される。つまり、隠しっこなしと言うことである。
 地の文の認識、それがフーロの魔人能力『天・地・則』の要である。
 つまりは心を読むことだって出来る。そういうことだ。

 そして、ここがどこであるか探偵は今一度思い出す、いや認識させられる。
 助手が歩む限り、そこがどこであっても道となるのだ。が、探偵はその必要条件には加えられていない。

 「いくら怖いからって、五〇〇〇mも舞い上がることはないじゃないかー。このまま一週間も行けば、月まで行っちゃうんじゃないっ? あたしも月まで里帰りするのはやぶさかじゃーなーいーんーだけどねっ!」

 このまま歩いていけば、きっと月まで行けると嘯いたのがついこの前か。
 それはいいね、と思って猛然と走り出したのがついこの前の出来事となる。
 乱暴になるほどに、引っ張り上げるように、その手を握りしめていた。
 フーロが明らかに怒っていたのはそれだから、だろう。一方で、ドライブならどれくらいで着くかなと、頭の中で計算を始めるのだから助手もさほど本気ではないようだった。思わず、ほっとする探偵。
 調子に乗り過ぎたか、と思いこつんと頭を叩くフーロの仕草、それがどのようなものであるか二人とも見ていない。
 けれど、わかる。それがとても愛らしいものであることを。

 「――キミが、たとえ。
 男の子でも、女の子でも、それ以外でも。小さくても、大きくても、ちゅうくらいでも。
 幼くても、老いていても、そうでなくても。善人でも、悪人でも、普通の人でも。
 人であっても、そうでなくても、かつてそうだったとしても……かまわないよ。
 あたしより長く生きて欲しいってそう思うんだ。あたしもキミより一分一秒でも長く生きる様に頑張るからさ……」

 これが返しの言葉だ。茶化しではない本気の言葉だから、探偵は自分は言った候補に含まれているよ、なんて野暮な言葉を呑み込もうとする。
 遅かった、けれど。フーロはそんな当たり前の返しを好ましく思ったか、ぎゅっと噤んだままで却って泣き顔に見える上半分を少しだけ緩めて、少しの笑顔らしきものを見せた。

 天下の第一級探偵も褒め言葉には弱かったようで、今度は爪も立てない。
 星の海を泳ぐには未だ遠く、地肌を見て想像で遊ぶにもやや遠い、近いのは互いの距離だけだった。

 「……てれるぜ。あたしの周りの世界は大体詩人になっちゃうぜ。
 改めて言うけどさ。あたしは口に出す言葉で嘘を吐くつもりは基本的にはないからっ!」

 ……嫌な予感。

 「大当たりー! さぁ、スカイダイビングと決め込もうぜ、やっほーい!」

 有言実行であった。
 先程までの静寂の空間は瞬く間に猛烈な風切音が支配する冷却期間へと突入する!

 「ま、五〇〇〇mまでの空中にトラップの類がなかったのは収穫だよねー」
 やれやれ……、探偵は思わず額に手を当てる。
 これはある種の主人公に認められた特権(ポーズ)なのだが、別にいいだろう。先程のフーロの発言に乗っかるわけではないが、たとえ自分が男でも女でも認められるような、そんな気がした。

 「しっかし、来るのが早すぎたかなっ。『言刃刈り(リーヴス・ブレード)』の錨草に、『詩刑宣穀(ロー・シチゴ)』の柊。あたしの愛する部下たちが間に合いそうにないぜっ。
 あいつらに任せといた『天童自由棋士団(テンドー・ブラックナイツ)』への相互不可侵協定なんて些事は、あたしが出向いてとっとと片づけとけば良かったわ、実際」

 オンオフ自在な能力によって減ぜられたとは言え、この落下速度の中でよくも喋り倒せるものだと少し尊敬した。
 最も細切れにしたせいで、瞬時の内に伝わる地の文なんてたかが知れているが。
 ……この前、一緒に乗った観覧車の中で必死にじたばたしてくれていたのは可愛らしかったな、と思い出しつつ、今はちょっと可愛くないな、と改めて探偵は思うのだった。

 「あ、なんでそれっきりって? 忌々しい『推理条例』を忘れた?
 東京都では探偵の活動は著しく制限されるっ。
 いくら学園敷地内が治外法権と言っても一ヶ所に三人以上の探偵が集まるのは好ましくないってされてんのー。今の段階で政府にマークされるのもつまんないしっ。
 それ以上に、頭数がいらないってのもあるけどね。観測はあたし一人いればお釣りが出るし、戦闘なら付き合いも長くて相性のいいあの三級×2なら問題ないでしょー」

 思ってない。だけど、付き合い長いって言っても二歳と五歳じゃーと思ったのは確かだ。
 けれど、これは口にも思考にも出せない。今じゃないと、年齢の事は話題には出せないのだ。
 さて、空の旅もそろそろ終わりらしかった。狙いの購買部プレハブ小屋は、直近と言ったところ。
 事前のテストには十分だろうと思ったその瞬間だった。

 「あねさまー……」
 この声は……先に話に出た二人が役に立ったのだろう。
 大声を張り上げているのだろう。けれど、この距離では幽かな音にしか聞こえない。
 闇夜に目が慣れても、この距離は中々縮まらない。気が付けば、階段を降りる速度で歩み始めていた。

 「いや、一人だねっ。大方、相方に丸投げして駆けつけ一杯ってところか、いいね!
 芋人(いもうと)よー、木身(キミ)には感謝するよー」

 何がいいのか、探偵は地の文に出ずとも、人工探偵間で用いられる微妙なアクセントの違いを理解して少しだけげんなりとさせられる。その程度には付き合いは長かった。
 「ツンの方が来るかヤンの方が来るか、楽しみなんだって? どっちもデレは早いよね!」

 ふざけの虫が入った"彼女"を見て、その手が繋がっていることにいつだって安堵する。
 もう片方の手は自分を抱き留めるためでなく、いつだって白杖に塞がれていたから。
 顎から続く滑らかな稜線、鼻筋から頬の紅に至る肉付きはふっくらとしていて稚さを示しながら、全体に宿った知性の光――怜悧さを相殺するようだった。
 長い睫毛は丁寧に整えられ、庭草の様だった。虹の如き確かにある幻想――眉が空へと架かる。
 アッシュグレイの髪は刻一刻と姿を変える雲のようでいて、そこにあると言う硬質さを保っていた。

 「焼きそばパン……」
 探偵はそこまで考えたところで、目を閉じて思考を単純化した。
 そうだ、すべては――自分自身がどうあるかも、フーロの真意も、今地上に立っているのが錨草であるか柊であるかも、焼きそばパンが結局なんであるかも、きっと今ではなく――。