※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

プロローグ


物心がついた時には、僕はその貧民街で暮らしていた。親はいない。言葉、常識、生き抜く力。それらをいつ教わったのか、手にしていたのかは分からない。
インフラ設備の一切が原始的で旧世代的。法律などが力を見せる所は微塵も見られぬ。ただ人々は今日のためだけに生きる。そのような大地から奇跡的に抜け出す権利を得て、僕は今この家にいる。

僕を引き取ってくれたパパとママは決して金持ちでは無いけれども、色々な事を教えてくれたり、学校での話をいつも心待ちにしていて僕が話すと一緒に笑ったり泣いたり、時には怒ったりしてくれる。
僕は彼らが好きで、これからもここでこうしていたいと思っている。でも、そのような事が許されるのだろうか。
僕は罪人だ。
あの様な貧民街よりも薄暗く苦しみと悲しみに満ちていて、闇の奥から響く誰かの泣き声が尽きることの無いような地獄がお似合いな重罪人なのだ。



■■■6年前■■■



「いやあ〜たまりませんな。このような娯楽がこの世にあるとは。」
「だろ?また来ようぜ。」
モラトリアムを謳歌するサイコ医大生共が金貨を1人一枚ずつ置いて去っていった。この日は常連の奴が新入生を連れて来て四人で僕の身体を弄っていった。
貧民街と都市郊外の狭間で商売するのを、僕は日課としていた。
メスだのピンセットだので解剖された身体の一部を体内に納める。生活必需品のソーイングセットで傷を縫う。
今日の損傷は身体の丈夫さと回復力に自信のある自分でもそこそこキツい。暫く移動することも出来ないだろう。
地面を僕の血が濡らして照り返していた。いつの間にかだいぶ血が出ている。意識が遠ざかっていく。


気を失っていたようだ。目を覚ますと、目の前に僕と同じ位の女の子がいた。身なりや服装からして郊外の住民らしい。
「大丈夫?血が凄かったよ」
僕の傷にはいつの間にか薬が塗られ、包帯が巻かれていた。
「多分、いつものことだから。でも気を失うのは初めてかもしれない」
「何をしたらこうなるの?」
「人の遊びに付き合ってたらちょっとね。あんまり知らなくていいよ」
身体はもう動かせそうだった。手当のお礼だけしてここを去ろう。
「この薬と包帯はきみがやってくれたのかな?ありがとう。でもこの辺は物騒だから早く家に戻った方が良いよ」
「そうなの?ありがとう」
女の子はその場を去っていった。ふと思い出して懐の金貨を探ったが、減ってはいなかった。僕が気を失ってからそれほど時間も経っていなかったらしい。

それから約1週間。傷が大体塞がったのでまた郊外近くまで商売に行った。サイコ美大生共の相手をして帰ろうという時に、またあの女の子に会った。
彼女は郊外の中の最下層に住み、いつ貧民街に落ちてきてもおかしくないような暮らしをしていたようだ。郊外には、彼女と話してくれるような人も居ないらしい。親はいつも仕事で家を離れているとか。
そこで何となく僕に会いに来たらしい。僕もこの時はそこまでの傷を負っていなかったので、ちょっとしたチンピラが絡んできても彼女を逃がすぐらいの事は出来ると思い、話をした。
話をしながら、彼女は自分の昼飯の焼きそばパンを僕に分けてくれた。この時初めて食べた焼きそばパンは今まで貧民街で食べたパンとは比較出来ない美味しさで、食べながら涙を流してしまった。
彼女はこれまで親が居ない時は家のすぐ外でずっと砂に絵を描いては消してを繰り返すような生活をしていたようで、親も常にイライラとしていて話をすることも殆ど無かったと言っていた。
口下手だったけれど、他人と話すことがとても楽しかったようで、夕暮れまで何時間も一緒に話した。
意外にも話題に尽きることは無かった。

その日は日が暮れる前に別れたが、それから何度もその子とは話し合う関係になっていた。
女の子は親に気付かれて注意されても、こっそり家を出て話に来た。彼女の誕生日に頑張って買ったブレスレットをあげるととても喜んでくれた。
彼女はとても寒い日に、マフラーを編んで来てくれた。
そのような交流は長い間続いた。


ある日、彼女は僕の仲間入りをした。親が家を捨てて何処かに逃げて行ってしまったらしい。娘を売らないという良心だけは残していたようだ。
貧民街に来た彼女は外ではローブで顔や身体を隠しながら僕と一緒に暮らすことにしていた。非力な彼女が姿を晒すのは危険だという判断からだった。

僕の稼ぎだけでもなんとか2人で暮らしていけた。暫くはこれでも暮らしていけるだろうと思った。
だけど、今僕はまだ子供の身体だから需要があるだけで、大人になってもこの商売を続けられるかは分からない。身体の再生力だって鈍ってくるだろう。
彼女はそんな僕の考えを見透かしたように、自分も少しでもお金を稼ぎたいと言い、僕が商売に行くのについて来た。この時止めておけば良かったのだ。

「その子どうしたの?可愛いじゃん。その子だったら俺いつもの5倍出すぜ」
「ですねえ、最近マンネリになって来たと思っていたんですよ。やはり新鮮な楽しみが必要だ。傷一つない肉体に傷をつける楽しみを私たちは忘れてしまっていたようです…」
僕は正直この時嫉妬まで感じていたのだ。なんで僕がどれだけ痛い思いをしても稼ぐことが出来ない金を彼女は簡単に手に入れられるのか。僕はいつも自分が無事だから、彼女でも大丈夫だろうと思ってしまっていた。彼女もそう思っていたのだろう。
その日、彼女はサイコ法学生に連れてかれたきり、戻ってこなかった。

次にサイコ法学生が僕を尋ねてきた時、彼女の事を尋ねた。
「殺しちまったよ。やりすぎちまった、お前がやりすぎたせいだろ?」
「酷いっすよ、先輩だって思いっきりやってたじゃないですか、あ、このお金はあの子の紹介料と口止め料ってことで」
彼女の身体はどこかに置き去りにしてきたらしい。
金貨を受け取りながら、目の前が真っ暗になった。
僕は墓を作った。死体の埋まってない墓を。

そしてそこを偶然通りかかった老夫婦に拾われた。



■■■現在■■■

僕は最近墓を尋ねに貧民街の近くを通りがかった時、彼女にそっくりな女の人に会った。今彼女が生きていればそのくらいの年だろう。

「どこかでお会いしましたか?」

彼女は僕を知らなかった。記憶喪失らしい。
彼女かもしれない。彼女でないかもしれない。
どちらでも良い。彼女に罪を償いたい。
そのような時に伝説の焼きそばパンの話が耳に入った。
せめてこれで罪を償えるのなら、
僕は決心を決めた。