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プロローグ


問1 次の文章の空欄を埋めなさい。(3点×3)

 ( A )( B )( C )!! 帝王に逃走はないのだーー!!

 A( 媚びる   ) ×
 B( ゴマする  ) ×
 C( 靴なめる  ) ×
                              小計 0点



* *




誰もが目を奪われた。2年E組に現れたその少女は美の極致であった。

若干ウェーブがかったプラチナブロンドの表面では光沢がさざ波の如くに揺れる。
一分の隙もない造詣の肉体は、イデア界から取り寄せたかのようだ。
絵に描いた美女が熱と厚みを持って動いている。そんな光景だった。

右脚を前に出し、左脚を前に出す。その所作は流れるように淀みなく、
彼女が一歩ずつ歩む、その様子だけでも映像作品として通用しそうですらあった。
もし彼女が望むなら、アイドルでもモデルでも女優でも、何にでもなる事ができるだろう。

ある者は息を飲み、ある者は溜息をつき、周囲の人々は彼女の登場を見守った。
少女は毎日この教室に現れる。美人は三日で飽きるというが、
真の芸術は何度見ても新鮮な感動を与えてくれる。
昼休みに似つかわしくない静寂だったが、彼らは望んでそうしていた。それは神聖な時間だった。

だがその尊い空間は、あまりにも容易く破壊される事となる。



「オヤビ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!」



素っ頓狂な明るい声が響いた。品がなく、言ってしまえば馬鹿丸出しだった。
張りつめたような雰囲気は一気に崩壊した。教室内の空気が丸ごと入れ替わったようだ。
生徒達は頭を抱えた。これも毎日の事なのだが、どうしても落胆する気持ちを抑えられない。

その声は、美少女本人から発せられていたのだ。

「昼メシ買ってきたでヤンスー!」

イデア美少女は一人の女性徒の席まで進むと椅子の前にしゃがみこみ、購買の袋を差し出した。

「おう」

受け取る少女はふてぶてしい態度である。片足を椅子に上げ、いかにも行儀が悪い。
彼女は袋を受け取って中身を確認する。何とこの美女をパシリに使っているというのだ。
袋から現れたのはミニパックの牛乳、そして焼きそばパンであった。

「おいヤス」
「へい」

二人の目が合う。美女の目力は凄まじく、見つめるだけで人の一人や二人は狂わせる事ができそうだ。

「こりゃ何だ」
「焼きそばパンでヤンス!」

美女は鼻息も荒く、得意げな笑みを作ってみせる。
骨と肉と皮が絶妙のバランスで組み上げた奇跡の顔面は、表情を加えることで愛嬌をも得ていた。
もはや無敵であった。その少女の顔は三次元で表現できる限度に達していた。
しかし一瞬の後。その生きた文化遺産には拳がめり込んでいた。

「アタシが頼んだのは……クリームパンだーーーーーッッ!!!」

「ギエエエエエエ!!」
鉄拳制裁! 美女がもんどり打って倒れる。
ガラの悪い少女の怒りはおさまらず、そのまま馬乗りになって殴り続ける。な、なんてことを!

「てめェは! 買い物ひとつ! 満足にできねェのかーーッ!」
「ア……アア……オ、オヤビン! ご勘弁、ご勘弁をーーーっ!!」

殴る少女の拳も段々と皮がすりむけ、間違いなく痛い筈なのだがその勢いは衰えない。
とにかく凄い剣幕だ!

「で……でもオヤビン、オヤビンには焼きそばパンが似合うでヤンスよ!?
 クリームパンなんて女子供の食い物でヤンス! 焼きそばパンこそ勝者の昼食」
「……あ?」
「アヒィーーーー!! ぶっ殺されるでヤンス!?」

美女はゴロゴロと転がってマウントを抜け出す。
「かかか買い直してくるでヤンス!」
そのまま、埃を巻きあげて無様に走り去った。入室時とは明らかに異なる猛然とした速度だ!

去り際、何人かの黒服SPが彼女に駆け寄り、代わりに買いにいきましょうかと耳打ちしたが、
美女はそれを一蹴した。自ら走ってこその忠誠である。

一連の流れが終わって、周りの生徒たちは今一度、ため息を重ねた。
下ノ葉製薬のCMにたびたび登場し、世間の評判では
『ミステリアスな美少女』という事になっている下ノ葉安里亜の真実は、この通りだ。

下ノ葉安里亜、通称ヤス。
緒山文歌、通称オヤブン。
二人は主従の関係であった。



* *




! ?

「ア? 何見てんだテメェら?」
「っせぇな。てめーらこそ何してんだよ」

不良生徒が威嚇すると、オヤブンはそれに威圧で応えながら前へ出た。
一触即発である。

ここは校門の真下、希望崎大橋の橋の影。日の光の当たらぬ退廃的なたまり場である。
ある者は怪しげな粉末を万札と交換しており、
ある者は恍惚とした顔でくしゃくしゃのビニール袋から深く息を吸っている。明らかにまともではない。

そしてこの不良らは、ここで亀をいじめていた。
数人で囲み、歩みが鈍いだの引きこもりだの包茎だのと罵声を浴びせていたのだ。なんたる非道!
昔々、あるところから連綿と続くクラシカルでトラディショナルな日本伝統の悪辣行為である。

それにオヤブンが目を留めた。天気の良い昼休みには外で昼食を取るのが彼女らの日課である。
動物虐待は彼女の基準でクソにあたる。そして緒山文歌はクソな物事を許さない。
絶対にだ!

「コイツが自慢げにご立派なモノ見せ付けてきやがるからよォ、ムカついてんだよ!
 ンだ? 文句あっか? やンのかコラ?」
「あア? 上等だこの野郎」

不良がメンチをきり、オヤブンが返す。成程男たるもの、亀を見れば嫉妬のひとつも覚えるであろう。
二人は険しい顔で睨み合い、今にも殺し合いそうである。

「おっと、てめェら如きオヤビンの手を煩わせるまでもないでヤンス!」

だがここで後ろに控えていたヤスが素早く動き、もみ手しながら間に入った。
偉大なるオヤブンにこの様な木っ端チンピラの相手をさせるのは彼女の下っ端としての矜持に反する。

「オヤビン! ここはオイラにお任せくだ」
「オラアアアアア!」
「あっ、ちょ」

だが言い終わらないうちに、オヤブンは既に殴りかかっていた。何しろ彼女はクソを許さないのだ!

「ア? ンだコイツ!?」
不良は不意討ちに驚き、反射的にオヤブンを突き飛ばしていた。
その身体は予想以上に軽く、壁に当たったボールのように簡単に跳ね返される。

「ぐわあああああああーーーーーッ」

オヤブンは向かったそのままの勢いで吹き飛び、数メートルほど転がってから動かなくなった。

「オ……オヤビ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!?」
ヤスの悲痛な叫びがコンクリートの橋に反響する!
オヤブンの身長は146cm。体重は昨日量ったら2キロ減って34kgだった。明らかに無謀!

「よ……よくもオヤビンを〜〜〜〜〜!
 いったいどんな危険な能力を使ったでヤンスか!」
「は? いや俺は何も」
「キヒィー! 許さねぇでヤンスー!」

一瞬の出来事であった。美女の姿がゆらめき、なびく髪が不良の視界を横切った。
なんだこれ、すげぇイイ匂いだ。
そう思った時には既に、彼の肉体は橋の上まで打ち上げられていた。
瞬き一つの間にブロンド美女の鉄拳が彼を捉え、橋を貫通するほどの威力でブッ飛ばしめたのである。

なおその際、ちょうど橋を通行中であった一年生、園辺新太(そのへん・にいた)が
巻き込まれ、諸共に吹き飛ばされた事を我々は忘れてはならないだろう。
彼は今日、気になる先輩に告白するつもりだった。
ああ、園辺新太!

「…………!!?」

一方、橋の下はざわめき立っていた。不良たちの目つきが変わる。
突然現れた『あの』下ノ葉安里亜。予想以上の強さ、そして美貌であった。
彼らは何をすべきか理解した。

「……鳥巻。いけ」
「「オス」」

影の濃い奥のほうからドスの効いた声が短く命じた。ボス格がいるようだ。そして二つの影が応える。
生徒会指定の禁止薬物『ハッピーターンの粉』を5万円で取引していた鳥巻兄。
ビニール袋に入れた昨年度ミス・ダンゲロス『山ノ端一人』の上履きの匂いを吸引していた鳥巻弟。
二人合わせて鳥巻兄弟! 番長グループでも名の知れた魔人だ。

「いくぜェ」
まずは鳥巻兄が投げ縄の要領でロープを投擲する。するとロープはたちまち軌道を変え、ヤスを捉えた。
「ヤンス!?」
避ける事はかなわなかった。これはそういう能力だ。

身体のラインを強調するように縄は巻きつき、ヤスの両腕は後ろ手に縛り上げられ、あろう事か、
嗚呼! スカートの中にまで縄は及んでいる!
その縄が描く文様は……亀! 彼女は地面に転がされた亀に等しい!
全自動亀甲縛り能力『OGRE-666』、何とけしからん力であろうか!

世紀の美女を単なる雌豚に貶めるがごとき絵面は恐るべき背徳感を生み、
この景色に衝撃を受けた鳥巻兄は後に日本フェティシズム大学に主席合格、
「亀甲縛り論」によって学会を震撼せしめる事になるのだがそれはまた別の話である。

彼が見入っていられたのは僅か一秒だった。この光景は一秒しか続かなかったのだ。
「ヌ…………」
「ぬ?」

「フンヌウゥゥアアーーーーーーーー!!!」

ブチブチと音を立て、縄が千切れた。鳥巻兄はあっけに取られるしかなかった。
その時既に彼は、美女の髪の匂いを知覚していた。即ち、直後に彼は橋の上を飛んでいた。

なおその際、ちょうど橋を通行中であった二年生、桃李すがり(とうり・すがり)が
巻き込まれ、諸共に吹き飛ばされた事を我々は忘れてはならないだろう。
彼女は今日、意を決してドMの性癖を部活の皆にカミングアウトするつもりだった。
ああ、桃李すがり!

……カシャ。
「やれやれ。こんな力、使いたくないんだけどな……キミ、もう終わりだよ」

一方、橋の下では機械的な撮影音とともに鳥巻弟がスマートフォンを構えていた。
ヤスは身構える。だがもう遅い。彼の能力の条件は既に満たされたのだ。

鳥巻弟のスマホでは、即座にヤスの姿が背景画像に設定された。
そして画面端に1ドットのボールと、横長のパッド。彼は画面をタップする。
ボールは射出され、増殖し、画面内でヤスの身体を何度も跳ね返る——

「…………ヤ、ヤンスうううううう!?」

すると、目の前のヤスの制服が! 端から所々消失していくではないか!
「まったく。こんな力、使わせないでくれよ、ふふ……キミが悪いんだからな」
鳥巻弟が口の端を邪悪に吊り上げる!
リアル・脱衣ブロック崩し能力『鎧崩しの写真遊戯(フォトグラフィー)』! なんたる歪んだ性癖か!

少女は頬を赤らめ、目の端に涙を溜めた。人並みの羞恥心はあると見える。
そのあまりに刺激的な光景にニューロンが覚醒した鳥巻弟は後に3Dグラフィッカーとして大成、
奇跡の美女映像を描く映画監督として歴史に名を残すのだがそれはまた別の話である。

この光景もまた一秒と続かなかった。なぜなら拘束力も攻撃力も皆無だったからだ!
「何ァにを…………しやがるでヤンスかーーーーーーー!!」
彼は髪の匂いを感じ、空を飛んだ。

なおその際、ちょうど橋を通行中であった三年生、牧駒レイジ(まきこま・れいじ)が
巻き込まれ、諸共に吹き飛ばされた事を我々は忘れてはならないだろう。
彼は今日、特に予定はなかった。
ああ、牧駒レイジ!

「……チィ、思ったより短かったな。使えぬ連中よ」

一方、橋の下では重々しい声とともに、ついに重鎮が動こうとしていた。
特に戦闘が強いわけではないが女の子をエロい目に遭わせる事に定評のある鳥巻兄弟が敗れたのは残念だ。
もはや動くしかない。『決して彼と戦ってはならない』とまで言われた、この男が。

「儂の事は知っとるか? 貴様もう逃げられんぞ」
「すぐにマヌケどもの後を追う事になる奴なんか、知る必要もねェでヤンス!」
「フム」

大柄な男は大仰に歩む。そのズボンの裾は腐り果て、ぼろぼろである。彼はヤスを一睨みした。
もぞり。
ヤスは足の裏に違和感を覚えた。そして次の瞬間には、あっけなくひっくり返った。

「グアアアア! かゆい!! か、かか、かゆいでヤンス〜〜〜〜〜〜!!」

美女は息を荒げ地面をのたうち回る。美しい顔が苦悶に歪む!
あちこちが消失した着衣の隙間からは柔肌が覗き! スラリと長い脚がバタつけばスカートの中が露になる!
そのチラ指数たるや、2.4ptr/sec(毎秒2.4パンチラ)に達するほどであった。
周囲の不良は涙を流しスタンディングオベーション!!

「グハハハハ!! 儂に逆らって無事でいられる者はおらぬ!」

男は大笑! 彼の能力『アクアバグ』は目の前の相手を即座に水虫にする力であった。
特に制約はなく、逃れる術はない。しかもこの水虫、術者を殺しても治癒しない!
この男に喧嘩で勝っても、一生かゆみと戦わねばならない。ゆえに『決して彼と戦ってはならない』。
恐るべし……恐るべし番長グループ重鎮、『アクアバグ』の群田悪九斎(むれた・あしくさい)!!

「グハハ……グハハハハ!! いィい眺めだ! 地獄の痒みに悶え苦しむが良グボオォォ!?!」

だが次の瞬間、彼は橋の上を飛んでいた。





「お……おそるべき相手だったでヤンス……」
汗を拭い息を整える絶世の美女。彼女の手元には、タブレット菓子のケースがあった。
ヤスは何をしたのか? その菓子を手に取り、一粒飲み込んだ。たったそれだけ。
『馬鹿は百薬の長』。一瞬で彼女の水虫は完治していた。

残る木っ端の不良たちが散り散りになってゆく。
それを尻目に、胸元を押さえながら彼女はオヤブンに駆け寄った。



* *




偉くあれ。上に立つ者であれ。そう言われてきた。
自分の何が偉いのか、ひとつも分からなかった。


「う……………………」
「あ、オヤビン! 目が覚めたでヤンスか!」
「…………おう」
「ご安心を! オヤビンに仇なす愚かなクズどもはまとめて地獄に送ってやったでヤンス!」
「そうか」


何でもできる子、とよく言われたが、逆だと思った。
自分でやろうとしてやった事なんて、ひとつもない。
私は、自分では何もできやしない。


「逆らう者は処刑でヤンス! オヤビンこそがこの宇宙を統べるに……」
「ヤス」
「へい」
「膝枕とかダセェからやめろ」
「じ、地面は固いでヤンスよ」
「あ?」
「ひィィ!」


だから、人の上になんか立ちたくないのに。
誰も私の上には立ってくれなかった。並んですらくれなかった。


「お、お許しでヤンス〜! 殺されるでヤンス〜」
「うるせェ」
「ど、どうすればいいでヤンスか〜」
「メシにする」
「や、ヤンス〜」


この人は、私の上に立ってくれる。


「パン、半分やる」
「頂くでヤンス」
「牛乳飲むか?」
「頂くでヤンス」


こんなに楽しい日々は初めてだった。
こんなに美味しい昼飯は初めて食べた。


「うまいでヤンス〜」
「うェッ。イマイチだなこれ」
「イマイチでヤンス」


この人の手でありたい。
この人の足でありたい。


「そういや聞いたか? あの噂」
「ヤンス?」
「なんか連休明けらしいぜ。伝説の……」


この人が欲しがるモノがあるなら、当然、手に入れる。