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プロローグ


4月30日 午後11時45分 美流都不動産ビル 最上階

『美流都 優剛様
 5月1日 午前0時
 貴方の宝石コレクション 戴きに参ります
           怪盗ミルキーウェイ』

「……クソ忌々しい。最近噂の怪盗だか何だか知らんが、どうやってかぎつけた」

美流都 優剛はとある不動産会社の社長である。
そして、お察しの通り汚い金持ちの一人である。

彼は自社ビルの最上階、社長室で最高級ワインの入ったグラスを傾けながら
不躾な怪盗からの予告状を眺めていた。
夜空を思わせる黒地に、白い文字――いかにも少女好みの字体。
署名の最後には、自画像を簡略・記号化したミニイラスト。

予告状をデスクへと叩き付け……壁に埋め込んだ金庫を見やる。
中にある宝石コレクションは、公にはできぬカネで買い求めた秘蔵の品。
それ故、警察に頼ることは出来ない。そもそも、その警察も出し抜かれている以上アテにならない。
だが、優剛には苛立ちながらも余裕があった。

「何にせよ、このビルにはあらゆるセキュリティが仕込まれている。
 さらにこの俺の能力を合わせれば、ここまでは辿りつけまい……」

彼はワイングラスを一気に傾けると、真紅の液体を一息に飲み干した。

===

「ふふっ、今回もよゆーよゆー!」

キャラ説を読んで下さった読者の皆さんはすでにご存じであろう。
天ノ川 浅葱扮する怪盗ミルキーウェイの能力は触れたものの弱点を知る『見抜く』。
彼女は既に、今回の舞台であるビルに触れることで死角(じゃくてん)を見抜いている。

赤外線センサー、監視カメラ、重量センサー。
あらゆる『ビルの目』をかいくぐり、最上階へと向かう。
もしも『ビルの目』に見つかってしまえば、恐ろしい攻撃を受けてしまうことだろう。

例えば、
 突如、壁の一部が変形し――備え付けられた火炎放射器が怪盗ミルキーウェイへと火を噴いた!
こんな風に。

「うわああああ!見つかった!なんで!?」
噴き出す炎を自慢の俊足で振り切りながら、慌ててもう1度ビルに触れる怪盗ミルキーウェイ。
死角(じゃくてん)がなくなってる!?」

===

(やれやれ、センサーの死角を突くとは、やってくれる。
 ……まあ、無意味なんだがな)

美流都 優剛は内心でほくそ笑む。

今、彼の姿は社長室にはない。ビルの他の部屋にもその姿はない。では何処に?
……彼は今、自慢の自社ビルと融合しているのだ!
『建物と融合し、建物内の状況の把握と、設備の操作が可能になる』
それが美流都 優剛(びると ゆうごう)の能力である。
悪徳不動産会社を牛耳る彼の、歪んだ建物愛を体現する恐るべき魔人能力!
ビルの内部に人間がいれば優剛には容易に把握できる。
怪盗ミルキーウェイは予告状を書く際に、その名から察するべきだった!

(くくっ。
 怪盗ミルキーウェイ、愛するビルそのものとなった私にどう立ち向かう?)

===

「やばいやばいやばい!死ぬ死ぬ死ぬ!」
怪盗ミルキーウェイはビルの猛攻を華麗なステップで回避していた。
自走ノコギリの奇襲を、冷凍ガスの噴出を、吊り天井のプレスを!
しかし、いつか避けきれなくなるのも時間の問題だ。
脚力には自信があるとはいえ、ここはビルの中――ましてや、敵の体内も同然なのだ!

===

(随分と華麗に踊るじゃあないか、怪盗ミルキーウェイ)

優剛がもしビルと融合していなければ、今頃恍惚とした表情を浮かべていただろう。
愛するビルと一緒に侵入者を排除する。
この後のワイン(しょうりのびしゅ)の肴としては悪くない。

(下へと降りていくな。諦めたか?)

怪盗の足取りを逐一キャッチしながら、優剛はビル玄関のシャッターを下ろす。

(まあ、逃がしはしないがね)

===

ひらりひらりと攻撃をかわしながら、怪盗ミルキーウェイはだんだんと最上階から離れていく。
彼女は今回の仕事をあきらめてしまったのだろうか?
……もちろん『否』である。予告を反故にするなど、怪盗にあってはならぬ。

死角(じゃくてん)は確かになくなった。
しかし、その代わりに新たに出来た『弱点』を彼女は見つけ――その地点へと向かっていた!

指し示されたポイントは、一見何の変哲もない会議室。
その扉には、最先端の電子ロックと複雑なシリンダー錠によってカギがかかっている。

「弱点守ってるつもりかもしれないけど――甘い甘い」

ミルキーウェイが懐から取り出したのは――どこか無骨なデザインのスマホである。
慣れた手つきで側面に触れると、収納されていた細いピックとコードが飛び出す。
二重のカギに手を触れ、電子ロックとシリンダー錠の弱点を見抜くと
コードを刺して電子ロックを解除し、ピックを突き刺してシリンダー錠をこじ開ける。
この間わずか3秒――早業である。

いとも容易く会議室に侵入した怪盗ミルキーウェイは、部屋の突き当たりで足を止める。
見る限り、ごく普通の壁。――ここが、このビルの弱点。

「うーん、ココで間違いないとは思うんだけど。どうすればいいんだろう……」
弱点を知る彼女の能力だが、その対処法までも分かるわけではない。
悩み(じゃくてん)を知りたい』『死角(じゃくてん)を知りたい』と方向性を絞ることはできるが、
今回のように特に絞らずに知った弱点は、そもそも一体どういう弱点かよく分からないこともあるのだ。

「ま、よく分からない時は、とりあえず蹴っ飛ばしてみますか!」

彼女に腕力はないが――脚力はある。

===

(な、なぜその位置にたどり着いた、怪盗ミルキーウェイ!)
美流都 優剛は焦った。
彼の能力は、建物との融合。
つまり、彼自身の弱点が融合したビルにも反映されてしまう。
平たく言えば――ビルが傷つけば、優剛にダメージが跳ね返る。
故に、トラップも極力ビル本体にダメージを与えない仕掛けを優先していた。

怪盗ミルキーウェイは今、優剛の現在の弱点――
男性の『急所』に当たる壁の前で助走をつけている。
(や、やめろおおおおおお!)
排除しようにも、自慢の武装は使えない。壁に傷が付けば、勿論それは優剛のダメージになる!
自分で自分の金玉を、火炎放射器やノコギリで狙える剛の者がいるなら是非名乗り出て頂きたい!

(そ、そうだ!能力を解除すれば――)
優剛が気付いたときには、もう遅い。

怪盗ミルキーウェイの全力のキックが、壁へと叩き込まれる。
その瞬間、ビルに絶叫がこだました。

===

5月1日 午前8:00 美流都不動産ビル 社長室

能力が解除され、泡を吹いて倒れた彼が目を覚ましたとき。
金庫はアッサリと口を開いたままの姿を晒し、中の宝石コレクションは消え失せていた。
入っていたのは、怪盗ミルキーウェイからのメッセージカードが一枚。

『あなたの宝石コレクション、予告通り戴きました。
 あと、その、本当にごめんなさい。
 よく分かってないけど、痛かった?』


優剛は未だに痛む股間を押さえながら、泣く泣く近所の闇医者へと駆け込んだ。


===

同時刻 希望崎学園・希望崎大橋

「やっほい、みんなおっはよー」
「おはよう、委員長」
「おはよー、あさぎん」

クラスメートに朝のハイタッチをしながら、教室へと向かう浅葱。
学級委員長――それが浅葱の、クラスでの肩書きである。
彼女を学級委員長たらしめている最大の要因は、その交友関係……人付き合いの良さにある。
こうして友人に気軽にスキンシップを図ることができることからも、彼女と皆の親密度が窺える。

「あさぎん、おはよう!」
「おっす、委員長ー」
「おー、伊子ちん!イケっち! 今日もラブラブだねえ!」
「んもー、ラブラブとか言わないでよー、結構恥ずかしいんだよ?」
「そっか? 俺は割と平気だけどなー」
「……んもう、面太郎ってば」
「はいはい、イチャつくのは教室入ってからにしなよー」

イケっち――湖池 面太郎と、伊子ちん――河合 伊子もまた、彼女のクラスメートである。
羨ましいことに、二人は恋人同士。クラス内交際ということで、その仲は皆の知るところなのだが――
実はこの二人、先日まで破局の危機を迎えていた。
しかし、今こうして仲睦まじく登校している二人の様子は、危機を乗り越え
再びいい関係へと戻ったことを何よりも雄弁に語っている。

その裏には――浅葱の働きがある。
スキンシップの際、浅葱が能力でクラスメートの『悩み(じゃくてん)』をこっそりと探り――
深刻そうな問題があれば、ひっそりと解決の手助けをしているのである。

今回の場合、二人の悩みを読み取った浅葱が
こっそりと二人の仲を修復する切欠を与えていたのである。

(うんうん、二人はやっぱイチャついてる位が丁度いいよねー)

雰囲気のいい二人を眺めながら、浅葱は満足そうな笑みを浮かべた。
こうした浅葱の働きは目立たないことも多いが、彼女に感謝する者は少なくない。
そんな積み重ねの結果として、彼女への信頼と友情があるのだった。

こうして、昼は学園生活を謳歌し。
夜は、怪盗稼業に精を出す。
そんな二つの顔を持つ生活を、天ノ川 浅葱は楽しんでいた。

===

5月1日 午後12時30分 希望崎学園・教室

昼休み直後、購買部に行っていた生徒から伝えられた一報は学園中を湧かせていた。
――数年ぶりとなる、伝説の焼きそばパンの販売予告。

皆が伝説の焼きそばパンに思いを馳せる中――
浅葱は、食後のお茶を水筒から注いで飲みながらお昼仲間と談笑していた。

同席した友人でさえ焼きそばパンの話題に狂喜する中、浅葱は一人どこか落ち着いている。
無論、興味がないと言えばウソになるが……他の熱狂する生徒達に比べるとテンションは低かった。
血眼になって叶えたい願いというものが浮かばないのが、大きな理由であった。

「にしても、みんな浮き足立ってるねー。
 ゴールデンウィークに伝説の焼きそばパン、2つもイベントがあったら仕方ないか」

「んもー、あさぎんノリ悪いよー?
 だって伝説なんだよ、伝説!食べれば超理想の恋人ができるんだって!」
「えー?億万長者になれるんじゃなかったっけ?」
「いやいや、何でも願いが叶うって聞いたよ?」
「味も凄いんだって!ステーキとかお寿司よりも美味しいとか」

皆が驚きの目を向けつつ一斉に喋ってくるのを見て、浅葱は少し反省した。
(KY発言だったかなー……)と内心で申し訳なく思いつつも、顔に出さぬ程度にして会話を続ける。

「う、ごめんごめん……
 でも焼きそばパンが伝説って、いまいちピンと来なくてさー」

「まあ、そうは言っても焼きそばパンだしねー。しかも108円だし」
「でもマジ伝説なのは間違いないと思うよ!
 なんせあの怪盗ミルキーウェイも狙ってるらしいからね!」

「へー。怪盗ミルキーウェイがねー……
 ……えっ? 待って、怪盗、ミルキーウェイ?」

一瞬耳に飛び込んだ名詞に、思わず反応して身を乗り出す浅葱。

「え、知らないの? さっき、予告状が届いたんだって!
 購買部のポスターの横にいつの間にか刺さってたらしいよ」

「え、えええええええっ!?」

「ど、どしたの委員長、そんなスットンキョーな声出して」

「……あ、いや、その。なんでもないよ、ちょっち驚いただけだから、うん!」

目を丸くする友人達に向かって『何でもない』と言わんばかりに手を振って誤魔化す。
その場は笑って取り繕ったが、浅葱は内心穏やかではなかった。

なにしろ――そんな予告状など、出していないのだから。

===

5月1日 午後4時45分 希望崎学園・購買部

浅葱は、購買部の陳列棚に貼られた二つの紙をじっくりと見ていた。
一つは伝説の焼きそばパンの入荷予定を知らせる張り紙。
もう一つはハガキサイズの紙――怪盗からの予告状である。

『5月7日 昼休み
 伝説の焼きそばパン 戴きに参ります
         怪盗ミルキーウェイ』

黒を基調とした背景に、白い乙女系フォントの印字。
署名の最後には、特製のミニイラスト。
――普段、彼女が出している予告状と同じものだった。
少なくとも、一見する限りでは。

(……でも、私は勿論予告状なんて出してない。
 だったら、誰が――なんのために?)

もう少し詳しく調べることができれば、偽者の手掛かりも見つかるのだろうが……

(これじゃあ流石に持ち出せない、よね)

掲示物を見ているのは、浅葱一人ではない。
帰宅前の生徒、これから部活へ向かう者、番長グループのパシリといった客。そして購買部の店員。
……これほどの人数の目を一度に欺くのは、彼女が怪盗ミルキーウェイといえども無理な相談である。

(かといって、夜忍び込もうにも……
 伝説の焼きそばパン入荷前で、警備も厳しくなってるからなあ)

浅葱は目線を上にやる。普段はさりげない監視カメラが、今はこれでもかと自己主張をしている。
あからさまな配置と増設は、あえて見せてバカな考えを起こさせないためだろう。
念のため購買部の建物に触れて死角(じゃくてん)もチェックしたが、きっちり潰されている。

(あーもう……本物の怪盗が、偽の予告状でなんでこんなオタオタしなきゃなんないのよ!……ん?)

ウンザリしかけたそのとき、浅葱の脳内に電気が走る。

(だったら、この予告……『本物』にしちゃえばいいんじゃない?)

偽者の狙いはわからないが――もし、この予告通りに本物が現れればどうなるか。
来ることを想定していなければ、少なからず馬脚を現す反応を見せるだろう。
仮に本物を呼ぶ為の策略だったとしても、何らかのアクションを起こすことは間違いない。

先程までの複雑な表情から一転、どこか上機嫌にも見える会心の笑みを浮かべながら。
改めて偽りの予告状を一瞥し、決意を固める。

(待ってなさいよ、偽者さん。
 どこの誰かは知らないけれど、本物の『怪盗』を敵に回すとどうなるか――教えてあげるわ!)

こうして怪盗少女、天ノ川浅葱は――
定価108円の焼きそばパンに、己の矜恃を賭けることとなったのである。