未来少女メリー・ジョエル プロローグ
わたしはだれなの?
唇が無意識に紡ぐ問いかけ——その形を覚えているというように。
わたしはそれを知っている。自分がだれなのかを。わたしはわたしに答えられる。
なにも見えない——手をのばせば触れられるほど近くに、だれかがいる。
『お願い、聞いて』『きみの欲するこたえは、きみの飛んでいく先にある』
二つの囁き。わたしに命と翅をくれたひとたち。
ありがとう、愛してくれて。
『行かないで』
優しい声。わたしに歌をくれたひと。
ありがとう、待っていてくれて。
『世話くらいするさ』
渋みを含んだ声。わたしに居場所をくれたひと。
ありがとう、手をさしのべてくれて。
『ごめん』
泣き出しそうな声。わたしに光をくれたひと。
言葉の代わりに、手をにぎろうとした。手のひらが空をつかむ。
——どこにいるの?
じっと目をこらす。手の中の熱をとどけたくて。
あなたがわたしにくれたものを、わたしもあなたにあげたくて。
そして気づいた。わたしは温かな光のなかにいて、まぶしさに目をつぶっていたのだと。
——ゆっくりと瞼を開く——
カーテンを透かす朝の陽射し。柔らかなベッドの心地。ダイニングから人の音。
夢の浅瀬から打ち上げられたとき、わたしは今のわたしに目覚める。
遠い世界の遠い未来に生まれた、父さまと母さまの娘でもあり、
超時空ネットワーク・ハイライトサテライトの担い手“掃き溜め”の構成員でもあり、
山口新世界萬請負事務所の居候でもあり、
馴染おさなの幼馴染でもある。
それが、今ここに居るわたし=メリー・ジョエル。
(……うん?)
何かがおかしい。ブランケットに包まったまま、あてがわれた小さな部屋の間違い探しを始める。
ピカピカの学習机/キラキラしたガラス玉入りの飾り瓶/壁に立て掛けられた姿見鏡/ベッドの脇に右足義肢/画鋲で張られた星座のポスター+押し花のポストカード——いつもどおり。
カーテンを透かす朝の陽射し。柔らかなベッドの心地。ダイニングから人の音。
——あれ? 目覚まし時計は?
自分でも驚くほどの勢いでガバッと起き上がった。枕元に置いてあったはずのアラーム付きデジタル時計は、水玉模様のカーペットの上に静かに転がっていた。
推測——寝ぼけたわたしがスイッチをオフに? そしてそのまま床に叩き付けた?
自分を崖から突き落とした犯人を糾弾するかのように、冷酷に突きつけられた現在時刻
=A.M.7時52分。
「……」
パジャマの袖でゴシゴシと目を擦る。再び注視——7時52分。数十m先の小さな文字すらはっきり見えるわたしの超視力が、見間違えるはずがなかった。あ、53分。
————————寝坊した。
「……………………遅刻するっ!?」
右足義肢を二秒で装着——ドタバタ駆け出す/部屋を飛び出す。
応接間を兼ねた狭いダイニングルーム——ドアを開けた途端に満ちる、コーヒーと煙草の匂い/ソファに腰掛けた男のくたびれた笑み。
「よお、さっき帰ったとこだ。今日は祝日だったか? たまには一緒に朝メシでも」
「今日は平日!」
せっかくの誘いに後ろ髪を引かれつつ、勢いのままに振り切ってスチールドアを引き開ける。
ふわりと熱気/足元を這う配線——稼働しっぱなしのコンピューター群。
狭く乱雑な事務所兼自宅には、あまりに不似合いなサーバールーム。
部屋の中央に据えられた半月型の大きな揺り籠と、その隣に巨大な機械仕掛けの突撃槍——魔女の箒を固定した台座。
暗く光るモニターの明かりを頼りに、揺り籠と台座をケーブル接続。
突撃槍のアクセルグリップに吊り下げられた流線型のヘルメット——星の意匠が散りばめられたお気に入りの品を手に取って被り、バイザーを下ろす。
(——コール! 希望崎学園! 早く!)
神経の速度でオーダーを伝達——淡い光が揺り籠から台座へと汲み取られる。
突撃槍に抱きつく様に跨る——公園のスプリング遊具にしがみつく幼子のよう。
バイザーを流れるシステムメッセージ。
> パーソナルデータの超次元配信を開始します。
「学校でパジャマパーティーか? 愉快でいいな」
開けっ放しのドアの向こうから響く、からかうような、けれど優しい声。
「……制服! 転送台に置いておいて!!」
恥ずかしさのあまり怒鳴るように応えてしまい、少し後悔。
「はいはい、怪我すんなよ。いってらっしゃい」
まるで気にせずという声色/まるで娘を見るような扱い。
ほっとするのと同時に、むっとくるのは何故だろう。
「……いってきます!」
瞬間——汲み上げた光を解き放つように、魔女の箒が眩く輝く。
ハンドベルを鳴らしたようなキィィンという音。
光と音は急速に膨れ上がり、メリー・ジョエルを包み込んで、やがて唐突に掻き消えた。
モニターの薄明りと冷却ファンの音だけがサーバールームに返ってくる。
少女の姿は突撃槍ごと、跡形もなく消えていた。
——今この場で、何が起こったのか。
魔人能力ハイライトサテライト、その極致たる超次元パーソナルデータ配信と、
かつて時を越え、空間を越える力を有したメリー・ジョエルの時空間座標認識能力。
それら二つの親和が引き起こした、向こう数百年分のテクノロジーを先取りした再現性ある奇跡。
すなわち——
時空の壁を超越した、並行世界の希望崎学園への登校である。
不意に青い光——広がる別世界。
眼下に海原。
猛烈に落下を始めるわたし自身。
背中に顕現する透明な前翅+後翅/羽ばたきが揚力を生み出す/ダイブ寸前で急激に上昇。
停止飛行しながら現在地座標をオーダー——綺羅星の返答
=希望崎から南東の沖合、およそ180km地点。
転送誤差はいつものこと。もっと遠くにずれるかもしれないから、いつもは七時半に事務所を出る。
今日はそれほど悪くない位置だった。もしかしたらまだ間に合うかも、と期待を抱ける程度には。
少なくとも大陸上空を領空侵犯しながら登校した朝と比べれば、ずっと。
(回路形成)
神経の速度でオーダーを伝達——暖気を開始。
魔女の箒の脈動/高鳴る胸の鼓動。
推進器が吸気を開始。
コンプレッサーがそれを圧縮。
ブレイトンサイクルに従い燃焼。
ジェット噴流を排出。
=爆進。
爆ぜ立つ飛沫の柱——加速、加速、加速、加速。
突き抜ける衝撃——振り回されるような心地。
裸足で波を蹴る——濡れた左裾の冷たさがたまらない。
>【転送】【開封】
揺り籠からの物質転送——濡れたパジャマが袖先から置換されてゆく。
複数デザインから選べる希望崎の制服——自分で決めた/祥勝もよく似合ってると言ってくれた。
お気に入りの白いセーラー服/きつめに巻いたスカーフ/丈の短いスカートの下にショートパンツ/生身の左足に紺ハイソックス+白のスニーカー/右肩にナイロンのスクールバッグ/左の手首にかわいいデザインのアナログ腕時計。
誰がどう見ても、どこにでもいる普通の空飛ぶ女子高生。
ふと、口元に感触/広がる香ばしさ——こんがり焼きたてマーガリントースト=転送時のおまけ。
祥勝——子供ばかりの新天地で長年の保育・訓育生活
=すっかり世話焼きしたがり/『手間のかかる子ほど放っておけない』
こども扱いはいいかげんにしてほしい。自分のオフィスも汚いくせにわたしの部屋に掃除機をかけるしレトルトカレーは甘口しか買ってこないしそういえば先週——
腹奥から響く声/……むぐむぐ、もぐもぐ。
やがて超視力が捉える、水平線に浮かんだ影
東京湾に浮かぶ人工島、私立希望崎学園。
腕時計を一瞥——残りだいたい1分強。間に合うかどうかギリギリの距離。
アクセルグリップを握り絞る。
歩くよりも先に覚えた空の飛び方/この翅でどこへでも行きたいように行ける。
——にわかに束縛感/システムに混じる不協和音/視界の端に警告=限界制限速度。
かつての超音速飛行には遥か及ばない、秒速たった200mの安全飛翔。
ようやく見えた正門が、こんなにも遠い。
「——遅刻、遅刻ーーーー!!!」
思わず叫ぶ——始業を告げる鐘の音が、その声をかき消した。
——昼休み、購買部での買い物を終えて教室に戻ると、あの子の姿がどこにも見当たらなかった。
「リリアちゃん? どうかしたの?」
あの子の席に座った女の子が尋ねてくる。
机と机をくっ付けてお弁当を広げている、クラスの気さくな女子グループ4人組。
あたしはこの子たちが、あんまり好きじゃない。
「ほら。あの子、今日遅刻してたから。購買部が使えないんじゃないかと思って」
パンとジュースの入った袋を振り振りする。
『あなたたちと話すのも吝かじゃないけど、今はあの子に用があるの』とジェスチャー。
「さっき教室を出てどっか行ったよ?」
入れ違い——失敗した。あの子を驚かせようと思って、黙って出たのはマズかったかな。
「リリアちゃんは優しいなぁ」
「彼女、いつも購買のパンだもんね。心配だな」
「たまにはみんなで一緒にお弁当を食べたいよね」
「赤根さんから誘ってみてくれる? あの子とも仲良いじゃない?」
——思わず溜め息が零れそう。
「考えておくね。じゃあ」
口元になんとか笑いを浮かべて、早歩きでその場を離れた。
取り繕っている自分を、彼女たちに正面から見られたくなかった。
世の中には、知らない方が幸せなことがたくさんある。例えば。
正義のヒーロー戦隊が、
私たちの平和を守ってはくれないこととか。
クリスマスにプレゼントをくれる、
白ひげのおじさんなんてどこにも居ないこととか。
庶民派を謳うあの政治家が、
グラム50円の鶏胸肉なんて買ってないこととか。
歌って踊れる人気アイドルが、
踊れる人気アイドルでしかないこととか。
最近できた近所のハンバーグハウスが、
牛肉100%使用じゃないこととか。
窓際で話す仲の良さそうなあの二人が、
互いに妬み合っていることとか。
イラスト研究会でちやほやされてるお姫様が、
サッカー部の先輩とお付き合いしていることとか。
毎朝いってらっしゃいのキスをするママが、
パパを愛してなんかいないこととか。
それから……
あたし——赤根リリアが、
嘘を見抜く魔人能力を持っていることとかだ。
——学園敷地内の中央広場。晴れ渡った空。生徒たちのはしゃぎ声。
あの子を探すのはとても簡単だ。その理由は二つ。
一つは、行動パターンがとても少ないから。
今日みたいに暖かい日は、大方ふらふらと希望の泉の辺りを彷徨っているに違いない。
もう一つは、目立つから。
ここ、希望崎学園に跋扈する魔人、トゲトゲ肩パッドを付けた半裸のモヒカンやら、オイルを経口摂取する制服姿のロボットやら、戦車と一体化した女子生徒やら、その他諸々の奇人・変人たちには及ばないものの、あの子もかなり人目を惹く。
それに何より——あの子は赤くないからすぐに分かる。
噴水近くを探すと、果たしてすぐに見つかった。春風になびく銀色の髪。磨り硝子みたいに幽かな佇まい。木陰のベンチに、一人でぽつんと腰掛けている。
あたしは後ろからそっと近づいて、フッと耳に息を吹きかけた。
「ッ!? 〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
ビクリ、と小さな肩が跳ねて、震えながらあたしの方を振り返る。
「……何するの」
眼鏡越しにあたしを見つめる灰色の眼。一見変化がないように見えて、けっこう本気で不機嫌そう。
他の誰かには伝わらなくとも、あたしにはそれが分かる。
ついでに、そんなこの子の不機嫌を根本から取り除く方法も。
「あはは、ごめんごめん」
ビニール袋を差し出す。ガサッと音がして、ふたり分の惣菜パンとパック飲料がベンチにPOP。
メリーの目が釘付けになる。
「半分あげるから許してよ、メリー?」
心の中でリハーサルしたそれを淀みなく言い切った時、あたしは自然と笑えていた。
「うん、いいよ。……ありがと、リリア」
釣られてメリーもクスッと笑った。それから顔を見合わせて、あたしたちはますます笑い合った。
メリーが寄越してきた半分の焼きそばパンを受け取って、あたしもコロッケパンを半分渡す。
葉擦れの音。水の流れ。他の生徒たちの談笑の声。
なんか悪くないな、って思えるひととき。ああ、あたし高校生なんだなって感じ。
口の中のモサモサしたやつをコーヒー牛乳で流し込む。
「事務所から何か転送してもらおうと思って通信したんだけど、疲れて寝てるみたい」
「メリー、自分でお弁当とか作らないの?」
「早起きできないし……料理もできないから」
「へー……まあ確かに、あんまり料理とかしそうに見えないかも」
あたしも人の事は言えないけど。目玉焼きぐらいしか作れないし。
「ちょっと前までわたし、ごはん食べない系だったから。食べなきゃいけないのって不便だよね」
「う、うん。本人がそう言うならそうなんじゃない?」
メリーはこう見えて喋るのが好きで、嘘みたいなホントの話を沢山聞かせてくれる。
こないだ登校中にイルカと遊んできたとか、オムレツを作ろうとしてフライパンごと蒸発させてしまったとか、実は今掛けてる眼鏡は超視力による脳負荷を抑えるためのものだとか。
そのくせあたしの、特別面白くもなかった中学時代の話にすごく食いついたりする。
そこに自分の知らない宝物が詰まっているとでもいうように。
残念なことにクラスメイトの大半は、
そんなメリーを電波ちゃんか何かだと思っていて、まともに耳を傾けようとしない。
べつに苛められてるとか、陰口を叩かれてるとかってことはないけれど。
周りのみんなとの間には、見えない壁のようなものが築かれてしまっていた。
もったいないなあ。メリー、面白いし良い子なのに。
でも、だからこそあたしがこの子の近くに居られるのかも。
——そんなこと考えて、ちょっと自己嫌悪。
(「赤根さんから誘ってみてくれる? あの子とも仲良いじゃない?」)
五歳のときに覚醒したあたしの魔人能力『ベビーマーカー』は、嘘や嘘つきを赤く感覚する。
当時はショックもあったけど、ちょっとは折り合いをつけられた、つもりだ。
(「リリアちゃんは優しいなぁ」)
彼女たちの本音——あたし自身が、一番よく分かってる。
入学してそろそろひと月。メリーほどじゃないけれど、あたしもクラスメイトたちとの間にちょっとずつ壁を張られつつあった。
(「あなた、いってらっしゃい。愛してるわ」)
嘘をついたことのない人間なんてそうそういない。
きっとみんな、暗黙のうちに分かっていることなんだろう。
それでも、その証拠を目の前に突きつけられながら育った人間が、人付き合いに苦手意識を持つことぐらいは許してほしい。
「……リリア、聞いてる? そろそろ教室に戻らないと」
「……うん?」
ふと我に返った。
メリーがあたしの顔を覗き込みながら、左手首に巻いた時計をクイっと見せつけてくる。
いつの間にか昼休みは終わり間近で、噴水の周りの生徒たちが引き上げ始めていた。なまじ校舎と距離があるせいで、早めに戻らないと授業に遅れてしまうのだ。
「ごめん、考え事してた。さっきの話、後でもっかい聞かせてくれる?」
クラスの皆から見たあたしはきっと、自分と同じひとりぼっちの女の子に優しくして、どうにか居場所を作ろうとしている寂しい子なんだろう。
実際のところ、それはまるっきり間違いとは言い切れない。けど、それだけじゃない。
「うん、いいよ」
メリー——赤くない女の子。
一緒にいるだけで、あたしを安心させてくれる。
この子の前では、あたしも正直でいたくなる。
メリーとまるで正反対みたいに、あたしは誰よりも嘘つきだ。
嘘を見抜くことができる能力を隠していること、それこそ何よりも醜い嘘だと思う。
いつかは、打ち明けられるのだろうか。
こんな真っ赤なあたしでも、この子は友達でいてくれるだろうか。
メリーがあたしの前をいく。小さな背中。流れる銀糸の髪。蝶々みたいに軽やかな足取り。
その手が突然こっちに伸ばされて、細い指があたしの手をぎゅっと握る。
「ちょっ、どしたのメリー? なんか恥ずかしいって」
「急ごう。こっちの方が早いから」
不意に目の前で広がる透かし翅。
——いやいやちょっと待って? もしかしてこの子、翔ぶつもり? 今ここで? あたしも一緒に?
待ってまって、あたし高いところ苦手だし、これスカートの中見え——
「下見ない方がいいよ」
「ギャー!」
恥ずかしさとか、怖さとか、そういうやつらをひとまとめにして叫んだ。
ああ。またなんか、クラスの子らに変な目で見られそう。
この子やりたい放題だなあ。最強だなあ。
連休を間近に控えた日の昼。今日は遅れずに登校してきたメリーと二人でランチ。
柵越しに見下ろす景色——中央広場ではしゃぐ生徒たち。
宙吊りでさえなければ、こういう景色も悪くない。
芸術校舎の屋上は意外な穴場だった。あたしたちの他には二、三組のグループしかいない。
もっとも、新校舎からわざわざ来るには面倒臭すぎるので当然か——空でも飛べなければ。
(今日のあたしはスカートの下にスパッツを装備しているので、無敵だ)
「伝説の焼きそばパン?」
「うん。チラシ見てなかった?」
メリーが妙に熱っぽく振ってきた話題に応えつつ、からあげパンとうぐいすパンを半分トレード。
「すごいんだよ。生徒会長になれたとか、部活で全国優勝したとか、恋人ができたとか。それに、すごく美味しいんだって」
正直言って怪しい。
いや、ここは世界有数の魔人密集地帯ダンゲロス。決してありえないことじゃない……の、かな?
うん。百歩譲って『願いの叶う伝説の焼きそばパン』まではアリだとしよう。けど——
「それってお高いんじゃないの?」
多分その伝説のパンというやつも数千円はする——下手したら数万円。
いや、効力が本当なら数十万円でも安いぐらいかも。
メリーは前に、月3000円+お昼代で一日500円ずつしかお小遣いを貰ってないと言っていた。
それに貯金の積み立てとかもないらしい。だから、とても買えるとは——
「税込108円なんだって」
「うっわ」
胡散くさすぎる。能力を使って見るまでもなく。
けれどそんなことにはお構いなく、坦々と薪をくべるようにメリーは語り続ける。
「こないだ、リリアがお昼分けてくれたでしょ? どうせならお返しも特別なやつがいいと思って」
「いや、あたしは別に……」
「山分けしようね。ソースだと思う? それとも塩焼きそばかな? パンもすごいやつとか?」
まるで聞こえちゃいない——ああ、そうか。
学校と無縁の暮らしをしてきたメリーにとって、これは生まれて初めての遠足とか運動会と同じくらい重大なイベントなのか。
だからといって、この子が人を食い物にするような奴らにノセられようとしている可能性を、見過ごすわけにはいかない。
「あの、メリー……なんかさ、それって騙され」
「リリア」
肩をガシッと掴まれる。
まっすぐに見つめてくる真摯な瞳——やだ、ちょっとドキっとするじゃない。
「わたし、絶対ビッグになるから」
か、かっこいい……??? の、だろうか? たかが焼きそばパンのためにそこまで本気?
「う、うん……期待してる」
あたしにはただ、コクコク頷くことしかできなかった。
「焼きそばパンを手に入れたら、わたし……ふふっ」
何やら夢見心地で呟くメリーの表情は、いつになく緩んでいた。