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本戦SSその3

零章 知らなくてもいい開演前


「……さてさて、この物語が果たして何番目の物語であるか。今は誰にもわからない。
 そう、わからないはずなんだ。今この物語が紡がれている時点では誰にもわからない。
 けど、キミはわかるんだよね?これが何番目の物語であるかってのがさ。
 一番目?二番目……もっと後だったり?
 七番目とか、八番目かな?
 それとも十五番目だったりするのかなっ?
 あたしにそれを教えてほしい。ふっふー、そんなに難しいことじゃないよ。
 君はただこの物語を読んでさえくれればいいんだ。
 それでキミの……いや、私の世界は変わる!
 さ、どうだ!繋がったかなっ?」

 非常に不思議な感覚かもしれない。もしくは何も感じないかもしれない。
 しかし今確かに何かと繋がった。この感覚が果たして心地よい物なのか、そうでなかったのか。
 それはまさに今、感じている事そのものであると言わざるを得ない。

 ……直に見えてくるのは、暗い舞台の上に立った女性の姿である。
 左右非対称のアールグレイの髪、糸に見えるほど固く閉じられた両目。
 その特徴には見覚えがあるのではないだろうか。
 もしなかったとするならば―――それは偶然に辿り着いた旅人だったという事だろう。

「……うんっ、いいね!今確かにあたしの手とキミの手が繋がってる。
 キミがどう思ってるかはわからないけどこの感覚、あたしは大好きなんだよねー!
 何を言っているのかわからないって?ふふ、君には見えるんだろう?
 本来はあたしが手を繋ぐ必要もなく、この篠雰(じのぶん)がさ!」

 彼女が何を言っているのか、果たしてそれをわかる必要があるのか。
 結論から言ってしまえば"ない"とはっきり言ってしまう事が出来る。
 何故ならばこの物語には彼女は殆ど絡まないからだ。
 彼女は伊藤風露は伝説のやきそばパンをこの日追い求め、手に入れる可能性を持っていた者の一人。
 しかし伊藤風露は今回、伝説のやきそばパンを手に入れる事は出来ない。
 この物語において、それは既に定められている事なのだから。
 章題の通り、これは知らなくてもいい開演前の出来事なのだから。

「ま、そういうことなんだけど……ちょっと悔しいじゃない。
 手に入れられなかった、の一言でこのまま舞台からサヨナラするなんてさっ!
 だから、あたしはキミを"パートナー"として、今回の物語の顛末を知りたいって思ったわけさ。」

 そう言っては、こつこつと音を立てながら舞台の上を歩くフーロは
 "こちら側"を振り返って話を続ける。

「……え?あたしは第四の壁に到達することは出来ても突破は不可能って話じゃなかったかって?
 ああ、あたしのプロローグの話ね。
 ふっふ、その下に書いてあるでしょ?"面白ければ、なんでもいい"ってさ。
 まあ、いろいろ省いて説明すると、この第四の壁をあたしの能力で渡っている……って考えてもらえればいいかな。
 これがやっぱり相当大変でねぇ。
 いろんな事情で残念ながらキミをこっちに招待する事は出来そうにないんだ。
 がっかりしたかな?ふふっ!」

 いたずらっぽく笑ったフーロは"こちら側"をしっかりと見ながらさらに語りかける。
 その左手には白いステッキを、その右手には―――

「ほんのちょっとだけあたしの事を意識してくれていたらそれだけでいいんだ。
 それだけであたしはこの物語の顛末を……
 そう!他の演者の誰もが知ることの出来ない、今回の物語を知ることが出来る。
 つまりはさ、その優越感に浸ってみたいってだけの話なんだよ!
 だからお願い!いい?いいよね?よし、あたしがそう決めたっ!決定!ねっ!
 そういうわけだから……始めようか。
 今回は誰が伝説のやきそばパンを手に入れるのか……その深漆(しんじつ)を知る旅に!
 いやっほーっ!」

 フーロは物語の舞台から消えた。



一章 四時限目終了間近


 三年の教室、"カレーパン"はその時間を待っていた。
 その本名不明の……おそらく男であろう、目も口も無くからりと美味しそうな狐色に揚げられているその顔は比喩でも何でもない、まさしくカレーパンそのものである。
 しかし、彼はただのカレーパンではない。希望崎学園パン作り研究会会長にして華麗流三段の魔人能力を持ち
 また今日のやきそばパン争奪戦において闘志を燃やす男の一人である。

「……この因縁に決着をつける時が近付いている……」

 カレーパンとやきそばパンの間に存在し続けてきた因縁への決着。
 それがパンの王者たる者を決める時が近付いている。自然とカレーパンの体はぶるりと震えた。
 ……そして、その様子を見つめる同学年の生徒がそこにいた。

「どうしたっていうのかしら……今日のカレーパン……いつにもまして……」

 恋い焦がれるようにその顔を、眼鏡越しにじっと見つめる。
 体が熱を持つ。胸が高鳴る。その衝動を、抑えきれなくなりそうになる。
 そして次の瞬間、自然とその言葉が口から漏れ出していた。

「……美味しそう……!」

 その女生徒、調達部の久留米杜莉子はそうつぶやいた。
 彼女の名誉の為に記しておくが、如何に食いしん坊で一日に10万キロカロリーもの食事をする杜莉子とはいえ、クラスメイトであるカレーパンを美味しそうなどとは普段は考えない。
 しかし今日のカレーパンはやきそばパンへの対抗心やイメージトレーニング、またカレーパンは他のいかなるパンよりも美味いというその熱い気持ちによって燃え上がっていた。
 それらの要素からかこの日のカレーパンはいつにない強い熱気を放っており、それらはカレーパンの香ばしさやスパイスの豊かな香りとなって辺りに立ち込めていたのだ。

「……はっ!だめよ!……カレーパンはクラスメイト……それに今日は伝説のやきそばパンを手に入れなくてはならない……」

 久留米杜莉子も当然、今日の狙いはやきそばパンであった。
 伝説のやきそばパンなる最高の食、今日を逃せば次手に入れるチャンスがあるかはわからない。
 杜莉子はあふれ出る食欲を押し殺した。

「カレーパンに惑わされるな……今日は、やきそばパンを狙う……でも、カレーパンも売ってるよね……」


―――


 杜莉子が押し殺せなかった食欲を燃やす頃。
 三年の別の教室ではまた一人の美少女が闘志を燃やしていた。
 その美しいプロポーション、人形のように整った顔、そしてそこから作り出される笑顔はミステリアスな魅力すら感じさせている。が。

「ふっふっふっふっふ……オヤビン……オイラはやるでヤンスよ……そしたら……褒めてもらえるでヤンスかね……ふへへ……」

 決してそこらの生徒(モブ)の台詞ではない。紛れもなく前述の美少女から発せられた言葉である。
 下ノ葉製薬グループの会長令嬢、下ノ葉安里亜は何よりも人の下で働く事を喜びとしている残念な美少女であった。

「はっ!いかんでヤンス!オイラは褒めてもらいたくてオヤビンに従ってるわけじゃないでヤンス!
 ……でも、褒めてもらえたら嬉しいでヤンスなぁ……えへへ……」

 頬を赤らめ、はにかんだ笑顔でもじもじと人差し指同士をつんつん合わせる美しい少女の姿は万人を魅了するであろう。
 こんな発言をしていなければの話だが。
 そしてもう一人、同じ教室にはまたその時が来る待つ一人の男がいる。

(……今日の昼休み。無事に終わるとも思えないが……無事に始まるとも思えない)

 そう考える男は一之瀬進、三年前の『大災厄』の唯一の生存者。
 彼は『大災厄』の原因が伝説のやきそばパンにあると予想し、この日伝説のやきそばパンを手に入れる事を誓っていた。

(……ライバルは多い。久留米、カレーパン……下ノ葉もあの様子を見るに伝説のやきそばパンを狙っているに違いない)

 進は時を待った。授業などまるで聞いていない。
 四限目の授業に出なければ購買部が利用できないというルールさえなければそもそも授業に出る気自体なかったのだから当然の事とも言える。
 例えどれほどの身体能力、魔人能力があれど購買部が利用できなければやきそばパンを購入する事も出来ない。

(……授業が終わるまで、あと一分と二十四秒か……)

 この日は特に校則が厳しくなる。風紀委員の動きも含めて。
 無駄に校則を破って彼らと敵対する事は得策ではない。
 進は戦闘魔人でもないどころか、自らの魔人能力がどのようなものであるかすら把握していないのだから。
 結局は安全に、かつ確実にやきそばパンを確保する為にはルールを守る事が一番であると考えた。

(ただの校則違反者程度なら風紀委員に任せておけばいい……問題はそれすらも振り切ってくるような奴ら……)

 そう考えている間にも時は進み、既に授業終了まで20秒を切る。

(まずは待機だ。この状況でスタートダッシュなどしようものならそこを狙われるのが関の山。
 "バレなければ校則違反ではない"。そう考える奴の方がこの学校では多いからな……
 むしろそれで大半のライバルは消えるはず……そこからが勝負だ)

 昼休みまで五秒を切る。自然と教室の中も殺気立ってくる。
 あと三秒。もはや半分立ちあがろうとしている生徒までもいるのがわかった。
 あと一秒。この時点では進は身を低くし、何が起こっても逃げられる体勢で待ちかまえた。そして。
 昼休みの……戦いの始まりを告げるチャイムが鳴る。

「……馬鹿な」

 進は思わず口に出していた。
 チャイムが鳴った後、聞こえてきたのは周りの生徒達の購買部へ向かおうとする突撃の声と足音だけであった。
 そう、進の予想は外れ……"何事も無く"やきそばパン争奪戦は開幕したのだ。



二章 開戦


「……お、お前ェ……お、俺が誰だか、わかってるのかァ……
 お、俺は、俺様は、校則違反四天王の一人、不死鳥のト」
「ファックイエー!」
「ゴボーッ!」

 少女はアフロの男の言う事を無視してギターを振り下ろす!

「ま、待て、お前、あれだろ、やきそばパン!あれが目的だろ!なら今俺がライバルを減らしてやろうと」
「ファックイエー!」 
「オゲーッ!」

 少女はアフロの男の言う事を無視してギターを振り下ろす!

「や、や゛めろ、おれ゛は、不死゛鳥とは言っ゛ても、出す゛事が出゛来るだけで、本当に死なな゛いわけ゛じゃ」
「ファックイエー!」
「ゲゴーッ!」

 少女はアフロの男の言う事を無視してギターを振り下ろす!
 少女はアフロの男が何かを言おうとするのを無視してギターを振り下ろす!
 少女はアフロの男が動かなくなったのを無視してギターを振り下ろす!

「……とうとうここまで部下を増やしていたなんて……」

 ギターを持った少女、MACHIはそうつぶやくとギターを持ち直し、乱暴に掻き鳴らした。
 殴り続けたせいで歪んだギターからは音程もクソもない音がチャイムと共に鳴り響いた。
 このグルーブ感、まさにロック!

「やきそばパン四天王……やきそばパンに魂を売ったファッキンビッチ共め……」

 MACHIは怒っていた。全ては仲間を殺したやきそばパンの仕業であると確信していた。
 故にやきそばパンを狙っている奴は全て魂を売ったビチグソ共であるという発想に至るのに時間はかからなかった。
 この日も当然ロックに校則を違反していたMACHIは同じように校則違反をしていた校則違反四天王の一人、地平線のカツと出くわした。
 そして校則違反四天王がやきそばパンを狙っていると知った瞬間、彼らをやきそばパンに付き従うゲロ以下の存在と考えるのも当然の事と言えよう。
 そのようなギグを経てついに昼休みのチャイムが鳴った今、全ての四天王を粛清する事に成功したのだ。

「見ててねKIKKA、TIARA、MEGU。みんなを殺したやきそばパン……それに従うサノバビッチ共も私が皆殺しにしてやるから……!」
「そこまでですわ!」
「ファック!?」

 MACHIが振り向いた後ろに立っていたのはセミショートの金髪に赤縁のナイロールのメガネ。
 すなわち風紀委員、雨雷テスラであった。
 何故、雨雷テスラはこの場にすぐ駆け付ける事が出来たのか。それはここが彼女の教室のすぐ近くだったからである。
 校則違反四天王はやきそばパンを確実に手にする為、手始めに全ての教室に一斉攻撃をする手はずであった。
 しかし、この通りMACHIが四天王を全員ロックンロールしてしまった為に偶然にも計画は全て潰えたというわけだ。
 だがテスラにとってはMACHIも校則違反者であり、捕縛すべき相手という事に変わりはない。

「あなたのその蛮行、これ以上見過ごしておくわけにはいきませんわ」
「なんなんですかあなたは!あなたもファッキンやきそばパンの手先なんですか!どうして……どうしてみんなを殺したんですか!」
「……話にならないようですわね、取り締まらせていただきますわ!」

 雨雷テスラはその能力、『電流戦争』を使用し電撃を放つ!
 電撃はMACHIに直撃する!威力は抑えてあるので死にはしないが気絶は免れない。はずであった。

「ファックイエー!!」
「な……!」

 だがしかし、MACHIはガールズロックバンドのギタリストである!
 ロックと電気は密接な関係にあり、特にギターの奏者は電撃に強い耐性を持つ事は読者の皆様にとっても常識であろう!
 それは当然MACHIにとっても例外ではない!

「ファーックイエー!!」

 電撃を纏ったままのMACHIはギターを掻き鳴らす!
 そしてそのままテスラに向かってギターを振り下ろさんとする!

「……気持ちのいい曲ですね」

 その瞬間、テスラとMACHIの間に割り込んだ少女はそのままMACHIに拳を振り下ろした。
 それは紛れも無く、音速の拳『デモリッシュハンマー』
 風切り音と共に放たれたその拳によってMACHIは地面に叩きつけられ一バウンドした後、ヒビの入った廊下にキスをした。

「……でも……学校にはそぐわない曲……くっ……」
「お姉様!?」

 しかしその拳を放った少女、車口文華もMACHIが纏っていた電撃により無事というわけにはいかなかった。
 電撃によって服や体のあちこちが焦げ、ぜえぜえと息を切らしながらよろめいた。テスラはそれを受け止める。

「お姉様!しっかりしてください!……テスラのせいで……テスラの力が及ばないばかりに……!」
「……泣かないでください……テスラ……この程度……少し休めば……大丈夫……です……それより……貴女は……」

 文華は震える手でテスラの目元を拭う。
 そしてテスラに後の事を任せ、保健室へと向かっていった。

「……お姉様……テスラは、必ず成し遂げて見せます……」

 そうしてテスラはその場から走り去り、今度は購買部へと向かった。
 購買部にいるであろう校則違反者を捕縛するため、そして彼女自身もやきそばパンを手に入れる為に。

「おい、こいつ風紀委員にやられたみたいだぜ」
「どうする、保健室連れていくか?」
「校則違反者だろ、放っておけよ!それよりやきそばパ」

 その言葉が引き金になったのか、MACHIはギターを杖のようにしてその場に立ちあがった。
 その際にとうとう耐えきれなくなったギターがバキリと音を立てて折れる。
 彼女の周りにいた大半の生徒達が悲鳴に近い声をあげたが、MACHIにはそれが、自分を奮い立たせる日本武道館での大歓声のように聞こえた。

「……ファック……イエー……ッ!」


――――――


 一方その頃。一年の教室にてチャイムが鳴ったと同時に窓から飛び出したのは銀髪の少女、メリー・ジョエルであった。
 校則には廊下を走ってはいけないという項目はあるが空を飛んではいけないという項目はない。
 校則の裏をかいた、というほどの事でもない。むしろ飛行能力を持っている魔人であればだいたいが考える事だろう。
 しかしその中でもメリーの飛行能力は群を抜いていた。

「ふふん、わたしが一番速い」

 メリーは少し得意になった。
 このまま購買部まで一直線で飛べば誰よりも速く辿り着く事が出来るはずだ。
 もし邪魔するものがいても、ちょっとやそっとの攻撃で負ける気はしなかった。
 今はその機能の大部分を制限しているとはいえメリーの体は元々戦闘用、なおかつ高速飛行にも耐えられるような頑丈さをかねそろえているのだ。
 並みの飛行能力魔人程度では自分をどうこうすることなど出来ない。そんな慢心がどこかにあった。

「……な……!?」

 その時メリーは体に違和感を覚えた。
 がくん、と体の動きが鈍くなる。何かに引っ張られるような。
 いや違う、水の中に入ったような体の自由がいまひとつ効かないような感覚というべきか、思い通りに動けない。
 辺りを見回すと他の飛行能力者達の動きもおかしくなっている。
 自分のように体が自由に動かない事を訝しむ者もいれば、完全に空間に飲まれたようにまったりしはじめている者までいた。

(身体能力自体に異常はない。魔人能力……?)
「はぁー……こんにちはぁ、メリーさん……」

 メリーはゆるやかな動きで声のする方を見た。
 するとそこには一人の少女がふわふわと浮いていた。
 いや、浮いていたと表現するのは正しくない。

「えっと……須楼望先輩……?」
「はいー……そうですよぉー……」

 そのふわりとした髪の少女、須楼望紫苑は飛行能力など持っていなかった。
 彼女の能力は『夢心地悠長空間(トロイメライ)』彼女の周りの空間速度が遅くなるという能力。
 紫苑は周りの空間を全て遅くすることによって、ゆるやかに落下しているのだ。
 出来ると考えれば出来る、それが魔人能力。彼女が能力によってそれが出来ると考えているのであれば何も不思議なことではない。

「……あのう、須楼望先輩……あたし、これから購買部でやきそばパン買いに行くんですけど……」
「わぁー……奇遇ですねぇー……私もー……行くんですよぉー……」
「……ええと……」

 こんな状況でにこにこと話す紫苑を相手にするうちに、メリーはなんだかとてもふわふわとした気持ちになっていた。
 よく見れば空はとてもすがすがしい天気で、気持ちの良い風も吹いてきている。
 まるで羽毛の布団に包まれているかのような、優しくて暖かくて、柔らかくて。
 でも寝るにはちょっぴりお腹もすいてきた気がする。お昼ご飯は何にしよう。
 そういえば何かを買いに行くんじゃなかったっけ?……パン、やきそばパン。

「はっ……!!……く……空気に飲まれるところだった……!」

 メリーは我に返って紫苑を睨んだ。
 なんと危ないところだったのだろう。これも彼女の能力、そして作戦のうちなのだろうか。

「あぁー……た、助けてくださいー……」

 紫苑はいつのまにか逆さまの体勢になり、スカートを抑えながら恥ずかしそうにゆるゆると動いていてた。
 どうやらふわふわしているうちに回転してしまったらしい。
 上手く元の体勢に戻れずもじもじと動いていた。

「えっと……助けてほしいと言われても……上手く動けないんですけど……能力解除してくれないですか……?」
「したらー……私……落ちちゃいますねー……」
「……じゃあ……せめて範囲を狭くするわけには……」
「すみません……力加減が難しくて……そういうの上手く出来ないんですー……」
「……」

 二人はしばらくの間、ふわふわと空中で飛び往生した。
 その後、メリーが何かを思いつき、口を開く。

「……わかりました……!……須楼望先輩が能力を解除した瞬間に……あたしが受け止めます……!」
「わぁ……いいんですかぁ……?……じゃあお願いしますー……」

 もし、この二人のどちらかにわずかでも悪意があればこの行動は失敗に終わっていたであろう。
 しかし、紫苑が約束通り能力を解除すると同時にメリーも約束通りしっかりと紫苑を受け止めた。
 お互いが素直で正直であったからこそ、二人ともしっかりとこの状況から脱する事が出来たわけである。

「それじゃあ須楼望先輩、近くにおろしますから!そこからはまた別行動ということで!」
「はーい……わかりましたー……頑張ってくださいねー……メリーさん……」

 こうして飛び去っていくメリーに、紫苑は手を振るのだった。




三章 脱落する者、生き残る者。


 購買部すぐ近くの林。
 既にこの場にも多数の生徒が存在している。だが約九割の生徒は既に"おもてなし"を受けていたりアナルを抑えてうずくまっていた。
 いずれもやきそばパン争奪戦からは脱落ということに変わりはないだろう。
 そんな中、哀れな脱落者達の中心では、*が大きく描かれた覆面を被った大柄の男とヘルメットをかぶった少女が拳をぶつけ合っている。
 アナルパッケージホールドと安出堂メアリだ。

「飲んで飲んで飲んで!飲んで!」
「アナルパッケージホールド!!」

 アッパーめいた挙動で拳を振り上げるメアリに対し、アナルパッケージホールドはその拳を真っ向からぶつける!
 メアリの繰り出した技はホスト神拳奥義"飲んでアンジェリカ"!
 歓迎の気持ちを込め、連続で拳を高く振り上げるホスト神拳である。
 一方のアナルパッケージホールドも彼女にアナル攻撃は通用しないと判断し、肉弾戦へとシフトしていた。
 ホストはアナルに耐性がありアナルパッケージホールドの判断は正しかったと言える。

「やりますねぇお兄さん!」
「アナルパッケージホールド!」

 若い少女にお兄さんなどと呼ばれて年甲斐もなく浮かれている余裕は残念ながら今のアナルパッケージホールドにはなかった。
 メアリは強い。少し気を抜けば彼女にやきそばパンの"前菜"にされてしまうだろう。

(ここまで修羅ッスか、希望崎……この子そもそも全然校則守ってないじゃないッスか……!)

 アナルパッケージホールドは肉体のアドバンテージを武器に突き進み、なんとか購買部に辿り着いた。
 途中にモヒカン十傑集なるチンピラが現れたが、肉弾戦をするまでもなく全てアナル責めで片付けた。
 しかし、それよりも圧倒的に速くこの場に辿り着いていたのはメアリ含む校則違反者達。
 当然このような校則違反者達を相手にする為、この場にも大勢の生徒会役員や風紀委員達も配備されていた。
 その中でも鬼無瀬時限流の使い手である鬼無瀬飛藤は多くの校則違反者達を斬り捨てた。それがこの場で倒れているもう一割の生徒達である。
 しかし、その首を斬るという攻撃スタイルは頭さえ無事であるならば死なないメアリとの相性が非常に悪かった。

(だが実質的にあの刀使いをやったのは……こいつら……!)

 アナルパッケージホールドは不意に後ろを振り返りガード!そこに白い人狼の爪が襲いかかる!
 あと少しでもアナルパッケージホールドのガードが遅ければ彼の体は切り裂かれていただろう!

「アナルパッケージホールド!!」
「GRRR!!」

 アナルパッケージホールドはそのまま白い人狼を弾き、そのままの勢いで狼の腹部を殴りつける!
 吹き飛ぶ人狼はしかし、まるでダメージを受けていないように空中で宙返りした後、着地する。

「ドンペリ一丁!」
「アナルパッケージホールドッ!!」

 その隙に再びメアリにホスト神拳奥義"追加注文ありがとうございますリリアンヌ"によってアナルパッケージホールドを攻撃する!
 アナルパッケージホールドは再びその動きに合わせ拳をぶつける!
 めりっと嫌な音がすると同時にメアリの左腕が吹き飛ぶ!朝の事故の怪我が治りきっていなかったのか!

「あぁぁあ!私の腕ー!」
(くぅーっ!なんで俺ばっかり!こんなモテ期はいらないッスよ!!)

 メアリに関しては目の前にいる者を攻撃しているに過ぎないが、白い人狼……狼瀬白子と、その背後にいる可憐塚みらいには明確な理由が存在した。
 彼女達はメアリの手の内を殆ど知っている。故に彼女の能力が自己再生であり、強力ではあっても戦況をひっくり返すようなものではないという事がわかっているのだ。
 一方でアナルパッケージホールドは体験入学者である。そしてここまでの戦闘スタイルから彼が本来はセックス魔人ではないということも既に見抜いていた。
 故に能力の底が知れない。何か奥の手を隠しているという可能性もある。先に始末するのであればこちらだという判断を下したのだ。
 もちろん倒した際に発動する能力でも問題ないように、白子が殆どの攻撃をしかけている。

「大人しく伝説のやきそばパンから手をひいてください、体験入学者さん?そうすれば命の保証は出来ますよ?」

 とはいえ流石に彼女らも本気で殺す気はなく、これはせいぜい脅し文句である。
 彼女らがメアリに苦戦する鬼無瀬飛藤を不意打ちに近い形で倒したのもつまりはそういう判断である。
 "ばれなければ校則違反ではない"。先に風紀委員と生徒会役員の口を塞ぐ事で多少の"校則違反宣言"は問題がなくなるようにした訳だ。

「アナルパッケージホールド!」
「どうやら会話をする気はないみたいだな!」
「そうね……お願いするわ、騎士様」

 みらいがそう言うと白子がアナルパッケージホールドに再び飛びかかり、その爪で喉笛を切り刻もうと狙いをつける!
 アナルパッケージホールドは思案した。このままではジリ賃だ。やきそばパンを手に入れるどころではない。
 その結果、ある意味ではアナルパッケージホールドは彼女らの考え通り、奥の手に手を出さざるを得なかった。

「はぁあっ!!」
「アナルパッケージホールド!!」

 アナルパッケージホールドは瞬間的に体を後ろに反らし、そのまま倒れ込むようにその場に寝転んだ。
 そして足をぐっと曲げ、白い人狼の腹部に再び蹴りを叩きこむ!

アナルパッケージホールド(カタパルトキック)!!」
「しまっ……!」

 白子は自らの体の不自然な浮き方にそれがただのキックではなく、能力であるという事に気付いた。
 しかし、既に体は宙に浮き、身動きは取れない!
 そしてアナルパッケージホールドはその無防備な体に、いやアナルに狙いを定める!

「アナルパッケージホールド!!」
「ひにやぁああああああああッ!!!」

 そう、白子は物理攻撃には強かったが快楽攻撃には弱かったのだ!
 それはみらいに吸血されあっさり堕ちてしまった事からも明白である!
 当然アナルパッケージホールドはそんな事を知るよしもないが、女騎士はアナルが弱いという偏見により効くのではないかと思い、この隙をついたのだ!

「あひああぁぁあ……んん……っ!」
「狼瀬先輩……」

 みらいは若干白子に軽蔑の視線を向けた後、アナルパッケージホールドを一瞥する。
 どうやらただの酔狂な変態魔人ではないらしい。
 仕方がない、ならば自分が行くしかないか、そう思った時。

「スゥー……セイッ!!」
「んあぁっ!!」

 力強い呼吸の音と、声が響くと同時にみらいが苦しむ!
 そう、霊能力者雲水の浄化能力である!

「可憐塚さん、そこまでです」
「う、雲水……ッ!」

 みらいはその能力から自らを邪悪なる吸血鬼であると思いこんでいる。
 故に雲水の浄化能力に対して過剰なまでに反応してしまうのだ。
 雲水はそれが何度もみらいの思いこみであると言う事を伝えようとしてきたが彼女は聞き入れなかった。
 今回に限ってはそれが吉と出たか、雲水は少しの罪悪感を覚えながらも再び印を結び、構える。

「スゥーーー……セイッ!!」
「いやぁあっ!!」

 みらいは叫び、その場にうずくまる。
 神聖な力に弱いという思い込みが彼女の精神を蝕むのだ。
 一方メアリとアナルパッケージホールドは。

「大丈夫なんですかぁ、お兄さん、そんなとこで寝転んでて……んうっ?」

 メアリは自分にやたらとまとわりつく虫を追い払おうとする。
 虫……蝿だ。
 武器を持った蝿がメアリのヘルメットの隙間から入り込み、目を突く。

「あぎゃぁあっ!顔は!顔はやめてぇー!」

 叫びも虚しくヘルメットの中はみるみる蝿だらけになる!
 メアリはたまらずヘルメットを取り外した!
 その瞬間、一人の男がメアリの顔にひざ蹴りを叩きこむ!

「み゛ぐあ゛っ!」

 その男は蝿にたかられる。彼の前で蝿は熟練の兵士のように統率されているようであった。
 異様であった、蝿にたかられている事がではない。彼は自らの首を絞めていたのだ。
 ただし、それは自分の腕ではなかった。先程吹き飛んだメアリの左腕で自らの首を絞めていたのだ。
 男は左腕を倒れ込んだ持ち主に向かって放り投げるともう一度彼女の顔を蹴りつけた。

「けほっ……けほ……」

 黒天真言の金貨:剣。蝿の兵士達が彼の身を守る能力。
 本来身を守るこの能力を攻撃に転じる為に、あえてメアリの腕で自らの首を絞めたのだ。
 メアリの丈夫さを見ていると、サイコ学生相手に稼いでいた頃の自分を思い出して無性に嫌な気持ちになる。
 身勝手な理由だ。真言は心の中で自らを嘲笑した。

「アナルパッケージホールド」
「……」

 アナルパッケージホールドは真言に対して身構えた。
 彼にとっては新たな敵が増えただけだ。
 次の瞬間、二人はその場を飛び退く。
 そこに飛んできたのは……カレー!
 その方向の林から異形の頭の男が現れ、言う。

「思っていたより出遅れていたらしいな……貴様のせいだぞ久留米」

 声と同時にアナルパッケージホールドに攻撃を仕掛けるのは久留米杜莉子!その腕はフォークのような形となっていた!
 その鋭い攻撃にアナルパッケージホールドの覆面に傷が付く!アナルパッケージホールドがうろたえる!

「ア、アナルパッケージホールド!!」
「ごめんてカレーパン!だってあんまりにあんたが美味しそうだったんだもん!」

 この二人の間に何があったかを難しく語る必要はない。
 結局杜莉子は我慢できずにカレーパンに飛びつこうとしたのだ。
 あやうく食われそうになったカレーパンだったが、自作のカレーパンと購買部までの協力を杜莉子に持ちかけ事なきを得たのだ。

「……伝説のやきそばパンとの決着は俺がつける」
「悪いけど……それは僕にとっても必要なものだ」
「最後にそれを頂くのは私よ!」
「アナルパッケージホールド!」
「ヤンスーーーッ!!」

 一触即発の空気の中、間の抜けた美しい声が響く。
 優雅に走り抜けるその声の主は、華麗に林を駆け抜け植え込みを跳び越えると綺麗に着地した。
 ふわりと漂う彼女の髪の香りが一瞬、その場の空気を塗り替えた。

「やきそばパンを手に入れるのは、オイラのオヤビンでヤンスー!!」

 そして、その空気を自らぶち壊した。

「……少し、騒がしくなってきましたね」
「う……うぅ……!!」
「可憐塚さん、落ち着いてください……この熱気、やはりやきそばパンによくない気が流れているのでしょうか……」

 雲水は呼吸を正し、地脈を辿ってやきそばパンの位置が変わっていないかを確認しようとする。
 その様子を、物陰から一之瀬進が見やる。

「……今、この場にいる奴らがやきそばパンを手に入れる可能性が高いか……
 やはりというか、曲者揃いだな……どうする……?」

 すると、進は雲水が目をかっと見開き購買部とは真逆の方向へ突如走り出したのを目撃する!

「……なんだ……!一体どこへ行くつもりだ……!?」



四章 いただきました!


「購買部、到着」

 メリーはふわりと空から購買部へ辿り着く。
 紫苑を降ろす際、一旦ルートから外れたおかげか余裕でここまで辿り着けてしまった。
 そうは言っても紫苑の能力によってだいぶ出遅れてしまったのだが。
 漁夫の利とはこういうことを言うのだろう。そして人助けはするものだというのも本当の事らしい、メリーはまた一つ賢くなった気がした。

「伝説のやきそばパンくださー……あれ?」

 店の中に入るとどうにも様子がおかしい。店員は倒れているし、少し探してみても伝説のやきそばパンが見当たらない。
 その代わり見つけたのが、レジの真横に置いてあったカードだ。

「……なんか書いてある……
 伝説のやきそばパンは、予告通り戴きました。
 怪盗ミルキーウェイ!なにこれ!」


―――


「ふっふふ、思ったより簡単だったね!」

 そういってやきそばパンをぽんと手で弾いてはキャッチする少女。
 目を覆うマスクに頭にはシルクハット。闇色のドレスに身を包み、そのツインテールがチャームポイント。
 何を隠そう彼女こそ怪盗ミルキーウェイ、本名を天ノ川浅葱!
 いかにしてミルキーウェイはやきそばパンを盗み出したのか!

 ミルキーウェイが見抜いた購買部の弱点、それは「誰もがやきそばパンに意識がいきすぎている事」だった。
 タネは意外なほど単純で、購買部の制服を調達、たまに実際に手伝いつつ購買部に少しずつ近付いた。
 普段よりも厳重な警備があるということは普段よりも大勢の人間がいるということでもある。
 大勢の人間がいるということは、周りに普段見慣れない人物が多いということでもあり、ちょっとしたチェックさえ通り抜けてしまえば意外なほど中のチェックは薄かった。
 監視カメラも制服を着た大勢の人間を見極めるのは難しいのだ。カメラに顔が映らないようにすることも慣れている。
 もちろんそれは伝説のやきそばパンに絡まない間だけの事。
 やきそばパンに近付けば近付くほど目は厳しくなる。
 しかし逆に言えば近付きすぎなければいい。

 あとは争奪戦が開始し、辺りが騒がしくなってきた頃に伝説のやきそばパンとは別の物を一旦隠す事によって騒ぎを起こす。
 その隙に乗じて、本命のやきそばパンを狙った。有り体に言えば火事場泥棒である。
 怪盗としては少しばかり優雅さには欠けるが、準備時間の割には上等な方だろう。
 実際の所、本人もこれほど上手く運ぶとは思っておらず、メアリによって多数の戦力が排除されていた部分が大きかった。

「うーん、結局偽物のミルキーウェイ、出なかったな……一体なんだったんだろ、あの予告状」

 それが夜魔口組の出した狂言文であることは彼女には知る由も無い。
 とにかく彼女はやきそばパンを見事盗み出す事に成功したのである。

「……まあ、実はお金置いてきたから盗んできたってのとちょっと違うんだけど……
 やっぱミルキーウェイのポリシーとしてはこういう盗みはちょっと違うんだよね」

 誰にも説明されていないのに、というか誰もいないのに語り始めるミルキーウェイだった。
 そんなミルキーウェイに一人の少女が近付いてきた。

「あのぉ」
「うひゃっ!!」
「購買部は、どちらかおわかりになりますか……?」

 そこに現れたのは須楼望紫苑、メリーと分かれたあと頑張って歩いて来たらしい。
 降ろされた場所から殆ど進んでいないのだが。

「……あのぉ、もしかして……店員さんですか?」
「へ?……あっ」

 そう、ミルキーウェイは目を覆うマスクに頭にはシルクハット。闇色のドレスに身を包み、そのツインテールがチャームポイント。
 しかしその服は変装した時の購買部の衣装のままだったのだ!

「私、伝説のやきそばパンが欲しくてー……」
「あ、あー、えーっと、その……私はー……」

 しかし、その時ミルキーウェイは思った。
 あとはこの子に食べてもらってしまったらいいのではないだろうかと。
 伝説のやきそばパンを盗む、という目的は既に達成したわけだし。
 元々怪盗ミルキーウェイは盗んだものを配ったり元の持ち主に返したりしている。
 ならば盗んだ伝説のやきそばパンの場合は、本来欲しかった者に渡すのが良いのではないかと。

「じゃあ、108円です」
「わあ、いただきます」

 こうして須楼望紫苑はやきそばパンを手に入れた。


―――――


「まったまったまったー!」

 その場に飛んできたのはメリー・ジョエルだ。

「こんな終わり方はひどい!認められません!」

 ぷんすかと怒るメリー・ジョエルは二人の元にすたっと降り立つ!
 そしてミルキーウェイをきっと睨んだ。

「伝説のやきそばパンを盗んだうえで売るなんて!」
「うっ」

 正論を言われるととても痛い!怪盗ミルキーウェイといえどやっている事は泥棒なのだ!

「それに何も店員を全員倒しちゃうことないじゃない!」
「……えっ……?ちょっと待って、それは知らないよ!私は盗んだだけで誰かを傷つけたりなんかしてない……!」
「でも倒れてた……」

 次の瞬間、鳴り響くギターの音!
 三人がそちらの方を見るとギターを掻き鳴らす少女……そう、MACHIだ!
 焦げた服に返り血、拳によってへこまされた顔はロックそのもの!

「ファッキンやきそばパン!!こんなところにいたんですね……ッ!!」
「あなた……一年の同じクラスの……えっと……」
「そのやきそばパンは……『God Wind Valkyrie』の仇!!絶対に殺してやる!!ファックイエー!!」

 言うが早いかMACHIは三人に……いや、須楼望紫苑の手に握られているやきそばパンに一直線に向かう!
 新たなギターを仕入れたMACHIに怖い物などない!

「My precious stars……ッ!woo……ッ!!」

 ミルキーウェイとメリーがそのギターを避ける、だが当然のように出遅れる紫苑!
 MACHIの手が、やきそばパンへと伸びる!!

「ファックイエー!!」
「やぁ……ッ!」

 MACHIの体がぐるりと回転する。
 そのギターは、手は、最低限の力でいなされた。
 相手の動きを読み切って、そのまま、投げ飛ばす。

「須楼望流、古武術ー……護身術ですー……」

 彼女の家はかつてそのゆったりとした動きから繰り出される変幻自在の攻撃によって猛威を振るった須楼望流古武術の家元であり彼女も幼い頃からそれを学んでいた。
 最も、彼女にとってはただの護身術のような感覚であったらしいが。
 紫苑は残心し、MACHIは頭から落下した。

「……ビッチ……でも……触れた……これで、全部、終わるよ……みんな……」

 だが、MACHIは執念でそのやきそばパンに触れた。ラストステージの花火を上げる為に。
 この為に、起き上がってここまで来たのだから。
 ファッキン、ゲロ以下、やきそばパン。

「KILLER★KILLER……ナンバー:爆殺……ッ!!」



―――



――






「スゥーーーーーーーッ!!……セェイッ!!」

 爆発は、起きなかった。
 地脈の流れを調べた雲水は、伝説のやきそばパンと大きな悪意が合流しようとしている事を察知しこの場に参じた。
 これをなんとか出来るのは自分だけだ。雲水はその一心で師、龍玄が設けた制限を解除、彼女の悪意を封じ込めたのだ。

「……はあ……はぁ……ッ!!……これは……ッ!!」
「雲水くん……大丈夫?」

 メリーとミルキーウェイは雲水の様子は明らかにおかしい事に気付く。
 体は黒く染まり、温厚であるはずの雲水は鬼のような形相をしていた。
 雲水は、これがただの悪意ではない事を察していた。

「これが……やきそばパンの……悪意そのもの……か……ッ!!ぐうぉおおおおっ!!」

 紫苑が手に持っていたやきそばパンも影のように黒く染まり、やがて消えた。
 雲水は震える手で、龍玄に電話をしようとする。だがそれも叶わず携帯は自らの手によって握りつぶされた。
 これは、自分達が手に負えるような悪意ではなかったのだろう。
 そう考えた時には、既に遅かった。
 雲水は、いや、"怪物"は咆哮する。

「……あれは、まさか」

 雲水のあとを追いかけてきた進はかつて自分が体験した、あの忌まわしい記憶の気配を強く感じた。
 黒々と影に塗り潰されているような姿、不自然な首の動き、あの大災厄の日に見た者と同じ。

「……まさか……あの時のあいつも……こうやって……!?」




五章 怪物



「こいつは……まさか、奴のなれの果てなのか……!」
「カレーパン……!?」

 進の後をついてきたのだろう、彼の後ろでカレーパンは怪物を睨みつける。

「やきそばパンは……どうやらいつのまにか道を誤っていたらしいな……」
「どういうことだ……!?」

 "怪物"が、触手……いや、やきそばでメリーを、紫苑を、ミルキーウェイを、気絶したMACHIをも縛りあげる!
 しかし、そのやきそばを杜莉子がナイフで切り裂いた!

『オオオオオオオオオッ!!』
「ちょっと流石にこれは……食欲がそそられないわねッ!」

 さらに"怪物"を電撃が襲う!

「これは、一体何事ですの……!?」
「一年のテスラか……!奴は伝説のやきそばパンそのものだ!!」

 カレーパンは心で理解していた。
 かつて、彼の祖先と戦ったやきそばパンは邪法によって伝説のやきそばパンを作ったという事を!
 それは適性のある者の体を乗っ取り、また新たな伝説のやきそばパンを作り出す存在に変える邪法!
 適性のない者が食した場合はその強い意志により感覚が研ぎ澄まされ、常人が本来発揮しえない力を手に入れていたのだろう!

「何を訳のわからない事を呟いているんですの!?それより、あの怪物をどうにかしないと……!」
「……奴はこの俺が倒してみせる!!喰らえッ!!」

 華 麗 砲 ッ!!

『……アアアアアアッ!!!』

 "怪物"にカレーパンが直撃する!効いているのか!?
 ……否!!

「……あやつ、俺のカレーを……吸収しているのか!!」
「おい、このままだと雲水はどうなる……!?」
「……このまま同化が進み、暴走が終わってしまったら最後だろう」
「冗談じゃないぞ……!!あいつは……」

 雲水は伝説のやきそばパンの邪気を祓おうとしたのだろう。
 しかし、それを体内に取り込んだせいで逆にその力を暴走させてしまったのだ。
 それが大災厄の真実であるならば、あの時の男も本来は自分たちを救おうとして戦った者であったはずだ!

「もう二度と、あんな事件は起こさせない……その為に俺はここまで来たんだ……!!
 だが……どうすれば……ッ!!」
「弱点なら、わかるよッ!!」
「怪盗ミルキーウェイ!?何故こんなところに!?」
「今はそういう話はいいから!」

 彼女の見抜く能力は、"怪物"の弱点を正確に見抜く!
 だが、そこに届くには一手足りない!

「雲水君ひとりに悪意が集中しているから駄目なんだよ!せめて……もう一人か二人、誰かがこの悪意を抑えこめれば……ッ!」
「悪意を、分散させるというわけか……でも、誰が!?」
「……やってみます!!」
「お前が……!?」

 その声の主は―――



――――


 時は少し遡り。
 伝説のカレーパンの気配を察知した雲水、直感でやきそばパンの異変を察知したカレーパン、そしてそれを追いかけた進と杜莉子。
 それに今は気絶しているメアリと快楽からいまだに抜け出せていない白子を除いたアナルパッケージホールド、安里亜、真言、みらいの四人は購買部へと向かっていた。
 先んじて購買部へと入ったアナルパッケージホールドは、購買部の中の参上に慄く。

「アナルパッケージホールド!」
「……それは僕がやった」

 真言は一度、金貨:王の力によって蝿と化し購買部へ侵入していた。
 彼は蝿から人に戻った後、金貨:剣を発動し部員達からやきそばパンを強奪するつもりであった。
 だが、既にやきそばパンはミルキーウェイによって持ち出されており彼の計画は失敗した。
 購買部から出てやきそばパンを探しているところにメアリの腕が飛んできた……というわけだ。

「……結局、僕には最後のチャンスすら残されていなかったということかもしれないな」
「アナルパッケージホールド」

 真言がひとりごちた瞬間、間抜けな美しい叫び声が響く。
 アナルパッケージホールドと真言が外に出てみると

「な、なん、何をするで、や、ん、すぅう……!」

 みらいは安里亜の血を吸っていたのだ!
 安里亜はその快感に悶え、美しい肢体をよじらせる!
 その姿を見た真言とアナルパッケージホールドは、不覚にも少しだけ興奮してしまった。

「何をしているんだ……」
「……ちょっと疲れたから、食事をね……この子が一番美味しそうだったから」
「アナルパッケージホールド」

 確かに、この三人のうち誰の血を吸うかと問われれば殆どが安里亜を選ぶだろう。
 真言は納得すると、目を背ける。

「あ、あひゃああ……きゅ、吸血鬼に、吸血鬼になってしまうで、やん、すぅ……っ!」
「安心なさい、みらいのはそういう……」

 みらいがそう言いきる前に、安里亜は懐からタブレットを取り出してごくりと飲み込んだ。
 すると今まで紅く染まっていた頬はみるみる平常通りとなり、傷口まで塞がっていく。
 みらいは目を見開いた。

「あぁー、あと少しで吸血鬼になるところだったでヤンス!全く!」
「え、え?……な、何をしたの……あなた?」
「ふっふん、これは何でも治る薬なんでヤンス!吸血鬼だろうがなんだろうが絶対に治るでヤンスよ!残念だったでヤンスね!」

 その美しい顔がドヤッとばかりに輝く。
 みらいは、その顔を少しだけ美しいと思ってしまった。
 そして、それ以上に。

「吸血鬼が……治る?……そんな、ありえない……!」
「本当でヤンスよ!……そうだ!飲んでみるでヤンスか?まあ、どうなるかはわからないでヤンスけど!」
「……!」

 吸血鬼が、治る?
 そんな事考えた事もなかった。
 みらいはあの時、吸血鬼になってしまって、それは二度と戻らないと思って。でも、もし、もしも。

「……」

 そのタブレットはどうみても、市販されているただのお菓子だ。
 だが、先程彼女の吸血痕が治ったのは、紛れもない事実。
 みらいの心は揺らいだ。

「……いただくわ」
「えっ、マジでヤンスか?……まあ、いいでヤンスけど、ほい!」

 みらいは、安里亜からタブレットを受け取った。
 彼女の脳裏には様々な考えがよぎった。
 自分は一生吸血鬼、そんな都合のいい事が起こるわけがない。
 これはただのお菓子だ、食べても戻してしまうだけ。
 みらいはあの時、永遠に吸血鬼となる定めを受けてしまった。
 でも、でも、もし、もしも……本当に、人間に戻れるなら。

「……戻りたい……!」

 みらいはタブレットを飲みこんだ。
 下ノ葉安里亜の『馬鹿は百薬の長(プラシーボ)』の効果で、いや。
 可憐塚みらいは自分自身の『ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュに捧ぐ(プラシーボ)』を解き、自分の本来の能力に気がついた。
 本当だったんだ。本当に、全てが自分の思いこみ。
 "彼"の言っていた事は、本当だったんだ。
 そう考えた時、彼女は自然と「新たな自分」を想像していた。

「……スゥーーーーー……セイッ!!」
「ひゃあっ!!?な、なんでヤンスか!!?」
「……地脈が、見える……!!今、やきそばパンに……雲水に、大変な事が起こっている!!行かなくちゃ!!」

 みらいは、霊能力者となり……そして、自らの使命を感じ取った。
 まさに憑き物が落ちたかのように、今の彼女には不思議な正義感がふつふつとわいてきていた。

「……何が起こっているんだ」
「詳しい説明をしている暇がありません……でも……今すぐにやきそばパンの所へと向かわないと!」

 それは、みらいが無意識に彼の負の感情を吸いとった結果だったのかもしれない。
 もしくは、彼女のその姿に、自らの"罪"の象徴を重ねたからかもしれない。

「正確な場所は、わかるのか」
「……いえ、みらいの力では……」
「……なら」

 真言は、マフラーを外し、自らの首の穴を露出した。
 そして、最後に残った星の金貨を、入れる。
 コインが金色の蝿の形へと代わる。

「……伝説のやきそばパンの居場所を、ナビゲートしてくれ」
「あなた……」
「この蝿の方向へ行けば、いいはずだ。」

 そういうと、真言はその場に座り込んだ。
 これが最後の金貨。すなわち今日が終わった時、自分は死ぬ。
 しかし、不思議とすがすがしい気持ちだった。

「……どうしても、そこへ行かなきゃいけないんっすね?」
「え……?」

 それは、みらいが無意識に彼の負の感情を吸いとった結果だったのかもしれない。
 もしくは、彼女と彼のその姿が、どこか自分の"娘"と"息子"と似ている気がしたからかもしれない。

「俺の本当の能力はカタパルトキックっす、上手く飛ばせば一瞬で目的地にまで飛べるはずっす」
「……ありがとう、ございます」
「あの、もしかしてでヤンスけど、あんたって夜魔ぐ」
「あーあーあー!何も聞こえないっす!……俺の足に合わせて……あの蝿の方へ飛ばせばいいんっすね!?」
「ああ、僕のナビゲートは、正確だ。」

 アナルパッケージホールド、いや、片春人は、みらいをしっかりと足にセットし、狙いを定め、息を合わせた。

「行くっすよ!」
「はい!」
「1!」
「2の!」
「「セイッ!!」」







六章 決着






「今のみらいなら……!出来るはずです……!」
「……それしか手はないか……!」

 みらいは雲水の前に立ちふさがり、印を結ぶ。

「もう……限界……きゃあぁっ!!」

 杜莉子が攻撃に耐えきれず、やきそばの触手に振りまわされ、叩きつけられる!
 その様子を影から見ていたらしい一人の少女が、杜莉子に駆け寄り声をかけていた。

「くっ……時間がないぞ!悩んでいる暇はない!」
「……お願いします……!!みなさん……雲水……私に、力を……!!
 スゥーーー……ッ……セイッ!!!」
『グウアアアアアアアアアアッ!!』
「スゥーーーー……セェイッ!!」
『う。ううぐ、うううううっ!!』

 "怪物"の影が徐々に薄れ、消えていく。

「もうひと押しだ……!行けるぞ!作戦通りに!!」

 進が叫ぶ!
 その声に反応してか、やきそば触手が彼へと向かう!

「そうは、いきませんー……」

 紫苑の『夢心地悠長空間(トロイメライ)』によって"怪物"の動きは阻害される!!
 その背後から、メリーが飛ぶ!

「大変だった、けど……ちゃんと繋がったよ」
「大音量で行きますわよッ!!」

 メリーの魔女の箒、それに繋がれたスピーカーにテスラが電力を送り、さらなる声を響かせる!
 壊れた携帯から発せられかけた微弱な電波を広い、繋いだ先は……雲水の師匠、龍玄!

『スゥーーーーッ!!セェイッ!!!』
『ああぁああああああッ!!ああああああぁぁあああああああッ!!!』

 "怪物"の姿が、消えていく。
 "雲水"に、戻っていく。
 そして、邪悪なやきそばパンの波動が、彼から分離していく!!

「それっ!!紛れも無く弱点です!!やっちゃってください!!」

 ミルキーウェイが見抜き、それを伝える!!

「うおぉぉおおおおおおッ!!!」
「はぁぁぁぁあああああッ!!」

 向かうのは、カレーパン!そして……なんの力か、完全復活を遂げた杜莉子!

「美味礼讃ッ!!!」「華麗脚ッ!!!」

 邪悪な波動は……二人のクロスキックによって完全に霧散!

「…………」
「雲水……!」

 雲水はその場に倒れ込む。それをみらいが受け止めた。
 動きはしないが、どうやら生きている。みらいはほっと一息ついた。


「……どうやら……やった、みたいだな……」

 進は気が抜けたようにその場にへたれこんだ。
 ようやく、長い呪いが解けた。そんな気持ちになった。


「……これで……奴との決着もついたか」

 カレーパンはひとりごちると、その場に座り込み、懐からペットボトルを取り出す。
 やきそばパンとの戦いは本当に終わったのだろうかと一瞬だけ考え、水を飲み込んだ。


「……へへ、助かったよ、こまっちゃん」

 杜莉子は一人の少女の元へ向かって歩き、そう言うと彼女へと体を預けた。


「……お姉様……テスラは、学園の平和を……守れたでしょうか……」

 テスラはお姉様に褒めてもらえるかどうか考えて、ほんの少しだけ頬を緩ませた。


「……やきそばパン、なくなっちゃった」

 メリーはちょっと不服そうな顔をしたが、人助けはあとで帰ってくると知っていた為、その時を大人しく待つ事にした。


「……あーぁ、大変な事になっちゃったなぁ……結局なんだったんだろ」

 怪盗ミルキーウェイは、結局偽の招待状を送ったのは誰だったのか。それを考えようとしたが、今はもうどうでもいいやと思った。


「なんだかぁ……綺麗ですねぇ……」

 須楼望紫苑は、霧散する黒い影を眺めて、ぼんやりと手を二度叩いて目を閉じて言った。

「みんながー、幸せになれますようにー……」






終章 読まなくてもいい終演後


「なるほどね、これがこの物語の結末、というわけだ。
 ん?これじゃ誰が争奪戦に勝ったのかかわからないって?
 うーん……しいていえば、一応、やきそばパン自体の最終的な所有者は須楼望紫苑だった、んじゃないかな?
 とはいえ、様々な縁によってこのやきそばパン争奪戦は幕を閉じたのでした。チャンチャンってね。
 ……うん、これであたしもいい報告ができそうだよ。
 それじゃ、君ともお別れだね……また会える日は……果たしてあるか、もしくは……この物語をもう一度読めば、また会えるかな。
 ふふ、それじゃ、また会える事を願っているよ」

 こうして、この物語の幕は降りた。