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本戦SSその4

○グラウンド○
4時間目の終了間際、一之瀬 進は足首を念入りにストレッチしながら周囲のクラスメート達を見回した。授業の短距離走では疲れないように、しかし身体は暖まるぐらいの力を入れて走った。この時間が終わった後、焼きそばパン争奪戦の為に。
(どいつもこいつも気合入ってんなぁ…)
彼の親友である笹目や一部の生徒は見学を決め込んでいたが、それでも思った以上にライバルは多い。何せ授業中に体育教師も参戦すると漏らしていたのだ。先程行われた短距離走の結果では一之瀬の本気の走りに敵う者は見られなかったが、魔人能力が介入すれば足の速さなど役に立たないと考えた方がいい。
それに一之瀬自身も周囲の気を引き付けないようにゆっくりと走ったのだ。他にも同じような事を考えて力を抜いている奴がいてもおかしくは無い。
(大丈夫、冷静になるんだ…俺には協力者がいる。魔人2人で一つ一つの問題に対処しながら進めば、独力で出来ない事だってなんとかなる筈だ。)
そう、彼は以前から焼きそばパン入荷時に備えて仲間を作り、作戦を練っていた。信頼の置ける出来る強力な後輩だ。朝礼前に既に作戦決行の旨を伝えてある。
(それにしても…余りにも殺気が立ち過ぎじゃないか?やはり伝説の焼きそばパンの所為か。『大災厄』を起こすだけあって末恐ろしいな…)
いつも冷静で厳格なクラス委員の山本氏が恍惚の表情を浮かべながら焼きそばパン入手の決意をブツブツと呟いている。気付くと周囲に同じような症状の者が何人もいた。その様子はまるで終末が近づく世界で救世主を幻覚に見る人々を見るようである。
一之瀬は背筋に冷たい物を感じながらも、黙々とストレッチを続け、精神統一の為に大きく深呼吸をした。

授業終了のチャイム、則ち闘いの始まりを告げる鐘が鳴った。

大勢の生徒や体育教師は一気に購買部のある方向へ向かう。一之瀬のクラスは皆走りやすい体育着を着ており、すぐに一之瀬の視界から小さくなっていった。一之瀬は何をしているのか、彼は他の競争者と真逆に走っていた。
彼が協力者と待ち合わせをしたのはグラウンド端の寂れた給水場であった。学年が違う相手と混雑した状況で会うには人が出来るだけ少ない所の方が良い。購買部に進みながら合流するのは人の波で簡単にはいかないだろうし、相手を見つける前に他の競争相手の妨害に合ってリタイアするのが怖い。
そのような理由でもって彼は相手と自分の4時間目終了時に楽に行くことの出来る分かりやすく人の少ないだろう場所として給水場を集合場所に選んだのだった。

(4時間目は美術とか言ってたし、そろそろ来るかな?)
ブーン ブブーン ブブブブーン
ふと耳元に虫の羽音が聞こえた。
(来たか。)
一之瀬は振り返った。彼が待っていた相手からはいつも蝿の羽音が絶えない。だから来たのは彼だと判断した。
そう、彼が待っていたのは金貨に祈りを捧げる魔人、黒天真言だった。

そして、彼の背後に現れたのは
「う゛あ゛ー、待ち合わせですかァ?せんぱァい゛」
ゾンビホスト少女、安出堂メアリであった。大量に集る蝿は彼女のフルフェイスヘルメットの中に咥えているであろう生肉の死臭に引き寄せられていたのだ。 彼女がこんな所へ来たのも一之瀬進の魔人能力『千丈一穴』故か。
「うわぁぁあああ!!!」
血だらけの制服と生臭い香り、フルフェイスヘルメットの内側から響くクチャクチャという何かを噛みしめる音。一之瀬の本能が彼に死の予感を告げた。彼は全速力で走った、購買部の逆方向へ。
「逃げないで下さいよお。別に取って食う訳じゃないんですから…かゆ…うま」
安出堂メアリは特に彼を追う理由は無かったが、ホストの端くれとしても、人から逃げられるのは不快であった、故に彼を追った。
速い!ゾンビのくせに速い!最近のゾンビが走るというのは本当だったのか?しかしそれだけでは無い。これはホスト紳拳移動専用奥義、“ドンペリ入りますか?”だ。
客を執拗に追い詰め、強制的に高級酒を買わせる初級技である。

「うわぁあ!!こっち来んな、うわああ!」
「う゛ぁ゛ー 。 待て待てえ~」

~~~
約2分後。
ブブーン ブーン ブブブーン
「先輩の方がここに近い上に4時間目は体育なのに…おかしいな」
黒天真言は一之瀬進との集合場所に辿り着いていた。その手には廃材置場から拝借した1m程の鉄パイプと曲がった釘の刺さった角材が握られている。一之瀬は約束を破ったり人を裏切ったりするような人間ではない。それを知っているからこそ彼と協力して焼きそばパンを入手することを決めたのだ。
黒天の貧民街生活中の辛い出来事と『大災厄』以降独りとなった一之瀬の生活はどこかお互いに共感する所があった。2人は焼きそばパンのことを知るよりもずっと前から交流を持っていて、焼きそばパンのことを知った時には一緒にそれを手に入れるように取り決めた。
彼の事を疑うことは出来ないが、今からここに来るとも思えない。
黒天は仕方なく魔人能力の一つを発動する事にした。
「Get Midheavenーー」
彼の周囲を旋回していた蝿達が騒めく。
「ルーカー、僕に救いをーー星!」
ズボンのポケットから金貨を1枚、裏面に星の意匠を施された物を取り出し、首の下にある穴にねじ込んだ。すると、蝿の一団の中心に眩く輝く黄金色の一匹が現れ、その周囲を普通の蝿が規則正しく円の形に囲んだ。
「一つ、一之瀬 進という先輩の居場所までの案内を頼む」
黄金の蝿は通常の蝿が作った円の端に止まった。円はコンパスとなり、黒天真言を目的の場所まで案内する。これが金貨(星)の効果である。
(購買部の真逆…やはり何かあったに違いない。取り敢えず向かってみよう)

黒天真言もまた購買部の真逆方向へ進む中、校内、校庭、希望崎学園のあらゆる場所に取り付けられたスピーカーから耳障りな音が流れ出した。ノイズ?否、放送部による『お昼の放送』である。普段は食事中の生徒や教師達を癒すための音楽を流しているだが、今日はどうしたのだろう。教育の場で流すには向かない下品な歌が流れ出した。汚い言葉や悪意は人の心を荒ませる。
だが黒天は気にせず進み、進んだ。


○職員校舎○

時は少し遡る。

「君ィ!今廊下を走っただろう!?」
握った生活指導主任の教師が目の前を横切った女子生徒Aを呼び止めた。
「そんな!私走ってなんかいません。今のどこを見れば走ったことになるんですか!?」
女子生徒Aは教師を睨むと、再び廊下を歩き出した。彼女は先程から同じ速度で歩き続けている。けして走った覚えなどない。
「おおっと、俺は生活指導主任だぞ。貴様、今から購買部へ行くつもりだな。話を聞かなくて良いのか?俺を無視したまま焼きそばパンを買えると思っているのか?」
女子生徒は振り返った。教師の読み通り彼女は伝説の焼きそばパンを買いに行く途中だったのだ。
「何が目的です?」
「長くて10分も掛からない。しっかり話を聞くなら1分も待たせず解放する。ではここの教室で話そうか」
「分かりました」
女子生徒とが生徒会室に入ったのを確認すると、
「俺の懲罰竹刀を喰らえィ!」
生活指導主任は女子生徒に襲いかかった。

~~~

女子生徒がぐったりとして教室の床に転がっているのを、生活主任の教師は悦楽の表情で見下ろしていた。
と、生徒会室に1人新たな女子生徒が入ってきた。その姿を認めると、教師は歪むほどに悦楽の表情を深めた。
彼は彼女に近づくと自らの腕を差し出し、袖を捲った。
「フフフ、先生ったらイケナイ人。自分の立場を利用して生徒に乱暴しちゃうなんて…」
その女子生徒は長い黒髪と、化粧をしていないのに白粉を施したように白い肌とルージュを塗ったような赤い唇をしていた。その真っ赤な唇からは長い牙が覗いている。そう、彼女は可憐塚みらい。妖女カーミラの力を持つ吸血鬼である。
「言われた通りにしたぞ…ご褒美を、ご褒美をくれ…」
生活指導主任の目は濁り、どこか虚ろであった。それも当然。彼は可憐塚みらいによって血を吸われ、理性を快感に塗りつぶされていたのだ。
「はいはい、先生は偉いですよ」
教師の腕にに牙を突き立て、動脈の場所を確かめるとプツリと刺す。滲み出てきた血液を可憐塚が舐める度に教師は悶絶した。
「まだまだ襲い足りないですよねえ?私の敵はまだまだいるもの。さあ先生、抵抗できないネズミ達を甚振って来て頂戴?」
妖女カーミラは女性のみを吸血相手に選んでいたが、可憐塚みらいに獲物の性別の区別は無い。彼女が吸血鬼となった時、レズの概念など持っていなかったことなどが主な理由だろう。
教師は足をフラつかせながら教室を出た。可憐塚は少し時間を開けて教室を出ると、放送室へと向かった。

~~~

  • 放送室・

可憐塚みらいが向かったのは放送室だった。そこには放送部の部員達を中心として彼女の奴隷が血を捧げようと、職務を全うしようと待機していた。
ここで説明しておこう。
希望崎学園の放送室は他の学校と比べると比較できないくらいに広い。普通の学校の放送室は学校の余ったスペースに作ったのではないかと言うほど狭いが、ここは違う。ここはダンゲロス・ハルマゲドンが起こっている間、職員達が居住するスペースの一角となっているのだ。勿論、天井は体育館ほど高くないとはいえ、面積では体育館とあまり変わらない。
今ここにいるのは皆可憐塚みらいの奴隷達だ。彼女と狼瀬白子が、事前に集めておいた生徒、職員達はその数、1500人にも及んだ。その内の半分は外で他の生徒の妨害を。半分は放送室の占拠を行っていた。
「ああ、みらい様がこちらを見ていらっしゃる…」
「みらい様、どうか私の血を…」
そして皆服をはだけ、ほぼ全裸といっても良いような格好をしている。女子生徒の1人がカッターナイフで自らの胸に薄く傷をつけると、そこから雫となって赤い液体が滴った。
それに倣って他の生徒や教師達も手に持った鋭利な刃を己に刻み、同様に赤い小さな川を作った。
「フフ…良い子良い子」
可憐塚みらいはいかにもご機嫌という体で歩みを進め、手近に転がっていた女子生徒の臍の窪みに溜まった血液を舐めとった。女子生徒は幸福そうな表情をして目を閉じた。黒魔術の儀式を行っているような冒涜的な空間がどこまでも広がっている。

何人かの奴隷に同じような行為を施した後、みらいは1人の破けた制服の少女へと近づいた。
「首尾の方はどうです?」
少女は放送室にあったマイクを握り、目を憤怒の色に燃やしていた。彼女はまさに今一曲を歌い終わった所だった。
「ガッデム!上々です。こんなファッキン豚小屋、ブッ潰します」
彼女の名前はMACHI、独りのロックンロール少女だ。だが彼女の後ろには確かに3人のバンドメンバーの姿が見える。これは彼女の今は亡き友、焼きそばパンに殺された被害者達の幻影だ。
「スクリューアランド!歌います、『God Wind Valkyrie』に捧げる鎮魂歌、焼きそばパンへの怨念。みんな詰め込んだシット袋みたいな歌。」
幻影の更に後ろから多くのバックコーラス。そこには可憐塚みらいが完全に掌握したコーラス部、吹奏楽部、軽音楽部、オーディオ部、聖書研究部の全生徒及び講師、その他役割の無い余った生徒達が集められ、悪魔のような歌を歌っていた。
そう、これは可憐塚みらいの弱点である讃美歌を封じるために行われた『讃美歌を歌えそうな奴、再生出来そうな奴は取り敢えず潰しとけ』作戦であった。彼女は無償で吸血鬼に仕えていたが、これは決して彼女の頭が弱い訳では無い。MACHIは血を吸われて理性が薄まった所に焼きそばパンを崇めたてる学校への怒りを吹き込まれ、学校のシステムを崩壊させるために利用させられていた。彼女の能力は強力すぎるため、不測の事態が起こらないように外には出さない心算だ。

(この心をドロドロに溶かして腐らせるような感覚…さしづめ"酸鼻"歌、とでもいうべきかしら…)
可憐塚みらいはMACHI達に合わせて鼻唄を歌いながらゆっくりと放送室を後にした。
すると、廊下には思わぬ影があった。
「お姉様を、どこへやりました?答えなさい、可憐塚みらい!」
はあはあと息を切らしながらみらいを指差す少女、天雷テスラの手は気絶している生活指導主任の教室の頭を掴んでいた。ここまで走ってきたのだろうか。しかし生活指導主任が話を出来ない状態なので彼女が校則違反をという事実は闇に葬られた。
「学園全体の様子がおかしいと思ってお姉様に相談しようと思ったら見当たらないし、それどころか学園中の生徒や教師が行方不明?行方不明になった生徒の目撃情報のあったこちらにやって参りましたが、貴女がやったのですか?答えなさい、可憐塚みらい!」
天雷テスラの掌からは電撃の火花が散らされている。彼女の能力『電流戦争』だ。生活指導主任の髪が電熱で焦げ、嫌な臭いがしてきたので彼女はそれを後ろへ放り投げた。
「そうですね…それがどうかしたのですか?」
可憐塚みらいは全く悪びれる様子も無く挑発的に返した。ニヤリと笑った口元からは鋭い牙。
「何をおっしゃるのです、ここまでの大惨事、お姉様の誘拐、見逃すわけにはいけません!この天雷テスラ、風紀委員として、お姉様の付き人として、容赦しません!!」
天雷テスラの電撃が可憐塚みらいを襲った。だが、効いている様子は無い。
「なんて丈夫な…普通の格闘魔人でも一ヶ月は入院させるぐらいの威力のつもりでしたのに」
もう一度拳を構えて電撃を撃ち出す。可憐塚は余裕の表情でこれを喰らう。更に強力な電撃を放つ。これも余裕で受け流される。
「もう良い、最悪殺しても良いですわ…私のフルパワーをお見舞いしましょう」
天雷が両腕に電気をチャージする。そこに貯められた電力は雷の100倍にも及ぶ物であった。
そして吹き飛んだ、天雷テスラが。彼女の腹部に音速の一撃が撃ち込まれたのだ。
「お…姉様……?」
彼女の目の前には良く知る相手がいた。その相手は裸の姿で、頬を紅潮させ、天雷テスラにもう一度拳を向けた。
「だめですよ、テスラ。みらい様に電撃など。」
車口文華、天雷テスラがお姉様と呼び慕う相手はもう一度音速の拳を彼女に叩き込んだ。
「それより、2人で気持ちよくなりましょう?みらい様の奴隷になるんです。とても良いものなんですよ?さあ。」
車口が懐から取り出した彫刻刀が天雷テスラの首筋をなぞり、鮮血を噴き出す。
「みらい様、私の可愛い後輩です。彼女にもどうか、貴女の知る快楽の限りを教えてあげて下さい…」

可憐塚みらいは動けなくなった天雷テスラの首筋まで、口を近づけ、新鮮な血を啜った。
車口文華はコーラスに戻り、その教養ゆえに蓄えられた英語知識から精一杯の下品なフレーズを吐き出していた。

~~~

○新校舎○

「それじゃ、行ってくるねリリア」
背中に「翅」を展開し、突撃槍である魔女の箒に跨り、星模様のバイザーを被ったメリー・ジョエルは4時間目終了後、3分程の準備を終えて教室を飛び出した。秒速200m。音速には届かずとも今この学園では一番の速度を叩き出せるであろう。
「行ってらっしゃい、メリー」
赤根リリアは彼女の親友が残していった砂埃と煙を見送って手を振った。
「普通に考えて彼女が焼きそばパンを手に入れるに違いない、そう思った?」
赤根リリアが振り返った先にいたのは1年上の先輩、瀬佳 千恵であった。
「どういうことですか、先輩?」
赤根は些かムッとしながらその言葉の真意を聞いた。あのメリーが負けるわけないし、馬鹿にしていると思った。しかし、彼女の持つ真っ赤な嘘を見破る能力は瀬佳の語る言葉に嘘がないと告げていた。赤根はもう一度繰り返した。
「どういうことですか…?」
瀬佳はポリポリと頭を掻きながら背後を、廊下の向こうを指差した。
「あれ、メリーって娘でしょ?」
そこには空中でほぼ運動を停止しているメリーと、歩いては止まり、ボーッとしている少女、そしてその他大勢の動きが止まっている生徒達がいた。
「いや、あの娘。ボーッとしてる娘いるじゃない?あの娘私のクラスメートの須楼網紫苑って言うんだけど、その能力でこの廊下から購買部に行こうとする人みんなあんな感じなの。」
瀬佳 千恵はフゥと溜息をついて
「紫苑もやっぱり無理そうだわ」
と言って自分の教室に戻って行った。
赤根はメリーが蝸牛よりゆっくりと購買部へ向かうのを眺めるしかなかった。

「いくら焼きそばパンに近付こうとしてもこれではいけませんな…」
霊能者 雲水もまた須楼網紫苑の能力に引っかかっていた。そして彼の能力、というより体質である『行雲を留め流水に濯ぐ』によって、同じく須楼網しおんの能力に引っかかった者たちの誰も焦燥を感じることが出来なくなった。こうして新校舎では皆がノンビリと牛歩を進めるのであった。


~~~
○職員校舎○

「お姉ひゃまあ・・らめぇ」
天雷テスラは未だ続く快楽の波に顔を歪め、口からだらしなく涎を垂らしながら放送室への侵入者を阻んでいた。
「失礼!」
甲高い声が響き、窓から侵入してきた茶色い濁流と香辛料の香りが廊下を埋め尽くした。そう、この侵入者はカレーパンの頭を持ったアイツだ。普通のカレーパンと呼び分けづらいので、地の文ではプロローグに倣ってカレーパン先輩と呼ぶことにする。
「お姉さまとテスラの禁断の園ォォオ!侵入者は即排除ですわアア!!!」
服をひん剥かれ、全身に吸血鬼の噛み跡を残した天雷テスラが獣のようにカレーパン先輩へ襲いかかった。なんか筋肉に電気を通したりして普通より凄く強い!しかも全身を電気の火花が覆っている。彼女に触れれば普通の魔人なら失神は免れないだろう。
「華麗旋風脚!!」
カレーパン先輩は自らの腰を軸に回転し、その脚に熱いカレーを纏って天雷テスラを蹴り上げた。カレーは電気を通さない(多分)!カレーパン先輩の見立ては見事に当たった!
「華麗昇竜拳!!」
さらに空中へ打ち上げたテスラの身体をカレーを纏った拳で打ち上げる。
「華麗百烈拳!!」
テスラの体内に熱いカレーを百発打ち込んで校舎の外へ吹き飛ばすと、カレーパン先輩は放送室の中に入って行った。
「可憐塚みらい!卑怯な手を使い焼きそばパンを奪おうとしているようだな。しかし残念。毎日カレー神に生贄を捧げ、踊りを舞い、祈りを捧げる俺の『華麗流 三段』によって貴様は敗れるのだ。」
仁王立ちをしてこの校舎のどこかにいる可憐塚みらいに呼びかけるカレーパン先輩。
その首筋(が多分ある辺り)に鋭利な刃物が迫った。
「そこか!華麗水鳥拳!」
カレーパン先輩は手に纏ったカレーに圧力を与えてカッターの様に放ち、己の首を狙った曲者を攻撃した。
「そこそこ出来る相手みたいですね…良いです、戦いましょう。負けるのは貴方ですが」
カレーパン先輩の背後にいたのはコウモリの姿に変身した可憐塚みらい。彼女はコウモリの姿のまま牙を伸ばしてカレーパン先輩を一撃で倒すつもりだった。
「戯けが!貴様の弱点は知っているぞ!」
(賛美歌は封じたはず…普通の日本人は賛美歌と聞いてもハレルヤって言葉かグレゴリオ聖歌の名前ぐらいしか頭に浮かばないはずよ…ブラフ?)
みらいが逡巡したのを見抜いたカレーパン先輩は足元から伸びるカレーの触手を彼女の口の中に押し込んだ。
「貴様の弱点は、これだ。食べ物だ、俺のカレーだ!貴様が昼休みに何も食わないというのは何人もが見ているぞ!」
「むぐぅッ」
口の中に押し込まれたカレーが喉の奥まで伸び、胃袋まで侵入してくる。可憐塚みらいにとってこの味はドブにも、もはや糞にも等しかった。逃れようにも、カレーの縄が身体に巻き付き逃げることを許さない。
「さあ、ひれ伏すがいい。俺のカレーをたらふく食われせてやる。もう満腹か?まだまだだろう?」
カレーはみらいの胃袋を満たしていく。今身体を霧にしても、カレーごと霧になるだけだ。猛烈な吐き気がみらいを襲った。


~~~

○校舎裏○

「ハア… ハア… 撒いたか?」
一之瀬進は全速力でゾンビ少女から逃げ回り、ついに集合場所からかなり遠くまで来ていた。
ブブーン ブブブブーン
また蝿の音。安出堂メアリとかいう相手はまだ追ってきていたのか。もう逃げるだけではどうにもならない、闘うしかない。一之瀬は固く拳を握り、自分に近づく足音に耳を澄ませた。
ブブブブーン ブーンブー
蝿の羽音も大きくなってくる。
一之瀬は思い切り振り向き、その勢いを乗せて拳を叩き込んだ。不意打ちだ。
殴られた相手はかなり遠くまで吹き飛んだ。女の子相手に少しやりすぎたかな、と思って近づいた一之瀬の目に入ったのは、黒天真言だった。
「先輩酷いですよ。集合場所に来ない上にこれですか」
倒れながら呟く黒天を助け起こして詫びを入れると、取り敢えず自分を追ってきたフルフェイスヘルメットの血だらけ少女の話をした。一応黒天も納得してくれたので、やっと焼きそばパン争奪戦に戻ることが出来る。二人は改めて黒天の持ってきた武器を持ち、焼きそばパン争奪戦を再開した。
「ごめんな、本当。で、これからどうする?」
「取り敢えず購買部に向かうしかないでしょうか。急ぎましょう。」
2人は校舎に沿って慎重に道を進んだ。
「今気づいたけどさっきからお昼の放送の音楽おかしくね?」
「言われてみれば確かに。なんというか理性が磨耗するような、脳のシワが洗い流されるというか…へんな音楽です」

驚くなかれ、MACHIの能力「KILLER★KILLER」は学園の体制、統治システム、モラルがバラバラに崩壊することが出来た。彼女は以前、焼きそばパンという無生物を殺している。神だろうと概念だろうと彼女の怒りの矛先にある物は死んでしまうのだ。なんと恐ろしい。彼女は自らの怒りをかつての仲間を悼む歌に乗せることで更に強化していたのだ。一応彼女は昨日からからジワジワと学園のモラルを崩壊させていたが、生徒会によって薩長維新の志士達が晒し首とされたのもその影響だったのかもしれない。

一之瀬はあまりこの音楽を気にしていなかった。そして学園の崩壊にも気づいてはいなかった。そして彼は考えていた。まだ魔人2人でなんとかなるだろうと。
黒天真言の鼻を甘い香水の芳しい香りがツンと刺激した。彼はこの香りを知っていた。金持ち特有のどこかイヤラしい香りだ。彼はこの香りに敏感だった。サイコ大学生達からも偶にした香り。
それでも、たまに学園内で嗅いだこともあったし、いつもであれば、その感情も抑えることが出来た。しかし、恐るべし『KILLER★KILLER』。約束した場所に来ない先輩に殴られたりしたのも相俟って彼の理性はいつの間にか擦り切れていた。
「金持ちだ、殺せー!!金貨(星)!僕をこいつんところへ連れてけー!!」
金色の蝿が指し示す方向へダッシュする黒天真言。
「え?何が起こったんだ?戻ってこーい!!」
それを追う一之瀬進。彼らの焼きそばパン争奪戦はまたも見送られるのであった。

~~~

○放送室○

「なぜ吐き出そうとする!?俺のカレーだ。俺のカレーは伝説の焼きそばパンにも匹敵するだろうカレーだぞ。不味い筈が無いのだ!!」
腹がはち切れそうになる程カレーを詰め込まれた可憐塚みらいにカレーパン先輩は問いかける。
(やはり、伝説の焼きそばパンでも私の身体は拒絶してしまうの…?それなら何のために私は…)
「くそッ!このまま激熱激辛カレーを流し込んでやろうか?俺は聞いたんだぞ。お前が焼きそばパンを求める訳をなぁ」
みらいの脳裏に狼瀬白子の顔が浮かんだ。そういえばあの先輩に焼きそばパンを手に入れる協力をする約束をしている最中に焼きそばパンを求める理由を聞かれて答えてしまった。そういえばこのカレーパンと狼瀬は同級生だったのではなかったか。
「俺が最高に美味い…カレーパンを教えてやるのに…もう良いここまでの味覚音痴に俺のカレーをこれ以上食わせる必要は無い。胃の中から火傷し」
カレーパン先輩が操っているカレーの温度と辛さを最高にしようとした時、彼の顔の右半分は消失した。

「うーん、65点ってところね」
不意に彼の背後から現れたのは長身のお下げ眼鏡の少女である。彼女は口の端にカレーをつけていた。
「ヤンス。杜莉子さん、学生が作ったカレーパンならせいぜいそんなもんでヤンスよ、野外で取れる高級品と比べちゃダメでヤンス」
そして麗しいブロンド髪の女性。声が容姿と合っていない。
調達部員、久留米杜莉子と下っ端の下ノ葉安里亜(以降ヤス)だ。
「何をする…お前ら」
カレーパン先輩が半分になった顔で振り向く。その断面からボトボトと具材がはみ出て落ちた。
「俺にはカレー神の加護があるんだぞ…貴様ら魔人の1人や2人…」
「カレー神?」
久留米が聞き返した。
「ああ、そうさ。絶対にして最高の存在であるカレー神は俺のことを守ってくれる…」
「カレー神ってこれのこと?」
久留米がポケットから取り出したのは一枚の写真であった。そこには茶色、緑、黄色、赤など様々な色が斑になった沼に浸かる巨大な蛇の姿があった。
「捕獲レベル250000、生息地はインド、現地での呼び名はカリーノ・カミー。伝承ではこの世の凡ゆるカレーを司り、敬虔な信者に自らの沼の一部を譲渡するという…」
カレーパン先輩がそれを見てカタカタと震えだした。実際の所、彼が信仰していたのはインドの様々な神と一体化した後、日本仏教に帰依した『華麗神』に他ならないが、彼は気づいていた。この蛇こそが全てのオリジナルなのだと。
「捕獲難易度の高さと同じだけの価値がある美味しさだったわ。ビーフ、ポーク、チキン、マトン。どれにも当てはまらない柔らかい淡白な肉が、スープカレーの沼によく合うの」
カレーパン先輩は強い喪失感を感じ、その場を去ろうとした。だが、右足を踏み出そうとした瞬間。
「フォーク」
久留米杜莉子の指先が金属となって彼の足に刺さっていた。
「ごめんなさいね、グルメと見ると食べずにはいられないの。でも、期待外れだったわ」
「馬鹿にしおって…喰らえィ!」
カレーパン先輩の顔から大量のカレーが噴き出し、久留米に雪崩かかったが、それを超スピードで遮る者がいた。ヤスだ。彼女はいつの間にか飲んでいた栄養ドリンクの瓶を投げ捨て、人間にはとても出来ないような動きで全てのカレーを払いのけた。
「顔からカレーなんてまるでカレーパンマンでヤンスね。そうそう、今回の目的は」
「華麗転生!!!」
下ノ葉が何か言い終わる前にカレーパン先輩が仕掛けた。なんとカレーパン先輩が増えたのだ。どのような原理で行われる技か。闘気による幻影か?
実際の所、これはただのカレーで作られた人形達である。しかし一人一人がフルパワーのカレーパン先輩と同じ力を持っているのだ。ただしこの技はカレーの消費が激しい。早く勝負をつけなくては衰弱死してしまう。
「「「「華麗神の怒りを受けよ」」」」
分身達が杜莉子とヤスの2人を連携攻撃で追い詰める。だが、分身から飛び散るカレーの飛沫を舐めた杜莉子はその様子を一変させた。
「なんだ、出せるじゃない。三ツ星の味」
次の瞬間、カレーパン先輩は全ての分身と共に細切れとなり、久留米杜莉子の持ってきていた調達部用食材保存密封タッパーに収められていた。
本来はプラシーボ効果だけで微妙に強化されている彼女のクルメ細胞がヤスの能力『馬鹿は百薬の長』で本当に活性化されたのだ。追い詰められたカレーパン先輩の作り出したカレーは故カレー神に勝らずとも劣らない至高の逸品であった。皮肉なことに、それが彼の敗因となったのだが。
「さて、美味しい食材も手に入れた事だし、次はあなたよ」
杜莉子が床に蹲る可憐塚みらいを指差した。
「こまっちゃ…いえ、小松さんをどこにやりました?」
「オヤビンもいないでヤンス。オヤビンはどこでヤンス?」
ヤスもみらいに近づいた。これだけ弱っていれば2人でも、いや、一人でも倒せるであろう相手だ。
杜莉子はみらいの身体を掴んで立ち上がらせた。
「ねえ、小松さんの居場所を知ってるんでしょ?」
「そうですね…知っています」
「なら教えて。今のあなたでは私達には勝てない。大人しくしてれば争奪戦の終了後にあなたのしたことも少しは擁護してあげる」
「そうでヤンス。今の杜莉子さんにとって、アンタを倒すことくらい朝飯前でヤンス。大人しく投降するでヤンス」
「それはそれはとても魅力的な提案です…」
可憐塚みらいは咄嗟に爪を刃物に変え、自分自身の身体を切り裂いた。
「自害!?そんなにオヤビン達の居場所を知らせたくないでヤンスか?」
狼狽えるヤスにみらいは香辛料臭い血を吐きながらニヤリと微笑んだ。
「フフフ…勘違いしないで。私はこんな傷で死にはしないし、貴女達に負けたりはしない…」
可憐塚みらいは掻っ捌いた腹からカレーで膨れた胃と腸を切り取り投げ捨てた。
「まさか、私のお腹に毒が入っている状態なら勝てるとでも?カレーパンマンさんの協力も無しに?」
彼女の腹の切り口からドバドバと吐き出される血を見て久留米とヤスは戦慄した。杜莉子は食材の解体を幾度も行っていてスプラッターには慣れているが、ヤスはもう吐きそうになっている。

「甘い甘い、甘いです。どうやら私を舐めすぎているようですね。」
可憐塚みらいの腹の傷がみるみる塞がっていく。
「ヒ、ヒイ~!!一体全体何なんでヤンスかコイツは~!」
ヤスは持っている限りの錠剤(ビタミン剤とコラーゲン)と栄養ドリンクを摂取し、今までの可憐な姿からは予想できないマッスルを手にした。
「オヤビンを返すでヤンス!ヤンス!」
一瞬で吸血鬼との距離を縮め、全力のアッパーカットをみらいの顎に2発当て、さらにアームハンマーを喰らわせた。普通の魔人なら首から上が外れてミンチになっているところだったが、ヤスは可憐塚みらいから押し寄せる恐怖に正気を失っていた。
「ヤンス!ヤンスー!!」
鋭い前蹴り。
その脚を妖女カーミラの化身が掴み、表面をなぞったのに気付くと、ヤスは寒気を感じた。今彼女の脚を掴んでいる相手は眼球が眼窩からはみ出し、鼻の骨が折れて凹み、耳からは潰れた脳漿と血液が流れ出していた。ドロリと垂れ下がる目玉と目が合ったような気がしてなんとも言えない気持ち悪さが込み上げる。平らになった鼻は、中に虫でも詰まっているように蠢いた。身体が再生しているのだ。
ヤスは吐き気を抑え、目の前の肉塊を叩いた。叩いた。叩いた。力の限り叩いた。こいつは人間ではない。その肉が赤いジャム状になっても叩き続ける。
「ヤンス!ヤンス!ヤンス!ヤンス!」
「ヤスさん危ない!」
杜莉子はみらいとヤスの間に入り、挽肉の山から急に現れた鋭い爪をナイフとフォークに変わった両腕で弾いた。
「チッ、油断した所を襲うのは失敗ですか。私も少し貴女方を甘く見ていたようです」
肉塊はアメーバのように形を変え、元の少女の姿を取り戻した。
「なんで……あんなに攻撃したのに…ヤンス…」
ヤスは彼女の姿を見て崩れ落ちた。同時に薬の副作用が現れ、膨張していた筋肉が縮んでいく。
「ヤスさん、下がっていて下さい。私がやります」
杜莉子は内心冷や汗をかいていた。
(カレーパンを調達してしまったのは失敗だったかしら。とっくに追い詰めたものかと思ってたけど…)
しかし先程調達した食材を見直して決心した。
(いいえ、あの判断は間違いではないわ。調達部員としての勘は今、すごく冴え渡ってたみたいね)
「全ての食材に感謝を込めて……頂きます!!」
タッパーからカレーをひと掬いして飲み込む。瞬時にこの作業を5回。クルメ細胞の超強化の影響で杜莉子の身体が黄金色に輝いた。
「ヤスさん、サポートだけお願いしますね!」
次の瞬間、彼女の姿は空間から立ち消え、その声だけが聞こえた。
「ナイフ」「フォーク」「ナイフ」「フォーク」「ナイフ」「フォーク」「フォーク」「ナイフ」「フォーク」
「え?」
可憐塚みらいの身体がズタズタに引き裂かれる。ヤスの攻撃と違い、『フォーク』という声と共に襲い来る攻撃は刺突であり、彼女の心臓に直撃すれば死亡しかねない。しかもいつもよりも再生速度が遅い。これはカレーに含まれていたニンニクや杜莉子の腕が銀食器になっていたことがなんとなく吸血鬼に対して有効そうな気分になった所をヤスの魔人能力が現実にしてしまったのだ。
「ナイフ」「フォーク」「ナイフ」「フォーク」「フォーク」「フォーク」「フォーク」「フォーク」
余りにも強力。黒い霧となってもその風圧からは逃げ出すことが出来ない。吸血鬼の見通しに暗雲が立ち込めた。
(今まで実施された体力テスト上位者の成績は確認しています…。確かに久留米杜莉子の成績は上位でしたが、これはそこから予測できる範囲からは外れている、私の想像を超えた何かが起こっている…)
思い込みの力、クルメ細胞は今希望崎学園全ての魔人の力を合わせても単純な筋力においては打ち勝てる程の力を発揮していた。ついでに言っておくと下ノ葉安里亜はオヤビン、則ち緒山文歌の気を悪くしないよう手を抜いていた。

吸血鬼は姿を猫に変え、俊足で壁を登りその場を離れようとしたが、これも阻止され尚且つ肩の肉を食われた。カレーの具として。
「本来雑食で肉に臭みがあり、食べられる場所も少ないため、食べる機会の無い猫ですが、カレーの香辛料が臭みを打ち消していて歯応えとアミノ酸の旨味だけを残している!」
クルメ細胞が更にパワーアップ、身体の輝きが増した。吸血鬼は姿を戻しながら身体の再生に力を入れる。だがしかし肉を削ぐ速度は遂に再生するスピードを超え始めていた。
「こまっちゃんを返して!!」
可憐塚みらいは身体を粉々に砕かれながら、久留米杜莉子の口から漏れた言葉を聞き、敵の本来の目的を思い出した。よく考えたら相対する2人は自身の相方や尊敬する相手を取り戻しに来ただけであり、かれんを殺しに来た訳ではない。
「分かりました!呼びます!ご所望の方々をお呼びしますから! 攻撃をやめて下さい!2年生の緒山さーん、緒山文歌さーん、1年生調理部員の小松純さーん、放送室前まで来て下さ~い!!」
久留米が攻撃をやめてクズ肉寸前の可憐塚みらいを捕獲用の縄で縛ってすぐに、放送室の扉が開き半裸の緒山文歌、小松純が姿を現した。
「ヤス…!?」
「オヤビン!!」
薬物の副作用で死にかけていたヤスが起き上がった。
「杜莉子さん……来てくれたんですか?」
「こまっちゃん!!」
久留米が小松の身体を掻き抱いた。
「勿論。私があなたを見捨てたことなんてある?」
「いいえ。初めて会った触手の時だって、いなり寿司の時だって、この前の讃岐うどんの時だって、絶対に杜莉子さんが何とかしてくれました。」
「でしょう?ほら、行きましょう。焼きそばパンが私達を待っているわ」
「ううっ…うううっ」
小松が泣き出した。彼女は夥しい血が流れる場所に、自らの身体を生贄にする人達に恐怖を感じていた。それは今までの食材を手に入れるまでの過程とは全く違う不気味さを感じさせる物であった。
「オヤビン…」
地面に膝をついてビタミン剤の副作用に耐えていたヤスが立ち上がって緒山文歌に寄り添った。
「良かったでヤンス…もしかしてもう会えないかと…そうなったらどうしようとずっと考えてたヤンス」
ヤスは緒山文歌の胸に顔を埋めて泣いた。
「ううっ……ヒック………ううう…ズズーッ!」
「ほら、泣かないの。悪い奴は私がやっつけたから」
久留米は小松の顔から溢れる涙や鼻水を拭いて、ボロボロの可憐塚みらいを指差そうとすると、先程まで憔悴していた吸血鬼の姿が消え、黒い霧だけがそこにあった。
「まだ何かする気!?」
久留米が構えようとした時、その霧は口と鼻から小松の体内に入り込んでいた。
((おっと…妙な真似はよして下さいよ……この娘がどうなっても良いというのなら話は別ですが…))
小松の体内から妖女の声が響く。(油断した)、杜莉子は口惜しさに歯噛みした。
「杜莉子さん…私、どうなっちゃうんですか?」
涙目になる小松。
((クスクス…大丈夫ですよ、小松さん。あなたのお友達があなたを本当に大事に思っているならね…))
吸血鬼は嘲るように笑う。
((緒山さん、ヤンスさんを縛って下さいます?服も脱がして持っている物は全て取り上げなさい。))
「了解…しました」
緒山の胸の中で泣いているヤスには何も聞こえていなかった。オヤビンの目が彼女を見ていないことに気付いていなかった。彼女の崇拝する相手が、考えていたよりもずっと弱いことに気付いていなかった。ヤスが異変に気付いた時には緒山の手にロープとナイフが握られていた。ナイフには緒山自身の血がこびり付いている。
((おっと、ヤスさん?抵抗しないで下さいね。緒山さん、彼女がおかしな行動をしたなら自害しなさい))
ヤスは行動を封じられ、簡単に自由を奪われた。
「ヤス…大丈夫だから。何も怖いことなんて無い」
緒山文歌のいつもより優しい言葉は、全くヤスの耳には入って来ない。彼女はその言葉を自分自身に対して吐いているようだった。その声の裏には訳が分からないものへの恐怖が多分に含まれていた。
それにようやく気付いたヤスは、不甲斐無い自分に改めて涙を流した。

((小松さんは久留米さんを縛って下さい。当然持ち物は全て回収。そのまま放送室に監禁しなさい。見張りは他の魔人に頼みます。私はそろそろ焼きそばパンの回収に向かいます))

放送室に何人かの人物が入っていった後、カツカツと1人の女子生徒が場を離れた。放送室前は再び静まり、廊下には古びたスピーカーから流れる下水の濁流のようや音楽が響いていた。

~~~

○職員校舎の外○

1人の女子生徒が柔らかい土の上で身体を丸め、窓から落下した痛みに耐えていた。その身体はカレーと尋常ではない量の体液にまみれていた。
「お姉様、私達は決して巡り会えない星の下に生まれてきたのですか…?どうしてまた巡り会えたお姉様と私はこんなに離れた場所にいるのですか?」
彼女は目から更に体液を流した。天雷テスラ、満身創痍の彼女は痛みで上手く動かない身体の事を忘れるために先輩の風紀委員である車口の事を考えていたが、余計に惨めな気分を味わうことになっていたのだった。
しかし、可憐塚みらいのかけた呪いからは逃れられなかった。車口文華の事を考えているうち、あの罪深い快感と享楽が蘇るのだ。
うつ伏せになって悶える彼女は背後から近付く影に注意を払っていなかった。

「アナルパッケージホールド!」
ドゴォッ
「NO!!」
彼女の後ろ側に存在する純潔は容赦無い一撃の下葬り去られた。彼女に気配を隠しながら近付いた人物。彼の顔を覆う白い布には、彼に葬られた幾人もの純潔を悼む高貴なる黒い菊の模様が印刷され、健康的に日焼けした肉体は大きく盛り上がった白いブリーフを強調し、元々は真っ白だったであろう靴下は既に奪ってきた者たちの血で赤黒く染まっている。
そう、彼こそがアナルパッケージホールド(本名:片 春人)。この争奪戦で今の所は1番多くの敵を脱落させている。

止めを刺された事で天雷テスラは完全にダウンしてしまったのだろうか。いや、今ここには不思議な現象が起きていた。彼女にかけられていた呪いは、より強い瞬間的な快感によって上書きされたのだ。
「アナルパッケージホールド!」
覆面の男が天雷に力強く声をかけた。テスラの身体がピクリと動く。
「アナルパッケージホールド!!」
普通の人間ならこれしか言わない相手になど関わりたくない。しかし、天雷テスラはゆっくりと立ち上がり、すっきりとした顔で礼を言った。
「ありがとうございます。すっかり目が覚めました」
覆面の男が威厳に満ちた様子で頷いた。
(私は何を勘違いしていたのでしょう。あの可憐塚とかいう女の下で快楽という餌を貪り奴隷に成り果てて満足していたなんて。あの状況でお姉様と同じになれても、それは二人の世界でも無ければ、愛もない。吸血鬼が経営するペットショップで、隣の籠に飼われている小鳥達同然ではないですか。私が求めているはそのような世界では無い…)
「私は今度こそお姉様を救います」
決意を口にする。
「アナル!」
白い布を纏ったエセックス魔人が自分も一緒に行く、とでも言いたげに自分の胸を叩き、その場で短く演武を行って見せた。
「それでは、いざ放送室へ」

~~~

○校舎裏○

「見つけた!金持ち見つけた!殺す!撲殺!」
黒天真言はその香りの源を血走った目で睨みつけ、鉄パイプを振り上げて飛びかかった。
「うわ危なっ!え?何?」
間一髪で回避、校舎の壁を利用した三角跳びでその場を離れ、彼女、怪盗ミルキーウェイ(本名:天ノ川 浅葱)は襲撃して来た相手の顔を確かめた。彼女は人がいつも人が来ない校舎裏を着替え場所にしていたのだ。今は丁度着替えを終えた所である。
「えーーと…どこかでお会いしましたか?」
彼女の記憶からは黒天真言の顔を見つける事ができなかった。少なくとも盗み先の相手では無い、ということが分かったのみだ。
「無い、でも殺意が止まらない!殺す!」
鉄パイプを乱雑に振り回して近づいて来る相手の隙を突き、ミルキーウェイは黒天の腕に触れた。彼の弱点(悩み)が見抜かれる。


ーーーーー黒天真言の精神下ーーーーー


金持ち調査 ※読者の方は読み飛ばして頂いて結構でする

質問内容に当てはまる物があったら、該当するマスを塗りつぶして下さい。いくつ塗りつぶしても結構です。


Q1.財布の中身は

□財布ってなんですか
(0点)

□小銭でギッシリ。今何円入っているのか分からない
(1点)

□レシートでギッシリ。いつの買い物か分からない物まで入っている
(2点)

□札の枚数≧小銭の数
(5点)

□カードの他に現金は持っていない(クラシックカード)
(20点)

□カードの他に現金は持っていない(ゴールドカード、ブラックカード、プラチナカードなど)
(50点)

□その他( 記入欄 )
(任意で点数をお付け下さい)


Q2.普段飲む水は

□川や海、その他自然由来の水(浄水場を通さず直接。水質検査による飲料水としての安全点検を受けていない場合。)
(0点)

□井戸水や、湧き水など(水質検査を受けて安全を確認してあるもの。)
(2点)

□水道水
(3点)

□ウォーターサーバー
(15点)

□ペットボトル
(30点)

□なんか高そうな銘柄のペットボトル。
(50点)

□その他( 記入欄 )
(任意で点数をお付け下さい)


Q3.今住んでいる家は

□無い
(0点)

□借家(アパート、団地)
(5点)

□借家(一軒家、マンション)
(10点)

□一軒家、マンション(非借家)
(15点)

□一軒家(豪邸)、高級マンション
(25点)

□え?どの家のこと?別荘のこと?それとも今住んでいる城のことかい?え、違う?じゃあ……(かつて聞いたサイコ医大生の一人の言葉より引用)
(50点)

□その他( 記入欄 )
(任意で点数をお付け下さい)


ご協力ありがとうございました。
合計点数50点以上の人は金持ちの疑い有り。
合計点数80点以上の人は多分金持ち。
合計点数150点以上の人はお前サイコ(ーー)生だろ。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……

(注)これはあくまでも黒天真言の考えた基準であり、本当に杜撰に作られた物です。信用するに値しない物なので遊び程度の感覚で考えて下さい。

ーーーーー現実ーーーーー

「ーーいや、私別に金持ちじゃないから!!」
黒天真言の精神を垣間見たミルキーウェイが叫んだ。
「合計点数20点台だから!!」
「え?」
黒天は攻撃を止めて困惑した。それは心の中を覗かれたから、という理由だけでなく、襲った相手が言われてみれば確かに金持らしくなかったからだ。
「エッ…!?確かに…金持ちならそのマントだってビロード生地だったりキラキラがスワロフスキーだったりするはず…この布よく見ると古着を切って縫っただけだし、キラキラも玩具のビーズだ…
でもあの金持ちの香りの説明がつかない。やっぱり嘘をついているだけの金持ちなのでは?」
ミルキーウェイはガサゴソと懐を探った。
「金持ちの香りってまさかこれの事?」
その手が取り出したのはブランド品の鞄、時計、指輪、香水、ゴルフ大会の優勝トロフィー、なんかの賞の盾などの詰まったビニール袋であった。全て彼女が少し前にに盗んだ品である。
「あ…それを無くして改めて香りを嗅ぐと制服から防虫剤とか黴とかの臭いが…」
「失礼なー!!もっと他にあるでしょー。洗剤とか女の子の香りとかさー、ほら!」
すっかり緩んだ空気の中に一之瀬が入ってきた。
「おーい真言ー!あ、いた。まだ誰も殺してなさそうだな…良かった……」
「あ、先輩済みません。どうにか収まりました。」
安堵の息を漏らした一之瀬が目の前の珍妙なコスプレを行った女子に気付いた。
「で、これ誰?」
「そういえば、名前を聞いていませんでした。僕は黒天真言、この方は三年生の一之瀬先輩です。あなたは?」
ミルキーウェイは一之瀬と握手をして彼の心中をこっそりと見抜いた。悪人ではない。
「私は怪盗ミルキーウェイ!!闇の金持ちから盗み、貧しき人々に施す神出鬼没の大怪盗よ。」
マントをヒラヒラとはためかせてポーズを決める。
「決めたわ、私、あなた達に付いて行く。あなた達をサポートするわ。」
「ありがたいけど、なんで?あんたも焼きそばパン狙いじゃないの?」
一之瀬が疑問を口にした。
「2人とも結構大変そうな理由があるじゃない?そういう時こそ私の役目よ。ほら、私ってそういう人達を放っておけない所があるじゃない?」
「いや、知らんよ。それより俺たちの参戦理由を知ってるのか?」
「うん。これが私の能力『見抜く』ってわけよ!」
ミルキーウェイは得意気に自分の能力と参戦理由を話し始めた。余りにも普通に自分の能力を喋るので一之瀬、黒天は疑うこともできなかった。ーー

ーー「それじゃあ、偽物のミルキーウェイを捕まえるついでに焼きそばパンを手に入れたいってことですね?その偽物の予告状を見せて下さい」
黒天真言は金色の蝿に最後の探し物を託した。
「ーールーカー、救いをーーこの予告状を出した主の所まで案内を頼む」

~~~

○校舎屋上○

「いやー本当困っちゃう。なんで購買部を囲む皆が皆あんなに殺気立ってるかねー。しかもその全員が被害者属性持ちと来てる。駆け抜けようにもあの数じゃ無理だしー、統率してる奴を倒すしかないかー。」
ブツブツと思っていることを全て口に出したのは探偵助手、植物由来の人工探偵、伊藤風露だ。
「わたくしが購買部まで直接行きます。正規の探偵でないわたくしなら被害者属性持ちの人間も攻撃できます。」
その隣に立ついかにも人工的な風貌の女性が言った。彼女達は伊藤風露の能力『天・地・陣』によって言葉を口に出さずとも会話が可能だが、普通に2人で会話する分にはこちらの方が良い。能力を使用している間は地の文がナレーションのようにして頭に響き続ける。余計な情報まで大量に頭に入って来るのは推理力の浪費に他ならない。フーロにとってはその時に消費する推理力など些細な物だが、彼女の相棒たる探偵、江藤 蘭には大きな負担となるのだ。
「ダメダメ、キミだけじゃー目的地まで辿り着くのはキツイし、間接的でも私が被害者属性持ちを傷付ける訳にはいかんのさ。それよりさーほら、さっきの金持ち調査とかいうの何点だった?あたしは金持ちの疑い有りだってさー」
人工探偵は校庭の様子を見据えながら時々江藤に能力を発動して状況を伝えていた。フーロ自身は殆ど常に能力をオンにしている。
「ほら来たよー、統率者だ。やるならアイツだ。どうする?」
「行きましょう」
探偵コンビは屋上フェンスを越えて空間を登り、見当をつけて適当な所でジャンプすると、減速することなく落下を続けた。

~~~

○放送室○

「「アナルパッケージホールド!」」

「「アナルパッケージホールドです!!!」」

「「アナルパッケージホールド(です)!!!!!」」

アナルパッケージホールドと天雷テスラによって新しい世界を開発された人数は既に500を超える。皆が正気を取り戻していく中、天雷テスラは遂に探し求めた相手を発見した。
「お姉様、私は自分の進むべき道を見直しました。あそこにいる彼が、私に教えてくれたのです。」
天雷は遠くで奴隷達を蹴散らしているエセックス魔人に視線を投げて言った。
「ーーお姉様は今、自分が正しいと思った道を進めていますか?正しいと思える生き方が出来ますか?もしも今お姉様が自分を見失い、迷っているのでしたら、このテスラがあなたをお救い致します」
天雷テスラの腕に集まる電気は先程可憐塚みらいと闘った時とは違う、洗練された光を見せていた。その光はオ淡く美しく、パチパチという火花の弾ける音は、泡が弾ける音よりも優しかった。
「テスラ…」
彼女の尊敬する車口文華はしかし、ファイティングポーズを取っていた。まだ吸血鬼の呪縛が解けていないのだ。
「分かりました。お姉様、分かり合えるまで、この私がお付き合い致します」

両者の体が接近し、戦いが始まった。

~~~

「ありがとう、テスラ。ごめんなさいね」
「謝られる筋合いなどございません。私がここまで来られたのは、偏にお姉様がいたからです」
「本当?」
「嘘なんてつきません」

無事に自我を取り戻した車口と天雷テスラはボロボロの体で寄り添っていた。2人とも傷はなさいね中々深かったが、満足気な顔をしている。

「焼きそばパン、取りに行きましょうか」
「もういいわ、テスラ。一応の時の為に持ってきた弁当があります。それを一緒に食べましょう」
「それも良いですね」

死屍累々の放送室から、2人はどちらが言い出した訳でもなく手を取り合って出て行った。

「覆面の白い方、ありがとうございました」
放送室の奴隷を解放(殲滅)したアナルパッケージホールドは既にその姿を消していた。焼きそばパンを買いに行ったのだろうか。
聞こえているかは分からないが、諦めずに再起するきっかけをくれた相手に礼を言い、天雷テスラは扉を閉めた。

~~~

「ファッキンアスホール!!ピスオフ!!コックサッカー!!」
MACHIは呪詛を吐き連ねた。バックコーラスは全滅、自分もやられて体が動かないのだ。あの白い布の変態は一体何をしたのか。彼女は能力こそ強力なものの、魔人相手に行う正面からの戦いにはそこまで慣れていなかった。今までライブでボコボコにしてきた相手は皆非魔人だったのだ。
「ブルシット!何のために私がこんなことをしていると…」
彼女も自分の目的を思い出した。焼きそばパンを殺しに来たはずではなかったか?何故学校を壊しているのだろうか。
(早く、伝説の焼きそばパンを殺さなきゃ。)
購買部までは持参した焼きそばパンを殺して気を鎮める。毒殺、絞殺、焼殺、圧殺、撲殺、刺殺、斬殺、轢殺…

「なんて勿体無いことを…」
焼きそばパンを殺しながら放送室を出る所を見られていた。見ていたのは長身眼鏡の女子と小柄な可愛らしい女子の凸凹コンビであった。長身の女子はMACHIが捨てた焼きそばパンの死骸を拾い集めて食べていた。
「来なさい!あなたに相応しい場所があります」
久留米杜莉子はMACHIの手を引っ張った。
「ヤキソバを殺すのでしょう?それなら一緒に参ります。」

~~~

○購買部近く○

(殺った!!)

探偵コンビは2人で杖の先端が吸血鬼の心臓に向かうよう構え、上空から急降下していた。
ここで、攻撃が届くまでの間に探偵、江藤 蘭について説明しておこうと思う。端的に言うと、彼女は生きたダッチワイフだ。人工探偵とはまた別物の擬似生命体、髪が伸びる日本人形やメリーさんのような、所謂呪いの人形である。
彼女とフーロの出会いは『人形園殺人事件』、フーロが初めて推理を行って解決した事件であった。
蘭はかつて江藤という探偵に愛されていたが、江藤は『人形園殺人事件』で殺害され、事件当時のアリバイが無かった蘭が容疑者とされて焼却処分の刑に課されかけた所をフーロに救われたのだ。フーロは彼女を戦利品として持ち帰り、大事にした。蘭は自分の愛する人を殺した犯人を突き止めたフーロに感謝し、フーロを新たな主として愛した。
フーロも最初は蘭のことを人を愛するためだけに存在する道具だと考えており、彼女の愛を本気で受け止めていなかったが、多くの事件を共にするうちに本当に心を通じ合わせ、彼女に探偵としての役割を譲渡するという行為にまで及んだのだった。
そもそも人工探偵とは植物を基にして生命体である。彼らは意識していないが、その宿命として彼らは毎年個体ごとに決められた季節になると花粉を飛ばす。要するに彼らは歩く花粉症作成機なのだ。彼らを愛するのはとても難しい。近づくと鼻がムズムズする人も多い。
彼らは愛というものを言葉やシステムとしてのみ知り、自らと関連させる事が出来なかった。その人工探偵に愛を伝えたのがこの蘭なのだ。

(説明長くない?)
フーロが下を見ると、あと数秒での着地が見込まれる高さまで高度が下がっていた。
このような高さから直接攻撃して体が持つのか。いくら人工探偵でも限界はあるだろう。そのような質問もあるかもしれない。しかし、それを解決するのもこの人形、蘭の役目だ。彼女は魔人能力は持たないが、呪われたダッチワイフとしての機能を持つ。その機能とは、『いかなるプレイにおいても損壊しない丈夫さ』と、『特殊素材で作られた人工皮膚の最高の柔らかさ』である。

今、探偵達の落下速度は人間の反応速度を越えた。魔人であっても、彼らの姿に気付いてからアクションを起こすまでに生じる時間で目標の抹殺が可能なのだ。
(杖の向き、角度、風速、風向き、問題無し)
フーロはただ犯人を確実に討つ為の確認を進める。
(着地時の衝撃を想定した動きまでいつでも移行可能です)
蘭は落下後の対処の準備を進める。普通に声を出して会話できない今、フーロの能力がオンにされるが、それは決して彼らを減速させる物では無く、寧ろ加速させる物だった。つまり、彼女達は頭を下にしながら落下し、能力使用の度に足の置かれた場所を蹴るのだ。
加速、加速加速、そして加速。もう少しで音速の壁を越える。
パァン
と何かの破裂する音がした。蘭の体からだ。彼女に傷はない。また、彼女が身を呈して守っているフーロの体にも当然異常は無い。異常があるとすれば、蘭の体が瞬時に紅に染まったことぐらいだろう。
犠牲になったのは、希望崎学園一年生、ソニックブームの小次郎。彼は音速移動能力者だった。既に吸血鬼の奴隷と成り果てていた彼は他の誰も気づかない筈だった襲撃に対して唯一反応し、捨て身で主を守ったのだった。

(くっ、生徒の一人がぶつかってきたかー。かなり減速しちまったし、もう地上の皆には気づかれたかな?)
フーロが状況の再確認をしようとした時、そこには不穏な影が迫っていた。飛んできたのは鼻から下がミサイルとなっている男子生徒であった。彼杜莉子能力は自爆特攻だけに特化した長距離弾道移動能力だ。
フーロは地の文を素早く読み解き、その危機を察知すると、蘭を背負って逃げようとした。
(危ないです!)
逃げても間に合わないと判断した蘭により、その危険な兵器とフーロの接触は避けられたが、彼女の背中は空前絶後の爆風と衝撃をを受けた。2人はかなり遠くまで吹き飛ばされる。
(やれやれ、確かに購買部の方には戦闘重視の魔人を集めてるらしいって情報はあったけどさー、地の文が全然そこに注目してないせいでそれ以上の情報が全く入って来ないじゃん)
(すぐに戻りますか?)
蘭はピンピンしている。凄い丈夫さだ。
(いや、いいわ。多分あの吸血鬼はまだ暫くの間警戒を続ける。さっきまでズタボロにやられてたからね。今度は確実に決められるように。そして焼きそばパンを手にできるように)
(ですか…)
(ま、空は今ので警戒されちゃったしー、次はどうしようね)
(取り敢えずその辺に着地しますかね…)
探偵助手は能力による簡単な方向転換だけ済ませると、着地は探偵に任せることにした。
(着地まで3…2…1…)

~~~

○新校舎○

須楼網紫苑が外へ続くドアを開けて閉めるまでの間に、メリー・ジョエルは遂にその能力から解放されていた。
「エラーaM157Px9T…目標到着時刻に大幅な変更有り……予定を変更…リミッターを一時解除、エネルギー出力をレッドゾーンまで引き上げます……到着予定時刻は…」
彼女に装備されたもう一つの人格、思考装置が誰に対してでも無く、ただ無機質にその音声を響かせた。メリー自身は殆ど考える事なく、魔法の箒に跨っていればいい。
「0.5秒後……」
0.2秒の間に箒に膨大なエネルギーが充填され、熱い水蒸気を吹き出した。そしてその場を飛び立とうとした時。何か柔らかい物に激突した。物ではない、人だ。
衝突時のインパクトは彼女は再びドアを閉め終わった須楼網紫苑の形成した空間まで運ぶのには十分だった。
「……サーバダウン………応答無し…エラーaTm7|lawWは7*6……」

「また誰かにぶつかったみたいです」
「今回は怪我もしてないし気にしなくて大丈夫でしょ。」
哀れ、メリーが衝突したのは探偵コンビだ。空から人が降ってくるとはメリーは全く不幸だったとしか言えない。
フーロと蘭は購買部のある方向に向き直り、異常な光景を目にした。そこには尻から血を流す半死半生の魔人達の山があったのだ。それも一つの山ではない。人間山脈と言えるような肉の山がそこに存在していた。
そしてその山脈の峠に立つ男は、頭部に黒い星の紋章を掲げていた。彼は白かった筈の衣装を血と汚物で汚しながら新たな山を積み上げる作業を行っていた。その作業は単調に見えたが、よく見ると一つ一つの動きにこだわりがある事が分かる。
「アナルパッケージホールド!!」
男は吠えた。

彼が吸血鬼の餌食となった者を何故彼は執拗に倒していくのか。その理由はアナルパッケージホールドの中の人、片春人がお人好しである他には無い。彼は焼きそばパンの購入に失敗して家族と離れ離れになるつもりは無いが、それでもこの哀れな子羊達を救わずにはいられなかった。それはサッカー選手、つめり子供達の夢であり大衆のヒーローとなる願望を果たした彼が常に失わずにいた正義の心から来るものだった。
「なるほどねー、サッカー選手だったかー」
人工探偵の呟きが耳に入ったアナルパッケージホールドは1度のジャンプでフーロと蘭の目前まで接近し、蹴り上げの溜めを作った。正体がバレたら家族に一生会えなくなるという約束を会社としているからには、正体を知ったものには口を噤んで貰わなくてはいけない。
「オッケー、黙ってるからさッ。タンマしてもらってよろしい?」
自分の正体だけでなく今回の契約すらも知っている少女を前にしてアナルパッケージホールドは動きを止めた。ここに自分の正体を知っている人間(?)が2人。他にも知っている奴が何人いるか分からない以上相手の話を聞くのが得策だと彼は判断したのだ。
「あってるよッ。うん、キミの考えた事は正しい」
ああ、この人工探偵の口調がどうも掴みづらい上にいちいち地の文で相手の情報を取り上げるのは面倒臭いんだぞ、分かっているのか君!
「なんか怒られたぜ」
「アナルパッケージホールド?(怒った?誰がッスか?)」
「あ、ええっとー、蘭、キミこれちょっと持ってて。そんであなたはあたしの手を握って。」
人形に片手を塞いでいた杖を持たせた人工探偵は空いた手でエセックス魔人の片手を掴んだ。
(もしもーし、聞こえるー?)
フーロは能力『天・地・陣』をアナルパッケージホールドに対して発動!たちまち効果が現れた。
「ア、アナルパッケージホールド!?(脳内に直接声が!?どうなってるッス。いや、目の前のこの女の声だけでは無いッス。他にも誰かの声が…)」
「これはあたしの能力なんだけどさー、何というか、状況とか人の心の中とかそういうものが文章になって聞こえてくるんだよね。正確には小説とかの地の文が聞こえてるらしいけど。今はその能力をあなたと共有してる感じ。あとは地の文さん説明お願いねー」
アナルパッケージホールド、今君の目の前にいる女の子っぽい生命体は伊藤風露といって人工探偵なんだ。それで、今起きている現象は彼女の能力『天・地・陣』による物で、小説とかでいう地の文が脳内に聞こえている訳さ。しかもこの『天・地・陣』、地の文を読めるのは副効果で、メインの効果は取り敢えず空だろうとマグマの上だろうと歩きたい所を歩けるようになるって事らしいんだけど性能イカれてるよね!まあ、つまりなんと言うか今君はその子と手を繋いでいる間は能力を共有出来るから。
以上、地の文、というか筆者からの説明でした。とりあえず文に起こさないと伝わんないのかなこれ…

「アナルパッケージ…(何言ってんのか分かんねえッス…筆者ってなんスか…というか人工探偵ってなんスか…)」
「それは追い追い説明するから、購買部まで急ごッ。あなたも焼きそばパンを買いに来たんでしょ?」
「アナ!(そうだったッス、急ぐッス。とにかく今は味方するッス)」


~~~

○放送室○

「オヤビン、起きて起きて、でヤンス!」
「うーん、ヤス……?」
「そうでヤンス!」
下ノ葉安里亜と緒山文歌の2人は激烈なアナルパッケージホールドを食らって暫く気絶していた。
「良かった…気が付いたでヤンスか…」
ヤスの安堵した表情に緒山は顔を背けた。
「アタシ、アンタに悪いことした…いや、いつもしてるけど、今回のは言い訳出来ない。ごめん。」
その表情は普段見せるオヤビンとしての顔では無く、まだ彼女がヤスの後輩である事を感じさせるものだった。彼女の眼の端から透明な滴がつうと一粒流れた。

「なんでオヤビンが謝るでヤンスか?」
「なんでって、アタシ、あんな酷いことを…」
「オヤビンはオイラなんかに謝っちゃダメでヤンスよ。オヤビンはいつだってオイラのオヤビンでヤンス。オヤビンが涙を流すのは、オイラが傷付くより辛いでヤンス。どうか、このオイラのためにも、オヤビンには堂々としていて欲しいでヤンス」
ヤスの表情は真剣だった。
「うん、ありがと。ヤス。」
濡れた瞼を拭き取った緒山の表情はオヤビンとしての物に戻っていた。
「ふふふ、おやすいご用でヤンス!」
この日を境に、2人は今までとは少し違う思いを相手に抱くことになった。しかし、それはここでする話ではない。

~~~

○新校舎近く(外)○

「あれぇ~?先輩どこいったのかなぁ。う゛あ゛、そうだ、今日は焼きそばパンを買う日だったよ。購買部に行かなくちゃ駄目だねえ、全く、私ったらドジッ娘なんだから…」
バコンと音を立てて自分のヘルメットを叩いた彼女の首が落ちた。彼女は未だ一之瀬進の姿を追っていて、ようやく今日の予定に気が付いたのだった。
「い゛けないいけない゛、こんなユルユルに取り付けてた。焼きそばパンの為に急いで来たはずなのに、も~」
首を拾い、再び元あった位置にグリグリと押し付けて嵌め直すと、彼女は購買部へ向かうために新校舎のドアを開けた。ここから購買部までは校舎の中を通った方が早い。

ドアを開けた所に1人の男子生徒がいた。全くその気配に気付くことが出来なかった安出堂とその男子との距離は30㎝も無かった。
(やだ、心臓が爆発しそう!!)
メアリがときめいていると男子が口を開いた。その口調は年不相応に大人びていたが、まるで鈴のようにその声を聞いた者の心を癒すようだった。
「お嬢さん、何か悪いものに憑かれているとお見受けします。少し、体を私に預けて下さい。気休め程度かもしれませんが、楽にはなりましょう」
男子は更に体を接近させた。
(この子、凄く積極的!壁ドン?最近流行りの壁ドンの流れなのこれ!?)
妄想に耽っている安出堂に構わず、その男子生徒、霊能者雲水は独特の呼吸を始めた。

「スゥゥーーー」

「ッセイ!!!」

~~~

○購買部近く○

「こっちですね」
黒天真言は頭上の蝿の導きの通りに道を進んでいた。彼の握る鉄パイプは血が滴っている。ここに来るまでに何人もの吸血鬼の奴隷を打ち倒して来たのだ。
「このまま行けば購買部なんじゃねえの?大丈夫か?焼きそばパン、もう誰かが購入済みなんじゃあ…」
一之瀬進が持つ角材にも血が染み付いている。
「いや、大丈夫。まだこんなに邪魔してくる生徒達がいるからには、まだ変われてない思う。と、いうより、この人達はさっきから統率した行動を時折見せるし、誰かの指示で動いてるのかな?」
怪盗ミルキーウェイは血に濡れた優勝トロフィーを一度地面に置いて辺りを見回した。大勢の人間が倒れているが、多分死んでない。彼女は改めて自分が付いてきた2人の容赦の無さに驚いた。黒天はなんとなく初対面で倫理観が完全に身についていないことが分かったが、一之瀬もかなり無茶をするものだ。

「どうも、ごきげんよう、皆さん。」
3人の目の前に1人の女子生徒が現れた。その女子生徒は白い髪に威風堂々とした出で立ちをしていた。
「狼瀬先輩!?」
ミルキーウェイがたじろいだ。ミルキーウェイの中の人、天ノ川浅葱は目の前の生徒と同じ学級委員に属していた。この2人はたまに一緒に活動したり、話をするぐらいの仲ではあった。
「なんで、あなたが予告状を?」
((あら、狼瀬先輩の知り合い?))
「あれは、怪盗ミルキーウェイ……?知らん…、会ったことなど無い」

3人の前に立ちはだかる彼女の他に、もう一人誰かの声が聞こえた。それは今回の焼きそばパン争奪戦を滅茶苦茶にした張本人、可憐塚みらいの声だ。だが姿が見えぬ。彼女はどこにいるのか。
彼女は狼瀬白子の体内に霧状になって閉じこもっていた。カレーパンにみらいの事を漏らしてしまった彼女はお仕置きとして爪を剥がされた後、自らの身体を傷が癒えるまでの居場所として提供していた。彼女としてはカレーパンが「自分のカレーパンは伝説の焼きそばパンに匹敵する」みたいな事を言っていたから、どうしても伝説の焼きそばパンを食べたいらしい後輩の事を教えたに過ぎないのだが…
((まあ、予告状を出したのは私ですけどね。目的はあれ、購買部のセキュリティーを固くしとけば予想しない乱入者達にも備えられるってだけです))
実際、人工探偵の仲間達が購買部のセキュリティーで追い返されていた事をここに語らねばなるまい。

「そこにいるのは一之瀬か、他の2人は初対面だな。自己紹介をしよう。私は狼瀬白子。」
彼女の肩の辺りまでの長さだった髪が膝下まで伸びた。髪の一本一本が個を失って一体化、いくつかの纏まりを作り、金属的な光沢を持つ白い鎧が出来上がった。
「白狼の騎士(ナイト・オブ・ホワイトウルフ)の異名を持つ。よろしく」
そして、まだ硬化していない髪の毛を掴むと、その先から硬化を始めて、1本のレイピアになった。
今3人の前に立つのは、1人の騎士だ。恐ろしい殺気を発している。
「名乗れ!然る後に闘いを始めようではないか!」
狼瀬は剣先を正面に向け、3人の顔を見回した。

「ご存知の通り、一之瀬だ、行くぜ!」
角材を手に騎士へ接近。
「黒天真言です。よろしくお願いします」
すかさず騎士の横へ回り込んで鉄パイプを構えた。
「ミルキーウェイです」
黒天の反対側から騎士の横へ回り込み、トロフィーを振り上げた。

「3人同時にかかって来い。不足は無い」
騎士は鎧の中で笑っていた。
「言われなくても!」
ミルキーウェイのトロフィーが鎧の頭を打った。黒天の鉄パイプはレイピアを持つ手を、一之瀬の角材は相手の胸を攻撃していた。
攻撃はどれもしっかりと当たっていたはずだが、手ごたえが無かった。ああ、よく見るとどの攻撃も騎士の身体から1ミリ程上で止まっている。更に視点をミクロにすれば騎士の産毛が細く伸びて硬化し、全ての攻撃を受け止めている事が分かるだろう。
「見るのは初めてだったか、なら見せてやろう。我が能力『狼の女帝(ビアンカ)』の本領を」
騎士が剣を一振りするとその剣先は数十の刃に分解され、ほとんど不可視の状態で3人を襲った。
「うわっ、危ねえな」
通信空手ぐらいしか戦闘技術が叩き込まれていない一之瀬は1番にその場を飛び離れたが、身体に無数の切り傷を作られた。とはいえ全て料理中に包丁で指を切るような傷ではあるが。
黒天真言は自分の自分の周囲の蝿達が切られるのを見て攻撃の軌道を予測すると逆に接近して2発ほどの攻撃を行った。しかし騎士は相変わらず無傷。
ミルキーウェイは?彼女は銃弾とか避けるぐらいだし手先で全ての攻撃を弾くと同時に相手の身体の一部、体毛に触れていた事で『見抜く』が発動された。
「弱点は…腋と股?」

とりあえず読者にだけ説明をしておこう。『狼の女帝』は身体の代謝をコントロールする事で髪や爪を伸ばしたり皮膚を厚くしたり汗をかいたり垢を出したり出来る能力だ。彼女が今行っているのは伸ばした毛を汗や垢で固めた鎧や剣の作成だ。狼瀬は少し汚いのでこの能力の正体を他人には言わない。
そして彼女はいつか来る彼氏とのランデブーの為に気になる部位のレーザー脱毛を行っていたのだ。


「アナルパッケージホールド!(これは弱点への攻撃だから仕方ない…ッス!!)」
不意に騎士の股間を狙う攻撃有り。
「地の文さん、説明ありがとねッ!」
「怪盗ミルキーウェイとその仲間達、あなたがたも容疑者の足止めご苦労様です」
探偵一派のお出ましだ。彼らの歩いてきた校舎側面の下には後に希望崎学園の名所『血尻山脈』となる人の山脈が出来上がっていた。アナルパッケージホールドが一人で作った山の10倍はある。これは探偵の推理力がアナルパッケージホールドの格闘をより洗練させた事による。

「卑怯なッ…不意打ちなど…!!うアアッ」
白狼は倒れた。
((全く役立たずですね…この先輩は))
「もっと言ってくれ…アア…」
彼女の身体から黒い霧が立ち上り、吸血鬼がその姿を現した。
「分かりました、2対6ならどうにかなりますか?先輩」
「善処しよう…」
立ち上がる騎士と吸血鬼。騎士の耐久力は並では無い。
こうして、化物2人と探偵一派3人、一之瀬、黒天、ミルキーウェイの6人の死闘が始まった。一部始終は筆者の権限で省略する。とにかく激しい闘いだった。

ーーー

その場に立っているのは吸血鬼と白狼。それらに対する6人は皆一様に膝をついたり満身創痍の重傷を負っている。
「フフフ、長い長い争奪戦でしたが、これで終わりです。フフフ、ホホホ、ブフォオホホホ!!!」
「やったな、私は少しは役に立てただろうか…」
吸血鬼は自分を睨みつける6人の視線を見下し、三段笑いを用いて嘲笑した。狼さん、あなたは多分吸血鬼的にはプラスマイナスゼロの働きだ。

そこに1人、人数が増えていることに、誰も気づくことは出来なかった。気付いたものはその、動きにいつの間にか見惚れ、声を出すのを忘れていた。
秋水の如く澄みきった足運びとキツい修行を幾千と重ねてきたことの分かる息遣い。
「スゥーーー」
霊能者、雲水!
「これ以上無い邪気、源は貴女でありましたか…あまりに多くの邪気妖気、この世のものを害する気配が学園を跳梁跋扈していて気付くのが遅れました…」
「誰?」
「セイッ!!!」
可憐塚の懐へ潜り込んでいた雲水は一瞬気合を込めた。『放気』だ。吸血鬼のじゃあくな力がみらいからどんどんと抜けていく。
「な、何!?」
「貴様!?みらいに何をした!」
狼が雲水の肩を掴んだ時には雲水は生命活動を終えていた。道中でゾンビ他、多くの人を癒したりして残された力が少なかった上に、可憐塚の中にあったじゃあくな力が強すぎたのだ。しかしその顔はどこか満足気であった。

(師匠、私は多くの人を守れたでしょうか?)

ゆるりと開かれた眉はそう問おうとしているようだった。
「んミャアア!!!」
可憐塚は急激な力の不足に苦しんでいた。まだ6人との闘いで付いた傷が治りきっていなかったのもある。
「アナルパッケージホールド!(何があったか分からないけど、ありがとッス!そこの倒れている少年!)」
それを見逃すアナルパッケージホールドでは無い。彼は渾身のサッカーボールキックでみらいを校舎の向こうまで蹴り飛ばした。別にカタパルトキックだけが相手を吹き飛ばす技では無い。十分に弱った相手ならこれで十分だ。
「みらいー!!」
狼瀬はそれを追いかけて去っていった。

ここに吸血鬼との争奪戦は終了したのだ。

~~~

○希望の噴水○

天雷テスラと車口史華はそこでお弁当を広げていた。辛い闘いをリタイアした後の、しかし晴れ晴れとした両者の顔付きを見れば分かる通り最高の昼食だった。
「お姉様、このエビフライおいしいです!」
「あらあら、急いで食べなくて良いんですよ、食べカスがボロボロ落ちています」
「お姉様、このサラダおいしいです!」
「あらあら、がっつかなくてもおかわりはありますよ。ゆっくり食べましょう?」
「お姉様、このおにぎりおいしいです!」
「あらあら…」
とても平和である。
その隣ではヤスがせっせとオヤビンの世話を焼いていた。
「オヤビン、オイラの作った唐揚げでヤンス!」
「ん、ありがと。」
「オヤビン、オイラの作ったカリフォルニアロールでヤンス!」
「ん、ありがと。」
「オヤビン、オイラの作ったシフォンケーキでヤンス!色んな味があるでヤンス!」
「ありがと、美味しい。」
こちらも平和だ。

「ウヒャーー!!」
そこに恐怖の大王、だったもの、というか可憐塚みらいが降ってきた。
「お姉様、こいつは…!!」
「ええ、テスラ…!」
「オヤビン…下がってるでヤンス…!!」
「いや、アタシも思いっきり殴りたい…!!」

「ヤメテヤメテヤメテー!私もう吸血鬼じゃないのヨー!ちょっと丈夫な魔人の1人ナノヨー!」
「みらーい!大丈夫…じゃないな…」
狼瀬も追いついてきた。
「共犯ですかね…?」
「とりあえず風紀を正しましょうか…」
「とりあえず対処は決まってるでヤンスね…」
「とりあえず殴る…」

狼瀬は硬い鎧を形作った…しかし残念!髪の毛や汗は電気を通した!噴水前からは暫く女子生徒2人の泣き声が響き、その後再び和気藹々とした雰囲気に包まれた。

~~~

○最終決戦○

「で、あなた達も焼きそばパンを狙ってるんだよねっ?」
人工探偵、伊藤風露の問いに3人、一之瀬、黒天、天ノ川(ミルキーウェイ)は頷いた。嘘は無い。
探偵一派(アナルパッケージホールド含む)とその他3人(怪盗連合とでも呼ぼう)の闘いが始まった。
アナルパッケージホールドがプロレス技をかけるのに対して一之瀬の通信空手!怪盗の技と蘭の探偵奥義のぶつかり合い!フーロと黒天の杖対鉄パイプ!

「グアッ!」
一之瀬が掘られた!1人倒れた連合はここまでか。
「これで終ーわりッ!」
探偵達は勝利を確信していた。しかし怪盗ミルキーウェイが江藤蘭を『見抜き』、彼女の弱点は人工探偵のポケットの中にあることが分かった。
「真言君、そいつの右腰を攻撃して!」
「分かった!」
探偵は離れようとしたが、遅い。鉄パイプはポケットの上から、蘭、つまりドールの解体用スイッチを押した。人形の彼女は内側からも洗浄する必要があるが、その丈夫さゆえ容易に分解できないので、外部にスイッチが存在したのだ。
「フーロっ…!!」
蘭が崩れた。死んではいない、ただパーツごとにバラバラになっただけだ。2対2!
「アナルパッケージホールド!(持ってくれッス!俺の身体!)」
「ハーッ!!(これで大体ここにいる皆のことを見抜いた訳だけど、皆シリアスだね…私も力を抜くわけにはいかないな…)」
ミルキーウェイとアナルパッケージホールドがぶつかった。アナルパッケージホールドは実際彼女と1番闘いたかったらしく、少し元気を取り戻している。
「キミ、なかなかしぶといねッ!」
「あなたは動きが大分速いですね」
人工探偵の三次元空間を最大限有効に使ったギリギリ射程内からのヒットアンドアウェイの攻撃に対して、黒天は倒れずに捨て身の攻撃を打ち込みまくっていた。杖と鉄パイプでは鉄パイプの方が長かったため、たまに武器が届くが、致命打にはなり得ない。
「あたしの目的のためにもここで倒れてッ!」
人工探偵はなかなか付かない決着に嫌気が刺し、少しずつ攻撃が乱暴になっていた。

「アナルパッケージホールド!」
すると、吹き飛ばされる勢いのままミルキーウェイが人工探偵に触れた。
(この子の目的、悩みは…小麦粉を使った人工探偵の作成?何を言ってるのか分からないけどこの子もシリアスだ。それと、弱点は…)
「真言君、そいつの身体の背中の方に花があるらしくて、そこが弱点だって!」
「GetMidheaven!」
黒天真言はまだ2つ残った金貨のうち、コイン(王)を使った。騎士、吸血鬼相手に普通の攻撃が殆ど効かないと考えて剣の金貨は使わず温存していたのだ。幾億、幾兆の蝿となった真言は人工探偵を取り囲む。蝿には探偵の三次元空間上のアドバンテージは通じなかった。
ブーン ブブーン ブブーンブブブブーン ブブブブー
ブブブブーブブブブブーン ブブーン ブーン ブブーンブブブブブーン ブン ブブブブーンブブブブーン ブンブブブブブーンブブーンブンーブブー ブブブブ………

~~~

(地の文まで五月蝿い!?)
探偵は蝿の檻から抜けられなかった。
「うヒャっ!?」
背中に潜り込む蝿達はフーロの身体に生えた一輪の花から花粉を貪っていた。蝿の中には花粉を食べるやつもいるらしい。キンバエとかアブとかその辺がそうなんだとか。
人工探偵から力が抜ける。
「国家転覆…あたし達の悲願、こんな所で…」
バラバラになった蘭を連れて去っていく探偵達をアナルパッケージホールドは見送り、未だ致命打を受けずにファイティングポーズを取るミルキーウェイ、黒天真言に早退した。
2対1。

~~~

ーー争奪戦終了後ーー

○夜魔口パン社長室○

「くっ、今回きりだぞ、約束を破るのも大概にしておけよ!」
社長、夜魔口悪童は怪盗ミルキーウェイとのツーショットとサインを大事にかかえ、片 春人にサッカー選手としての闘いを続ける指示を出した。
ミルキーウェイの計らいでなんとか彼は今までの暮らしを持ち続けられたのだ。
「ありがとうございますッス!」
(栗子、ルシス、ゴンベ、父ちゃんはどうにかまたお前達に会えるッス。ありがとう、ミルキーウェイ。あっ、ミルキーウェイのファンになったのは浮気じゃないッスからね…)

~~~

○希望崎学園○
「返事はハイじゃない、ヘイ、でヤンス!語尾にはゲスを付けるでヤンス!」
ヤスは可憐塚みらいをいっぱしの下っ端として育て上げていた。一応、みらいは彼女よりは序列がしたということで学園の最下層になるらしい。
「ヘイでゲス!」
「よろしいでヤンス!今日の訓練は終了、明日からはパシリの練習と靴舐めの練習でヤンス!」
「おー、やってるね。」
緒山文歌、彼女は以前より柔らかい表情をしながら、しかし何かとても従いたくなるオーラを発していた。なんというか出来る女王って感じだ。
「ハイでヤンス、オヤビン」
「じゃあ、今買い出しのやり方だけ見せてやったらどうだ?焼きそばパン買ってこい、ヤス」
「付いてくるでヤンス!下っ端!」
「ヘイ!!」

~~~

「危ない、カリーノ・カミー二世です!親の仇打ちでしょうか!」
小松純が叫ぶ。久留米に迫る大蛇は、その牙が久留米に追いつく前にこんがりいい匂いを発した。
「ファッキン、焼殺!」
MACHI!彼女は騙されて調達部の一員となっていた。その腰の袋には今日殺した大量のヤキソバが詰め込まれていた。
「それじゃ、そろそろ昼ごはんにしましょうか。」
小松がその場で調理した料理を3人で囲む。
「「「いただきます!」」」
後ろで2人の探偵がそれを見守っていた。
(調達、その手があったね…)
(じゃんじゃん仕留めましょう)

~~~

「焼きそばパン、残念だったな」
瀬佳が須楼網を撫でた。
「ふふふ~、私がただで帰ってくると思った~??」
彼女は懐から「伝説のカレーパン」と書かれた袋を二つ取り出した。隣でメリーも同じ物を赤根と幸せそうに食べていた。
「緊急入荷したんだってさ~」
めろんもそれを食べてカレーパンの美味しさに目覚めていた。
(先輩、いなくなってからこんなに先輩のことがこいしくなるなんて…)

~~~

雲水の師匠、龍玄は遠い山から千里眼で平和になった希望崎学園の様子を見渡していた。死んだモラルやなんかも回復している。
(雲水…お前は良くやったぞ…お前は立派な弟子だ…)

~~~

笹目と一之瀬は4分の1の焼きそばパンを食べていた。
「本当に食えるとは思って無かったよ」
「うっせー黙って食え。有難く思えよ。」
二人は黙々と少ない焼きそばパンを食い終えた。
(黒天の奴、どうしてるかな…)

~~~

天ノ川はカレーパンをクラスの皆に分けていた。
(持たざる者には分け与えるのが、ミルキーウェイ。後悔はしてない。ノブレスオブリージュ。)
「委員長かっこいいー」
誰かが拍手した

~~~

「一緒に、食べてくれるかな?」
半分になった伝説の焼きそばパンに普通の焼きそばパンを半分継ぎ合わせて、黒天真言は伝説の方を少女に与えた。
少女は少し迷って受け取った。
「なんで、私に?」
「僕は前にとても悪いことをした。君にこうすることで少しでも良いことができたらなあって。偽善かもしれないけどね。」
「ふうん」
少女は焼きそばパンを一口齧った。
ブンブブーン ブブーン
今まで五月蝿く思うこともあった蝿の羽音は今はこのさきにある何らかの幸福を祈り、祝福しているようだった。