※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

本戦SSその10


 「いやーっ、やっぱり恐れていることが起こっちゃったねっ!」

 事態は良くない方向へと進んでいる。しかしこの助手は相変わらず顔半分だけの笑みを浮かべながら、楽しげに言葉を吐いた。
 「そう皮肉らないでおくれよ。大丈夫だろう、キミの大切な人を救うための道筋は描けている。
 いや、『キミの』というのは少し語弊があるかなっ!?
 ……さてさて、なんにしろ動き出そうじゃないか。探偵は足が資本、ってそりゃー刑事かっ!
 まずは我々探偵の敵をやり込めるところからだ。ふふ、心が躍るねっ」

 探偵は心躍ったりはしていなかったのだけれど、この焼きそばパン騒動を鎮めるためには不本意ながら仲間集めをしないといけないことは確かだった。
 「さあ、物語としては序盤だけれども、早速対峙(退治)と行こうじゃないか。
 ――巷で話題の怪盗少女さんと、ねっ」


 「うう、その通りです……」
 怪盗ミルキーウェイこと、天ノ川浅葱の陥落は一瞬だった。
 いや、厳密にはそれなりに粘ってはいた。悪あがきの域を出なかったが。
 「なんで!わかったんですか!」
 「それは私たちが優秀な探偵と助手だからだねっ!」
 怪盗さんには悪いけれど、推理力に関しては二流を自負している探偵も、嘘を見抜くことは十八番であり。
 地の文が読めてしまう、だなんてチート助手にかかれば、大抵の人物の正体を見破ることなど容易いことなのだ。
 ごめんね。と内心申し訳なく思う――
 でも、ミルキーウェイという名前は安易すぎだと思う。

 「うう、私の花の学園&怪盗生活が……」
 「キミは愉快な怪盗さんだねーっ。
 でも大丈夫、今回はキミを捕まえたいわけじゃない、ちょっとしてほしいことがあるんだ」
 「え、まさか探偵が体目当てですか。これが噂の『エロ同人みたいに!』というアレですか!
 でも私の貧相な体ではエロエロしいことはできませんよ?」
 ……この人は何を言っているんだろう。

 「そういうんじゃないよ、愉快な怪盗さん。
 キミにはお仕事をお願いしたい。
 ――伝説の焼きそばパンを確保せよ。
 やってくれるね?」
 「もしも嫌だと言ったら?」
 「キミの花の学園&怪盗生活はおしまいになるねっ!」
 「喜んでやらせていただきますう……」

 こうして探偵は、怪盗の協力を得ることに成功したのである。
 たとえそれが、世間で『脅迫』と呼ばれる行為だったとしても。



~~~~~

伝説の焼きそばパン販売当日、5月7日――未明。 

一つの黒い影が、希望崎学園新校舎の屋上へと降り立つ。
その背には、何かを納めたコンテナと思しき箱が背負われていた。

影は、その箱を背中から降ろして屋上隅の目立たない所へと設置する。
もし学園中を俯瞰できる夜目の利く者がいたならば、似た箱が他にも
職員校舎、芸術校舎、部活棟、旧校舎――至る所に設置されていることに気付くだろう。

残念なことに、と言うべきか、好都合なことに、と言うべきか。
学園の警備は現在、購買部周辺に集中していた。
……無論、数時間後に販売される『伝説の焼きそばパン』を、事前に強奪しようとする
不埒な輩を捕縛、無力化する為の警備網である。
その本来の目的は十二分に果たされており、警備網としては極めて優秀だったが――
だからこそ、それ以外の動きを見逃した――見落とした、ともいえる。

ましてや、相手が夜闇に紛れるのを生業とする『怪盗ミルキーウェイ』である以上――
その姿を捉えられなかったのは、警備の落ち度とは言い難いだろう。

最後に、怪盗は新校舎の片隅、未使用の部屋にもう一つ。
それまでとは違う別の荷物を隠し終えると、夜明け前の闇に紛れて消えた。
ともあれ、こうして怪盗の企てた作戦、その第一段階は成功したのだった。


~~~~~

それから、数時間後――5月7日、2限目。

(……え、ええと……)

天ノ川浅葱は、困惑と混乱の中にいた。
原因は、一つ挟んで隣の席、普段なら空席の場所にいる人物である。

「えー、ローマ教皇グレゴリウス7世が神聖ローマ皇帝であるハインリヒ4世を破門したことが発端となり
 ハインリヒ4世が破門を解いて貰う為に三日三晩教皇に許しを請うた事件を、何というか……
 あー、そこの体験入学生くん、わかるかね」

「アナルパッケージホールド!」

「……えー、正解はカノッサの屈辱。ここ、今度の中間に出すから他の皆は覚えるように」

世界史教師に指名された、白い覆面の体験入学生――
アナルパッケージホールドの自信に満ちた解答?は、ただでさえ変な空気になっている教室の室温をさらに何度か下げる結果となった。
今日だけで体験入学生が大量に流入した結果、1年のみならず2年、3年の教室に割り振られた結果だが
そういう意味では、このクラスの引きは最悪の手前だったといえる。

殆どの生徒は、彼の表面的な変態性にドン引いていたが……
浅葱だけは、別の理由で彼に対して困惑を抱いていた。

(ううう……事情を知っちゃうとちょっと同情するというか……やりにくいなあ……)

クラス委員長である浅葱は、この授業の前に彼と握手をしている――クラス代表としての務めとして。
それはつまり、彼の悩み(じゃくてん)――魔人サッカー選手、片春人の身分を隠して
かりそめのアナル魔人・アナルパッケージホールドとして伝説の焼きそばパン争奪戦に挑んでいることや、
その特訓の苦難、家族を守る為とはいえここ1ヶ月の行動を隠していたことで
妻に不安がられていることなど――諸々の裏事情を知ってしまった、ということである。

(……後で何か私にできるフォローがあればいいんだけどなあ。
 とはいえ、争奪戦は――譲らないけどね)

怪盗でありながら、根が優しいクラス委員長。
それが天ノ川浅葱という少女であった。

~~~~~

そして時間はあっという間に過ぎ、時計の針が正午を過ぎて暫く過ぎた頃。
昼休みを告げるチャイム、その最初の音が鳴り響くと同時に――
争奪戦の幕が開いた。

~~~~~

前翅(フェデール)後翅(エイル)展開――」

1年、メリー・ジョエルは走行ではなく飛行することによってスタートダッシュを計ろうとしていた。
廊下を走るのは校則違反だが――飛行に関しては校則には記載はないことは検索済だ。
ましてや、彼女は窓から、直接購買部へと飛ぶつもりである。
流石に室内で【魔女の箒】を使えば、推進力の反動で教室内が阿鼻叫喚になってしまう為
単身で、それもなるべく最初の加速による衝撃を教室に与えないように飛ぶ必要はあるが……
その為の演算も既に済んでいる。間違いなく一番乗りできる――

――筈だった。

「……あれ?」

翅の展開が、遅い。通常であれば、一瞬で展開されるべき翅が。
それこそ、カゲロウの羽化の如く、時間がかかっている。

「え、なんで?なんで?」

メリーは原因を検索する――

<<謎の力場を 感知/時空の 流れが 遅延/ゆっくり>>

(……遅っ!? まずい、全機能にラグ……!?)

焦るメリーの内心に反し、翅の展開も状況の検索も遅れていく。
どころか、周りのクラスメイトも皆―― 一様に、緩慢な動きになっている。
赤根リリアが、メリーの方を向く。その動きも又、太極拳のごとく遅い。
自分に起きた異変が、クラス中にも起きていることを察知し、参戦を宣言した友達――
メリーが未だ飛べないことに、不安げな表情を浮かべていた。

(……っ 大丈夫! ぜったい、焼きそばパン買ってくるから!)

笑顔を返しながらも、やはりその動作は緩慢なままだった。

~~~~~

その上の階、2年の教室では。

「きりーつ…… れい…… それじゃあ行きましょうか~~……」

須楼望紫苑が、律儀にも4限終了の礼をした上で席から立ち上がり
素直に廊下から教室を出ようというところだった。
魔人能力――夢心地悠長空間(トロイメライ)を全開にしたままで。

彼女の能力は、彼女を中心に半径10m程の空間を『のんびり空間』へと変える力である。
その範囲は円状ではなく――球状。
彼女のクラスの真上、あるいは真下にいる者達も巻き込まれる。

メリー・ジョエルにとっての不運、それは須楼望のいるクラスが真上だったことに尽きる。
無論、半径10mの範囲を脱すればすぐにでも翅の展開が終わる以上、スタートダッシュが
ほんのちょっと遅れた程度にすぎないが――
須楼望が原因であることが分からないメリー達にとっては、彼女の空間を脱するのが
いつになるのかもまた分からず、故に焦燥が募ることとなった。

……メリー達? 然り。
須楼望の『のんびり』に巻き込まれたのは、メリー達階下のクラスだけではない。
もちろん真上も――そして、隣の教室にも範囲は及んでいた。

「……しまった、須楼望ちゃん……!」
浅葱が、ゆっくりと自慢の美脚を上げながら呟く。
作戦の仕込みに気を取られ、ライバルの動向把握をしそびれたツケを早くも支払わされた格好だ。

「アナル……パッケージ……ホールド……!」
アナルパッケージホールドもまた、本職の脚を生かし切れぬ鈍牛の歩みで教室の外へと向かう。

伝説の焼きそばパン争奪戦、その最序盤戦は――早くも明暗が分かれる形となった。
ただし。今の時点で、須楼望に巻き込まれた者達が暗の側とは、限らない――


~~~~~

「……」

新校舎の中央部での、声すら出ぬ大騒ぎの中――
芸術校舎で授業を受けていた者達は、距離というハンデが最初からある状況ではあるが
妨害を浴びることなくスタートを切っていた。

その中の一人――黒天真言は美術室を出てすぐ、人の波を避ける様に物陰へと隠れる。
誰も見ていないことを確かめると、襤褸のマフラーに隠された
自らの身体に穿たれた穴に、金貨を二枚続けて填め込む。

金貨は、彼の身体の奥底に吸い込まれる様に消え――
それと引き替えに、穴から金色に輝く蝿が飛び出す。
続けて黒天の肉体が――端から少しずつ、身体の部品が蝿へと置換されていく。

(((『伝説の焼きそばパン』と『それに至る安全な道』を、教えて)))

黒天は蝿の羽音のようにか細い声で命ずると、金色の蝿は光の粒子を撒き散らしながら飛び立つ。
そして肉体の全てを黒蝿の一群と変えた黒天が、その粒子を目印に一斉に後を追う。

彼の魔人能力『Get Midheaven――ルーカー、僕に救いを――』は、投じた金貨に応じて異なる力を発揮する。
先程自らの身体に投じたのは、王のコイン――自らの肉体を蝿の群れに変える力と、
星のコイン――求める者へと導いてくれる金の蝿を呼ぶものだ。

もう一枚、彼の手元には剣の刻印がされた金貨があるが――これはもう、使えない。
一日に三枚の金貨を使い果たせば、彼はその日の終わりに命という対価をも払うこととなる。

逆に言えば、それだけ大事な金貨を――使わずに温存すれば、完全蘇生すらできる代物を――
ためらう事なく、二枚を早々に使い切るというのは思い切った決断であるといえよう。
彼をそこまで突き動かすのは、欲望ではなく――罪の意識だった。

(((僕は、なんとしても。『伝説の焼きそばパン』を手に入れる。
 そして――彼女に、償うんだ)))

あらゆる望みを叶える『伝説の焼きそばパン』を目指す者の中で、黒天は――
最も悲愴感に満ちた暗い決意を抱えながら、黄金色の輝きに従い進んでいった。

~~~~~


 「しっかし、みんな焼きそばパンのために随分と頑張るよねっ!」
 伝説の焼きそばパンの本当の意味も分かってないのに、と続くのだろうか。
 「あたしはそんなにイジワルじゃないよっ」
 爪を立てられる。痛い。

 たしかにこの混沌っぷりは予想以上と言えるものだった。
 誰も彼もが自分の欲望に忠実に動いていた。
 …いや、誰も彼も、というのは誤りだったか。

 「みなさん、落ち着いてください!このままでは怪我人が出てしまいます。
 スゥゥ―――」
 彼は長く息を吸い
 「ッセイッ!」
 鋭く息を吐く。
 「恐ろしい『影』も気がかりですが……
 だからと言って、この状況を見過ごすわけにもいきません!」

 「ふむ、彼は負の感情を取り込んで浄化する霊能者さんだったかな?」
 この欲望が渦巻くなかで、あんな人もいるのかと素直に感心する。

 「う゛あ゛ー!食べたい食べたいな、焼きそばパンゥ」
 その一方で、他の生徒を殴りつけてはメキャア!ボゴォ!と派手な音を奏でている、
 死人めいた少女が一人邁進している。

 「そこのあなた!焼きそばパンを得るためとはいえ他の人を傷つけていいことにはなりません!
 スゥゥ―――
 グヘェッ!」
 ……世の中は理不尽だ。
 正義が勝つとは限らない。
 「う゛あ゛ー!待ってて私の焼きそばパンー」
 キレのある拳を叩き込まれ、彼は一発で意識を手放していた。

 「…かわいそうだけど、彼はここでリタイアかな」
 このままでは後続の生徒たちに踏みつけられてしまいかねない。
 せめて、建物の影に避難させてあげることにしよう。


~~~~~

チャイムが鳴り終えて、数分が経過。
未だ購買部前に現れる者はいないが――序盤戦と言うには、既にかなりの差がつきつつあった。

ある者は窓からの脱出を華麗に決め、
ある者は校則違反にならぬよう慎重に早歩きで玄関から出て、
ある者は秘密のルートを辿って……
各々が購買部へと駆けだしていた。

順当に行けば、この中から一番乗りの者が現れ『伝説の焼きそばパン』を購入する者が現れる――
誰もがそう思っていた矢先、事態は急転する。

「GRRRRRRRR……」

「ん?犬?」
「いや、狼じゃね?」
「でも透けてね、アレ?」

先頭集団の後ろから、一匹の獣――白銀色のホログラフじみた不可思議な狼が現れ、
彼らの身体を、幽霊の如くすり抜けるように通過するまでは。

「ギャアアアアアアアッ!?」
「ガアアアア!痛えええええっ!!」
「アガッ、アガガガッ……」

実物の狼並みの超スピードで襲いかかる狼たち。
通り抜けられた生徒達が、一斉にくずおれ、のたうち回る。
その身体には別段傷はどこにもないにも関わらず、激痛を訴えその場から動けなくなる。

やがて、苦痛と激痛の叫びは後続集団からも、校舎の中からも響き始める。
お化け狼は、一匹、また一匹とどこからか現れ――希望崎学園中に散開し、
さらには購買部を制圧するかのように囲んでしまったのである。

~~~~~

(うふふふふ、狼瀬先輩ったら張り切っちゃって……)

希望崎学園の中庭を、一羽のコウモリが飛ぶ。……コウモリ?この日中に?
そう、このコウモリは普通のコウモリではない。吸血コウモリであり、吸血鬼である。
その正体は――可憐塚みらいに他ならない。

彼女が立てた計画は、狼瀬の能力で他の生徒を根こそぎ激痛で足止めし、
自分は悠々と狼の牙の届かぬ空を飛んで、購買部へと向かう。
購買部直前で今度は霧へと姿を変えて侵入、購買部内で元に戻って『伝説の焼きそばパン』を購入する。
わざわざ霧の姿を経由するのは、購買部前で待ち伏せるライバルに襲われたとしても
物理攻撃の効かぬ霧であれば、大抵の不意討ちは回避できるという目算からである。
あとは、狼瀬の所まで同じ方法で帰り、狼を撤収させれば作戦完了――という算段だった。

~~~~~

3年17組の教室。
4限の担当教師、並びにクラス全員が激痛に倒れ伏し、うめく中。
狼瀬白子だけが、何事もなかったかのように教室を後にする。
よく見てみればその身体からは、次から次へと透けた狼が生まれている。

これこそが彼女の能力、『狂戦士の銀狼(ウルフズペイン)』。
触れた相手に容赦のない激痛を与える、おぞましい幽狼を生み出す能力である――!
狼の数は無限、狼の彷徨う範囲も実質無限という規格外の魔人能力!
チャイムが鳴ると同時に、狼瀬は躊躇なく能力を発動した――その結果が今、希望崎学園中で現れ始めていた。

使い方を一歩間違えば、学園中をこの通り混乱と恐怖に突き落とせる強力無比な能力を持ちながら――
己を律し、能力を使うことなく己の身一つで弱き者を護り抜く姿勢こそ、彼女が『白狼の騎士』と呼ばれる理由であった。
だが、今の行動は明らかに、高潔とされる彼女におよそ相応しくない広域殲滅能力の濫用に他ならない。

では、彼女をかような蛮行に突き動かすのは何か?やはり『伝説の焼きそばパン』か? ――否。
狼瀬は教室を出た後、購買部を目指すことなく――新校舎屋上へと続く階段に向かった。
屋上ではなく、その手前――狼瀬が逢瀬を重ねた場所へと。

「……これでいい……私は、全力を尽くす……
 だから、もっと……ああ……」

うわごとのように呟きながら、半透明の狼を更に生み出していく狼瀬。

狼瀬が魔人吸血鬼・可憐塚みらいによって吸血されていたことは、既にご存知の方も多いだろう。
……みらいの吸血は相手を眷属に変えたり、言いなりにする効果は無い。だが、快楽は伴う。
この献身が成功すれば与えられるであろう、みらいからの至上の快楽を求めるが故に。
狼瀬は自らの意志で能力のタガを外したのである。
いや、これを自らの意志と呼んでよいのだろうか?


~~~~~

白銀の狼たちは先頭集団を優先的に襲っていたが、その脅威は校舎内の各教室にも及んでいた。
それはつまり、焼きそばパン争奪戦に参加していない生徒にまで牙が向かれているということである。

「あうっ!」
赤根リリアが悲鳴をあげる。
「リリアっ!」
そして本人よりも大きな悲鳴をあげたのがメリー・ジョエルであった。

夢心地悠長空間(トロイメライ)のゆっくり空間を脱するのとほぼ入れ替わりに進入してきた狼たち。
追い出そうにも、幽霊と同質の存在はメリーとの相性は最悪であった。
人造心肺も戦闘人格も、今は何かを支配せよだとか破壊せよだとかは言ってこない。
それでも、自分は誰かを守ることには適していない――そのことにメリーは歯ぎしりした。

「リリア、空に逃げよう」
「……え、でもメリーは焼きそばパンを…… 私は 大丈夫 だから」
「ビッグになるより、リリアのことの方が大切だから」
恥ずかしい言葉を(うそ)なく吐くメリーに、敵わないなとリリアは想った。

メリーはリリアをお姫様だっこの形で抱き上げ、リリアの顔が赤くなっていることに気付かずに戦線を離脱した。

~~~~~

「……数が、多い……!」

車口文華は、廊下中を駆け回る狼群を殴り飛ばしながら……苦戦を強いられていた。
……厳密に言えば、魔人能力『デモリッシュハンマー』の拳圧による衝撃波で吹き飛ばしていた。

幽体ゆえに直接攻撃が通じず、どころか触れれば逆に痛みを与えられる――
そんな相手には、さしもの音速拳も通じない。
音速拳の副産物である衝撃波や突風が辛うじて通っただけでも、十分な位だ。

「狼瀬先輩……なぜ、こんなことを……」

風紀委員である文華は、同じく弱者を守る立場にいる狼瀬のことを知っている。
その能力についても、かつて何気なく聞いたときに教わった。
痛みから人を護る彼女が、痛みを無差別に振りまく能力を固い意志で封じていることを。
仮に『伝説の焼きそばパン』に目が眩んだのだとしても、あまりの暴挙――
文華には、到底信じられなかった。

「ともあれ、止めなければ……なりませんね」

狼の群れの密度、進軍方向から――辛うじて、狼瀬がいるであろう場所を推測した文華は
風紀委員として、学園の風紀を守るべく、無罪の生徒を守るべく進む。

~~~~~

「――こんなところにいらしたのですね、狼瀬先輩」
文華は新校舎の屋上(狼の発生地点)にたどり着いた。
「あ、ああ……車口さん……」
何とか声を絞り出す狼瀬であったが、その顔は恍惚で満ちていた。
そして今尚、彼女の体からは恍惚に呼応するように狼が生み出されていた。

「狼瀬先輩、なぜ貴方ほどの方が」
「ふふ、ふふふ……。欲しいんだ、もっと、もっと、もっと!」
達するかのように一度に大量の狼を生み出す狼瀬。
その姿は既に文華の知るものではなかった。
文華は彼女を倒すべき生徒の敵と認識する。――しかし。

「『デモリッシュハンマー』!」
襲いかかってくる狼を風圧で吹き飛ばしながら、白銀の狼に対応する文華。
しかし相手は幽霊的な存在。やはり、分が悪い。

「……一人で乗り込んだのは失敗だったかしら。またテスラに怒られてしまうわ」
分の悪いジリ貧の戦い。幸いにも狼瀬は隙だらけだ。
文華はある程度の狼からのダメージを覚悟しながら狼瀬へと拳を向け、
「もっとだ!」
自分を見てすらいない狼瀬に生み出される狼に貫かれる。
その直撃は、風紀委員のエースである文華ですら膝をつくものだった。

(ああ……私は生徒の皆さんを守らないといけないのに。ごめんなさい、テスラ)
文華が意識を手放そうとしたとき
「お姉様!大丈夫ですか!?」
自分を慕ってくれる後輩の声がした。

「お姉様に、何を……!」
天雷テスラの能力は自分の身体から電撃を放つ能力、『電流戦争』――
彼女はもともと、この能力の威力調節が苦手だった。
怒りにまかせて電流をぶちまけることしかできなかった。

そんな彼女が、血のにじむような努力をして威力を調整することを覚えたのは。
敬愛する先輩の隣に立ち、彼女を守るために戦うためであった。
そんな大切な先輩が、今地面に臥している。

「……欲しいんだよ、もっと」
狼瀬には言葉は通じない。
であれば、やるべきことは決まっていた。
「許しません!」
どんなに怒ろうと、彼女の電撃が文華を襲うことはない。
彼女の怒りの体現である『電流戦争』が陽炎のように透ける狼と、その生みの親である狼瀬を貫いた。

「……テスラ、あなたが狼を退治してくれたのね」
「お姉さま、大丈夫ですか!」
「ちょっと体は動かないけれど、何とか大丈夫そうだわ。あなたのおかげね」
「お姉さま!保健室へ行きましょう!」
痛みに耐えながらも朗らかな表情の文華に対し、テスラは今にも泣きだしそうになる。

「……テスラ、お願いがあるの」
「お姉さまのお願いなら何でも聞きます!」
「ありがとう。では私をここにおいて、あなたは任務に戻って」
「そ、そんな……」
ついにテスラは泣き出してしまう。
誰よりも大切なお姉さまを置いて任務になど戻れるだろうか。

「お願い。この争奪戦はまだ続くわ。私の代わりに生徒たちを守ってほしいの」
「……わかりました、テスラ、戦います」
テスラは涙をぬぐう。
大切なお姉さまのために、任務に戻ろう。

テスラは建物の影に文華を横たわらせ、購買部へと駆け出す。
「……私は本当に、いい後輩に恵まれたわ」
文華はそう呟くと、目をつむり、意識をシャットアウトした。


~~~~~

可憐塚みらいの進撃は順調であった。
購買部のプレハブが見えてくる。もう少しで、待ち焦がれた焼きそばパンが手元に――

そんなみらいの視界の端に、異変が映る。

(! 狼が――消えた?)

狼瀬の放った幽狼が、その透明感を増し……霧散していく。
能力を解除するのは、みらいが戻ってからの手筈だ。その前に自主的に消すはずがない。
それは、つまり――。

(狼瀬先輩が……やられた?)

『白狼の騎士』と呼ばれる彼女の戦闘力は、学園でも上位にランク付けされる。
ましてや、相手が近付くことすら容易ではない、恐るべき能力を開放した状態の狼瀬が
まさか敗れるとは、みらいは予想していなかった。

(でも、問題ありませんわ。もう少しで購買部ですもの。
 狼瀬先輩はよくやってくれましたし、ご褒美はそれなりに――)

そう、問題は何もない。狼瀬は所詮、みらいにとって都合の良い吸血相手だ。
『伝説の焼きそばパン』を手に入れる為の手駒。

(……狼瀬先輩、殺されてなんか、いませんわよね?)

ふと、脳裏に嫌な想像がよぎる。

いや、狼瀬に限ってそんな筈は。
現にこうして作戦は成功している以上、今更狼瀬がどうなろうが――

(……っ……!)

みらいにとって、狼瀬はただの食糧である。
そうでなければならない。
にも拘らず、何故自分は今、こんなにも食糧の心配をしているのか。

本来のみらいの能力は『吸血鬼になる』能力ではなく、
『彼女自身の望む存在に変える』能力である。
ずっと吸血鬼であり続けていること、狼瀬との関係を続けていること、
みらい自身に自覚が無くとも、それは彼女が無意識に望んでいることなのだろう。

一羽の吸血コウモリは、くるりと反対方向に向きを変え。
新校舎屋上の方向へと、飛び去っていった。


~~~~~

 「ところでさっ、『伝説の焼きそばパン』って犯人の食べ物だよねっ!」

 お前は何を言っているんだ。
 ……と、定型文(テンプレート)じみた文句を言いたくなる様な、およそ第一級探偵とは思えないような
 突拍子もない頭の悪い発言に、自分のほうが頭痛を起こしそうになる。
 むしろ、張り込みの刑事が貪ってそうなものだが――そう考えている自分もまた、
 フーロの悪ノリに呑まれているのだと恥じつつも、話に付き合うことにする。
 フーロが饒舌なときは、彼女が絶好調――"舌"好調なときだからだ。

 「おおっと、論理が飛躍しちゃったさっ。
 順を追って推理を語るは、探偵の務めとはよく言ったものだねっ!
 じゃーおさらい、人工探偵を構成する要素とは何だったかなっ?」

 助手の問い掛けに、決して豊かとは言えぬ探偵知識を振り返りながら思う。
 手と手が繋がりあった今なら、探偵の思考は地の文となり、助手に伝わる。
 確か【ナノマシン】と【魂】、そして【探偵五原則】――

 「うむっ! では【ナノマシン】は何から出来てるっけ?」

 【ササニシキ】――かつて栄華と英知を誇った宇宙人が、生まれ変わって生き延びる為に
 魂と遺伝子を刻んだコメ、だっけか。正直なところ、正鵠を射ているとは言い難いかも知れない認識だが。

 「キミの理解はいささかチープだけども、まあおおむね正解っ。
 ……ほらほら、もうヒントどころか答えまで言ったようなものだよっ?」

 フーロの得意満面というか、クイズを先に解いた者が解けていない者に向ける
 独特のニヤケた表情を向けていることに、探偵はいささか気分を悪くする。
 この場合、フーロは出題者なのだから尚更のこと答えがわかりきっている。
 その上で、途中経過まで模範解答であることを求めているのだ。
 探偵に、それほどの推理力がないことを長い付き合いで十分知っているくせに。

 「いやいや、キミが探偵である御陰で幾つもの事件が解決に導かれたことを思えば
 それは謙遜というものだよっ! 世の中には、推理が出来なくとも事件を紐解くことのできる
 希有な才能を持つ者が少なからずいるのだからねっ」

 才能を誉められるのは(やぶさ)かではないが、しかし才能のみを誉められるというのは――渋い表情になってしまう。
 そもそも探偵は、己の魔人能力をさほど気に入っていない。
 確かに、事件の際に役立つものではあるのだが――
 ナーバスになりかけた心情を察してか、助手が話を戻す。

 「話が逸れちゃったけど、ようは焼きそばパンが【小麦】で出来ていることがポイントさっ。
 世にパンは数あれど、小麦のパンに小麦の麺を組み合わせるという
 二重小麦構造になっている食べ物は、焼きそばパンくらいのものだよっ。
 ナポリタンロールや焼きうどんパン、きしめんパンなんてのも近年じゃあ開発されているけども
 結局の所、コロンブスの卵――始まりは、焼きそばパンだろうからね」

 麺とパンの組み合わせ、そして小麦というキーワードで、探偵もやっと助手の思考を察する。
 人工探偵がコメで出来ているなら、人工"犯人"はムギで出来ているとか、そういうこと?

 「おおっ、いいねいいね!頭に血が巡ってきてるねっ!
 ……まあもっとも、これは残念なことに推理にすら及ばない、突拍子もない仮説さっ」

 頭に血が巡っているというよりも、頭に血が上っている――と言うべきではないか。
 探偵は、助手と共に校舎の天井を歩きながらまた一つ、溜息をついた。

 二人がわざわざ天井を歩いている理由は簡単だ――
 探偵たちには、『伝説の焼きそばパン』とは別に、確保しなければならない人物がいるのだ。
 それを捜す過程で、狼瀬の狼が徘徊を始めたため避ける為にこうしている。
 尤も、既に狼は消え失せているのだが、今度はフーロが『こっちの方が頭が冴えそうっ』と
 気まぐれを起こしたために、未だに忍者じみた真似をする羽目になっているのだった。

 『ちょっと、与太話してる余裕があるなら――こっちなんとかしてくれない!?』
 「ごめんごめん、なにしろ“幻想派”の本能でねっ!」
 探偵が、ハンズフリーのまま懐にしまいこんだ携帯電話から声が響く。
 同盟相手、天ノ川浅葱である――彼女とは現在、別行動を取っている。

 『来たよ、ゾンビ少女ちゃん。ゾンビって鈍いって相場が決ま
 ……って、すごい勢いで向かってくるよ!こわい!』
 『ゾンビじゃないですよおー、ホストですよー』

 浅葱に、先刻見かけた危険な少女が暴走していることを伝えてから数分後。
 不運にも、彼女たちは出会ってしまったらしい。
 ホストとしては出来損ないだが、驚異的な戦闘力を持つ相手――安出堂メアリと。

 「救援は必要かいっ?あたしの芋人(いもうと)たちを向かわせようか?」
 『うりゃああああ!食らえ!うわ、めちゃくちゃ再生する!』
 『んもー、痛いじゃないですかー。さっきのへんな狼より痛くないですけどー』
 浅葱は話を聞いている様子はない。

 『ふふ、でもこれで弱点を知ることが――って頭が弱点ってそりゃみんなそうだよ!
 あ、でも再生の核ってこと? じゃぁ……ちょっとグロいけど、ごめんね!』
 『アバー……ッ!?』
 電話の向こうでゾンビ、もといホスト少女の叫び声が一声聞こえたきり、余計な声は入らなくなった。
 『ふう、頭を思いっきり海の方に蹴り飛ばしてあげたから、これで彼女はリタイアだと思うよ。
 引き続き焼きそばパンに向かうね!』

 「あさぎんもなかなかやるようだね。色んな意味で危なっかしいけどっ!」
 これには助手に全面的に賛成だった。
 なんにしろ、焼きそばパン争奪はこの名怪盗に任せるとしよう。


~~~~~

「……や、やっと着いた……!」

須楼望の影響から脱し、新校舎の空き教室まで辿り着いた浅葱は、
数時間前に隠した荷物――ミルキーウェイの衣装を取り出し、委員長から怪盗へと装いを変えた。
皆が購買部を目掛けて走る中、一人別方向に移動した彼女に注目する者などいない。

「さーて、ここからは私のターンよ……」

自分の頬を張り、気合を入れ直す。
怪盗は特製スマホでアプリを起動し――画面に表示されたスイッチを押す。


その直後。
学園中にポップな破裂音が響き、大音声がこだました。

『ああーーーっ!!あれは伝説の焼きそばパンだああああああっ!!!!!!』

そして、空から―― パラシュートのついた焼きそばパンが。
総数にして100個、希望崎学園中に降り注いだ。


もうおわかりだろう。
彼女がせっせと夜明け前に仕込んでいた箱の中には、焼きそばパンが入っていた――
もちろん『伝説の焼きそばパン』ではなく、怪盗ミルキーウェイ手作りの、普通の焼きそばパンである。
アプリの操作によって箱の中身を射出させる、怪盗ならではのドッキリギミック!

無論、冷静に考えれば――たった1個限定の、購買部で売られている筈の『伝説の焼きそばパン』が
100個も、空から降ってくるなど有り得ない話であることくらい、すぐにわかる。

だが、それは冷静に考えることができればの話だ。
例えば、短絡的なモヒカンザコが射出と同時に流された音声にアッサリと騙されたなら。
単に腹を空かせただけの一般生徒が、半ば巻き込まれるようにそのパンに群がれば。
事情の把握が遅れた者が、焼きそばパンを争う光景を見たならば。

――『本物』を気に留める者は、やがていなくなる。

「一晩がかりで作ったんだし、どうせなら味わってもらいたいけど……さてさて」

怪盗は、己の作戦がうまくいくことを期待しながら。
自分で作った焼きそばパンの一つを、懐にしまい込んだ。

~~~~~

「華麗壁っ!」

辛くも狼の襲来を凌ぎきった『パン作り研究会』の会長・カレーパンは
後続を断つべく、階段を下りながら背後にカレーの壁を生み出し、廊下を、階段を封鎖する。
何名かのモヒカンが無謀にも強行突破を挑んだものの、熱さと辛さによって阻まれると同時に
濃厚なスパイスの香りの前に彼らはあっさりと焼きそばパンを忘れ、カレーを食べたくなった。

「むう、噂の怪盗少女……味な真似をするものだな」

窓から中庭の様子を見て、カレーパンは(息を漏らす口も鼻もないが)嘆息する。
落下傘に支えられ、ふわりふわりと降りていく焼きそばパン――

(だが、ダミーをいくらバラ撒いたとて――本物は一つ。
 『奴』との宿命がある限り、俺は本物を見失わん……!)

焼きそばパンと、カレーパン。
その間にくすぶる百余年に渡る因縁を晴らし、カレーにインドを叩きつける……
もとい、華麗に引導を叩きつけることこそ、(カレー)の宿願である。

その腐れ縁ともいえる絆が、彼に本物の在処を感じさせる。
まだ、購入はされていない――!
彼は力強く、購買部への道程を進む。

~~~~~

「アナルパッケージホールド!」「グワーッ!」
「アナルパッケージホールド!」「グワーッ!」

中庭、新校舎玄関前で響く謎の声と絶叫。

新校舎玄関を出た先には……おしりを押さえてうずくまる生徒達!
その中心でただ一人、直立し悠然と玄関から出て行こうと歩む人影!
顔には肛門マークの白い覆面、腰には白いブリーフ、そして白い靴下!
それ以外の衣類を一切纏わぬ、どこからどう見ても変態!

アナルパッケージホールド、その人である。

「……アナルパッケージホールド」

アナル攻撃で撃墜した生徒の山の中から、目的のものを探し、手に取る。
美味しそうな焼きそばパンだが――言わずもがな、これは怪盗のバラ撒いた普通のパンであった。
彼が喋れるならば『これも違うか……』と、失望の呟きを漏らしていただろう。

出鼻を挫かれ、妨害を経て、ようやく玄関へと辿り着き外に飛び出したところで。
アナルパッケージホールドは、焼きそばパンを巡って争ういくつかの集団に遭遇し――
持ち前の技で鎮圧、焼きそばパンを奪っていった。

勿論、彼は――これが怪盗の作戦の結果であることはわかっていた。

しかし出遅れてしまった彼には『購買部の本物は既に購入されてしまったかどうか』を知る術はない。
万が一、既に本物が誰かに買われていたなら。
その購入者と入れ違う形となって、奪う前に食べられてしまえば。
あるいは、自分達の手の届かぬところに持ち出されたら――ミッションは失敗だ。
そうなれば、彼は魔人サッカー選手としての命脈を、愛する家族を絶たれる。

そう考えた彼は、ある種の徒労だとわかっていながらも。
焼きそばパンを持つ者や争う集団を見つけ次第、焼きそばパンを奪い取り、その真贋を確かめざるを得なかった。

とはいえ、既に数組の生徒を撃破して得られたのは普通の焼きそばパンが数個。
今争っている連中の手に『伝説の焼きそばパン』はない――
そう判断して、購買部へといよいよ進もうとした、その時だった。

「待て、そこの変態。随分ハデな真似をしたものだな」
「アナルパッケージホールド?」

呼び止めたのは――カレーパンである。

「……悪いが、伝説の焼きそばパンは俺が手に入れる。
 ヤツとの因縁を絶つのは、俺だ!」

「アナルパッケージホールド……」

目前の相手への義憤と、己の譲れぬプライドを燃やす青年が。
遠く離れた家族と、逆らえぬ会社の勅命に燃える変態に、相対する。

両者は互いに、一目見ただけで相手の力量が、己と同格であることを見抜いた。
といっても、カレーパンに目はないしアナルパッケージホールドも覆面でよく見えていないのだが
それを今言うのは野暮だろう。これは、(おとこ)の戦いである!

華麗拳(かれいけん)っ!」

先に仕掛けるはカレーパン! カレー神の加護を力に変える華麗流の基本にして原点の正拳、華麗拳を繰り出す!

正拳突きがなぜカレー神の加護を受けるに至ったのか?疑問に思う者も多いだろう。
それは、古代インドにおいてスパイスの木に向かって正拳突きを行い、木を激しく揺らして
熟したスパイスの実だけを収穫したことに由来する。完熟スパイスへの感謝、そしてやさしみこそが
一見なんの変哲もない正拳突きを、華麗流の技へと昇華させたのだ!

「アナルパッケージホールド!」

アナルパッケージホールドはカレーパンの拳をブリッジ回避!そのまま勢い良く反転してのバック転キック!
これほどのキレのある蹴りをもし臀部に喰らっていれば、一発で切れ痔を誘発するに違いない!
なんたるアナル破壊力十分な蹴りか!

「ムウッ! ……やるな!」

カレーパンは咄嗟に後ろへと踏み込み紙一重でかわす!
アナルパッケージホールドは体勢を立て直すと、右腿を上げた特異な構えを取った。
蹴り技主体のムエタイの構えにも似た、奇怪なポーズである!

「……華麗波(かれいは)っ!」

カレーパンは中腰姿勢を取ると、正拳を地面に叩き付ける。
直後、カレーの波が地を這いながら衝撃波となってアナルパッケージホールドに迫る!
濃厚な芳香と熱量を伴った、触れれば火傷、味わえば激辛の技である!
この動作もまたカレー作りの重要工程、スパイス破砕に纏わる技だ!

「アナルパッケージ……ホォールドォ!」

伝説級のカレーウェイブに臆することなく、アナルパッケージホールドがその場で回転(スピン)
歴戦のフィギュアスケーターを想起させる程の高速回転の勢いに乗せた、真空回し蹴り!
カレーは生み出された真空カマイタチに斬られ、アナルパッケージホールドの両脇を通過!
もしこのカマイタチを直腸部に浴びれば、全治数ヶ月級の切れ痔は不可避であったろう!

「……なかなかやるな。だが、貴様の力はそんなものではないだろう」

カレーパンは、目の前の変態を見据え――
華麗流最大の奥義、華麗砲・烈怒(かれいほう・れっど)の構えを取る。
地獄の如き辛さと熱さを誇る、温度100度の100倍カレーはその芳香を浴びるだけで痛覚を刺激する!

「アナル、パッケージホールド……!」

一方、アナルパッケージホールドも正面のカレーパン頭を睨み――
仕込まれたアナル破壊と、持ち前の魔人サッカー脚力を合わせた最強のアナルキックを放つ体勢に入る。
真正面からであっても、相手のアナルを容赦なく粉砕する恐るべき魔技である!

「全身全霊……我がカレーへの愛の前に、散れえィッ!!!!!」
「アナルパッケージ……ホォォォォォォルド!!!」

二人の(おとこ)が、互いのフルパワーをぶつけ合う――!
絵面が非常に最悪であることは、気にしてはいけない!決して、気にしてはいけない!

「おやめください!争いは何も生みません……!」

そこに一人の人物が、突如として割って入った――雲水である!
彼は懸命に、己の力で争いを諫めて回っているところだった――
そんな彼がこの光景を見れば、身体を張って止めにかかるのは当然ともいえよう!

だが、彼はもう少し慎重になるべきだった。
この戦いが、先程まで彼が沈静化していた一般生徒同士の小競り合いとは違う
強者同士がぶつかり合う激闘であることを認識していれば――もっと違う止め方があっただろう。
しかし、今の雲水は既に幾つもの争いを止め、疲労が蓄積している状態――
冷静な判断よりも先に気持ちが先走り、それに身体が付随するような状況だった。

闖入者に対して、二人の猛者は咄嗟に攻撃を止めようとしたが……遅かった。
カレーパンの華麗砲は、変態ではなく善良な少年の顔面を直撃し。
アナルパッケージホールドのアナルキックは、若き霊能者の尻を直撃した。

前門のカレー、後門のアナル!

「あぼろぼほぉっ!?」

――雲水は痛みと辛みの中、意識を手放した。

二人は、互いの中間地点で倒れた雲水の無惨な姿を前に、しばし無言だった。

「…………」
「…………」
「……場所を変えないか。これ以上、他の者を巻き込むのはお前も心地悪かろう」
「アナルパッケージ、ホールド……」

一人の少年の尊い犠牲によって、男達の戦いの舞台は――
生徒ひしめく玄関前ではなく、購買部から遠く離れた希望崎学園の端まで移ることとなった。

彼らが既に、焼きそばパン争奪戦(ほんらいのもくてき)を忘れていることを指摘する者は――やはり、いなかった。

~~~~~

(……本物を隠すには偽物の中、か。悪くない手だけど――)

希望崎学園内を飛ぶ、蝿の群体――黒天は、空からの落下物を避けながら進んでいた。

(僕は惑わされない。……こいつが導いてくれる限り)

金色の蝿は降り注ぐ焼きそばパンに一瞥もくれず、購買部へと向かっている――
本物の『伝説の焼きそばパン』へと。
先程の透き通る狼の襲来を避け、他の生徒らの喧噪を避け、誰かの張ったワナを避け――
安全に、購買部へと辿り着く。身体を構成する蝿の損耗も、ほぼ無い。

(あとは、中に入って――購入するだけだ)

金の蝿が購買部の屋根の上を旋回する中、本体――本隊である蝿の一団は
購買部の扉、そして窓の隙間から購買部へと入っていく。

それが、黒天の最大の失敗だった。
彼が黄金の蝿に命じたのは『伝説の焼きそばパンの在処』であると同時に
『そこに至る安全なルート』である。
では――なぜ金の蝿は購買部内に入らず、上空を旋回したのか?

その答えを、黒天は身を以て知ることとなる。

(―――!!)

蝿の群れが、慌てて購買部の外へと飛び出す。その数は――入った数の、約四割。
残る六割は――"駆除"されていた。
食品を扱う店にとって、蝿やゴキブリといった衛生害虫は天敵である。
蝿が大挙すれば、当然追い払われるに決まっている――!

魔人・黒天真言の変化した蝿は――1匹でも通常の蝿よりも、遥かに生命力が高いとはいえど。
今日『伝説の焼きそばパン』を購入されるそのときまで護るのが役目の、店員の前には――無力であった。

(しかし、たった、一人に――半分以上も、持って行かれる、なんて)

彼を構成する蝿たちの複眼に焼き付いたのは――
何の変哲もないハエたたきで、過半数の蝿を叩き落とし、片付ける店員の姿だった。
購買部の裏手で、黒天は元の姿へと戻る――身体を構成していた半数以上の蝿が
戻れなくなったことで、彼は見るも痛々しい傷だらけの姿となり――そのまま、気を失った。

~~~~~

「何なの、何が起こってんのよファック……!」

血糊がついたギターを右手に握りしめ、ベースの入ったケースを背負ったMACHIは、
目の前の光景に衝撃を受けた。

彼女の目的は、焼きそばパンの購入ではなく――『殺害』。
購買部の利用条件云々に拘泥する気はまったくなかった。
そこで、4限をフケて部活棟に行き、軽音部部室に押し入り手近なギターとベースを
武器として利用するべく盗み『伝説の焼きそばパン』を手に入れたヤツからブン取るつもりでいた。
なんなら、購買部自体に押し入ってもいいとさえ考えていた――
そして準備を終え、購買部まで向かおうとしていた矢先のことである。

空から、焼きそばパンが大量に降ってくる――彼女にとって悪夢の如き光景。
脳裏に、大切な友の、凄惨な死に顔がフラッシュバックし……思わず嗚咽を漏らしかける。
だが、気迫と憎悪が、それを押しとどめる。

「上等だよマザファッカー……伝説だろうがどうだろうが関係ない……」

左手の中指を立て、空を睨むMACHIのまさに目の前に、焼きそばパンが一つ舞い降りてくる所だった。

「……ブッ殺す!焼きそばパンアスホールだよお……!」

MACHIは足元に落下した焼きそばパンに左手を伸ばして拾い上げ、力を込め――握り潰す。
包装が破け、中身の焼きそばパンが潰れ、不快な臭気を放ちながら崩れる。
怪盗が真心を込めた偽りの伝説が、一つ腐り落ちた。

~~~~~

「ヒャッハー!焼きそばパンをよこせギャーッ!」
「ファッキンシット!」
「ギャーッ!」

赤モヒカンの顔面を、ギター(盗品)がクラッシュ!
モヒカンに襲われていた男子生徒も巻き込まれる!
両者の間に落ちていた焼きそばパンを『殺す(キル)』!ロックだ!

「ヒャッハー!ザコは引っ込んでアベシッ!?」
「サノバビッチ!」
「ギャーッ!」

青モヒカンの脳天を、ギター(盗品)がストライク!
怯えていた通りすがりの男子生徒もブッ飛ばされる!
近くに落ちてきた焼きそばパンを『殺す(キル)』!ロックだ!

「へっへっへ、そこのお嬢ちゃん俺といいことアバーッ!」
「ファックイェー!」
「ギャーッ!」

黄モヒカンの股間を、ギター(盗品)がデストロイ!
その辺にいた男子生徒もついでにデストロイ!
男子生徒が落とした焼きそばパンを『殺す(キル)』!ロックだ!

彼女の振り回すギターに血糊が付いていた理由も、おおむねこの調子で
出会う相手をひたすら殴り倒してのことである。

このまま順当に、ファッキン野郎共をハリ倒しながら。
焼きそばパンをブチ殺していけばいい――
MACHIは難しいことを考えるのをやめ、持ち前のロックンロール精神を
順調に発揮し始めたところだった。


「……そこの貴方」
「……フーザファック?」

辺りに放たれた焼きそばパンをひとしきり『殺し』終えた、そのタイミングで。
MACHIは、自分に向けられた敵意――殺意に気が付いた。

「食べ物を粗末に扱うと……バチが当たるわよ?」

声の主は――調達部の少女、久留米杜莉子である。
食材への感謝を忘れない彼女にとって、今まさにMACHIが行った『殺し』は――
何よりも看過しがたい罪悪であった。

「う、うるさいですファッキンビッチ……!」

MACHIは相手から漂うオーラに、思わず臆しそうになるが――
すぐにロック根性を振り絞り、ギターを構える。

「……口も悪いのね。いいわ、無碍にされた焼きそばパンに代わって――おしおきしないとね」
杜莉子が溜息をつき、手を合わせる。
ぎゃりん、という金属音が響き渡り――杜莉子の戦闘準備が、完了した。

「レードル!」
杜莉子が右腕を巨大なお玉杓子に変え、MACHIの頭へと振りかぶる!
これぞ彼女の魔人能力『食戟のソーマ』――肉体(ソーマ)を食器に変える、美食屋ならではの力である!

「何するんですか、ケツノアナ野郎!」
MACHIがギター(盗品)で迎撃!弦がレードルの端で引っかかれ、ディストーション音を放つ!

「スプーン!」
杜莉子が左腕を匙へと変え、強烈なスプーンビンタを繰り出す!

「サノバビッチ!食器で楽器に勝てると思わないでください!」
MACHIがギター(盗品)を反対からスイングし正面衝突!弦が悲鳴をあげる!

ホイッパー、フライ返し、トング――文字通り手を変え品を変えながら、杜莉子が振るう器具を
MACHIは半ば意地で弾き返す。一見細身に見える杜莉子だが、筋肉量はMACHIの倍を超える。
その力量差あって尚、MACHIは――焼きそばパンへの殺意だけで、対抗し続ける!

食器と楽器がぶつかりあううち――杜莉子の表情が、少しずつ曇る。
それは、決して不利や疲労から来るものではなかった。

「私は、焼きそばパンを――ブッ殺す!邪魔はさせない!」
「焼きそばパンを、ね――本当に、それで気が済むのかしら?」
「黙ってよブルシット!アンタに何が解るのよ!」
「……確かに、あなたのことは解らないわ。
 でも、食べ物への怒りを滾らせている貴方を見てると――悲しくなるのよ」

「! ファック……!」
「あなたも、本当は気付いてるんじゃないのかしら――
 食べ物に、罪はないって」
「…………っ!」

杜莉子の言葉に、一瞬表情が――素顔に引き戻されるMACHI。

だが、杜莉子は――取り返しの付かないミスを二つ犯した。
一つはMACHIを『殺してでも止める』ほど、非情になれなかったこと。
もう一つは、MACHIの心情を慮るあまり――逆に彼女の地雷を踏み抜いてしまったことだ。

「……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ……!」
「!」

杜莉子の懐に、鬼気迫る表情のMACHIが飛び込み――
その逞しい胸に手を当てる。

次の瞬間、杜莉子の心臓は――体内で爆ぜた。

「が、はっ……?」

口から大量の血を噴き出しながら、何が起きたかを把握する間もなく。
美食屋は、ゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。


「……あ、あっ」

我に返ったMACHIが、思わず怯えた様な声を漏らす。

なぜ。私が殺したいのは、友達をブッ殺しやがった、クソの焼きそばパンどもで。
――人間なんかじゃ、なかったのに。

だからこそ。触れた相手を確実に、思う通りに『殺す』能力、『KILLER★KILLER』ではなく
ギターを振り回し、道を塞ぐクソどもを薙ぎ払っていたというのに。

焼きそばパンへと憎悪の対象をすり替えて、ロックと怒りだけで持ちこたえていた
MACHIの精神が――限界を、迎えた。

「……殺す。
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

がりがりと、頭を掻きながら――
殺意に憑かれた少女は、殺して殺して殺して殺して殺すため、その場を後にした。

~~~~~

数分後。

「……あのー、ど、どうしたでヤンス?」

杜莉子の骸に駆け寄っているのは、学園随一の美貌の持ち主にして
それを台無しにする言動で周囲の嘆きを一心に集める製薬会社令嬢――下ノ葉安里亜である。

同じ三年生で、ベクトルは違えども有名人同士でもある二人は友人とまでは行かずとも面識がある。
無論、お互いの評判というか噂も知っている。
それ故に、こうして倒れている――実際は死んでいるのだが――のを見て、思わず近付いたのであった。

「ど、どっか痛いでヤンスか?だったら、えーとえーと」

取り出したのは――ケースの外装に『きずぐすり』と書かれた、タブレット菓子である。

「どうぞでヤンス!さっきヘンな狼に襲われたときも、この薬のおかげで助かったでヤンスから!」

杜莉子の口に、無理矢理タブレット菓子を3錠ほど押し込む。
――だが。
『きずぐすり』で死人が甦ることは、流石にない。
ましてや、押し込んだのは薬効などないミント味のタブレット菓子だ――

「どうしたでヤンス……?クルメ細胞とやらで、このくらいの怪我なら
 すぐ治るはずでヤンスよね?」

様子がおかしいことに気付き、焦りの色が浮かぶ。
下ノ葉は懐を探り、他のタブレット菓子――『せきどめ』や『ばんのうやく』と書かれたものも
とにかく杜莉子の口に流し込む。

全てのタブレット菓子が、杜莉子の口の中――その奥の胃袋に飲み込まれた、その時。

ぐきゅるるるるるるるるうぅ……
杜莉子の腹が鳴り、瞼が開いた。

「……ん、あれ?私……」

「お、おおっ!気が付いたでヤンスか!よかったでヤンス!」

「下ノ葉さん……貴方が介抱を?」

「あ、はいでヤンス!オヤビンがいつも『弱っている奴を見過ごす奴はクソだ』って
 言ってるでヤンスから!
 怪我してたみたいだから『きずぐすり』を飲ませただけでヤンスけどね!
 足りなくて他のもぜんぶ使っちゃったでヤンスけど」

「……ふふ、ありがとう。流石、下ノ葉さんの薬ね。
 それに、私の中のクルメ細胞も、また助けてくれたようね――」

クルメ細胞――それは、久留米杜莉子が体内に宿す万能細胞である。
美味なる食材や料理を力に変え、時に瀕死の重傷でさえ一瞬で治癒させ。
まだ見ぬ美味を求める為ならば、超人的な筋力をも生み出す未知の細胞。
彼女はその力と相棒・小松の料理に、これまで幾度も助けられてきた――

つもりでいる。
そんな都合の良い細胞など――存在するわけがなかった。
クルメ細胞の真実は、幼い頃の杜莉子が酔っぱらった父親に吹き込まれた適当なホラ話であった。
……つい、先程までは。
だが、今! クルメ細胞は杜莉子の身体中を駆け巡り、一度はMACHIによって爆破された心臓をも再生させている!
これは如何なることであろうか?

その答えは――下ノ葉安里亜の能力『馬鹿は百薬の長』の影響である。
彼女の能力は『プラシーボ効果を現実に変える』――
もっと噛み砕いた説明をするならば『思い込みを現実に変える』ものである。
そしてその効用は、下ノ葉本人のみならず――他者にも影響する。
彼女の製薬会社令嬢という立場、そして杜莉子と同学年であったことから――
その身に宿すといわれるクルメ細胞の噂ももちろん聞き及んでいた。何ら疑うことなく。
その『思い込み』が『現実』になったことで、クルメ細胞は杜莉子の真の力となり
死という運命さえも覆したのである!

しかし。こうして具現化したクルメ細胞であっても、杜莉子の蘇生はエネルギーを大量に消費するものであり――
とてもではないが、僅かなカロリーしか有していないタブレット菓子では賄い切れていなかった。

「う……お腹空いて、動けない……ごめん、食べ物、持ってない……?」
「食べ物は持ってないでヤンス。それに、オイラこれからオヤビンの為に
 『伝説の焼きそばパン』を探しに行くでヤンスから、これで失礼するでヤンス!」
「あっ、ちょっと待って、せめてこまっちゃんに連絡…… ううううう」

下ノ葉が、本来の目的を慌てた様に思い出し――その場を去っていく。
杜莉子はやむなく、近くの食べられる草や木の皮で餓えを凌ぐことにした。

こうして。調達部随一の美食屋は――
空腹の余り、伝説の美味を食す機会を逃すことになった。



~~~~~


 『こちら浅葱、無事焼きそばパンをゲットしたよ~』
 「さすがだねっ怪盗さん。助かるよ、本当に」
 助手の芋人(いもうと)たちの援護があったとはいえ、巷を騒がせていた怪盗のお手並みはやはり伊達ではなかったらしい。
 怪盗としてではなく、あくまで()()()()()()参戦していたとしても。
 「こちらも目的の人は確保したし、()()()も終盤って感じだし、今回の事件も佳境だねっ!」

 「世界も現実も、自分の手で変えてやる、そう覚悟してたんだけどな。
 やっぱり、俺の予想は当たらない」
 探偵たちも無事目的の人物―― 一之瀬 進を無事確保することができた。
 「仕方ないさっ、君は願いを叶える焼きそばパン、つまり特異点と対を為す反特異点なんだからっ!
 君の予想が当たることはない。かわいそうだけど、今のままじゃ探偵にはなれないかなっ」
 それは果たしてかわいそうなことなのだろうかと思ったが、口には出さなかった。
 もちろん、手をつなぐ探偵と助手にとって、口に出さないことはあまり意味をなさないけれど。

 「世界も現実も、君だけの手じゃ変えられないかもしれない。
 でも、あたしたちも居れば、きっと変えられる。
 協力してくれるねっ!?」
 先ほど助手がした与太話を、一之瀬は意外にもすんなりと飲み込んでくれた。
 「もちろんだ、俺はもう、『大災厄』なんて起こしたくない」

 助手が顔半分の笑みを浮かべる。
 「じゃぁ行こうか、()()()()の向こう側へ」

 助手の能力『(てん)()(のり)』――
 改めてひどい能力だと思う。地平を定めてしまえば、我が物顔でどこへだって歩いて行けてしまうのだ。
 蒼い海を渡ることも、月の浮かぶ空中へも、そして()()()()の向こう側へだっていけてしまう。

 柄では全然ないのだけれど、探偵たちはこれから事件を未然に防ぎに行くのだ。


~~~~~

怪盗の作戦は、いよいよ最難関に入ろうとしていた。
すなわち――

「『伝説の焼きそばパン』、ひとつお願いします」

――購買部での『伝説の焼きそばパン』入手、である。
色々作戦は考えてはいたが――最終的に、彼女は怪盗らしからぬ直球勝負に挑むハメになった。
その理由は、レジに立つ人物にある。

購買部創設者にして現顧問――
白髪白髭の穏やかな紳士、江別教員であった。
他に、店員らしき人物の気配は一切ない。

彼が今日の店員を務めるという話を聞いた時点で、怪盗は小細工を購買部に仕掛けることを諦めていた。

「お待ちしておりました、怪盗ミルキーウェイさん。
 ですが、焼きそばパンは――本校の関係者以外には、お売りできないんですよ」

大胆不敵な怪盗に対してもなお、穏和な口調と柔らかな笑みを返す江別。

「それとも、怪盗らしく――華麗に盗んでみますか?」

ほっほっ、と冗談を口にする余裕すら見せる。
無論、ここで怪盗らしく華麗に盗む――などという選択肢を選ぶほど、怪盗ミルキーウェイは愚かではない。

購買部のレジに江別だけしかいない、ということは。
たった一人で、今日ここで起こり得るさまざまなトラブルに対処できる、ということの証左だ。
それでいて、威圧感や殺気の類は江別から一切感じられない。掛け値無しに、ゼロである。
にも関わらず、怪盗は自分が何かしでかしたその瞬間――圧倒的な重圧に押し潰されるであろうという確信があった。
繰り返しになるが、江別自身からはそういったプレッシャーの欠片は何一つ滲んでも漏れてもいない。
この怯えや予感は――あくまで怪盗が勝手に感じているだけであり、しかし絶対絶無の確信がある畏れだった。

どんな人生を送れば、あるいはどんな経験を積めば、このような芸当が出来るのか。
せめて一欠片でも敵意なり何なりが、奥底に感じられるほうがまだマシだった――

だから、怪盗は。
どこか諦めた様に、恥じらう様に――
懐にしまっていた財布から108円を取り出し、学生証を取り出して見せた。

「希望崎学園二年、天ノ川浅葱です。
 ……み、みんなには、内緒でお願いします」

レジに出された学生証と、焼きそばパンの代金を見て。
江別はやはり、穏やかに微笑みながら会計を済ませた。

「ええ。ミンナニナイショダヨ、ですね」

またのご来店を、お待ちしております――
江別は丁寧にお辞儀すると、それ以上何も言わなかった。


やれやれ、敵わないってこういうことだろうな――
肩を竦めながらも、購入を無事果たした怪盗……もとい、天ノ川浅葱は。
購買部の外に出ると、自慢の脚力で購買部のプレハブ小屋の屋根に立ち。
息をいっぱいに吸い込んだ後、『伝説の焼きそばパン』を掲げながら叫んだ。

「『伝説の焼きそばパン』――確かに、怪盗ミルキーウェイが頂戴したっ!!」

学園中に響くソプラノボイスで、高らかに宣言すると――胸のアクセサリーを一つもぎ取り、地面に叩き付ける。
その直後、一面に目映い閃光が放たれ――
目が眩んだ者達がようやく回復した頃には、怪盗の姿は『伝説の焼きそばパン』と共に消え失せていた。

~~~~~

「……っ、逃がしませんわよ……!」

怪盗が数瞬前までいた購買部の屋根を眺めながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる人物がいた――

天雷テスラである。
彼女もまた、怪盗の作戦による騒動の鎮圧に力を割かれ、結果として争奪戦で後れを取る形となった。

「学園の風紀を乱した天罰、与えて差し上げます!」


「……まだだ、まだ、僕は……」

購買部の建物の影で、ごそりと動く襤褸の塊――黒天真言は、怪盗の高らかな声で目を覚ました。
己の迂闊で負った傷は、早くも塞がり始めている。昔からの自然治癒力の高さが幸いしたといえる。
とはいえ、未だ傷は癒えきってはいない。だが癒えるのを待つ余裕もない。
黒天は、軋む身体を引き摺りながら、『怪盗の逃げた先』を導く金の粒子を追った。


~~~~~

「……手に入れたはいいけれど、どうしたものかしら……」

誰も追ってきていないのを確かめ、旧校舎付近の森まで逃げた怪盗ミルキーウェイは
『伝説の焼きそばパン』を手に、ひとり困惑していた。

当初、彼女は『伝説の焼きそばパン』を自分で食べるつもりでいた。
購買部前で囓り、平らげ、名実共に入手をアピールする予定だったのだが――

『伝説の焼きそばパン』の購入時。
触れたことで、奇妙な情報――『焼きそばパンの弱点』――を得ていた。
それ故、食べずに獲得だけを宣言して離れたわけだが……

()()()()()()()()()()()()()()()、って――どういうこと?」

「そりゃあ、ソレは『あたしらの世界』のものだからねっ!」

「!」

何気なく呟いた言葉に、すぐ背後から答えが返ってきたことに驚き、思わず振り返る。
そこには、三人の男女――

どこかクールな印象を受ける紅髪の女子生徒と、これといった特徴に乏しい男子生徒。
そしてその間で、二人と手を繋いで立っているのはアッシュグレイの髪を揺らす、糸目の美少女だった。

「さーて、出会ったならば自己紹介っ!
 あたしは伊藤風露、幻想派の人工探偵――尤も今回は助手の身分だけどさっ!」

口火を切ったのは、中央の少女――フーロ。
人工探偵、という耳慣れない単語に怪盗が疑問符を浮かべる間も、饒舌な助手はまくし立てる。

「で、こっちのキャワイイ子があたしの探偵っ! こっちの地味なボーイは……さしずめ重要参考人かなっ!」

左右の手を交互に振りながら、フーロが紹介と言うには浅い紹介を済ませる。
二人も一応名乗るが、怪盗はやや上の空気味であった。

いくらなんでも、この距離で気付かないほど油断していた筈がない。
怪盗という外套を脱ぎ捨て、女子高生に戻るつもりでいた以上、警戒は十二分にしていた。
江別教員という『規格外』と相対したばかりで殊更、人の気配には敏感になっている。
だからこそ、意識の網の外から現れた三人に戸惑いを隠せない――

「こっからは事情説明(かいけつへん)ってことで、気楽に憩っていこうぜ、あさぎんっ!
 っと、親しく馴れ馴れしく呼んじゃったか。改めてよろしく、ミルキーウェイちゃんっ!」

「!」

聞き流しかけたフーロの一声に、再び衝撃を覚える怪盗ミルキーウェイ――天ノ川浅葱。
いくら探偵といえど、こんなにいとも容易く正体を見抜けるものなのか?
浅葱の心臓が高鳴る中、フーロは浅葱の更に向こう側に視線をやる。

「あとあと、折角だしそこの外野もご拝聴願おうかなっ。
 特にそこのレディーはそのおっかないビリビリ、とーりあえず引っ込めてくれると有り難いねっ」

二人の男女――
天雷テスラと、黒天真言が姿を現す。
天雷の手には、バチバチと電気が纏われている――目の前の『探偵御一行様』を、信頼しきってはいないらしい。

「……怪盗を追ってきてみれば、随分賑やかなことですわね」
「追いかけてたのは僕の蝿だけどね……」

どうやら、黒天が導かれているところに、天雷が相乗りする格好だったらしい。

「フーロ。時間もあまりないし、そろそろ説明を」

それまで、助手に押し切られる様に沈黙を保っていた少女――探偵が、口を開く。
これ以上の場の混乱と緊張が高まり、予想だにしない方向に展開が進むことを恐れてのことだ。
ただでさえ、今は――色々な条件が重なり合っている状況である。

「うむ、そうだねっ!“名探偵、皆を集めてさてと言い”――探偵の本能を詠んだ都々逸が
 随分と似合うシチュエイションになってきたことだしねっ!」

探偵の、どこか重々しい口調とは正反対に――フーロは軽薄な口調とノリのまま、話を始める。

「まず、あたしたち三人は――『並行世界』からやって来たのさっ」

~~~~~

「『並行世界』――? 言い訳にしては随分SFチックですわね」

最初に異議を唱えたのは、テスラである。
パッと見、怪盗と仲良く話をしていた(ように見えた)ことで、彼女の三人に対する評価は
極めて低い状態からスタートしている。その状態でこのようなことを言われても
『はいそうですか』とか『な、なんだってー!』といったリアクションを取れるほど、彼女は砕けた性格をしていない。

「おやおや、君がそれを言っちゃうかい? 君と同学年にもいるじゃあないかっ!
 毎朝『並行世界』から通学する、未来からの新入生が!」
「……メリー・ジョエル……!」

噛みつくテスラに、フーロは落ち着き払って反証を返す。
外見と言動が目立つ彼女のことを、同学年のテスラは嫌でも知っている――
風紀委員のチェックリストにも『遅刻時に注意』として載っていたからだ。
同じく、同学年の黒天も噂は耳にしているとみえて、静かに首肯する。

「『並行世界』の語句の意味についての説明は――まあ、省くとしよう。
 幻想派としては、語りたくて仕方ないのだけど、既知の語句の解説ほど退屈な夜伽話はないからねっ。
 一応蛇足ながら、あたしたちのいる『並行世界』と、メリー嬢の『住所』は別の世界だとは言っておくよ。
 で、あたしたちが『並行世界』から来た“手段”は、あたしの能力『天・地・則』によるもの。
 “目的”は『伝説の焼きそばパン』の確保と一之瀬君に食べさせること、あと雑多な用事が数件かな。
 “理由”は『世界崩壊を防ぐ為』。わかったっ?」

「……え、ええと。ゴメン、話が飛びすぎてるんだけど」

心なしかゲンナリしたような表情で見せたのは、浅葱である。
彼女にとっては、他の二人以上に探偵らに問い質したいことがあるだけに、
それを置き去りにして更に謎の説明を挟まれたことに極めて居心地の悪い思いをしているようだった。
何しろ正体までバレている以上、生きた心地もしないというものだ――

「あはっ、ごめんごめん。じゃあ手段から、もう少しだけ詳しくいこう。
 あたしの能力は、平たく言えば『手を繋いだ相手と共に、あらゆる場所を自在に歩ける』能力だよ。
 壁でも天井でも、空でも海でも、“世界の狭間”でもねっ!」

フーロが己の能力を、さらりと明かす。人工探偵としては伏せておきたい情報だが――
普段ならいざ知らず、今は謎の解説中(かいけつへん)である。
聴衆の信頼を得るためには、余計な伏せ札(かくしごと)はしていられない。
そういう判断を、瞬時に軽く行えるのが――第一級探偵たる所以でもある。

「だから、異なる世界をも渡れるということか……」

黒天の呟きに「いえすっ!はなまるっ!」とはしゃぐフーロに、探偵が閉口する中――解説は続く。

「で、次は理由からいこう。世界崩壊と言ったけど、これはあくまで最終的にそうなる、ってトコ。
 もう少し丁寧に言えば……『伝説の焼きそばパン』と、さっき名前の出た『メリー・ジョエル』嬢、
 そして……ここにいる『一之瀬進』君の影響で、あたしとキミ達の二つの世界が繋がり、混ざりかかってるんだよ」

「メリーが……毎朝『世界を越えて』登校するせいかしら」

テスラが、問題児の同級生の顔を思い浮かべながら口にする。

「んー。彼女だけなら『世界そのもの』の持つ修復力でゆがみやひずみはすぐに直るよ。
 父兄のみんなも頑張っているようだし……っと、話を戻さないとねっ。
 キミたちはそもそも『伝説の焼きそばパン』を何だと思ってる?」

理解が徐々に追いついてきたのか、今度は浅葱が答える。

「食べたら願いを叶えることが出来る、数年に一度しか販売されないパン……よね」

「そう!その『願いが叶う』という現象が大事なんだよっ。
 大金持ちになる、勉強ができる、モテモテになる……いろーんな『可能性』が『実現』するよねっ?」

「『並行世界』から、その『可能性』を引っ張ってきてるのか」

「真言くん、はなまるっ! ……本来、叶うべくもない願いでさえも叶えるカラクリ。
 『願いが実現している並行世界』の内容を、コピー&ペースト(うわがき)しているのさっ!」

「繋がってきましたわ。『並行世界』を書き換える焼きそばパンと、メリーの『世界移動』……
 それと一之瀬さん、でしたっけ……彼も多分、世界に関わる能力や特性を、持っているのですね?」
「イエーイ!テスラちゃん、にじゅうまるっ! 探偵の素質あるんじゃないかなっ!
 流石に人の能力までベラベラ喋るのはプライバシーにも関わるしやめとくけどね!」
「そんな二人と焼きそばパンが、世界を挟んで揃ったことで――『並行世界』が混ざりかけてるのか」

いよいよ核心に迫るとあってか、フーロのテンションはどんどん高くなる。
聴衆の三人も、徐々に探偵の思考(あと)を追いかける。

「うむっ!そしてこっからがキモ!
 『キミらの世界』と『あたしらの世界』の境界があやふやになった結果!
 『キミらの世界』にある『伝説の焼きそばパン』と、『あたしらの世界』にある『伝説の焼きそばパン』が
 入れ替わっちゃったんだよねっ!」

「ちょ、ちょっと待って! そっちにも『伝説の焼きそばパン』が――?」

流石に予想だにしていなかった内容が飛び出たのか、浅葱が慌てたような声で聞き返す。

「? うん、そりゃああるさ。
 一之瀬君が『キミらの世界』にはそもそも居ないとか、逆に『あたしらの世界』にはメリー嬢が居ないとか
 違いはあるけど、両方の世界にいる子だっている。そこの怪盗ちゃんとかね!
 そして『伝説の焼きそばパン』もまた、両方に存在してるんだよ。
 もっとも……その『強度』というか『ヤバさ』はだいぶ違うんだけどね!
 平たく言っちゃえば『あたしらのパン』を一之瀬君が食べないと――」

そこまで言うと、フーロは一呼吸置いて―― 次の一言だけ、重苦しい空気を纏わせて告げる。

「両方の世界で、『大災厄』が起こる」

「「「……」」」

「フーロ。説明が過剰な割に、肝心の部分が丁寧じゃないから、分かりづらい」

『こちらの世界』の三人が黙りこくったのを見て、探偵が助け船を出す。

「私もうまく説明できないけど、補足する。二つのパンのうち……
 『私達の世界のパン』は、あらゆる天変地異を起こせる程の力を内包しているの。
 『あなた達の世界のパン』は、個人の願いが叶う程度で、そこまで害はない」

「現に、あたしらの方じゃ三年前――『どでかい災厄』が起きて、酷い有様だったわけさ。
 一之瀬君も、それに巻き込まれた『被害者』だよ」

「……だから僕は『伝説の焼きそばパン』を……封印、しようとした」

「けど、その決意というか対処法は――やはり『はずれ』だったわけさ。
 君が『あたしらの焼きそばパン』を食べないと――災厄がもう一度、起きる。
 それも今度は『こっちの世界』を巻き込んだ『超どでかいの』が、ね」

一之瀬の表情が、悲痛なものになる。
彼は『大災厄』において、大切な家族を失っているのだから――

そして、その『大災厄』が起きた原因もまた
『自分が三年前に焼きそばパンを食べられず、他の者の手に渡ったから』――
『予測をことごとく外す』のも、その際の『反作用』――!
その事実を知ったときの一之瀬の落胆は、筆舌に尽くしがたい。

しかし、彼は探偵と助手の言葉に支えられ――再び、希望を取り戻した。
本来渡る必要のなかった『こちら側』まで、同行を申し出たのもその為だ。




「……というわけで! 怪盗ミルキーウェイちゃん!
 どうかお願いだ、その『伝説の焼きそばパン』……こちらに、渡してくれないかなっ!」
「もしも、嫌だと言ったら?」
「キミの花の学園&怪盗生活はおしまいになるねっ!」
「どころか世界が終わります」
「あと、嘘ついて懐の手作りパンを渡そうなんて思わないことさっ!
 ウチの探偵は、そういうつまんない嘘が嫌いだからねっ!」

隠してた最後のダミーまで見抜いてるのか――やれやれ。
優れた洞察力に内心呆れつつも、浅葱は「いいわ。信じる」と返事した。

黒天も、テスラも異議を挟むことはなかった。
世界そのものが終わってしまえば、償うべき罪も、護るべき風紀も無くなるからだ。

「それに私はもう目的を果たしたもの。
 『怪盗ミルキーウェイとして、伝説の焼きそばパンを手に入れた』からね」

そう悪戯っぽく微笑むと、浅葱は『伝説の焼きそばパン』を、フーロへと投げ渡した。
フーロは、一之瀬と繋いでいた手を離すと、受け取る構えを取った。

これで、ようやく全てが円満に終わる――
誰もがそう思った。
フーロも、探偵も、浅葱も、黒天も、テスラも、一之瀬も――

その空気を責めることなど出来まい。
世界の危機がもうすぐ去るとわかれば、誰だって安堵する。弛緩する。油断する。

だから、誰も止められなかった。

伊藤風露の手へと渡ろうとしていた『伝説の焼きそばパン』目掛けて飛び込んだ、殺意の塊を。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


『伝説の焼きそばパン』を、それに群がる者達を、そして何より自分自身を――
憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎み尽くした少女――MACHIが。

『伝説の焼きそばパン』を空中で掴み――そのまま、塵芥(ちりあくた)一つ残さず、殺した。


~~~~~

誰もが、凍り付いた様に――愕然とした表情を浮かべていた。

探偵助手の手に収まるはずだった『伝説の焼きそばパン』が――失われた。
そして、その凶行を行った存在が――六人の間に、着地した。

ステージ衣装を兼ねた制服は、最早見る影もなくズタズタに裂けている。
昼休みに入った時に手にしていたギターは、もはや楽器としての寿命を終えている。
身体中に返り血と、腐った何かの破片がこびりついた凄惨な姿。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

声にならぬ絶叫(シャウト)
悲願を為した喜色と、それでもなお晴れぬ怨嗟と、収まらぬ憤怒の不協和音(ディスコード)を撒き散らしながら。
MACHIは、天を仰いだ。
さながら、神に唾するが如くに。

「……なんて、こと……!」

助手が、ようやく我に返り――起きてしまった“最悪の事態”に気付く。
そして眼前の少女から窺える、次の展開を推理する――否、推理するまでもない。

皆殺し(ジェノサイド)
MACHIから漂う、おぞましい気配は否応なくそれを予感させた。

少女の絶叫が止み、視線が六人へと向く。
最も殺したかった存在(伝説の焼きそばパン)を、完膚無きまでに殺し終えたMACHIは――
それでもまだ、殺し足りなかった。

「ころ、す。 ころすころすころすころすころす……」

MACHIが狂気と驚喜に満ちた虚ろな瞳で最初に捉えたのは――
毒気に当てられ、未だに立ち竦んでいた天雷テスラだった。

「え」

テスラが、ようやく自分が狙われていることに気付いた時には。
自慢の『電流戦争』を放つ余裕すらない程の距離にまで、詰められていた。

直後、テスラの脇腹に――強烈な蹴りが叩き込まれる。

「カハッ……!?」

蹴りの衝撃で吹き飛んだテスラは、蹴った相手――怪盗ミルキーウェイを睨もうとした。
しかし、その意図はすぐに解った――自分を蹴り飛ばすことで、攻撃範囲から逃がしたのだと。

テスラを捉え損ねたMACHIの手は、疾駆した勢いのまま、近くの木へと触れる。
刹那、触れられた木が――チェーンソーを数十本いっぺんに叩き付けたかの如く、ズタズタに引き裂かれる。

「なんばー……ざんさつ(斬殺)ぅ……」

テスラだけでなく、全員の血の気が引く。
怪盗の助けがなければ、ああなっていたのはテスラだった、と。

MACHIの能力『KILLER★KILLER』は――本来ならば『最も怒りを抱いたもの』しか殺せない。
だが、先に記した久留米杜莉子との接触を通じて、彼女は。
目に映るすべて、肌で感じるすべて、耳に飛び込むすべて――この世のすべてに、怒りを抱くに至った。

つまり、今の彼女に触れられることは――即座に、無惨な死を迎えることを意味する。

ぼくさつ(撲殺)ぼくさつ(撲殺)ぼくさつ(撲殺)ぼくさつ(撲殺)ぼくさつ(撲殺)

木片が飛び散る中、踵を返し――今度は風露へと狙いを定める。
風露は咄嗟に二人と繋いでいた手を離し、杖を取り出して構える。

幽鬼の如き不規則な足運びからの急加速。
右手で残骸ギターを振りかぶり、空の左手を横に振り抜く波状攻撃!

「離れて、みんなっ!」

戦闘力を持たない探偵と一之瀬に向けて逃げるよう促し、他の面々にも距離を取るよう指示を飛ばす。
触れただけで相手を『殺害』する相手に、密集や多人数は意味を為さないことくらい、小学生探偵でも解ることだ。
風露は陽気さを封じ、酷薄な第一級探偵の顔を見せると――杖を一閃、振り抜く。
ギター(きょうき)にトドメを刺して粉砕し、その勢いのままMACHIの左手にぶつける!

「がっ……!」

打撃音が16ビートのリズムで響く。
風露の杖はしたたかにMACHIの左手を打ったが、杖もまた見えざる鉄槌に全方位から殴られたように歪み、粉砕される。

「お気に入りの杖、だったのだけどねっ……」

「あ、あああアアアア……! こ、ろす」

痛みで痺れる左腕をだらりと垂らしながら、MACHIがギター屑を放り捨て――
右手を鉤爪の如く強張らせながら、再び風露へと飛びかかる。
武器を失った風露に、迎撃する手段はもう残されていない――!

「『電流戦争』ッ!」

サポートに入ったのは、ようやく体勢を取り戻したテスラ!
この面々の中で唯一、触れただけで死と殺意を撒き散らすMACHIに対抗しうる――!

「~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!?」

風紀委員の稲妻が、殺戮に支配された少女を容赦なく打ち据える。
だが――容赦のない雷撃を浴びながら、MACHIは
一之瀬を標的に選ぶと、遮二無二突っ込んでいく!

「!? き、効いてないの……!?」

テスラは目の前の、怪物としか思えない少女に恐れを抱く。
更に出力を高めることは出来る。出来るが――それでは、MACHIを今度こそ本当に殺してしまう!

それが、学園を護る風紀委員であるテスラの、限界でもあった。
相手がいかに暴虐と狂気に囚われた怪物であっても、希望崎学園の生徒であるならば。
殺すわけには、いかない――その想いが、テスラの枷となった。

そして、MACHIの手が……思わずへたりこんだ一之瀬の顔を、鷲掴みにせんと迫る!
今度こそ、誰も間に合わない――散開が徒となり、誰もMACHIを止められない!

一之瀬は、数瞬後の己に降りかかる惨状を予想した。
あの大木みたく、細切れにされるのだろうか? それとも、フーロさんの杖みたくボコボコになるのか?
いずれにせよ――むごたらしい死が不可避であることに、疑う余地はなかった。

だが、一之瀬の『予測』は――必ず、外れる。

「……?」

一之瀬は、自分が未だに五体満足であることに違和感を覚えながら、思わず瞑っていた目を開く。

「……があああああああ……!!」

目の前には、MACHIの右手がこれ以上なく近付いている――だが、非常にゆっくりと。

「あのー……ダメですよう、ケンカはー……」

眠たげな、間延びしたゆるい少女の声がMACHIの背後からかけられる――
須楼望紫苑の姿が、そこにはあった。

持ち前ののんびりさで歩んでいた彼女は、常時展開状態にあった『のんびり空間』の御陰で
あらゆる妨害から身を守ることができていた。とはいえ、のんびりと歩きすぎたために
道半ばで怪盗ミルキーウェイの『獲得宣言』を聞くこととなった。
しかし諦めきれない彼女は、頑張って購買部まで来たところで――黒天とテスラが
怪盗を追いかけようとモメているところを見かけ、二人に追随するように進んでいた。

当然、全力で追いかける黒天とテスラの速度に彼女がついていけるはずもなく。
今頃になってようやく追いついてみれば――何やら争っている様子だったので、
夢心地悠長空間(トロイメライ)をとりあえず全開にして――襲いかかっている子を、止めてみたという次第である。

「ギ、ギ、ギ……」

思う様に動かぬ身体に、MACHIが苛立ちを更に燃やす。
ぎりぎりで『のんびり空間』の外にいた一之瀬が抜け出すのを、緩慢な動きの中眺めるしかなかった。

「そこの君!……よくわからないけど、後は任せて離れて!」
「え? いいん、ですか……?」

次に叫んだのは――黒天だった。
その必死の形相に、おっとりした須楼望も思わず指示を聞いてしまう。

「……行けぇっ!」
「ぐ……ッ……!?」

『のんびり空間』を脱し、身体の自由を得て動き出そうとしたMACHIの眼前に、大量の何かが飛び出す。
蝿でありながら、剣を構え、弓を引き、斧を振り、槍を翳す――兵士達。
蝿の軍隊が、死を厭わず――自分の数千倍の体躯を持つ人間へと、果敢に挑む。

指揮官は、黒天。
彼が巻いていた襤褸のマフラーが風に流され、ひた隠しにしていた胸の穴が露わになる。
その穴から、次から次へと――蝿の群体が、軍隊が生まれ出る。

黒天の最後の金貨――剣のコイン。
彼はこの攻防の中、暫しの逡巡を経て、胸に投じていた。

焼きそばパンを捧げたかった人がいる。贖罪したかった人がいる。
もしここで、この殺意の化身を止められなければ――その人も、殺されるかもしれない。
大災厄が起きれば、護りたかったものも償いたかったものも、全て消えてしまう。
なら、命に代えてでも――今。自分に出来る精一杯を、果たす。
悲壮な覚悟を決め、彼は――自分の死を厭わず、最後の力を使った。

「う、うああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

MACHIは呻き声を徐々に弱めながら、しかし迫る蝿の群れを殺し続ける。
剣を携えた者達を切り裂き、弓矢を放つ者達を叩き潰し、
斧を振るう者達を焼き払い、槍を構えた者達を爆ぜさせ――
最後の一兵まで、残らず殺した。

しかし、そこで――無限に全てを殺し続けるかに見えた怪物が。
それまでの暴威が信じられぬほど、弱々しく、膝をついた。
滾っていた殺意という燃料を、全て使い果たしたかの如く。
数万匹に及ぶ、黒天の命を燃やした蝿の軍勢は――
MACHIの殺意を、枯渇寸前まで燃やし尽くさせたのだった。


ズタボロに傷ついた少女は、憑き物が落ちたように――穏やかな表情で、眠りについた。


~~~~~


最悪の乱入者は倒されたけれど、最悪な事態は変わらない。
解決篇(つめ)を誤った怪盗達……いや、私達が、絶対に救わなければならない
焼きそばパンをみすみす殺されてしまったのだ。

「……参考までに伺いますけれど、この場合……どうなりますの?」

テスラという名の少女が口を開く。
とはいえ彼女も、本気で予想がついていない訳ではないだろう。

新たな『伝説の焼きそばパン』の完成を待つことはできない。
完成まで待っている間に大災厄が起こるだろう。

蘇生能力や巻き戻し能力を使うことはできない。
今こちらの世界の希望崎学園にはいない。

一之瀬君を殺しても解決にはならない。
大災厄のトリガーを引くだけだし、そもそもそんな手段が取れる訳もない。

また、大災厄が起こっちまうのか
一之瀬君が赤い発言をする。
――あれ?

特異点が失われた今、大災厄を防ぐ方法は完全に失われた。
――赤い。

「全ての不可能(うそ)を消去したとき、真実が残る。
 かのシャーロックホームズ様の名言を実践できるのだから、やっぱりキミは優秀な探偵だよ、リリア」

珍しく助手が探偵(あたし)の名を呼ぶ。
こんな嘘を見抜く能力に頼った探偵が優秀かはおいておくとして、
探偵(あたし)??赤根リリアが曲がりなりにも『人工探偵』の原点にして頂点たる「四季士(枝)」とコンビを組んでいるのはこの能力故だった。

愛すべき助手の『天・地・則』のもう一つの効果。
世界を構築する“地の文”の認識。

“地の文”は本来、意図的な嘘を記述できない。
では、意図的ではない嘘ならば。
例えば、登場人物の思い込みや誤解、つまり間違った推理とかであれば――
私の能力で、赤くできる。

だから、大災厄を防ぐ方法はある!

「しかし、私としたことが、消去されて残った選択肢がなんだか検討がつかないぜっ
 どうだい、そこの愉快な怪盗さんとか何か思いつかない?」
「え、ここで私!?で、でも希望はまだあるってことでいいんだよね?」
探偵が怪盗の発言を首肯した時、

「伝説の焼きそばパン、どこでヤンスか~~~~~」

素っ頓狂な声がこだました。


~~~~~

声の主は、天界の絵画から抜け出たような美少女――下ノ葉安里亜である。
直視すら憚られるような美しい外見と、響く声のトーンのギャップに
百戦錬磨の探偵助手でさえ、思わずズッコケかけた。

少し前、久留米杜莉子を『馬鹿は百薬の長』で偶然救った後も――
彼女は健気にも、伝説の焼きそばパンを探し求めていたのである。

空から降り注いだ100個の焼きそばパンが、怪盗の撒き餌であったことも。
本物が既に、怪盗の手によって購入されたことも。
それが別世界の物で、一之瀬が食べなければ世界が滅ぶことも。
そのパンがMACHIの手で殺され、この世から消滅していることも。

何も知らず、呑気に。
ただオヤブン――緒山文歌のために、ひたすら探し求めていた。

「し、下ノ葉先輩……ええと」

浅葱が思わず微妙な表情を浮かべる。――今は一刻も早く、
大災厄を回避する最後の手段を見つけなければならない状況だ。
知恵を借りられる人間が増えるのは有り難いのだが、下ノ葉先輩では――

……下ノ葉先輩?

浅葱の脳裏に、閃きが走る。
さっき、風露のおかげで共有した地の文を思い返す――
ここまでの“物語”を。

そして。怪盗が、遂に見つけ出す。
この絶体絶命の危機を回避するアイデアを――!

「……おほん。『伝説の焼きそばパン』は、この私――
 怪盗ミルキーウェイの手元にあるわ!」

懐から、自分で作った手製の焼きそばパンを取り出して皆に見せびらかしながら。
怪盗は高らかに、本日二回目となる勝利宣言を――皆に向けて言い放つ。
倒れているMACHIと、下ノ葉以外の全員が『おまえは何を言っているんだ』といった
表情を浮かべる中――またしても、トンチキな叫び声が静寂を破った。

「な、なんでヤンスとおおおおおおおおお!!!!
 さ、流石怪盗でヤンス!すげえでヤンス……!」

下ノ葉が、尊敬と羨望の眼差しで――『伝説の焼きそばパン』を眺めていた。

そして、リリアが――怪盗の本当の狙いに、気が付く。
一瞬前まで真っ赤に染まっていた、ただの焼きそばパンが――
普通の色に、戻ったのを目撃したことで。

「うん、そしてこれは世界を崩壊させちゃうかもしれない、なまらやっべー代物なのさっ!
 そこで探偵のあたしらが、責任持って処理する約束なんだよっ!ごめんよ美人のお嬢さんっ!」
フーロもまた、持ち前の推理力で全てを察し、調子を合わせる。

「おおう、そんなにスゴイでヤンスか……!
 オヤビンにあげたかったけど、そんなら仕方ないでヤンス……!」


下ノ葉の魔人能力『馬鹿は百薬の長』は――『思い込みを現実に変える』。

下ノ葉が、怪盗の掲げた焼きそばパンを『伝説の焼きそばパン』であると認識した瞬間。
それは、現実になる。

そして、フーロの一声で――その影響力は、失われたはずの『向こうの焼きそばパン』と
同等になった。

こうして、様々な悲喜劇を奏でた焼きそばパン争奪戦は――
怪盗ミルキーウェイの完全勝利であり、探偵・伊藤風露との共同戦線によって
無事、二つの世界に迫った『大災厄』をも退けるに至ったのだった。


 「ミッションコンプリート、でいいのかな?」
 探偵と助手、あと一之瀬君は、自分たち本来の世界線へと帰還していた。
 出迎えてくれたのはこちらの世界の愉快な怪盗さんである。

 「うん、なんとか大災厄は免れたよっ!
 あとはキミが確保してくれた向こうの世界の焼きそばパンを、返しにいかないとねっ」
 そして、向こうに届けないといけないものは、それだけではない。

 「怪盗さんには、もう一つだけ確保してきて欲しいものがあるんだ。
 お願いできるかなっ?」
 「……嫌だと言ったら?」
 「キミの花の学園&怪盗生活はおしまいになるねっ!」
 「喜んでやらせていただきますう……」

 怪盗さんには悪いけれど、大団円のためにもう一仕事してもらおう。



黒天真言は、本気で死を覚悟して三枚目のコインを消費した。

だから、向こうの世界から探偵とその助手が戻ってきて、
「あたしたちの世界のキミから分けてもらったよっ」
とコインを手渡してきたとき、彼が茶番じゃないかと自嘲したのは当然と言えた。

それでも、助手の
「生きなきゃ、罪は償えないだろうっ」
というセリフはその通りだと思ったので、素直に受け取った。

――彼女にそっくりなあの女の人に、もう一度会いに行こう。
図らずも大災厄を防いだ一人になったことは、黒天に小さな自信を与えていた。

~~~~~

「オヤビ~~~ン!ヤスはやったでヤンス~~~!」
「あ?」
ヤスこと下ノ葉安里亜の犬のようなアホ面に、オヤビンこと緒山文歌はイラッとする。
オヤビンも既に『伝説の焼きそばパンは怪盗ミルキーウェイが入手した』という話を知っていたのだ。

にもかかわらず、
「伝説の焼きそばパン、ゲットしたでヤンスよ~~!」
とアホ面笑顔で言われたらオヤビンでなくてもイラッと来ることだろう。

「怪盗がゲットしたんだろーがよ、伝説の焼きそばパンはよ」
「その怪盗と、あと探偵とかがくれたでヤンス!
 ヤスのおかげで大災厄を免れたからって言ってたでヤンス!」
探偵とか大災厄とか何のことだ、とオヤビンは顔をしかめた。

ぐぅ、となったお腹を見てオヤビンは深く考えることを止める。
伝説のではないだろうが、ヤスの持っている焼きそばパンは普通にうまそうだ。

「お前も半分食え」
「いいんでヤンスか!?伝説でヤンスよ?」
「食え」
「い、頂くでヤンスー!ヤスは感激でヤンス!!」

オヤビンとヤスは同時に焼きそばパンを頬張る。
「……うめーじゃねーか」
「おいしいでヤンス~~」

あろうことか『伝説の焼きそばパン』は、何の願いも受けずに食されてしまった。
でもそれで問題ないことは、ヤスの笑顔を見れば誰でも分かることだろう。

~~~~~

「はい、メリー」
パンを二つに分けあう。
残念ながら焼きそばパンではなくてきしめんパンだけれど。

「これは私のおごりだからね」
「またリリアから貰うだけになっちゃう」
「何言ってるの、さっきあたしを助けてくれたじゃない」
それに、あたしはこの子から、たくさんのものをもらっている。
半分のきしめんパンではまだまだ全然釣り合わない。

…そのことを、きちんとこの子に伝えていきたいと思った。

「ねえ、メリー。今度の土日、どこか遊びに行こうか」
メリーは一瞬キョトンとして、すぐに笑顔を咲かせた。
「うん、行こう行こう!どこに行こう?」
そんなメリーを見て、思わず私も笑顔になってしまう。

~~~~~


 「並行世界の自分が、自分の知らない子と仲良しこよしってのはどんな気分なんだいっ!?」
 助手が探偵を茶化してくる。

 今回の焼きそばパン事件解決のために、初めてこちらの世界へ来たときは驚きの連続だった。
 並行世界の自分がいたことにまず驚いたし、あのメリーという子の前では赤くならない自分にはさらに驚いた。

 大災厄を防がなければいけないのは当然だったけれど、
 心情的には、こちらの世界の自分とメリーを救いたい、という気持ちの方が強かったかもしれない。
 こんな無垢な子が、自分の通学が大厄災を招く一因になっていただなんて、知る必要はないことだ。

 「こっちのキミがうらやましいかい?」
 また、顔半分の笑みだ。
 でもこの問いには明確な答えがある。
 「うらやましくなんてないよ、こっちのあたしには、優秀な助手がいるからね」

 フーロは嘘を吐いてもいないのに、赤くなった。


~~~~~

「以上のように、この部屋を密室にした犯人は悠々と去った、というわけです。
 このトリックを仕掛けられる人物は、一人しかいない。つまり――貴方です!」

探偵が、容疑者の集まる中で高らかにトリックを暴き、犯人を指で指し示す。
その直後、探偵が指し示した指先が、助手によって押さえつけられる。

「というのは全くの誤りで、本当の犯人はそこの執事さんです。
 密室トリックだなんて最初から無くて、普通ーにマスターキー使ったんですよ」

助手の言葉に、名指しされた執事は――がっくりとうなだれた。
どうやら、図星だったらしい。


「……あのさあ。錨草さん、確かに君は助手として有能だけども。
 僕の立場も、ちょっと考えてほしいなあ……」

探偵、一之瀬 進はガックリと肩を落としながら、警察に引き渡される真犯人の背中を見送っていた。

「何言ってるんですか、貴方の推理はどうやったって外れるんですからしょうがないじゃないですか。
 むしろ貴方の自信満々な推理ほど真犯人のフェイクだと解るのですから、何も問題ありません」
「そうは言っても、ねえ……“迷探偵”ってのは、覚悟してても辛いんだぜ」

自分の世界に戻り『ヤバい焼きそばパン』を食べたことで――
一之瀬の“特異点”としての影響は消滅し『大災厄』の再来は阻止された。
しかし――彼の能力は、弱まりこそしたものの、打ち消されることはなかった。

だが、改めて分析してみれば――
『必ず真相を外す』という性質は、頭の切れる有能な助手さえいれば。
探偵にこの上なく相応しい性質でもある。

そして彼は、自分を救ってくれた『探偵』に推挙される形で、探偵見習いとしての道を歩み始めた。
決して真相も、真犯人も当てられない“迷探偵”ではあるけれど――
それでも事件は解決できることを、世に知らしめる為に。

願わくば、自分の“迷”声が――次元の向こうの、あの世界にも届くことを祈って。
彼は今日も推理し、そして外し続ける。

~~~~~

焼きそばパンを巡る戦いを経た後も、天ノ川浅葱の生活にはほとんど変化が見られなかった。
つまり、学園生活と怪盗生活の二足のわらじである。
変わったことと言えば、天雷テスラや黒天真言、そして江別先生とすれ違う際に
思いっきり目が泳ぐようになったことぐらいだ。

結局あの焼きそばパン争奪戦は、天ノ川浅葱にとってなんだったのだろうか。

探偵たちに聴けば、あの予告状は並行世界の浅葱自身が出したものが、世界間のゆらぎによりこちらに届いてしまったものだという。
つまり、怪盗ミルキーウェイの偽物など初めから存在していなかったのだ。無駄な自作自演である。

さらに、購買部からは正式に「伝説の焼きそばパンはミルキーウェイが108円で購入した」と発表があり、怪盗としての格が保たれたのかも微妙なところである。
まあその発表がなければ購買部の面目がつぶれてしまうわけで、それは浅葱としても本意ではないので良かったということにしよう。

まあいいか、と浅葱は思考を終わらせる。
これから久しぶりに大仕事なのだ。

「じゃあ、行くよ、ミルキーウェイ2号!」
「そっちが2号だっ!」
今夜が初の、パラレル自分同盟の怪盗ミルキーウェイの仕事である。
(ちなみに依頼人、兼協力者はもちろん伊藤風露である)

獲物の根城を見上げて、二人の怪盗少女がニヤリと笑った。