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本戦SSその12

≪side:車口文華 5月7日 12時22分≫

希望崎学園新校舎の三階、授業で使う人も無い薄暗い教室に、華やかな三人の少女達が居た。
三人とも誰もが目を奪われる美少女達である。もし普通の男性がこの集いを見たならば……いや、女性であっても心を奪われ、胸の動悸が押さえられない、そんな可憐な情景であった。
……一つ、その異物さえ存在しなければ。

「アナルパッケージホールド!」

少女たちの背後にそびえ立つ巨体。
上半身は裸でスポーツマンを思わせる逞しい筋肉を惜しげもなく晒し、下半身には白ブリーフ一丁、白靴下一足のみを身に纏うまさに(おとこ)の姿!
しかして何より異様なのはその顔面……否、その覆面。白一色の仮面の中央には男の菊門を思わせる*(紋様)が刻まれている!

「アナルパッケージホールド!」

先ほどから発せられつつづけるその言葉は、その紋章の正体を否が応にも突きつける!
ああ、ジーザス! ここにどんな人類最高の美少女達がいようと、この漢がいてはそれも目に映らない!

「アナルパッケージ……」
「黙りなさい」

なおもその呪詛を発し続ける白覆面をゴミを見るかのように一瞥したのは三人の少女の中心に立つ少女。
風紀委員の二年、車口文華(くるまぐちあやか)である。
彼女は白覆面に一喝を加えて騙らせると、そのまま窓の方へと向かった。

「手早く終わらせてしまいましょう。準備はいいですね、みらいさん」

「ふふっ、車口先輩ったら、せっかちですねえ」

「それが目的なのですから。時間をかけてはいられません」

車口文華の呼び掛けに応じ、彼女の近くに歩み寄ったのは希望崎学園1年の可憐塚(かれんづか)みらいである。
笑う口元からはやや尖った犬歯が覗く。

「分かってますって、私も……まあこんなところに長居はしたくないし、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょうか」

そういって、みらいは開けた窓の枠の上によっと腰かけた。
そのまま背を窓の外の中空に向かって折り曲げる。勢い余ればそのまま地上へ真っ逆さまである。
もっとも、そこまでは倒れ込まない。「うーん」と呟きながら、彼女はその白い脚を延ばす。

「さて、早速始めてもらいますよ、そこの変態覆面」

「ア……アナル」

「返事は不要です。さっさと来なさい」

取り付く島もない少女の様子に白覆面の巨漢はやや縮こまりながら、みらいの前へと向かい合うように立った。
白覆面の男はそこから仰向けとなって倒れる。
そのまま勢いよく体全体を延ばし、腰を大きく曲げて縮める。
そして少女の華奢な脚と、漢の野太い足の先が合わせられる。

「ひゅーいっ! これじゃあたしの出番なくねっ! いきなり事件解決じゃねっ! 文字通りお話にならないよっ!」

その時、不意にその場にいたもう一人の少女、一年の伊藤(いとう) 風露(ふうろ)が軽快に車口文華へ声をかけた。

「風露、私は会議室でこの事件を解決します。迅速、かつ的確に、ね。今の読者は長々とした話など求めてないのですよ」
「ちぇっ、現代派だなー。助手の私は何のためにいんだよー」
「あくまで念のためです。心配せずとも、あなたの望みも叶うでしょう。」

車口文華は風露を一瞥すると、再び視線をみらいと白覆面の男へと向ける。

風紀委員である彼女は校則違反者を取締り、学園の平和、治安を維持する義務がある。
今日、5月7日、伝説の焼きそばパン販売という一大イベントを迎えるこの日は学内に多大な混乱が起きることが予想された。
実際に午前中には攘夷浪士の群れが焼きそばパンの護送車を狙い、生徒会役員に撃退されるという事件が発生している。購買部が開く昼休みになれば更に校則違反に手を染めるやもしれぬ生徒が発生するであろう。
ならば芽は事前に摘み取るのみ。
風紀委員の役割は校則違反者の取り締まりであり、焼きそばパン争奪戦に参加することではない。だが、彼女は元凶を先に断つことで事態を早期に収拾する道を選んだ。
開始直後に風紀委員の手で……正確には風紀委員が裏で協力した一般生徒だが、その手に伝説の焼きそばパンを手中に収め、争奪戦が早くも終了したことを宣言する。それで学内の治安は完璧に守られる。

(もっとも、このような者が現れるのは予測外でしたが……)

彼女は風紀委員としての伝手を頼り、焼きそばパン争奪戦に速攻で決着をつけられる能力者を探した。
幸いにしてすぐに最も適格な能力者が争奪戦に参加することが分かった。学園の取引先の一つである夜魔口パンが自社サッカーチーム所属の最高のカタパルター(注:サッカーにおけるカタパルトのポジションの人)を派遣するというのである。
彼女はすぐに夜魔口パンのオーナーに連絡を取り、派遣される魔人に焼きそばパン購入の協力要請をお願いした。伝説の焼きそばパンを入手しなくても風紀委員の特権で夜魔口パンの利権は守られることを説明すると、オーナーは快く快諾し、5月7日の体験入学者の中に該当の魔人がいることを教えてくれた。
実はミーハーにサッカーファンでもある彼女は争奪戦の切り札となるべき騎士(ナイト)に想いを弾ませ、一限終了後、その体験入学者を迎えにいった。が……。

「アナルパッケージホールド!」

そこには他の体験入学者のアナルを掘りつくして吼える変態(ナイト)がいた。

(まったくどういうことなの……? 夜魔口FCのカタパルターといったら、片春人(かたはると)でしょう。なんでこんな白覆面が……)

これには不幸な行き違いがあった。夜魔口パンのオーナー、夜魔口悪童(ロキ)は風紀委員の許可を得ての体験入学とはいえ、有名カタパルターである片春人が希望崎学園の構内でいたずらに目立つことを良しとしなかった。ゆえに彼を変装させ、偽名を使って潜入させることにしたのである。
勿論事前の申請書にはきちんと「アナルパッケージホールド」という(偽り)人物の経歴が書かれており他の風紀委員は周知済のことであったのだが、片春人が来ると思いこんでいた彼女だけはその書類に目を通していなかった。

(ともあれ、計画そのものに大きな狂いはありません。騎士(ナイト)は予想外でしたが、素晴らしいお姫様(プリンセス)がいるのですから)

彼女の作戦はシンプルだった。超一流のカタパルターの魔人能力を持って、新校舎の窓から一気に購買部の入口へ射出する。後は弾丸役の人物がそのまま108円を持ってレジに向かい、焼きそばパンを購入――。
しかしこれには当然、1キロメートルの距離を音速に近い速度で飛ばされ、地面に着弾しても耐えられる魔人が居る。それこそ不死に近い体力の持ち主が。

(ああっ……頼みますわよ、みらいさん)

文華は首筋に手を当てる。そこには小さな牙で噛まれたような跡がある。
その傷痕をつけたのは目の前にいる少女、可憐塚みらい。彼女は吸血鬼なのだ。
吸血鬼なので彼女は不死身である。胸を棒状のもので貫かれない限り、彼女は死なない。

(私たちの勝利のため……私たちの輝かしい未来のために!)

可憐塚みらいに血を吸われたからといって、車口文華もその眷属(吸血鬼)になるわけではない。だが、彼女は違った意味でその可憐な(きば)の僕となっていた。
車口文華と可憐塚みらいは目を合わせ、共に微笑みあう。
ふと、二人は今頃、地上で焼きそばパン争奪戦の中で奮闘しているだろうお互いの相棒(パートナー)を想った。彼女達を余所にこうして秘密の逢瀬をしていることに少し罪悪感を覚えるが、それはこの後に待つ事への昂揚感にかき消される。

(焼きそばパンっ~~、ああ、どんな味っ~~♪)
(ごめんなさい、テスラさん。でも私に早期にこの騒動を終わらせればあなたが仕事をする必要もありません。焼きそばパンは一緒に食べてあげられないけど――!)

そんな彼女たちの想いを知る由も無く、白覆面の脚が凄まじい勢いで怒張を始めた。
いよいよ射出体制に入ったのだ。
少女達は緩んだ顔を引き締め、発射に備える。

「さあ、行きなさい……目指すは希望学園購買部!」
「アナルパッケージホールド!」

白覆面の雄々しき号令と同時に可憐塚みらいが空を飛んだ!


≪side:赤根リリア 5月3日(’’’’) 午前中≫

ねーねー、さっきの映画面白かったねー。特に主人公役の演技がさー

おー、その服可愛いじゃん。似合ってる似合ってる。いつもよりとっても綺麗に見えるよ

こうして家族皆で休日に出かけられて嬉しいな。パパ

私、赤根(せきね)リリアは人込みが嫌いだ。
理由は簡単なことだ。嘘を見抜く魔人能力を持つ私にとって、人が溢れるというのは、赤、赤、赤。どこを見ても見たくもない赤色で一杯である。
特にこんな休日のショッピングなんて、それがどんなに5月晴れで澄み渡った空が眩しい一日だったとしても、一瞬で真っ赤な黄昏時のような景色に変わってしまう。
でも、今日だけは違う。あの娘が近くにいるのだから。

「ねえ、リリア。次はどこへ行こうか?」
「そうね……」

メリーは浮き浮きとした様子で私の隣を歩いている。
彼女はこうして女の子の友達と連れ合ってショッピングに行くのは始めてなのだという。楽しくで仕方がなさそうだ。
私がそんなに楽しかったのは何時の頃だったろう。能力に目覚める前か。もう何年前か?

切っ掛けは連休前の他愛も無い会話だった。
メリーは連休は何するの? そんな風に尋ねると「悪人退治かパトロール……?」という答えが返ってきた。
ああ、そうか。この娘は学生らしい休みを過ごしたことが無いんだ……そう思った私は思い切ってメリーをショッピングに誘ってみた。
メリーは顔を輝かせて「絶対行く!」と言ってくれた。

「リリア?」
「あ、ああ、ごめんなさい……」

ふとぼうっとしてしまう。いけない。いけない今日はメリーを楽しませないと。

「そうね、次はあのアクセサリー屋さんなんか……」

そこまで言ったとき、ぐぎゅる……という音が聞こえた。

「メリー……?」
「あ……お腹、空いちゃった……」

私はふと時計を見る。もう12時を大きく回っている。楽しくてつい気づかなかった。いつの間にそんな時間か。

「いいよ、メリー。何か食べよう。食べたいものはある……?」
「うーーん」

メリーは鼻を嗅ぐ素振りを見せて、ふらふらと歩く。

「こらっ、ちょっと待ってよ、メリー」

私は慌てて後を追う。確かに何か良い匂いがする。
メリーが向かった先はいくつかの屋台が並ぶところだった。
メリーはその内の一軒の前で立ち止まる。

「へえ~カレーパンのお店か」
「カレーパン?」
「あれ……知らないの? パンにカレーが入ってるの。 焼きそばパンと同じで、多分、日本独特の食べ物よ

私は結構適当な知識で話したが、まあ多分あっているだろう。

「よしっ、ここは私が奢ってあげるね。店員さん、カレーパン二つ!」

私は元気よく屋台の中へ声をかけた。
しばらくすると、屋台の奥から店員が姿を現した。
……思わず、私とメリーの顔はきょとん、とした。

「へい、カレーパン2個お待ち」

熱々のカレーパンを持って現れた店員の顔はカレーパンだった。
…………私の今の言葉は赤くない。
全て真実である。


「……つまり、おかしな人が伝説の焼きそばパンを手に入れたら世界が大変なことになると?」
「要約すると、そういうことだな」

カレーパンを差し出したそのカレーパン頭の男は自らをカレーパンと名乗った。(何を言っているんだろう、あたしは……)
カレーパン男はメリーに対して頭を下げ、伝説の焼きそばパン争奪戦に協力して欲しいとお願いした。
何でも彼は日々希望崎学園の周辺をパトロールしているらしく(それってあのアニメのヒーローを意識してるんですか……?と尋ねたら「その名前は言うなっ!!」と怒り出した)、そんな中で空を飛んで登下校するメリーを良く見かけたらしい。
彼が話すには何でも伝説の焼きそばパンには百数十年位前の焼きそばパン創始者が残した怨念が込められており、悪い心を持った人間がそれを手にしたら、とてつもない大災厄が起こるそうだ。
とても荒唐無稽で、普通の人が聞いたら信じられない話だろうけど、私にはこのカレーパン男がまったく嘘をついていないことが分かった。
言葉が赤くないこともそうだけど、彼の話し方にはどこか、私の心に信じさせるものがあった。

「カレーパンは、願いを叶えない……?」

カレーパン男の話を聞いたメリーはしゅんとしている。
この子も今の話を真に受けたらしい。まあメリーは誰に対してもそうなんだろうけど……。

「いや、邪な心を持った人間に対しては、願いを叶えるものとなるだろう。『奴』を手にすればそれだけの力が手に入るのは事実だ」
カレーパン男は至って真面目な顔(表情は分からないけど多分)で答える。

「だからこそ、恐ろしいのだ。既に何人かの悪心を持った魔人が奴を手に入れようと動いているようだ。俺もその内の一人と接触した。彼らより先に、何としてでも『奴』を手に入れねばならない」

カレーパン男の言葉は決して赤くない。
この人が、自分の欲望のためにメリーを利用としている、というわけではなさそうだ。

「その為には空を飛べる魔人の力がどうしても必要だ……。頼む、力を貸してほしい。」

カレーパン男は再びを下げる。

「うんっいいよ」
「メリー!」

二つ返事でOKするメリーを、私は(たしな)めた。

「ちょっと……いいの? なんだか危なそうだけど」
「ううん、だからこそ、だよ。私も今は正義のヒーローの一員だもの。世界の危機って聞いたら放ってはおけない」

メリーは私の静止にも取りつく島が無い。
こうなったら、止められないだろうなあ。

「ありがとう、メリー君。心配するな。仲間となってくれる魔人にはまだ別に心当たりがある。俺たちが力を合わせれば、必ず『奴』を止めることができるだろう」

カレーパン男は感極まった状態で声を上げる。
メリーも力強く頷く。
うーん、大丈夫だろうか。焼きそばパン同盟もそうだけど、メリー、割と他に影響されやすいところもあるから、あまりおかしな人と組んでまた変な方向に行かないといいけど……。

「よしっ、これで君たちも我々、『カレーパン同盟』の一員だ。共に力を合わせ……」

『『その名前は絶対いや』』

私とメリーの声がハモった。

≪side:カレーパン 5月7日 12時23分≫

希望崎学園新校舎3階から飛び出した可憐塚みらいの勢いは、まさに空飛ぶ弾丸であった。
そのまま物の数秒で購買部前に一直線に着弾、開始わずか3分にして栄光の伝説者焼きそばパン購入者となる……はずであった。
横からその流星が現れることがなければ。

「ひゃああああああああああーーー!!??」


購買部への道半ば、可憐塚みらいはその衝突によって錐もみ回転し、購買部とは離れた方向へと堕ちて行った。

「……本当に大丈夫?」
「心配は無用だ。あれで死ぬような人間が突入役にはならない。調べはついている」
「ならいいんだけど……」

可憐塚みらいが消えた空中に残るのは、突撃槍型の飛行体に跨る一人の少女とその後ろにバランスを取って両足で立つ一人の男。
メリージョエルとカレーパンである。

「悪いが、あの娘の手に焼きそばパンが渡るわけにはいかん。それ程強い悪の心は無いが、それでも安全とは言えない」

カレーパンは可憐塚みらいが飛んできた方向を見据える。

「しかし、こんな方法でいきなり購買部へ突入しようとするとはな……この分だとまだ何か企みがありそうな感じだ。俺達も急いで向かった方が良さそうだ」

カレーパンは購買部の方角を向き直し、メリーへ呼びかける。

「飛ばしてくれ、メリー君」
「了解」

カレーパンの号令と共に、メリーは『魔女の箒』を反転させ、一気に地上へ、購買部の入り口へと向かう。
だがその矢先。

緊急回避(エマージェンシー)!! 」
「ぬ!!?」

(おびただ)しい数の投擲物がメリーたちに向かって放たれていた。
槍の雨。
メリーは上方へ急速浮上して、その掃射をかわした。

「なんだ!!?」

突然の動作だったが、カレーパンは何とか振り落とされずに『魔女の箒』に片腕でつかまり、空中でその姿勢を維持していた。
そしてその目(はついていないが)で視る。
彼らの下方に数十匹にもわたる数十cmの『蠅』の兵士が群れを成して浮かんでいるのを。
その中心には、『蠅』の一匹の上に乗り、一人の少年がいた。

≪side:須楼望 紫苑 5月6日(’’’’) 昼休み≫

「うーん……やっぱりどうにもならないですね」

希望崎学園2年、須楼望(すろうもう) 紫苑(しおん) はその日、机に突っ伏してぼーっと悩んでいた。
「伝説の焼きそばパンを手に入れて見せましょう~」と豪語したものの、彼女にはその充ては全くと言っていい程なかった。
一応自分の能力にはやや自信はある。自分の半径10mをのんびり空間にする『夢心地悠長空間(トロイメライ)』。これを使えば他の参加者の動きを牽制しながら、自分は並の速度で前進することができる。
……が正直それだけで勝てるほど甘くはないだろう、ということも彼女には分かっていた。大体、能力の外から攻撃されれば、元からのんびりな自分にはその対応ができないし、そもそも自分がまず他の参加者より先に購買部への道の先頭に立ってのんびり空間を発生させることができない。開始と同時に多くの参加者が自分より先にとっとと新校舎を出てしまうだろう。
せめて自分を引っ張ってくれる協力者でもいれば別だが、そんな当てもない。どうしようか~とのんびり悩んで寝ている内に連休も終わってしまい、もう明日が焼きそばパン販売日である。

「やっぱり諦めるしかないのでしょうか……」

そんな風に彼女が想っていた時、教室内にチャイムの音色が響いた。
そしてアナウンスが流れる。

「2年の須楼望 紫苑さん。至急、風紀委員室まで来てください」

(え~~っと)

「繰り返します。須楼望 紫苑さん。至急、風紀委員室まで来てください」

(あれ~~~、私~~~)

須楼望 紫苑は放送が終わって暫く立った後、よいしょとのんびり体を起こした。

「もう昼休みも終わり間近ですよ。須楼望 紫苑さん。噂通りののんびり屋ですね」
「はあ……」

須楼望 紫苑が風紀委員室にまで着いたのは、放送の30分以上経った後であった。
普通に歩けば彼女の教室からは5分で着く距離である。

「まあいいでしょう。五限の授業も始まってしまうので、手短に説明します。紫苑さん、貴方は明日、伝説の焼きそばパンを手に入れるために購買部への先陣を走ってもらいます」
「えっ……?」

風紀委員室に着くと、車口文華という不思議な雰囲気の風紀委員の少女がいた。
彼女は説明を続ける。

「あなたの能力のことは調べがついています。あなたは能力を展開して新校舎から購買部への道を歩けばいい。そうすれば、誰も貴方に追いつける者はいません」
「はあ……あのぉ……そう言いましても……」
「みなまで言わなくても分かっています。一人では無理だと言いたいんでしょう。ですから風紀委員の方で協力者を用意しました。放課後、3年の教室に向かいなさい。案内役は風紀委員が務めます」

彼女がそう言うと、部屋にいる数人の風紀委員のスタッフがずいと紫苑の前に歩み出た。

「あ、あのぉ……私は、そんな……」
「怯えることはありません。心配することもありません。貴方に協力してくれる方は良い方です。ああ、でも彼女は風紀委員が裏で動いていることは知りません。純粋に焼きそばパンを食べるのが楽しみな方なので、その辺は上手く隠して、仲良くなってくださいね」「え、ええ~~……!!」
「大丈夫です。貴方は名声が目的であって、焼きそばパンを食べること自体はそれ程興味が無いから利害は合いますし、何より彼女と貴方はきっと気が合うと思います! ……私の勘ですけど」
「そんな無体なあ~~」
「では頑張ってくださいね。紫苑さん。授業に遅れて校則違反になるといけないので、そろそろ教室に戻りなさい。貴方たち、彼女をエスコートして」

そうして須楼望 紫苑はスタッフたちに腕を組み敷かれて風紀委員室から退出させられていった。

(――もっとも、貴方がたの役割は万一のための保険に過ぎませんけどね)

一人風紀委員室に残った文華は心の中で独りごちながら、窓の方へ歩いた。

(策はいくつかかけておくに越したことはありません……。テスラもいることですし、これで地上への抑えも十分でしょう)

窓を開け、外を見つめる。
吹き付ける春風に、その青緑の髪が棚引く。

「……気持ちがいい爽やかな風ですね」

勝利へのイメージを浮かべ、その口元が微笑んだ。

≪side:久留米杜莉子 5月7日 12時24分≫

「これは……如何ともし難いですわね」

久留米杜莉子(くるめとりこ)は自分の目の前の異様な光景を見て呟いた。
彼女が今立っているのは新校舎一階の出口付近。
ここから購買部へは一直線。最短距離で真っ直ぐ歩けば2~3分とかからない距離である。
廊下は走らないの校則も、外の路上では適用されない。派手な動きは制限されるが、ここからは駆け足になる生徒も増える……が。
進めないのだ('''''''')、その道が。

「ひでぶっ」

杜莉子のほんの数10メートル前方、また一人、モヒカン頭の男が倒れた。
彼で既に何人目か。見渡す道の上にはその壁に挑もうとして既に倒れた幾人もの魔人達の姿があった。
死んではいない。だが彼らが目を覚ますことは当分ないであろう。

(この匂い……眠り薬ね。ヤク島産のジョーモン杉の樹液を使った天然物――)

杜莉子の周囲には彼女と同様、目の前の光景に足踏みをする生徒たちが大量に佇んでいる。
なおも果敢に前進をする者もいるが……。

(まさに見えない壁……ですわね)

その歩みはたちどころに減速していく。
前方を行く二人の少女。それに近づくわずか数メートルの手前で。

ダンッ――

その男もまた、先ほどのモヒカンと同様に倒れる。
前方の少女が放った銃弾によって。
それは弾丸、というのはあまりにも遅く、常人の眼でも容易に軌道が捉えられるものだったが、男はそれを避けることができなかった。

(あれは校則違反四天王の一人、狼火(ろうか) 奔流蔵(はしるぞう)……ダッシュ力には定評のある魔人ですが)

その彼の走りが少女に近づく数メートル前でまるで亀のように鈍い動きとなった。

杜莉子は自分の毛髪を数本抜いた。
それはたちまち鉄串へと姿を変える。
杜莉子の能力――『食戟のソーマ』。杜莉子はそのままその鉄串を前方の少女達へと凄まじい勢いで投擲する。だが――

(やはり、特殊な空間を張る魔人能力――。距離は半径10メートル程か)

鉄串もまた、少女達に届く前にその勢いを落とし、そのまま先ほど弾丸を放った少女によって容易く素手で叩き落された。

(おそらく、歩いている方の少女の能力ね。弾丸撃ちの少女の方が見張り役)

前方の二人の少女は、前を向く少女がもう一人の少女の手を引いて歩き、手を引かれる少女は後ろ向きに手に持った銃で近づく男達を片っ端から叩き落していた。

(シンプルだけど、良い策ね――)

杜莉子は先ほどの鉄串の減速の仕方や自分の美食屋としての嗅覚から少女の能力の効果、及びその範囲について大体の目星を付けていた。
この能力による影響はかなり大きい。範囲は半径10メートル程度の空間だが、そこに入ればあの弾丸を回避して進むのは困難を極める。
しかし幸いなのはその中を進む少女たちもまた、それ程速くないということ。これはこの能力制約ゆえか――。
このレースのトップを進みながら、あの少女たちが購買部まで辿り着くにはまだ数分の猶予があるように見える。
となると――。

(急がば回れ、ですわね)

杜莉子は能力の範囲外を迂回して進むことを決めた。
自分の身体能力なら、数十メートル以上横道を進んでも十分に少女達を先回り可能である。

杜莉子はダッと駆け出し、新校舎の出口を抜ける。
――その十数秒後、猛然とした勢いで彼女のいた場所を血に塗れた少女が通り過ぎた時には、彼女の姿は新校舎への道の上から大きく離れたところにいた。

≪side:下ノ葉安里亜 5月7日 12時25分≫

順調でヤンス。
ここまで私たちに近づけているものすらいないでヤンス。
紫苑の旦那が立てた作戦、中々完璧でヤンス。
このままなら伝説の焼きそばパンはオイラと紫苑の旦那の手に届くでヤンス。
こののんびり空間の中でも私の心は常に平衡を保ててるでヤンス。
すべてはこの下ノ葉製薬産スッキリフリスク(税込1050円)の効果でヤンス。
これがあればアッシの心はいつでもスッキリさわやか、冷静に近づく奴をこの麻酔銃で撃退でヤンス。
あとは紫苑の旦那に引っ張られていけば、あと1~2分で購買部でヤンス。
もう少し早く引っ張って欲しいでヤンスが、そこは仕方ないでヤンスな。
あと少しでヤンス。オヤビン、待っててくれでヤンス。

ありゃ?
あれは何でヤンスか。
新校舎の方で次々生徒が。
頭をかち割られて倒れているでヤンス!!?
あれは。
血に濡れた制服でギターを持った女が。
ギターを振り回して、暴れているでヤンス。
軽音部かなにかでヤンスか?
あ。
そのままギターを振り回してこっちへダッシュしてくるでヤンス。
ギターも制服も血に濡れて。
血飛沫を振りまきながら、向かってくるでヤンス。
目が合ったでヤンス。
女は目を血走らせてるでヤンス。
怖いでヤンス。
とにかく撃っとくでヤンス。
命中でヤンス。
まるで避けるそぶりもなくこっちに向かってきたでヤンス。
あれ?
倒れないでヤンス。
どうしてでヤンス?
顔を上げたでヤンス。
ニタリと笑ってるでヤンス。
そのまま脚を上げてこっちへ向かってくるでヤンス。
なんか叫んでるでヤンス。
聞こえたでヤンス。
















『『ファックイエー。ぶち殺してあげちゃうぞ♪♪』』
















怒ってるようでヤンス。
やばいでヤンス。
落ち着くでヤンス。走っているように見えても動きはのんびりでヤンス。
心の方はとてものんびりではなさそうでヤンスが、それでもこちらの方がわずかに早いでヤンス。
あれ?
なんかあたしの動きも止まったでヤンス。
あ。
紫苑の旦那が振り向いてるでヤンス。
こら、腰を抜かすなでヤンス。立ち上がるでヤンス。
ひゃああああじゃないでヤンス。
とにかく立って、早く逃げるでヤンス。オイラが手を貸すでヤンス。
あ、もう結構近づいてきてるでヤンス。
くそっ、紫苑の旦那、こうなったら能力を解くでヤンス。
それで逃げ……、くっもう目の前でヤンス。
手を伸ばしてきたでヤンス。
何とか防ぐでヤンス。
掴まれたでヤンス。


「『KILLER★KILLER』ッ!!」


また叫んでヤンス。
なんでヤンス。
あ。
なんか鈍い痛みが。
ゆっくりゆっくり全身に。
血が――。
吹き出て――。
全身が――。
血だらけ――。
痛いでヤンスーー。

痛いでヤンス。

痛いでヤンス。

痛いでヤンス。

痛いでヤンス。

痛いでヤンス。痛いでヤンス。
痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。
痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。痛いでヤンス。






















……オヤビン。
助けてでヤンス。



≪side:車口文華 5月7日 12時26分≫

「な、なんてこと……」


車口文華は目の前で次々繰り広げらる予想外の状況に絶句していた。
開幕即勝利のために送り込んだ可憐塚みらいは早々に撃墜され、空中では突撃槍に跨った少女とカレーパン頭の男が大型の蠅兵士達を相手に激闘を演じている。
地上では保険のために送り込んだ下ノ葉安里亜と須楼望紫苑のコンビが順調に歩みを進めているかに見えたが、今ギターを振り回す謎のバイオレンス少女によって、下ノ葉安里亜は全身から血を噴出して倒れた。
伝説の焼きそばパン争奪戦は今、彼女の目論見とは大きく外れ、混沌(カオス)と言うべき状況に陥っている。

「思い通りにならないのが人生さっ!!」
「黙りなさい……」

伊藤風露はこの状況にも関わらず軽口を叩く。
彼女なりの励ましのつもりなのだろうが、今の彼女の耳には届かない。

「アナルパッケージホールド!」
「あなたはもっと黙りなさい!!」

白覆面の励まし(?)もますます彼女の苛立ちを増幅するだけの結果に終わった。

「残念ながら、状況はあまり良くはない、と言えるでしょう。ですが――この日のために十重二十重に仕組んだ我が策、まだこれで終わりではありません!」

彼女は机に上に置かれたリモコンを手に取り、そのスイッチを入れる。
部屋の中のモニターが点灯する。モニターからは薄暗い通路、そしてそこを進む一人の少女の映像を映した。

(頼みますわよ! 怪盗ミルキーウェイ!)

≪side:天ノ川 浅葱 5月7日 12時25分≫

天ノ川(そらのがわ)浅葱(あさぎ)は薄暗い地下通路を軽快に進んでいた。

「順調♪順調♪ 本当に誰もいないみたい」

彼女や特殊能力によって人や建物の弱点を『見抜く』ことができる。それによって、購買部へ続くこの地下道があること、そしてその路上に特に人がいないことを察知していた。

「数日前は警備の人が何人もここにいたのに……。当日になって態勢が変わったのかな?」

怪盗である彼女は事前にも下調べをしていたが、その時は購買部に上手く忍び込めるような穴は見当たらなかった。
だが、当日になって念のため再度調べた時、この抜け道が見つかったのである。

「よっし、あと少し。そろそろ購買部への出口だー」

彼女はまだ知らない。
古来より、鉄壁の守りを誇る要塞が敢えて一つだけ弱点を晒していることがある。
それは何を意味するのか……。

「ミルキ~~~キィ~~~~ック!!」
「なっ!!?」

突如、彼女の前方から甲高い咆哮と共に、不気味な影が迫った!
咄嗟に回避する天ノ川浅葱!

「一体何ですか!? ミルキーキックって……、はっ!」

その時、彼女はこれまでの人生で最も信じ難い光景を見た。
目元を覆うマスク、頭にはシルクハット。
キラキラのアクセサリを散りばめたセーラー服風のドレス。
その姿、まぎれもなく彼女の写し身、怪盗ミルキーウェイの姿!
だが決定的に違うものがある、それは!

「な、な、な、な、何者ですか……? あなたは……」
「私の名前は怪盗ミルキーウェイ! あなたこそ一体何者!」
「な、何を言ってるんですか、あなた……」

顔の前で手を交差させ、ポーズを取る怪盗ミルキーウェイ(?)!!
その口元にはとても濃い無精髭が生えている。
その煌びやかな衣装から覗くボディはよく見れば筋骨隆々、スカートから覗く二の足にもたくましい黒い脛毛!
ああ、恰好は同じでも天ノ川浅葱とは似ても似つかないその姿は!

「ただのおっさんじゃないですかーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

天ノ川浅葱の前には現れたもう一人の怪盗ミルキーウェイ。
その正体は夜魔口悪童(ロキ)、夜魔口パンのオーナー、55歳。男性である。

説明しよう。車口文華が焼きそばパン争奪戦に向けて張り巡らせたいくつかの策、その一つが怪盗ミルキーウェイの参戦であった。
もっともこれは偶然の産物である。
カタパルターを呼び寄せるべく夜魔口パンのオーナーと交渉した際、彼女は自分の目的が学内の早期沈静化であり、焼きそばパン入手自体は大して興味が無いことを話した。
するとオーナーは今世間で話題の怪盗ミルキーウェイの正体を知っており、彼女に焼きそばパンを奪取させることも自分にはできる、良ければ協力させて欲しいと申し出たのである。
保険は多くかけておくに越したことはない。この申し出に彼女は大いに喜び、怪盗ミルキーウェイの予告状配布に協力し、更に当日、地下通路の警備に穴をあけて、ミルキーウェイが侵入する余地を残したのである。
しかし彼女には誤算が二つ。オーナーが語る怪盗ミルキーウェイとは、アニメ『怪盗ミルキーウェイ』の大ファンであり、コスプレマニアでもある夜魔口悪童本人であったこと。そして、偽の予告状を見て、希望崎学園に通う本物の怪盗ミルキーウェイが争奪戦への参入を決意したことである。

「覚悟しなさい偽物! ミルキィ~~~チョップ!」
「くっ」

偽怪盗ミルキーウェイ、夜魔口悪童は果敢に攻撃を繰り出してくる。

(偽物は……貴方でしょっ!!)

本物の怪盗ミルキーウェイ、天ノ川浅葱は防戦一方である。
無理もない。彼女の今回のミッションの目的であった偽怪盗ミルキーウェイの正体、それがまさかこんなものであったと突き付けられたのだから。
加えて偽ミルキーウェイの身体能力は非常に高かった。今はオーナー職についた夜魔口悪童であるが、彼もかつては名の知れたカタパルターであり、片春人が尊敬する名サッカー選手だったのだ。

(このままじゃ……負ける!)

何とか精神の平衡を保ち、戦う天ノ川浅葱。
頑張れ怪盗ミルキーウェイ! 負けるな怪盗ミルキーウェイ! 偽物の圧力に屈するな!

(こうなったら……何とか弱点を!)

彼女は夜魔口悪童の攻撃を何とか掻い潜りながら、その手を伸ばす。
目的は偽怪盗ミルキーウェイに触れ、その弱点を探ること。
何とか彼の体を掴むことに成功した怪盗ミルキーウェイだったが……。

(!!!!!!!!???)

彼女はこの日、再度これまでの人生で最も信じ難い光景を見た。

再び説明しよう。
怪盗ミルキーウェイ、天ノ川浅葱の能力は触れたものの弱点を探ることができる。
この能力は人に対して使った場合、その人間が持つ『悩み』を知ることができる。
夜魔口悪童の『悩み』――、それは『痔』であった。
しかしただの『痔』ではない。
ここで読者諸君に想像力の翼を羽ばたかせてほしい。怪盗少女のコスプレ趣味を持つ55歳男性が『痔』にかかる、その原因は何か。
彼の尻の穴は一体、何によって痛みを覚えているのか。

さて、天ノ川浅葱。高校二年生。彼女はかつてビルと同化した男性と戦った際、弱点が股間部位にあることを探って窮地を脱したことがある。
だが、何故股間が弱点なのかは分からなかった。それ程純情な心を持った乙女である。勿論処女! 赤ちゃんはコウノトリが運んでくると信じてる!
更に彼女はこれまでに出会った人達にも恵まれていた。クラスメイトの恋人の悩みを解決した時にも、彼らはまだキスもしたこともない初々しいカップルであった。魔人学園に通いながらこれは奇跡的な事と言っていい。
ああ、しかしその幸運も永遠には続かない! 今彼女の脳内にはその能力によって詳述も憚られる、55歳男性が快感と苦痛を同時に味わう『痔』に至るまでの行為の正体がありありと映し出されているのだ!!
Oh! アーメン! 大人への天ノ川を上る怪盗ミルキーウェイよ! 少女だったと気づく時は来た!

「ぎぃやあああああああああああああああ~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」

地下通路に乙女の絶叫が響き渡る時、偽ミルキーウェイのミルキーダブルキックが本物の腹部にヒットした。
哀れ、天ノ川浅葱は吹っ飛び、そのまま気を失った。

≪side:霊能者 雲水 5月7日 12時26分≫

「スゥゥ―――」「ッセイッ!」

霊能者 雲水は気合を入れ、血に塗れた下ノ葉安里亜の胸に手を当てて『放気』を行った。
これまでの取り込んだ中でも一際巨大な呪いが自身に取り込まれていくのを感じる。

「くっ……ぬううっ……! やはり……殺害のみに特化した純粋な悪意!」

まるで溶岩の海の中に心臓が放り込まれたかのような感覚。ドス黒く、強烈な悪寒が雲水の体内を走る。
雲水は全力を持ってその悪意の浄化に取り組んだ。

「ハアッ!」

雲水は何とか打ち克つことに成功した。雲水の体から邪気は消え、同時に激しい虚脱感が彼を襲う。

「はあっ……はあっ……、もう大丈夫ですよ。お嬢さん」

雲水は近くで泣きじゃくる少女、須楼望 紫苑に声をかける。

「よかった……よかったです~~、安里亜さん~~」

紫苑はそのまま安里亜の胸に突っ伏して泣く。
雲水はその様子を見て一先ず安堵するが、すぐに険しい表情に変わる。

(それにしても、これほどの力と邪気を持った魔人能力とは……。力を使い過ぎました。このままでは肝心の焼きそばパンの浄化は……)

同盟を組むカレーパンとメリー・ジョエルが空を行く一方、彼は地上から一般生徒同様に購買部を目指していた。
しかし、彼の身体能力は並の人間と大きく変わらない。前を行く下ノ葉安里亜と須楼望紫苑のコンビの前に、他の多くの生徒と同様、立ち往生していた。
しかしギターの少女の乱入によって状況は一変する。下ノ葉安里亜が倒れ、更に須楼望紫苑にも彼女はその魔手を伸ばそうとした、しかし……。

「ファックイエー! クソポリ公がっ! しつこいぜっ!」
「これ以上の校則違反は……絶対に許しません!」

それを阻止したのは風紀委員の腕章を持つ一年の少女、天雷テスラであった。
テスラの右腕から電撃が走り、ギターの少女を襲う。この電流能力で須楼望紫苑へのさらなる攻撃を阻止したのである。

「ボンバー! こいつは痺れるぜ! イエ―!」
「くっ……」

しかしギターの少女は電撃にも怯まずテスラに向かっていく。
焦げた髪は逆立ち、服があちこち擦り切れた状態となりながらも、その闘争心は衰える気配がまるでない。いや、むしろ一層殺気を増している。

「あの状態……、やはり何らかの大量の薬物に依るものでしょう。俗な言い方をすれば『ラリッてる』という奴でしょうか」

雲水は霊能力で周囲の人間の内面を感じ取ることができる。
彼はギターを持った少女の中に渦巻くそのおどろおどろしい負の感情に慄いていた。

(ぐっ……先ほどの『放気』の後では風紀委員に手を貸して、あの少女負の感情を浄化することも……)

雲水は地に膝をつく。
彼は本来安里亜に手を貸すべきではなかった。焼きそばパン浄化という目的こそ今は最優先。現に今ここで彼女を救ったことで状況はより悪い方向へ進んでしまっている。
だが、目の前で命を落とそうとする少女を目の前にし、見捨てるという選択肢が彼にはなかった。それは彼が霊能力者になって己に課した使命と反するものだから。

(こうなったら仲間たちに後を託すしかありません。しかし……)

雲水は自分の霊感覚を学園全体、とりわけ購買部の方に向けて強く走らせる。
焼きそばパンを狙う巨大な負の感情の塊は、近くで風紀委員と死闘を演じている少女のものだけではない。
上空で自分の仲間達と激しく火花を散らせている黒い『蠅』の群れの中心に立つ少年。
そして購買部の方角には、既に地面の下から大きな邪気が接近していることを感じる。

(それだけは無い。今、グラウンドの方向からも凄まじい速度で一つの影が……)

一体どれだけの悪意を持った情念が伝説の焼きそばパンを目指して突き動かされているのか。

(師匠、これ程のものとは……。このままでは……)

自分もまだ、膝を折っている場合ではない。
雲水は立ち上がるべく、再びその二本の脚に力を込めた。


≪side:久留米杜莉子 5月7日 12時27分≫

「どうやら私が一番乗りですわね」

久留米杜莉子は新校舎からの道を大きく迂回し、全力で購買部へと駆け抜けた。
はたして彼女の目論見は正しかった。他に回り道で購買部へ向かおうとした生徒もいたようだが、彼女に追いつける程の速度を持って、正確に購買部へたどり着いたものはいなかった。

「伝説の焼きそばパン……いよいよいただきますわよ!」

彼女は購買部のドアノブへ手をかける。
その時。

ヒュッ―――

彼女の目の前に西洋槍(ランス)が投げつけられ、ドアへ深々と突き刺さった。

「何者っ――!!?」

杜莉子は槍が投げられた方向へ目をやる。

「あっははは~。駄目ですよう、私より先に焼きそばパンに手を出そうなんて~」

その声はグラウンド方向からであった。
グラウンドは購買部からの坂道の上にある。声の主はまだ若干遠くにおり、逆光で姿が良く見えない。
だがその姿は何か(’’)に跨っているように見える。
徐々に光の向こう側からそれは姿を現す。

「なっ――!!?」

瞬間、杜莉子は我が目を疑った。

「私の名前は安出堂メアリ。白馬に跨った女子高生ホスト!」

そこには何と西洋風の騎士兜を頭に付けた、制服姿の女学生がいた。
それだけでも異様な出で立ちであるが、しかしそれ以上に奇怪なものがあった。

「こらっ。登場する時はヒヒーンって吠えなさいって言ったでしょ! ほら、ヒヒーン!」
「ヒ、ヒヒーン……」
「もっと大きな声で! ほら!ヒヒーン!」
「ヒヒーン!」

その騎士姿の少女、安出堂メアリが今乗っているものは馬ではない、人間だった(’’’’’)
よく見れば非常に整った顔立ちをした美しい少女である。しかし、元は気品に溢れていただろうその顔は屈辱の涙で濡れ、白いセミロングの髪や制服は所々泥で汚れ、四つん這いになりながら背中に跨る少女の罵倒に耐えている。

(あれは……三年の狼瀬(ろうせ)白子(はくこ)さん!!?)

杜莉子はその少女に見覚えがあった。同じ3年生であり、学園の中でも最も模範的な生徒。容姿端麗で同学年だけでなく後輩からの人気も高い。
白狼の騎士(ナイト・オブ・ホワイトウルフ)
その生徒の噂は杜莉子も耳にしていた。
だが今の彼女は騎士どころか――。

「あ~ら、ごめんなさい。しつけのなってない子で……。何分、さっき調教したばかりだから。」
「調教……?その人は人間でしょう?」
「え~、この人が名乗ったんですよう。自分は白馬(ホワイトホース)だって。……あら?白狼(ホワイトウルフ)だったかしら」

少女は、狼瀬白子に跨ったままその笑みを絶やさない。
その様に杜莉子はより一層不気味さを覚える。

「私、4限目は体育だったの。3年の先輩たちと合同授業だったんですう。私、今日は焼きそばパンが食べたかったんだけどお、遅刻した人は購買部にいけないなんて先輩たちが言うの」

メアリは兜の眼の部分に手を当てて泣く素振りを見せる。

「あんまりじゃないですか。私だって登校中にトラックに轢かれたから遅刻したんですよう。でも先輩たちはどうしても言うことを聞いてくれなかったんです。だから、ね」

兜の口元近くから、赤い液体が滴る。

(血の匂い……やはり……)

「私、先輩たちを食べちゃった……。あとついでにぃ、私より先に焼きそばパン食べようとしてた人たちも。モヒカン十傑だとか校則違反四天王だとか名乗ってた方も数人いたかしら?」

杜莉子は右手をフォークに、左手をナイフに変えた。
もはや問答は無用である。この相手は倒すしかない。

「でも、この馬だけは別。私、馬の肉も好きだけど、白い馬だったから。知ってますぅ? メアリの尊敬する伝説のホスト、say yahさんは自分が創り上げたお店のレセプションパーティーにぃ、騎士甲冑と白馬で現れたんですって」

「その話は知ってます。けど、貴方にそのホストの事を語る資格があるのかしら?」

「アハハ~。確かにメアリは三流ホストですぅ。でも今日焼きそばパンを食べれば、伝説になれる気がしますぅ。この兜と馬はその前祝いなんですぅ~」

メアリは手刀を跨る白子に対して食わえる。
「ヒヒンッ!」と白子は吠え、その背中が震える。

「私は美食屋です。食べるために命を奪います。けど、それ以外の目的必要以上に命は奪わない。まして、それを弄ぶことは」

「あれぇ?メアリもちゃんと食べますよう。男も女も分け隔てなく。ホストとしては三流ですが」

「いいえ」

杜莉子の眼光が走る。
獲物ではなく、たた純粋な倒すべき敵を見据え、彼女は跳躍する。

「あなたは……人としても三流です!」


≪side:カレーパン 5月7日 12時28分≫

華麗砲(かれいほう)っ!!」

カレーパンが中空でカレーの濁流を発生させる。
その渦は猛烈な勢いで蠅の兵士達、そしてその中心に立つ少年に向かっていくが……。

「やはり駄目か……」

幾人かの兵士が盾を構え、カレーの行く手を遮る。
そして兵士の一人が槍を構え、ブーンと羽音を立ててカレーパンに向かっていく。

華麗脚(かれいきゃく)っ!!」

高速の蹴りを持って、カレーパンは蠅の兵士を地面へと叩き落す。
もう幾度このやり取りを行ったか。一進一退。カレーパン、メリー・ジョエルと蠅の兵士達の空中での激闘は続いていた。

「キリがない、という奴だな。あの中心に立つ少年に攻撃を届けることができない。かと言って、突破して購買部へ行くこともできないか……」
「ごめんなさい、私がもっとスピードを出せれば」
「いや、君は良くやっている、メリー。よもやこのような魔人がいようとは、な……」

メリーの『魔女の箒』は秒速200メートル。本来なら(ひと)っ飛びで購買部まで行ける。
だがそれには目の前の黒い蠅の軍団を突破せねばならない。先ほどから前進を試みては行く手を遮られ、向かってくる兵士達を倒す、の繰り返しである。
蠅たちの中心には一人の少年が立っている。彼は兵士の一匹の上に乗って、表情を変えないままこちらを見据えている。
一体何を考えているのか、まるで読み取ることはできない。

「下っ!!」
「ぬっ……!」

メリーが警告を発し、飛び上がる。見れば先ほどからの攻防でいくらか叩き落した蠅が数匹、いつの間にか地上から向かってきていた。
更に彼らは槍を上方に向けて投擲する! メリーは高速で旋回してそれを回避! だがいつの間に、そこへ前方から更に数匹の蠅が迫っていた!

「!!!!!!」

蠅の一匹が飛び出し、その槍がカレーパンの眼前に迫る!

『デモリッシュハンマー!!』

――だが、その蠅の兵士は高速でぶっ飛び、その勢いのまま、後ろにいた蠅の兵士達をビリヤード玉のように突き飛ばしていった。

「まったく、こんな蠅どもに何を手こずっているのです?」
「お前は……」

カレーパンが見上げると、そこには風紀委員、車口文華が伊藤風露と手を繋ぎ空中に浮かんでいた。
見れば、何と上下逆さの状態であり、空に向けて足を付けているという実に奇妙な格好である。しかも重力の法則はどうなっているのか。二人のスカートは捲れもせずにその脚をガードしている。

「ようやく、自らの足で動いた、というところか。色々と策を弄していたようだが」
「……黙りなさい。始めから誰の助けも本当は要りませんでした。私自らが動けば片はつくのです」
「わーい、強がっちゃってるー」

虚勢を張る車口文華に伊藤風露が横から茶々を入れる。
車口文華はわなわなと体を震わせている。

「くっ……確かに、確かにこの昼休みの学内の風紀を守るための、この私の十重二十重の策はもはや全て崩壊したと言っても過言ではありません。それは認めましょう。ですが、まだ全てが終わったわけではありません!」

車口文華はそのままビシッと購買部の方向を指さし、高らかに宣言する。

「全てはあの伝説の焼きそばパン! それさえ手に入れれば問題は全て解決するのです! こうなったら私自らの手であれを手に入れます!」
「わーおー、パチパチパチーーー」

車口文華の力強い言葉に、隣の伊藤風露が適当な相槌を打つ。

「目的と手段が入れ替わっちゃってる」
「言ってやるな、メリーくん。色々と辛いことがあったのだろう」

カレーパンとメリー・ジョエルの二人は揃って憐憫の眼差しを送った。

「だから最初から俺に協力してくれればこんなことには……。今からでも遅くはない、幸いまだ『奴』は誰の手にも渡っていない。ここは……」
「黙りなさいっ。あなたの様にふざけた存在の話を誰が信じられると……? 伝説の焼きそばパンは風紀委員の手によってきちんと管理されなければならないのです」

カレーパンは実はメリーに協力を頼む前、一番最初の時点で風紀委員に対し、伝説の焼きそばパンに関する事情を説明して、その入手への協力を要請していた。
だがそれを取り合わなかったのが、この車口文華である。
その理由は彼女が既に伝説の焼きそばパンを手に入れるためのいくつかの策を立てていたこと、カレーパンの話があまりに荒唐無稽過ぎたこと、そして……。

「何より私はラーメン派です。カレーパンの手など借りません」
「そう言わず……食わず嫌いは良くないと思うぞ」

残念ながら、車口文華は今この場でもカレーパンの言うことに取り付く島もなかった。

「カレーも、ラーメンも美味しい。好き嫌いは良くない」
「おー、私もそー思う」

そんな文華に対して、メリーが優しく声をかける。
文華はそんなメリーをふと、目に留める。

(こ、この娘―――!!)

瞬間、文華の体が固まった。
その全身に電流が走った――!

(か、可愛い……!!)

風紀委員2年、車口文華。おかしなものには厳しいが、可愛いもの、美しいもの、爽やかなものにはとことん目が無い。

「……?」

そんな文華の新庄を知ってか知らずか、メリーは怪訝そうな顔をする。

「ふ……ふふ、可憐な花というのは何輪近くにいてもいいものですね」

不気味な笑いを浮かべる車口文華。
(あー、またなんか変なこと考えてるなー……)と隣にいる伊藤風露は思う。

「何を思っているのか知らないが、協力しないなら他所へ行ってくれるか?」

カレーパンが冷静に声をかける。

「おっと」

車口文華もそれを聞いて気を取り直す。

「良いでしょう。とにかくまずは速攻でこの騒動に決着をつけます。そのためにはあの五月蠅いコバエ達を落とす必要があるようですね」
「ああ、まずはそこからだな」

4人の視線が一つの方向に向けられる。
その先には宙を埋め尽くす黒い軍団。

「とっとと学内のゴミを掃除しますよ!」

風紀委員の号令と共に、二つの旋風(かぜ)が蠅の群れを吹き飛ばすべく動いた。

≪side:一之瀬 進 5月7日 12時29分≫

(くそっ……何故だ……何故こんなことに……)

一之瀬進は走りながらこれまでのことを後悔していた。
彼はこの3年間ずっと、今日この日のために準備をしてきたはずだった。
結局その中で最も大きな成果であった、焼きそばパンの販売時期の予想は外れ、当日まで焼きそばパンが販売されることを知ることもできなかったが、しかしその調査の中で自分と目的を同じにする人間に何人か出会っていた。
そして、今日その仲間達の一人がこんな自分にも声をかけ、焼きそばパンの災厄を食い止めるために共に協力してくれた。
絶望の中でそれは唯一の希望だった。
彼は走りながらこれまでのことを振り返る。今年に入ってから、焼きそばパン争奪戦が発生した場合に起こるであろうと予測していた全ての事を。

例えば風紀委員は校則違反者の取り締まりを重点的に行い、焼きそばパンの争奪戦には積極的には関与してこないだろうこと。

希望崎学園とつながりの深い夜魔口FCのサッカーチームのカタパルターが争奪戦に参入すれば大きな力になるが、彼らはプロのサッカー選手であり、とても真面目な大人達だから学生同士の争奪戦には興味を示さないであろうこと。

よしんば利権を目的に彼らが参戦しても、プロとしてのフェアプレー精神に乗っ取り堂々と学園に乗り込んでくるであろうこと。

二年の須楼望 紫苑の能力は上手く使えばこの争奪戦でかなりの力を発揮するが、のんびりな性格の彼女は争奪戦には面倒くさがって参加しないだろうこと、仮にしても良い協力者を得られないであろうこと。

その協力者にはのんびり空間でも精神を安定させられる能力を持つ下ノ葉安里亜が最適だが、接点が薄く、まず協力することは無いだろうこと。

伝説の焼きそばパンの調達には学内一の美食屋である久留米杜莉子が派遣され、彼女はその帰りで焼きそばパンを食べて満足してしまい、争奪戦には参加しないであろうこと。

地下通路の警備は当日も重点的に行われ、誰も使うことはできないだろうこと。

巷で話題のバンド、『God Wind Valkyrie』のボーカル、MACHI、2年生の安出堂メアリ、この二人は学内の隠れた実力者の中でも一際危険な部類に入るが、伝説の焼きそばパンへの興味が薄く、参戦の可能性は非常に低いであろうこと。

すべて、彼が四月から立てていた焼きそばパン争奪戦に関する予測である。
その多くがここまで外れており、今事態は最悪な方向に動いている。

(せめて……せめて、この戦いの行く末だけは見届けてみせる!)

彼は仲間である雲水の感知能力によって須楼望紫苑の能力の正確な射程を知り、その範囲外から杜莉子同様迂回する方法を取っていた。
身体能力に優れる彼の方が別ルートを辿って先に購買部へ到着する算段が高いとの雲水の判断である。
彼はもう下手に自分が予測とかしない方がいいだろうと思い、彼の言に従った。

(先に杜莉子さんが向かったように見えたけど……)

とはいえ、彼女ならまだ安心できる部類である。
彼女にあるのは純粋な食欲だけだ。伝説の焼きそばパンを手にしても破滅的な事は起きないだろう。
既に彼女によって伝説の焼きそばパン購入されているなら多少は安心できる。

(あれは……)

一之瀬進の視界に購買部の入り口が映る。

(なんてこった最悪だ……)

彼はまたしても自分の予測が一つ外れたことを知った。

「あはは~。酷いな~先輩~~。とうとう私の首も落ちちゃった~~」

そこには騎士の兜を腕に抱え、白い馬に跨る騎士がいた。
まるで西洋の伝承に残るデュラハンか。もっとも、その白馬は人間の少女であり、その上に乗る騎士も鎧ではなく学生服を身に着けている。
顔こそ兜で見えていないが、間違いない。彼がもし参戦したらもっとも厄介だと考えていた魔人の一人、安出堂メアリである。

「くっ……煮ても焼いても食えないとは、このことですわね……!」

そのメアリと対峙するのは自分より先に進んでいた久留米杜莉子。

(まずい……杜莉子さんはメアリの弱点に気づいていない)

一之瀬進は安出堂メアリの能力について、事前に調べを付けていた。
彼女の能力名は『リターンオブザドランカー』。その性質は不死。しかし頭を潰されると死ぬという弱点はある。
普段の彼女はその弱点を覆うためにフルフェイスのヘルメットを被っている。……が、そのあまりにも分かりやすすぎる出で立ちに大体の人はある程度叩けば彼女の弱点に当たりを付けることができる。
ところがこの日の彼女は馬……否、白狼(ホワイトウルフ)に跨り、西洋騎士の真似事をしている。これだとあの騎士兜もそのコスプレと一貫だと思われ、普段のヘルメットよりは目立たない。

(どうする……? 十五連釘パンチで頭部を狙うように助言すべきか?)

自分がメアリの急所を杜莉子に伝えれば、この状況を打破できるかもしれない。
だが、ここまで裏目裏目に出ている自分の策が果たして役に立つのか……?
一之瀬進に迷いが生じている時、更に状況は動いた。

ドゴオッ

購買部の中から爆音が響く。
目をやると、いつの間にか開けていた購買部のドアから異様なモノが飛び出してきた。
それは、アイマスクとセーラー服に身を包んだ、怪盗ミルキーウェイ風の姿をした……おっさんであった。
その怪盗ミルキーウェイおっさんは気を失ってすっ飛んだまま地面に転がった。

「なっなんだ……」

一之瀬進が驚く間もなく、更に続けて地下から一つの影が出てくる。

「んっふふふ~可憐塚みらいと怪盗ミルキーウェイ、見参です~。なんちゃって」

それは開始直後にどこかに飛んでいき、墜落したはずの可憐塚みらいであった。
彼女は小脇に一人の少女を抱えている。そちらも先ほどと同じ怪盗ミルキーウェイのコスプレをしていたが、どうやらこちらはちゃんとした怪盗少女であるようだった。

「運が良かったですね~。飛ばされちゃった後、ドブネズミになって何とか地下通路に潜り込んで購買部を目指したら~こんなに美味しい血を持った女の子が飛んでくるなんて~」

一之瀬進は状況を察した。どうやら彼女は地面に落ちた後も何とか諦めずに購買部への道を進んでいたらしい。

(なんてこった……! 開始直後にすっ飛んだ姿を見て、あの様子ならレースへの復帰は難しいと予測を立てていたのに!)

彼はまたしても自身の予測が最悪の方向に転んだのを見た。

「さ~~て伝説の焼きそばパンっと……、ん?」

地面から這い出た可憐塚みらいの視線は、そこで安出堂メアリと久留米杜莉子へと向いた。

「あ~~っ! 狼瀬先輩!何やってるんですか~!」

可憐塚みらいは素っ頓狂な声を上げる。
可憐塚みらいは狼瀬白子は親しい関係であることを一之瀬進は事前に調査していた。その相手がこのような姿になっているのだ、驚くのも無理はない……と一之瀬進は思った。

「お馬さんごっこですか~! 気持ちよさそうですねえ。いつから狼からお馬さんになったんです~~?」

その口から出るずれた言葉に一之瀬進は脱力する。

「でも、駄目ですよ~。私というものがありながら~。他の女に~」

可憐塚みらいの瞳は怒りに燃えている。
その爪が長く伸び、ナイフの様に鋭くなる。

「お仕置きが必要ですね~!」

可憐塚みらいが安出堂メアリと狼瀬白子に飛び掛かる。

「もう、またなんですかあ?」

安出堂メアリは新たな乱入者も意に介さない。まとめて相手をするべく、跨る狼瀬白子を更に激しく動かした。
白子の更なる悲鳴が響く。

(くそっ、更に状況が混沌としてきやがった……)

嘆く一之瀬進。だが悩む間もなく、更なる乱入者を告げる足音がその耳に入った。

「へえ~、なんかくそッたれなセッションしてんじゃねえかよ~~」

一之瀬進が振り返る。髪の毛を逆立て、所々黒焦げになりながらも全身に闘気を漲らせるその姿。
彼が事前に調べた希望崎で最もDangerousな魔人の一人。『God Wind Valkyrie』のボーカル、MACHIだ。

「私も混ぜなよ……まとめてぶち殺してやっからさあ~~!」

ギターを振り回し、三つ巴の戦いに乱入するMACHI。
更に彼女を追って、もう一人の魔人も姿を現す。

「待ちなさい、これ以上の校則違反はもう絶対に許しません!」

風紀委員の天雷テスラ。MACHIを追い、彼女もまたここにやってきた。
そして電流を発しながら、また一人、混戦へと身を投じる。

購買部前は今や、少女たちの怒号と血飛沫が飛び交う戦場と化した。
一之瀬進はその前にただ立ち尽くすしかなかった……。


≪side:黒天 真言 5月7日 12時30分≫

順調だ。
ここまで、ほぼ計画通りだ。
僕の蠅の兵士達を薙ぎ倒していくカレーパンと3人の少女達を見ながら、僕は計画が最後の詰めの段階に来たことを感じていた。
僕が新しい日を迎えて目を覚ますと三つの金貨が手の中にある。
剣が掘られた金貨を使うと、今僕を守っているこの蠅の兵士たちが現れる。とても頼もしい奴らだ。今日も頑張って僕のために戦ってくれた。ありがとう。
星が掘られた金貨を使うと僕が欲しいものまで誘導してくれる。僕はこれを使って、僕が焼きそばパンを手に入れるために必要な能力者の情報を今日まで探ってきた。
その時に一人の能力者に僕は導かれた。自分の予測が正確であればある程、その予測が外れていく能力を持った魔人。彼の予測の的中率は0%だ。僕は彼の予測を誘導するべく動いた。そのために都合の良い能力者の情報も星の金貨を使えば手に入った。
全て計画通りだ。

でも誤算もいくつかあった。一つが目の前のおかしなカレーパン男と突撃槍に乗った少女だ。本当はカタパルトで飛んだ少女は僕が落とす筈だったのに。
それと地上の方では下ノ葉安里亜がどうも助かったらしい。別の魔人が救助したようだ。なんてことだ。僕と彼女を苦しめたサイコ医大生達。彼らが作った薬品を納めていた企業の令嬢。あいつは僕と彼女が味わったものと同じ苦痛をできるだけ味わってから死ぬように誘導したつもりだったのに。

でも計画に大きな支障はない。
どう転んでも僕はこの後に死ぬだろう。けど伝説の焼きそばパンは手に入れる。
それで僕の罪も償うことができる……。

≪side:車口文華 5月7日 12時31分≫

「あと数匹……」

車口文華は拳を振るい、蠅の群れを次々と叩き落していく。

華麗靠(かれいこう)っ!!」

その隣でもカレーパンが拳法を駆使して、蠅の兵士を撃退していた。
二人の卓越した魔人が協力することで、蠅の群れは一気にその数を減らしていく。地上へは次々と黒い雨が降り注いだ。

「さて、そろそろ降参を考えたらどうでしょう。命までは取りませんよ?」

車口文華は更に拳を繰り出しながら、遂に目前にまで来た少年に声をかける。
だが少年は表情を変えず、右手でポケットから一枚の金貨を取り出した。
その金貨には王冠を被った人間の顔が掘られていた。
少年は更に左手で胸に手をやると、制服を捲り上げた。

(!!?)

少年の胸には襤褸(ぼろ)のマフラーが巻かれていた。
少年は更にマフラーを取る。その胸には大きな丸い穴が開いていた。
少年は穴の中に右手の指を入れ、そのまま手にした『王』金貨をはめ込んだ。

Get Midheaven(ーー ルーカー、僕に救いを ーー)

少年が唱えると、少年の体はそのまま数百匹以上の蠅に分裂した!

「なっ……!!?」

車口文華が驚きの声を上げる間もなく、小さな蠅の群れと化した少年はそのまま購買部への上空へと向かう。
そしてその後を黒い大型の蠅の兵士達も追っていく。

「逃がすものですか!!」

車口文華はそのまま中空をダッシュで駆ける。
その様子を見ていたカレーパンとメリー・ジョエルも後を追う。
蠅の群れは購買部の上空で旋回する奇妙な軌道を描いていた。

(何のつもり……?真っ直ぐ向かわないというのは――)

車口文華は相手の狙いが掴めずに困惑する。
加えて彼女には蠅の群れと化した少年を叩く手段が無い。

(無視をして私が購買部へ向かうというのも……)

立ち止まる車口文華。だがそこに蠅の兵士が槍を投擲してくる。
咄嗟に横っ飛びで回避する。

(しつこいことを――!)

彼女はやはり指針を先に少年を落とすことに切り替えた。
あの蠅の群れ自体にはさしたる戦闘能力が無ければ、兵士達を先に全て落とせば彼女の邪魔はできない。
車口文華は再び駆け出す。だが、少年と残った蠅の兵士達は更に弧を描いて旋回し、彼女の下方へと回った。

(んっ――!?)

再び続く少年の奇妙な動きに戸惑う車口文華。
だがその間もなく、蠅の軍団は何と一斉に彼女に向かってきた!

「このっ……好都合です!」

車口文華は拳に力を籠め、先頭に来た蠅の兵士を撃退すべく腕を振りかざす。
だが、それと同時――。
後ろで蠅の群れと化していた少年が突然、人間の姿に戻った――!!

(なっ!!?)

だがもう拳は止まらない。
車口文華の拳はそのまま蠅を突き飛ばし、そしてすっ飛んだ蠅は下方にいた少年を直撃した!
少年はその勢いで地上へと吹き飛び、購買部の壁へと衝突する。
轟音。購買部の壁が崩壊し、白い粉塵が舞った……。

「あ……あ……」

車口文華は拳をわなわなと振るわせる。
器物破損。殺人。
不可抗力とはいえ、風紀委員たる自らが校則を犯してしまった事実に彼女の心は震えていた。

≪side:一之瀬 進 5月7日 12時32分≫

「うわっ……!」

突如、上空から降り注いだそれに、流石に場の全員が動きを止めた。
それは購買部の壁に激突し、巨大な穴を開けた。

「あれは――」

一之瀬進は地面に堕ちたその人間の姿に見覚えがあった。
4月から何度か伝説の焼きそばパン争奪戦に関して有用な学内の情報をいくつかくれた少年――確か名前は黒天真言。
もっとも彼のくれた情報を元に立てた予測はその如くが外れてしまったが。

「なんで、彼が――」

黒天真言は上空から堕ちて来た。ということは今までカレーパンやメリー・ジョエルと戦っていた少年が彼だったのか。
彼が自分に協力してくれたのは何だったのか。一之瀬進の胸に様々な想いが去来する。
だが彼は見るも無残な姿で地面に倒れている。間違いなく即死だ。彼の真意を測る機会はもうない。

(くそっ……!)

一之瀬進が困惑する中、周囲の状況は再び動いていた。
安出堂メアリ、天雷テスラ、可憐塚みらい、久留米杜莉子、MACHI……いずれも一騎当千の魔人達。
その彼女達が入り乱れて争うバトルロイヤルが再開されたのだ。

(なんてこった、これじゃ……!)

黒天真言の死の真相は闇の中のまま、場の混迷は更に深さを増していく。
安出堂メアリのホスト神拳が舞い、天雷テスラの電撃が飛び、可憐塚みらいの牙が光り、久留米杜莉子の食戟が唸り、MACHIのシャウトが吼える。
もはや誰が勝つかも分からない状況。
所詮は人間の全国大会出場レベルでしかない身体能力ではこの中に割って入る隙など無い。

(俺なんて戦いに巻き込まれてすぐに死んでもおかしくないってのに)

しかし幸運にも彼女らはまだ一之瀬進の事を気にする素振りはない。
戦いの激しさに集中しているのか、それは彼にとってこの場で唯一の幸運と言えた

(けど何ができるって言うんだ。こうして震えているだけだ……)

一之瀬進はふと再び黒天真言の死体に目をやる。
物言わぬ骸となったその姿を見て、彼がいつか言っていたことを思い出した。

(そういえばあいつ、どんな状況でも最善の結果を常に考えろって言ってたな。焼きそばパン入手の事をずっと考えて、情報を分析してきた、その知識と予測こそが俺の武器だって)

彼もまた、自分の手で焼きそばパンを手に入れようとしていた一人だったと知った今、その言葉にどれ程の意味があったのかは分からない。
ただの適当なほら(法螺)だったのか――。だが彼の頭はこれまでの習性で必死にこの状況を分析していた。

(はは……何いってんだ。こんな状況でどうなるかなんて分かるかよ)

一之瀬進は自嘲気味に笑う。もはや現状の動静は予測という範疇から大きく外れている。

(まあ、でも一つだけ分かっていることはある。それはあらゆる方向から予測して……この場で最も焼きそばパンを手にする可能性がない人物は――)


(この俺だ(’’’’’))


その時、一之瀬進の足元に何かが転がった。

(――――?)

一之瀬進は目を地面に落とす。ビニールのラップ、茶色い面とコッペパンの取りあわせ、貼られた108円の値段のシール。これは――。

(伝説の、焼きそばパン……?)

彼は手を伸ばしてそれを拾う。
間違いない。今日この日に購買部に仕入れられる焼きそばパンは一つしかない。

(これを持って、走れば――!!)

一之瀬進の足は即座に動いた。もはや考えている暇はない。
真っ直ぐ、レジのおばちゃんの元へ――――。

「――あ?」「え?」「こらっ!」「ちょっと……!」「ファック」

戦いをしていた少女達もその様子に気づく。
だが、激しくぶつかり合っていた最中の出来事に反応が遅れてしまう。

「はあっ……はあっ……」

焼きそばパンを両手に持ち、一之瀬進は購買部のドアを抜ける。
その時、『魔女の箒』に跨ったメリー・ジョエルとカレーパン、伊藤風露と手を繋いだ車口文華も地上へ降りて来た。

「おおー、クライマックスだーー」
「なっ……」

伊藤風露と車口文華はその光景に目を見張る。
今、伝説の焼きそばパンを手にして走るのは彼らがまったく予測もしない、少年であった。

「よしっ、走れ、一之瀬君――」
「頑張って――」

カレーパンとメリー・ジョエルは同盟の仲間である一之瀬進へとエールを送る。
走る一之瀬進、レジはもう目前――。

「おばちゃん、これっ……」

一之瀬進がレジに手を伸ばしたその時。

ガクッ

その脚が何かに引っかけられた。
一之瀬進はそのまま転び、顔を地べたにぶつけた。

「やはり、最後に焼きそばパンを手にしたのは気味だったね。一之瀬進」
「お前は――」

一之瀬進が顔を上げると、そこには死んだ筈の黒天真言がいた。
しかもボロボロになっていた体は元に戻っていた。

「なんで……!?」
「悪いけど、答えている時間は無い」

黒天真言はそのまま倒れた一之瀬進の手からひょいと焼きそばパンを取り上げた。
そしてポケットから財布を取り出し、そのままレジへと向かった。

一之瀬進は知る由も無かったが――。
黒天真言の魔人能力に使用する3枚の金貨、その内の1枚が手元に残っていれば彼は死んだ後も自らを蘇生することが可能である。
彼はまだこの日、星の金貨を手元に残していた。一之瀬進に今日この日のあらゆる予測を立てさせるべく、黒天真言を必要な情報へと誘導してきた金貨。しかしこの日はそれを使用する必要はなかった。伝説の焼きそばパン(目的のもの)はこの日ばかりははっきりとしていたのだから。
ただし、3枚の金貨を使い切ると、黒天真言は翌日には死んでしまう。しかし、彼にはもはや明日など必要なかったのだ。

(これが手に入れば……僕はそれでいい。これでやっと罪を償える)

万感の想いを込め、レジの前に立ち、黒天真言はその言葉を発する。

「おばちゃん、伝説の焼きそばパンください」
「はい、108円ね」





伝説の焼きそばパン争奪戦レース。



勝者、黒天真言。


































≪この先は特定の人物視点はありません 5月7日 12時33分~≫

復活の時だ――――。

その瞬間、その場にいた全員。いや、学内にいた全員の脳内にその声が響き渡った。

「何――!?」

その言葉を口にしたのは誰だったか――。
唯一人、購買部にいた中でその状況がなんであるか理解しているものがいた。

「目覚めたか、『奴』が!!」

カレーパンが叫びをあげる。
全員の視線の先には伝説の焼きそばパンを手にした少年、黒天真言の姿がある。
その手に持った焼きそばパンからは禍々しく、どす黒いオーラが渦巻いている。

少年、良く我を手にした――。

更に声が響き渡る。

お前が求めているのは我を食することではなかったな? ならば――――。

力を授けよう。

その瞬間、焼きそばパンの包装が破け、内部から極太の焼きそば麺が一斉に飛び出し、たちまち黒天真言の全身を包み込んだ。
あまりのことに一同、息を呑む。
黒天真言の周囲を渦巻く焼きそば麺達は何度か脈動を繰り返した後、やがてゆっくりとその幕を開け、中にいるものが姿を現した。
その姿は――。

「焼きそばパン……?」

言った言葉は誰のものか。
紛れもなく顔が焼きそばパンへと変わった黒天真言だった。

「復活したか……『焼きそばパン』!!」
「ほう、貴様……奴の子孫か」

そんな姿にも怯まず、一人ずいと前に出たものがいる。カレーパンだ。

「え~~っと、知り合い?」
「なんでも130年ぐらい前からの因縁があるそうです」

後ろで伊藤風露とメリー・ジョエルが会話を交わす。

「130年前か……。思えばあの頃は私もまだ未熟だった。貴様の祖先如きと互角に戦い、一度はこの身体は消滅した」

焼きそばパンが天を見上げ、その腕を掲げる。
そこから黒い焼きそばソースの奔流が発せられ、購買部の天井をぶち抜き、空へと届く。
するとどうしたことか! 青い空の色は茶色く染め上がり、白い雲は徐々にその形と色を変え、巨大な焼きそばパンの姿へと変貌していく!

「なんなんですの、これは!?」
「これは……あの時にみた光景! いや、それ以上の――!」

一之瀬進が悲鳴を上げる。
彼の脳内には三年前の悪夢が蘇っていた。

「あの時……? そうか貴様、3年前にあの場所にいたのか」

焼きそばパンは手を下ろし、再び場にいる魔人達の方を向き直す。

「とくと見るがいい。これが完全な復活というものだ。3年前は失敗だった。破壊しか興味の無い者を依代としたせいで、我が目的を完全に達成することはできなかった」
「あれが失敗だったというのか?」
「そうだ。だが今は違う。この身ならば目的は充分に叶う」
「目的……一体なんだ?」
「それは――む?」

焼きそばパンが急に動きを止める。
その時、三つの影が焼きそばパンに襲い掛かった。

「いただき……」
「まーす!」
「ファックイエ―!」

安出堂メアリ、可憐塚みらい、MACHIの3名の少女である。
それぞれ、同時のタイミングで焼きそばパンへ攻撃を仕掛けた。

「この時を待ったぜ! クソッタレ焼きそばパン!! 『KILLER★KILLER』ッ!!」

MACHIが焼きそばパンの体に触れ能力を発動する! すると焼きそばパンの胴体が吹っ飛ぶ!
更に安出堂メアリ、可憐塚みらいが両側から牙を生やし、吹き飛んだ上半身部分……焼きそばパンの顔へと食いついた。

「おー、こりゃうめー、ですね」
「焼きそばパンッ……このハーモニー、これよ、これが長年求めてたもの……!」

胴体が千切れ、地面へと転がる焼きそばパンを、二人の少女がむしゃむしゃと咀嚼する。

「えっと……もしかしてこれで終わり?」

あまりに異様で呆気ない光景に天雷テスラが呟く。

愚かな――。

だが、再び彼らの脳内にその声が響いた。
見ると、先ほど吹き飛んだ下半身部分がいつの間にか再生し、再び焼きそばパンの顔が生えている!
更にその顔から巨大な焼きそば麺が何本も伸びていく!

「わっ……」
「きゃっ……」
「ガッデム!」

焼きそば麺は触手の様に焼きそばパンを急襲した三人の少女たちの全身に絡みつき、その身を束縛する!
そして少女たちの体が空中へ持ち上げられ……。

「さあ……我が具となるが良い!」

そのまま焼きそばパンの顔に吸い込まれていった。

「あ、あれは一体――?」
「説明が省けたな。これが我が力、我が目的だ」

焼きそばパンはそのまま高らかに宣言する。

「すなわち……全てを焼きそばパンの元に一つとすること。焼きそばとパン、二つの存在が一体化して至高の味を生み出した時、私はその答えに達した! 全ての人類、全ての魔人を我が具材とすることで、焼きそばパンによる統一世界を作るのだ!」

焼きそばパン雲から雷鳴が響き、購買部が音を立てて震える。
あまりにも圧倒的な焼きそばパンの力、その目的……だがそこに力強く反論するものがいた。

「お前の答えは間違っている……。貴様の一体化とは無理やりな支配に過ぎん。一体とは互いの意志をもってして成立させるもの……」
「ふんっ……カレーパンがその答えだというのか? 愚か者め。そのようなもので真の平和は訪れぬわ」

「もはや問答は無用だ」

そういって焼きそばパンは制服を捲り上げ、胸に巻いた襤褸のマフラーを外す。

「あ、あれは――!」

車口文華が声を上げる。焼きそばパンは王の顔が掘られたコインを取り出すと、胸の穴の中に嵌めた。
その瞬間、焼きそばパンは、羽根を生やした無数の焼きそばパンの群れへと姿を変え、中空に浮かんだ。

「そんな、今の能力はあの少年のものでは――!?」
「奴は、取り込んだ魔人の能力を自在に引き出すことができる」

カレーパンが苦々しげに声を出す。

「けど、何故焼きそばパン? あれは蠅に分裂する能力だったんじゃ……」
「蠅というのは依代にしたこの少年が自らを象徴する存在としてイメージしたものに過ぎん」

文華の疑問へ焼きそばパンの群れが答える。

「今、この少年は我と一体化し、焼きそばパンの化身となった。当然、その姿も変わる」

チチチチ……という無数の焼きそばパンの羽音と共に、焼きそばパンの群れ一つ一つが言葉を発する。
その異様に、場の全員が息を呑む。

「待てよ……取り込んだ魔人の能力を自在にっ……てことは!!」
「その通りだ」

焼きそばパンの群れは一斉に上空へと浮かび上がる。

「私が取り込んだ者達……中々良い能力をもっておった。お前は分かっているようだな?」
「あ……ああ……」

一之瀬進はあまりのことに頭を抱える。
不死の能力を持つ安出堂メアリと可憐塚みらい、そして触れたものを確実に殺す能力を持つMACHI。
この三人が焼きそばパンに取り込まれたのだ。そして、今焼きそばパンは空を飛ぶ群体へのその姿を変えた。
もし、その一匹一匹が奴自身と同じ能力を持つのだとしたら。

「お前の考えている通りだ」

その口から絶望が告げられる。
すなわち触れただけで人間を殺すことのできる不死の軍団の完成に他ならない。
その焼きそばパンは一匹一匹が人類に絶滅(滅び)の音色を鳴らす、告死天使に他ならなかった。

「さて……まずはお前たちだ。私と一つになるか? それとも死ぬか?」

「そのどちらも選ばん」

力強く、カレーパンが宣言する。

「俺は祖先から継いだ意志を守る。焼きそばパンに決して屈しはしない」
「そうです! これ以上の校則違反は見過ごせません!」
「テスラもお姉さまと共に戦います」
「助手は探偵の推理を助けるよっ!」
「私も……正義のヒーローだから」
「この世の全ての食材を食べきるまで……死ぬわけにはいきませんわ!」

一之瀬進を除き、皆が口々に戦いの意思を示す。

「愚かな……では、死ぬがいい」

焼きそばパンの群れが羽音を立てて購買部にいる魔人達へ襲い掛かろうとする。

「止めろ……皆、逃げるんだー!!」

一之瀬進は絶叫する。
確かにここに集った魔人達も強い。だが相手が悪すぎる。
あの焼きそばパンの群れを相手に戦って勝利できる可能性はあらゆる方向から分析、予測して――

(0%だっ(’’’’)!!)

一之瀬進は涙に濡れ、顔を伏せる。
焼きそばパン達がかき鳴らす死の音が近づいてくるのがその耳に響いた、その時――




































「諦めんなっスよ!!」

数発の白い弾丸が、購買部へ飛び込んできた。
それは焼きそばパン(死の天使)たちの群れを次々に弾き飛ばした。

「あれは――!」

一同の視線がそちらに向けられる。

「変態白覆面!」
「アナルパッケージホールド!」

車口文華と伊藤風露が同時に声を上げる。

「へ……? アナルパッケージホールドって、名前だったのですか?」
「今更!!? っていうか、いい加減気づけよ、へっぽこ探偵―!」

そこにはサッカーボールを抱えて佇む白覆面、白ブリーフの男がいた。

「状況がこうなったら、もうこんな覆面付けたり、言葉を封じてる場合じゃ無いッス」

アナルパッケージホールドは、その白覆面を脱ぎ捨てた。

「二億円プレイヤー、片春人、俺も戦うッス。プロ選手として、ゲームセットまで諦めることはできないっすよ」

片春人はそう言って更にサッカーボールに脚を当てて蹴り出す。
焼きそばパンの群れにそのシュートは直撃し、群れのいくつかを吹き飛ばす。

「ええい、小賢しいっ!!」

しかし、焼きそばパン達は態勢を立て直し、再び魔人達へ襲い掛かる。

夢心地悠長空間(トロイメライ)ッ!!』

だが、その動きは一斉に止まる。
正確には非常にゆっくりとしたものに変わる。

「これは、のんびり空間!」

皆が一斉に振り向くと、そこには見知った数人の姿があった。

「ようやく追いつきましたよ、皆さん」

そこには霊能者 雲水と須楼望紫苑、彼女に肩を貸されて歩く下ノ葉安里亜の三人がいた。

「スゥゥ―――」「ッセイッ!」

霊能者 雲水が気合を入れる。本来ならこれは『放気』の際の呼吸であるが、今彼は自らにかけられた制限を解除し、周囲の負の感情を大量に自分の中へ取り込んだ。

「これで、皆さんもこの空間の中で落ち着いて行動できるはずです」

購買部の中は紫苑の夢心地悠長空間(トロイメライ)の影響下にある。通常、身体のみならず、心もこの空間に取り込まれ、思うようにならなくなってしまうのが、雲水の『行雲を留め流水に濯ぐ』によって、場にいる全員がそれを抑制することができた。

「奴らの動きが鈍ってます」
「けど、少しずつこちらに近づいてきています」
「なら、ここはテスラに任せてください」

天雷テスラは身体全体から、焼きそばパンの群れに対して電流を放った。
その勢いは凄まじく、群れ全体に電撃が伝わり、その動きが完全に止まった。

「よし、これで、奴らの攻撃を一時食い止められる。一之瀬君、他に取り込まれた二人の能力は、確か不死だったな。何か弱点は無いのか?」
「メアリの方は多分頭部だ。可憐塚の方は分からない。吸血鬼だってことしか」
「車口君、君は?」
「わ、私も知りません……」
「それなら、分かります」

すると突然、声が上がった。
皆が目をやると、怪盗風のコスプレをした少女がいた。

「怪盗ミルキーウェイ!」

一之瀬進が叫ぶ。確か可憐塚みらいが地上に出てきたときに抱えていた少女だ。
何時の間に目を覚ましていたのか。

「血を吸われた時に……見ました。あの人は、胸を杭で貫かれれば死にます」

怪盗ミルキーウェイが可憐塚みらいの弱点を告げる。
その言葉がどれだけ信じられるか分からないが、今は賭けるしかないだろう、と場の全員が思った。

「頭部と……胸か……。だが群れとなっている今では無理だな。他に弱点は無いのか?」
「後は……讃美歌が苦手だと」
「讃美歌……誰か歌える人間はいます?」
「カレーパン賛歌なら一番から十三番まで完璧に歌えるが……それでは無理だな。車口君、君はどうだ?」
「や、夜魔口FC……応援歌とか」
「駄目だな、これは」

うーむと皆が頭を抱える。

「は、早くしてください……」

天雷テスラはこの間も全力で放電を続けている。
しかしその限界も近そうである。

「むう……こうなれば駄目もとで何か歌うしかないか……?」
「――超次元パーソナルデータ検索、讃美歌の情報を要求」
「……む?」

皆がメリー・ジョエルを見ると、彼女の付けたヘルメットのバイザーが下がっており、その中を無数の文字列が走っていた。

「該当データ複数件有。もっとも強力な讃美歌のデータを要請。転送開始」
「歌えるのか、メリーくん」
「はい。わたし、歌います!」

メリーは口を開き、その歌(’’’)を発した。



※1「慈しみ深きは友なるイエス!
  罪・咎・憂いもTomorrowならYes!
  心の嘆きにTopからGrace!」


メリーは足でリズムを取りながら、歌い続ける。
のんびり空間によってその動きは非常にゆったりとしていたが……そうでなくても素人でも明らかに分かる程、その音程もリズムもずれていた。

「などかは下さぬ、Oh Yeah! One More Time!」
「いや、メリーくん、それはHIP HOPだ。讃美歌ではない」
「~~~~♪♪」

流石に突っ込むカレーパンもどこ吹く風でメリーは歌い続ける。
……が、焼きそばパンの様子には変化が生じていた。

「ぐああああああああああああああああ!!」
「効いてる!!?」

焼きそばパンの群れ達がメリーの讃美歌(?)を聞いて悶え苦しんでいた。

「本人が讃美歌っぽいと感じればそれでいいそうです」
「むう、アレを讃美歌と聞いたのは可憐塚みらいか、それとも焼きそばパンの奴か」

カレーパンは顎に手を当てて考え込む。

「それよりチャンスッスよ、奴ら、一つに集まろうとしてるっす!」

焼きそばパンの群れは、苦しみながら一つに集約しようとしていた。

「元に戻るのかもしれん……。そこを叩けば!」
「俺が射出するッス! そこで攻撃してくださいっす!」

片春人がカタパルト態勢に入って声を上げる。

「頭部は私が砕きます!」

車口文華が腕を捲くりあげて応じる。

「なら心臓は私が!」

久留米杜莉子は腕を巨大な箸に変えて、片春人の元へ行く。

「ちょっと待ってくださいッス、俺には二人同時の射出はでき無いッスよ」

片春人が発射態勢のまま叫ぶ。
するとそこに声がかかった。

「なら俺の出番だなあ」

そこには、おっさんの姿をしたもう一人の怪盗ミルキーウェイがいた!

「しゃ、社長、どうしてここに……!!?」
「気にすんな。部下の仕事ぶりが心配になってきた……ってところだ。それよりお喋りしてる時間はねえだろ」

怪盗ミルキーウェイは片春人の横に並び、彼もまたカタパルト態勢になる。
白ブリーフと制服姿の中年男性、焼きそばパンを討つ、二門の砲台が揃った。

「おうッス! 皆さん、お願いします!」
「……分かりました」
「……お願いします」

色々と突っ込みたい気持ちを何とか抑え、車口文華と久留米杜莉子は彼らと足を合わせた。

「気合入れて行けよ!春人!」
「ハイ、社長!!」

二人の漢の脚が一気に怒張する!
高らかに号令が上がる!











『『アナルパッケージホールド!!!!』』













「なんでその叫びーーーーーーーーー!!」

絶叫と共に車口文華が飛んだ。
久留米杜莉子も並んで飛んだ。

『デモリッシュハンマー!』
「焼きそばパン……いただきます!!」

二人の攻撃は同時に焼きそばパンの顔面と胸部にヒットした。
焼きそばパンの、麺と具材がはじけ飛ぶ。

「やったか……!!」

一之瀬進が叫んだ。

「いや……まだだ!」

カレーパンが叫ぶ。
見ると焼きそばパンの頭部が再び再生を開始し、胸の穴も元に戻っている。
だがその顔からドオッ……と三人の少女の姿が飛び出した。
安出堂メアリ、可憐塚みらい、MACHIの三人であった。

「おのれ……おのれ……貴様らぁ―!」

焼きそばパンはそのまま天井を突き抜け、空中へと飛びあがった。

「もはや……三度コインを使ってしまった今、この身は日没には滅びる!」

焼きそばパンは学園の方向へ視線を向ける。

「そうなる前に……できる限りの呪詛を振りまいてくれるわ!」

その体が学園の方へと向かう。

「そうは――――」
「させない!」

その時、一つの流星が空を飛んだ。
『魔女の箒』に跨ったメリー・ジョエル、その背後に立つカレーパン。
二人は焼きそばパンへと突撃し、その体を抱え込む。

「よし……上昇してくれ、メリー君!」
「ごめんなさいっ! その前に少し寄り道!」

メリー・ジョエルは『魔女の箒』を旋回させ、一年の教室の窓へと向かった。

「え……メリー!?」
「リリア」

赤根リリアは窓の外を見て驚く。彼女の親友であるメリー・ジョエルが、背後に焼きそばパン顔の男を抱えたカレーパン顔の男を立たせて空に浮かんでいるからだ。

「えっと……それが伝説の焼きそばパン……じゃないよね」
「うん、ごめんなさい。伝説の焼きそばパンは手に入らなかった」
「いいのよ、そんなの。私はメリーと一緒にご飯を食べて、メリーの話が聞ければ」
「ありがとう、リリア」


メリーの姿は少しずつ窓から離れ、浮き上がっていく。


「メリー……?」
「ごめんなさい、リリア。でも私、 必ず帰ってくるから
「メリーー!!」
「そしたら、また一緒にご飯食べよう。ショッピングにも行こう」

メリーの乗る『魔女の箒』は、猛烈な勢いでジェットを吹かし、急速に上昇していった。

「メリイィッ―――――――――――――!!!!!」

涙を流しながら絶叫するリリアの声だけが後に残った。





「……俺も謝らなければならぬ相手がいたかもしれんな」
「あ、ごめんなさい。私、自分のことばかりで」
「いや、構わないさ。それよりメリー君、この『魔女の箒』は上昇だけなら私単独ではできないのか?」

カレーパンは焼きそばパンを抑えながら、メリーに尋ねる。

「俺は大気圏外でも生きられる。カレーパンだからな。何とか単独でこいつを」
「……ううん、その必要はないから」
「……何?」
「この焼きそばパンの悪意は、私が人が一人もいない世界へ連れていきます」

「時空間座標認識開始。標的(ターゲット)、無人でかつ、極めて他の次元との場所が遠いところ」
「返答有り。座標位置から現在時空への帰還確率、0.0001%。問題なし」
「転送開始」

そして、メリーの姿はこの世界から消えた。
地上へと落下するカレーパンに、伊藤風露と手を繋いだ車口文華が近づいていた……。


≪ 一ヶ月後 ≫

墓の前に一人の女性が立っている。
女性はふと、いつもとは違うものが墓に供えられているのを見つけた。

(焼きそばパン……?)

女性はそれを手に取る。
そこに横から声をかけられた。

「墓参りでヤンスか?」

女性が目をやると、そこには女性と同じぐらいの年恰好の女性がいた。
この貧民街の近くにはとても似つかわしくない煌びやかな容姿をしている。

「……いえ。正直、誰のお墓かも分からないんです。私、記憶が無くて。でも何故かこのお墓は何か自分にとって大切なもののような気がするんです」
「そうでヤンスか。不思議なもんでヤンスねえ」
「そうですね。この焼きそばパン、もしかして貴方が?」
「そうでヤンス。実はもう一つ、ここにお墓を作らなくてはいけなくなったでヤンしてなあ……。これはその人が大切にしていたものでヤンス」
「……え?」
「あ、それ食べちゃってくださいでヤンス。供えているだけでは意味の無い者でヤンスから」
「そんな……良いのですか」
「ええ。美味しいと思うでヤンスよ」

女性は丁寧に包装を剥がし、焼きそばパンを口に含む。
すると、その目から涙が自然と落ちる。

「どうでヤンスか?」
「……とても、懐かしい味がします」
「そうですか。良かったでヤンス。では、あっしはこれで」

焼きそばパンを渡した女性は、背を向けてそのまま歩き去る。

「待ってください! 最近、貧民街に多大な寄付をしてる方がいるんです。そのおかげで、私学校に通えることになって……」

その背に向けて、女性は声をかける。

「もしかして、貴方が……」

しかし振り向くことなく、その姿は遠くへと消えた。

「オヤビ~~~~~~ン」




赤根リリアは中央広場に腰かけながら、昼食の準備をしていた。
その手には一個の焼きそばパンを手にしている。
伝説の焼きそばパンの騒動後、あらためて購買部で販売されたものだ。
久留米杜莉子が食材を調達し、小松純が調理した逸品。
伝説の焼きそばパンがどんな味だったのかは結局誰にも分からないままだが、伝説の焼きそばパンでなくとも、これが至高の味には違いない。

(でも……)

赤根リリアは焼きそばパンを口に入れる。
まったくその味を感じない。
その理由ははっきりとしている。
山分けしようね、と言ったメリーの言葉を思い出す。
しかし彼女の姿はもう、ここにはいない。

(馬鹿ね……)

赤根リリアは焼きそばパンを見つめながら、メリーの最後の言葉を思い出す。
ずっと赤くなかったあの娘が最後の最後に発した言葉は赤かった。
あれは本当にその保証が無かった、ということを示しているのだろう。
ただ、私を心配させるまいとして。その為に……。
メリーが最後に何を想ったのか。
それを考えるととても彼女を嘘つき、なんて責めることはできない。

「でも……でも……」

赤根リリアから嗚咽が漏れる。
頭の中にはメリーの笑顔ばかりが浮かぶ。
もうどこにもいない。戻ってくることはない、その笑顔……。

「メリーと一緒じゃなきゃ……美味しくないわけないじゃないっ!」

「なら一緒に食べよう」

はっと赤根リリアは顔を上げる。
ごしごしと眼を拭う。
幻……ではない。その顔は、(れっき)とした紛れもないメリーの顔だった。

「なん……で?」
「必ず戻ってくるっていったじゃない」

メリーは赤根リリアの隣に腰かける。

「こんなに早くなるとは思わなかったけどね」

メリーは笑顔で赤根リリアを見つめる。
赤根リリアは迷わずその胸に飛び込んだ。

「いやー……しかし、ご都合主義すぎるよな、ありゃ……」

メリー・ジョエルの自宅。
男が黒電話で会話をしていた。

『まあね。私の分析では間違いなくあの世界へ接続を試みて成功する可能性は今の技術力では0.0001%だった』

男に語り掛ける声は女性ものである。
年輪を感じさせる、とても知的な声をしていた。

『それは時空科学を学習していれば、子供でも分かる』
「ああ、俺でも理解できたからな。絶対無理だ! 不可能だ! って叫んでたな、あいつも」
『そしてその時、時空の歪みが発生して接続確率は99.9999%になった』
「ありゃあやべーなー。努力して努力して、けど絶対無理だ~、もう駄目だ~って思うほど成功する方に状況が変わっていく力か……、なんだか誰かに似てると思わないか? 本人が負けるために努力すればするほど勝って……」
『その話はするな』
「ああ……しかしありゃほっといていいんかね?」
『確かに危険な力だが……あの少年の性格ならば害はないさ。メリーのためにあれだけ必死になってくれたんだ。そういう気持ちがあってこそ、本当に不可能に見えることが可能になるんだ』
「それもそうだねえ……」

男と女は感慨深く声を漏らした。

その後の話を少ししよう。
片春人は無事に試合に出られるようになり、今はリーグ戦の真っ最中で、家族の為に奮闘している。
最近は我が風紀委員会が応援団についたおかげもあり、グラウンドは結構賑やかだ。
オーナーである夜魔口パンの業績も好調だそうだ。

須楼望 紫苑は伝説の焼きそばパン争奪戦で活躍したことが知れ渡り、すっかり周囲の人気者になった。
といっても、元来ののんびりな性格が変わる筈もなく、毎朝クラスメイトの瀬佳千恵に引っ張られる姿は変わらない。ただ最近はそんな彼女を引っ張る友達の数は増えたのだとか。

可憐塚みらいはあまり変わらない。まあ彼女の吸血の虜になっている生徒は順調に増えているんだとか。
そうそう、狼瀬白子との関係はあの後も良好な様だ。そういえば焼きそばパンとの戦いの時、彼女はいつの間にか姿を消していた気がする。
早々に気を失っていただけなのだが、多分これを読んでいる人は単に書いている私が存在を忘れていたように思うだろうな。

霊能者雲水はクラスメイト以外の浄化も最近は始めるようになった。
あの事件で自らの未熟さを痛感し、自分にもっと力があればこんなことにはならなかった……とより激しく修業に精を出しているらしい。
彼はあの時にできる自分の力で精一杯やったのだから悔やむことは無いと思うが、その生真面目さが良いところなのだろう。良い霊能者になってほしいものだ。

安出堂メアリは流石に学校をクビになった。まあ、あれだけ校則違反を繰り返していては仕方あるまい。
なんでも伝説のホストの元に弟子入りにしに行くと言っていたそうだが……。
それと『God Wind Valkyrie』も新メンバーを加えて活動を再開したそうだ。学外での活動に関して私はあまり口を挟む気はないが、できれば程々にしてもらいたいものである。焼きそばパン事件の様なものを呼び込むのはもう御免だ。

ともあれ、学内の風紀は今日も守られている。
この報告書が、次回の焼きそばパン争奪戦の時に役に立つことを願う。

「……こんなところかしら」
「あの~、先輩の事が抜けてます」
「ん、ああ、そうでしたね」

私は後ろから不意に声をかけられた。
カレーパン研究会の甘粕(あまかず) めろんがそこにいた。

「はい、出来立てのカレーパンです」
「ええ、ありがとう」

私はカレーパンを口に付ける。
程よい辛みとパンの甘さが良くミックスされている。

「成る程……確かに食わず嫌いは良くないですね」
「でしょっ! ラーメンも、カレーも、焼きそばパンも、カレーパンも、皆元々は美味しくって人を幸せにすることを考えて作られたものなんですから」

甘粕めろんは笑顔で答える。

「しかし彼の事を書くにしましても……結局彼は何者だったんだです?」
「さあ……でもまあ、先輩の答えは変わらないと思いますよ」

とても寂れた路上。
一人の子供がそこで(うずくま) っている。
周りには蠅がたかり、げっそりと痩せ細った姿で、息も絶え絶えになっている。
そこに一人の男が姿を現した。
男は袋から食べ物を取り出して、子供に差し出す。
子供は声をかける。
「あなたは誰?……と」
それに男はこう答える。


「見ての通り、ただのカレーパンだ。それ以外の何物でもない」







※1:ダンゲロスSS4、決勝戦SS・空港その3(http://www60.atwiki.jp/dangerousss4/pages/419.html)より引用。