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花烈の人


 西暦1927年(大正 17(・・) 年)夏。
 某世界、大日本帝国帝都病院坂にて。

 「次は、花を削ぐ」
 女は、そう言った。
 手には木剣―― 黒々 とした、それで千切ることは出来まいと嘲った童の耳介を消し飛ばしたのがつい半瞬前。

 童はぱしぱしと、何に驚いたか片目を開閉している。
 へたりと座り込む童。主人の言いつけを守りながら余計な口を差し挟んだ結果がこれである。
 本来、おさなごはこのようなものであると弁護されるところだが、女と童は同族である。見た目と中身の齢のかけ離れ具合を自覚しているはず、甘えは許されない。

 晴れ着を着て、ちょこちょこと雨上がりの屋敷を散策する。お前は出来の良い子よ、とさんざ褒めそやされてきた報いがこれであるのか、いいえこれは生まれ持った性分である。
 姉様(あねさま)への恨み言は許されない、と、おさなごはきゅっと唇を噛み締めた。

 「姉上(あねうえ)はどこにいらっしゃるか」
 問う声に答えず救いを求めおろおろと、それでも視線は動かない。
 詰襟姿の女、彼奴等の手の者か!? だから障子戸ほどの盾であっても構いはしないと、それでも怖くなってぎゅっと身を抱きしめた。

 そして両目を力一杯瞑るのを見たために、女は柳眉を逆立てる。
 険のあるその顔、ようやく緩む。

 「下がりなさい」
 格子戸を自ずから手で引き開けて、鈴を振るような声がしたからだろうか?
 目の前の童を置き捨てて、露草(ツユクサ)の茂る庭に出て、目線を合わせて膝を付く。
 ぱあ、と両目を開いて咲いたその子がちらりと目に入る。それより今は花畑が目を惹いた。

 「久しぶり――。銘仙よ、悪くはないでしょう?」
 一番上側には焼きそばパンをあしらった派手な模様の着物。一見すると悪趣味に見える絵柄も自然と折り合わせる。この探偵のセンスの良さを窺わせた。
 「なるほど、上海(シャンハイ)に赴いた時に――」

 手を振って、続きを急かす。磨き上げられた小石のような爪だ。
 土足で我が家に押し入ったのだからよほど火急の用でもあるのかと、酷く当たり前の追及である。
 ちら、と先の子を見やると、目に入った(アザミ)が萎れていた。
 「棘がある花を瞼の裏に隠すのはありふれたやり方であるかもしれないわね。薊、挨拶なさい」

 呼ばれてはっとしたか、薊の名を持つその子供はたたたと馳せんじる。
 問題は袖にしがみ付くにはあまりにも幼すぎたことであった。双方ともに十の背丈に足りなく、すがり付いたところで、寄り添ったところで親子ほどに背の離れていては頼りに見えない。

 しかし、本来なら尋常小学校を出たかも定かでないこの子供こそがこの場の最上位者である。
 "彼女"はすべての人工探偵の祖に当たる者、名を遠藤花鶏(えんどうあとり)と言った。

 なるほど、当年取って三〇にしてはあまりに侏儒(しゅじゅ)な風貌である。
 けれど、その威儀、佇まい、加えた齢に相応しいと思わせる程には老成円熟。
 外見が好ましいと思わせるほどに違和感を感じさせない。

 これが許されるのは、童女をかたどった生きた人形のそれであろうか。
 けれど、その印象を打ち消すのはひとつによく動く可憐な口の端であり――。
 「全く。あなたに期待するのはそれでないから危地に陥ったら逃げなさいと、いつも言っているでしょう?」

 もうひとつに。
 「タンポポは『別離』を意味する花。薊、離れていなさい」

 草色の長い長い髪を彩る無数の花束であった。
 花畑から枯れ果てて屍をさらすものが現れないのは、そのすべてが花鶏の体の一部であることを意味した。
 本来、一輪しか咲くことを許されない花――、それを何のことなしにむしり取り、ぺたり薊に貼り付ける。
 薊は不安そうな顔のままに、元いた日本家屋の中へと戻っていく。
 本来、いの一番に人前に晒してはいけないよと躾けられる恥部たる薊の花を片目からぴょろりと出したままに。よほど、不安なのだろうか、構ってほしいのだろうか。
 未だ、近い。二人の声が届くほどに、障子戸の分割された色と形が盛んに揺れていた。

 「姉上、少々甘やかし過ぎでは?」
 この妹は思わず苦言を呈する。
 先は手をあげたが、これは花鶏の妹――同じく第一級人工探偵である『桜火(おうか)』の元来の性分ではなかった。

 「あの者の能力は聞いております。確かに自身にも有用な素晴らしい魔人能力でありましょう。
 けれど、あのような振る舞いで事件解決に導くこと(あた)うでしょうか?
 彼の者に相応しき伴侶(じょしゅ)の下に嫁ぐことが叶うでしょうか? 心配でなりません」

 声音に偽りはなしと見た花鶏は、髪にやった手の平をふと顔の真中に寄せ、つうと愛する妹の頬を撫ぜた。
 「心配してくれているのね……ありがとう」
 黒檀の如き第二種探偵装、よく似合っている。目を合わせるとそれだけで伝わるようだった。
 この世界において探偵とは陸と海に続く、第三軍としての性質が強い。軍に寄せつつも、装われた鎖飾りやタイが厳めしさだけでなく、可憐さも湧き立たせるようだった。

 「好み(この身)を見なさい。(たで)のような我が身でさえ今は立派に虫が付いているのだから。
 ……あら。そろそろ二分と半と言ったところかしら」
 「それほどに時間が? ああ、『花撰集(アンソロジー)』の効果時間でしょうか」

 伊達に二十七年間妹をやっていたわけではなかった。
 『花弁(ペタル)』、『枝折(ブックマーク)』、『若葉(リーフレット)』……、ここに挙げたのはごく一部であるけれど。
 『花撰集』、己の身を裂いて発せられる花鶏の魔人能力は七つの側面から成る。
 花鶏を筆頭とした最高の人工探偵『四季枝』の力の発露であった。

 『花撰集;花弁』。アンソロジーの一頁。
 部下に押し花と言う形で度々貸し与えられるこの能力は予め発声しておいた花言葉を感情として押し付ける。

 「そして、ここまで三分と言ったところありましょうか」

 効果時間は十分=三千字ほど、どうしてそのような計算式が成り立つのか?
 その由来についてはメフィスト派探偵『 山禅寺 』に由来すると言われている。
 ともあれ、感覚で時の流れを感じ取った桜火は理解した。

 「効果時間が切れ、薊が戻るまでに話を終わらせろと言うのですね」
 その通りですよ、と言いたげに花鶏は桜火の瞳を覗きこむ。まんまるとした湖面の中に浮かび上がる白面(しろおもて)が。
 もし、その瞳が満月のようであったなら、もう少し姉と自身の顔を見つめていられたのだろう。
 けれど、輝きは下弦の月のようで些か足りないようだった。それは半目、もしくはジト目である。
 ああ見えて桜火が気にしている目の形であった。

 「好奇心なくして探偵が探偵、人が人足り得るのか試してみない?」

 膝を突かれ、真正面に相対する姿勢から一転した。
 花鶏は百八十度回転すると、庭の飛び石から外れないように歩み出した。桜火もゆるりとその後を追う。
 「あなたの話を聞くつもりはないけれど、大体察しはつくわ。最近将軍(※)に昇進したのね。おめでとう」
 「ありがとうございます」
 歩幅の差はあるのだけれど、それを感じさせない身軽さで進んでいく。

 ※:本来は探偵には独自の階級呼称があるのですが、読者の皆様に混乱を招かないために軍の物と対照しての便宜上の表記とさせていただきます。どうかご了承ください。 

 「武家の本流は最早徳川の物にあらず。ならば大樹の名は――ふふ」
 「ご冗談を……」
 池の周りをくるりと追いかけっこ、花鶏の袖から零れる米粒に、麺類の幼体が群がっていた。
 そう言えば花鶏の着物の絵模様は焼きそばパンだった。

 「地の文なんて素敵な物を思い出したわ。大方、あの子の話なんでしょう?」 
 「ええ、話が早い」

 桜火にとってひとつ上の姉、花鶏にとってはふたつ下の妹『風露』はなかなかの問題児である。
 好奇心のままに突っ走る、それこそ手を引っ張って何処までも――。
 だから手がかかる。心配させられる。どこかで迂闊に命を落としているのではないかと。
 地の文――、今会話文の外で書き述べられている文章、これを読み取る能力なんて一見すると無敵に見える。

 けれど……、付け入る隙なんていくらでもあるものだ。

 さんざ振り回されてきた二人は今、地の文そのものを読み取れずとも、流れに似たものを今感じ取っている。単に馴れ親しんだツーカーの仲とも言えるが。

 「雷花には了解を取りつけました。一個探偵団を編成し、最悪の場合刈り取りに入るやもしれません」
 故にこの発言にも驚かない。
 「機密保持、発狂もしくは暴走の兆候、政府の介入、それ以外、想定順位はどれ?」
 「ここ大正時代より発狂の兆候を観測しました。第二位に機密保持、以外は無視してよい範疇かと」

 ここで補足しておこう。
 桜火の探偵流派は『歴史』、つまりは『if(もしも……)』の領域を推理する探偵である。
 ここ大正の元号が十五を越えて存続した平行世界を本拠と定め、他の平行世界を観測して歴史を比較研究しながら探偵にとってより良い未来の実現を目指して活動している。

 「一応、それは最悪の事態なのでしょうけど、覚悟はしておくわ。
 かなり揺らぎは出ているのでしょう? 規模と時間、場所は?」

 この二人も平行世界を渡る力を有している。

 「時間は二〇〇九年五月七日。場所は姉上も御存じの通り、【焼きそばパン】世界であります」
 「そう、ならばあなたの他にわたくしも出るわ。雷花にも支援させる、もしその時が来れば――」

 四人しかいない、四季枝。欠けるのも一興かもしれない。

 「……分岐する可能性は十五、いえ十三。内二つで凶の目が出ています」
 「十三、吉数ね。まさか、この段階で一人欠けるなんて」

 「……申し訳ありません。最悪の場合は【 刈り取り 】ではなく【 摘み取り 】でお願いしても良いでしょうか?」
 枝を分けた姉妹(きょうだい)を殺めるかもしれない。
 そのような深刻な話題の中、花鶏は極めて冷然と受け止めていた。
 【冬】と【春】、二人の生まれ持った気質の差と言ってしまえばそれまでだが、桜火は尊敬する姉との間に埋めようのない断崖を感じた。隣に居ても、どこか遠い。

 「……そうね。どんな悪い目が出たところで芽だけは残しておかないと」

 これからも我ら人工探偵は刈り取られ続く。
 けして止まぬ犯罪者との戦いの果てに、または政府や妖怪の走狗どもの手にかかって、あるいは心無い一般市民の慰みに手折られることもあるかもしれない。

 《生まれて数年、ただの数年。人としての身をもらいながら、どうして人と同じように死ねぬのですか?》
 花鶏や桜火が一、二に満たない妹たちに縋り泣かれたのも一度や二度ではない。

 けれど。
 「あねさまー」
 薊が戻ってきたようだ。そろそろ十分は近いなと思いつつ、風露抜きでは正確な字数を数えることもままならないんだなと、二人は今更に感じた。
 そして、桜火は当たり前のように笑い返すのだ。

 たとえ黄泉の女王が日に 千の草 を引き抜こうとも、 千五百 植え直せばいい、と。
 桜火は、猛々しくも美しい、焔のような表情で笑っていた。