風紀委員会SS①




SS


Dream Bless(高上夢路)


ユメに命を吹き込むよ…

街に溢れてる 人の数だけ光るユメ
それぞれを 自分で抱きしめてて

「ホンモノのない時代」わかった風に人は言う
だけど そんなの最初からウソ 

だって 何がそうだと言うの
きっと 誰も知らないわ

だから信じて…

ユメに命を吹き込むよ
ツクリモノにも ニセモノだって リアルは宿るの

信じるそれが始まりね
ホンモノの在り処 たった一つよ あなたのココロに

それがココロの役目


どこにでもある服を あなただけの着こなしで
オリジナリティ 限られた才能(ギフト)じゃない

偶然か必然かは わかりっこないそんなこと
だけど「運命」と呼べたら素敵

時に 転ぶこともあるでしょう
全部 笑い飛ばしてかなくちゃ

それがユメのくれる強さ…

誰ともちがうユメを見た
「どこにでもいる」そんなのはウソ私もう知ってる

バラバラなユメ集まるよ
みんなのちがい 重ね合わせて 色とりどり

それがセカイの姿


ユメが叶わないことはあっても叶わぬユメなんてきっとない 私信じてる

ユメに命を吹き込むよ
ツクリモノにも ニセモノだって リアルは宿るの

信じるそれが始まりね
ホンモノの在り処 たった一つよ あなたのココロに

誰ともちがうユメを見た
「どこにでもいる」 そんなのはウソ 私もう知ってる

バラバラなユメ集まるよ
みんなのちがい 重ね合わせて 色とりどり

それが ココロの役目 セカイの姿 ユメへの息吹

日本救世主昔話『桃太郎』(救世主まきちゃん)第一話『旅立ち』


第一話『旅立ち』

西暦2016年!世界は鬼と呼ばれる者達によって、滅びの危機を迎えていた……。
それはさておき!今日は救世主まきちゃん、13歳の誕生日です。食卓にはカレーとかの豪華な食事が並び、ケーキとかもあります。

「おめでとー!おめでとー!まきちゃん13才おめでとー!」
ぱちぱちと手をたたき、まきちゃんを祝福するお母さん。
まきちゃんは満足気な顔でそれを聞いています。

「ありがとうお母さん!それはさておき私13歳になったから鬼退治に行ってくる!」
ガーン!お母さんに衝撃が走ります。鬼退治といえば沢山の人が挑んだり挑まなかったりして、全員死に絶えたというやばい案件です。
それに娘が行こうとするなんて!勿論お母さんは反対します。

「やーめーなーよー。鬼退治ってメッチャ危ないあれだよ—?すごい危ない……あの……危ないし……兎に角危険だから……辞めなよ—!」
「止めないで!その為に今日まで腕立て伏せとか腹筋とか頑張ってたんだ!世界を救うために!きっとそれが、私が生まれてきた意味なんだ!」
ガガーン!
まきちゃんの意思は固く、どうやら止められそうにありません。お母さんは悲しみながらも、その背中を押すことにしました。

「……ふふ。仕方ない。いつかこうなる気がしてたわ。まきちゃん、どうしても行くなら、これを持って行きなさい。」
がさごそ。お母さんが押入れから何かを持ち出してきました。
それは、なんか凄いテクノロジーで腐らないように保存されていたきびだんごと、一振りの大きな剣でした。

「おかあさん、こ、これは!?」
まきちゃんがびっくりして目を見開きます。
「実は、貴方のお父さんも鬼退治に行って、命を落としているの。私が反対していた理由はそれ。でも、どうやら止まりそうにないから。」
お母さんは剣ときびだんごをまきちゃんの腰にくくり付けながら、答えます。
「これはお父さんの使ってた剣ときびだんご。きっと貴方に力を与えてくれるわ。これを持って、さあ、お行きなさい。」
それを聞いて、まきちゃんはますますやる気をだしました。
「そうだったのか……。お父さん!お父さんの果たせなかった願い、私が果たしてみせる!安心して眠ってて!」

そしてきびだんごと剣をもらったまきちゃんは、自室に戻り、それを一旦置いて、お風呂に入りました。
歳相応の、起伏の控えめな体がいい感じに泡とか湯気とかに隠れて、多分セクシーだと思います。
「はー、さっぱりした。」
バスローブをまとい、上気した顔でマキちゃんがいいました。

「あ、あれ?まきちゃん鬼退治に行くんじゃ……」
「うん!行くよ!でも今日は夜も遅いし、明日からにする!それじゃおやすみお母さん!」
「お、おう……そっか、明日からか……そうだね……外暗いしね……。」

こうしてぐっすり眠ったまきちゃんは、次の日。午前10時位に早起きして、鬼退治のために旅立ちました。
ジャージ、スパッツ、夏の日差しに耐えるための日傘とスポーツドリンク、
そしてお父さんからもらった剣ときびだんご。お母さんからもらった沢山の旅費。準備は万端です!
「うおー!世界救うぞー!あっきびだんごおいしい!とまらない!」
パクパクときびだんごを食べるまきちゃん。大丈夫でしょうか?それは仲間を集めるためのもの……果たして、その分は持つのでしょうか……?
沢山の希望とちょっぴりの不安を抱えながら、まきちゃんは歩みを進めます。
鬼の住まう島、全ての鬼が生まれいでる場所、鬼ヶ島へ向かって……!
がんばれまきちゃん!まけるなまきちゃん!世界を救うのは、きみなのだ!

第二話に続く……!


日本救世主昔話『桃太郎』第二話『雉』


第二話『雉』

あれから数時間。まきちゃんは人里離れた荒野的な場所を進んでいました。
「きびだんご食べ過ぎた……あと三個しか無い……。一日一個にしなきゃ!」
すっかり減ってしまったきびだんごを見て、まきちゃんは悲しい気持ちになりました。
そんなまきちゃんの行く手に、飛び出してくる影があります。

「待ちな!そこのあんた、そりゃあきびだんごじゃないかい……?」
それは雉でした。黒いハットを被り、顎鬚をたたえ、葉巻を咥えたなんだか強そうな雉でした。
「私は救世主まきちゃん!これから鬼を退治して、世界を救おうとしてる者だよ!そしてこれはたしかにきびだんごだよ!」
まきちゃんが小さな胸を張って言いました。

「へっ。いま時鬼退治とは、根性座ったお嬢さんじゃねえか。気に入ったぜ。そのきびだんごを一つくれるんなら、それにつきやってやる。」
「ほんとに!やったー!凄い強そうだしありがたい!おねがいします!」
雉がダンディに言い、まきちゃんがよろこんできびだんごを差し出そうとしました。その時!

「ファイアー!」
「ウ、ウゲババーッ!?」
バシーッ!遠くから飛来した弾丸が、雉の身体を打ち抜きました!小さな雉さんは血を撒き散らしながら吹き飛んでいきます。その姿、実に無惨!

「き、雉さーん!せっかく仲間に成ってくれそうだったのに、こんなのあんまりだー!誰がこんなことをー!」
まきちゃんは銃弾が飛来した方向を見ます。そこに立っているのはスナイパーライフルを構えた重装備の女性、五士オルガ!
一房だけ垂れた金のポニーテールがトレンドマークだぜ!

「そんな、オルガ先輩……私の学校の先輩でもあり、清掃委員として魔物退治に従事する正義の心の持ち主が、なぜ……!?」
そんな美しい先輩の乱心にショックを受けるまきちゃん。しかしオルガさんは冷静に、雉の死体を指さしました。
「……よく見るんだ、まきちゃん。その雉の姿を。その雉の正体を。」
「雉の正体……!?はっ!こ、これはー!」

言われるがまま雉の死体に目を向けるまきちゃん。飛び散った死肉、羽、そして衝撃で飛んでしまったシルクハットが、そこにはありました。
「別段変わったところは……い、いやちがう!先程までシルクハットで頭!そこから生えているのは!」
そう!そこから生えているのは鬼の角!この雉は雉の形をした鬼だったのです!

この雉の招待はまきちゃんの情報を知り、鬼たちが放った刺客の一人!仲間になると油断させて、寝込みを襲ってあんなことやこんなことをするつもりだったに違いありません!
なんという外道!許すまじ、鬼!

「くっ……思えば雉が喋ってるのも葉巻を加えてるのもおかしな話だった……もっと速くに違和感に気づくべきだったんだ!」
「フッフッフその通り……全く愚かな女なのだ……。」
「!ば、馬鹿なこの声は雉さん!貴方はもう死んだはず!」

むくり!雉が何事もなかったかのように起き上がります。そう、この雉は鬼!鬼ならば銃弾一発で倒れるようなことはないのです!
そして起き上がった雉が口を開きました。
「クックック……オルガ、お前さえこなければこの娘の旅もここで終わっていたというのに……。だが問題ない……。お前ら二人はまとめて、この雉鬼様についばまれて死ぬのだからなぁああああー!お前の狙撃はせいぜい数分寿命を稼いだだけよー!ぶわはははー!」


「や、やめろー!来るなー!私は救世主だぞー!強いんだぞー!うおー!」
「ふはははは、当たらん、当たらんわー!」
襲いかかる雉!まきちゃんが手に持った剣をぶんぶん振り回します。その太刀筋はとても鋭い!だが空をとぶ雉に剣は届かず!
射程……射程が足りないのだ……。ダンゲロスは射程ゲーと呼ばれるほど射程が重要視されるゲーム!このままではまきちゃんがやられてしまう……そう思われた、そのとき!

「ファイアー!」
「ウ、ウゲババババー!」
ババババシーッ!空飛ぶ雉を、なんはつもの銃弾が貫きました!その銃弾を放ったのは勿論、我らが清掃委員、五士オルガ!!
「私は狙撃と慧眼持ち。その程度の高さと速さなら、外すことはない。」
……狙撃!それは隣接一マスまで通常攻撃の範囲を拡大することができる、アビリティの一つ!
この効果によって、オルガはまきちゃんの届かない位置にいる雉への攻撃を可能にしたのだ!
この狙撃を見て雉は蜂の巣!角も折れ、今度こそ死亡した……悪が一人、またこの地球上から消え去ったのだ!

「危なかったな、まきちゃん。それと鬼退治の件、雉の代わりに私を連れて行ってほしい。」
「ええー!いいんですかオルガ先輩!」
銃を仕舞いながら、オルガさんが言いました。
「清掃委員は魔獣を退治するのが仕事だ。そして鬼もまた魔獣。なら、鬼を倒すのも清掃委員の仕事だろう。」

「やったー!ありがとうございます!それじゃあはい、きびだんごです!」
「む?なぜきびだんご。」
「雉さんこれの代わりにって言ってたので!オルガ先輩にもあげないと不公平なので!さあどうぞ!」
「そうか。そういうことなら、いただこう。」

ヘルメットやらゴーグルやらの装備を外し、オルガさんがもぐもぐときびだんごをたべます。
オルガさんは、ハーフらしいキリリとした、それでいてまだ幼さの残る、とても可愛らしい顔をしていました。

「でもオルガ先輩は雉って言うよりか、鷹って感じがしますね!ほら、よく狙撃手の人のことをそんな感じで呼ぶやつです!」
「鷹の目というやつか。そう言われるのは嬉しいが、私はまだまだその域には至っていない。未熟者だ。」
「そんなことないよー!少なくとも私よりかは狙撃上手いよー!」
「それはまきちゃんが剣士だからじゃないか。」

こうして雉を倒し、鷹の目のオルガさんという頼もしい仲間を手に入れたまきちゃん。しかし、その様子を茂みから伺う、怪しい影がひとつ……
「クックック……雉がやられたかワン……だが奴は我々三獣士の中でも最弱ワン……この私は……そうは行かないワン……!」
おお、この語尾にわんわん付けて煩いこの影の正体とは!
そしてまきちゃんご一行は、この影を打倒して鬼ヶ島へつくことができるのか!?
がんばれまきちゃん!まけるなまきちゃん!世界を救うのは、きみなのだ!

第三話へ続く


日本救世主昔話『桃太郎』第三話『犬』


第三話『犬』

鬼ヶ島三獣士の一人、雉をそうとは知らず倒したまきちゃんとオルガさんは、夜も暗くなったので宿屋に泊まることにしました。
「まきちゃん、大丈夫か。ここはなかなかいい宿のような気がするが、路銀は持つのか?」
「心配しないでオルガ先輩!お母さんから沢山お金貰ってるし、一人やっつけたんだしこれくらいの贅沢は許されるよ!」
結構高そうな部屋に泊まったことを心配していたオルガ先輩でしたが、それを聞いてちょっとだけ安心したようです。
そして、宿屋さんが用意してくれた美味しい料理を食べている内に、そんな不安も無くなりました。

「うむ。確かに。たまにはいいものだな、たまには。」
好物の魚とかお肉とかを食べて、心なしかオルガ先輩も満足気です。
「よかったよかった。よし!じゃあご飯も食べたので、私は修行してきます!」

そう言うとまきちゃんは隣の部屋に移り、修行をはじめました。
「まずは腕立て伏せだー!いー……ち!にー……い!」
ぐっ!ぐっ!腕を曲げ、そして伸ばし。その度にまきちゃんの体が上下します。オルガさんは明日も旅だろうに、頑張るなあ。と思いながらそれを見ていました。
「よー…………んんっ!ご…………おっ!ふへー!疲れたー!」
「あれ?」

五回目を終えた時点で、まきちゃんはぺたんとお腹をつけて、大の字になりました。
オルガさんはちょっと驚いたような目でそれを見ています。
「まきちゃん。もしかして修行は、それで終わりなのか?」
オルガさんが心配になって聞きます。
「いえ!まだ腹筋と背筋とスクワットが残ってます!残りも頑張るぞー!」
「そ、そっか……がんばってくれ……。」
オルガさんはますます心配になりながらも、まきちゃんを見ていると強く言い出せませんでした。
結局、腹筋5回、背筋5回、スクワット5回が終わるまで、オルガさんはまきちゃんを見守っていました。

「はぁ……はぁ……。辛い修行だった……!でも強くなった実感があるぞー!うおー!」
「お、おう……まあそうだな……継続は力なりとも言うし、やらないよりかは全然いいな。うん。」
「ふう……いい汗もかいたし、お風呂に入りましょう先輩!私のこと待っててくれたんですよね!一緒に行きましょう!」
「いや、そういうわけでは……。対して待ってたわけでもないし。いや、一緒に入るのは構わないが。」
やったー!喜びながら、まきちゃんは着替えとかリンスとかシャンプーとかのおふろ用品を抱えて、ついでにオルガ先輩の腕も抱えて、お風呂場へとかけていきました。
この後背中を流し合ったり、オルガ先輩が持ってきた水鉄砲で遊んで絆を深めたりしたのは、言うまでもないでしょう。
こうして新たに仲間になったオルガ先輩と巻ちゃんの絆は一つ深まったのでした。

「グ、グゲギゴベバーッ!」
まきちゃんとオルガさんが宿屋で仲良くしている、ちょうどその頃。三話のラストで出てきた謎の影は、無惨にも吹き飛ばされ宙を舞っていました。
「貴様ーっ!私を誰だと思ってるワン!それにその額の角……お前も鬼のはず!まさか裏切ったのかワン!」
吹き飛ばされた影はなんとか着地します。そう、彼は簡単にやられるようなやつではないのです。
なぜならその正体は鋭い牙とよく効く鼻を持つ、鬼ヶ島三獣士の一人、猛犬の犬なのですから!
……では、その犬を吹き飛ばしたこの鬼の正体とは一体!?

「裏切ったのではないウマ。ただ私はお前たち三獣士が信用出来ないだけウマ……かつて桃太郎とともに我々を滅ぼそうとし……後に改造を受け鬼となった貴様らがな!」
それは巨大な四足のシルエットでした。犬より遥かに大きく、美しい毛並みを持つサラブレッド……
そう、彼の正体は馬!犬と同様、人間とともに在りながら、戦のために進化してきた恐るべき俊足生物、馬なのです!

しかしそんな馬の言葉にも、犬は怯みません。体格差がどれだけあろうと、彼は三獣士と呼ばれる強者なのです。
「昔のことをグチグチと煩いやつだワン!今回のまきちゃん討伐の任務に当てられたのが、大鬼様からの我々への信頼の証ワン!邪魔するなワン!」
「ふ、それだ。今の言葉こそ、私が貴様らを信用出来ない何よりの根拠なのだ」
「な、何だとワン!?」

馬は嘲るような声で言います。その態度に、思わず、犬はたじろぎます。それを見て、馬は続けて言いました。
「敵のことをちゃん付けで呼ぶ奴がいるか?それこそがお前らに人の心が残っている証拠……あんな奴まきでじゅうぶんよ、まきで!」
「な!ち、違う!それは……名簿に乗っていたのがまきちゃんという名前だったからそう呼んでいるだけだワン!言いがかりだワン!」
「ほう、なら言ってみろ。まきとな!私は何度でも言えるぞ……まき!まきまきまきまきまぁ~きぃ~!まきぃ~!」
「ぐ、ぐぐぐ……!」
調子に乗っている馬を、犬は忌々しくにらみます。

「分かった……ならば……言ってやろうじゃないかワン……!ま……ま……まま……ま……!」
犬はぶるぶると身体を震わせながら、必死に言おうとします。しかし中々言葉が出てきません。馬が非常にうざったい声で催促します。
「ほれほれどうした?後たったの一音……一音で疑いは晴れるのだぞ!速く言わんか!」
「ま、ままままま、まま、ままま……ま……う、うおおおおおーっ!」
「!?」
吠えたー!犬!突然大声で吠えました!これは一体!

「名簿……名簿の名前で呼べー!名簿をつくったGKの皆さんに失礼だろぉー!うおおおおー!」
そしてそのまま犬が馬に襲いかかります!名簿に敬意を払え!それができぬ者には……死、あるのみ!
「ふ、やはり本性を表したな犬め!だが忘れたのか!お前は先ほど私に吹き飛ばされたばかりだということに!」
しかし、しかし……おお、なんということか!馬が素早く方向転換し、襲い来る犬を後ろ足で蹴り飛ばした!
かつて人類の死因の7割は馬に蹴られることによる複雑骨折だったという!その恐るべき後ろ足蹴りが犬を襲う!

「グ、グゲギゴベバボブヌゲーッ!」
犬も同様!小柄な身体に馬の全エネルギーを受けてはひとたまりもない……!
哀れ!犬はハンバーグの元より細かい肉片になり、その一生を終えたのだ……!

「安心して眠るがいい。お前の果たせなかった任務は代わりに私が終わらせてやる。我に必勝の策あり!」
そう言うと、馬は頭に生えた角を器用に使い、草むらからある一つの札を取り出し、地面に突き刺しました。
「雉は愚かなやつだった。帽子で角を隠しても、それが取れればすぐに素性はバレる……。最初から角が見えていても、鬼だと思われないようにすればいいのだ!」
そう、この札こそが馬の策!そこには英語でこう書かれていた……“ユニコーン”と!

これならば確かに角が生えていても鬼だと思われはしない……何たる知略!こいつ、本当に馬なのか!?
このままではまきちゃんたちは馬を鬼とは思えず、色々大変なことになってしまう……まきちゃん達の命運やいかに!
がんばれまきちゃん!まけるなまきちゃん!ゆでたまごの黄身だけ取り出すと、使いみちに困るぞ!

第四話『馬』に続く


日本救世主昔話『桃太郎』第四話『馬』


第四話『馬』

「昨日は一日お世話になりました!お料理美味しかったです!またきます!」
「はい。とても良い宿でした。機会があれば、また訪れたいと思います。お世話になりました。」
翌日。ぐっすりと眠った二人は、お礼を言って宿を後にし、再び鬼ヶ島に向かって歩き出しました。

「オルガ先輩は凄い頼りになるけど、やっぱり鬼退治にふたりきりじゃ寂しいですよね先輩。」
「そうだな。今だと何方かが倒れたら撤退もままならない。最低でも前衛にもう一人……できればもう二人は欲しいものだ。」
「たしかに!私も4人パーティーが良いと思ってました!きびだんごもちょうど二個ですし!」
そう言ってまきちゃんは腰に下げられたきびだんごを掲げました。
沢山あったきびだんごは、まきちゃんがたくさん食べたこともあって、後二個しかありませんでした。

「じゃあ旅するだけじゃなくて仲間探しもしないとですねー」
「どこかに寄り道することも考えたほうがいいかもしれないな。ただ鬼ヶ島に行くのが目標ではないのだし……むっ。」
おや、どうやらオルガ先輩が何かを見つけたようです。オルガ先輩はまきちゃんを止めて、それを指指します。
「お、オルガ先輩!あれは!」
「驚きだ。まさか、日本であれが見れるとは思っていなかった。」

その先には、四足の大きな馬に、角が生えた生き物が居ました。その傍らに立った板にはこうかいてあります……“ユニコーン”と!
「私も始めてみました……!凄い大きい……!そうだ、オルガ先輩!ちょうどいいしユニコーンさんに仲間になってもらいましょうよ!」
「いい考えだ。懸念があるとすれば、ユニコーンはその、あれだ。えー……。綺麗な女しか認めてくれないという話だが」
オルガ先輩が、少しばかり赤くなりながらまきちゃんを見ます。
「?」
「……まきちゃんも大丈夫そうだな。では交渉してみよう。」
「はい!がんばるぞー!」
まきちゃんは何のことだかよくわかっていませんでしたが、兎に角交渉には賛成です。二人はユニコーンさんに駆け寄りました。

「どうもこんにちはユニコーンさん!私はまきちゃんで、この人はオルガ先輩です!はじめまして!」
「はじめまして。五士オルガだ。よろしく頼む。」
「はじめましてウマ。それで、まきちゃんとオルガ先輩はこのユニコーンに何のごようだウマ?」
ユニコーンが尾を揺らしながら言いました。その姿は気品にあふれていて、まるで本物のユニコーンのようでした。

「凄い……喋った……本物のユニコーンだ……。」
そう言って一人感動するのは、まきちゃんではなくオルガ先輩です。オルガ先輩は北欧のスウェーデン人のクォーター。
スウェーデンは、ユニコーンの伝説がとても良く馴染んでいる場所です。それだけに、本物のユニコーンと出会えた喜びはまきちゃんの比ではないのでした。
そんなオルガ先輩を他所に、まきちゃんは交渉を仕掛けました。

「はい!私達これから鬼ヶ島に鬼退治に行くんですけど、もしも良ければ私達の仲間になってくれませんか!」
「鬼退治に行くとは勇敢だウマ。いいウマ。その旅に私も付き合うウマ。その代わりにそのお腰につけたきびだんご、一つ私に下さいなウマ。」
ユニコーンはニッコリと微笑みながらそう答えました。その返事にまきちゃんも大喜びで、思わずオルガ先輩に抱きつきます。
「やったー!あっさり快諾だー!オルガ先輩!仲間が増えましたよー!」
「う、うむ。そのようだな。私も嬉しい。」

ニヤリ。その様子を見て、ユニコーンは心のなかでほくそ笑みました。馬鹿な奴らめ、これからお前らはその仲間になったユニコーンに殺されるとも知らずに、と……!
そう、読者の皆さんは御存知でしょう!このユニコーンは実はユニコーンではないのです!
その正体は鬼ヶ島三獣士の一人、犬を惨殺し、自らの手でまきちゃんご一行を始末しようとする、その名も馬!
角をあえて明かし、別の種族と言い張ることで正体を隠す、狡猾な男!

「……その。きにだんごもいいが、その前に背に乗せてもらえないだろうか?子供の頃から、ユニコーンの背に乗ってみたいと思っていたんだ……。」
そうとは知らず、オルガ先輩が少し恥ずかしがりながら懇願します。
いつもは冷静な彼女も、憧れのユニコーンを前にその判断力が鈍っているのです。
「あっ!ずるいですよオルガ先輩!私も乗りたいのに!」
「はっはっは。それなら二人共載せてあげるウマ。女の子二人をのせるくらいお安い御用ウマ。二人共可愛らしいし、むしろ大歓迎だウマ。」
「か、かわいいか。そうか、うむ……。」
「よかったー!載せてもらえますよオルガ先輩ー!やったー!」

勿論、オルガ先輩が気づけないことにまきちゃんも気づくはず無し!
二人は喜んでその背に乗ろうとします。
なんということだ……このままでは二人は馬に乗って、Pixivで乗馬マシンと検索したら出てくる画像のような状態になってしまう!
オルガ先輩の以外とたわわな胸が揺れて顕になり、まきちゃんの貧相な体つきがより強調されてしまう!
おお、二人の鬼退治の旅は、第五話を迎えられずここで終わってしまうのか……!?そう思われた、その時!

「うーおー!馬ー!馬だ馬だ馬だー!斬馬刀で馬を切らせろー!」
馬に向かって、大声を上げながら走ってくる影あり!
「な、なんだ?向こうの山から土煙を上げて……すごい勢いで誰かが降りてくる……!」
その影を見て、オルガ先輩が声を上げました。そして、まきちゃんはその影に見覚えがありました。
時折助っ人をする剣道部でも見かける、その影は!物騒な声を上げながら斬馬刀を振り回し走ってくる、その影は!
「あ、あれは佐藤伴先輩ー!斬馬刀を愛し続け、日常生活でも常に斬馬刀と寝食を共にする、佐藤伴先輩だー!」

その通り!彼女は佐藤伴!オルガ先輩、まきちゃんと同じ学校に通う、剣道部のエース的存在なのです!
「その通り!私は佐藤伴!そこの馬!私が斬馬刀を極めるための礎になってもらう!」
彼女は斬馬刀を使い世界最強の武芸者になることを夢見ており、そのために鍛錬を欠かさない女性!
そして斬馬刀とは馬を斬る刀!実際に馬を斬ることは、斬馬刀使いにとってこれ以上ない経験になる!彼女が馬を斬ろうとするのには、ちゃんと理屈があるのです!

「ま、待ってくれ伴!この御方は馬じゃない!ユニコーンなんだ!だからこの人を斬る意味は無い!馬違いだ!止めるんだ、伴!」
オルガさんが必死に止めようとします。伴さんを呼び捨てにしているのは、彼女が伴さんと同じ年だからであって、侮蔑の意味はありません。
「ユニコーン!?何言ってやがる!そいつはどう見ても、角の生えた馬……つまり馬鬼じゃねーかー!目を覚ませオルガー!」
「な、なんだってー!?」
「そ、そんな……、嘘だ……!」

まきちゃん!そしてオルガさんに衝撃が走ります。
先程まで仲間になってくれると言っていた人が、まさか鬼だなどと!言われてすぐ受け入れられるわけがないのです。
「いや、確かに言われてみればそんな気がしてきた……!だって語尾もウマだし、そういえば角だけでたてがみとかもないし……!」
「やめろ、やめてくれまきちゃん……それ以上言うな……!」
徐々に現実を受け入れようとするまきちゃんに対して、オルガ先輩はショックから立ち直ることができていないようです。
オルガ先輩はふらふらと、ユニコーンさんに近づいていきます。

「ユニコーンさん……鬼なんて嘘だろう……?たてがみがないのも、単にそういう種類だというだけで、おかしいことじゃない……そうだろう?そうだと言ってくれ、ユニコーンさん!」
「勿論。私が馬なんてとんでもない誤解ウマ。語尾だって、単に最近はやってるから真似しているだけだウマ……。私は正真正銘のユニコーンだウマ……。」
オルガさんを落ち着かせようと、ユニコーンは優しい声で語りかけます。しかし、その目に暗い光が宿るのを、まきちゃんは見逃しませんでした。
「オルガ先輩!あぶなーい!」
「ま、まきちゃん!?」
まきちゃんが飛び出し、オルガ先輩を突き飛ばしました。
そしてその直後。先程までオルガさんがいた場所……そして今はまきちゃんがいる場所に、馬の強烈な前蹴りが突き刺さりました。

「う、うぎゃーっ!」
「まきちゃーん!」
前蹴りを喰らい、まきちゃんは宙を舞いました。地面に倒れたまきちゃんに、オルガ先輩が駆け寄ります。
「しっかり、しっかりしろまきちゃん……死なないでくれ!」
「きゅ、きゅう……」
打ちどころが良かったのか、幸い命に別状はない用でしたが、まきちゃんはぐるぐると目を回して気を失っていました。
「すまないまきちゃん……私がユニコーンを思うばかりに、こんな目に……この五士オルガ、一生の不覚だ……!」
生きていてよかった、という安堵と、自分のせいでまきちゃんが傷ついたという罪悪感が、オルガ先輩を襲います。

「チッ。一撃で殺してやろうと思ったのに、余計なことをしおってウマ。まあいい、どうせこの後まとめてさよならウマ。それまで短い余生を謳歌しろウマ。」
まきちゃんとオルガ先輩を見下ろしながら、ウマが嘲るように言います。やはりこいつは、鬼!血も涙もない殺戮の化身……!
馬はオルガ先輩とまきちゃんを始末するために、二人に近寄ろうとしました。しかし、それを遮るように、斬馬刀を構えた佐藤伴さんが、彼女たちの前に立ちはだかります。


「ようやく本性を表したな!馬鬼野郎~!だが嬉しいぜ!これでお前を気兼ねなくぶった切れるんだからな!」
「そうかウマ。私もちょうどお前を殺してやりたいと思っていたところウマ。お前さえいなければ苦労なく始末できていたウマ。まずはお前から血祭りウマ。」
そう言うと馬は、突然反復横跳びをはじめました。その速度は徐々に上がっていき、やがて残像が生まれ……なんということ!
今や馬の姿は一つではなく、全く同じ五つの分身が出来上がっているではありませんか!

「斬馬刀は確かにあたれば恐ろしい武器ウマ。だがその重さと大きさゆえ取り回すには難しい武器ウマ。この速さを前に、果たして当てることができるかウマー!?」
五つの分身馬鬼が、全て全く同じタイミングで襲いかかる!いくら佐藤伴が達人級の使い手とはいえ、この速さでは斬馬刀を当てるのは至難の技だ!
……そう、馬鬼の戦法は正しかった。佐藤伴先輩に対して、スピードで持って対応するというのは、最適解の一つだろう。
だが、彼は忘れていたのだ。今彼が対峙しているのは、佐藤伴先輩だけではないということを。
その速さを前にしても、攻撃を当てれる者が、居るということを!

「ファイアー!」
「ウ、ウマーッ!?」
その名は五士オルガ!慧眼……攻撃がかならず当たるようになるアビリティを持つ彼女が放った弾丸は、五つに分身した馬の本体、その脚を正確に貫いた!
ランクNのキャラクターは能力のかわりに、二種類のアビリティを持つことができる……彼女の武器は狙撃銃だけではない!
その射撃の腕前こそが、彼女の最大の武器なのだ!

「守られた分の仕事は、出来たかな。」
「上等だぜオルガー!これでお前はちょこまか走り回ることは出来ねえ。思いっきりぶった切ることができるなぁ~!」
「ウ、ウママママ……!」
形勢逆転!脚をやられ、もはや戦うことはおろか、逃げることすら出来ぬ馬!
もしもここに犬がいたならば、傷ついた彼を抱え、すぐさま撤退しただろう……彼は戦局判断に優れた、仲間思いの男だった。
だが、その犬は馬自身に殺され、もうこの世にはいない!彼は自らを助ける相手を、自ら殺したのだ……これぞ、因果応報!

「や、やめろウマ……そうだ、今までのは仲間にふさわしいか試していたんだウマ……今からでも仲間になるウマ……だから命だけは助けてウマ……!」
「今更命乞いとは見苦しいぜ!まきちゃんならいざ知らず!俺たちは……」
斬馬刀を振りかぶる佐藤伴先輩!馬が恐怖のあまりヒヒーンという声を上げる!
「容赦しねえぜー!くたばりやがれ、馬鬼~!どりゃーっ!」
「くそー!佐藤伴、お前さえ、お前さえいなければ……ソブベリガボバベヤーッ!!」
斬馬刀が……振り下ろされる!馬は正中線を中心に、角ごと真っ二つになり絶命した……!クズ野郎にふさわしい、惨たらしい最後だ!
これでまた一人、悪がこの世から去った!私も胸がすくような思いです。よくやってくれた、佐藤伴!


ぺちぺち。それから死体の処理も終わったあと。オルガ先輩がほっぺたを叩くと、まきちゃんは目を覚ましました。
「う、ううーん。はっ!ここは!馬は!どうなったんですかオルガ先輩!」
「安心しろ。馬は佐藤先輩が叩ききってくれた。済まないなまきちゃん、私がユニコーン好きだったばっかりに。」
「いやー!私も雉の時助けてもらいましたから!これでおあいこですよ!オルガ先輩が無事でよかったです!」
二人はそう言って笑い合います。そしてまきちゃんは立ち上がり、そばにいた佐藤先輩にお礼を言いに行きました。

「佐藤先輩もありがとうございました!ユニコーンが馬鬼だったなんて、考えもしなかったです。ほんとうに助かりました!」
「私もだ。危ないところを助けてもらって、本当に有難う。」
ぺこり!まきちゃんとオルガ先輩が頭を下げます。
「よせやい。私は馬を斬りたかっただけだ。助けたつもりなんてねえよ。それより、鬼退治の旅だったか?私もご一緒させろよな!」
白い歯を見せて、佐藤先輩が笑いました。その言葉に、まきちゃんとオルガ先輩は大喜びです。

「やったー!いいんですか伴先輩!でもどうして手伝ってくれるんですか!」
「なに、鬼を斬り殺すのはいい練習になる。ただそれだけだ。別に剣道部の後輩が心配だとか、そういうのじゃないから勘違いするなよな。」
「へへへ……ありがとうございます、伴先輩!うれしいです!それじゃあはい、これ!」
喜びながら、まきちゃんは判先輩にきびだんごをわたしました。

「おう、これは?」
「はい!きびだんごです!仲間になった人に一個ずつあげるって、今決めました!仲間の証です!」
「そっか。じゃあ遠慮なく貰うぜ!ありがとよ、まきちゃん!」
「私も貰ったが、とても美味しかった。よく味わって食べるといい。」

「あっ!確かに美味しいな~これ!いいもん持ってるじゃないか、まきちゃん!」
オルガ先輩の言う通り、きびだんごはとてもきびの味がして甘く、美味しいものでした。
男勝りなすこし勇ましい顔をした佐藤さんの顔も、思わずほろろと崩れます。とても可愛らしいですね。

「よーし!それじゃあ新しい仲間も出来たことだし、今日はお祝いです!ちょっといい宿に泊まっちゃいましょう!」
「おっ!宴か?いいねー!今夜が楽しみだな!」
「昨日もいい宿だった気がするのだが……お金は本当に持つのか、まきちゃん?」
「平気平気!それじゃあ次の街へ向けて!しゅっぱ~つ!」

こうして新たな仲間を加え、鬼ヶ島に向けて再び歩き出したまきちゃん達。
しかし、彼女たちはまだ気づいていなかったのです。
これから出会う、さらなる強敵……三獣士最後の一人、最強にして最賢の鬼。その名も猿の恐ろしさに!
果たしてまきちゃん達は彼の巡らす策を見事蹴散らし、鬼ヶ島へつくことができるのか……!?
そして最後のきびだんごを手にするのは一体誰なのか?

がんばれまきちゃん、負けるなまきちゃん!君が代をカラオケで歌うと、場合によってとても気まずい空気が流れるぞ!

次回、第五話『猿』に続く。ダンゲロダンゲロ!



日本救世主昔話『桃太郎』第五話『猿』


第五話『猿』

この世界の何処か。薄暗い密室の中で、二つの影が対峙していました。
片方の影は、頭に角の生えた、人に似た二足歩行の小さな影……三獣士最後の一人、最賢の鬼、猿!
「キッキッキ……たしかにこの作戦が有れば、奴らを間違いなく倒せるサル……!」
サルは手元の紙束をぺらぺらとめくりながら、にやりと笑ってつぶやきます。
それは目の前の、なんだか影とかかかって姿がよく見ない奴から送られた資料でした。
その眼差しには、勝利を確信した強い光が宿っていました。

「しかしいいのかサル?話に聞く限り、あのまきちゃんはお前と同じ学校と聞いたサル。」
猿が目の前の影に問いかけました。
「なになに……?全く構わない。ただし、鬼が支配を成し遂げた後、身分を保証するならな、だとサル?」
猿が目の前の人間の言いたいことを感じ取り、いい感じに伝えてくれました。
猿は笑いました。この女は人間ではあるが、自分たちと同じ鬼畜なのだと。

「勿論だサル。この作戦がうまく行った暁には、この猿の側近にしてやるサル。お前が望むなら、生き残った人間を好きにする権利も与えてやるサル。」
影が笑う気配がありました。猿も笑いました。勿論、猿にそんな気はさらさらありません。
人間を裏切るような人間は、やがて自分のことも、鬼も裏切るだろうと見ぬいているのです。
この作戦が終わったら、この女も始末してやろう。そう、猿は考えていました。

「奴らはもうすぐこの街にやってくるサル。では、作戦に取り掛かろうサル。」
サルはそう言って、部屋を後にしました。まきちゃんたちを始末する、恐るべき作戦を実行するために……!

所変わって。馬を倒したまきちゃんたちは、夕方になってようやく、次の街に到着していました。
ユニコーンが仲間になっていればもっと速くにつけたのでしょうが、彼は偽物だったのです。徒歩で移動すると、どうしても時間が掛かってしまうのでした。

「ふーおー!つーかーれーたー!」
町の入口で、まきちゃんはどでーんと手足を放り投げ、横になりました。オルガさんはそんなまきちゃんをぐいぐいと押して立ち上がらせます。
「まきちゃん、まだ町に付いただけだ。これから宿を探さねば。それに町の皆さんも見ているぞ。」
「むおー!まだ歩くのかー!救世主も大変だー!」
「はっはっは!大分歩いたけどなー。でも大丈夫、安心しな!この町には前も来たことがあるんだ。宿はすくそこだぜ!」

そしてご一行は佐藤先輩の案内で、その街にある宿につきました。
まきちゃんたちを、宿の女将さんが歓迎します。心なしかふっくらとした、優しそうな顔をした女将さんでした。
「まきちゃんご一行様、ですね。長旅ご苦労様ですサル!当旅館は皆さんを歓迎するサル!ご滞在は一泊でよろしいサル?」
「はい!それで大丈夫です!お金は払うので、いい部屋をおねがいします!」
「かしこまりましたサル~!それではお部屋に案内しますサル。お荷物、お持ちしますサルっ!」
宿帳に色々書き込み、女将さんが荷物を持とうとします。しかし、まきちゃんたちはご遠慮しました。
「この中には貴重品も入っているので、自分たちの手で。お気遣いありがとうございます。」
そしてまきちゃんたちは体を休めるために、自分たちの部屋に歩いて行きました。

まきちゃん達が去ってから、女将さんはビリビリっと、顔の皮をはぎました。
すると中から出てきたのは……なんと!頭から角を生やした、二足歩行の毛むくじゃら生物……その名も猿!
鬼ヶ島三獣士の一人、猿ではありませんか!
猿はまきちゃん達の去ったほうを見ながらつぶやきます。
「キッキッキ……流石に警戒しているサルね……武器をそう簡単には手放さないサルか……。」
猿が笑います。それは悪意をたたえた、とても下卑た笑みでした。
「しかしそれも……あと少しサル。我々の策で、お前らは必ず無防備な姿を晒して死ぬことになるサル……!」
果たして、鬼ヶ島三獣士最後の一人、猿の策とは一体……!?

そんな策が張り巡らされているとも知らず、まきちゃんたちは部屋でくつろぎ、思い思いの時を過ごしていました。
「斬馬刀ー!うおー!斬馬刀ー!」
と叫びながら、一番大きな部屋で斬馬刀を振り回しているのは、剣道部の凄い奴、筋肉質でスポーティーな印象を与える女性、佐藤伴先輩です。
「ふふっ!鞘に収まってる斬馬刀も、立てかけてある斬馬刀もかわいいけど、やっぱり私が振る斬馬刀が一番かわいいなぁ……」
斬馬刀で演舞をしながら、佐藤伴先輩はうっとりとした顔で言いました。見ての通り、彼女は斬馬刀を愛する斬馬刀ガールなのでした。
肌が上気しているのも、動きの激しさのせいだけではないようです。時折、嬉しそうに身体を震わせています。とても楽しそうですね。
「よーし!もっと振ってやるぞー!うおー!斬馬刀うおー!」
好きこそものの上手なれ。彼女が強い理由が、なんだか少しわかった気がしました。

「さーん……しーい……!う、うあー!駄目だー!腹筋がー!腹筋が燃えているー!あと一回なのにー!うおー!」
その隣の部屋で筋トレをしているのは、小柄な身体にツンツンヘアーを生やした可愛らしい女の子、救世主まきちゃんです。
どんな時でも鍛錬を欠かさないまきちゃんでしたが、今日は旅の疲れもあって、いつもより辛そうです。
「でもここで諦めるのはー!救世主らしくない!らしくないぞー!がんばれまきちゃんー!きっとここを乗り越えれば更に成長できるー!うおー!ごーっ!」
しかし!苦しみながらもまきちゃんは五回目の腹筋をやり遂げました!すごい!どんな苦痛にも負けない……強靭な精神がなせる技です!
いつもは厳しい地の文さんも、これは褒め称えざるを得ません。偉いよまきちゃん!君ならきっと世界を救えるぞ!ぱちぱちぱちぱちぱち!

「……なんだかこの二人を見ていると、少しだけ不安になってくるな……」
そしてお座敷で、机を使って銃のお手入れをしているのが、サバゲー部所属のクールビューティー五士オルガさんです。
いつもは重装備に身を包んでいるためわかりませんが、プラチナブロンドの美しい髪を持った、とても綺麗な顔をしている人なのです。
お手入れの合間合間で、まきちゃんと佐藤先輩を眺めながら、彼女は一人言いました。
「ツッコミ不在のボケというか……できれば私と同じ、冷静なポジションがもう一人いてくれると助かるのだが……。」
言いながら、彼女はテキパキと狙撃銃を分解し、掃除し、また組み立てていきます。こうした小まめな点検があってこそ、普段の狙撃は成り立っているのですね。

それから暫く立ってから。こんこん、と部屋をノックする音が聞こえてきました。
既に武器の点検を終え、手持ち無沙汰のオルガ先輩がそれに対応します。
「はいサル!ただ今お料理の準備をしているのサルが、もう暫くお時間がかかりますサル。よろしければ皆さん、その間にお風呂に浸かるのはどうですかサル?」
「なるほど、態々ありがとうございます。こちらも、そろそろ湯浴みがしたいと思っていました。そうさせていただきます。」
そう言ってオルガさんは、佐藤先輩とまきちゃんを呼びに行きました。
まきちゃんは鍛錬を終えて疲れてべちゃ~っと成ってたり、佐藤先輩も斬馬刀と抱きあっていちゃいちゃしていましたが、お風呂に行くことには賛成してくれました。
まきちゃん達は準備を終え、お風呂場に向かいました。


「お風呂お風呂~!温泉~!熱いお風呂~!」
かぽーん!まきちゃんの歌声に合わせて、鹿威しが軽快な音を立てました。
ここのお風呂は露天風呂で、すっかり暗くなった町と、それを照らす大きな月がよく見えました。
「いやー!いいお湯ですねオルガ先輩!佐藤先輩!なんだか身体も軽くなってく気がします!」
まきちゃんが肩までお湯に浸かりながら、二人の先輩に話しかけました。
「ああ、いい湯だ!きっと効能ってのがあるんだよ、効能が。説明聞いてないから、よくわかんねえけどな!しっかしオルガ、大丈夫か?」
綺麗な黒髪をタオルでまとめた佐藤先輩が、オルガさんを心配します。オルガさんは色白の肌を真っ赤にしながら、石にもたれかかっていました。
「うむ……問題はない……。問題はないが……やはり慣れない……少し休む……。」
そういって、オルガ先輩はそのまま石の上によじ登り、仰向けになりました。タオルで隠されているとはいえ、大きな胸が強調され、なかなか目のやりどころに困る姿です。

「オルガ先輩には合わなかったんですかね?佐藤先輩!」
そんなオルガ先輩を見ながら、まきちゃんが言いました。オルガ先輩と比べるととても控えめな、しかし女性らしさを感じさせる胸の膨らみが、ちゃぷんと水面を揺らしました。
「んー、生まれが北欧だからなー。熱いのに慣れてないんだろ!私達があいつの分まで楽しんでやろうぜ!」
佐藤先輩がそう言いながら、自分の両手を頭に当てました。女らしくないと言われる彼女でしたが、胸の膨らみはしっかりとみてとれます。この姿を見れば、また彼女の印象も変わるだろうと思われました。

「そうですね佐藤先輩!しかし本当にいいお湯だなー……なんだか体の力が抜けるみたいな……そんな気がしますねー。」
「そうだなー……確かに力が抜けてくような……力が……はっ!」
そこまで言って、佐藤先輩は異変に気づき、飛沫を立てながら立ち上がりました。その足が少し震えていました。
力が抜ける、というより、力が入らないのです。それは足だけではなく、お湯に使っていた全身がそうでした。

「まきちゃん、速くお湯から出るんだ!この温泉、なにかおかしいぜ!」
「ふえ~?ひゃひがおかひいんでしゅかさひょう先輩~?」
「ま、まきちゃ~ん!?」
しかし、気づくのが遅すぎました。まきちゃんは体や髪を洗うのが速く、佐藤先輩より長くお湯に使っていたのです。
身体は脱力しており、今のとおり呂律は回っておらず、目もどこかとろんとしています。お湯に使って紅潮した頬も相まって、非常に危険な状態です。

「これは、完全に罠じゃねえか!」
「キッキッキ……ようやく気づいたかサル……」
「!お、お前は!」
佐藤先輩が振り向くと、そこには女将が立っていました。ただし、その覆面をはいだ状態で。そこにあるのは、勿論角を生やした、猿の姿です!
「お前は猿……!まさか最初から、私達をはめるつもりで宿に……!」
怒りと温泉の影響で震えながら、佐藤先輩が猿を睨めつけます。

「今更気づいても遅いサル……。この温泉の効能は美肌効果、疲労の回復、身体の麻痺、思考力の低下……そしてお前らの死サル~!」
猿が合図を送ると、効能の書かれた紙を持った猿達がどこからとも無く現れました。
それだけではありません、猿達はお風呂のあちこちから現れ、まきちゃんご一行をとりかこんでいるではありませんか!
そう、これこそが猿の策!まきちゃんたちが武器を手放す唯一の隙をつき、さらに薬で弱らせ、最後は危険をすべて部下に押し付けて確実に勝利を取る……。
鬼らしい邪悪で姑息な、しかしそれでいて効果的な恐ろしい作戦です!

「ひゃ、ひゃばいでひゅね佐藤先輩……」
ようやく不味いと思ったまきちゃんが、佐藤先輩に寄りかかりながら立ち上がります。
しかし、やはり温泉の効能は強いようです。身体はふらふらしており、目も焦点があっていません。
「うむ……大丈夫だ……問題ない……うむ……」
石の上に寝ているオルガ先輩はどうやら自体に気づいても居ないようです。
タオルで顔を覆い、頭から湯気を出して、ブツブツと呟いています。

「ウッキッキ……一人は温泉でよろよろ、一人はのぼせて立ち上がることも出来ないサル。加えてこの数。もう勝利は確実!さあ、やってしまえサル~!」
「う、うおおー!斬馬刀ー!」
猿の号令を受けて、猿の群れが一斉に佐藤先輩に襲いかかります。

果たしてまきちゃんご一行はこの危機を退けて、鬼ヶ島へ辿り着くことができるのか……!?
そしてお風呂での、露出度が高い状態での戦闘はレーティング的に大丈夫なのでしょうか……!?
がんばれまきちゃん、負けるなまきちゃん!黄緑を作るには、黄色と緑色、そして白を混ぜると色が良くなるぞ!

次回、第六話『ゴリラ』に続く。ダンゲロダンゲロ!


日本救世主昔話『桃太郎』第六話『ゴリラ』


第六話『ゴリラ』

「ウッキッキ……一人は温泉でよろよろ、一人はのぼせて立ち上がることも出来ないサル。加えてこの数。もう勝利は確実!さあ、やってしまえサル~!」
猿の号令を受けて、猿の群れが一斉に佐藤先輩に襲いかかります!
「ウッキキーッ!」
「うおおー!斬馬刀ー!」
勿論、温泉に斬馬刀を持ち込んでいるわけはありません。裸の付き合いをするには、まだ少し早いかな?と考えていたのが仇になりました。
しかしそれでも流石は武芸百般と言われた佐藤伴先輩。襲い来る猿達をちぎっては投げちぎっては投げ、次から次へと倒していきます。

「きゅうへいひゅ……ふうへいひゅぱんちー!ふうへうしゅキッ……うぎゃーっ!」
「うおおーっ!しっかりしろまきちゃーん!」
ですが、まきちゃんの方はやっぱりダメダメです。抵抗しようとしてもすぐに猿達に捕まってしまいます。
佐藤先輩がその度にフォローに入りますが、そのせいで佐藤先輩まで余計に体力を消耗して行きます。

「しゅ、しゅみませんばんせんぴゃい……」
「気にすんな、困ったときはお互い様だ!くそ、でもこのままじゃ不味いぞ……!私も段々、温泉の効能が……!」
顔を赤くしてふらふらしながら、まきちゃんが言いました。佐藤先輩はいい人なので、まきちゃんを責めたりしません。
それでも不味いものは不味いのです。猿達が押し寄せるせいで、伴先輩もまきちゃんもまだ温泉の中。
足元だけしか浸かっていないとはいえ、どんどん麻痺毒が身体に回っていきます。

「うおおー!斬馬刀ー!ざんびゃ……斬馬刀ー!うおーっ!おりゃー!」
「ウッキー!?ウギギギー!」「ウギャバー!」「ウギッゲー!」
仲間が次々と死に、しかし着実に佐藤先輩が弱っていくのを見ながら、猿はケヒケヒと笑います。
佐藤先輩はそんな猿に向かって怒りを覚え、怒鳴りつけました。

「てめー!いつまで見てるつもりだー!お前も男なら部下に任せてないで、さっさと出てきたらどうだこのー!」
それは、この猿さえ倒せば状況を打破できるかもしれない、という計算も含まれたものでしたが、猿は取り合いません。
「なんで私が出る必要があるサル~?このまま放っておいても、お前らはドンドン弱っていくサル……ほら、よそ見していていいのかサル~?」
猿がビシっと、佐藤伴先輩の後方を指さします。そこには、小猿達によって羽交い締めにされた、タオルを身体に巻いたまきちゃんの姿が!

「しゅ、しゅみましぇんせんぱい……でももうげんかいでひゅ……」
「し、しまった……!まきちゃんが……!」
遂にまきちゃんは効能が回りきったのか、既に小猿達に支えられて立っているような状態です。
「そして、それだけではないサル……!もう一人の方も既に!」
「うむ……うむうむ?うむ……うむ……」
そして岩の上でも、倒れたオルガさんの手足を猿達が押さえつけていました。既に仲間たちは囚われてしまっていたのです。

「くそ、オルガまで……いやオルガの方は最初からダメだって分かってたけど……!」
「さあ、大人しく温泉に肩まで浸かるサル。それとも仲間たちがどうなってもいいのかサル?」
猿が合図を出すと、小猿達がまきちゃんとオルガ先輩の身体に巻いてあるタオルをつまみ、ゆっくりとそれを剥がそうとし、また元に戻しました。
更に猿の手に握られているのは……そう、ビデオカメラ!つまりこれは、お前が抵抗するなら中学生二年生と高校一年生のあられもない姿を記録し、
インターネットで拡散してやるという脅しなのです!一度ネットで拡散された情報は、完全に消すことはほぼ不可能……。
現代社会の闇を使った、狡猾な恫喝です!(韻を踏んでいる)。

勿論佐藤伴先輩も、それを一瞬で理解しました。そしてしばしの逡巡の後、コクリと頷きました。
「わかった……!私が肩まで浸かればいいんだろ……!だからタオルから手を離せ……!」
「キッキッキ~!素直で嬉しいサル……こちらも誠意には誠意で応えるサル……言うとおりにしろサル!」
小猿達がタオルから手を話しました。佐藤先輩は未だに迷いながらも、ゆっくりとお湯に浸かって行きます。
猿は笑いをこらえるのに必死でした。勿論、彼に誠意などありません。佐藤伴先輩も動けなくなれば、怖いものなし。
彼はその後、じっくり時間をかけて、伴先輩共々まきちゃん達のタオルを取りさるつもりなのです。なんという非道!

このまままきちゃんご一行は温泉の効能で全滅し、全世界にあられもない姿をさらされてしまうのか……!?
そう思われた、その時!
……何処からとも無く、音楽が流れてきました。
「う、ウキ!?何だこの音楽はサル!?」
猿も突然の出来事に驚愕します。この温泉に居るのは、今は我々猿と、まきちゃんご一行だけのはず。一体誰が、まさか!

その時、さらなる異変が小猿たちを襲いました。
仔猿達の首筋、五話冒頭の女性から与えられた、お手元の資料を埋め込んだ部分が、急に発光し始めたのです!
「ウ、ウキキー!?ウキー!?」
そして……かかっていたクラシック音楽、威風堂々がクライマックスに入った、その瞬間!
ファーン!(ボン!)ファファファーンファーンファーン!(ボ、ボ、ボン!ボン!ボン!)ファーン!ファファファンファーン!(ボ!ボボボンボン!ボンボン!)
ファーン!(ッボン!)ファファンファファーンファーン!(ボッボボボンボン!ボッボボボンボン!)ファーン!ファファンファファーン(ボッボボボボボボボボボボボーン!)
小猿達の頭が、次と次と爆発……!猿以外の小猿は全員死亡!頭は色とりどりの煙となって、この世から姿を消したのです!
勿論、捕らえられていたまきちゃん達は自由に!支えを失って倒れかけたまきちゃんを、佐藤先輩がしっかり支えました。

「い、一体、何が起こっているサル~!?」
「キヒヒヒッ!あらあら、無様な姿ですわねえ、お猿さん。」
「ウキャッ!?」
背後からかけられた声に、猿は驚愕しながら振り向きます。
そこに居たのは、前髪をきっちりと揃えた黒髪ロングの髪を持ち、細めの眼鏡をかけた、お手元の資料を持った女性の姿!
「あ、あにゃたは……き、きにゃにゃいせんやいー!?」

その姿を見たまきちゃんが、驚きのあまり口を開きます。そう、彼女はまきちゃんたちと同じ学校に通う、高校二年生の先輩。
その名も北内花火!諜報部に所属する、情報分析官の一人なのです!
先ほどの爆発は、彼女の特技、『お手元の資料に仕掛けた爆殺トラップ』によるもの!
インプラント資料を施されていた猿以外の小猿は、それによって無惨な爆殺死体へと変わったのです!


「き、貴様~裏切った猿~!?いや、最初からそのつもりで……!?」
猿の激高を、北内さんはさらりと受け流します。
「ようやく気づいたの?キヒッ!貴方達みたいな、醜くて、花火のように散るくらいしか価値が無い生き物と組むわけないじゃない。」
まあ、花火になっても汚いままだったけどね。そこまで聞いて、猿はぶるぶると震え出しました。

「あら、ショックだった?それとも怒っているのかしら。キヒッ!やはり低俗な生き物は沸点も低いのねえ。キヒヒッ!さて、後は貴方を爆殺すれば終わりね。」
「く……くく……!」
北内さんが猿を罵倒します。しかし、猿は怒っているのではありませんでした。
「キ~ッキッキッキッキッキッキ~!き~っきっきっきっき~!」
笑っていたのでした。

「な、なに……?こいつ……!」
いつも余裕を崩さない北内さんも、わずかに動揺し、その頬を冷や汗が伝いました。猿が言います。
「どうやらお前は勝ったつもりでいるようサルが、それは間違いサル……。まきちゃん達を見てみろサル!」
目を向けてみると、なんとか温泉からは出れたものの、まきちゃん達はやはりヘロヘロで役に立たず、佐藤伴先輩も膝が震えています。
温泉の効能はそう簡単に抜けきるものではないのです。

「そして、私を爆殺すればいいと言っていたサルが……それは無理サル……。聞いていないのかサル?」
そして、猿の身体にも変化が起こっていました。それを見た伴先輩が驚きのあまり声をあげます。
「な、なんだー!?猿の野郎の小さかった身体が、まるで風船見てえに、ドンドン膨れ上がっていきやがる!」
そのまま猿の身体はドンドンと膨れ上がり、更に!体毛の色まで真っ黒に変わっていくではありませんか!
今やその体長は元の三倍、いや、五倍まで膨れ上がり、貧弱だった身体は筋肉の鎧で覆われています……!

「フシューっ!この猿は、鬼ヶ島三獣士の中でも、最賢、そして最強であるとゴリ……!」
猿は、もう猿ではありませんでした。これはそう、鬼ヶ島三獣士、猿のバトルフォーム、マウンテンゴリラ!霊長類最強の、恐るべき筋肉の魔神です!
「……こけおどしね。中身が無い筋肉に払う敬意など無し!死になさい!」
北内先輩がパワーポイントを投擲!運動エネルギーを一点に集中させた、虹色の破壊ファイルがゴリラを襲う!
「ゴーリーッ!」
ゴリラはそれを……いともたやすく!握りつぶしたー!ゴリラの握力はおよそ300kgにも及ぶ!
パワーポイントの一点集中エネルギーですら、それを上回ることは不可能!

「パ、パワーポイントが効かな……!」
「ゴリーッ!」
そしてそのままゴリラは北内先輩に向かってかけ出す!巨大な手のひらが、北内先輩に襲いかかる!
「あ、あぶねえ、北内先輩ー!」
「っ!きゃあーっ!」
伴先輩の声掛けも虚しく、ゴリラの手につかまる北内さん。驚くべきはその巨体に似合わぬ、ゴリラの俊敏性!
パワーとスピードを兼ね備えたパーフェクトソルジャー!これが鬼ヶ島三獣士最強の所以なのだ!

「小猿達を一人残らず殺すため、まきちゃん達を囮に使ったのはお見事ゴリ。だが、全員に音楽を聴かせるために粘りすぎたゴリな。私を倒す戦力が居なくなってしまったゴリ。」
「くっ……!汚い手で触るな……!」
北内さんがもがきますが、ゴリラの握力には到底敵わず、ぬけ出すことは出来ませんでした。
「それは無理ゴリ。私は私以外の卑怯者が大嫌いゴリ……。お前にはまきちゃんたちより先に、全世界にあられもない姿を晒してもらうゴリ!」
「なっ!やめろ!やめろー!」
「後輩たちが頑張ったんだゴリ。お前も一肌脱ぐのが礼儀だゴリー!」

そう言ってゴリラは、一枚一枚丁寧に北内さんの服を脱がしていきました。
筋力と敏捷だけでなく、ゴリラは器用度も高い……鬼に成ったことで、知能も上がっている。強い、強すぎるぞゴリラ……!
……通常なら、もう勝ち目はなかったでしょう。しかし、ゴリラには二つ、見落としていることがありました。
それは小猿達が消えて、まきちゃん達の武器を見張る役がいなかった事。
そして、もう一つ。まきちゃんご一行には一人、その生まれから、殆ど温泉に浸かっていない人間が……麻痺毒の影響を受けていない人間が、居たということを!

「ファイアーッ!」
「ゴ、ゴリリーッ!?」
ワイシャツのボタンを外し終え、今まさに剥ぎ取ろうとしていたゴリラの両手に銃弾を放ったのは、五士オルガ!
のぼせから回復した五士オルガ先輩は、ゴリラが北内先輩に気を取られている隙に、ロッカーから銃を回収。
ゴリラの両手を狙撃し、北内先輩を開放したのだ!

「ぬううー!しまった、時間をかけ過ぎたかゴリ……!だが問題はないゴリ!このままお前を叩き殺せば済む話ゴリー!」
「……させないわ!」
オルガ先輩に襲いかかろうとしたゴリラを、北内先輩のパワーポイント群が阻みます。
「ぬうう~!小癪なゴリ~!」
彼女の持つアビリティは武芸!通常のキャラの二倍の手数を持つ彼女の攻撃が、ゴリラの足を止めたのです!
同時に、ボタンの外れたワイシャツの隙間から、黒い下着に包まれた、北内さんの形の良い胸がチラチラと見えました。

「伴!これを受け取れ!」
そしてその隙に、オルガ先輩は回収してあった斬馬刀を、佐藤先輩に投げ渡しました。
ゴリラの筋肉を切り裂いてとどめを刺すには、彼女の斬馬刀しかないと、そう踏んだのです。
「おお、任せ……とけ……!」
しかし、彼女の身体は温泉に晒されすぎました。大好きな斬馬刀を持っているのに、力が入らず、持ち上げることが出来ないのです。
「ち、畜生……!斬馬刀さえ持ち上げられれば……猿の野郎をぶった切ってやれるのに……!」

北内先輩の足止めも限界が近づいています。自分が持ちあげられなければ、負けてしまう。それなのに、体が言うことを聞きません。
「私が、私がやらなきゃいけないのに……!だ、ダメなのか……!斬馬刀の愛があっても、温泉の効能には、勝てねえのか……!」
佐藤先輩が諦めかけた、その時。斬馬刀を持つ佐藤先輩の手に、もう一つ手が重ねられました。

「ま、まきちゃん!?」
「ひゃと……ひゃ……佐藤先輩!」
佐藤先輩の手を、そしてその下にある斬馬刀を持ちながら、まきちゃんは佐藤先輩の名を呼びました。
温泉の効能はまだ身体に残っています。しかしそれでも、その手には僅かに力が戻っていました。
「わひゃ……私も、頑張ります!二人で持へば……力も二倍でひゅ!」
「……!ああ、その通りだ。斬馬刀はでかいんだ。二人で持ったって、何の問題もねえしな!いくぜ、まきちゃん!うおおおー!」
「ひゃい!おおおー!」

グオン!二人の力によって、斬馬刀が振り上げられます。
「むううう!や、やめろゴリー!」
それに気づいたゴリラが、遂に北内さんを破り、二人を止めようと駆け出します。
しかし、その判断は間違いでした。その動きによって、ゴリラはちょうど、斬馬刀の間合いに入り込んでしまったのです。
もしも猿のままならば、彼はその危険に気づき、遠くから倒す策を練ったことでしょう。ゴリラに成ったことで、彼の知能はわずかながら低下していたのです。

「ゴ、ゴリリーッ!」
拳を繰り出すゴリラ!しかし、それより速く、まきちゃんと佐藤伴先輩の構えた斬馬刀が、振り下ろされる!
「おおおー!」
「斬」
「馬」
「「刀ーー!」」
「ぬ、ぬべるちゃごるべどばーっ!!」
斬馬刀の一撃を受け、繰り出した拳ごと切り裂かれるゴリラ!
そして筋肉によって抑えていたパワーポイントエネルギーが開放され、その死体は色とりどりの煙を吐き出しながら、壮絶な爆発四散を遂げた……!

それから暫くして。
北内さんを加え、四人となったまきちゃんご一行は、毒抜きを済ませた温泉に再び浸かっていました。
「なんで私まで一緒に浸かっているのかしら……」
「まーまー、私達だけお肌を晒すのは平等じゃないってことで!それにいいじゃないですか!ここの温泉が気持ち良いのは本当ですし!」
怪訝な顔で呟く北内さんを、まきちゃんがなだめます。とはいえ、北内さんもまんざらではない様子です。

「そうそう!これから仲間になるんだから、裸の付き合い位しとかないとな!」
「え?私仲間になるなんて……。」
佐藤先輩が北内先輩と肩をがっちり組み、断ろうとした言葉を止めました。
「私達を出汁に使おうとしたんだ。恩返しにそれくらいやってもいいだろ?それにほら、オルガももう一人冷静な奴がほしいって言ってたからな。」
そう言って、佐藤先輩はオルガ先輩に顔を向けました。
そこには相変わらず石の上に横たわり、「うむ……問題ない……うむ……」と呟く、オルガ先輩の姿がありました。

「はあ……。」
「っつーわけで!北内先輩が仲間に成ってくれるってよまきちゃーん!」
「えー!ホントですか北内先輩ー!北内先輩が仲間に成ってくれるなら、凄い頼もしいです!」
それを聞いて、まきちゃんは大喜び。目をキラキラさせながら北内先輩を見上げます。
「う……。まあ、諜報部としても鬼の連中は看過できないし……付き合ってあげても……」
「やったー!ありがとうございます北内先輩ー!」
「ちょっ、苦し……」
ぎゅーっ!喜びのあまり、まきちゃんは北内先輩に抱きつきました。
まきちゃんの小さい胸と、北内先輩の胸が押し付きあい、むにゅっと形が変わりました。

佐藤先輩はその様子を見て微笑むと、ザバっと温泉から上がりました
「よーし!じゃあそろそろ出ようぜ!動いて腹も減ったしな、ご馳走が私達を待っている!」
「やったー!ごちそうだー!」
「私も。久々に動いて、お腹ぺこぺこだわ。」
「うむ……うむ……。」
「北内先輩にはデザートにきびだんごあげますね!美味しいですよー!」

この後、まきちゃんご一行は猿の用意した毒入り料理を食べてほにゃほにゃ大変なことになるのですが、それは語るに落ちるというものでしょう。
こうして、まきちゃんご一行は遂に最後の仲間を手に入れ、鬼ヶ島三獣士を倒しました。
しかし、この後、まきちゃんたちを思いもよらない障害が襲います。
そこで彼女たちは、自分たちを阻むのが、鬼だけではないと知るのです。

果たしてまきちゃん達は、無事に鬼ヶ島へ付き、全ての元凶である大鬼を倒すことができるのでしょうか?
がんばれまきちゃん、負けるなまきちゃん!
今機密文書リサイクルサービスってのが変換候補で出てきたんだけど、どういうサービスなんだろうね!

次回、第七話『人』に続く。ダンゲロダンゲロ!

日本救世主昔話『桃太郎』第七話『人』


第七話『人』

猿を倒した後。いろいろな街を経て、まきちゃん達は港町に辿り着きました。
「海だー!海ですよ先輩方ー!」
生まれて初めて海を見たまきちゃんが、まるで子供のようにはしゃぎます。実際、彼女は子どもと言ってもいい年齡なのですが。
「水着!水着買いましょう!あと風船も!スイカのやつとか買いましょう!」
「おー、いいねえ!ちょうど四人だ、ビーチバレーでもするか!」
「まきちゃん……お金は本当に大丈夫なのか……?随分使っていると思うのだが……」
佐藤伴先輩が乗り気になり、オルガ先輩が財布の心配をします。

「残念だけど、この町に海水浴場はないわ。ビーチバレーは又の機会ね。」
そんな中、北内先輩は一人、地図を見て冷静に言いました。諜報部出身である彼女は、こういった情報収集に余念がないのです。
「残念……。じゃあ鬼退治が終わった後に、改めて海に行きましょう!」
「ええ、そのためにはまず、鬼ヶ島へいくことね。船を探しましょう。海を渡らなくちゃならないわ。」
北内先輩の言葉に従って、まきちゃんたちは鬼ヶ島へいく船を探す事にしました。

暫くすると、港が見えてきました。しかし、そこにある船は尽く壊れているようで、乗れそうなものは一つもありません。
「おいおい、どういうことだこりゃ。嵐でもきたのかよ?それにしたって全滅ってなあ……」
佐藤先輩がぼやいていると、船乗りさんの一人がやってきて、声をかけてきました。

「すまないね、旅人さん。ここの船はちょっと前に、鬼たちに壊されてしまったんだよ。お陰で我々は、こうして昼から出歩いていられるわけじゃがな。」
「んだってえ!?卑怯な事しやがる!それじゃ、この街で船を見つけるのは無理か……」
「うむ……。休息をとったら、別の港町を目指すしかないな。」
オルガさんの言葉に、船乗りさんは首を振ります。
「聞いた話だと、他の街でも同じような事があったらしい。恐らく他の街に行っても船には……」

「おおお……マジかよ……」
「うむ……うむ……」三獣士を倒した今が、乗り込むチャンスだというのに……。
しかし、泳いでいくわけにも行きません。船がなくては、鬼ヶ島へいくことは出来ないのです。
その言葉に、二人は愕然とします。
「オルガせんぱーい!さとうせんぱーい!」
そんな二人に向かって、まきちゃんが港の向かい側から走ってきます。どうやら、いい知らせがあるようです。
「船!船!無事な船がありましたよー!せんぱーい!」

まきちゃんに手を引かれていくと、港の端の端に、無事な船がぽつりと、一つだけ浮かんでいました。
大きさは小さいですが、四人ならなんとか乗っていくことが出来そうです。
「見て下さい!船ですよ!船!私が見つけたんですよ!」
まきちゃんが誇らしげに、小さな胸を張ります。

「ええ。どうやらこの船だけ無事みたいね。鬼達が来た時、この船だけ外に出ていて、壊されずに済んだのだとか。」
他の船乗りさんから話を聞いていた北内先輩が補足します。
「うおっしゃー!じゃあこの船に乗っていきゃあ鬼ヶ島まで行けるってわけか!唯一の希望だな!」
「うむ。だが、この街に唯一残った船だ。持ち主の方が、許可を下さるかどうか……。」
息巻く佐藤先輩を制するように、オルガ先輩が言いました。
「なーに、この街だって鬼にひどい目に合わされてんだ!それを懲らしめるっていえば、協力してくれるって!」
佐藤先輩が、励ますように、ばしっ!っとオルガ先輩の肩を叩きます。

「よーし、それじゃあ持ち主の人を探しましょう!お金も沢山あるし、きっとなんとかなりますよ!」
佐藤先輩に追従するように、まきちゃんも手を上げながら、元気良く言いました。
「そうね。時間をかけるのも惜しいし、二手に別れましょう。まきちゃんと私は街の西側。オルガと伴は東側をお願い。」
「おう!……ってなんでお前とまきちゃんが一緒なんだよ!何か変なことするつもりじゃないだろうな!」

北内先輩の提案に、佐藤先輩が異議を唱えます。彼女は猿との一戦でのことから、まだ北内先輩を信用しきってはいないのでした。
(なにもしないわよ。私は、だけどね。)という言葉を飲み込んで、北内先輩が答えます。
「単に能力の問題よ。まきちゃんには最年長で、一番しっかりしてる私が付いたほうがいい。でしょう?」
「それは……」
伴先輩がちらりとまきちゃんを見ます。彼女は状況をよく判っておらず、こてんと首を傾げるだけでした。
「……それもそうだな。でも絶対に目離すなよ!絶対だからな!」
「はいはい。よし、話は纏まったわね。それじゃ手分けして探しましょ。集合は二時間後。それでダメなら、一旦宿に戻って日を改めましょう。」
「うむ、わかった。」
「おー!」

そして、四人は二人と二人に別れ、船の持ち主を探しに行きました。
「やれやれ、過保護な先輩を持ったものね、貴女も。」
「佐藤先輩のことですか?過保護って?」
「いい先輩って意味よ、まきちゃん。」
まきちゃんは言葉の意味がわかっていませんでしたが、北内先輩は適当にはぐらかしました。

「お船の持ち主さーん!いませんかー!お船の持ち主さーん!」
「いませんかー。」
時折声を上げながら、まきちゃんと北内先輩は街の西側を探します。
通りに、人の影は中々見えません。少し前に鬼が来たせいで、皆怖がっているのかもしれないな。と、北内先輩は思いました。
そして暫く歩いた所で、北内先輩が突然立ち止まりました。

「あれ?北内先輩?どうかしたんですか?」
まきちゃんが心配して、北内先輩に声をかけます。北内先輩が答えました。
「ええ。少し忘れ物をしちゃって。すぐに戻ってくるから、まきちゃんはこの辺りを探しておいてくれる?」
北内先輩が地図のある場所を指差します。佐藤先輩から釘を差されたのに、まきちゃんを一人にするつもりなのでしょうか。
しかも、それはこの街の中でも裏通りと呼ばれる、すこし危なっかしいところでした。

「それは大変ですね……。大丈夫、任せて下さい!バッチリ探しますから!」
そんなことにも気づかず、まきちゃんは一人裏路地の方に入っていきます。
それを見届けて、北内先輩は忘れ物を取りに……行きませんでした。
「ごめんなさいね、まきちゃん。でもこれも、鬼達を倒すためには、必要なことなのよ。わかってちょうだいね。」
そして、一人、誰にもいない場所に向かって呟くのでした。

一方、まきちゃんは相変わらず声を上げながら、裏路地を歩き回っていました。
「お船の持ち主さーん!いませんかー!お船の……お?」
「あん?」
すると、裏路地に屯している、ガラの悪そうな人達と出会いました。
「ヒッヒ……よう、小さいお嬢ちゃん。もしかして、あんたが探してるのは……港に残ってる無事な船の持ち主かい……?」
彼らはまきちゃんの他に人が居ない確認してから、声をかけてきます。

「こんにちは!私は救世主まきちゃんです。はい!船を使って、鬼ヶ島に行きたくて、持ち主の人を探してます!」
ぺこりと礼をして挨拶し、まきちゃんが言いました。それを聞いて、ガラの悪そうな人はニンマリと笑います。
「ヒヒ……ああ、実はあの船は俺達の船なんだよ……運がいいねえまきちゃん。」
「えー!ほんとですかー!」
「ああ、本当だとも。ほら、船舶免許もこの通り持ってるぜ?」
ガラの悪そうな人が取り出した免許は、どうやら本物のようでした。この人達が船の持ち主だというのは、疑いようのない事実なのです。

「あの!鬼を倒して世界を救いたいので、おねがいします!船を貸して下さい!お金ならあります!」
頭を下げて、まきちゃんが頼み込みます。その手には、お母さんから持たされた旅費の多くが握られていました。
「うーん、どうしよっかな~?まあお金は当然貰うとして……あとはまきちゃんの態度次第かな~?」
そう言いながら、ガラの悪い人はまきちゃんの髪を撫でました。

「あの……船を……」
なんで突然髪を撫でられたのかわからず、まきちゃんはちょっとだけ怯えました。ガラの悪い人が続けます。
「まきちゃんは世界を救うためなら、少し位嫌なことも我慢できるよな?」
「はい、世界は救いたいです……」
「じゃあ、少しの間じっとしててくれるかい?なあに、すぐに終わるさ。そしたら船を貸してあげるからさ。な?」
「う……はい……。わかりました……。」
まきちゃんはとても嫌な気持ちで一杯でしたが、船を貸してもらわなければ、世界を救うことは出来ません。彼女はしぶしぶ頷きました。

「へへへ、おいお前ら、許しが出たぜ!こっちに来な!」
流石兄貴だぜー。ひゅひゅー!待ちに待ったこの時!など、思い思いの声を上げながら、ガラの悪い人達がまきちゃんに群がり、髪と頭を撫で始めました。
「髪の毛だぜー!すごい生えてるぜー!そしてつんつんしてるぜー!」
「うおー!めっちゃつんつんしてるぜー!ヘタしたら手に突き刺さりそうな程つんつんだぜー!」
「でも刺さらないぜー!刺さる前にフニャってなるぜー!面白くて何度もやっちまうぜー!」
「ううう……」
頭を撫でられるのは、人にとってとても嫌な行為なのです。特に、異性からやられるとなればなおさらです。
それでも、船を貸してもらうためには仕方ありません。涙目になりながらも、まきちゃんはじっと耐えていました。

そんなまきちゃんの様子を、北内さんは物陰からひっそりと見ていました。
きっとまきちゃんはいま、耐えながら、北内先輩の助けを待っていることでしょう。でも、彼女に出て行くつもりはありません。彼女は心のなかでもう一度、ごめんなさいね、とまきちゃんに謝ります。
北内先輩はは最後の船の持ち主が、彼らだということを知っていました。そして、普通に頼み込んでも、ひねくれものの彼らはきっと貸してくれないことも、わかっていました。
なので、彼女はまきちゃんを使うことにしたのです。まきちゃんは彼らの好みの女性ぴったりでした。
たしかに彼女は嫌な目に合うかもしれません。それでも、それに耐えて、彼らの気が済めば、船を借りることは出来ます。
鬼退治に行くには、それが今取れる、一番いい手段なのでした。

「へへへ、それじゃあ、そろそろ……」
そう言って、ガラの悪いリーダーがまきちゃんの服のファスナーに手をかけ、ジジーっと下げようとしました。
「えっ、あの!えっ!?えっ!?」
流石のまきちゃんも、これには思わず手を掴んで、止めてしまいます。
「ふぅ~ん……まきちゃん止めるんだー……少し我慢すれば船が借りられるのにな~……」
「あ、あの……それは……えっと……うう……」
はぁ~と溜息をつきながら、リーダーの人が口を開きます。まきちゃんはその言葉を受けて、今にも泣き出しそうです。

「船が借りられれば鬼も倒せるのにな~……世界も救えるのにな~……。まきちゃん離してくれないんだ~……ふ~ん……ふ~ん……」
そんなまきちゃんをみて、更にリーダーが畳み掛けます。その表情はとても残念そうなものになっていました。
「ううー……。止めてごめんなさい……。離したので……我慢するので……。ううー……。船を……お願いします……。」
それを聞いて、ぽろぽろと涙をこぼしながら、まきちゃんがリーダーの手を離しました。リーダーの顔に、直ぐ様笑みが戻ります。
「へっへっへ……俺もわかってくれて嬉しいよまきちゃん。じゃあ遠慮無く……」
「はい……どうぞ……お願いします……ううーっ……!」

ブイーン。ブイーン。リーダーの手によって、ジャージのファスナーがゆっくりと降ろされている、正にその時。
マナーモードになっていた北内先輩の携帯に、着信がありました。それは目の前に居るまきちゃんからのメールでした。
どうやら、ガラの悪い人達に気取られないよう、スマホを操作していたようです。
大方、速く来てと、助けを求めるものでしょう。そう思って開いたメールには、それとは真逆のことが書いてありました。
『北内先輩へ!こっちの探しものは順調なので、先輩は他のところを探しておいて下さい!m(_ _)mしばらく後に、集合場所でおちあいましょう!(`・ω・´)ゞ
こっちは人はいらないので、絶対にきちゃダメですからね!それじゃあ、また後で!(^^)/~~~』

それを見て、北内先輩の胸がズキリと痛みました。順調じゃないのは、今北内先輩自身が見て、はっきりとわかっています。
今北内先輩が来たら、きっと、一緒に嫌なことをされる。まきちゃんはそう思って、北内先輩がここに近づかないように嘘を言っているのです。
まきちゃんが嫌な目にあっているのは北内先輩のせいなのに、その北内先輩の心配をしているのです(韻を踏んでいる)。
今、まきちゃんはジャージを脱がせられ、Tシャツとズボンだけの姿です。リーダーは、どこからとも無くナイフを取り出して、Tシャツを切ろうとしています。
北内先輩は段々、自分も嫌な気分になってきました。そして一度ため息を付いてから、物陰からガラの悪い人達の前に出て行きました。

「あらあらまきちゃん。大変そうなことになってるわね大丈夫?」
「あっ!北内先輩!じゃない……な、なんでこっちに来たんですか……?」
まきちゃんは一瞬喜びましたが、直ぐにしゅんとなりました。これでは、北内先輩も巻き込まれてしまうと思ったのです。
「メール見たわ。でも、もうすぐそこまで来ちゃってたから。来て正解だったわね。まきちゃん、順調には見えないし。」
北内先輩はそれを見て見ぬふりをして、微笑みながら言いました。

「おうおうなんだぁ~?こいつの連れか~?お前も船が借りたいのか~?んん~?だったら……わかるよな~?」
リーダーが威嚇しながら北内先輩に詰め寄ります。しかし北内先輩は、さっと携帯の画面を見せて、毅然と言い放ちました。
「げっ、こ、これは!」
「貴方の方こそ。こんな年端も行かない子を脅して……これが警察にでもしれたら大変ねえ。」
彼女の携帯の画面には、ナイフを握り、まきちゃんに迫るリーダーの姿がありました。
リーダーが、同意の上だしー!と弁明しますが、どう見ても脅しているようにしか見えません。法治国家日本では、大変な犯罪です。

「見た目と同じ、汚下劣な精神性ね、キシッ!これを黙ってて欲しければ、どうすればいいか……わかってるわよね?」
「ひ、ひいい~!美人局!警察だけは勘弁です~!」
リーダーは船舶免許を北内先輩に投げ渡すと、一目散に逃げて行きました。部下たちもそれに追従します。
「ふう、やれやれ。度胸の無い奴らで助かったわ。」
北内先輩はあっさり事が済んで、ちょっぴり安堵の息を漏らしました。

「ううーっ!ありがとうございます北内先輩ー!すごい嫌だったですー!」
彼らが去ってから、まきちゃんは北内先輩に泣きつきました。それだけとっても嫌だったのです。
「……気にしないで。それより船が手に入ってよかったわ。」
「はい!これで鬼ヶ島にいけます!嬉しいです!」
北内先輩はそんな目にまきちゃんを合わせた心苦しさを隠しながら、まきちゃんを慰めました。

「ねえまきちゃん、一つ聞いてもいい?」
「えっと、何でしょう北内先輩!」
まきちゃんが泣き止むのを待って、北内先輩はまきちゃんに尋ねました。
「鬼は確かに、酷いことをするわ。人間は佐藤さんや五士さんみたいに、優しい人ばかりじゃない。今みたいに、人が、嫌なことをしてくることも沢山ある。
まきちゃんは世界を救うと言っていたけど、嫌なことしてくる人達も救ってあげるの?」

北内先輩の質問を受けて、まきちゃんはちょっとだけ悩んで、答えました。
「はい。救世主は世界を救うので、世界にそういう人達が居ても救いますよ!人を選んだら、救世主じゃないです!それにきっと、救世主になったら皆ちやほやしてくれると思うので!」
「そっか。まきちゃんは救世主になりたいんだもんね。人を選んじゃ、救世主じゃないか……。」
きっとこの子は、先ほどのような目にあったのが自分のせいだと知っても、救おうとしてくれるんだろうな、と、北内先輩は思いました。
「ごめんなさいね、変なことを聞いて。少し早いけど、集合場所に行きましょうか、まきちゃん。」
「はーい!」
こうして、まきちゃん達は船舶免許を手に入れ、集合場所にいきました。

程なくして、佐藤先輩とオルガ先輩も到着します。
まきちゃんがむん!と薄い胸を張って、船舶免許を佐藤先輩、オルガ先輩に見せました。
「どうですか!私達が借りてきました!」
「ほほ~!すげーじゃねーかまきちゃん、花火!特に花火は見なおしたぜ!」
それを見て、佐藤先輩はぽんっと手を叩いて賞賛します。
「はい!北内先輩は凄いんですよ!私が嫌なことされてる時に助けてくれて、その御蔭で船も借りられました!」
まきちゃんが元気に言います。それを聞いて、オルガ先輩と佐藤先輩はむむっと怪訝な顔をしました。

「……嫌なこととは、一体どんなことをされたんだ?北内先輩はその時、まきちゃんから目を離していたのか……?」
「おい!花火!お前もしかして、今度はまきちゃん出汁に使って船借りたんじゃないだろうな!」
ぷんぷんと佐藤先輩が怒ります。それに対して、北内先輩は肩をすくめてごまかしました
「キシッ!私がそんな酷いことするわけないじゃない。それより、船も手に入ったんだし、鬼ヶ島にいかないの?また鬼が来て、船を壊そうとするかもしれないわ。」
「そうですよ佐藤先輩ー!北内先輩がそんな事するわけないじゃないですか!レッツゴー鬼ヶ島ですよ!」
「ううーん……やっぱり怪しいなあ……。でもま、まきちゃんがそういうなら信じてやるか!」
「うむ。こうして、船が手に入ったのも事実だ。先を急ごう。」
「うおー!ついに鬼が島だー!燃えてきたー!世界救うぞー!うおー!」

こうして船を手に入れ、鬼ヶ島へ向かって大海原に乗り出したまきちゃん御一行。
しかし、鬼ヶ島に居るのは、三獣士に負けるとも劣らない強い鬼達。
そして、それらを従える大鬼の影……。果たしてまきちゃん達は、鬼を駆逐し、世界を救うことができるのでしょうか?
がんばれまきちゃん!負けるなまきちゃん!
ここに書くきみネタもなくなってきたので、皆なんかいいの考えといて!

次回、第八話『鬼』に続く。ダンゲロダンゲロ!

日本救世主昔話『桃太郎』第八話『鬼』


第八話『鬼』

「うわー!一面青だー!すごい面積だー!海すごいー!」
船の上で、まきちゃんは綺麗な海を見てはしゃぎきっていました。
右から左へと、船の中を駆けまわってわ、海すげーと言っています。
「落ちないように気をつけるのよ、まきちゃーん。」
「はーい!気をつけます!」
そう言って注意するのは、船を運転する北内先輩です。彼女は諜報部なので、諜報で船の運転の仕方も調べていたのでした。

「んー……潮風で斬馬刀が傷まないか心配だなあ……。しかしオルガ、風呂もそうだけど船もダメなんだな、お前。」
斬馬刀の様子を見ながら、佐藤先輩が横で倒れているオルガ先輩を心配します。
「私は……陸上部隊なんだ……海戦は本領では……うぶっ……!すまない伴、水を、水をとってくれ……」
彼女は今、船酔いを少しでも和らげるため、重装備を脱いで、薄着で横たわっていました。

「本領がどうってレベルじゃないだろ……。ほら、水だ。しっかりしろよー。」
伴先輩は水を手渡して、オルガ先輩の背中を撫でます。
「しっかりー、しっかりー。」
「うむ……うむ……」
途中、まきちゃんも心配になって一緒に背中をなでてくれました。

「皆、一度出てきて。見えてきたわよ、鬼ヶ島が……。」
そうこうしている内に、船は鬼ヶ島のすぐ近くまで来ていました。
空は曇り、海が荒れ、時折雷が落ちてきています。とても禍々しい雰囲気です。
辺りには、攻め込もうとして荒れる海に飲まれ、沈没した、船の残骸達が広がっていました。
「凄いことになってんなー。これ、私たちは大丈夫なのか?」
それを見て不安になった佐藤先輩が、北内さんに問いかけます。
「安全な航路は確保してあるわ。よっ!と。それに従っていれば、沈没することはないはず。」

北内先輩が巧みに船を操作し、ヤバイ波を避けます。船が揺れ、オルガ先輩は益々気分が悪くなってきました。
「うむ……それは良かった……鬼ヶ島も見たし、もう、ベッドに戻ってもいいか……?また吐き気が……うぶっ……。」
青ざめた顔のオルガさん。しかし北内さんはそれを認めてはくれませんでした。
「キヒッ!そうして欲しいけど、ちょっと難しいのよね。ほら、来たわよ。お出迎えが。」
そう言った北内さんの視線の先。鬼ヶ島の方角から、バッサバッサとこの船に向かってくる、沢山の小さな影がありました。
その影の形は様々でしたが、もれなく頭からは角が生えています。

「うわー!鬼だ!鬼が飛んできてますよ!オルガ先輩!ライフル!ライフル!」
「うう……気持ち悪い……吐きそう……でもやるしかない……。」
この船の中で遠距離攻撃ができるのはオルガ先輩だけです。吐き気をなんとか堪えながら、パシパシと鬼を落としていきます。
しかし、数が多すぎです。流石に捉えきれなかった鬼が、オルガ先輩に襲いかかろうとしました。

「うおーっ!斬馬刀ー!」
ズパーッ!襲いかかってきた鬼を、佐藤先輩が斬馬刀でまとめて切り払います。
「守りは私がやる!オルガは狙撃に専念してくれ!」
「うむ……まかせ……うっ……!」
「がんばれー!オルガ先輩頑張れー!」
まきちゃんもオルガ先輩の背中をなでて応援します。北内先輩は船を動かすので必死です。
四人はそれぞれ皆ができることをして、この窮地を乗り越えようとしました。

そんな風に、まきちゃんたちが海の上で健闘しているその頃。
鬼ヶ島では鬼の大玉である大鬼が、斥候鬼から報告を受けてその事を知っていました。
「ふむ……救世主まきちゃんが、この鬼ヶ島に向かっているか……。あの辺りの船は全て潰したつもりだったが、漏れがあったようだな……。」
ピカッ!ゴロゴロゴロ……。鬼ヶ島を覆う灰の雲から雷が落ち、大鬼の顔……角の生えた、人間の男の顔が照らし出されました。

動揺する斥候鬼に対し、大鬼は落ち着き払って言いました。
「なに、瑣末な問題だ。ここには多くの鬼が居る。それをかいくぐり、この場所を見つけられるとも思えない。だがもし、私の元まで来るなら……」
大鬼は、腰に下げられた刀に手を触れます。彼が鬼となる際に与えられたこの刀で、彼は大鬼の地位まで上り詰めたのでした。
「……それもまた、運命ということだろう。」
彼はどこか悲しそうな目で、そう呟きました。

「ふう、ふう……なんとか鬼ヶ島までこれましたね、先輩……!」
まきちゃん達は飛ぶ鬼達を振り払い、なんとか鬼ヶ島に上陸していました。皆、無傷とは行かなかったようで、所々から血を流しています。
「ああ、船の上で振る斬馬刀も新鮮でなかなか良かったぜ。」と、佐藤先輩。
「うむ……。漸く地上だ。少し気分が良くなってきたな……。」
オルガ先輩は地上に出たことで、装備を整えることが出来ました。
北内先輩は操縦桿を握っていた手を、ふーふーやって痛みを和らげていました。
息をつく四人。しかし、あまり時間はないようです。今度は森の中から、ドコドコドコドコという足音が聞こえてきます。

「ちっ!もう気づきやがったか!急ぐぜ、どっちに行けばいいんだ花火!」
「実は、鬼ヶ島の中までは、何度やっても調べることができなかったのよね。ごめんなさい。」
そう、流石に鬼ヶ島に踏み込めた諜報員はおらず、いても一人も帰ってきませんでした。
「大鬼を倒せば、他の鬼も静になるはず。何か居場所がわかるような、手がかりがあればいいんだけど……」
それでも入ればなにかわかるかも、と思っていたのですが、残念ながらそれらしい目印もありません。

「一番偉いやつなんだから、一番高いところにいるんじゃねえのか?」
「どうかしらね。もしもそうじゃなかったら、もう逃げ場はないわ。一網打尽よ。」
佐藤先輩が、佐藤先輩らしい大雑把な意見を言い、北内先輩に呆れられます。
「不味いな、このまま追われ続けていては、何れ体力が……」
「……!わかりました!こっち!こっちですよ!先輩!」
足音から逃げ、だんだんと疲れてきた頃。突然。まきちゃんが声を上げて、ある方角に向かって走り出しました。

「おいおい、まきちゃん!そっちに行ったら、敵とぶつかっちまうぞ!一体何がわかったんだ?」
「あの、わかんないです。わからないけど、なんだか剣が言ってる気がするんです!こっちだって!」
まきちゃんは腰に下げられた剣を手で持ちながら、言いました。
「これ、鬼退治に出てたお父さんの剣なんです!もしかしたら、鬼ヶ島にも、お父さんがなにか残してくれてたのかも……!」
「まきちゃんのお父さんが……。わかったわ。他に手がかりもない。ここはまきちゃんを信じてみましょう。」
おし!やってやるか!うむ、異存なし。三人は、まきちゃんのあとをついていくことに決めました。

「オーニオニオニオニー!新鮮な女だオニー!お楽しみだ!殺さずに捉えるオニー!」
やがて、沢山の鬼がまきちゃん達に追いつきました。しかし、これは予測の範囲内。まきちゃん達に動揺はありません。
「北内先輩、頼む。」
「キシッ!鬼らしいクズ共で安心したわ。遠慮なくやれるもの。」
北内先輩は走りながら、鬼の集団に何かを投げ入れました。
それは手榴弾型に切り抜かれた、お手元の資料でした。たちまち爆炎が上がり、何人かの鬼が吹き飛びました。鬼達の隊列が乱れます。

そして乱れた所に、オルガさんがスモークグレネードを投げ入れます。忽ち、辺りは煙で覆われました。
「よし、上出来だな。」
「うわー!煙だ!煙だオニー!前が見えないオニー!奴らはどこだオニー!」
更なる混乱で、鬼達はにっちもさっちも行かなくなりました。その隙を突いて、まきちゃんたちは鬼の間をすり抜けます。

「うおー!凄いですね北内先輩!オルガ先輩!あんな沢山居たのに!ババーって!」
「私は五士さんに言われた通りやっただけよ。ね?五士さん。」
「うむ……。清掃委員では多くの魔獣を相手取ることもあるからな。その経験が生きた。」
オルガ先輩が言いました。まきちゃんの真っ直ぐな賞賛を受けて、頬が少し赤くなっています。
「ともあれ、これでしばらく邪魔ははいらねえな!一気に行こうぜ!まきちゃん、次はどっちだ!」
「はい!こっち!こっちです!」

そうして、まきちゃんの指示に従って行くと、やがてまきちゃん達は森のなかにそびえ立つ、お城のような場所を見つけました。
「ここです!ここに来いって、剣が言ってたような気がします!」
お城は四階建てになっていて、それぞれの階が別々の色で塗られています。正面には大きな門がついており、今その門は大きく開いています。
「ここに本当に、大鬼の野郎が……?」
佐藤先輩が訝しみます。確かにいい作りですが、なんだか敵の本拠地にしては小さいような気がしたからです。
「兎に角一度、中に入って見よう。罠かもしれん。慎重にな。」

佐藤先輩を戦闘に、四人は城の中に足を踏み入れました。そこで、まきちゃん達は、床に描かれた、大きな大きな絵を目にしました。
「お、オルガ先輩!これ!」
「……!これは!」
まきちゃんとオルガ先輩が声を上げます。そこには、最初に出会った日、オルガ先輩が射殺した鬼ヶ島三獣士の一人……雉の姿が描かれていたのです。
「……そうか。ここは鬼ヶ島三獣士の居城。やはり、大鬼はここだ。ここは四階建て。三獣士の上に立つ鬼は、大鬼にしかありえない。」

「やっぱり剣は正しかったんだー!やったー!」
まきちゃんが喜ぶ中、北内先輩は違和感に首を傾げました。
たしかに、三獣士の上に立つのは大鬼しかいない、という情報は掴んでいます。
しかし、大鬼がその三匹と同じ城に住んでいるというのは、どうにも納得し辛いような。そんな気がしていたのです。
「よーっし!じゃあさっさと大鬼の野郎をとっちめてやろうぜ!ほら、善は急げだ!」
「……ええ、そうね。行きましょう。」
しかし、違和感を言葉にすることが出来ません。北内先輩は佐藤先輩に促され、先へ進むことにしました。

まきちゃん達が二階に登った時、異変が起こりました。ズズズズズ……という地鳴りがし、遠くから、鬼達の鳴き声が聞こえてきたのです。
「不味いわね、鬼達が私達の居場所に感づいたみたい。急ぎましょう。ここに逃げ場はないわ。追いつかれたら、間違いなく全滅よ。」
「ああ、だが、そう簡単に進ませちゃくれないみたいだぜ。」
佐藤先輩が、斬馬刀を抜きました。その視線の先……三階に繋がる階段からは、鉄でできた、巨大なゴリラ状の絡繰りが降りてきていました。
「じゃあ、急いで倒しましょう!それで大鬼さんを倒せば、鬼達もなんとかなります!」
まきちゃんの言葉に、皆頷きました。そして、四人はゴリラロボに向かって駆け出しました。

「ゴリーッ!」ピカッ!っと目が光り、ゴリラが右ストレートを繰り出します。佐藤先輩は直ぐ様飛びのき、攻撃を回避しました。
北内先輩の予想通りの動きです。彼女はゴリラの構造から一瞬で動きを予測し、佐藤先輩に指示を出していたのです。
「ファイアーッ!」
バシュンバシュン!その隙を突いて、オルガ先輩の狙撃銃が火を吹きます。銃弾はそれぞれ、銃の両足に当たり、ゴリラの動きが止まります。

「いいぞいいぞーオルガせんぱーい!佐藤先輩!今ですよー!」
「任せな!うおおー!斬馬刀ー!」
まきちゃんが声を上げて二人を応援します。佐藤先輩はそれを受けて、足の止まったゴリラに向けて斬馬刀を振り下ろします。

「ゴリリリリリーッ!」
バキーッ!ゴリラの外部装甲が切り裂かれ、中の機械部分が顕になります。
「ゴ、ゴリーっ!」
「ふ、生き汚いわね。今綺麗にしてあげる。」
「ゴゴゴゴリーッ!!」
まだ動こうとしたゴリラに向かい、北内先輩のパワーポイントが突き刺さりました。
パワーポイントは機械部分を打ち抜き……ボボーン!ゴリラロボは爆発し、機能を停止しました。

「へっ!本物と比べたら随分弱っちいやつだったな!よし、後は四回まで抜けるだ……け?」
階段を駆け登った所で、佐藤先輩は突然足を止めました。後ろから走ってきたまきちゃんがその背中にぶつかり、ぽよんと弾き返されます。
「う、うわっち!どうしたんですか佐藤せんぱ……?」
まきちゃんは佐藤先輩に尋ねようとし、目の前の光景に思わず口を閉じました。

「「キーッジッジッジッジッジーッ!」」
「「イーヌイーヌイーヌ……」」
「「ゴリー!ゴリリリリー!ゴリーッ!」」
そこには、鉄ので作られた、キジ、イヌ、サル……それぞれのロボットが、とても沢山並んでいました。
それらのロボットはまきちゃんたちを見つけると、ゆっくりと起動し、彼女たちに襲い掛かってきました。

「うわーっ!私は救世主だぞー!救世主だぞー!強いんだぞー!」
ぶんぶんとまきちゃんが刀を振り回し、彼らを威嚇します。佐藤先輩は、気圧されながらも、それを跳ね除けるために叫びました。
「……へ!上等!複製野郎なんかに負けてやるつもりはねえ!かかってきやがれーッ!」
ボボボン!チュピーン!ガキン!ガキン!ロボたちとまきちゃん達の激しい攻防が繰り広げられます。
しかしなんとかまきちゃん達は押し切り、四階に上る階段まで辿り着くことが出来ました。

「はあ……はあ……ひい……ひい……」
いつもは元気いっぱいのまきちゃんですが、流石に連戦がきつかったのでしょう。今は顔を真赤にして、汗を流しながら、肩で息をしています。
「ふう……。私も、中々疲れたわ。でも、休む時間はないわ。鬼の大群がすぐそこまで来てる。皆、行ける?」
鬼達の接近を感じ取り、北内さんが皆に尋ねました。
「へっ!余裕だぜ!むしろ、体が温まってちょうどいいくれえだ!」
「多少の疲労はあるが……。うむ、私も問題ない。行こう、大鬼を倒しに。」
皆は少し余裕があるみたいです。まきちゃんはほんとは少し休みたかったのですが、皆の勢いを止めるわけには行きません。
「っへぇー……へぇー……わ、私、も!大丈夫!です!……んぐっ!行きましょう!」
まきちゃんたちは意を決して、四階への階段に足をかけました。

ゴロゴロゴロ……ピシャー!ピシャーン!ゴロゴロゴロー……。
お城の四階は他の部屋とは違い、明かりがついていないのか、薄暗い部屋でした。時折雷が落ち、僅かな間だけ部屋の中を光で包みます。
その中で、まきちゃん達に背を向けて立つ、一人の男が居ました。
「ほぉー……ほぉー……あ、あのっ!貴方が鬼の、けほっ!大鬼さんですか!」
息を整えながら、まきちゃんが問います。しかし、大鬼さんは答えません。
「おい!まきちゃんが質問してんだぜ!なにか言ったらどうだ!なんなら後ろから斬りかかって、その首落としてやってもいいんだぜ!」
それを見て、佐藤先輩が怒ります。それを聞いて、大鬼は口を開きました。

「そう焦るな。少しくらい感慨に浸らせてくれてもいいだろう。」
大鬼がほんの少し顔を上げました。その目は、雲を超え、どこか遠くを見ているようでした。
「私が大鬼に成ってから、鬼ヶ島まで来た人間は、君達が初めてだ。しかし、その一段を率いるのが……まさか、まきちゃん。お前だとはな。」
大鬼は、クックと笑いました。何処か、乾いたような感覚を覚える笑みでした。

「大鬼。お前はまきちゃんのことを知っていたのか……?」
オルガさんが、眉をひそめながら問いかけます。大鬼は答えました。
「ああ、知っていたとも。ずっと前から……私が大鬼になる前から、知っていた。」
「えっ!そうなんですか?なんで知ってるんですか!大鬼さん!」
まきちゃんが大声で訪ねます。その様子を見ながら、北内先輩は自分の心臓の、早鐘を打つ用な鼓動を聞いていました。

「……大鬼になる、前から……。」
北内先輩がぽつりと呟きました。脳に、沢山の血液が回っています。北内先輩の中にあった違和感が、今、漸く形になろうとしていました。
馬が漏らしていたように、鬼は、既にいる生き物……その中でも、特に強い物を選んで改造し、仲間を増やしていく生き物です。
北内さんは諜報部で聞いた、ある情報を思い出していました。十年以上前に、雉、犬、猿を率いて、鬼ヶ島へ乗り込んだ、一人の男が居たという情報。
その男は力及ばず倒され、死体は海に捨てられました。そして、実力を認められた三匹のお供だけが、鬼として迎え入れられた。それが、諜報部に伝わる鬼ヶ島三獣士の来歴です。

もしもその情報に誤りがあったとしたら。その男は死んだと見せかけて、三獣士と同様、鬼となっていたのだとしたら。
その卓越した力から、大鬼の座を譲られていたのだとしたら。
彼らは鬼になる前同様、自分達を最も信頼の置ける仲間だと思っていたのではないか?それならば、大鬼が、三獣士と同じ城にいることも、説明がつきます。
そして、ここまでまきちゃんたちを導いてきた、あの剣。大鬼が変わってから、鬼ヶ島に人は訪れていないと言っていました。
しかし、まきちゃんの年齡を考えれば、あの剣の持ち主は、少なくとも13年の内に鬼ヶ島に付いているはずです。
北内先輩の中で、全ての糸が繋がりました。

「まさか……まさか、貴方は……」
「ど、どうしたんですか北内先輩?もしかして、お知り合いですか?」
まきちゃんが無邪気に問います。彼女はまだ気づいていませんでした。大鬼の正体に。大鬼は再び、クックと笑いました。
「いいや、違う。私が知っているのはまきちゃん、君だけだ。そして、君も私を知っているはずだ。」
「ええ!?わ、私がですか……?えーと、えーっと……」
大鬼が、ゆっくりと振り返り、まきちゃん達を見下ろしました。

「え……え……?あ……。」
その姿を見て、まきちゃんが凍りつきます。声を聞いたことはありませんでした。
ですが、その顔はお母さんに何度も見せられて、しっかりと記憶していました。
「今年で十三歳。ふ。あいつが止めると思ったが、それでも鬼退治に来るとはな。血は争えんということか。」

『実は、貴方のお父さんも鬼退治に行って、命を落としているの。私が反対していた理由はそれ。でも、どうやら止まりそうにないから。』
「そんな……あ、あなたは……」
まきちゃんの頭に、お母さんの言葉が蘇ります。
「久しぶりだな。大きく育ってくれて、嬉しいよ。そして残念だ。この鬼ヶ島に、君が来てしまったのだから。」
「お父……さん……?」

「その通り。」
カッ!雷が落ち、大鬼の顔を照らしました。その顔は、まきちゃんの家の仏壇に供えられた写真と、全く同じ顔をしていました。
「私は大鬼。かつて桃太郎と呼ばれた男。そして……君のお父さんだパパ。」


次回、日本救世主昔話『桃太郎』
第九話『父』に続く。


日本救世主昔話『桃太郎』第九話『父』


第九話『父』

「私を倒せば世界を救うことができるパパ。さあ、最後の戦いを始めようじゃないかパパ……。」
「う……あ……」
大鬼……まきちゃんのお父さんが、足音を鳴らしながら、一歩一歩近づいてきます。
まきちゃんはショックから、それに立ち向かうことが出来ません。お父さんの歩みに合わせて、後退りしてしまいます。

「大鬼が、まきちゃんのお父さんだって……!?」
ショックを受けたのは、まきちゃんだけではありません。斬馬刀を構えながら、佐藤先輩も困惑しています。
「何度も言わせるなパパ。かかってこないのか、まきちゃん?君の覚悟はそんなものかパパ。まあいい、それなら……こちらから行くパパ!」
「くそっ!下がってろ、まきちゃん!うおおー!斬馬刀ー!」
ギンッ!まきちゃんに向かって駆け抜けに放たれた大鬼の攻撃を、佐藤先輩が立ちはだかり、受けます。
斬馬刀と日本刀がぶつかり合い、赤い火花が瞬きするように散りました。

「斬馬刀とは面白い武器を使うパパ。だが、それは本来、馬から降りた人に使うものではないパパ。果たしてどこまで受けられるかパパ?」
「はっ!馬鹿言うな!本来がどうとか、私と斬馬刀の愛があれば、関係ねえんだよ!」
大鬼が更に仕掛けました。上段からの一撃。佐藤先輩は前に出て間合いをつぶしながら、鍔迫り合いの形に持ち込もうとします。
鍔迫り合いになれば、獲物の重さから佐藤先輩が有利です。大鬼はそれに取り合わず、身体を反転し、横につけようとします。
佐藤先輩もそれに応じ、再び間合いが離れました。その際、大鬼は佐藤先輩の手を切りつけようとしましたが、横合いから放たれた銃弾がその斬撃を止めます。
この一合で、佐藤先輩も、大鬼も、お互いが相当な手練だと確信しました。

「う、ううう……」
仲間と父が戦う姿を見て、まきちゃんの心のなかに、様々な思いがうずまきます。
救世主になりたいという思い、皆との旅の思い出が背中を押し、大鬼の姿と、母から聞かされた父の話が、足を引っ張ります。
まきちゃんは、どうすればいいのかわからなくなって、ただ立ち尽くしました。

「しっかりするんだ、まきちゃん。あれは既に、鬼になっている。姿と記憶を受け継いでいようと、その人格はもう父上のものではない、別人なんだ。惑わされるな!」
オルガ先輩がまきちゃんを叱咤します。眼前では再び佐藤先輩と大鬼が間合いを詰め、目まぐるしい攻防が繰り広げられていました。
「でも、でも……あれはお父さんで……大鬼もそう言ってて……でも世界は救わないと……ううう~っ!」
オルガ先輩の声を受けても、佐藤先輩が戦っているのを見ても、まきちゃんは立ち向かうことが出来ませんでした。しまいには、頭を抱えて、床にしゃがみ込んでしまいます。
オルガ先輩が言っていることは、頭の中ではわかっているのです。でも、どうしても心が、それを受け入れてくれないのです。

「この、大鬼野郎~!まきちゃんを苦しませ……やがって!この!ぶった切ってやる!」
ガキン!ギン!ギン!佐藤先輩が怒り、攻撃の手を激しくします。当初は互角だった二人の攻防は、今は大鬼に傾いています。
やはり鬼の頂点、その実力は生半可なものではありません。時折飛んで来るオルガ先輩の援護射撃が、状況をなんとか拮抗させていました。

「……不味いわね、これは。」
そう呟いたのは、北内先輩です。彼女は城の外に意識を集中させました。鬼達のうねり声と足音が、すぐそこまで迫っています。
彼らが辿り着くまでに大鬼を倒せなければ、まきちゃん達に未来はありません。
北内先輩は腰を下ろし、まきちゃんの顔を覗き込みました。その目は涙を流したことで、赤く腫れ上がっていました。

北内先輩が言います。
「まきちゃん、言ってたわよね、救世主になりたいって。でも、ここでしゃがみこんでたら、世界は救えないわ。それでもいいの?」
「うう……わからない……わからないんです北内先輩……。」
まきちゃんは再びぽろぽろと涙を流しながら、なんとか口を動かします。
「私、ずっと世界を救いたいって思ってて……思った通りにやってきて……。でも今、世界を救いたいって気持ちと、お父さんを切りたくないっていう、二つの気持ちがあって……」
まきちゃんが北内先輩の顔を見ます。彼女はいつも元気だったまきちゃんからは、想像できないような、ひどい顔をしていました。

「どっちも大きくて……どっちも確かにあって……。私、どうしたらいいんですか、北内先輩……」
北内先輩はハンカチでまきちゃんの顔を拭きながら、優しく語りかけます。
「私としては、世界を救ってもらわないと困る。……でも、どうしたら良いかは私にもわからないわ。まきちゃんの気持ちの問題だもの。」
そこまで言って、いちど北内先輩は言葉を切り、でもね、と続けました。
「貴方はここに来る時に、剣の声を聞いたわ。お父さんが、ここに呼んだのかもしれない。でもそれは、貴方を苦しませるためじゃないと、私は思う。」

「剣が、私を呼んだ理由……。」
まきちゃんがポツリと呟きます。それを聞いて、北内先輩が、すっくと立ち上がりました。まきちゃんが、不安そうな目で北内先輩を見上げました。
「先輩……?」
「このままじゃ、大鬼を倒す前に鬼達がここに来るわ。私が足止めしてくる。大鬼相手には、ちょっと向かなさそうだし。」
キシッ!と、北内先輩がまきちゃんに笑いかけます。
「大丈夫。大鬼を倒してくれれば、私も無事に戻ってこれる。また会いましょうね、まきちゃん。」
言い終わると、彼女は駆け出し、三階へと降りて行きました。去り際、彼女はもう一度、キシッ!とまきちゃんに微笑みました。

まきちゃんはもう泣き止んでいました。そして、剣を抜き、その刀身を見つめます。
「……なんで、なんで貴方は、私をここに呼んだの?……お父さんはなんで、貴方を残したの?」
まきちゃんが問いかけます。しかし、刀は光を反射するだけで、何も答えてくれません。
「剣を振るんだ、まきちゃん!」
その様子を横目で見て、佐藤先輩が叫びます。大鬼の斬撃を受け止めながら、彼女は続けました。
「剣の気持ちを知りたいなら、それが一番だ。語りかけても、答えちゃくれない。だけど振れば、気持ちは通じる。私と斬馬刀もそうだった。剣を振るんだ、まきちゃん!」

「ぺちゃくちゃと、うるさい女パパ。いま黙らせてやるパパ!」
「!くあっ!」
大鬼が大きく体を動かし、佐藤先輩を突き飛ばしました。不意を疲れた佐藤先輩の体制が、大きく崩れます。
「させん!」
その隙をカバーするために、オルガ先輩が銃弾を放ちます。しかし、それこそが大鬼の狙いでした。

大鬼は軌道を読み、刀でそれを逸します。そして、刀によって弾かれた銃弾は、その勢いのまま、佐藤先輩の手に突き刺さりました。
「その手には、もうなれたパパ。」
「ぐ、あああ!」
手を撃たれ、佐藤先輩の手から斬馬刀が零れ落ちます。斬馬刀はその質量から、両手でなければ使うことが出来ないのです。

「ば、馬鹿な……!」
オルガ先輩が驚愕に目を見開きます。直後、佐藤先輩から開放された大鬼が、オルガ先輩に斬りかかりました。
「くっ……!」
ライフルを捨て、ナイフで応戦しようとするオルガ先輩。しかし、一度斬撃を受けただけで、ナイフは宙に舞いました。
大鬼が、刀を振りかぶります。オルガ先輩の身を守る物は、何もありませんでした。

オルガ先輩の脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックしてきます。父や母の顔、初めて銃に触れた時のこと。
髪の色の違いから、周りから距離を置かれていた小学生時代。初めて銃に触れた時のこと。
見た目の違いを気にしないで、仲間に引き入れてくれたサバゲー部の面々。魔獣を倒すため、日夜訓練に励んだ日々のこと。
鬼退治にいけと命じられた日のこと。そして、そこで出会ったまきちゃんのこと。

船を見つけて、自慢げにしていたまきちゃん。ふらふらになりながら、猿を倒すためにがんばっていたまきちゃん。
騙されかけていた自分を庇って、馬に蹴られたまきちゃん。雉を倒した自分を、鷲の眼だと言ってほめてくれたまきちゃん。
様々な場面が一瞬で頭の中に現れ、消えていきます。

大鬼が、刀を振り下ろしました。このまま彼女は、大鬼に斬られて、その一生を終えてしまうのか……?
五士オルガの旅は、ここで終わってしまうのか……?そう思われた、その時!

「……おりゃーッ!」
ガキーン!振り下ろされた刃を、まきちゃんの剣が受け止めていました。

距離を取り、自分に刃を向けるまきちゃんを見て、大鬼が言います。
「ほう、私に刃を向けるかパパ?世界を救うために、実の父を斬るという、その決心がついたかパパ?」
まきちゃんは首を振りました。しかし、その目はしっかりと大鬼を見据えています。
「わかんないです。まだわかんないです。でもこの剣は、オルガ先輩を死なせるために、ここに呼んだんじゃないと思います。佐藤先輩の戦いを黙って見させるために、ここに呼んだんじゃないと思います!」
大鬼には笑いました。

「ふっ!そんな曖昧な覚悟で刃を振るうかパパ!それでこの大鬼を倒せると思っているのかパパ!?」
「わかんないです……わかんないです。けど。」
大鬼が刀を振るい、それがまきちゃんの剣とぶつかり合い、火花をちらしました。
「けど、剣を振ってわかりました。お父さんは、鬼に成っちゃったけど、それでも世界の一部なんだって。世界には、居なくなったお父さんも含まれてるんだって。」

火花はそのまま蒼白い燐光となり、まきちゃんの剣の周りを漂い始めます。
それを見て、大鬼が眉をひそめました。
「お父さんを切れるかは、わかんないです。でも、私は世界を救います!居なくなったお父さんも含めて、私は世界を救ってみせます!」
燐光が収束し、まきちゃんの剣が輝きを放ちました。それは、剣がまきちゃんの思いを認めて、光を発したように見えました。

「私は、救世主まきちゃん!」
まきちゃんが剣の切っ先を、大鬼に向けました。
光はドンドンと大きくなり、今や、お城は剣の放つ光で満たされていました。
「私はお父さんの子!かつて鬼に立ち向かった、誇り高き桃太郎の子!そして、この混沌なる世界を救うために現れた……救世主である!」

光輝く剣で、まきちゃんが大鬼に斬りかかりました。大鬼も、刀を構え、まきちゃんに斬りかかりました。
大鬼と救世主。この世界の命運を描けた、最後の戦いが始まりました。

果たしてまきちゃんは大鬼に打ち勝ち、世界を救うことができるのでしょうか?
がんばれまきちゃん!まけるなまきちゃん!
世界を救えるのは、きみしかいない!

次回、
日本救世主昔話『桃太郎』

最終話『巻』へ続く。ダンゲロダンゲロ!


日本救世主昔話『桃太郎』最終話『巻』


最終話『巻』

「私は、救世主まきちゃん!」
「私はお父さんの子!かつて鬼に立ち向かった、誇り高き桃太郎の子!そして、この混沌なる世界を救うために現れた……救世主である!」
まきちゃんの持つ光の剣が、大鬼の持つ刀とぶつかり合います。
青白く輝く光の粒子が剣から漏れ出し、衝撃で辺りに撒き散らされました。

「居なくなった父も救うだと……!?笑わせるなパパ!」
鍔迫り合い。お互いが機を自分のものにしようと剣を揺らし、鍔と鍔がかちあい、その度に音が鳴り響きます。
「お前がやろうとしているのは、世界の、他の仲間のために、父の体を斬り伏せる、ただそれだけの事だパパ!お前は現実から目を逸らしているだけパパ!都合のいい言葉で、自分を誤魔化すなパパ!」
大鬼が一歩踏み込み、大きく剣を押し込みます。弾かれるように引いたまきちゃんに向かって、大鬼が二度三度と、激しく剣を叩きつけます。
「確かに、やることはお父さんを斬るってだけかもしれないです。でも、そうだけど、それだけじゃないです!」
まきちゃんの身体はごく自然に動き、その斬撃を払っていました。まるで、剣が自分を導いているようだと、まきちゃんは感じました。

「今までの旅もそうでした。北内先輩は、私達を罠にはめたけど、それは罠にはめるためじゃなくて、猿を倒すためでした!」
ガキン!お返しとばかりに放たれたまきちゃんの剣を、大鬼の刀が受け止めます。
「佐藤先輩は斬馬刀を振ってたけど、それは振るためじゃなくて、剣への愛を確かめるためでした!」
ガキン!まきちゃんの太刀を、大鬼が再び受け止めました。ここにきて、まきちゃんの剣はより激しい光を放ち始めました。
「オルガ先輩は最初にあった時、雉さんを撃ち殺しました。でもそれは、雉さんを殺すためじゃなくて、私を助けるためでした!」
ガキン!まきちゃんの太刀を、大鬼が再び受け止めました。その一撃は重く、大鬼は僅かにたじろぎました。
「お父さんも私を置いて、家を出ました。でもそれは、きっと皆を、私を、救うためだったんだと思います。何かをした時の、その意味は、きっと、自分で決めれるんだと、私は思います!」
ガキン!まきちゃんの太刀を受け、大鬼は大きく弾かれました。両者の間合いが離れ、畳一枚ほどの距離が生まれます。

(大鬼であるこの私が、圧されているというのかパパ……!?)
「だが、それは、お前が思い込んでいるだけじゃないのかパパ?本人たちにそんな気があったかは、わからないパパよ。」
「でも、オルガ先輩も、佐藤先輩も、北内先輩も、お母さんから聞いたお父さんも、そう思ってたと思います。……うん。」
まきちゃんは視線を剣に落とし、言いました。そして、何かを確信したように、頷きます。
「わかりました。そうです。本とかは、わからないのかもしれないけど。私は信じているんです。私は、オルガ先輩のことを、佐藤先輩のことを、北内先輩のことを、お父さんのことを……
大鬼さんを斬って、世界を救うのが、きっとお父さんを救うことになるって事を、信じてるんです!」

「だからもう……貴方の言葉は聞きません!うりゃあーっ!」
「ぬううう……!負けるか、パパーっ!」
再び二人はぶつかり合い、その中心がクレーターのようにべコリと凹みました。
「うおおおーっ!」
「ぬあああーっ!」

まきちゃんの剣の光は最高潮に達し、直視するのすら困難な光度になりました。しかし、その光が、僅かずつですが、大鬼の刀に押され始めます。
見ると、大鬼の顔……その角の部分が、先程よりも一回り、大きくなっています。さらに、その体色が赤色に変わり、腕や脚が醜く膨れ上がって行くではありませんか。
「お前の心に迷いがないのなら、この姿を維持する必要もないパパ……!このまま、押し切ってやるパパーッ!」
「……うううっ!うぐーっ!」

剣がまきちゃんを導いてくれるとはいえ、急にまきちゃんに力が付いたわけではないのです。
筋トレで鍛えられた太もも、背筋、腹筋、そして腕の筋肉が悲鳴を上げ、光の刃が、まきちゃんの眼前まで迫ります。
ここまで来たというのに!あと一歩だというのに!まきちゃんは力及ばず、大鬼によって切り伏せられてしまうのでしょうか?
大鬼を倒して、世界を救うことは、出来ないというのでしょうか……?そう思われた、その時!

「諦めるな、まきちゃん!」
大きな声とともに、まきちゃんの手に、一回り大きな手が添えられました。
「さ……佐藤先輩!」
「猿の時のお返しだ。諦めるなよ、まきちゃん!斬馬刀じゃないけど、私もやってやる!二人でやれば、力も二倍、そうだろ!」
「……!はい!がんばります!」
佐藤先輩の手は、血で濡れていて、痛みで顔をしかめていました。それでも、その手に込められた力は、まきちゃんを勇気づけました。
剣と刀が、再び拮抗し始めます。

どどーん!どどどーん!その直後、爆音と共に、お城が大きく揺れました。
下へ降りる階段から、煙とともに、ぼろぼろになった北内先輩が這い上がって来ます。
「ごめんなさい、こっちも、もう限界……!まきちゃん、速く大鬼を……がんばって!」
ひび割れた眼鏡を血で汚しながら、北内先輩が言いました。

「うおおおー!」
「っらぁあああー!」
まきちゃんと佐藤先輩が、雄叫びをあげます。しかし、大鬼を押し返すことが出来ません。
「くくく、どうやら私の勝ちの……」
バシン!大鬼が勝利を確信した、その時。大鬼の角に、一発の銃弾が命中しました。
それは、大鬼に気取られぬよう、静かに、したたかに位置を見極め、狙撃を行った、オルガ先輩の放ったものでした。

力の源である角を撃たれ、大鬼の力が僅かに減じました。
「今だ、やれ!まきちゃん!」
オルガ先輩が叫びました。まきちゃんは佐藤先輩と一緒に、一息に剣を振り下ろしました。
「うおおおおー!救!世!主ーっ!!」
「ば、ばかな、この大鬼が、大鬼がー!」
ズバーッ!光の刃が、大鬼の身体を袈裟方に切り裂きました。

大鬼が倒れたことで、鬼ヶ島を覆っていた雲が晴れ、日の光がお城の中を照らしました。
四階に上がろうとしていた鬼達も、今は動きを止めて、ぐったりとしています。
「うううっ!うぐっ!ううっ!」
まきちゃんは、大鬼の身体に顔を埋めて、泣いていました。剣の光は既に消え、腰に収められています。
世界は救われました。覚悟もできていました。それでもやっぱり、倒れているお父さんをみて、まきちゃんは涙が止められなかったのです。
先輩たち三人は、それを、何も言わず、まきちゃんを見守っていました。

「全く、なんて顔をしてるパパ……」
大鬼が声を発し、四人はちょっとだけ驚きました。しかし、既に角は折れており、彼に戦う力はありません。すぐに肩の力を抜きました。
「お前は世界を救ったんだパパ……。もうちょっと、マシな顔をしたらどうだパパ……?」
「うう、でも、でも……。」
未だ泣きじゃくるまきちゃんの頭を、大鬼が撫でました。普通は、頭を撫でられるのは嫌なものです。でも、こういう時だけは、別のようでした。
「……私のために泣いてくれたのは……鬼を含めても、まきちゃん。お前が初めてパパ……。」

大鬼は、遠くを見つめながら言いました。
彼は確かに、力をつけて大鬼にまで成りました。しかし、最初は鬼退治に来た彼を、他の鬼は快く思っていませんでした。
彼とその配下である三獣士に、表立って逆らうものは居ませんでしたが、従順に従うものも居ませんでした。
このような城に四人が纏められ、他の鬼が警護に付いていなかったのも、その証です。
彼はこの鬼ヶ島で頂点にたった大鬼でしたが、同時に、孤独な一匹鬼でもあったのです。

「さあ、もう行けパパ。私の力がなくなれば、鬼ヶ島も滅びるパパ。そうなる前に、速く行くパパ。」
「大鬼さん……」
まきちゃんはうなずいたあと、ゴシゴシと涙を拭き、立ち上がりました。
「あの、大鬼さん。」
階段を降りる前に、まきちゃんは振り向き、大鬼さんに言いました。
「鬼達がしたことも、大鬼さんがしたことも、許せないです。ひどいことも、辛いことも言われたし。けど……」
「お父さんの声を聞けて、剣を交えて、最後に、頭までなでてもらえて、少し嬉しかったです。だから……ありがとうございました!」

ペコリ、と頭を下げて、まきちゃんは今度こそ階段を下って行きました。
「……私は、大鬼になったのにパパなあ……ふふ。それに、礼など……。」
大鬼は横たわったまま、久しぶりに浴びる太陽の暖かさを感じながら、まきちゃん達の去っていったほうを、ずっと見つめていました。

ズズーン。ズズズーン。船に乗ったまきちゃん達の目の前で、鬼ヶ島が崩れていきます。
海には、力を失い、空から落ちた鳥鬼達の死骸が、沢山浮かんでいました。
「これで、私達の旅も終わりね。」
北内先輩が呟きました。

「ああ、長いような、短いような。過酷で、楽しい旅だった。」
と、オルガさん。既に重装備は外されており、銀色の綺麗な髪が、潮風に揺られ煌めいていました。

「斬馬刀も思う存分振るえたしな。皆にも会えたし、ついてきてよかったよ、私は。」
そう言って、佐藤先輩はうんうんと頷きました。その背には、オルガさんになんとか括りつけてもらった斬馬刀が背負われていました。

「……はい!先輩達と出会えて、一緒に旅ができて、世界を救えて!本当に嬉しかったです!仲間に成ってくれて、ありがとうございました!」
まきちゃんがぺこりと礼をします。その顔に、もう涙はありませんでした。
それを受けて、オルガ先輩、佐藤先輩、北内先輩は照れくさそうにはにかみました。

「さあ、帰りましょう!私達の学園に!」
「ええ。」
「ああ!」
「……うむ。」

四人を載せた船は、元いた港町へ向けて、元気よく走り続けました。

それから、しばらく経った後のこと。
始業式が始まり、四人は学園で、思い思いに過ごしていました。

「キシシシシッ!ほら、花火になりたくなかったら、キビキビ動きなさい!……全く、仕方ないわね。これが終わったらご飯でもおごってあげるから!わかった?」
北内先輩はあのあとも、諜報部で働いています。ですが、それまで厳しい一辺倒だった彼女の指示は、少しだけ優しい物に成ったそうです。

「うおおー!斬馬刀ー!……ん?なに?私に剣の……普通の刀の使い方を教えてほしい?んー、斬馬刀以外は気乗りしないけど……ったく、仕方ねえな!つきあってやるか!」
佐藤伴先輩は一人で斬馬刀を振るうのをやめ、剣道部に顔を出すことが増えたそうです。最近では、斬馬刀以外の武器の扱いも、教えてくれる様になったと聞きます。

「私は五士オルガ、清掃委員だ。この中庭で魔物の反応があった。今すぐ退去するように。……何をボーっとして……。なに、髪に見とれた?そ、そうか……うむ……。」
オルガ先輩は、少しだけ装備を軽くしたようです。その御蔭で親しみやすく成ったのか、チームでの動きも、最近はスムーズにできるように成ったそうです。

そして、救世主まきちゃんは……
「よーっし!今日も修行頑張るぞー!まずは腕立て伏せだー!いー……っち!にー……いっ!」
相変わらず、世界の危機が来た時のために、日々筋力トレーニングに励んでいました。

大鬼が倒されたあのあと。世界中で鬼の活動が止まり、大鬼が倒されたことが知られると、多くの人が、『大鬼を倒したのは自分だー!』と、名乗りを上げました。
まきちゃんも、声を上げようかなあ、と思いましたが、思いとどまりました。
まきちゃん達は鬼達に気づかれないよう、大声で活動しては居ませんでした。そのため、彼女たちが大鬼を倒したのだと知っている人達は、ほとんど居なかったからです。
結局、誰が大鬼を倒したのかは有耶無耶になり、世界はただ、訪れた平穏を噛みしめて、やがて誰が倒したのか気にする人はいなくなりました。

でも、それでいいのだと、まきちゃんは思っています。彼女が救世主だというのは、彼女と仲間たち、そして天国にいるお父さんがよく知っています。
「ううううーっ!ごー……おっ!ううううう!辛い!でも……私は救世主だからー!今日は……今日は……あと、もう一回だー!」
その事実が有れば、彼女は胸を張って行きていけます。そして、彼女は救世主の名に恥じぬため、今日も鍛錬を続けるのです。

それにもう一つ、彼女が満足している理由がありました。
もしも貴方が、妃芽薗に行くことがあったら、そこにある、図書館へ足を運んでみてください。
図書委員の日とか、諜報部員の人に聞けば、貴方はその理由を知ることができるでしょう。
子供向けコーナーの本棚にある、一冊の本を、貴方は手にすることができるでしょう。
その本の背表紙には、こう書いてあるはずです。

『日本救世主昔話、桃太郎』
『まきちゃん、鬼ヶ島に行くの巻』

…………おわり。


ダンゲロス流血少女DF 第1RSS-「汚い花火」


「ニャース!」

クロちゃんが咆哮と共に、漆黒の翼を持った一匹の鷹へと姿を変えた。
そのまま一直線に、敵陣へと黒い閃光が奔る。
気立しく周囲を舞う黒鷹に攪乱され、探偵陣営の4人は動きが取れない。

「キヒヒヒヒッ……計画通り、ですわね」

風紀委員の一人、北内 花火(きたない はなび)はチャームポイントの鋭い細眼鏡をギラリと光らせ、その様子を眺めていた。
ダンゲロス・ハルマゲドン緒戦――その戦況は中盤までジリジリとした膠着状態が続く公算が高い。
その流れを打開する可能性があるのがクロちゃんの能力。複数の敵魔人の行動を制限することが可能な黒鷹の羽ばたきによって一気に距離を詰め、敵陣を突破する――。
今まさにその絶好の好機が来ていた。

「この私の情報分析とプレゼンテーション能力は完璧……。ここまでの流れは全て想定した898パターンの内の一つ!」

この状況で探偵陣営が黒鷹から逃れて後退しようにも、校舎の壁に阻まれ行けるところは限られている。
そして彼らの行く先はサバゲー部のエース、「五士 オルガ」の射程内である。
あとは逃げる彼らを追って、オルガの一撃で殺せる適当な探偵部員をスナイピングする。そのタイミングで夜明けを迎えれば、ハルマゲドンの一日目は終了。
風紀委員の優勢勝ちである――!

「先程のオルガの一撃で我がリスクテイカーの能力が活かされなかったのはやや悔やむところですが……、些細なこと」

北内 花火の能力、「リスクテイカー」は確率が低い方を引き当てる能力である。
オルガのスナイピングは僅か11%程度ながら、敵の急所を適格に狙う銃撃――いわゆるヘッドショットによって即死を狙える強大な力であったが、
これを更に北内の「リスクテイカー」によって即死確率を16%にまで引き上げる事を可能としていた。

もっともこれにはリスクも有り、風紀委員側の高い確率で成功する能力、作戦の確率まで引き下げられてしまうことも意味する。
風紀委員のリーダー「骨喰 ザクロ」の能力は変身して理性の枷を外し、野生によって身体能力を大幅に引き上げる恐るべき能力なのだが、
僅かながら変身失敗の可能性があり、それが「リスクテイカー」によって引き上げられることを恐れた風紀委員はザクロの持つ残虐性、『カニバリズム』をより高めることで確実な変身を行わせざるを得なかった。
そのためザクロにいくつかの『餌』を投入して「喰わせる」必要が生じたのだが――それも北内 花火にとっては「些細なこと」である。

とにもかくも今の状況は事前に描いた通り。風紀委員の勝率は北内 花火の計算では現在100%。
それすなわち――。

「お前たちが勝利できる可能性――0(ゼロ)!!」

北内 花火の口元がニヤリと歪む。
その時だった。

「メカメカ~~」

北内 花火から見て左側通路の奥。曲がり角向こうの廊下の先から、不穏な気配と可愛らしい鳴き声が聞こえた。

「あれは……転校生!? くっ、こんな時に」

北内 花火の事前想定でもどうしても動きの予測が付かないものはある。
それがこのハルマゲドンにおける転校生の存在であった。
今風紀委員達は密集した状態にある。アレがもしこちらの側にやって来たら……。

「お~、ハルマゲドンやってるメカね~~。円ちゃん、俺たちはどっちに向かおうかメカね~~」

今回の転校生は蓮柄 円とアキカン・贅沢エスプレッソの二人組。
蓮柄 円は姿を消しており、北内にはその恰好を視認することはできないはずだが……彼女が纏う夥しい死の気配をひしひしと感じていた。
嗚呼、見えるではないか、アキカンの可愛らしいフォルムの後ろにぼんやり写る、白いフードつきパーカーを付けた少女の姿をした死神の影が!!

「こ、こっちに来るんじゃない……! あっちよ! あっち! 探偵陣営の方に行きなさい!」

転校生たちのいる廊下の前は広い戦闘空間となっており、風紀委員陣営はその手前側に密集し、探偵陣営は更に奥側に分散していた。
果たして転校生はすぐ目の前を曲がって風紀委員側へ向かうのか、それとも奥へと進み探偵陣営側へと進むのか?

「どっち側へいくかメカねえ、円ちゃん。んーっとアキカン・アイで適当に決めるメカね」

アキカンの眼がピカピカ光り、戦闘空間をスキャンする。

「ふむ、一番奥の方まで向かうメカ~~」

アキカンは廊下の奥へと歩みを進めようとする。

「よっし!!」

安堵の溜息をもらし、思わずガッツポーズをする北内。
しかし……。

「え……? ああ、そっちまでは進めないメカね、円ちゃん。 じゃ、やり直し、やり直しっと」

アキカンは急ブレーキをかけ、再度移動先を選定し始めた。

「ちょ、ちょっと……」

天国から引き戻され、再び北内の額から汗が零れる。

「あ、やっぱり手前側に進もうメカね~~」

そうしてアキカンはピョコピョコと北内の目前まで進んできたのであった。
もちろん、背後に白い死神の影を連れて。

「ちょ、ちょっと~~~!! だからこっちくるなって~~!! 頼むから向こう行って~~、ひぃ~~!!」

慌てふためく北内。こうなれば天に祈るしかない。

「だ、大丈夫よ……、私の「リスクテイカ―」は確率の低い方を引き当てる能力……!! 今ここにいるのは探偵陣営1、風紀委員7! つまり探偵陣営が狙われる確率の方が上がる筈……!」

実際のところ転校生にとって各人を狙う確率は等しく「公平」であるため、リスクテイカ―は全く作用せず、北内の思考は完全に的外れでしかない。
北内花火、事前予測がつかない想定外の事態には脆い女である。

「ん~~、円ちゃん、誰を攻撃するか、メカ~~」

北内の心などどこ吹く風か。アキカンはクルクル回り、ターゲットを選別し始める。

「し、しのーざきー! しの―ざき―! あとできればクロちゃんとオルガいーがーいー! それともちろん、私いーがーい! てか私じゃなきゃなんでもいーいー!」

最初こそチームのため、勝利のためにと祈りを捧げる北内だったが、自分も普通にターゲットであることを考えると、とにかく自分でなきゃなんでもいいやとなっていった。
最後には涙すら目に浮かんできた。

「ん……なんかこの眼鏡、ムカつくメカね」

そんな明らかに挙動不審なメガネを目に留めるアキカンであったが。

「ま、でもターゲットは公平に選ぶメカよ。円ちゃん」

とはいえ、誰を斬るかを選ぶのはあくまで蓮柄 円であり、その裁きは公平……の筈である。
だが審判は無情に下った。

「あ、やっぱりこの眼鏡で良いんだメカね」

アキカンの眼には姿を消した円が、北内を無表情に指刺す姿が見えていた。
その反対側の手には既に巨大な斧が握られている。

「そ、そんな~~~~~~~~~~~~!!」

北内花火の哀れな絶叫と共に、剛斧一閃。北内の肉体は四散し、赤い閃光が妃芽薗学園の広間に飛び散るのであった。
その輝きは夜の闇に包まれた薄暗い戦闘空間をちょっとだけ明るく照らした。

「へっ……汚い花火だ、メカね」

余談だが、アキカンは今飛び散った少女の本名を全く知らない。
未だ姿見えぬ蓮柄 円もまったくの無表情のままである。
転校生達にはこのハルマゲドンにかける風紀委員、探偵陣営、少女達の想いなど関係ない。ただ無情に、平等に、彼らの目的、役割を果たすのみである。

戦闘はその後、北内花火の死とはあまり関係なく、「カニバリズム」を解放したザクロのパワーと、オルガのスナイプによって探偵陣営のリーダー「堅倉 碇」と「彩妃 言葉」が死亡したことで、風紀委員優勢のまま戦闘時間終了で勝負を終えた。
転校生達はその後、北内花火に続いて風紀委員の「渡良瀬 ヨミサ」にも非常の鉄槌を下した。

ハルマゲドンはまだ緒戦を終えたばかり。戦いはまだ続く。
風紀委員達は北内花火の哀れな死もちょっとだけ胸に仕舞いつつ、打倒探偵陣営へと決意を新たにするのであった。

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最終更新:2016年08月09日 23:48