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一 七八十

ステータス(レーティング:乙)

  • キャラクター名:一 七八十
  • よみ:にのまえ・なはと
  • 性別:女性
  • 体型:豊満
  • 学年:中等部2年
  • 部活:お昼寝部
  • 委員:保健委員会
  • 武器:牙
  • 初期ステータス
    • 攻撃力:20 防御力:15 体力:20 精神:10 FS(眠気):20
    • 移動力:2
  • アビリティ
    • 『転校生』
      • 武芸
      • 発現(A) 

特殊能力『誰も起こしてはならぬ』(発動率:100%)

スタイル:アクティブ
タイプ:瞬間型
効果:ハイパーエリート貫通
対象:隣接1マス1人
時間:一瞬

スタイル:アクティブ
タイプ:瞬間型
効果:攻撃力上昇3
対象:自分
時間:1ターン

スタイル:アクティブ
タイプ:瞬間型
効果3:通常攻撃
効果付属:対象変更可能
効果付属:凄惨な死
対象:隣接1マス1人(※武芸との組み合わせで2回攻撃の場合、それぞれ別の対象を選べる)
時間:一瞬

スタイル:アクティブ
タイプ:瞬間型
効果3:通常攻撃
効果付属:対象変更可能
効果付属:凄惨な死
対象:隣接1マス1人(※武芸との組み合わせで2回攻撃の場合、それぞれ別の対象を選べる)
時間:一瞬

攻撃対象を1~4人の中から選ぶイメージです。


消費制約:なし

非消費制約:なし

能力原理
ぐっすり寝ていたところを起こされたので、ねぼけてちょっと暴れる。

キャラクター説明

一族中の魔人率が99%を超える戦闘破壊家族、一家(にのまえけ)の一人。麗しの吸血姫。
 眠たげな瞳と絹のような長い銀髪の西洋美少女。いつもぼんやりしており基本的には無害だが、寝起きが悪く睡眠を邪魔されるとねぼけてちょっとご機嫌ななめになるときもある。
 妃芽薗学園七不思議の一つ、『永久の眠り姫(エターナル・ビューティー)』の正体であり、保健室の主。苦手なものは夜更かしと早起き。

 「ねむ…………あと5年寝る……」


エピソード

『出会い』


 守口衛子(もりぐち・えいこ)の祖父は高名な武術家だった。古くは戦国時代の戦場武術に連なる合気道を修め、その確かな実力とそれ以上に名高い人徳が、武術界はもとよりそれを学ぶ警察機関や自衛隊、ひいては政財界にまで人脈を広げていた。
 衛子の合気道の師も当然にこの祖父である。残念ながら彼の息子──────つまり衛子にとっては父──────には、その武術の才は受け継がれる事は無かったが、彼は孫娘である衛子が息子には無い、それどころか自分をも凌ぐ才を持つ者だと早くから見抜いて先祖より受け継いだ技の数々を教え込み、鍛え上げた。
 幼き頃は武道に特別興味もなく、厳格な祖父の言うままに教えを受けるだけの衛子だったが、長じるにつれて不幸と厄介事に巻き込まれやすい生来の体質を自覚するに至り、真剣に合気道を学ぶ覚悟を決める。
 数々の名だたる武術家を育て上げた優秀な指導者である祖父の指導のもと、衛子はめきめきと腕前を上げ、乾いた大地のようにその教えを吸収していった。
 類稀なる努力と才能の結実として、彼女は中学への入学を果たした頃には既に、その実力は門下でも並ぶ者が無い程の境地に達していた。

 板張りの道場の床に正座し、相対する祖父と孫娘。その凛とした佇まいは鏡に映したように瓜二つ。
 清冽に張り詰めた早朝の空気が、師弟二人の間に流れる。
 「衛子。お前もそろそろ一度世界を見て来ても良い頃だ」
 「…………はい、お祖父様」
 余計な言葉や質問は無い。意を合わせ、意を汲むのが合気道の本質。会話の中にさえその教えは実践される。
 「ドイツには古い友人が居る。もし何かあれば連絡しなさい」
 それはつまり、単身行。客観的に見れば海外への一人旅には些か早い年齢だが、衛子ならば問題ないとの判断だろう。
 初めて訪れる異国の地──────ドイツ。
 思った程の感慨は湧いて来なかった。遊びで行く訳でもないのでそれも当然と言ってしまえば当然なのだが、喩え観光であっても子どものようにはしゃぐ事は無かっただろう。
 衛子はそうした自身の大人びた精神構造について、特に嫌悪する事も変えたいと思う事も無かった。
 一時の感情に流されて本質を見失うなど、愚かな事だ。
 ──────そう、思っていた。


 衛子は嘆息した。深く深く、嘆息した。
 ミュンヘン空港に降り立ち、街に出てすぐ目にしたその光景は衛子にとっては見慣れたものだった。
 一人の男を、数人の男が取り囲んでいる。
 弱者を囲む強者──────或いは、愚者の群れ。
 その構図は日本から遠く離れたここドイツでも変わりはしない。
 男の身なりからすると、金目当ての暴行だろうか。
 衛子は自分自身を高潔な正義感の持ち主だとは思っていなかった。合気道を修めているのはあくまでも自分の身を守る為であり、護身術の奥義とはすなわち「君子危うきに近寄らず」に尽きる。つまりこの場においてはさっさと立ち去る事が正しい行動と言えた。
 「やめなさい、貴方達」
 だが、衛子の口から発せられた言葉はその正しさからかけ離れていた。
 多対一という状況に不公正さを感じたのか。
 囲まれていた者が自分と同じ日本人に見えた所為か。
 その理由は結局、後に高校生となってからも分からなかったし、その時に分かろう筈もない。若さ故、と説明付けられれば頷ける気もするし、同時に納得しかねる気もした。ただ一つ確実なのは、見て見ぬふりが出来なかったという事実だ。
 「…………?」
 凛々しくも幼さを残した衛子の声と姿は、ただでさえ幼く見られがちな東洋人の特徴と相俟って彼ら西洋人には冗談にしか見えなかったのだろう。嘲るような笑みを貼りつけたまま、暴行を続けようとした。
 ──────その身体が宙を舞い、地面に叩き付けられる直前まで。
 彼女の身のこなしは疾風であり、微風であり、そして暴風だった。素早く、静かに、そして圧倒的な猛威と共に衛子が踏み込めば、その場は完全に彼女の領域として支配される。
 「立ち去りなさい」
 旅行者の日常会話程度に辿々しいドイツ語だったが、意味は充分に伝わったようだ。或いは、元より言葉など不要だったのかもしれない。東洋の神秘に触れた彼らは争うように我先と逃げ出した。
 「…………大丈夫ですか?」
 暴漢たちの背中から目を戻し、衛子は襲われていた被害者へと眼差しを向ける。
 「ふぅ、殺されるかと思った…………いや、助かったよ、ありがとう」
 年の頃はまだ四十には届いていなさそうな、ダークブラウンのスーツ姿の日本人男性。声には若さと張りがあり、それだけ聞けば二十代でも通用しそうだった。線の細い優男風の外見がそれに拍車を掛けており、衛子の趣味ではないものの甘いマスクでなかなかの色男である。見た目通りというかなんというか、腕っ節の方はからっきしのようだが。
 「本当ならレディを守るのが紳士の役目なんだが、どうにも荒事は苦手でね」
 困ったような表情で男は肩を竦めた。
 「腕に自信がないならさっさとお金を渡すのが賢明だと思いますけれど」
 「いや、金髪美人をお茶に誘ったらさっきの彼らのうち一人の恋人だったようでね」
 自業自得だった。
 助ける必要は無かったかな、と衛子が後悔していると、男もその様子が心配になったようで的外れな質問を行う。
 「ん、君こそ大丈夫かい? 何処か怪我したとか、ないかい?」
 「ご心配なく。慣れていますから」
 その言葉に偽りはない。彼女にとってこの程度の騒ぎは日常茶飯事なのだから。衛子は慇懃に答えた。
 「そうかい? それなら良いんだけど……」
 先程の身のこなしに加えて、この落ち着きぶり。小柄な少女の外見に、男がギャップを感じるのは当然と言えた。
 だが、相手に奇妙な印象を抱いたのは衛子も同じだった。
 政治家のように偉ぶっている素振りも無ければ役人のような堅苦しさも無い。さりとて芸術家のように浮世離れしている訳でも無ければビジネスマンのような打算の高さも感じられない。
 少なくとも、衛子が今までに会った事のない人種だった。
 しかしそれも大して気にする事ではない。
 「では、私はこれで。治安は良い方とはいえ、日本とは違うんですから気をつけて下さい」
 別れを告げてしまえば、もう終わり。二度と交わる事はない。
 そう考え、踵を返そうとした衛子だったが。
 突然、その手を男に掴まれた。
 「!」
 反射的に握られた手首をくるりと返し、掴んだ相手を強かに地面に叩き付ける。合気道の基礎、小手返しの応用である。
 「ぐふっ!」
 「何するんです……か?」
 唐突な非礼を詰問しようとした衛子のすぐ傍を、速度無視の自動車が走り抜けて行った。
 男は一瞬の呼吸停止から脱すると、地面に仰向けになったままで苦笑いを浮かべる。
 「これで貸し借りなしのおあいこ、かな?」
 暴漢達から男を助けたという、貸し。
 交通事故を避けられたという、借り。
 そう考えるなら。 
 「いえ、借り一つです。すみませんでした」
 誤解とはいえ男に攻撃を加えてしまった衛子は、ばつの悪そうな表情を浮かべた。
 「律儀だね、君は……っと」
 少女の内心を察すると、男は身を起こす。そのまま何事か考え込むように暫く沈黙していたが、やがて口を開いた。
 「…………じゃあその代わりと言ったらなんだけど、少し付き合って貰えるかな?」


 ノイシュヴァンシュタイン城はドイツを代表する古城の一つである。ドイツ南部にあるこの美しい城は旅行会社のパンフレットにも度々登場し、当然のように観光名所の一つであった。
 そして日本からの観光客もしばしば訪れるこの古城には、世に知られぬもう一つの姿がある。
 衛子と男は森に包まれたその城が一望できる登山路、その途中にあるマリエン橋へとやってきていた。辺りは既に夕暮れだが、それもまた美しい。
 「付き合って貰って悪かったね」
 「いえ、特に予定が有る旅でもないので」
 観光名所に興味は無かったが、それを言い出すと敢えて行くような所は何処にもない。流される形ではあったが、そうでもしなければひょっとするとまだミュンヘンの街で途方に暮れていたかもしれない。
 「此処まで来れば大丈夫かな、有難う。君は今夜はシュヴァンガウで宿を取るといい」
 と、男は近くの町の名と共にユーロ紙幣を数枚、衛子に手渡した。
 貰う理由は無かったが、逆に断る理由も無い。第一、こういう場合は受け取った方が相手も満足するものだ、と衛子はシビアに考えた。
 「貴方は?」
 「私はこれからお城の姫様に拝謁さ」
 のんびりと嘯く男。とはいえ、観光スポットでもあるノイシュヴァンシュタイン城が恐らくそろそろ閉鎖時間であることは衛子にもやすやすと想像できる。第一、十九世紀に建てられた城に今更お姫様も何もあったものではない。
 だが、どちらにしろ流石にそこまで付き合う義理もない。自分は城内見学は明日にしよう、と衛子が男に別れを告げて歩き出そうとした、その時。


 衛子には、幼き頃より厄介事を呼び寄せるという宿業があった。
 単純に言えば人よりも不運であるという体質。
 ただ、それはそこまで致命的な事ではなかった。精々が居眠り運転の車が歩道を歩いている衛子に突っ込んで来るとか、やたらと不良や変態に絡まれやすい、だとかの些細なものだ。
 いや、現象だけを見れば決して些細とは言えないのだが、彼女は磨いた合気の技とその能力で今まで乗り越えてきた。
 そう、今までは。
 だが、この時訪れた状況は衛子の今までの人生の中でも最も明確に、そして危険な状況だった。
 空虚な心に殺意だけを秘めた、冷酷無比な金髪の暗殺人形。
 少女の形をした死が、そこに現れた。

 最も確実な暗殺手段とは、一体何だろうか。
 銃器による銃殺と答える者もいるだろう。
 爆弾による爆殺と答える者もいるだろう。
 猛毒による毒殺と答える者もいるだろう。
 それぞれ正しく、誤りではない。
 古代から現代に至るまで連綿と紡がれてきた暗殺の歴史。紐解くまでもなく、それらの犠牲になった者は数知れない。
 だが、ある依頼人が渡りを付けた組織は別の回答を示した。
 ジークリンデ・ファタイディガー。
 独逸の闇に踊る死の舞手。それを用いる事が最も確実な暗殺手段である、と。

 論理的矛盾を承知で言えば、その少女は少女ではなかった。
 少なくとも、衛子の瞳にはそうとは映らなかった。
 初めてだった。こんなにも目を奪われてしまう麗貌は。
 初めてだった。闇夜よりも暗い、漆黒のシルエットは。
 初めてだった。何の意志も映さぬ、紅玉のような瞳は。
 そして──────初めてだった。
 衛子が命の危機を感じる程の、魔剣の如き鋭い殺気を感じたのは。
 彼女は少女などではなく──────少女の姿をした、殺意だった。

 衛子の方に、命を狙われる覚えはない。異国の地にまで追いかけてくるような敵もいなければ、空港から此処までの短時間で恨みを買うような事もない。暴漢たちを撃退したという出来事はあったが、いくらなんでもあれとこれとを結び付けるのは無理がありすぎる。つまり、他に考えられる可能性があるとすれば。
 「…………逃げて下さい」
 恐らくそのターゲットであろう男に、衛子は静かに声を掛けた。
 「しかし」
 「早く」
 手短に応答を繰り返す。残された時間は少ない。
 「…………分かった」
 最低限の言葉を残し、男は数歩後ずさる。幸いにして少女暗殺者はまだ動かない。
 それは余裕の表れか、それとも。
 黙して語らず、秘して見せぬ表情からは何も窺い知れない。
 やがて男の姿は森の中へ──────城を目指して消える。
 勿論、少女暗殺者に標的をみすみす見逃すような甘さは無い。これはひとえに衛子の牽制によるものだった。
 ほんの僅かの視線の揺らぎと、微かな体捌き。それだけで衛子は男への攻撃を封じていた。
 だが、長くは続かない。衛子自身それは百も承知で、多少の時間稼ぎになれば良かった。

 それは、何の前触れもなく始まった。
 試合開始を告げるレフェリーの号令や鐘の音もなく。
 不良漫画や任侠映画じみた大仰な前口上や視殺戦もなく。
 中世騎士や剣豪の決闘のような正々堂々とした相名乗りもなく。
 ダンディズム溢れるハードボイルド小説めいた、小粋なジョークもなく。
 殺し合いが始まった。

 閃く白刃。
 衛子がそれを避け得たのは、卓越した技量を考慮に入れたとしてもはっきり言って幸運としか言えなかった。
 銃弾よりも疾く、飛鳥よりも華麗で、毒蛇よりも残忍な投げナイフが空を裂いていた。
 直前まで衛子の頭が存在していた空間を通り過ぎ、背後の立木に突き刺さる。
 その流星の軌跡をくぐり抜け、衛子は黄金と漆黒の暗殺者へと突き進む。
 護身術の本意とは、突き詰めれば己の身を守る事。それ故に逃走を第一の選択肢とする教えの流派も多い。身も蓋もない話だが、実際理に適っている。
 衛子とてその点に異を唱えるつもりはない。安全に逃走できるならそれに越したことはない。
 そう、逃走できるなら。
 衛子の全身感覚が、その回答を否定していた。
 この恐るべき相手に、決して逃走は通用しない。逃げに転じたその瞬間を狙われ、仕留められるだろう。
 だからこそ、衛子は前進を選択した。打倒し、打破するしか自らの生存はない、と。
 その選択は決して間違いではない。
 ただ、彼女はすぐにそれが逃走と同じくらいに困難であるという事を思い知る事になる。

 初手、衛子の狙いは指拳での目潰し。どんな相手だろうと、視覚を奪われればその戦闘力は激減せざるを得ない。
 衛子の修める護身術は決してお上品なものではない。自らの身を守る、その一点を果たす為には多くの武道で禁じ手とされているえげつない行為や、あまつさえ武器の使用すら躊躇しない。合気道を元にしながらも、極めて実戦に即した武術であった。
 「!?」
 彼女を救ったのは、その実戦を重視する事で鍛えられた危機察知能力だった。すんでのところで右手を引き戻す。
 再び閃く白刃。
 いつの間にか薄刃のナイフが少女暗殺者の手に握られていた。あと一瞬気付くのが遅ければ、衛子の右手首は容易く切断されていたに違いない。
 (………………やるわね)
 自分で言うのもなんだが、衛子の姿はそれほど強者に見える訳でもない。ドイツにおいては珍しい東洋の少女、という点を除けば普通の女子中学生である。そんな少女がナイフを投げつけられ、気を失う事も逃げようとする事もなく即座に向かってくるなど誰が想像できようか。
 だが、目前の少女暗殺者は淡々とそれに対応してみせた。予め衛子の実力を知っていたか、それともあらゆる事態に即応する訓練を積んできているのか。
 どちらにしろ、もう不意打ちや生半可な攻撃は通用しないと言う事だ。それならば合気道本来の主戦場、敵の力を利して制する返し技──────すなわちカウンターに活路を見出すのみ。
 「………………」
 それに対し、少女暗殺者も一転して静の構えに入る。初撃の投擲回避とそれに続く躊躇の無い鋭い目潰しは、彼女の警戒心を最大限に引き出していた。
 油断ならない相手、というだけではない。魔人である自らと互角のレベルで戦える者。それはつまり、相手も魔人だと言う事。
 衛子と少女暗殺者のお互いが共通認識を得たところで事態は膠着する。
 一瞬の判断が勝敗を──────生死を分ける。
 いずれも言葉を発さず、ただ、浅い呼吸音だけが零れる。
 それでもやはり、再度の戦端を開いたのは少女暗殺者だった。

 言うまでもないことだが、ナイフ戦闘術において最大の武器はナイフである。その切れ味、すなわち殺傷力は素手とは比べ物にならない。
 だが、最大と唯一は決してイコールではない。
 少女暗殺者のゴシックなミニスカートが翻り、白い太腿が露となる。鞭のようにしなる裂帛。
 二度の攻撃で刃物の恐ろしさを見せた上での足技である。それも並の鋭さではない。命中すれば言うに及ばず、回避しても防御しても生じる隙に乗じて本命のナイフを繰り出せば無事ではいられない。
 シンプルであるが、それ故に紛れも少ない。冷徹なまでに実利を重んじるプロフェッショナルの選択。
 しかし、ここは衛子の捌きが上を行く。
 風を切る音の直後、衛子の踵が少女暗殺者の蹴り足を迎撃していた。
 それは反応だけでは間に合わない、読みの賜物。
 衛子は当然、対刃物戦闘にも習熟している。それも素人のチンピラが振り回すようなものから、軍隊格闘術として振るわれる専門的なものに至るまで、それぞれのレベルに合わせた対処法は重々承知の上だ。
 その最上位を想定した場合、攻撃の糸口としては凡庸にナイフに頼った攻撃よりもそれ以外の手足を用いる方がずっと確率が高い。
 祖父に叩き込まれた戦闘理論と衛子自身の身体能力、どちらが欠けていても防ぐ事は難しかっただろう。
 それでも、少女暗殺者は一切表情を変えない。狙いを見破られ逆に痛打を受けても、悔恨や憤怒、苦痛の表情はない。まるでそもそも感情を持ち合わせていないかのように。
 少女暗殺者は決して動揺を見せず、静かに詰め将棋を開始する。
 浅い切りつけ、フェイント、フェイント、牽制の蹴り、浅い突き、フェイント。
 一撃必殺を狙わず、プレッシャーを掛けながら淡々と衛子の読みが外れるのを待つ。
 こうなってくると衛子は苦しい。相手の大技や勢いを利用するのが合気道だけに、威力はないものの小刻みに加えられる隙のない攻撃にはなかなか返し技も仕掛け難い。
 そして、一瞬の判断を誤ればその末路は推して知るべし。
 勿論、衛子とて専守防衛ではない。何も手出しをしなければ相手は防御に割く意識リソースを攻撃に集中でき、鋭さは更に増すばかりになる。合間を見て攻撃はするものの、防御を主眼に置いたスタイルではなかなか有効打も与えられない。
 少女暗殺者の攻撃と衛子の捌き。それは今のところ、僅かながらも衛子が上を行っていた。
 だが、試行回数が積み重なれば。
 たった一度の対応の誤り、読み損ないが死の決着を生む。
 攻め側はその一度を待てば良い。
 受け側はその一度を生んではならない。
 その差は歴然であり、そして結末は必然。数十度の攻防の後、遂にその均衡は破られた。
 回転人形のようなスピンから生み出される不意の裏拳。逆手に持ったナイフが迫る!
 逆を突かれた衛子は一瞬反応が遅れる。だがその一瞬は、致命。
 側頭部目掛けて突き立てられる凶器。
 古城の前に血の華が咲く──────!
 そう、彼女が魔人でさえなかったなら。
 『ブラインドスポット』。
 守口衛子の持つ魔人能力は単純な能力である。彼女に敵意を持つ者の死角に移動するその力は、ただそのままに機能する。
 雲霞が霧散するように。
 流水が形を変えるように。
 時を一瞬にして置き去りにして。
 「!?」
 物理法則を無視した有り得ざる動きに、初めて少女暗殺者の顔に刹那の驚愕が刻まれる。
 そしてその表情は今度こそ、苦痛に歪んだ。
 背後に回った衛子は少女暗殺者の腕を取ると、そのままがっちりと固定して逆関節を極め、無力化する。
 ごぎん。
 肩の関節が外れる音。
 「!?」
 再びの驚愕。だが、それは今度は衛子の方だった。
 自ら肩を外し、拘束を逃れた少女暗殺者。その激痛に眉を歪める事もなく背後の衛子へと後ろ蹴りが加えられる。
 咄嗟に両手を十字に交差させ、防御を試みる。だが反応の遅れはそのまま手遅れに繋がり、嘲笑うかのようにガードの隙間へと体重の乗った踵が突き刺さった。
 「ぐッ…………!」
 小柄な少女のものとは思えぬ鋭さと重さを併せ持った蹴りに、衛子の足は数歩後ずさる。肋が数本折れたか、口の中に嫌な味が混じった。
 強い。そして、何よりも迷いが無い。
 無言で無事な方の手にナイフを構え直した少女暗殺者の表情には、やはり一切の揺らぎがない。
 切り札を使っても決めきれなかった衛子と、片腕の損傷で戦闘力を減じた少女暗殺者。どちらが優位か一概には判断できない。
 戦況は更に膠着するかと思われた、その時。

 眩い閃光、そして衝撃──────爆発音!
 橋上の二人は、爆煙に包まれた。


 「さて、と…………」
 城内に入った男は、迷う様子もなく立入禁止エリアへと歩を進める。
 先程の少女には申し訳ないという思いは消えないが、彼にはやらねばならない使命があった。
 観光用に開放されていない小部屋へと足を運ぶ。其処に隠されているのは秘密のスイッチ。
 現在の城の管理者も知らない、隠匿された地下道。小型の懐中電灯を手に、暗くじめじめとした石造りの通路を下へ下へと降りてゆく。
 その先に待つ、姫君の居室を目指して。
 歩く事数分、漸くその部屋の扉にまで辿り着いた男だったが──────。
 「参ったね、これは」
 足を止め、背後を振り返った男の前には一つの影。
 組織にとって最も大切なものは、信用であり実績である。依頼を確実に遂行してこそ実績となり、積み重ねた信頼は次へと繋がる。確かにジークリンデの任務達成率はここまで完璧なものであったが、それがこの先も永遠に続く保証など何処にも無い。彼女が任務に失敗した際には代わりに実行し、そして後始末をする者が必要だ。
 彼女も知らぬ事だったが、組織はその時に備え、常にバックアップ要員を派遣していた。それは今まで常に無駄になり続けた備えであったが、今回初めて功を奏したという訳である。
 勿論バックアップ要員と言っても、その実力は決してジークリンデに劣るものではない。五感に優れた彼女にさえその存在を悟らせない隠身術は、ともすればより暗殺者に向いた適性であると言えよう。
 「念には念を、と言う訳か。その用意周到さは見習う必要がありそうだ」
 男のその言葉には、皮肉ではなく素直な賞賛の響きがあった。敵ながら天晴、というところだろう。
 当然、男の言葉に暗殺者は反応しない。日本語を解さぬのか、元より答えるつもりがないかのどちらかで、或いはそのどちらでもあるのだろう。
 暗殺者の仕事に言葉は要らない。ただ、結果だけがあれば良い。
 「しかし、本当に困ったな。私は荒事には向いていなくてね」
 両手を広げながら、半歩後ずさる。冷たい石造りの床が微かに靴摺りの音を生む。
 慎重に、そして確実に襲い掛かるタイミングを図る暗殺者。
 「全く、不運な事だね…………お互い」
 その言葉が終わらぬうちに、暗殺者は闇夜の蝙蝠の如く飛び掛かる。
 鋭い刃が男に届く、その前に。彼は扉を開く。闇よりもなお深い闇が沁み出して──────────。
 「此処は既に。そして、時は既に…………”彼女”の領域だ」
 直後、恐ろしげな断末魔が地下に響いた。


 「くッ…………」
 爆風に吹き飛ばされ、衛子はぎりぎりのところで折れた橋板にしがみついていた。手を離せば、遥か谷底まで真っ逆さま。幾ら爆発の衝撃には耐えられた魔人の肉体と言えども、落ちれば只では済むまい。
 爆弾を投げ入れたのは恐らく、あの少女暗殺者と同じ組織の者。証拠隠滅という訳だ。
 ずきり、と脇腹が痛む。早く上らなければ──────。
 衛子の隣には、片腕で同じようにぶら下がる少女暗殺者。その額には苦悶の汗が浮かぶ。肩を脱臼している彼女は衛子よりも更に状況が悪い。
 橋板を掴む華奢な指から徐々に力が抜け、じりじりと身体が下がってゆく。
 其処には悲嘆の表情も、諦念の表情すらも無い。ただ、あるがままを受け入れるだけ。
 そして、遂にその身体が虚空へと舞い落ちる──────。
 寸前、衛子の手が彼女の手を握り締めた。
 「…………?」
 少女暗殺者は初めて表情を浮かべた。不思議そうな、理解できない、という色をありありと。
 衛子の価値感に則れば、自分の身を守る事が何よりも優先される。他人など見捨て、さっさと自分が助かるべきだ。今さっきまで命のやり取りをしていた相手を助けるなど、話にもならない。
 その筈だったのに。
 「私が聞きたいわ、そんなこと……!」
 脇腹に走る痛みに堪えながら、衛子は彼女の問いに応える。或いは、自らに問う。
 少女二人とはいえ、その体重を片腕一本で支えきれる筈も無いのに。
 谷間に無慈悲な風が吹き渡り、二人の身体が振り子のように不安定に揺れる。
 ──────なんとか彼女を橋の上に押し上げて、それから自分も上るしかない。
 言うは易し行うは難し。
 単純に力が物を言う状況では、衛子の魔人能力も合気の理合も意味を成さない。
 為す術もなく、時が無情に流れる。後先考えぬ行為の代償、それは自らの命。
 ぎりっ、ときつく握り締めた指先から血が失われ、白く変わる。限界が訪れる。
 ──────もう、駄目。
 絶望に視界が歪み、衛子は固く目を閉じた。
 身を包む浮揚感。谷底への死の片道飛行が始まる──────────事はなかった。


 「すまない、遅くなった」
 少し息を切らせた男の声。瞼を開ければ、そこには先程別れた筈の男の姿があり、衛子の腕は彼にしっかりと掴まれていた。
 「小さいレディたちに言うのは失礼だが、流石に重い……な。色男、金と力はなんとやら、だ」
 額に汗が滲めば、軽口も若干スマートさに欠ける。小柄とはいえ少女二人の体重はそうやすやすと引き上げられるものではない。
 男にとっては不本意だっただろうが、見た目や格好に目を瞑り、数分後にはどうにかこうにか三人は確かな陸地の上でぐったりと横になっていた。
 「ふぅ、やはり力仕事は向いてない…………が、兎にも角にも無事で何よりだ。迷惑を掛けたね」
 衛子に向けられた男の眼差しは、謝罪と安堵に満ちていた。
 しかし、やがてその瞳に疑問の色が混じる。言うまでもない、それは衛子がしっかりと握っているジークリンデの手、その意味する処を探るものだった。
 男の視線に耐え切れず、衛子は口を開いた。
 「彼女は、その…………」
 そこで衛子は言葉に詰まった。常識的な判断に従えば、この少女暗殺者は警察に引き渡すべきだ。殺人という罪悪は古来より変わらぬ禁忌であり、それを重ねて来た少女は法の裁きを受けねばならない。
 それは秩序を重んじ、道徳心に溢れた衛子でなくとも当然の考えだ。
 だが、しかし。
 自らの意志を持たず、道具として組織に利用されてきた少女に救いはないのだろうか。
 衛子の口からは言葉が出て来ない。
 「なるほど、君の友達という訳かな?」
 友達。それは日常的で、平和な響き。
 生死の狭間を綱渡りした二人には似つかわしくない温かさ。
 多くは聞かず、その代わりに男は両手を二人の少女の頭に乗せた。
 優しく、温かなぬくもりがあった。
 「では、私から言う事は何も無さそうだ。彼女の事は君に任せるとしよう」
 「…………良いんですか?」
 「あぁ、幸いにして私も君も無事だった訳だしね」
 確かに結果だけ見れば無事と言えるだろう。襲撃者は撃退され、彼は傷一つ負う事が無かったのだから。衛子の方は無傷とは言えなかったが、それでも武術家としてこの程度は殊更騒ぎ立てる程の怪我でもない。
 「君にはとんだ災難だったと思うが、私もこう見えて大人の仕事があってね。マッチポンプではあるが一応助けたと言えなくもないし、貸し借りなし、という事にして貰えると助かる」
 客観的に見れば、男が暗殺者に狙われるような身の上だった所為で衛子が巻き込まれた訳で、貸し借りなしとは随分と自分勝手な言い草だ。
 とは言え、自分の災難を呼び込む体質が不要な危機を招いた事もまた事実。全てを他人の所為にする安易で自己責任を放棄するような考え方を衛子は良しとしなかった。
 そもそも、男は此処に戻って来ずにそのまま何処かへ逃亡する、という選択肢もあった筈なのだ。それなのに彼は戻って来た。彼の視点に立てばまだ暗殺者が居るかも知れず、命の保証など無かった筈なのに。
 「百歩譲ってお互いを助けて貸し借りなしだとしても、彼女の事があります」
 その辺りを譲歩しても、衛子にはなお負い目がある。負う必要のない責任ではあったが、一度引き受けたものを投げ出す事など出来はしない。
 「なるほど、君の言う事にも一理ある。…………では、そうだね。こういうのはどうだろう」
 ふむ、と男は衛子の言葉に頷くと、一つ提案を打ち出した。
 「私には息子がいてね、ちょうど君と同い年くらいかな。彼も何というか、数奇な星の下に生まれた難儀な運命の持ち主ではあるのだが」
 唐突な男の言葉を、意図の掴めぬ衛子は遮らずに黙って聞く。
 「彼を君の婿に出そう」
 「結構です」
 「じゃあ、嫁に出そう」
 「意味が分かりません」
 やれやれ、と男は首を振って。
 「それならこっちの金髪の子の婿に」
 「???」
 「やめてあげてください」
 理解出来ずにぱちくり、と瞬きした少女をぎゅっ、と庇う。その様子に男も諦めた様子で──────────或いは、最初から落とし所を此処と決めていたように。
 「では、これでどうかな。もしも君がこの先偶然にでも彼に出会う事があって、厄介事に巻き込まれていたら、助けてやって欲しいんだ」
 「そんな事で良ければ、私は構いません」
 これは彼の気遣いだ。実際のところ、この広い世界でそう簡単に偶然が起こる訳もない。自分の心の重荷を下ろす為の気配りなのだろう。
 そう考えた衛子だったが、勿論それを口にする事はない。気配りを無碍にするような無粋な大人でも、無知な子どもでもない。
 承諾の意を示した衛子に、男は満足そうに微笑んだ。
 「有難う、君のようなしっかりした子が引き受けてくれるなら安心だ。…………あぁ、彼の名前かい? 名前は…………」
 男は、その名を口にする。
 全てを繋ぐ、縁の名を。
 衛子は、その名を耳にする。
 零より生まれ、始まりを示すその数字が表す名を。
 その名は──────。


                            <了>