英国は、書物という文字世界に封印されている。
十五世紀後半、欧州から新大陸に人々が流れていくと同時、英国イングランドを人外の者達
が乗っ取った。彼らを率いた神や悪魔達は自分たちの保護地をつくるために英国を現実から
切り離すと、己が作り上げた書物の中に封印してしまったのだ。
それまで現実に存在していた怪物、神や魔族、英雄たちは想像上の英国に移り住み、架空の
存在、つまり、文字や言葉だけの存在として生き続けることになった。
本と化した英国には天界という名の表紙と魔界という名の裏表紙があり、その間に天使の
位階と同じ数、九つの章扉があると言われている。
足を踏み入れた瞬間から、自分の姿も感情も全て文字で表される異境。滅多なことでは
人間が入り込むことができない空間。
その架空世界、書物の名前を「架空都市―倫敦」と言う。
世界の情報の発信地、巴里。
その智は遥かな昔より情報発信者となる者たちが集い競い合う場所だった。
情報を隠す力と発信する力。この矛盾する力は中世の錬金術による技術革命期に最も強くなり、
結果、当時の術者達は架空都市を擁する英国を手本にして一つの結界を作った。
最も安全に己の情報を作り、秘め、そして発信できる結界。
それによって仏蘭西を作る遺伝詞は変換され、
「正確な手記によって、ものが存在できる世界」
が生まれた。
以来数百年、仏蘭西は毎日幾千通もの手紙と、多量のニュースを発信し、世界の流行や、
情報を繰り続けてやまず、己の中で生まれた事件や言葉、人の記憶などを自分自身の遺伝詞の
中に組み込み、生物のように成長し続けている。
英国のように己を隠すのではなく、手記をもって自らを世界に伝えなければならぬ義務
をもった都市。そして情報を蓄え、進化する都市。
この都市は閉鎖都市―巴里と呼ばれている。
最終更新:2009年05月11日 03:42