「宇宙の果てのどこかを彷徨う私のシモベよ……神聖で美しく、そして究極な使い魔よ。
私は心より求め、訴えるわ!我が導きに……答えなさい!」
詠唱、後、爆発。ルイズの周辺の空気が急な勢いを受け、風を起こし、煙を巻き上げる。
別段そのことが不思議でも何でもない級友達は嘲笑と卑下の混じった視線をルイズに投げかける。
もう何度目だ。早く終わらせてくれ。ゼロに召喚なぞできっこない、などという無声の言葉を含んだ視線――或いは数人、実際声に出していたであろうが――がルイズに降り注ぐ。
ルイズとて好きでそうしている訳じゃない。寧ろ早く終わらせること、いや召喚できるならどんなことでも重畳だった。
泣き出しそう、或いは涙が滲み出ていたかもしれない目尻を抑えて杖を振る。
また、爆発。
既に何度起こったかわからないそれは、ルイズの心をどんどん惨めにした。
やはり自分には不可能なのか? そう問いかけるルイズは、聴衆の発した一言で我に返った。
爆煙の中に目をやると、確かに影があった。
やった。これで見返せる!
そうルイズの心に芽生えた思いは次の瞬間、打ち砕かれる。
煙の晴れた向こうにいたものは――
「貴族だ」
誰かが声を上げた。
「ゼロのルイズが貴族を召喚したぞ」
続いてまた誰かが声を上げた。
ルイズの魔法が成功したという驚きは、直ぐに皆からなくなっていた。
何故ならルイズが召喚したのは――貴族だったのだから。
『ゼロのエレガントな使い魔』
ルイズは驚愕していた。
召喚が成功したと思ったら、そこに貴族がいた。
何が起きたのか周りもわからないと思うがルイズも何が起きたのかわからなかった。爆発や失敗などチャチなものではない、何かもっとエレガントなものの片鱗を味わった。
しかしそんなエレガントなものでも、ルイズの惨めさを拭えなかった。いや、寧ろ更に惨めになるものだった。
何たって自分の使い魔が、ドラゴンやサラマンダーなどではない、人間なのだから。
ルイズは嘲笑を覚悟した。ゼロのルイズは召喚すらまともに行えない、そう言われると思ったし、それは目に見えていた。
そんな恥辱に目をつぶるルイズ。しかし何故だか嘲笑の声は挙がらない。
それどころか――一面の拍手が起こった。
「素晴らしい、なんて素晴らしい貴族なんだ」
「ゼロのルイズ……いや、ルイズ・フランソワーズ・ル・ラ・ヴァリエールは素晴らしく優雅なもの……いや、御仁を召喚なされた」
一斉に起こる群集の拍手の中、召喚された平民……いやこの場、この世界にいる誰よりも貴族らしい貴族はその麗顔に笑みを浮かべ、手を振っていた。
途端、巻き起こる嬌声と拍手。中には卒倒する者も居たという。
ルイズは考える、何故こんなことになってしまったのか、と。
考える最中、ルイズが召喚した貴族が顔を向けた。
瞬間、もう疑問などどうでもよくなった。
ここにはエレガントな貴族がいらっしゃる、それだけでいいじゃないか、と。
だが、手放しに喜んではいられない。召喚したのだから、契約をしないと。
契約《コントラクト・サーヴァント》――つまり、キスだ。キスをするのだ。
無理、絶対無理。この目の前のエレガントな男にキ…キキキ、キスなど出来るわけがない。それはもう、絶対に。
それでもしなければ……ならないの、だろう。進級ができない、ということは考えたくない。
後ろで放心するコルベールを後目に、ルイズは決心を固め、呪文を唱え始める。
「―――我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
使い魔。本当に使い魔でいいのだろうか? 目の前にいる男は今まで見たどんなものよりも貴族らしかった。
そんな男を使い魔にするなど、侮辱にしかならないのではないか?
思案するルイズを見て、目の前の男が動いた。きっとルイズの思案を読み取ったのだろう。
ゆったりと、エレガントに手を動かすと、誰よりも貴族らしい貴族――トレーズ・クシュリナーダはルイズに口づけをした。
「おお!」と巻き起こる歓声と、「そんな、ゼロのルイズに!」という悲鳴の中、あまりのショックで意識を手放した。
トレーズは倒れそうになるルイズを優雅に支えて、自身の左手に走る紋章を優雅に、そして平然と眺めていた。
最終更新:2008年03月22日 11:39