ゼロの使い魔0083サーヴァントメモリー-03

第三部『NEUE ZIEL(新しき理想)』

その日…もとい、ここ数日ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは非常に不機嫌だった。
理由は、使い魔の不在にある。
朝食が終わってから一時間ぐらいすると出て行き、夜頃やっと帰ってくるのである。
それだけなら、当り散らすとこだが、用件がウェールズにあるとなると何も言えない分、さらに機嫌が悪くなっている。
おまけに、アンリエッタとゲルマニア皇帝の婚姻に際して、詔を作れと始祖の祈祷書と共に言い渡されたのだが
詩人的才能が枯渇しているらしく、全く湧き出てこない。
ベッドの上でう゛~と唸っても、使い魔は居ないし、相談できそうな相手も居ない為、余計だ。

で、その不機嫌の原因を作り出している元凶だが、部屋の中でウェールズとマザリーニを伴い難しい顔をしていた。
「…率直に聞かせて欲しい。君から見て、どういう目的があると思う?」
「ふむ…たかが使節訪問に一隻しか無い艦隊旗艦を持ち出すという事が考えられんな」
主人と同じように少し唸りつつ、紅茶を啜りながら答えるが場の空気は重い。
なお、宇宙攻撃軍はドズル中将がドズル・ブレンドなるオリジナルコーヒーを作り出した事もあり大半がコーヒー党であるが、無いので紅茶にしている。
味は良いので特に問題は無い。

普段は、今後どうするかなどの話し合い等で、こういう雰囲気ではないが今日は別だ。
アルビオンから大使が送られてくるというのだが、それに伴い艦隊が動員されるからだ。
なお、ウェールズに対する言葉遣いが変わっているのは、ウェールズ自身がもう王族ではないからいい、と言ってきたからという事。
「威圧ではありませんか?アルビオンの強大な艦隊戦力を見せ付けるという」
「一理あるがな…私が思うに、連中は使節と偽り実戦部隊を導入し、こちらと一戦交える腹ではないか?」
「馬鹿な…!?そんな破廉恥な行為を行うなど…!絶対にありえん!」
思わず立ち上がったマザリーニを一瞥したが、構わずに続ける。
「艦隊という物は動員するだけで物資を浪費する。先頃まで内乱があり、国内が纏まっていない時期に使節というだけで艦隊旗艦を派遣するとは思えんよ」
ジオン公国軍でいうならルナツーの哨戒にドロス級を動因するような物だ。
確かに、200メートル級戦艦なぞ威圧にはもってこいだが、燃費が悪すぎる。
「まさか、そんな…いや、彼らも貴族だ…そんな事は…ありえん」
多少狼狽しつつあるマザリーニを見て少しばかり辟易した。
有能だとは思うが、緊急の有事には役に立たないタイプだと判断したが
他に使えそうな人材と言えるべき人材がマザリーニしか居ないので少し順を追って説明する事にした。

「落ち着きたまえ枢機卿。とにかく、そう思う理由を聞いてからでも遅くはない」
「うむ…確か、奴らの戦略目的は『統一』と『聖地奪還』であったな」
「ああ、その通りだ」
「現在、他に存続する国家は、隣国のゲルマニア、中立を標榜しているガリア、宗教国家のロマリア
   そのどの国も、強大な航空戦力を持つアルビオンには単独では太刀打ちできない。そこで、ゲルマニアとの同盟があるわけだが…」
そこまで言って二人を見たが、異論は無さそうなのでそのまま続ける。

「戦略的な目的が『統一』であるならば、対抗戦力となり得る国同士の同盟を傍観しているだけというのも思えなくてな。
  ギレン総帥やデラーズ閣下ならば、戦力を集結させられる前に各個撃破の対象にするだろうな。
  無論、戦力が集中した所を纏めて叩くという手もあるが…アルビオンと二国の間にそれ程の戦力差はあるまい」
公国軍ですら二重三重に張り巡らせた情報網によって、限界ギリギリまでMSの優位性を隠しルウムで連邦軍を打ち破った。
それでも、国力が疲弊し『ジオンに兵無し』と言われた程である。
戦力差が無くなれば持久戦になり、先に根を上げるのは補給ルートを封鎖されやすいアルビオンだろう。
「無論、同盟を締結したとはいえ、ゲルマニアが増援兵力を送るのに時間は掛かるだろうが
   それなりの部隊を送るとなると時間もかかる上に、こちらに察知され防衛体制を整えられてしまうしな」
となれば、使節という目的で精鋭部隊を送り込め、油断してくれているこの機会が好機というところだ。

「ある程度国内へ進んだ所で奇襲攻撃を仕掛け、そのまま制圧部隊を送り込む。…というのが考えられるが、どうだ?」
「…確かにそうだ。奴らなら、そのぐらいはやりかねない」
「で、ではゲルマニアに増援要請を…」
ウェールズが肯定すると共に、ようやく事態が飲み込めたマザリーニだが、まだ話は途中だ。

「あくまで仮定にすぎん。…それで動いてくれるような相手でもなかろうしな」
ゲルマニアは有力貴族が集まった連合体のような物で皇帝の力は言うほど強くは無いと聞いた。
金で地位が買えるという拝金主義的…とまではいかないだろうが、それに近い物風潮がある国が仮定だけで動くはずは無い。
フォン・ブラウンのアナハイムと考えれば分かりやすいだろうか。
二面外交を行い常に有利な方に付こうとするかもしれないという事も想定しておかねばならない。
そんな戦力をアテにして作戦を組み立てれば、間違いなく破綻する。
なら、最初から数に入れない方が遥かにマシだ。

(さて…と、デラーズ閣下なら、どうなされるだろうかな)
そう思うのも無理は無い。
ガトー自身はMS隊の総指揮を取っていただけの事はあり戦術家という側面を持ち合わせているが、戦略は専門外である。
星の屑にしても、デラーズという傑出した戦略家が居てこそ初めて成功した作戦だ。
無論、部隊の錬度が連邦より遥かに高かったというのもあるが、それだけでは圧倒的な物量を相手にできなかったはずだ。

「我が軍の主力は旗艦『メルカトール』を含めて旧式艦が多く…緊急時に集められる陸軍の数は2000程で…
  報告によると、訪れるアルビオン艦隊は、旗艦の他に戦列艦だけでも十数隻、予想される地上戦力は3000程で竜騎兵も入れますと…」
「僕が言うのも何だが、アルビオンの竜騎兵は精鋭揃いだ」
「鎧袖一触とはこの事か…」
戦力を聞いて頭痛がしてきた。数、質、錬度共に劣っている。

しかし、どうにも選択肢が少なすぎる。
こちらから先制攻撃を掛けるわけにもいかず、敵の攻撃に対して反撃するという道しか残されていないのだ。
しかも、あくまで仮定であり、可能性が高いものの確実にあるというわけではないし、その証拠も無い。
満足な防衛体制を整えられるかどうかはマザリーニに任せるしかないが
鳥の骨と言われているだけあって、結構な数の貴族から嫌われているのである。
最悪、緊急時に召集できるだけの戦力で対応せねばならないが
それで最初から戦うつもりで来た敵とやり合えるか、と問われれば『無理だ』としか答えようが無い。

「とにかく、戦力の分散を避け、対策と準備は怠らない事だ。悪いが、今のこの国の有様では一度侵攻されれば抗うだけの力はあるまい」
ここ数日、王宮に出入りする貴族を観察していたが、どれもこれもジャブローの連邦高官のような目をしている。
事なかれ主義。己の保身しか考えていないような輩が大半を占めていると見た。
占領されれば、そのような者は真っ先に懐柔され、反抗しようとする者達を率先して弾圧するという事は十分考えられる。
アルビオン側としても、その手を取れば憎悪の対象は懐柔された側に向けられるので恐らくそうなるだろう。

唯一、付け入る隙があるとすれば、こちらが攻撃に感付いたという事だ。
偽装敗走で敵が油断した所で、敵中枢に攻撃を仕掛けるという手があるが、奇襲を仕掛ける戦力が集まるかどうかはマザリーニの手腕次第だ。
とりあえず、まだ日はある。
その場は、マザリーニがアンリエッタにそれとなく知らせておくという事で纏まった。

正直な所、腐っているとしか形容のしようの無いこの国に、ここまで関わっているのは他ならぬウェールズの存在が大きい。
死のうとしていた所を無理矢理連れ出し、生かしたのだから付き合う責任がある。
かつての自分に対するデラーズのようなところだ。
そして、そのウェールズがトリステインを救おうとするのなら、同じように尽力する事に決めたし
何より、ウェールズと話していて分かったのだが、地球方面軍司令であったガルマ・ザビ大佐にどことなく似ているのだ。
連邦の白い悪魔を擁する木馬部隊と交戦し戦死した彼だったが、国民からは勿論、軍内でも人気は高かった。
まして、溺愛していると言っても過言では無いドズル中将の部下だったこの男も例外ではなく、ガルマに対しては好意を抱いていた。
言うなれば、ウェールズがどこまでやれるかというのを見てみたくなったのである。
もっとも、これを乗り切らなければ先が無いのだが。

なお、ウェールズは、客人という事で素性隠し王宮内に留まっているが
ガトーはウェールズとアンリエッタによりマザリーニの理解は得ているが、他から見れば平民なので何度も正面切って王宮に入るというのは要らぬ疑念を呼ぶ。
したがって、行きは搬入される食材に紛れ、帰りはこの前ウェルダンデが掘った穴から出るという、プチ・スニーキング・ミッションである。
ダンボール箱があれば被っている。
道中も、2、3箇所回っているため馬でも時間が普通よりかかるが、普段から狭いMSの中で時を刻んでいただけあり、苦にはならない。
むしろ、何時もやっているトレーニング代わりだ。

いい汗かいて学院に戻ると、後ろから声をかけられた。
余談だが、こちらに来てから頭の上がらない相手が一人増えている。
その正体は、今後ろから声をかけてきてる少女だ。
「む…シエスタか。どうした」
「最近、何時もこの時間に戻ってくるから待ってたんですよ。その、お腹すいているんじゃないかと思ってあ、…いえ、済ませてるならいいんです」
とまぁ、召喚当初から、このように食料方面や家事方面で色々と支援して貰っているので、年下と言えど流石に頭が上がらないのである。
ただ、その目を何処かで見たような気はしていたが
黒髪、黒目という、かつての宿敵を彷彿とさせる顔立ちだったので、まぁそういう事だろうと、とりあえず納得はしている。

「…そうだな。頼む」
「良かった。じゃあ、厨房に来てくださいな」
馬飛ばしてきただけに、丁度いい頃合でもあったし、何より断ったりしたらもの凄く落ち込まれそうなオーラを出していたので受ける事にした。
普段、部下を持つ立場だけであっただけに、こういう細かいとこには気付いたりするのだが、こんな所で役に立つとは思わなかった。

「旨い」
まず、出た感想はそれだ。
「本当ですか。良かった」
「後で厨房の皆に礼を言っておかねばならんな」
普段の生徒、教師及び自分達の分まで作らねばならないのに、少々ズレた時間にも関わらず用意してくれたという事で出た言葉だが
後ろから別の人物の声が飛んできた。

「ああ、それな。シエスタが作ったんだ。お前さんが最近、毎日出て行くからって頼んできてな」
ここの料理長のマルトーだ。
軍人と料理人という違いはあるが、己の職務に関して信念を以って立ち働くという姿には共感を覚えており
最初こそちとアレだったが、前のギーシュやド・ロレーヌの件などで、マルトー以下厨房の面々とはかなり親しくなっている。

「そうか…見事」
軽い笑みを浮かべてそう言ったが、無論、世辞ではなく本心からだ。
『世辞はいい。アースノイドじゃあるまいし』と言ったぐらいである。不味ければ遠慮なく不味いと言っているはずだ。
その言葉に顔を赤くして手を振っていたシエスタだが、少しすると顔の前に銀のお盆をやって少し言いにくそうに話し始めた。
「あ、あの、今だから言いますけど、ガトーさんを最初に見た時、少し怖いなーって思ってたんですよ」
そう言って、気付いたようにさらに激しく手を振りながら、今はそんな事はないです!と言ったが、分からんでもないとは思う。
「軍人ってのはろくでもないのが多いからな。手前の出世のために簡単に人を踏み付けたりするのが殆どだ」
ガトーが属していた宇宙攻撃軍は、ドズル中将の訓令が非常によく行き届いている…というより、ドズル中将のあの顔で、そう言われればそうするしかない。
そのため、軍律は旧公国軍でも最も高かった。
デラーズ・フリートにしてもそうだ。
だが、シーマ海兵隊のような戦後に海賊行為をしていた部隊も存在する事は確かだ。
戦後でなくとも、軍隊という大規模な組織である以上、一般人に対して略奪などの犯罪を犯す者は必ず居る。

もっとも、軍令で人を殺す事と、個人で人を殺す事に何処に違いがあるのかと問われれば答えようが無いのも事実である。
「すまん…!」
だから、侘びの言葉が出た。
「お前さんが謝ってどうする。グラモンの小僧を修正した時なんざ、俺はこいつは違うと思ったさ!」
あの偉そうだった小僧が、今じゃ大分態度が良くなったもんよ。と付け加えてきたが、ガトーに言わせればまだまだだ。
個人的に、ジオン士官学校に入学して一から学んで欲しいところだが、まぁそれは無理というものだろう。
世界が違うというのもあるが、敗戦により士官学校も解体されているからだ。
「迂闊に褒めんようにな。あれは調子に乗りやすい」
もうすっかり部下扱いである。実際、302哨戒中隊に補充要員として送られてきた学徒兵も、ギーシュと同じぐらいの年齢だったため扱い方は心得ている。

とりあえず、一段落付いたのだが、この男的には、このままというのは非常によろしくない。
「何か礼をせねばならんな。私に出来る事であれば言ってくれ。手を貸そう」
「そんな、こんな事ぐらいで…」
「ホントお前さんは義理堅いやつだな。ますます気に入ったぞ俺は!」
何故だか分からんが、こっちに来てから妙に厨房が馴染む。
それこそ、MSに搭乗しているような感覚である。
一回死にかけたおかげで前世か何かの記憶の影響が出ているのかもしれない。だとしたら多分職業は『ただのコック』だ。

「そうだ。それじゃあガトーさんの国の事を聞かせて下さいな」
「おお、そいつは俺も聞きてぇな」
興味津々といった具合にシエスタが覗き込むように聞いて、少し間を置いてそれに答えたが…色々と凄い事になった。
「私の故国か…そう呼べる物は三年前に潰えてしまってな」
少し感慨深げにそう言ったが、正確にはそうではない。サイド3は依然として健在だ。
ただし、ジオン共和国としてであるが。
同じジオンの名を冠するとは言え、ジオン共和国とジオン公国は全くの別物だ。
連邦に従属する形の自治なぞ形骸もいいところである。
だからこそ、多くの公国軍の戦士達が終戦後もジオン公国再興のために戦ったのだ。
そういう意味では、ジオン公国という国家は潰えたと言ってもいい。
だが、国家はどうあれ、宇宙市民の独立というジオンの理想は受け継がれている。
ジオン公国からデラーズ・フリート。デラーズ・フリートからアクシズにと。そう受け継がれただけでも十分だ。

ふと、視線を前にやると、何故か知らんがマルトーとシエスタが泣いている。
マルトーに至っては漢泣きというやつだ。
「…急にどうした?」
「馬鹿野郎!祖国を失っても誇りを持ち続ける軍人!これが泣かずにいられるか!」
「ガトーさぁ~~ん。わらし達が居ますから、辛くなっだらいつでも来てくらはい~~」
漢泣きしながら今にも抱きついてきそうなマルトーと、同じく泣きながら腕に抱きついてきたシエスタを見て
もしや、何か可哀想な人として見られているのではないかと疑念が沸いたが
どうやら、心の底から本気で泣いているようなので、特に気にしないでおく事に決めたが、二人を見ていると何やら勘違いをしている事に気付く。
何かこう、最後の生き残りというように受け取られてしまったらしい。

アルビオンでの件もあり、そういう価値観の違いからなのだろうと思ったので一応の訂正はしておいたが、やはりカリウスらのようにはいかない。
今まで軍隊組織にドップリと浸かっていただけに少しばかり戸惑いがある。
要は、民間人とこういう場で対する事にそれほど慣れていないわけだ。さらに言うならこういうタイプと接するのは本邦初だったりする。
ここ4年の生活場所が月での潜伏期間を除けば、宇宙要塞『ソロモン』、デラーズ・フリート拠点『茨の園』という環境だったので無理も無いのだが。
多少は落ち着いたようだが、やはり、まだ何か極まっているのか、依然としてマルトーは漢泣き状態であった。

時間が時間なので、ルイズの部屋に戻ろうとしたが
正直言うと、ジオン軍人として、16の少女と同室ってのはどうよと思わんでもない。
どこぞの仮面つけた大佐さんなら喜びそうだが、そういう趣味は無い。
まぁ使い魔だから。と言われればそれまでである。
価値観の違いというものか。郷に入れば郷に従え。という古い諺も知っているだけに、馴染もうとしているのだが
こればかりは、多少抵抗が無いわけでもない。
そんな事を思いながら扉に手をかけドアを開けると…目に入ってきたものは白い塊だった。

ボフン。という間の抜けた音が響いたが、そこは現役のMS乗り。
飛来物に対する反射神経は常人のそれよりも遥かに高い。
顔に手をやって防ぎ、その白い物の正体を見たが、ルイズ愛用の枕である。
「ぬう…手荒い歓迎だな」
枕を拾いながら、それが飛んできた方向を見たが、ベッドの上で機嫌悪そうにしていらっしゃる桃色を見たッ!

「どこ行ってたのよ」
口調が明らかに拙い。
詰み将棋の如く、答え方を間違えればルイズ火山大噴火に御座います。というやつだろう。
だが、それでも百戦錬磨の兵である。
これしきのプレッシャーなぞドズル中将に比べれば形骸もいいところだ。
あえて言おう、カスであると!
「言ったはずだ。用があるとな」
ひるみもせずありのまま答えたが、やはりというべきか、ますます機嫌が悪くなったようである。

「分かってるわよ!わたしが言ってるのは、ご主人様をほったらかしにして内緒で何やってるのかって事!」
ひどく単純な理由だったが、それだけにガトーの理解も早い。
そういう事か。と思ったが、事が事だけにそのまま言うわけにもいかない。
何せまだ確定した情報というわけでもないだけに、悪戯に不安を煽らんでもよかろう、と判断した。
「確か、アルブレヒト三世だったか。その件でな」
嘘は言ってはいない。アルビオンの艦隊が訪れるという話を聞く前には、婚姻の件の話もしていた。
「納得したか?」
う゛~と唸るルイズを後ろ目に軍服の詰襟を外しながら、椅子兼寝床に座り一息付く。
…が、言われた方はまだ機嫌悪そうだ。

ルイズも、壊滅的に空気が読めないわけではない。
人より読めないが、この場合はいくらなんでも言わんとしている意味は分かる。
ゲルマニアの皇帝の名前を出したからには、婚姻の件で出向いているのだろうと理解した。
つまり、アンリエッタとウェールズの事だ。
そりゃあ、死を覚悟したウェールズを半ば無理矢理トリステインまで亡命させてきたものの、その直後に婚姻である。
恋人同士だと知っているだけに、望んでいない婚姻がどれだけ辛いものかという事ぐらいは分かるのだ。

まぁ、それはそれ。
いくらそうでも、ルイズにとって使い魔が主人を放置して、他所に行くなど認められない事である。
でも、アンリエッタに関わっている事なので、直接文句たれる事もできない。
もっとも、この威圧感満載の軍人に普段ずけずけと遠慮なしに命令を言えるルイズも相当なタマではあるが。
しばらくすると諦めたようで大人しくなったが、唐突に口を開いた。

「…ねぇ、それ貸して」
それと言われたが、手にしているのは一つしかない。
普段は持ち歩いているが、さすがにここにいる時は外に出している物。
超高級品であるブルーダイヤモンドの事だ。
普段は特に意識していないが、この世界においては国宝クラスのブツである。
宝石としてだけなら、ルイズが貰った水のルビー以上の物だ。
貸すだけで機嫌が直るなら安いものだとして手渡した。

「これって凄く綺麗よね。蒼いダイヤなんて初めて見たけど、どうしたのよ?これ」
ベッドに寝ながら手の平でダイヤを弄んでいるルイズだったが、そう訊いてきた。
貴族だから、宝石なぞ珍しい物でもなかろうと思ったが、即座に思い直す。
「お前でも見るのは初めてか。…宇宙では珍しいからな」

宝石は基本的に地球原産である。
ソロモンやア・バオア・クーなど、元々鉱物資源採集用として運ばれてきた小惑星では、工業用の金属は豊富に取れたが、宝石などは滅多に出ない。
特にダイヤモンドは、隕石痕などの場所からしか採掘されない物質だ。
その事から、月面のクレーター痕にも存在するのではないかと言われていたが
今の所はクレーター痕を利用したフォン・ブラウンやグラナダから、そんな物が採れたなどという話は聞かない。

そもそも、宝石を手に入れられるような富裕層は地球に居残っているので
精々工業用に使われる人工宝石ぐらいで、宝飾品を目的とした物は宇宙に出回る事はあまり無かった。
特に公国の前身となるジオン共和国はUC.50年代の頃に連邦による経済制裁を受けているため
宝石は元より食料すら確保し難い状況に陥っていた事があるだけに余計顕著だ。
ジオン・ズム・ダイクンの元、月の企業体やコロニーの商工業組織からの協力を得ることで何とか乗り切ったものの
これらの連邦の行動が、サイド3が他のサイドより連邦に対しての敵対心が大きい原因である。

「前にも言ったと思うが、ある方から譲り受けた物だ。…武人の鑑とも言える人で返しきれぬ恩義がある」
あのHLVが無ければ、奪取した02Aを宇宙へ運び出す事はできずに、星の屑は第一段階も達成できずに頓挫するはずだった。
作戦概要すら言う事もできなかったが、『作戦』という言葉一つで基地のMS全てを犠牲にして送り出してくれたのである。
言うなれば、星の屑が最終段階まで到達できたのはキンバライド基地のおかげであると言っても過言ではないのだ。

それを聞いてルイズが押し黙る。
今のガトーの口調からして、その恩義は相当な物だと判断できるからだ。
「…元の場所に帰りたいの?」
ルイズもいい加減ガトーの性格は掴んでいる。
義理堅いというか、もう行動理念のほとんどがそれで出来ていると。
だから、勝手に呼び出した自分を放って何処かに行くのではないかと思ったからそう訊いた。

「さて…どうだろうかな」
対してガトーであるが、その恩義のあるノイエン・ビッター少将はHLVを守るために戦死しているのである。
何より、志を無駄にしないためにも星の屑は成功させねばならなかったわけで
気になると言えば、今後、星の屑により宇宙の情勢がどう動くかという事であるため、明確には答えなかった。
第一、ルイズに対しても(半ば理解せぬ内にだが)命を拾われたという義があるので、今ここで答える事ではない。
この事において彼とタメを張れる人間は同僚でもあった白狼ことマツナガ大尉ぐらいなものであろう。

ちなみに、大抵の人が信じられないであろうが、アナベル・ガトーは25である。
一年戦争の時は22なわけで、一体どんなもん食ったらあの年齢でああいう風に育つのか甚だ疑問だ。
当然、ルイズ達にそう話した時もかなり驚かれた。

明確に答えなかったせいか、多少安堵したようで、しばらく黙っていると、寝息が聞こえてきた。
あろう事かブルーダイヤモンドを両手で握り締めたままだ。
価値を考えれば非常に罰当たりである。

「まったく…小動物でも飼い始めた気分だな」
言いながらルイズに毛布を掛ける。
士官学校時代でも、ここまで手の掛かる後輩は居なかったはずだ。
そういう意味では新鮮味のある体験なのだが、対応し辛いというのが本音だろう。

さて問題のダイヤだが、取れそうに無い。
無理に取っても良かったが、緩んだ表情で寝ているルイズを見てその気は失せた。
少なくとも朝になれば向こうから返してくる。
別段、起こすような真似はしなくてもいい。
「良い夢をな」
現実世界で『悪夢』を振り撒いていただけにそう口に出たのかもしれないが、事実として情勢は芳しくない。
近い将来、ここが戦火に包まれるというのは十二分に考えられるのだ。
なら、せめて夢の間だけでも悪夢なぞ見ないで済むに越したことは無い。
「私の杞憂であればいいのだが…」
少々弱気になりがちだが、切り替えは早い。
成すべき事を成す。
今も昔もそれは変わらない。
そう考えると、自身も夢を見るべく目を閉じた。
この先トリステインが見る夢が悪夢か否かは、まだ誰にも分からない。

翌日。
「ああ、僕のモンモランシー…君はいつだって美しいが、今日の君は一段と美しいよ」
行初めから、クベさん家のマ坊ちゃまでも言わないような仰々しい台詞を吐き出しているのは、ご存知ギーシュ。
そして、相手は金髪縦ロール。どこのディアナ様だと言わんばかりのモンモランシーだ。
この前、一年のケティに浮気され、思いっきりワインをブッ掛けた彼女であったが
ここ最近、少しばかりマシになったのでヨリを戻しつつあった。
ギーシュ曰く『少佐に影響されたのかな』らしいが
先にあるように、アナベル・ガトーは世辞など一切言ったりはしない。
モンモランシーから見ても、ガトーとギーシュでは、その辺り雲泥の差があるので話半分だが
浮気性が治りつつあるというのは悪くない事だ。
トリスティン貴族の例に漏れず、高慢と自尊心の塊だけあって褒められるのは嫌いではない。むしろ、もっと褒めろと言いたげである。

食後のデザートとテーブルを介して、対面に座り、口説く側、口説かれる側と別れているが
唐突に、ギーシュの言葉が自分ではなく、他に向けられている事に気付いた。
制服っちゃあ制服であるが、ジオン公国軍少佐相当が着用する軍服に身を包んでいる、ガトーである。
まぁ、他から見て明らかに浮いているのであるが、本人は気にしていないし
何より、他に何があるのかと言われれば誰も答えようが無い。

「何か用か?」
「少し、話があるんですが、構いませんか?」
そう言ってガトーの方に顔を向けたギーシュだが、その目は貧しい少年が、展示されているトランペットを見るかのようなそれだ。
公国軍MSトップエースパイロットであるからには、そういう目で見られる事に関しては慣れきっているのだが
傍から見ているモンモランシーは、少しばかり不安になっている。
(…ギーシュったら、あんな目して…わたしにも見せた事ないわよ
  ……まさか!いやでも…まさかよね……ああ、でも最近他所の女の子に色目使ったりしないし…)
なにやら、薔薇色の想像が湧き上がっているようであったが、無論二人は知った事ではないから話は続く。
「何だ?」
漢気溢れる声でギーシュに返すガトーだったが、ギーシュは何故かモンモランシーの方をチラ見しながら答える。
「ここじゃ少し…向こうで話したいんですがいいですか?」
「ふむ…まぁよかろう」
「それじゃあ、少し行ってくるから待っておくれ、僕のモンモランシー」
立ち上がってガトーに付いていくギーシュがモンモランシーにそう言ったが、言われた方は少し青褪めている。
(訊かれると拙い事なの!?何!?やっぱりそうなの!?)
接触したコロニーの内の一つである、宇宙の深遠へと消えていった『アイランド・ブレイド』の如くズレた思考をしていたが
何やら意を決した様子握り拳を作り立ち上がると、呟く。
「…追わなきゃ」

そうして、モンモランシーが二人を見つけたのはヴェストリの広場である。
火の塔と風の塔に挟まれ、日当たりも悪いので生徒も居らず、密談にはうってつけの場所だ。
茂みに隠れながら、二人に近付いたが、もう話は終わったようだ。
「ありがとうございます!参考になりました」
「あまり、助けになったとは思えんのだがな」
話の内容だが、何の事は無い。
砕けた言い方をするとギーシュの恋愛相談である。
無論ガトーとて、他人にアドバイスできる程そっちの戦歴は豊かではない。
むしろ、ギーシュがアドバイスするぐらいなのだが、この前ワインを頭からブチ撒けられた手前もあるのだろう。

どうも何か、ギーシュから完璧超人のように見られているが、そんな事は無い。
得手もあれば不得手もある人間である。
従って、まずはその目移りやすい癖を直せ。というごく一般的な回答だったのだが
とりあえず、薔薇は云々と返してきたので『それは一人前の男の台詞だ!』という台詞と共に軽く修正しておいた。
どうも、一度痛い目見ないと分からないタイプであるようで、修正されると何かに気付いたような目で、先にあげた礼を述べてきたというわけだ。

「そう言えば、少佐って、召喚される前は何ていう所から来たんですか?」
唐突に、そう訊かれた。
はてさて、返答に少し詰まる。
宇宙と言っても、分からんだろうし、サイド3『ムンゾ』は少し違う。
したがって、最後に足を踏み入れた場所で答える事にしたのだが
「茨の園という基地だ」
そう言った瞬間、茂みから何やら音がした。
「む!?…猫か」
目を細めて辺りを見渡したが、帰ってきたのは猫の鳴き声だったので、視線を戻した。
別段聞かれても困る話ではないのだが、軍人故の条件反射というやつか。

無論、茂みの中に居るのは、猫などではなくモンモランシーである。
何やら、よよよと地面に手を付いて崩れ落ちている。
(やっぱり…!)
暗転した背景に奔る、一筋の稲妻。大きく見開かれた白目。額を奔る無数の細い縦線。
所謂、ガラス仮面ショックというやつである。
すこーし距離が遠かったので聞こえ辛かったのだが、最後のガトーの言葉が彼女の耳には、このように聞こえている。

即ち『茨』の『い』が消え、『薔薇の園』と。
「お、おかしいと思ったのよね…アナベルなんて女の名前だし…」
そんな事を言ったら、グリーン・ノアの狂犬に問答無用で殴られるのだが
それは四年後であるし、殴られるのは転落不幸人生まっしぐらの幸薄い可哀想なエリート青年将校なので、特に気にしないでおこう。

まぁ実際のところ、その手の話はヤロー率が極めて高い軍隊内には付き物であるし
こちらとは違い、女性パイロットやオペレーターが存在する公国軍内でも、そういうのはあるはずである。
無論、ガトーはそのようなご趣味は持ち合わせていないが、モンモンは突っ走っている。

モンモン自身は、一回だけガトーが髪を解いた所を目撃している。
正直、束ねている時とそうでない時では、印象というか、見た目というか、その辺りがまるで違う。
中の人だって、最初見た時は、『誰これ?今更新キャラ?』と思ったぐらいである。

そんなわけで、モンモンの頭の中では、まさに薔薇な展開がリプレイされている。
趣味悪いけど、一応、美少年と呼ばれる範疇に属するギーシュと
そこいらの貴族など比較にならないぐらい、色んな風格が溢れ出ているガトー。

髪を束ねている状態であれば、いかにも軍人です。と自己主張せんばかりに鋭い目つきをし
逆に、髪を解いた状態で、どこか遠くを見据えている表情との、差がまた激しい。
ギーシュがそっちに目覚めたのなら、直撃というやつだろうと、泣きながらそう思う。

そして、絡み合う銀髪と金髪という脳内光景に、顔を非常によく赤らめさせるとモンモンが間違った決意をした。
「わたしが何とかしなきゃ…」
なお、これが後の『惚れ薬騒動』の原因である。
ほぼ一方的にとはいえ、この世界においてソロモンの悪夢が見せた初めての悪夢(精神的な意味で)であった。


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最終更新:2008年03月22日 12:23
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