未知数な使い魔


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 今日、春の使い魔召喚の儀式が行なわれた日の夜。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、自らのベットでひとり悶々としていた。
 理由は簡単である。今日呼び出した使い魔の存在だ。
 寝返りを打ち、ちらりと見るとそこには布に包まれた1つの大きなふくらみがあった。



 本当は、何でも良かったのだ。
 進級の試験も兼ねた使い魔召喚の儀式。普段の成功率ゼロを考えれば、落第は間違いないと言って差し支えなかった。
 ドラゴンやマコンティアといった立派なものでなくてもいい。せめて鼠や蛇、苦手な蛙でも召喚できたなら、どれほど幸せなことだったろうか。だからこそ幾度の失敗にめげず、成功を信じて杖を振るった。
 その思いが始祖に通じたのか、召喚自体は成功したのだ。
 しかし、召喚したのは人間の――よりにもよって平民の男女がふたり。杖もマントも無く、どうみても貴族とは思えない、同い年くらいの少年と少女だった。
 たちまちに同級生からの嘲笑から沸き起こる。
 ルイズもまた、落胆した。

 これが、私の使い魔――と。

 彼らは奇妙なものに乗っていた。一見すると馬の無い、馬車のように見える。
 周囲の貴族たちを見てきょとんとしていたふたりの平民は、その馬車を降りてルイズに近付き、少年の方が開口一番に「ここはどこだ?」と訊いてきた。
 ここは由緒正しきトリスティン魔法学院である。やや憤慨気味にそう答えると、ふたりは目を丸くして「どこなんよ、そこ?」と問い返してきた。

 ――トリスティン魔法学院を知らないなんて、一体どこの田舎者よ!

 激昂するそのままに話を聞くと、彼らは田舎はおろか、砂漠のど真ん中からこの地に召喚されたらしい。旅の途中で目の前に光の壁が現れて、止まる間もなく気が付くとここにいたと言うのだ。
 ルイズは思わず膝を屈しそうになった。
 召喚をやり直したい。彼らが乗っていた馬車モドキをしげしげと眺めていた髪の薄い引率の教師であるコルベール氏に再召喚を訴えると、神聖なこの儀式にそれは認められないとばっさり却下された。同級生たちも、はやくやれ、どうせ失敗する、などと野次を飛ばしてくる。


 もはや八方塞だった。こうなれば彼らを使い魔にするより他が無かった。
 使い魔の契約は口と口の接触――早い話がキスによって行なわれる。
 初めてではあったけれど、女の子同士ならノーカウントよね、とばかりに、有無を言わさず少女の方に契約を敢行した。
 ある程度予想していた通り、少年と少女はやはり恋人同士であった。
 相手が女とはいえ、目の前で恋人の唇を奪われて声を荒げた少年を見、彼とも契約を交わさなければならないのかと諦めにも似た心境で行動に移そうとしたものの、不思議なことに少女だけではなくなぜか少年にも使い魔のルーンが刻まれたためほっとした。
 両者の左手に刻まれたルーンはとても珍しいものみたいで、コルベールがそのスケッチをと取ると儀式は終了、解散となった。
 飛行の呪文を唱え、飛び立つ同級生たち。
 その場に残ったのは、ルイズと、馬車モドキに興味を持ったコルベールと、そして飛び去った同級生らをポカーンとした目で見る使い魔となった少年と少女。
 怒鳴らずにはいられなかった。
 あんたたちはなんなのか――と。
 彼らは常識さえも持ち合わせてないのか、訳のわからないことばかり口走った。
 曰く、トリスティンどころか、ハルけギニアなんて知らない。
 曰く、どうして人が空を飛べる。
 曰く、魔法なんて見たことが無い。
 曰く、貴族って何だ。
 ふざけるなと思った。
 怒りに任せて杖を振りそうになったところを、ひとり冷静なコルベールに止められた。


 コルベールはルイズをなだめると、少年と少女に幾つかの質問をし始める。
 見たことも聞いたことも無い地名やら単語やらが彼らの口から飛び出し、コルベールはフムと顎に手を当てて、最後にあの馬車モドキについて訊ねた。
 少年が言うには、この馬車モドキはジドウシャという名で、馬も魔法も必要なく、油を燃やして走る乗り物であるらしい。
 これを聞いたルイズは、そんなのありえない、何バカなこと言っていると叫んだ。
 だがコルベールの反応は違っていた。それは本当なのか、ぜひ走ってみてくれたまえ、と興奮気味にまくし立てたのだ。
 コルベールの要求を受け入れた少年は丸い輪っかが付いた座席に座り、少女を隣の席に座らせ、残ったルイズとコルベールを後ろの席に乗るよう促した。
 後ろの席には旅行用の荷物が置かれ、お世辞にも綺麗ではなかったのでルイズは顔をしかめたが、ぱぁとはたから見ても表情を明るくしたコルベールに引っ張られる形で席に付いた。
 その場にいる全員を乗せ、少年は遠くに見える学院に行けばいいのかと確認を取ると、手元でなにやら操作し始めた。
 するとどういうことだろう。いまのいままで沈黙を保っていた馬車モドキが、ブオン、と大きく咆哮を上げ、小刻みに震え始めたのだ。
 な、何――とルイズがうろたえる中、少年は中央にある棒を動かし、足元で何かを踏み締める仕草を見せる。
 途端、後ろに引っ張られるような感覚がルイズを襲った。
 慌てて周囲を見る。
 学院周辺に広がる草原の景色が、ものすごい速さで流れている。
 走っている。走っているのだ。
 それも馬よりも速く、馬車よりも揺れが気にならない。
 ルイズは信じられなかった。
 これほどハイレベルなマジックアイテムを、なぜ一介の平民が所持しているのかということを。
 ふと、隣から呪を紡ぐ声が聞こえる。
 魔力感知の呪文だ。
 振り返るとそこには、驚愕に目を見開いたコルベールの姿があった。

 ――素晴らしい。素晴らしいぞ!

 両手を振り上げ、コルベールは喜びに奮えている。

 ――本当に魔法が一切使われていない。一体どういう原理で動いているのかね!?

 コルベールがはしゃぐその姿は、まさに子供のようであった。
 ルイズは言葉を失った。
 コルベールは確かに魔力感知を使い、そして言ったのだ。
 魔法が使われていない、と。
 では、これは何だというのだ。
 魔法ではなく、何か得体の知れないチカラで動く物体。
 それに乗って召喚された彼らは一体……。
 冷めやまぬ興奮をどうにか落ち着かせたコルベールは、ルイズを含めた3人が注目するのを見てコホンとひと息つくと、自らの仮説を披露した。

 ――おそらく君らは……このハルケギニアとは別の場所からやって来たのだろう。

 と。

 それからルイズをはじめとする4人は、学院長のオールド・オスマンと面会することになった。
 複数の使い魔を召喚したこと自体稀であり、それが人間であるのも異例。
 しかも彼らはハルケギニア以外の者である可能性が高いとなれば、監督する立場である自分には報告の義務がある――とのコルベールの弁だ。
 教師の報告を受けたオスマンは軽く挨拶と自己紹介を交わし、さっそく彼らに彼らの故郷について尋ねた。
 彼らは自らの故郷をチキュウと呼んでいるそうだ。大陸が5つあり、月は1つしかなく――これまた信じられない話だが、彼らは月に行ったことがあるらしい。
 そして魔法ではなくカガクという名の技術によって文明が栄え、彼らが持つ道具やジドウシャはそのカガクで生み出されており、空よりももっと高いウチュウにはコロニーと呼ばれる巨大な筒があってその中に人が暮らしているのだという。
 貴族と平民で分かれた身分制度は存在せず、それどころか彼らが生まれた年に起きた大きな戦争で多くの人が死に絶え、国家さえも崩壊したと少年は語った。

 ――空の上から山よりも大きな筒がたくさん落ちてきて、100億いた人間のほとんどが死んだ。

 あまりの内容に、ルイズは言葉を失った。
 魔法や貴族が存在しない世界も、空の上の筒も、100億いた人間も、それらを滅ぼした戦争も、全ては想像のはるかに越えたものだった。
 はじめは未知の世界に心を弾ませていたコルベールも、オスマンも絶句している。
 普通であれば全部出鱈目だと一蹴していただろうが、彼らが持っているジドウシャや道具、さらに話を語る少年の傍らで少女が黙々と描いていた――しかも景色をそのまま写し取ったかのように上手い――絵を見せ付けられて、誰も否定するだけの勇気を持てなかった。
 少年の説明が終わり、重々しい沈黙が学院長室を支配する。
 それを打ち破るように、オスマンが口を開いた。

 ――そんな世界で、君らはどうやって生きてきたのじゃ?

 少年は肩を竦めて答えた。生きる為には何でもやった。
 少女は、黙したままだった。
 ……そうか、と顔を俯かせるオスマン。
 そんなオスマンに、少年は真剣な面持ちで声を掛けた。

 ――自分たちは、元いた場所に帰れるのか? と。

 その言葉を聞いた時、ルイズも、コルベールも、オスマンも、三者三様に目を剥いた。
 ルイズは信じられなかった。
 魔法とは別のチカラがあれども、国を統べる王族も無く、民を守るべき貴族もいない。
 以前に比べればマシになったらしいとはいえ、誰もが今日を生きる糧を求めて醜く争う野蛮人が数多く住まう、地獄とも思えるような世界に彼らは帰りたいと言ったのだ。
 なぜ、どうして――ルイズの疑問はコルベールの疑問でもあり、オスマンの疑問でもあった。
 少年は答える。

 ――あそこには自分たちの大切な仲間がいる。あんな世界でも、やりたいことがある。だから帰りたい。 

 そう言い切った少年の瞳はどこまでも純粋で、真っ直ぐだった。
 隣で頷く少女の眼差しもまた、力強かった。
 彼らが話した野蛮な世界をまるで感じさせないほどに。
 いや、そんな過酷な世界に身を置き、それでもなお希望を見出しているからこそ、彼らの目がまぶしく映るのかもしれなかった。



 彼らの言葉と眼差しに圧倒されたオスマンは大きく息を吐き出すと、ふたりにこのハルケギニアの仕組みを、使い魔の召喚と契約についてを説明した。
 ふたりはルイズの使い魔としてハルケギニアに召喚されたこと。
 契約の際、左手に刻まれたルーンは使い魔の証であること。
 召喚の呪文はあくまで召喚の呪文であり、送り返すことはできないこと。
 また、別世界を行き来する魔法は伝わっておらず、あるかどうかさえもわからないこと。
 契約は主・使い魔両者が生き続けるかぎり有効であり、どちらかが死なないかぎり破棄できないこと。
 ルイズも知るいくつかの事実を並べた最後に、ふたりが元の世界へ戻るために力を貸すことと、戻るまでの間ルイズの使い魔をやってくれまいかと告げて、オスマンは言葉を切った。
 オスマンの話が終わると、ふたりはルイズを向いた。オスマンも、コルベールも。
 少年は生活の保障と報酬があるなら別にいいと言った。少女はその言葉に頷く。
 あとはルイズ次第だった。
 ルイズはすでに心に決めていた。
 先ほどの、彼らの眼差しを目の当たりにした時から。
 それはある意味、ルイズが求める先にあるものだったから。
 だからルイズは自らの名と杖に掛けて誓った。
 彼らを自分の使い魔とすることを。
 彼らを本来の居場所に帰すことを。
 その誓いに対して、彼らからは、よろしくな、と温かい声が返ってきた。



 ……そこまでだけであったのなら、今自分はベットの上で悶々とする必要は無かったはずだ。
 最初は平民を召喚したのだと落胆した。不名誉なあだ名を返上することはできなかった。
 けれども、彼らの話を聞き、少なくとも彼らがただの平民ではないということは理解した。
 もっともハルケギニア以外の世界の存在を完全に納得した訳ではないが、あのジドウシャという乗り物の有用性はルイズにもわかる。あれだけでも使い魔として召喚した価値があるというものだ。
 馬よりも速くて、長時間乗っていても腰を痛めない。ガソリンという油が尽きると動けなくなるそうなものの、そこは幸いにもコルベールが似たようなものを知っており、何とかしてみるとのことである。

 ……あんな話を聞いた後で、神妙な面持ちで彼らの世界に行ってみたいと言ったコルベールを、やはり変わり者の先生だと思いはしたけれど。

 ともあれルイズは当初自分で考えていたほど、あのふたりの平民の使い魔に不満はなかった。
 少年の方はあのジドウシャを動かせ色々と多才なみたいだし、少女の方も絵が得意という特技を持っている。
 今度自分の肖像画を描かせてみようか、と内心でほそく笑んだくらいだった。

 だが得てしてルイズは、物事には長所と短所が表裏一体であることを思わぬ形で自覚する羽目になった。
 それはごく自然な成り行きであり、召喚の日の夜にさっそく起こった。


 オスマンとの面会が終了し、必要な手荷物をジドウシャから携えた少年と少女を引き連れたルイズは、女子寮に割り振られた自らの部屋に戻った。
 説明やらでかなりの時間を食い、すでに日は落ちている。
 代わりに窓に差し込む光は、空に浮かぶ蒼と赤の双月のかがやき。
 見慣れぬ2つの月を不思議そうに眺めるふたりをルイズは向き直らせ、今後の注意点を述べた。
 特に念を押したのは貴族への対応。一部を除いてハルケギニアでは貴族と平民との間には絶対的な身分格差があり、平民は貴族に従うものである。
 ルイズを含む大抵の貴族は多かれ少なかれそういう認識を持っている。
 無用なトラブルを避けるためにも彼らには教え込まねばならないことだった。
 少年も少女もいまいちピンとこない顔であったが、渋々ながら同意を取り付ける。
 それは終わると少年から「使い魔って何をするんだ?」との質問。
 ……大事なことを具体的に説明するの忘れていた。
 魔法使い各々にもよるが、基本は3つ。
 主の目となり、主が求める秘薬の材料を探し、主を守ること。
 まず1つめ。感覚の共有。これについては早い段階で諦めた。いくらためしもそんな感覚はまるでない。
 2つめ。これは野草の採集や狩猟ならできると少年は言ったものの、現段階ではハルケギニアの生態系等がわからないため保留。可能だとしても今のルイズには不要なことだった。
 そして3つめ。これには少年ではなく少女の方が自信たっぷりに「大丈夫だ」と答えた。
 どうして――と問うと彼女は……。

 ――彼は、いつだって私のことを、助けてくれたから……。

 ……とまあ、真顔で惚気をかましてくれたのだ。

 ――そうだった。こいつら恋人同士だったのね……。

 ルイズはがっくり肩を落とし、急にのしかかってきた疲労を感じた。
 思えば数々の失敗魔法の連発と、そのあとの長時間の会話。
 体力も精神力も限界が近かった。
 とりあえず必要なことは話したし、寝るには少し早いけれど、続きはまた明日と話を打ち切って立ち上がり、寝着に着替えるためクローゼットに向かおうと制服のタイに手を掛けた――そのときであった。
 少女となにやら短く言葉を交わした少年が立ち上がると、突然トイレの場所を訊いてきたのだ。
 はぁ、と思う暇も無く、反射的に寮外にある使用人用のトイレを教えると、少年は
礼を言ってとっとと部屋の外に出て行ってしまった。
 そのタイミングの良さと行動の早さ、ルイズは出鼻を挫かれたような形になって呆然とした。
 少女もまたゆっくり立ち上がる。呆気の取られたルイズの目の前で少女は自分の荷物から替えの下着を取り出し、そそくさと着替え始めた。
 ルイズはぼうと少女を見詰める。
 着替え終え、荷物をまとめた少女は、今度は少年の荷物から出したかなり大きめの袋を広げ……そこでルイズの視線に気付いてか、振り返ると同時に「……着替えないんですか?」と問い掛けてきた。
 ……気のせいか。その声音はわずかばかりの冷気を伴っている気がした。
 見透かされるような視線を真正面に受け、ルイズは(気のせいよ、気のせい)と自分を無理矢理納得させて、着替えを再開する。
 自身の着替えを終えてベットに腰を掛けると、思考を切り替えて少女が床に広げた袋の存在が気にかかった。
 何よ、それ――と思ったままに口に出すと、その袋は寝袋というらしく、その名の通り野宿用の寝具だった。
 どうやらふたりは床で眠るつもりらしい。
 召喚直前まで砂漠を旅していたと言っていたのだから、この類の道具を持っていてもちっとも不思議ではない。この部屋にはベットは1つしかないし、ルイズも初めからそのつもりだったから、手間が省けたというべきか。
 寝袋を手で伸ばし、それが終わればもう1つの寝袋を広げるであろう少女をじっと眺めていた。
 しかしルイズの予想に反して、寝袋を1つだけ広げ終えた少女は枕元にちょこんと座り、動かなくなった。

 10数える時間を待った。少女は動かない。
 20数える時間を待った。少女は動かない。
 30数える時間を待った。少女は、座っている。
 ……60数えた。ルイズの脳裏に嫌な予感がよぎる。
 今日この日、この部屋に3人の人間が眠る。
 だがこの部屋には、1つのベットと1つの寝袋しかない。

 問:この状況で最も考えられる可能性を1つ述べよ。

 答:片方は添い寝。

 ――ちょ、ちょっと待ってぇー!!

 ルイズは主で、彼らは使い魔。この部屋の主はルイズ。彼らは恋人同士。しかもふたりきりで旅する関係。
 導かれる回答は1つきりだった。
 ルイズは心中で絶叫し、頭を抱えた。

 ――お、落ち着くのよ、ルイズ。そ、そうよ、彼女の方をベットで寝かせれば問題ないわ。こ、これも使い魔に対する躾よ、躾!

 平民とはいえ恋人同士を引き離すのは悪いと思いつつ、ルイズは決意した。
 己の安息と、安眠のために。
 ルイズが一大決心を固めている様子に気付いた素振りを見せず、少女は少年の帰りをじっと待っている。
 しばらく経ち、少女が顔を上げるとこちらに近付く足音が聞こえ、ノックの後に開いた扉からは少年が顔を出した。
 少年は少女にお待たせと告げ、寝着を身に着けたルイズを確かめると、明日の予定について訊いてきた。
 とりあえず、水汲みや制服の洗濯などの雑用と、朝食時間前になったら自分を起こすようにと言っておいた。
 少年は二の返事で了承すると、じゃあお休みと寝袋に入ろうとする。
 いよいよ本題だ。ルイズは少年を呼び止め、今日はふたりとも床で眠るのかと確認。
 ああ、と答える少年。この部屋はルイズのもの、自分たちはいわば居候、床で寝るのは当然、との模範解答。
 じゃあどうして寝袋は1つしかないのか。その問には、寝袋はそもそも1つしか用意してなく、大きいからふたりでも平気だという言葉が返ってきた。
 ルイズは努めて優しく言った。寝袋があるとはいえど床に寝るのは身体に良くない。昨日まで砂漠にいたのだからなおのこと。だからふたりともは無理だけど、女の子の方は自分とベットで寝て良いと。
 ルイズの提案に少年は「いいのか?」と窺ってくる。
 よし、食い付いた――ルイズは目に見えないガッツポーズをとってもちろんと胸を張って答え、少年は少女に目を移し、彼女の体調を心配してベットに寝たらどうだ、と言った。少女は迷うようにルイズを見、少年を見た。
 この分なら、ルイズの目論見通りになりそうである。
 そう思った矢先、少女から反応があった。
 少女は、首を振ったのだ。横に、である。

 ――なんでよ!?

 ルイズは叫びたい衝動を抑え、再度説得を試みる。
 ベットの方がそこよりも寝心地が良いし、温かいし、私は気にしない。
 少年がルイズの意見に同調しても少女の意志は固かった。
 口元を引き攣らせたルイズが理由を訊くと、少女は少年の顔を見てこう言った。

 ――彼のそばほど温かくて、居心地の良い場所は他に無いから……。

 それはもううっとりと、頬を赤らめて恋する乙女全開な発言だった。
 少女の浮かべた幸せそうな表情に本日最大の衝撃を受けて、ルイズの中で何かが砕け散る。
 思考が固まって反論不能になったのを肯定と取ってか、少女は当たり前のように少年の懐に納まり、ぴったりと身を寄せた。
 やれやれと頬をかいた少年は、自失寸前のルイズに、明かりはどうするんだと告げた。
 何も考えず指を鳴らすと、照明が消える。
 少年と少女はルイズに就寝の挨拶を告げると、1つの寝袋に包まった。
 彼らは声を交わず静かになり、窓からこぼれる月明かりに照らされていた。

 ――……つ、疲れた。

 もはや文句を言う気力さえも打ち砕かれた気分だった。
 もういい。もう考えるのはやめよう。こういう時は寝るに限る。
 ルイズはベットにもぐりこみ、脱力と疲労に身を任せて眠りに入った。

 ――もしかしたら、自分はトンデモない連中を使い魔にしたのかもしれない。

 そんな予感めいた思いに浸りながら。



 甘かった。
 とにかく甘かった。
 どれほど甘いかというと、好物のクックベリーパイを100倍に濃縮して足りないくらい甘かった。
 月の位置から判断して眠り始めてそんなに時間が過ぎていない頃。
 ルイズは耳元で囁き合う声によって、目を覚ました。
 誰――と思って耳を澄ますと、今日召喚したばかりの使い魔たちの声が聞こえる。
 声が小さくてよく聞こえないが、何か話しているようだ。
 ルイズはこっそり息をのむ。
 おそらく自分の前では出来ないようなことを話しているのだろう。
 ルイズは主としての義務感と好奇心に惹かれ、聴覚に神経を集中させる。
 心成しか、彼らの声が少し大きくなった気がした。
 キスがどうとかという話題が耳に飛び込んでくる。

 ――ま、まさか……。

 キスと聞いて思い浮かぶのは1つしかない。
 契約の儀式。

 ――まさか、アレが原因で痴話喧嘩!? じょ、冗談じゃないわよ!

 いくら原因の大半がルイズにあるからといって、男と女と痴話喧嘩に巻き込まれるのは勘弁してほしい。ある同級生はそれで何度痛い目に遭っていることか。
 理屈ぬきで関われば嫌な予感がする。
 やっぱり恋愛は清く正しく慎ましくよね、うんうん。
 軽い現実逃避を行ないつつ、ルイズは目蓋を閉じる。
 さあ、寝よう。いざ夢の中へ
 すると……。
 湿り気を含んだ接触音とくぐもった吐息のこぼれる音がした。

 ――………………………………へ?

 ぱちっと目を開く。
 いつの間にか使い魔たちの会話も、呼吸さえも止まっていた。
 話が終わったのであればそれでいい。だが呼吸まで止めたとなると……。

 ――な、ななななにやってるのよ、あんたらぁぁぁ!

 ルイズは背を向ける自分の後ろで多分、いや間違いなく行なわれている行為を想像して首筋までも熱くなった。
 私がここにいるのになんてことやっているのよ、とか。
 ふたりは恋人同士なんだからこれくらいで目くじら立てちゃ駄目よね、とか。
 いいえ、私がご主人様で、あいつらは使い魔なんだから示しがつかない、とか。
 ちょっと……ちょっとだけ見てみたいかも、とか。
 様々な思いがルイズの頭の中を錯綜し、複雑に渦巻いた。

 ひと思いに跳ね起きれれば、どんなに楽だっただろうか。
 ルイズの身体は、見えない何かに押さえ込まれたかのように硬直している。
 時間だけが、刻々と過ぎ去ってゆく。

 ――キ、キスってこんなに長いものなの? さっきから全然終わる気配が無いじゃない。一体いつまで続けるつもりよ。唇と唇をちょっと触れ合わせるだけじゃないの?

 正直、拷問に等しかった。
 彼らが行為を始めて精神的にもかなり時間が経った。
 長い。長い。長い。長い。ひたすら甘い。
 背中がムズムズし、胃がキリキリする。
 部屋の空気が、桃色の何かに浸食されていく幻覚が見える。
 やばい。何が何だかわからないが非常にやばいと思った。

 ――始祖ブルミルよ、あなたは私に恨みでもあるんですか!

 ルイズが天に向かって罵倒を捧げようとした時、ふたりが顔を離す気配がした。
 我知らずにびくっと震えると、彼らの、彼らだけによる「おやすみなさい」が耳に届く。しばらく経つと、静か過ぎるくらい穏やかな寝息が聞こえてきた。
 彼らは今度こそ、本当の意味で眠りについたのだ。



 ――そして、今に至る。

 ルイズは自分の部屋の自分のベットに横たわっていながらも、全くもって落ち着いてなどいなかった。
 視線の先には、傍らにいる少女を守るように眠る少年と健やかに安堵しきった寝顔の少女があった。
 ……そんな彼らを見ていると、侘しいような、切ないような、そんな疎外感に囚われてしまう。いつも使っている部屋が変に広く感じた。
 ぶるっと身震いする。

「ぐすっ……ここって、こんなに寒かったかしら……」

 寒気を覚えたルイズは身をよじって毛布を掛け直した
 結局ルイズはこの夜、日付が変わって朝日が昇る直前まで、寝付くことはできなかった。



 春の使い魔召喚の儀式でルイズは少年と少女のふたりを召喚した。
 この使い魔たちが、ルイズにとってプラスとなるのか、マイナスとなるのか、それともゼロとなるのか、その影響の大きささえも、誰にもわからない。
 未来の可能性は、全て未知数なのだから。
ツールボックス

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