一つ影有り。
――――タルブの戦場に夜叉が舞う。
さては人非ざる者よと、見た者は言葉に残す。其は人外と見まごうばかりの黒い影、一太刀二太刀と血刃を奮う。
紅に染まる「えふ91」が残像を曳いた。
噂に聞く遍在であろう。
人の道を踏み外した事、夜叉なればこそ恥じること無し。
彼の者の名は。
「ワルド!雑魚に構うまいぞ!」
「さても面妖な。その申されようはクロムウェル殿とも思えぬ」
「無礼な!」
かりそめとはいえ主の言。
木石を相手にするが如くのワルドに対し、近衛の者がいきり立つ。
「よい」
「はっ?」
「あれは戦気に逸ってのもの。なればあの言は良し」
「ははあっ!」
クロムウェルの駆る「げぇまるく」が鷹揚に左右の者を押し留める。この地を治めんが為に来臨した朱の大司教。
主の命とあれば是非もなく。がずえる・がずある両騎は一歩下がるのみ。
「見よ、ワルドが築く屍山血河を。あれこそが我等の行く道なり」
「御意」
荒れ狂うは邪道の極み。冥府より黒き悪鬼の所行。
戦場に累々横たわるトリステイン精兵「ざく」の姿よ。
虚空を掴み取った無念の肖像に、応える者などありはすまいか。
いや――――風が伝える。
其はただ一つ、闇に非ざる影と。
「なに!?」
夜叉が刃を止めた。
「ばかな、大将騎が・・・」
ざわめく兵士共。
いつ隙を突かれたというのか、本営に火の手があがる。
「狼狽えるな。私が戻るまでここを支えよ!」
怒鳴りつけ、ワルドの乗機は反転する。
走る、走る。
えふ91の真に恐るべきは、侍大将に忍びほどの足を与えることであろう。
「なんと!」
陣幕を引き上げた夜叉が見たものは、自らより朱に染まる主と近侍の者。
「おのれ・・・」
歩を進めたワルドは、ひそりと腰に指を滑らせる。
「何奴!」
「!」
ぎいんと乾いた音がひびく。
打たれたびーむ手裏剣を弾いたは、幕間が落とす闇であろうか?
「追いついたわ」
「・・・生きていたのか」
「死なないわよ。王子の無念を晴らすまでは」
そこよりいずるは、鈴が如きおなごの声。立ち上がる痩身の影――――G。
さてはこの機を駆るは大貴族の令嬢と?
断じて否。
影がすらりと抜き放つ、金剛宝虚空剣!
「使い魔め!」
「如何にも」
デルフリンガーの異名を持つその剣は、彼の者にしか扱えぬ。
「よくもクロムウェルを!おのれ、此度こそとどめをさしてくれようぞ!」
夜叉の駆る、えふ91が再び奔る!
質量を持った残像。其は単なる幻ではなく、見抜く者不在の不破の技なり。
――――だがしかし、此処に在るは者に非ず。
其は、影なり。
「心眼!」
Gの胸部が開き、心眼センサーを解き放つ。
使い魔リョウガとその主、ルイズが収まるコクピットに、全天周モニターが全てを曝す。
「愚かな!」
僅かな硬直を隙と見たか、雷がごとく迫る夜叉!
その動きを、主従一体となった瞳は見逃さぬ。
「リョウガ!」
「応。――――見切ったぞ、悪鬼羅刹」
きらりと舞うは二筋の刃。
やがて影は剣を納めた。
地面を揺るがす音を残し、倒れ伏したは一騎の夜叉であったという。
最終更新:2008年08月16日 15:01