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#center(){ &font(b,28px){◇◆◇◆◇ 心の在り処 - Ⅰ歯車編 ◇◆◇◆◇} } ※全部で10章までの予定 気長にがんばりますん &font(b,22px){▼ 目次} #contents &font(b,22px){▼ ワールドマップ} *1.出発 -1347年7月11日 午前9時  商品は問題無し! 委託物も問題無し! よしッ、確認OK!  この業界に入って15年。荷物の確認は、もう手慣れたものだ。 額にうっすら滲ませた汗を無意識のうちに腕で拭いながら、荷車を降りる。  ふと見上げると、視界いっぱいに蒼が広がる。遠く南方には入道雲が空高く立ち込めている。 「もう夏か……」思わずそんなことを呟く。  「商人さ~ん、準備終わりました~?」 見ると20代くらいの若い青年が、紙切れを片手に役場の方から駆けて来た。 あれは山岳横断証明書だろうか。 「お、手続きしてきたのか。俺はちょうど今終わったところだよ。」 「相変わらず手際がいいですね~。じゃ、僕も荷物確認しますね!」  彼の名は、レジェール・グラン。ヒェイン~トリル山岳横断ルートの先導人だ。 インディゴブルーの短く纏まった髪と背の高いスラっとした細身が印象的な青年だ。 彼曰く、先導人を始めて今年で5年らしい。 俺もここ2、3年で何度かこのルートを通る機会があり、その度に会っている。 彼とはちょっとした友人みたいな関係だ。  「そういえば、出発は10時で合ってるかい?」 「そうですよ、10時です!」 時計台に目をやると、まだ40分くらいは時間がある。 せっかくヒェインの町に来たのだし、ちょっとは観光していくか。 「じゃあ俺はちょっと街中歩いてくるわ。」 「分かりました!時間までには戻ってきてくださいよ~。」 「オーケーオーケー。分かってる。」 そう言いつつ俺は、街中へと歩き出した。 ―――――――――   ついつい夢中になって街を回ってしまっていた。 ふと時計台を見ると、長針はちょうどXを指している。 そろそろ戻らねば。俺はやや小走りで広場へと向かう。  「戻ってきましたか!もうすぐ出発するので乗ってください~。」 俺は客車に乗り込む。 客車の中には、すでに6人乗っていた。 ん、その中に一人、見覚えのある顔が……。  「ああっ、ヴァルムさん! 今回もお仕事ですか?」 彼女の名はレヴォルテ・ルント。帝国直轄の騎士団員。現在はトリル支部所属だ。 その可愛らしさは、彼女が騎士団員であることを忘れさせられるかのよう。 濃紅で肩に少しかかるくらいのさらさらとした髪は、彼女の可愛さをより引き立てている。 そんな容姿からは想像出来ないが、彼女は武術に長けており、 特に剣術の腕前は帝国ベスト8に入るほどだと言われている。 恐らく彼女は今回も、先導者の護衛としてついていくのだろう。 グラン同様、何度か会っているのでその辺りは察しがつく。  「そうだ。トリルまでな。 最近は特にロコス地方特産の磁器は西方で人気らしくてな。 親方から命を受けて運んでる最中だ。」 「確かに最近は“ロコスの青白磁”って言って人気がありますね~。 白磁器独特のてかてかに、うっすら透明感のある青みが加わって、なんとも美しい色合いを醸しだしているんですよね!  私もけっこう好きですよ、ああいうの!」 ふむ。話を聞く限りでは、トリルだけでも予想以上に人気が出ているらしい。 これは、いくらで売るか再度吟味しなければ……。  「ではそろそろ出発ですが、その前にいくつかの注意事項を説明しますね!」 いつもの説明だ。俺自信、この注意事項は何度も聞いているので、もう覚えてしまった。 確か―― 一.先導者の指示があれば、それに従うこと 二.もし何か緊急の用があれば、先導者もしくは同乗している騎士団員に言うこと 三.身勝手な行動は自身の死につながるので注意すること だったか。 「……トリルの町には2週間で到着予定です。 途中には温泉スポットがありますので、皆さんがよろしければそこで泊まっていくことも出来ます。 説明は以上です。それでは、出発しますねー!」 こうして、グラン率いる馬車は、ゆっくりゆっくりと進み始めた。 ―――――――――  ヒェインを出発しておよそ三時間。これから越える予定の山岳地帯は、まだ遠い。 先頭ではグランが馬車を繰っており、その後ろには客車が繋がれ、さらにその後ろに荷車が繋がっている。 客車は、10人ほどまでがギリギリ入れるくらいの広さ。イスは、客車の両側に向かい合うように付けられている。  今回一緒にトリルへ向かうメンバーは、合計8人。 進行方向右側の一番先頭寄りに座っているのは、ルント。 客車の中の人達と雑談をしたり、時折馬車を繰っているグランと会話をしたりしている。  その左隣に座っているのは、まだ10歳になるかならないか程度の女の子。 名はヴァーンズ・リーブル。黒く艶のある髪は、後ろでまとまっている。黒いローブに身をつつんだ姿は、まるでおとぎ話に出てくる魔法使いのようだ。 ここ数年で特殊能力を使う人間が現れ始めたという話をよく世間で耳にするので、 実際に魔法は使えるのか? と冗談混じり聞いてみたが、そんなもの使えないですよ~、とちょっと困った顔で答える。可愛らしい反応に、思わず頬が緩んでしまう。 なぜトリルに行くのかと聞けば、祖父母に会いに行くため、なんだとか。 遠い距離を一人で往くなんて、最近の子は小さいのにしっかりしている。俺が10歳だった頃を想像すると・・・・・・ ああ、情けないかな、思わず苦い溜息をもらしてしまう。あんな悪ガキを見捨てずに育ててくれた親には、ただただ感謝するばかりだ。  リーブルの左隣には俺が、そして俺の左隣には、初老の男が座っている。 名はゼルトゥーザ。白髪で顔にはややシワがあり、頬が少しこけているが、纏う雰囲気はどこか重みがある。 聞けば、普段は首都で動物に関する研究をしているのだとか。 詳しい研究内容などは教えてくれなかったが、どうやらかなり忙しいとのこと。 そんな忙しい研究の合間を縫ってまでトリルに行く目的はなんだと問えば、母が急病を患ったとの知らせが来たので急いで実家へ向かっているんだ、と。  研究者ゼルトゥーザの向かいに座っているのは、二人組の男。 片方の名をヘーニルと言い、とある会社の支店長をしているそうだ。年は40代後半ぐらいか。 役人のようにきちっと整えられた黒い髪とその贅肉の無い体つき、そして黒縁の丸メガネをかけた姿は、いかにも幹部クラスらしい。 一方シャルフは、そんなヘーニルの秘書をしているそうだ。 歳は30代後半ほど。黒いコートを身にまとい、縁のついた黒い縦長帽を被り、ヘーニル同様メガネをし、さながら探偵のような格好だ。 なんでも20日後にトリルにある本社で会合が開かれるらしく、今はそこへ向かっている最中なんだとか。  その隣に、やや猫背気味に座っているのが、青年クトゥエル。 綿糸で織られた灰色の衣を纏い、フードを被っている。 口数が少なく、どこか暗い印象がある。歳はおおよそ10代後半、といった所だろうか。  とまあ、馬車の中はおおよそこんな感じである。 これから2週間の長丁場、事故が無いことを祈るばかりである。 ――――――――― -1347年7月11日 午後6時  日は沈み、幾千もの星が降り始める頃。 俺達は、山岳地帯手前の川原で一泊することになった。  夜道は暗く、視覚や距離感といった感覚が鈍りがちだ。 それにより、動物や障害物はもちろん、山賊の接近に気付きにくく、とても危険だ。 そういうわけで、夜はどこかにテントを張って野宿するのが一般的だ。  馬車を止め、テントを張り、薪を集め、夕飯を作る。 まだ会って1日も経っていないとはいえ、8時間も同じ個室の中で会話を交わしていれば、親しくなるものだ。 それぞれ役割を決め、それぞれが動く。ある人は薪を集め、ある人は夕飯の準備をする。 そうして時間は過ぎていく。  夕飯を食べ終え、一息つく。リーブルは、食べ終わってすぐに「ねむい」と言ってテントの中に入ってしまった。おそらく、寝袋に身を任せ今頃は夢の世界に辿り着いていることだろう。 今は7人で焚き火を囲み、ゆったりとした空気の中雑談をしている。 ふと、青年クトゥエルがこんなことを切り出した。 「皆さんの生きがいって何ですか?」と。  生きがい。 普段から仕事のことばかり考えて、生きがいなんて考えたことは無かった。 「そうだなあ、私は毎日を楽しく生きれれば、それでいいかな~。」 相変わらず能天気なルントである。 「生きがい、か。私は出世にしか興味がないからな、出世することが生きがいなのかもしれないな!」 ハハハハハ、とヘーニル。 「そうですね……長年続けてきた研究の成果が実ったときは、生きるって素晴らしい、と思ったものですよ。」 十人十色とは、よく言ったものだ。こうしていろいろな人の意見を聞くのは、この年齢になっても本当に新鮮だ。 「俺は商人だからな。たくさん利益が出せれば生きてる甲斐があるってもんだぜ。」 まあ、当たり前である。 「あとは、そうだな。丹精込めて作った奴の品物が俺を通して買い手に渡ったとき、買い手が嬉しそうにしてると、よく分からんがこっちも嬉しくなってくるんだよ。生きがいってのは、こういうものかもしれないな。」 「ほほ~、ヴァルムさんもなかなか照れくさいこと言ってくれますね~。」 「なんだその言い方は。ただ実際にあったことを言っただけじゃないか。」 まったく、グランめ。余計なことを言いやがって。 そんな会話をしながら、夜は更けていった。 ―――――――――  本当に時が経つのは早いものだ。 あの次の日には、俺たち一行は山岳地帯に突入。 山肌に沿うようにして作られた道は、一応馬車1台が通れるほどの幅がある。 片側を覗き込むと、急な斜面がずっと下まで続いている。こんな所で足を踏み外したら一たまりも無いな、と俺は他人事のように考える。 帝国も、よくこんな急な斜面に道を通したものだ。 そんな山道を通って早5日。それは、突然だった。 ―1347年7月16日 午前5時  発端は、リントが寝起きに発した、この一言だった。 「あれ、シャルフさんはどこだろう?」 そういえば、確かに。テントの中にも、周りにも居ない。 「ん? ほんとだ。あいつなら、散歩にでも行ってるんじゃ無いか?」 ヘーニルが、欠伸をしながらそう答えた。 なるほど。 まあ飯までには戻ってくるだろう。 そう誰もが思っていたのだが……  「シャルフさん、来ませんねえ。」 グランがスープをよそいながら、不思議げにつぶやく。 「どうしちゃったんでしょう……? あ、スープ持っていきます!」 とリーブル。 流石にこの時間になっても戻って来ないと、ちょっと心配になる。 「う~ん、じゃあちょっと俺、周り見てくるわ。グラン、これ頼んだ。あ、俺が戻ってこなかったら先食ってていいぞ。」 香ばしい匂いが漂い始めた焼魚の番をグランに任せ、俺は歩き出した。  あれから数十分。居ない。 居そうな場所は、大体探した。 あと探していない所といえば…… 崖下。 ……崖下?まさか。そんなことはないだろう。まあ、一応見ておくか。 俺は、時計台三つ分はありそうな深さの崖を、恐る恐る覗き込む。 ――!!  見ると、崖下にうつ伏せになって倒れているシャルフが居るではないか。 左足は、おかしな方向へねじれている。目を凝らすと、服の擦れ跡らしきものが見える。 まさか、落ちたのか。この高さから落ちなければ、こうはならないだろう。 「おい! 大丈夫か!」 返事は無いどころか、びくともしない。これはまずい。 俺は慌てて、全員を呼びにテントへ戻った。  俺は、男4人を連れて、現場へ戻ってきた。 リーブルには少々刺激が強いだろうから、ルントと一緒にテントで待つよう言った。 「おい、嘘だろシャルフ……」 呆然と立ち尽くすヘーニルが、そう呟く。 「ここから落ちたのは間違いないだろう。しかし、何があったのか……。」 「朝にはシャルフさんの姿は見えなかったですから、夜、用を足すなどで起きた時に落ちた、とか……?」 クトゥエルがやや疑問げに答える。 「グラン、こういう場合は、どうすればいい。」 こういう時は、慌てず冷静になろう。そう俺に言い聞かせる。 「そう、ですね……。救出したい所ですが、何分この高さだと、我々だけでは難しいでしょうね……。無理に行おうとしても、二次災害が起きてしまえば元も子もありませんし。」 「距離的にはヒェインの方が近いよな。そっちへ戻って救助を呼ぶべき、か?」 「いや……。この場合、トリルまで向かって救助を呼ぶほうがいいでしょう……。」 「なっ!―― 」 何を言ってんだお前は!と叫びそうになってふと気づいた。 そうだ。 ここから急いでヒェインに戻って救助を呼び、さらにここまで戻ってくるまで、最低でも1週間はかかるだろう。 呼びかけにすら反応しない状態で1週間、生き延びれる可能性は無い。 それに、ここには一分でもはやくトリルへ行きたい人も居る。 悔しいが……、ここはトリルに向かうしかない。 「そう、だな。」 シャルフよ、すまん。俺はそう心の中で告げて、テントへ戻った。 ――――  それから俺たちは食事を済ませ、テントを片付け、馬車に乗り込んだ。 馬車の中の空気は、やや重たい。 「っ、シャルフのバカめ!」 悔しさと悲しさが混ざった呟きをヘーニルが発する。 「シャルフさん……。」 リーブルが呟く。 「皆さんも、崖には気を付けてください、彼と同じ運命をたどらぬよう……。」 と、グラン。  その時。 ふと俺は、あることが気になった。 この会話の中でシャルフとは全く無関係のことに気を取られるのは、もしかしたら不謹慎かもしれない。 もしかしたら、この重い空気をどうにかするために、本能が別のことへと集中させたのかもしれない。 俺はなんとなく、気になった所へ目を向ける。  無意識にじっと見つめているヴァルムの視線を、“ヤツ”は、気が付かない振りをしつつも、はっきりと捉えていた。 *2.毒華 絶賛かきかき中 #center(){ &font(b,28px){◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇} }
#center(){ &font(b,28px){◇◆◇◆◇ 心の在り処 - Ⅰ歯車編 ◇◆◇◆◇} } ※全部で10章までの予定 気長にがんばりますん #image(tizu.png) &font(b,22px){▼ 目次} #contents *1.出発 -1347年7月11日 午前9時  商品は問題無し! 委託物も問題無し! よしッ、確認OK!  この業界に入って15年。荷物の確認は、もう手慣れたものだ。 額にうっすら滲ませた汗を無意識のうちに腕で拭いながら、荷車を降りる。  ふと見上げると、視界いっぱいに蒼が広がる。遠く南方には入道雲が空高く立ち込めている。 「もう夏か……」思わずそんなことを呟く。  「商人さ~ん、準備終わりました~?」 見ると20代くらいの若い青年が、紙切れを片手に役場の方から駆けて来た。 あれは山岳横断証明書だろうか。 「お、手続きしてきたのか。俺はちょうど今終わったところだよ。」 「相変わらず手際がいいですね~。じゃ、僕も荷物確認しますね!」  彼の名は、レジェール・グラン。ヒェイン~トリル山岳横断ルートの先導人だ。 インディゴブルーの短く纏まった髪と背の高いスラっとした細身が印象的な青年だ。 彼曰く、先導人を始めて今年で5年らしい。 俺もここ2、3年で何度かこのルートを通る機会があり、その度に会っている。 彼とはちょっとした友人みたいな関係だ。  「そういえば、出発は10時で合ってるかい?」 「そうですよ、10時です!」 時計台に目をやると、まだ40分くらいは時間がある。 せっかくヒェインの町に来たのだし、ちょっとは観光していくか。 「じゃあ俺はちょっと街中歩いてくるわ。」 「分かりました!時間までには戻ってきてくださいよ~。」 「オーケーオーケー。分かってる。」 そう言いつつ俺は、街中へと歩き出した。 ―――――――――   ついつい夢中になって街を回ってしまっていた。 ふと時計台を見ると、長針はちょうどXを指している。 そろそろ戻らねば。俺はやや小走りで広場へと向かう。  「戻ってきましたか!もうすぐ出発するので乗ってください~。」 俺は客車に乗り込む。 客車の中には、すでに6人乗っていた。 ん、その中に一人、見覚えのある顔が……。  「ああっ、ヴァルムさん! 今回もお仕事ですか?」 彼女の名はレヴォルテ・ルント。帝国直轄の騎士団員。現在はトリル支部所属だ。 その可愛らしさは、彼女が騎士団員であることを忘れさせられるかのよう。 濃紅で肩に少しかかるくらいのさらさらとした髪は、彼女の可愛さをより引き立てている。 そんな容姿からは想像出来ないが、彼女は武術に長けており、 特に剣術の腕前は帝国ベスト8に入るほどだと言われている。 恐らく彼女は今回も、先導者の護衛としてついていくのだろう。 グラン同様、何度か会っているのでその辺りは察しがつく。  「そうだ。トリルまでな。 最近は特にロコス地方特産の磁器は西方で人気らしくてな。 親方から命を受けて運んでる最中だ。」 「確かに最近は“ロコスの青白磁”って言って人気がありますね~。 白磁器独特のてかてかに、うっすら透明感のある青みが加わって、なんとも美しい色合いを醸しだしているんですよね!  私もけっこう好きですよ、ああいうの!」 ふむ。話を聞く限りでは、トリルだけでも予想以上に人気が出ているらしい。 これは、いくらで売るか再度吟味しなければ……。  「ではそろそろ出発ですが、その前にいくつかの注意事項を説明しますね!」 いつもの説明だ。俺自信、この注意事項は何度も聞いているので、もう覚えてしまった。 確か―― 一.先導者の指示があれば、それに従うこと 二.もし何か緊急の用があれば、先導者もしくは同乗している騎士団員に言うこと 三.身勝手な行動は自身の死につながるので注意すること だったか。 「……トリルの町には2週間で到着予定です。 途中には温泉スポットがありますので、皆さんがよろしければそこで泊まっていくことも出来ます。 説明は以上です。それでは、出発しますねー!」 こうして、グラン率いる馬車は、ゆっくりゆっくりと進み始めた。 ―――――――――  ヒェインを出発しておよそ三時間。これから越える予定の山岳地帯は、まだ遠い。 先頭ではグランが馬車を繰っており、その後ろには客車が繋がれ、さらにその後ろに荷車が繋がっている。 客車は、10人ほどまでがギリギリ入れるくらいの広さ。イスは、客車の両側に向かい合うように付けられている。  今回一緒にトリルへ向かうメンバーは、合計8人。 進行方向右側の一番先頭寄りに座っているのは、ルント。 客車の中の人達と雑談をしたり、時折馬車を繰っているグランと会話をしたりしている。  その左隣に座っているのは、まだ10歳になるかならないか程度の女の子。 名はヴァーンズ・リーブル。黒く艶のある髪は、後ろでまとまっている。黒いローブに身をつつんだ姿は、まるでおとぎ話に出てくる魔法使いのようだ。 ここ数年で特殊能力を使う人間が現れ始めたという話をよく世間で耳にするので、 実際に魔法は使えるのか? と冗談混じり聞いてみたが、そんなもの使えないですよ~、とちょっと困った顔で答える。可愛らしい反応に、思わず頬が緩んでしまう。 なぜトリルに行くのかと聞けば、祖父母に会いに行くため、なんだとか。 遠い距離を一人で往くなんて、最近の子は小さいのにしっかりしている。俺が10歳だった頃を想像すると・・・・・・ ああ、情けないかな、思わず苦い溜息をもらしてしまう。あんな悪ガキを見捨てずに育ててくれた親には、ただただ感謝するばかりだ。  リーブルの左隣には俺が、そして俺の左隣には、初老の男が座っている。 名はゼルトゥーザ。白髪で顔にはややシワがあり、頬が少しこけているが、纏う雰囲気はどこか重みがある。 聞けば、普段は首都で動物に関する研究をしているのだとか。 詳しい研究内容などは教えてくれなかったが、どうやらかなり忙しいとのこと。 そんな忙しい研究の合間を縫ってまでトリルに行く目的はなんだと問えば、母が急病を患ったとの知らせが来たので急いで実家へ向かっているんだ、と。  研究者ゼルトゥーザの向かいに座っているのは、二人組の男。 片方の名をヘーニルと言い、とある会社の支店長をしているそうだ。年は40代後半ぐらいか。 役人のようにきちっと整えられた黒い髪とその贅肉の無い体つき、そして黒縁の丸メガネをかけた姿は、いかにも幹部クラスらしい。 一方シャルフは、そんなヘーニルの秘書をしているそうだ。 歳は30代後半ほど。黒いコートを身にまとい、縁のついた黒い縦長帽を被り、ヘーニル同様メガネをし、さながら探偵のような格好だ。 なんでも20日後にトリルにある本社で会合が開かれるらしく、今はそこへ向かっている最中なんだとか。  その隣に、やや猫背気味に座っているのが、青年クトゥエル。 綿糸で織られた灰色の衣を纏い、フードを被っている。 口数が少なく、どこか暗い印象がある。歳はおおよそ10代後半、といった所だろうか。  とまあ、馬車の中はおおよそこんな感じである。 これから2週間の長丁場、事故が無いことを祈るばかりである。 ――――――――― -1347年7月11日 午後6時  日は沈み、幾千もの星が降り始める頃。 俺達は、山岳地帯手前の川原で一泊することになった。  夜道は暗く、視覚や距離感といった感覚が鈍りがちだ。 それにより、動物や障害物はもちろん、山賊の接近に気付きにくく、とても危険だ。 そういうわけで、夜はどこかにテントを張って野宿するのが一般的だ。  馬車を止め、テントを張り、薪を集め、夕飯を作る。 まだ会って1日も経っていないとはいえ、8時間も同じ個室の中で会話を交わしていれば、親しくなるものだ。 それぞれ役割を決め、それぞれが動く。ある人は薪を集め、ある人は夕飯の準備をする。 そうして時間は過ぎていく。  夕飯を食べ終え、一息つく。リーブルは、食べ終わってすぐに「ねむい」と言ってテントの中に入ってしまった。おそらく、寝袋に身を任せ今頃は夢の世界に辿り着いていることだろう。 今は7人で焚き火を囲み、ゆったりとした空気の中雑談をしている。 ふと、青年クトゥエルがこんなことを切り出した。 「皆さんの生きがいって何ですか?」と。  生きがい。 普段から仕事のことばかり考えて、生きがいなんて考えたことは無かった。 「そうだなあ、私は毎日を楽しく生きれれば、それでいいかな~。」 相変わらず能天気なルントである。 「生きがい、か。私は出世にしか興味がないからな、出世することが生きがいなのかもしれないな!」 ハハハハハ、とヘーニル。 「そうですね……長年続けてきた研究の成果が実ったときは、生きるって素晴らしい、と思ったものですよ。」 十人十色とは、よく言ったものだ。こうしていろいろな人の意見を聞くのは、この年齢になっても本当に新鮮だ。 「俺は商人だからな。たくさん利益が出せれば生きてる甲斐があるってもんだぜ。」 まあ、当たり前である。 「あとは、そうだな。丹精込めて作った奴の品物が俺を通して買い手に渡ったとき、買い手が嬉しそうにしてると、よく分からんがこっちも嬉しくなってくるんだよ。生きがいってのは、こういうものかもしれないな。」 「ほほ~、ヴァルムさんもなかなか照れくさいこと言ってくれますね~。」 「なんだその言い方は。ただ実際にあったことを言っただけじゃないか。」 まったく、グランめ。余計なことを言いやがって。 そんな会話をしながら、夜は更けていった。 ―――――――――  本当に時が経つのは早いものだ。 あの次の日には、俺たち一行は山岳地帯に突入。 山肌に沿うようにして作られた道は、一応馬車1台が通れるほどの幅がある。 片側を覗き込むと、急な斜面がずっと下まで続いている。こんな所で足を踏み外したら一たまりも無いな、と俺は他人事のように考える。 帝国も、よくこんな急な斜面に道を通したものだ。 そんな山道を通って早5日。それは、突然だった。 ―1347年7月16日 午前5時  発端は、リントが寝起きに発した、この一言だった。 「あれ、シャルフさんはどこだろう?」 そういえば、確かに。テントの中にも、周りにも居ない。 「ん? ほんとだ。あいつなら、散歩にでも行ってるんじゃ無いか?」 ヘーニルが、欠伸をしながらそう答えた。 なるほど。 まあ飯までには戻ってくるだろう。 そう誰もが思っていたのだが……  「シャルフさん、来ませんねえ。」 グランがスープをよそいながら、不思議げにつぶやく。 「どうしちゃったんでしょう……? あ、スープ持っていきます!」 とリーブル。 流石にこの時間になっても戻って来ないと、ちょっと心配になる。 「う~ん、じゃあちょっと俺、周り見てくるわ。グラン、これ頼んだ。あ、俺が戻ってこなかったら先食ってていいぞ。」 香ばしい匂いが漂い始めた焼魚の番をグランに任せ、俺は歩き出した。  あれから数十分。居ない。 居そうな場所は、大体探した。 あと探していない所といえば…… 崖下。 ……崖下?まさか。そんなことはないだろう。まあ、一応見ておくか。 俺は、時計台三つ分はありそうな深さの崖を、恐る恐る覗き込む。 ――!!  見ると、崖下にうつ伏せになって倒れているシャルフが居るではないか。 左足は、おかしな方向へねじれている。目を凝らすと、服の擦れ跡らしきものが見える。 まさか、落ちたのか。この高さから落ちなければ、こうはならないだろう。 「おい! 大丈夫か!」 返事は無いどころか、びくともしない。これはまずい。 俺は慌てて、全員を呼びにテントへ戻った。  俺は、男4人を連れて、現場へ戻ってきた。 リーブルには少々刺激が強いだろうから、ルントと一緒にテントで待つよう言った。 「おい、嘘だろシャルフ……」 呆然と立ち尽くすヘーニルが、そう呟く。 「ここから落ちたのは間違いないだろう。しかし、何があったのか……。」 「朝にはシャルフさんの姿は見えなかったですから、夜、用を足すなどで起きた時に落ちた、とか……?」 クトゥエルがやや疑問げに答える。 「グラン、こういう場合は、どうすればいい。」 こういう時は、慌てず冷静になろう。そう俺に言い聞かせる。 「そう、ですね……。救出したい所ですが、何分この高さだと、我々だけでは難しいでしょうね……。無理に行おうとしても、二次災害が起きてしまえば元も子もありませんし。」 「距離的にはヒェインの方が近いよな。そっちへ戻って救助を呼ぶべき、か?」 「いや……。この場合、トリルまで向かって救助を呼ぶほうがいいでしょう……。」 「なっ!―― 」 何を言ってんだお前は!と叫びそうになってふと気づいた。 そうだ。 ここから急いでヒェインに戻って救助を呼び、さらにここまで戻ってくるまで、最低でも1週間はかかるだろう。 呼びかけにすら反応しない状態で1週間、生き延びれる可能性は無い。 それに、ここには一分でもはやくトリルへ行きたい人も居る。 悔しいが……、ここはトリルに向かうしかない。 「そう、だな。」 シャルフよ、すまん。俺はそう心の中で告げて、テントへ戻った。 ――――  それから俺たちは食事を済ませ、テントを片付け、馬車に乗り込んだ。 馬車の中の空気は、やや重たい。 「っ、シャルフのバカめ!」 悔しさと悲しさが混ざった呟きをヘーニルが発する。 「シャルフさん……。」 リーブルが呟く。 「皆さんも、崖には気を付けてください、彼と同じ運命をたどらぬよう……。」 と、グラン。  その時。 ふと俺は、あることが気になった。 この会話の中でシャルフとは全く無関係のことに気を取られるのは、もしかしたら不謹慎かもしれない。 もしかしたら、この重い空気をどうにかするために、本能が別のことへと集中させたのかもしれない。 俺はなんとなく、気になった所へ目を向ける。  無意識にじっと見つめているヴァルムの視線を、“ヤツ”は、気が付かない振りをしつつも、はっきりと捉えていた。 *2.毒華 絶賛かきかき中 #center(){ &font(b,28px){◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇} }

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