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プロローグ

僕が彼女を初めて見かけたのは、それといって特別じゃない普通の日だった。
ぱらぱらと細かい雨が降り、人通りはいつもより少なく、生ぬるい風がときおり吹き抜けるだけの、梅雨になったらよくあるそんな天気だった。
そうでなかったら僕は今日この日彼女に会うことはなく、それで彼女とは一生かかわりのない生活を送っていただろう。
だから僕はこの日の天気を恨んで、それでいて感謝もしている。今日の天気が晴れだったり、はたまた大雨だったりしたのなら、僕は彼女に一生会わないで済んだし、彼女とは関わりのないごく普通の一生を送っていただろう。

まあこんな天気だったのに家でだらだらせず、「こんな日は本で読んで有意義に使おうかな」と柄でもなく図書館に行こうなんて考えた僕のほうが10倍ぐらい悪いので、天気のせいにするのはどうかと思うが、それでも何かのせいにしないとやり切れなかったのでまあ許してほしい。
家から1kmほど離れている場所にある図書館は知らなければ通り過ぎてしまうほど小さく目立たない。僕もここ最近行ってなかったのだから、ちゃんと調べていくべきだったのだが、なんというか僕には適当に歩いていてもたどり着く予感があったのだ。

結論から言うと僕は迷ってしまった。予感なんてものはあてにならないと肝に銘じたが、時すでにおそかった。まあすでに迷ってしまったのだから後悔しても遅い。とりあえず大通りにでようと僕は適当に歩いた。しかしいくらたっても大通りにでるどころか、どんどん狭い道になっていく。
認めたくないがどうやら僕は方向音痴なのかもしれない。

そういえば去年都心の駅で5時間迷ったことがあるのを思い出した。当時は駅が複雑すぎるから迷ったのだと思ったのが、それを引いても5時間は迷いすぎだろう。人に聞けばいい話なのだが、残念ながら僕は人見知りなのでそんな自殺に近い行為はできなかった。
もしかして学校で迷って1時間も抜け出せなかったのもよく考えれば方向音痴だったからなのか。だれにもあることかと思ったのだがもしかしたら僕だけかもしれない。
どうやら僕が方向音痴なのは認めざるを得ないようだ。


細い道を何度も抜け、やっと車が通れそうな道に出れたとき、僕は彼女と出会ってしまったのだ。
方向音痴のせいで彼女と出会ってしまったのではないかという残酷な人もいるだろうが、僕はその意見については聞く耳を持たない。

彼女は傘を差しながら空を眺めていた。
はるか遠くの空をじっとみつめるように。
たったそれだけだったのに僕は彼女に魅入ってしまった
それは彼女の容姿がとてつもなく綺麗だったからなのかもしれないし、彼女がいる場所があまりに不自然だったからかもしれない。

彼女のいる場所だけ雲がなく、晴れていた。

あまりにも不自然だったのでかえって自然に見えたほどに。
今思えば、このときに僕は気がつかないふりをして立ち去るべきだった。
人と関わるのが面倒くさくて嫌いな僕は、今日このときも無視して、気がつかないふりをして、何事もなかったように立ち去るべきだったのだ。
だけど僕はその場から動かなかった。動けなかった。
やがて彼女は傘をたたみ、そして僕に向かってこう言った。
「どうしたの?」
僕は急に我に返り、そして数々の疑問を呑みこみながら答えた。
「道に迷っちゃって」
「そう、図書館ならこの道を真っすぐ行けばつくよ」
彼女はそう答えた。
僕は一度も図書館に行こうと思ったなんて言ってないのに。
「あなたは誰?」
僕は反射的に聞いていた、あまりにも失礼で意味不明とても馬鹿な質問だったのだが。
「私?あなたから名乗るのが礼儀じゃない?まあ私はもう知っているからいいのだけど。私の名前はないのだけれど、名乗るとしたら「夢」かしら」
そして彼女はゆっくり立ち去りながらこう言った。
「また会えたらいいね」
彼女が立ち去った後、じめじめとした雨だけが変わりなく降り続けていた。
こうして僕は彼女と出会い、彼女との不思議で奇妙な話が始まりを告げたのであった。