短編(もしかするとノンフィクション) 著書 小説男
某企業、事務所。パーテションで区切られたどこにでもある事務所。
「すまないねえ。○○ちゃん。これ、まとめておいてくれないか?」
私は口紅をきっちり引いた顔でにっこり笑って答える。眼鏡の弦をおさえる。
「はい。わかりました課長」
私は某企業に勤めるOLだ。フロアを見渡し、ふっとため息を付く。たしかにこの会社は中堅でそこそこの企業だ。だけどなんだろう。この心のむなしさ。課長は窓際族。今度、息子が生まれるらしい。
でも。正直、退屈だ。これでもそこそこのキャリアもある。はあ。カタカタとキーボードを打ってぼうっと画面を眺めた。この時間は余り動きがない。
「先輩、なにパソコンいじってるんですか?」後輩のOLに後ろから声をかけられた。
「ぎゃっ! な、なにみてるのよ!」
後輩にモニターをみられた! よりもよって、ネットをしている時に。
「いまの・・・なんですか? ずいぶん文字だらけのサイト・・」
「いいから! あんたはさっさとコピー汁!」
しまった!つい口から。後輩が不審顔で小首を傾げる。
「汁って・・・なんですか?」
「・・・・言ってないわよ。そんなこと!」
危なかった。ばれるところだった。そうだ。わたしは、
VIPPERだ。
会社から還るとすぐにパソコンを立ち上げる。既にお気に入りにVIP板を登録してある。いつものストレス解消だ。おーおー。みんなおっぱいうpとか必死だな! 初心者らしい奴を釣ってやる。祭に参加する。大したこともない。暇つぶしだ。
「ちくしょー! なにが氏ねだ! このニート!」
シャワーから戻り髪を拭く。眼鏡を拭いて、さらにVIP掲示板をすすむ。変なスレを発見した。
【珍走サイト撲滅スレ】なんだこれ?
読んでみる。うわははははは。おもしろい。なにこれ? 熊珍撲滅とかやってるぞ。おっぱいうpばかりのスレばかりでここだけ妙なテンションだ。
カーテンの向こうから暴走族の音が漏れてくる。幹線道路は遠い。それでも聞こえる。
「よぉーし。やってやろう。VIPの力で珍走サイトを閉鎖においこもう!」
どうせ暇つぶしだ。すぐに1万にいく、見る間に10万! あちこちの板にはられた応援も駆けつけた。おいおい、軍板から? 動物板? 車? いったこともない。どんな連中かもわからないが、集まってくる。どんどん人が来るのがわかった。
それにしても、指揮出してる奴は的確。
「今日も戦場の医療班が食料うpwwwwワロスwwwww」部屋で独り言。
攻撃は膨大な量になっていた。一気に落としにかかる。でも、スレに攻撃以外の意見もだしはじめた。「サイトへの攻撃ではなく、説得した方がよくね?」「ちょっと、俺の説得してるレスながすな!」「田代砲きかねーよ。意味無し」
・・・私はまだ自体を飲み込めていなかったのかも知れない。食料を投下した。「医療班乙」「医療班乙」「医療班乙」
ジョルジュや少佐も喜んでくれる。HQの人間は完全に固定された。組織になっている。
「wwwテラ大杉wwww!」
ついに今日も敗北宣言がキタコレ!向こうの管理人の書き込みがくる。
『わかった。みんなとぉはなしてみる』
大佐が中止をよびかける。おっ! まあ、説得するのもおもしろい。みんなそうするだろと・・・思っていた。
「・・・・おい」
大佐の呼びかけもHQの指令も届かない。みんな暴徒だった。大佐は自体収拾を求めて、自ら攻撃目標サイトにスレを立てた。
『もう、攻撃は終わってる!』
HQの方針はとりあえず、話すことだったはず。しかし攻撃はやまない。そのスレで大佐がよびかける声に「うるせー」と返した兵士が居た。象徴的だった。
翌日。スレは妙な雰囲気になっていた。攻撃目標がHQから降りてこない。しかもレオ将軍とか名乗るコテが居た。
「なんだこいつ?」
レオが強引に将軍と名乗り始めていた。HQに入りたいといってきた。レオは子供だ。
私にはそう思えた。わがままにすれば、みんな許してくれるだろうと思ってる。
中佐を名指しでさげすんだ。中佐はひとつの試練を課した。
珍走をひとつ、潰してこいというもの。
結果は・・・・失敗だった。レオも認めた。それで収まるかと思われた。が、避難所のHQ会議がつつぬけだったせいか、レオは暴れ出した。
もう、よくわかんなくなってきた。私はジョルジュといっしょに雑談しながら、事の推移を見守っている。食料を投下。投下。投下。
ジョルジュはやめると言い出してもいた。しかし、みんながジョルジュを引き留めた。
私もジョルジュと深夜まで保守を繰り返した。
レオと荒らしがレスの半分をしめるようになると、そこに全レスという強烈なキャラがでてきた。徹底的に荒らしかと思ったそいつは、私を『女』だと見ぬきやがった! まあいい。
『察しのとおり、女です』
「俺、ハウステンボスいったんだよね。嫁も子供産むんだ」
全レスのキャラは強力だった。ずっと粘着し結局は名無しのままキャラを確立した。
相変わらず暴れるレオや荒らし。全レスは全レスを繰り返す。私はそれを横目でみつつ食料を投下。ジョルジュらと雑談していた。しかし、どんどん荒らしはひどくなる。厨も増えた。釣り合戦。
私の偽物まででてきた! トリップをつけるが、向こうもトリップをつける! 訳が分からなくなっていく。どうしようもない。
そして。
【粛正】が始まった。
食料投下しても、その時は見向きもされない。それはまさに粛正だった。
「レオ、それから全員、馴れ合い禁止!」
少佐は荒らしと厨をいっぺんに抹殺する計画だといった。はじめからなのか、流れを利用してなのかわからない。しかし、それで一気に反感も高まった。いや、すでに叛意だ。避難所は会議につかわれてないが、そこに流れる人間が増えてる。
そこまでするのか! 続いた指令も重くのしかかる。
『全て名無しになることコテを禁ず』
私はアパートの一室で叫んだ!
「やりすぎだ!」
結果は思った通りだった。どんどん士気がさがっていく。どんどんHQから人がはなれていく。たまに出現する上層部の人材育成という言葉も表面をなぞっているようにしか聞こえない。
ジョルジュも居なくなった。私は歯がしみする思いだ。指令もなく指示もなく、雑談もするなというのだ。
どうしようもない。保守だけはできている。荒らしや厨もいなくなった。しかし、叛意はふくれあがる。どんどん。どんどん。時々でてくる司令部の言葉も危険だった。
『今は切磋琢磨してる』
『新たに人を率いる』
『どうすればいいか検討中』
『質の向上』
言うことはもっともだ。その通りだ。
しかし、なぜ雑談、コテを禁止したんだろう。それが馴れ合いを嫌うVIPだから?
VIPの流儀にあわないから?
それだったら、せめて雑談を許すなり、次の攻撃目標を示すなりして欲しい。
もう、士気はさがっていく。食料を投下。投下。投下。
避難所へいく。避難所は反体制派の牙城になっている。
『大佐とかさ、ブリーダーなんだよ』
『あいつらさ、何考えてんだ』
『ぷっ。だめじゃん』
皮肉だ。こっちは反体制としての牙城で士気は高い。
私は、会社でネットをしていても、この画像は食料にできないか考えてるようになった。
「うわあ。偉いことになった」
課長が昼休憩から戻ってきた。ずいぶん汚れている。膝のズボンも擦れてる。
「課長、どうしましたか?」
「いやあ。暴走族にやられてねえ。狭い道を急に走るんだ。転んで、ひどいもんだよ」
そうだ。私は課長の手をとった。相手の手が白くなるほど握る。私のただならぬ雰囲気に課長はたじろぐ。
「そうですよね! ゆるせませんよね!」
「何、してるんですか?」
後輩のOLが不思議な目をしている。
改めて私は決意を新らたにした。
しかし、スレをあけてみると、食料を投下してみんなの士気を高めるどころではなかった。
『指令。避難所を攻撃せよ』
「なんだこれはあああああ!」
読めば大尉が出していた。避難所を攻撃? 本スレ住人は戸惑っていた。当たり前だ。今まで同志だった者を攻撃するのか!
これが、指令部のする事か!
攻撃は不発に終わる。しかし拭いがたい不信感がのこった。これも馴れ合いつぶしなのか。もう、私達が末期に入ってることを自覚してきた。いやでも自覚せざるを得なかった。
これが荒らしの指令だとしても、こんなのが出てきたこと自体が問題だ。崩壊の轟音がネットの向こうに響いた。
『我々HQは総辞職します。力によって得たものは力によって失われる。知によって得たものは知によって大きくなる。今回統率の難しさを痛感しました』
・・・そうか。やっぱり。
もう、なにもかもが、おかしくなっていた。スレの主旨も上層部の方針へ変わっていた。
【祭】の終わりだった。
避難所に大佐が現れた。
自分たちも苦しかったこと。様々な不確定要素が起きたこと。内紛。釣り合戦。
なんてことはない。大佐達もこのスレを制御できなかったのだ。VIPをコントロールすることは不可能という事。膨大な熱量をほこるVIPはその熱量でVIPに建てられた伝説をも潰した。
VIPだからこそできた事は、VIPによって潰されたということか。
正直もう、飽きた。どうせ、暇つぶしだ。ストレス解消もできた。
「あーあ。もう、おしまいか」
スレには大佐を罵倒するもの、HQを非難するレスがあふれる。しかし、その中でも苦労をたたえ、いつまでも兵士で居るものもいた。
『 俺は最後まで名無し突撃隊でいる』
気が付いた。気が付いてしまった。単なる暇つぶしだった行為は私の中で変わっていた。
「私は・・・このスレが好きだった」
いろいろあった。全レスが執着した。ジョルジュと雑談した。粛正があった。
これ全てが祭だった。きらきら輝く祭だった。楽しかった。VIPでこんなにスレが保た
ふと、時計をみればまた深夜だ。何でこんな遅くまで毎日・・・。
れたことがあったか。
もう、この避難所は意志を受け継ぎ、新たな進歩を探る場所になった。最後まで突撃隊といった奴も消えた。ここは荒らしはいない。が、爆発的な攻撃力は期待できない。
それでも、みんなここにいる。そして、攻撃をする。少しづつでも。
このスレにいる。
このスレに私はいる。
このスレに私はブックマークを付けた。
そういえば。私を女と見破った全レスは何処に行っただろう。大佐はどこにいったのだろう。
会社に出勤すると、後輩が近づいてきた。
「せんぱーい。私、退社します。寿退社です」
「えー! 今退社されると困るんだけど!」
私の負担、課長の負担も増える。
「すみせん。でも、彼がどうしても」
課長が困った顔をしてる。デスクの前に立ち、後輩のことを聞いてみる。
「まいったなあ。今度息子が生まれるんだ。その前に旅行でもと思ったのに」
「はあ。でも無理ですね。私達の負担が増えます」
課長が猫背をかがめて私の顔をのぞき込む。
「君はまた、ずいぶん哀しそうですね。後輩の結婚です。なぜ祝ってあげないのですか?」
「すいません課長。なんだか、どこもかしこも変わっていくなあと」
課長がふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「そうですね。わたしも最近は、統率の難しさ、自分の力量不足を痛感しています」
いろいろ課長も大変らしい。くたびれた男はつぶやいた。
「力によって得たものは力によって失われる。知によって得たものは知によって大きくなる。私の好きな言葉ですよ」
「えっ!」その言葉は。
そういえば、課長はいつもキーボードを鳴らしていた。寝不足でもあった。ということは何かを書いていたはずだ。
パソコン上に。課長が席を立ったとき緊張しながら、書類を片づける振りをして履歴をクリックした。笑みがこぼれる。
「あははは」そうだ。そこには、あのVIP板が記されている。
履歴はあの人物出現と時刻がほぼ一致している。
イヤ、これだけではわからない。そうだ書き込み画面までみれば、コテがあるかもしれない。
「なにをみてるのかね?」
後ろに課長が立っていた。いつものくたびれた男だ。しかし、この人は。
「課長・・・・あの」
「なにかね?」
聞けばわかる。ひとことだ。それでわかる。あなたはあの人なんですかと。
しかし、
「・・・・なんでもありません」
黙っておこう。他の多くの名無しと同じく、そしてそれ以上に、あのスレを好きだったはずだ。初めから立ち上げ、そしてある意味葬り去った人だ。尊敬され、憎まれ、批判され、愛され、名無しになって潜伏したコテだ。伝説になるかも知れないコテだ。
くたびれた背広、その後ろ姿に指でピストルの形をつくって、撃った。
あなたの好きだったスレはまだ、あるぞ。まだだ! まだやることはあるんだ! そうだろ。『大佐』!
心の声だ誰にも届きはしない。
まあいいさ。あれは熱い祭だった。祭の終わりはいつも寂しい。でも、でも待っているれば、またあるかも知れない。
スレの生き残りはまだある。
私はまた医療班として、いや、もう普通の名無しとしてスレに降臨する。