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戦略経営者の役割とは何か?

米国企業では、よく経営者を車のドライバーにたとえる。名経営者は、名ドライバーというわけである。名ドライバーであるかどうかは、ドライビング・マインドやテクニックの良し悪しで判断されることになろう。たしかに企業経営者とは何か、「経営」の学とは何かを考えるとき、このドライバーのたとえは役に立つ。

企業経営者は、企業という存在(仕組み)を意識的に動かして、一定の目標に向かって乗客である株主や従業員などを無事送り届ける役割をもっている。企業の動かし方が悪いと、

車のドライバーが車をガードレールにぶつけるように、企業を潰してしまう。それを避けるには、よく周りを見て、状況に合わせて動かすことがよいドライビング・テクニックである。赤信号は止まれであるが、企業にとってもさまざまな規則(赤信号)がある。厳しいのから緩やかなのまで多様な行動規則があるが、それらをよく認知し、ルールに従った行動を採らなくてならない。このように経営とは、企業という仕組み(システムという)を環境に合わせて動かすことである。国家という仕組みを動かすことを国家経営ということがあるが、一般に経営学というと企業というシステムを環境に合わせて動かす学問をいう。この企業を巧みに動かすことを広くマネジメントと呼んでいる。名経営者にかかれば、企業は円滑に行動するが、マネジメントの能力や技術を持たない人が企業を動かすと、乗客である顧客や株主や従業員ばかりか、周囲にいるものまで、巻き込んで迷惑を撒き散らすことになる。とくに環境の激変が連続するような状況でのマネジメントは困難を極める。よほどの経営者でないと乗り越えられない。そごでこのような難局を乗り越えるためのマネジメントを戦略経営という。

だが、マネジメントはドライビング・テクニックとは目的や対象が違う。どのように違うか。この違いを考えてみれば、わざわざ経営学をほかの学問分野と区別して独自の学問分野、独自の研究対象を持つ分野として取り上げる理由が理解できよう。
企業のマネジメントを独立した学問として認知するポイントは、以下のように、3つある

① 企業というシステムの特異性
② 企業を取り巻く環境の特異性
③ 企業の目指す目的や達成手段の特異性

このような3つの特徴をもつ企業、環境、目的を総合的に研究することによって、そこからすぐれたマネジメントの原理や理論や技法を構築すれば、現代社会に重要かつ不可欠な制度である現代企業に働きかけることによって、健全な社会発展に貢献できると考えることができるのである。

経営の学問の成立過程(経営学説史)とたどってみると、この学問的確立は、社会における企業の存在価値の高まりと不可分な関係にあったことが知られる。20世紀初頭の米国で始まった工場内の生産性向上運動とともに企業の社会における有用性は高まり、企業を生産性の観点から経営することが社会的ニーズとなって今日に至ったのである。つまり、優れマネジメントとは、同じ企業を動かした場合でも、より高い生産性の達成を実現できる機能を意味している。この工場内部から始まり、やがて企業全体に対象を広めた生産性向上運動を通じて実践経営は有益な知恵と知識を社会に残してきた。経営史を含む経営学は、それらの知恵や知識を整理し、体系化し、社会全体の発展に役立つ共有知的財産に昇華することによって、社会的貢献につながり、社会的に認知された学問として発展してきた。今日の経営の学問は、企業の寿命に津用意影響力を及ぼす外部環境との関係を重視している。このような経営の学を戦略経営学という

以上のことから、経営学では、企業の運営を任された経営者が、優れたマネジメントを使って外部環境に適応し、企業を生産性の極めまで活用し、もって社会的に貢献することを自己の存在価値と考えている。このようなマネジメントとはとのような内実(コンテント)をもっているのがを上記のマネジメントの対象領域にしたがって述べてみよう。

(1) 企業というシステムの仕組み(モデル)を考えること

車も同じであるが、その仕組みの良し悪しが、所期の目的の達成に影響することはいうまでもない。企業にもスピードの速いもの、燃費のよいもの(省資源化)大型や小型、よい癖・悪い癖のものなどがあり、その仕組み(モデル)の違いで評価が違ってくる。どういう企業を仕組み立てるか、言い換えれば、ビジネスモデルは何かを提示できるかは、経営者にとって最も重要な課題である。

車と企業との違いは、前者が無機物からできている点に求められる。車には、何万という部品が狭い空間に効率よく詰め込まれ、パワーを発揮できるように設計されている。しかし、車は機械部品からなる無機体である。これに対し、企業は人間を中心に置いている有機体である。経営者は、雇った人を中心に、金を集め、設備や材料を調達し、情報を使って事業を行うのであるから、企業の実態を観察すると、そこには人、金、物、情報のストック(集合体)が認められよう。また人、金、物、情報を総称して経営資源と呼ぶことから、企業を経営資源の束と定義することができる。

このように企業の仕組みやモデルは、人間を中心に置いた経営資源の束ね方(資源結合のパターン)なのである。もちろん、経営者によってこの束ね方は異なり、優れた経営者は優れた外部環境対応型の束ね方をすることができる。この優れた束ね方の研究として、経営戦略論、組織論、人的資源管理論、財務管理論、設備・在庫管理論、研究開発論、生産管理論、マーケティング論、情報管理論など経営学のコンテントは細分化され精緻化されてきた。

(2) 企業の生存の場としての外部環境という仕組みの本質を考えること

車が道路や景色と一体となって意味を持つように、企業も環境を離れては意味をなさない。企業を動かすマネジメントの役割は、環境に適した企業システムを設計・運用するところに求められる。環境が変われば、それなりに企業の仕組みも変えなくてはならない。

企業環境には、政治、経済、社会、技術、自然資源などマクロの環境とミクロの産業・市場環境がある。これらは、企業という経営資源の束を作る(資源投入)ために必要であるばかりか、それらを使って生産活動を営み(資源加工)、その生産物や残骸を還元(価値産出)する場でもある。したがって、優れた環境がなければ企業経営は存立基盤を失うことになる。そこで経営学では、環境と企業の連鎖を研究テーマとして重視することになる。資源の投入☞資源の加工処理、☞製品・サービスの算出(流れ)全体の計画的調整は、戦略的マネジメントの重要な研究対象なのである。このとき、資源の投入と価値の産出を貨幣評価して、産出高/投入高の比率を求めたものを生産性と呼ぶ。環境から取り入れたもの(インプット)より、環境に還元したもの(アウトプット)の価値の方が高ければ、経営は成功である。

環境は、それ自体が価値を持つことはないが、企業という仕組みに取り込まれることによって、社会に付加価値をもたらしてくれる。生産性が優れてプラス(1より高い比率)であれば、そのマネジメントは社会的貢献度が高く、したがって高い格付け(企業評価)が得られる。
このようにマネジメントは、企業と環境とを生産性尺度を使って連鎖させる機能を果たしている。ただ問題は、直面する環境が絶えず変化していることである。時間的にも空間的にも変化している。ある環境の下に良かれと考えて企業を興しても、明日の環境にはあわなくなり倒産することもある。とくに環境を構成するさまざまな要素が構造的に激変する場合は、企業の設計・運営は困難を極めることになる。このため環境のことを脅威と機会の集合体と呼んでいる。とくに変化する環境は、脅威と機会が目まぐるしく変わるので、高度な経営が求められる。環境の中でも産業市場という環境は、資本主義経済のもとでは最も変化が激しい。この環境の企業に及ぼす脅威と機会、それに対応する企業側の強みと弱みの研究を前提にした最高経営者の政策論が戦略経営であり、企業の命運を握っている。

(3) 企業の目的と達成手段の体系を構想すること

何のために企業は存在するか、存在価値の問題である。企業を作り、動かすには、それなりの目的や動機があるはずである。実際、企業内部の人間である経営者、従業員ばかりか、外部の一般株主、金融機関、取引先、顧客、地域住民、政府でさえ、特定の目的や動機があって経営に影響を及ぼしている。彼らを求めて企業利害関係者と呼んでいるが、その目的や動機は異質で相互に対立しながらマネジメントの究極目的である生産性の目標水準を決定するのが、最高経営者の最も重要なマネジメント機能の1つなのである。それは企業経営の主体性の形成であるから企業の生産意欲を高める。企業理念、ビジョン、使命、目的、コーポレート・ガバナンス、社会的責任、リーダーシップ、モティベーション、企業文化など企業の成長ベクトルを定める活力源である。この活力源と企業目的の高度な達成手段である経営戦略とが最高経営者のもとに一体化されるなら、そこにはすぶれた戦略経営による成果が得られるであろう。

以上をまとめてみよう。戦略経営とは、経営者が環境変化をよく認識し、その環境に適応できるように利害関係者の代表として企業を導くための知恵や知識や技法を駆使して企業を運営することである。したがって、環境適応の企業運営の知恵や知識や技法を体系的に概念化することが、戦略経営の学問といえるのである。



参考文献:
宮川先生<経営戦略論>
戦略経営学ー競争力の経営学演習 林昇ー、高橋宏幸<著>