ミミズがのたうち回った様な汚い字で、ノートには「日記」と書かれていた。
ソファに寝っころがっている隊長ナホクは、右手にシャープペンを持ってノートを開き、何やら書き始めた。
『○月×日(晴れ)
今日も本体ナホクのために萌の探求に明け暮れた。
それは良いんだけど、モンスターファームとテイルズを同時進行するのは、正直やめてもらいたい。
最近嵌るものが少なかった反動か、それはもう萌えているらしい本体のため、私達は必死で二作品分の萌を探している。でも、はっきり言って人手不足…。
しかも本体が盛大に萌えて悶えているものだから、一部のナホクは一緒になって部屋を転げまわって使い物にならない。
勝手に生えてきたナホクは特に本体とリンクする事が多いし、何より萌に弱いから仕方ないって言えば、仕方ないんだけど…』
と、隊長ナホクが愚痴めいた文章を日記に書いていると、彼女が増殖能力で生み出した一人のナホクが、ポテポテという足音をたてて近づいてきた。
「隊長―夕飯出来たってお母さんが言ってましたよ~」
「あーい、今行く」
隊長ナホクは返事をして、日記を小脇に抱えてソファから降りた。全長30センチのナホクにはこのソファは少々高く、実際には飛び降りると形容した方が適切であったかもしれない。
ソファのあるリビングを横切り、隊長ナホクと一匹のナホクはダイニングを目指す。
ダイニングに入るドアの前で、隊長ナホクは振り返る。
「んじゃ夕飯食べてくるから~しばらくよろしく」
「あいさ~、いってらっしゃーい」
隊長ナホクは持っていた日記とシャープペンを部下に渡し、よっこいしょとドアを押して、ダイニングに入っていった。
家族が食事をするのは、四人掛けのダイニングテーブルなのだが、隊長ナホクは身長が足りないので、椅子に座ってもテーブルに届かない。そのため、彼女は毎食毎食をテーブルの上に座って食べている。
少し前までは本体ナホクの膝の上でおにぎりやパンをかじっていたのだが、彼女が隊長ナホク用にと小ぶりの食器を買ってきてくれたので、それを使って食事をするために、テーブルの上という事になった。
今日も隊長ナホク用の小ぶりな食器が置かれている。
隊長ナホクはヨジヨジと椅子によじ登り、同じ様にヨジヨジとテーブルに登った。
ふぅと一息ついて、隊長ナホクはキッチンの方に視線を向けた。キッチンでは母親(実際には本体ナホクの母親なのだが、隊長ナホクは本体の分身で、しかもナホク達の衣食住は全て彼女が面倒をみているため、実質的に母親という事になるのだ)が、鍋で何かを作っている。
「お母さん、今日の夕飯ナニー?」
「うーん?
すき焼き風煮と味噌汁と鮭のバター焼きー」
「おおー私の好物オンパレード~」
「そうそう、もうすぐ出来るからテーブル拭いておいて」
言うなり、母は台拭きを隊長ナホクめがけて放り投げた。ベチャッとぶつけられた台拭きを受け取り、テーブルを拭き始める。
するとダイニングのドアが開いて、本体ナホクがやってくる。
「おおナホク働いてるわねぇ~それ終わったらついでに私の部屋から本持ってきてくれる?」
「むぅ私はパシリやないんだけど。てか来たんなら代われや~このちまっこくてプリティなボディじゃ拭くの大変なんよっ!」
隊長ナホクは台拭きを本体に突きつけて言ったが、本体は呆れた様に肩をすくめた。
「ちまっこくてプリティって…、自分で言うなっつうの。テーブルは拭いておくから、あんたは本取ってきてよ。パソコンの所に積んであるから」
本体は台拭きを隊長ナホクから受け取ると、テーブルに乗っていた彼女をポイッとフローリングの床に放った。
ボテンと鈍い音と共に隊長ナホクは床に転がる。
「った~もう、床に投げるなってのっ!」
ぶうぶうと文句を言いながらも、隊長ナホクは寝室に向かってポテポテと歩き始めた。
「あれー隊長何してんのー?」
寝室に入ると休んでいたナホク達(十数匹)が、ワラワラと寄ってくる。
「本取ってこいって言われたー」
隊長ナホクは本体が使っているパソコンラックに近付き、上を見上げた。
キーボードの横に本が10冊程積んである。
「……こんなもん一人で運べるかい。…よっこいしょ」
隊長ナホクは近くにいたナホクを一匹足場にして、パソコンラックの近くにあった椅子に登り、ダイニングのテーブルと同じ要領でラックの上によじ登る。自身と同じくらいの高さに積み上げられている本の横に立つと、隊長ナホクは床でこちらを見上げているナホク達に言った。
「本落とすからダイニングまで運んでー」
「いえっさ~」
十数匹のナホク達はワラワラとパソコンラックに集まってきた。隊長ナホクはそこ目掛けて本をポイッポイッと投げる。
下で待機していたナホク達は、ナイスな反射神経でそれをしっかりと受け止め、ポテポテ足音をたてとダイニングに向かう。
「ふぅ」
最後の一冊を自分で持ち上げ、隊長ナホクはパソコンラックから飛び降り、ダイニングに向かった。
「くぁ~今日もよう働いた…」
隊長ナホクがベッドで大きく伸びをしてそう言う。
時刻は既に深夜と言って良い時間になり、あたりはシンと静まり返っていた。
「は~い邪魔、潰すわよ」
ウトウトとし始めていた隊長ナホクは、本体にのし掛かられて夢うつつな世界から引っ張り戻された。
「何すんじゃわれ~はよどかんか~」
潰された状態でそれでも必死で短い手足をジタバタさせて、隊長ナホクは本体に抗議する。が、本体はいたって涼しい顔だ。
「何度言えば分かるのよ、あんたはこっちじゃなくてアッチでしょ」
言うなり、本体は隊長ナホクの上からどき、むんずとその頭を掴むと、ぽいっと部屋の隅に投げた。
隊長ナホクが投げられた場所では、既に十数匹のナホク達が横になっていて、隊長ナホクはその上でポヨンと一度弾んでから、誰もいない緑色のクッションの上に落ちた。
本体の寝室の一角に作られたここは『ナホク達の巣』という事になり、大きなクッションが四つほど並べられている、ナホク達の寝床だ。
「いいじゃんかー低反発マットで寝るの気持ち良いんだよ~」
隊長ナホクは言うが、本体は「おやすみ~」と言って早々に部屋の明かりを消してしまった。
「……はぁ」
暗くなった室内で隊長ナホクは一つ大きなため息を吐くと、彼女にとっては布団程に大きなクッションの上で横になる。
一緒に置かれているタオルケットを引き寄せて、そのままゆっくりと眠りについた…。
その日は唐突に目が覚めた。
いつもは朝目が覚めても、夢うつつな状態のまま二度寝三度寝に突入する隊長ナホクは、その日珍しくしっぱりと目を覚ましていた。
そして、見上げた天井が見慣れない物である事に気づくと、キョロキョロとあたりに視線を投げた。
自分のすぐ横には一緒に寝ていたナホク達が十数匹転がっている。それはまあスルーして、隊長ナホクは自分達がいる室内をぐるりと見渡した。
無駄に派手な、なんだか高そうな家具が置かれた部屋は、明らかに自分達が寝ていた本体ナホクの寝室ではないし、自分たちが暮らしていた家のどの部屋でもない。
「?」
分けが分からないまま、隊長ナホクは部屋にある小さな窓の枠によじ登り、外の様子を見てみる。
見えたのは石造りの円形の舞台。そして、人影らしき物がちょろっとだが、見えた。
「誰かいるんかなぁ~」
隊長ナホクは窓枠から飛び降りると、今だ床に転がったままのナホク達を蹴り起こした。
「起きれ~」
蹴られたナホク達は次々と目を覚まし、見慣れない室内に戸惑った。
「隊長、ここどこですかー?」
「知らん。とりあえず外出てみるしかないなぁ」
説明したくても自分もさっぱり状況が理解出来ない隊長ナホクは、とりあえずこの部屋唯一の出入り口であろうドアを、小さな体で押し開いた。
ポテポテという足音をたてて、ナホク達はドアの外へと向かって行った…。
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