比企能員を開基とするこの寺院は、その一族が住まったことから比企谷とも呼ばれる谷戸に存在する。比企一族は初代将軍源頼朝公の乳母を務めた一族であり、党首比企能員は頼朝公の右腕として活躍した武将でもあったという。つまりは源氏に属する一族であったのだが、そのことが原因となり後の北条氏により討ち滅ぼされることとなった。
 その後唯一生き残った比企大学三郎能本が、鎌倉の地で布教に励む日蓮聖人と出会い心酔することで妙本寺が生まれることになるのだが……ここでは割愛するとしよう。
 現在この妙本寺は鎌倉における観光資源の一つとなっている。山門を潜り、杉木立に囲まれた境内は街の喧騒とは無縁の静寂さで、それはここ最近の不審事件により人波がまばらとなっている現在は尚更のものとなっていた。
 元が比企一族の屋敷だったことから、最奥に頂く祖獅堂は鎌倉寺院の中でも最大級の大きさで、つまり何が言いたいのかといえば。

「うぅ……まだ眠いですよセイバーさん」
「お前な、少しくらい我慢しろよ」

 こうして彼らが一夜をやり過ごすには、それなりに条件の良い地だったということである。
 ぐしぐしと眠そうに目を擦りながら歩くのは、12かそこらの年の頃といった鮮やかな金髪の少女だ。彼女―――アイ・アスティンは、己の従僕たるセイバーに手を引かれる形でトボトボと道を歩いている。
 纏う服は異国のものではなく、現代に合わせたカジュアルなものだ。流石にいつまでも同じ服ばかり着ているわけにもいかず、また鎌倉の街では必要以上に目立つことも相まってセイバーが買い与えたという経緯がある。
 服を買うぞと言った時は異常なまでにはしゃいで、こちらのほうが勢いについていけないほどだった。年や世界が違っても女が買い物にかける執念は変わらないんだなと、セイバーは奇妙な感慨さえ抱いたという。

 まあ、あんなふうにはしゃいだから疲れたのかもな、などと。そんなことをふと考えた。
 夕焼けの学校を出た後、こっそりと妙本寺に忍び込んで境内の裏で床についたのがちょうど8時間ほど前の話だ。それは、ろくな休憩場所も持たず歩き回り、連日の戦闘による気疲れも相まってアイの体力は限界に近かったというのが理由として挙げられる。墓守として筋力や動体視力に優れるアイではあったが、純粋な体力は見た目とそう大して変わるものではないのだ。
 セイバーとてそれを重々分かっていたからこそ、疲れ果てたアイを休ませるために犯罪スレスレの侵入劇を果たすことにしたのだ。山中にあって、一連の事件や騒動の影響も重なって夜間の人の通りが皆無に近いこの場所は、精々が宿直の関係者くらいしか見回りにこないため身を隠すにも最適だったことが幸いした。
 無論、こんな危ない橋を渡る羽目になった原因は他にもあるわけだが。

「ほら、さっさと行くぞ。ただでさえ無駄に時間食ったんだからもたもたしてる暇なんざないからな」
「むぅ……ちょっと強引すぎませんかセイバーさん」

 未だ寝ぼけ眼のアイは、寝起きを体現するようにぼけーっとしていた。足取りはおぼつかなく、頭は左へふらふら、右へふらふら。まだ眠いという言葉に虚偽は一切ないらしい。
 子供はよく寝るというしここ数日は体を酷使してきたことは重々承知だが、もう少し緊張感を持てないのかと、セイバーは若干呆れ顔だ。

「セイバーさんは急ぎすぎなんですよ。もうちょっとこう、お寺なんかを見ていくゆとりをですね」
「お前、なんで寺なんか見たがるんだよ」
「そりゃ、見たいからです」
「だから、なんで?」
「なんでって……だから、見たいからですよ?」
「……ああ、そうかよ。単純に見たいだけか。そうか……」

 セイバーは頭痛に耐えるように頭を抱えている。別にこの少女が遊び気分で言っているわけではないというのは理解しているが、それでも頭が痛いことに変わりはない。
 つまるところ、この少女は世界を知ろうとしているのだろうと思う。世界を救いたいから、まずそれがどういうものかを分かろうと考えている。
 それ自体否定するつもりはないが、流石に状況を考えてほしいと思うのは求めすぎだろうか。

「というかですねセイバーさん。さっきから行く行くって言ってますけど、どこに行くんですか」
「具体的にどこって決めてるわけじゃないな。一応、北鎌倉か逗子か稲村ヶ崎を考えてるけど」
「……なんか、随分と端っこですね」

 地図を指さすセイバーに、アイはやはり不満げな顔だ。人の多くいる場所を好む彼女にとっては、確かに気の進まない話かもしれないがここは我慢してもらうしかない。

 彼がしきりにここを離れようと言っているのは、ここ最近活発化している浮浪者狩りの手を逃れるためのものだ。元を辿れば今まで使っていた公園ではなくこんな場所を寝床にしたのもこれが最大の理由である。
 一週間かそこら前に就任した新市長の打ち出した方針は、この手の弾圧政策にしては異様なまでにスムーズ、かつ効果的に作用していた。当然のように巻き起こった抗議運動やデモ活動すら、数日も保たず収束したあたり、新市長の政治手腕が垣間見えるというものだろう。
 市井にとっては有用な強硬策も、しかし自分たちにとっては頭の痛くなるような話だ。あまりにも出来すぎた話と良すぎるタイミングも相まって、市長本人がマスターではないにしろ他のマスターやキャスターに操られているのではと考えたこともあったが、下手に藪をつついて蛇を出しても仕方ないと半ば諦めのような感情も出てきている。
 そもそもセイバーの目的はアイを元の世界に帰すことだ。極論すれば、それさえ果たすことができれば他のサーヴァントと争う必要も、まして聖杯を獲得する必要もない。全てが終われば自分はこの不出来な舞台から退場するだけだし、戦いたい奴らは勝手に戦わせていればよい。
 無論、セイバーのマスターたる少女からしてみれば、そうもいかないようだが。

「浮浪者狩りに巻き込まれたらたまらないからな。それに、市街地を抜ければ安全とまでは言わないけど好戦的な奴らとも会いづらいだろうし」
「それって、逆に言えば市街地には助けを求めてる人が大勢いるかもしれないってことじゃないですか?」

 また厄介な病気が出たか、などとセイバーはまたしても頭を抱えたい気分になる。正義の味方、世界を救う。端的に言って馬鹿の夢だが、どうにもこの少女は諦めが悪い。放っておいたら一人でどこまでも突っ走っていくタイプの馬鹿なのだ、この少女は。
 だからセイバーはこの少女から目を離すことができないし、時には妥協することもある。子守なんて柄じゃないのは百も承知だが、それをできるのがこの場に自分しかいないというなら仕方ないだろう。

「その前に俺たちが死んだら元も子もないだろ。お前が正しいことをしたいってのは分かる。けどな、まず何よりも自分を第一に考えろ。
 そういうふうにしていかないと、きっと全てが立ちいかなくなる時がくる。やろうとしてたことが全部半端で片手落ちになりかねない、そんなの御免だろ?」
「わかってます、わかってますよ……」

 だからこそ、こんなふうに説教じみた真似をすることもある。全然似合ってないし、司狼あたりが聞いたら「なに偉そうなこと言ってんだよお前は」と呆れられそうなものだが、これに関しては完全に諦めの境地だ。

「なんだか、私ってちっぽけですよね。みんなを助けたいのに、自分のことも満足にできないなんて」
「そりゃ、お前チビだしな。ちっぽけなのは当然だろ」

 ガツン、とアイはセイバーの脛を蹴り上げていた。「なんだよ」と痛みも感じてないふうで、どうにもイラっとしてくる。
 セイバーさんはもう少しデリカシーというのを学んだほうがいいです、などと一人で小さく憤慨して。





「……?」




 ふと、視界に違和感があったような気がした。
 けれどきょろきょろと辺りを見回してみても何も異常はなく、すわ気のせいかとも思ったが。
 やはり、どうにも何かが違うような気がする。

「……」

 あっちへきょろきょろ、こっちをきょろきょろ。忙しなく動くアイに、セイバーはどことなく憐れんだような視線を向ける。
 次いで、はぁ、と何か諦めたような溜息をつくと、ポケットから何かを取り出しつつこちらへと近づいてきた。

「分かった分かった。俺が悪かったよ。だからこれでも食って機嫌直せ」

 そう言って差し出したのは巨大なマーブル模様のキャンディーだ。赤と白のコントラストが童話めいた雰囲気を醸し出すアレを、アイはしげしげと手に取る。

「えっと、セイバーさん。これって」
「さっきの詫びだよ。遠慮せずに食え」

 そんなことを、セイバーは似合わない満面の笑みをしながら言ってきた。その間も手は忙しなく動き、ポケットからはクッキーやお饅頭や綿菓子が無尽蔵に湧いて出てくる。
 ……なんだろう、絶対に何かがおかしい。

「で、どうだよ味のほうは」
「なはなはおいひいへすせいはーはん! あひはほうほはいはふ!」

 一抹の疑問は口の中に広がる甘味の前に消え去った。セイバーはやたら笑顔で色んなお菓子を勧めてきて、なんだか対応も凄く優しくて至れり尽くせりだ。

「はは、口に詰めたままじゃ何言ってるかわかんないだろ。これでも飲んで落ち着けよ」

 リスのような顔になってるアイに、セイバーの姿をした何者かはレモンティーを勧めてくる。いつの間にかそこには綺麗なテーブルとイスがあって、テーブルの上には当然のようにたくさんのお菓子が並んでいた。
 アイは目を輝かせ、「はい!」と元気に返事をしてセイバーの引く手に抗うこともなく椅子に座った。


 ……不思議と、聖杯戦争のことが頭に浮かぶことはなかった。




   ▼  ▼  ▼


「───形成(Yetzirah)

 宣誓と共に己が聖遺物を形成し、剣の英霊が地を穿つ。
 狙うは眼前に立ち尽くす敵───無垢な少女の姿をしたサーヴァント。
 奇怪極まる敵だった。サーヴァントの気配と共にこの少女が姿を現した瞬間、アイは瞬時にその身を崩し、セイバーもまた自意識を侵食する幻想へと囚われた。涙が出そうになるほど綺麗で懐かしい情景はいつまでも浸っていたいほどに魅力的で、だからこそセイバーの胸中に拭いがたい嫌悪感を抱かせた。
 だから斬った。美しい情景を、これは全部唾棄すべき妄想の具現だろうと一切の躊躇を挟むことなく斬り捨てた。
 セイバーが即座に少女の幻惑から抜け出せたのは、その強すぎる嫌悪感故だ。彼は死者の生を認めないし、故に自身が安息に沈むことも決して容認しない。それは現実を侵す域の渇望として現れている通り、誰にも曲げることのできない矜持であるために。

 そして、だからこそセイバーは容赦などしない。

 地に踏み込む動作はそれだけで容易く音の壁を突破し、次いで爆発するように飛び出すセイバーの体は優にその10倍を超える速度で突進する。疾風としか形容できないその姿を捉えることは不可能であり、それは常人はおろか凡百の英霊ですら例外ではなかった。
 迅い───人の姿をしていながらこれだけの高速移動を可能にする存在は、最早人とは言えぬだろう。しかも、それはただ速く突撃しているというだけでは決してない。

「おおおおおォォォッ!」

 雄叫びを上げる彼の右手にあるのは装飾の施された細剣だ。王侯貴族がこぞって蒐集したがるような宝剣は、しかしこの場においては敵を斬るという原初の存在意義に従って役割を全うする。
 号令一下、振るわれる剣閃は常識外の速度を以て少女の首へと迫る。その攻撃は呵責のない本気であり、使用したのが形成位階……本来より1ランク下の技であること以外、遊びなど一切挿んでいない。
 全ては眼前の少女の形をしたナニカを斬滅するために。並みのサーヴァントなら即死、そうでなくとも魂諸共切り裂く暴威は何の減衰も成すことなく致死の破壊をもたらすはずであったが。

「───ッ!?」

 セイバーの顔が驚愕に染まる。放たれた一閃は少女に反応することすら許さず振り抜かれたが、しかし切り裂いたのは中空のみ。
 聖剣の切っ先が首へと触れる直前、少女の体は霧散し消滅した。それは意図してのものでは決してなく、そも敵手はこちらの攻撃を躱すどころか見えてすらいなかったにも関わらずこの結果だ。
 ならば透過の類かとも思ったが、それもまた考えづらい。形成された聖遺物は例え実体を持たぬ死霊や概念であろうとも貫通し打ち砕く。その刃は例外なく、人であれ、魔であれ、神であれ戦えば鏖殺。修羅の戦鬼が揮う攻撃を、無効化する方法など事実上存在しない。
 つまるところ、考えられる真実は。

「……幻、そういうことかよ」


 ───くすくす、くすくす。

 いつの間にか背後から聞こえてきた笑い声に、セイバーは重く叩き付けるような声で返す。
 振り返ってみれば、先ほどまで反対の方向にいたはずの少女が静かに立っていた。栗色の髪、栗色の瞳。薔薇色の頬と唇。白いドレスを着て微笑むその姿は、なるほど魔性と言っても過言ではない。

『どうして拒むの?』

 少女は、可愛らしく小首を傾げて言った。鈴を転がすような声だった。

『幸せなのでしょう? あなたがそう願えば、わたしはあなたにいつまでも幸せを与えてあげられるわ。
 どうして拒むの? 幸せになれたらそれでいいじゃない。誰もがそう願っているわ、幸せになりたいって。あなたは幸せになっていいのよ』
「黙れよ塵屑が、殺すぞ」

 嫌悪と憎悪の入り混じった声を返しつつ思考を巡らせる。一度夢に嵌りかけたからこそ、セイバーはこの少女が何であるのかを大凡悟っていた。
 これは下衆だ。人の一番弱いところにつけこんで、本人も知らないような甘い夢を引きずり出す所業。それがセイバーには許せない。
 人には誰しも心の奥底にしまっておきたい事がある。それは思い出したくないことだったり、自分勝手な思いだったり。どうにもならない事や、現実では決して叶わない夢であったり。だからこそ、人はそれらを心の奥の引き出しにそっとしまっておく。
 人は現実に生きている。馬鹿げた願望を抱えて、叶えられないから渇きも癒えない。不安で、不満で、いつも揺れて。でもそれが人の在るべき姿であるというのに。

「自分勝手に他人の夢を決めつけて、無理やり引っ張り出してさあ願いは叶いましたよってか。ふざけろ、自慰に耽りたいなら一人でやりやがれ」

 セイバーはアイの前ではついぞ見せなかったほどの凶眼で睨みつけるも、少女はちょっと困ったように瞳をくりくりとさせただけだった。恐怖も怒りも理解せず、先ほどの幻と同じように、その姿は煌めく霧となって散った。
 姿は見えない。気配も、完全に消え失せていた。
 逃げられた。それを理解したのは数瞬後のことだった。

 周囲に何の気配もないことを確かめると、セイバーはふっ、と力を抜いて立ち尽くした。握る拳は今も震えていたが、しかし鉄の意志でそれを抑え込み辺りを振り返る。
 周辺は見事なまでに破壊されていた。たった一合抜き放っただけであったが、音速を遥か超越する剣閃はそれだけで致命的なまでの衝撃波を発生させる。すぐそこに倒れている己のマスターを傷つけないようにある程度加減はしたつもりだったが、どうにも怒りで力が入りすぎていたようだ。
 放射状になぎ倒された杉木立の中は静かで、風の音だけが聞こえていた。少しずつ色を濃くしていく空の色がいっそう美しく、いっそバカバカしいまでに透き通っていた。
 セイバーは大きく嘆息すると、倒れ伏すアイに近づき抱き起した。どうやら目立った傷はないようで、そこだけはセイバーも胸を撫で下ろす気持ちだった。

「……ったく、人の気も知らないで呑気な顔で寝やがって」

 ほんの少しだけ苦笑の響きが籠った呟きを漏らす。アイの寝顔はどうにも間の抜けたもので、見ればなんだか笑えるものだった。目と口はだらしなくニヤけ、口の端からは涎が垂れている。
 全く、どんな夢を見ているのやら。気の抜けた顔を見ていると、先ほどまでの怒りも馬鹿らしく思えてくるから不思議なものだ。

「おい、起きろ。早いとこずらかるぞ」

 ゆさゆさと肩を揺さぶる。頭が大きく前後に揺れるも、しかし起きる気配は全くなかった。
 困ったな、と思いながら今度は頭に手刀を落としてみる。ガンッ!と思わず仰け反りたくなる音が響いたが、これもまた効果なしだ。
 仕方ないなとばかりに今度は往復ビンタだ。スパパパパパパと軽快な音と共に顔が左右に高速で揺れて両頬が赤く染まるが、アイといえばにへらーとするだけで一向に目覚める気配がない。
 なんとなくムカついてきた。

「……ま、仕方ないか」

 セイバーはおもむろにアイの胸倉を掴み自らのほうへ引き寄せた。
 それから大きく息を吸い、耳元に向けるように調整すると。

「───起きやがれこの莫迦がぁーーーッ!!!」
「わひゃああああああああ!?」

 大音量、飛ぶ鳥も地に落ちるほどの大絶叫に、アイは悲鳴を上げて飛び起きた。
 そもそもこれは単なる大声ではなく、魔力放出のちょっとした応用で少量の魔力すら内包する魔声だ。夢に沈む意識に直接呼びかけるにはうってつけと言えるだろう。

「な、なんですかいったい!? 私今まで何を───って痛い痛い痛い! なんか顔が物凄く痛いんですけど!」

 幸せな夢から一転、無情な現実に叩き落されたアイは混乱の極みだった。頭の中は真っ白であり、今まで見てきたものと何故か痛む顔面の落差に理解がまるで追いついていない。
 そんなアイを、セイバーは微妙な表情で見つめていた。

「よう、おかえり」
「……って、あれ? セイバーさん?」

 ごろごろと忙しく転げまわっていたアイがピタリと止まり、セイバーの声に反応する。顔を苛む痛みに若干涙目になってはいるものの、どうやら身体や精神に異常はないらしい。

「えっと、あの、セイバーさん。いったい何があったんですか?
 というかお菓子は……それとなぜか物凄く顔が痛いんですけど」
「まあ、諸々の説明はまた今度な」

 きょとんとしているアイを担ぎながら、セイバーは軽い調子で言う。

「ちょっと色々あってな、正直目立ちすぎたからすぐここを離れなきゃならない。それは分かるな?」
「ええ、まあ……理由は分かりませんがなんだか凄いことになってますし」

 アイはどうにも現実感がないようで、なぎ倒された木々を見ながら「うわぁ……これをやったのは悪人ですね」などとほざいている。まあ、それだけ分かっているなら問題はないだろう。
 セイバーは担いだアイの体をしっかり押さえると、地を踏む足に力を入れた。

「……あの、セイバーさん。色々大変なのは分かったんですけど、なんで私を担いでるんですか……?」
「言ったろ、早くここを離れる必要があるってな」

 そこでセイバーは悪戯っぽく笑い。

「つまるところ、あの日の続きってことだ」

 一気呵成。慣性の法則を無視したかのような急加速に、アイの絶叫が尾を引いて遠ざかって行った。
 聖杯戦争はまだ始まったばかり。ここで足踏みをしている暇など、彼らにはなかった。


【C-3/妙本寺近く/1日目 午前】

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 寝疲れ、両頬に赤い腫れ
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
1:生き残り、絶対に夢を叶える。
2:なにがどうなってるんですか……
[備考]
  • 『幸福』の姿を確認していません。


【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 健康
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] バイク(ガソリンが尽きかけてる)
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守り、元の世界へ帰す。
1:鎌倉の市街地から離れる。
2:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたいが……
3:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
4:少女のサーヴァントに強い警戒感と嫌悪感。
[備考]
  • 鎌倉市街から移動しようと考えています。行先の候補は今の所、北鎌倉(A-2)・逗子(E-4)・稲村ヶ崎(D-1)があります。どこに向かうかは後続の書き手に任せます。
  • バイクは上記の場所に片道移動したらちょうど尽きるくらいのガソリンしか詰まってません。
  • 少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。






   ▼  ▼  ▼






 朝日の差し込む杉木立を、ひとりの少女が舞い踊る。
 いいや、それは見る者が違えば少年にも見えるだろう。観測者によって如何様にも姿を変えるそれは、多幸感に溢れた表情に違わぬ幸福の精。
 市井に語られるフォークロアそのままに、愛らしい少年/少女は微笑み続ける。そこに邪気は一切なく、つい先ほど向けられた殺意と嫌悪すら頭の中には存在しない。

 幸せになって、幸せになって。大丈夫だよ、わたしがみんなを楽園に連れて行ってあげる。幸福さえあれば他には何もいらないでしょう?
 幸せを、光から目を逸らさないで。

 なんて眩い光だろうか。その存在は確かな聖性に満ち溢れて、ただひたすらに人の幸せを願っている。
 だがそれは死の光だ。それに触れて生きていける人間など何処にも存在しない。まるで放射能光のように、直進上のあらゆるものを滅ぼしながら進んでいく死の光。
 地に咲き誇る徒花よ。その光は愛に満ちて世界の全てを照らし、地に行きかう人々を遍く夢に沈め続ける。
 踊れ、踊れ、幸福の妖精。幸せよ、全てを優しく照らしてほしい。それだけが■■の願いなのだから。
 『幸福』は何も変わらない。殺意を向けられようと、嫌悪を向けられようと、例え全てを否定されようとも。その心には幸せしかない故に。

 ───桃の煙に揺蕩う双眸が、それすらをも善し哉と睥睨している。


【C-3/妙本寺近くの杉木立/1日目 午前】

【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信】
[状態]健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:幸福を、全ての人が救われる幸せな夢を。
1:みんな、みんな、幸せでありますように。
[備考]
  • 『幸福』は生命体の多い場所を好む習性があります。基本的に森や山の中をぶらぶらしてますが、そのうち気が変わって街に降りるかもしれません。この後どうするかは後続の書き手に任せます。
  • 軽度の接触だと表層的な願望が色濃く反映され、深く接触するほど深層意識が色濃く反映される傾向にありますが、そこらへんのさじ加減は適当でいいと思います。
  • スキル:夢の存在により割と神出鬼没です。時には突拍子もない場所に出現するかもしれません。


前の話 次の話
000:封神演義 投下順 002:錯乱する盤面
時系列順

BACK 登場キャラ NEXT
000:封神演義 アイ・アスティン 011:少女たちの砦
セイバー(藤井蓮)
000:封神演義 キャスター(『幸福』) 025:幸福の対価、死の対価

|