鎌倉市の一角に存在する、忘れ去られた廃下水道。
 小さな部屋のようになったその場所に、一人の少女が暮らしていた。
 下水道とはいえ、これだけ使われなくなって時間が経てば臭いも衛生面も問題はない。
 生活に必要な最低限の代物はくすねるなり、予選で殺したマスターから奪い取った所持金で揃えていけばいい。
 エミリー・レッドハンズの懐は、そんな事情もあってそこそこ豊かだった。

 彼女のバーサーカーは、およそ単純な戦闘において最強の存在と言っても過言ではない。
 生半可なサーヴァントならば瞬く間に轍と変えてしまう為、現にエミリーは聖杯戦争開幕後、これまで一度としてバーサーカーの切り札に相当する宝具を解放させたことがなかった。
 それでも、恐らく予選期間中に最も多くの敵を殺したのは彼だろう。
 記憶している限りで二十以上。エミリーの感知しないところで屠った敵も含めれば、その数は更に上か。

 「…………」

 エミリーは今、ぼんやりと液晶画面を見ていた。
 嵩張らず、持ち運ぶことの出来る小型のテレビだ。
 拠点を襲撃して殺害したマスターの所持品であったものだが、これがなかなかどうして便利である。

 路傍で発見された暴力団関係者の死体。
 オカルト番組は、市内を彷徨く屍食鬼なる存在について面白おかしくネタにしている。
 今や全国的に、鎌倉は世間の注目の的と化しつつあった。
 無理もない。連日連夜に渡り勃発し続ける殺人事件、失踪事件、怪奇現象。
 その中で解決した事例は殆どなく、得体の知れないものを感じてか警察もそう深入りしたがらない始末だ。
 尤も、そんな状況にあるにも関わらず、外からこの街を訪れる人間が異様に少ない――単なる興味本位、物見遊山の観光客ですらごく少数というのだから、聖杯戦争の運営側による何かしらの措置が施されているのだろう。

 エミリーは、聖杯を得るためならば手段を選ばない。
 誰だって手にかけるし、どんな非道にだって手を染める覚悟がある。
 だが、無駄なことはしない。
 魔都と化しつつある鎌倉へも高揚はなく、自分の障害とならなければそれでいい、その程度の認識だ。

 しかし、ある意味ではこうして派手に行動を起こしてくれる手合いは実に助かる。
 サーヴァントの神秘を目撃した一般人が流布させる『都市伝説』は、立派に敵の手の内を垣間見ることの出来る情報源としての役割を果たしてくれるからだ。
 彼女がこうしてテレビやオカルト番組を注視しているのも、それが理由。

 「屍食鬼……か」

 これほど拡散されている以上、よもや都市伝説の爆発的増殖に便乗した嘘八百ではあるまい。
 本当だとすれば、これに聖杯戦争のマスター、ひいてはサーヴァントが関与しているのは言うまでもなく明白だ。
 ネズミ算式に増殖する手駒を保有しているのか、或いは屍食鬼の根元自体が英霊であるのか。
 そのどちらかは定かではないが、近々一度町へ繰り出し、この眼で確かめる必要がありそうだ。

 あまり妄りに外出すれば、敵と遭遇、もしくは発見される可能性が必然的に高まる。
 動く時は十分に機を見計らい、あらゆる状況を想定し、その上で完璧に目的を遂行する。
 それがエミリー・レッドハンズの、聖杯戦争において定めたポリシーだった。
 サーヴァントの戦力が最強級である以上、危険視すべき相手は必然的にアサシンの類になる。
 殺戮という概念では右に出る者のいないあのバーサーカーとて、聖杯戦争の一参加者である以上はルールの縛りからは逃れられない。言わずもがな、マスターを失ったサーヴァントは消滅する。本戦でもそこに変わりはない。
 白きバーサーカーを排除したいなら、マスターであるエミリーを殺すのが最も手っ取り早い。
 少なくとも、エミリーが敵ならばそうする。だからこそ、今は身辺に最大の注意を払う必要があった。

 ……此処が割れた時のことも想定し、近々第二、第三の拠点についても用意しておこうか。
 此処ほど条件の良い場所がそうそう見つかるとも思えないが、まったく皆無ということもないだろうし。

 そんなことを考えながら、少女は液晶に映ったあるニュースを見、顔を顰めた。
 十数人の人間が犠牲になったという、凄惨な殺人事件。
 現場になったのは郊外の一角。犠牲者の死因は、いずれも射殺。

 エミリーは、自身のサーヴァントをちょうどその方向へ索敵に向かわせていることを思い出し、溜息をついた。

 あまり目立つ虐殺は控えろと命じておいたのだが――やはり相手はバーサーカー。説法は無意味だったらしい。




 時は数刻前に遡り。
 バーサーカーのサーヴァント、ウォルフガング・シュライバーは退屈気な欠伸を漏らしていた。
 手にしているのは二丁銃。いずれもれっきとした人の手で製造された軍用装備であるが、改造と呼ぶのも生温い暴力的な教化が施された事により、文字通り『魔銃』と呼ぶべき代物へと進化を遂げてしまっている。
 宝具ではないが、無限の弾数と英霊すら殺傷する威力を併せ持った凶悪無比なる武装。
 言わずもがな、そんなものを単なる人間が向けられればどうなるかは明らかだ。

 白騎士の襲撃に居合わせた者達は、一人の例外もなく血袋と化していた。
 鎌倉市市長の命を受け、『浮浪者狩り』に繰り出していた何も知らない彼ら。
 一言、不運だったとしか言いようがない。
 彼らは結局、自分達を指揮する者が何を目的として街を率いているのかすら知らずに、恐怖と絶望の中で惨死した。

 ある者は脳漿をぶち撒けて。
 ある者は顔を蜂の巣にされて。
 ある者は四肢が魔銃の弾丸で千切れ飛び。
 ある者は心臓を直接撃ち抜かれ。
 ある者は胴を撃たれ、体が歪な形に変形していた。

 そんな殺人現場の中心で、白騎士――ウォルフガング・シュライバーは哂う。



 「なんだ、もう壊れちゃったのかい。やっぱり人間ってのは脆くていけないね」


 ただ、こちとら数十年振りなんだ。
 君達程度の雑把相手でも、そこそこ暇潰しにはなっているから安心してよ。
 無邪気な少年の笑みで死体を労う彼の姿は、まさしく狂戦士としか形容の手段がないだろう。
 無邪気は無邪気でも、彼のそれは蝶の羽を毟り取るような無邪気さだ。
 彼はただ殺す。呼吸するように殺す。彼と行き会ったあらゆる者は、彼の背後に広がる轍と変わる以外にない。


 黄金の近衛兵、大隊長。
 忌わしき狼が動き出す。
 走り抜けた後に振り返るものをこそ至高の強さと奉ずる魔獣は、最早一個の災害と読んで差し支えなかった。


【D-4/エミリーの拠点/1日目 午前】

【エミリー・レッドハンズ@断裁分離のクライムエッジ】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]ワンセグテレビ
[所持金]そこそこ。当面の暮らしには困らない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯狙い。手段は選ばず、敵を排除する
1:『鎌倉の屍食鬼』に接触したい
2:シュライバーに呆れ気味。ただし手綱を引くのは半ば諦め気味。
[備考]
※テレビで報道の内容とオカルト番組をチェックしています。


【A-5/郊外/1日目 午前】

【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]健康
[装備]ルガーP08@Dies irae、モーゼルC96@Dies irae
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:皆殺し。
1:サーヴァントを捜す。遭遇次第殺し合おうじゃないか。


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002:錯乱する盤面 投下順 004:ここには夢がちゃんとある
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バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー) 016:白狼戦線

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