ランサーの周囲を、きらきらと光る線が幾本も旋回していた。
 反射して見える色は都合五色。ランサーを取り囲むように高速で迫りくるそれは、しかし次の瞬間に姿を掻き消した彼女を捉えることができなかった。
 静から動。0から100。慣性の法則など無視したかのような急加速の疾走は、あたかも瞬間移動のような印象を見る者に与えた。彼女の行った行動は地を蹴り敵に近接するという原始的な移動方法でありながら、しかしそれを目に見えぬ転移が如き魔業へと昇華させている。
 少なくとも路傍の観衆───乱藤四郎には、そうとしか見えなかった。
 サーヴァントという超常存在、それが常人はおろか、自分たちのような神の末席すら超えて余りあるものなど、己が侍従たるライダーで嫌というほど理解しているつもりであったが。しかしこれは認識を改める必要があるだろう。
 ランサーの少女は強い。数多の歴史修正主義者や検非違使を屠ってきた自分も、敬愛する一期一振さえも、相対したならば現身たる刀身を破壊される運命からは逃れられないだろうと分かってしまう。
 それほどまでに、眼前の少女は強かった。駆ける姿は疾風迅雷。巻き起こされる衝撃に、加勢どころか直立していることすら危うい有り様だ。
 しかし。

「フッフッフッ、こいつァとんだじゃじゃ馬だ。
 だがそれでいい。力も意思もない奴ァ所詮は食いモンにされるだけだからな」

 人智を超えた強さというならば、彼女と戦っているライダーもまた同じ土俵に立っている。
 取り囲むように回した五色糸を回避され、渾身の一撃を叩き込まれるも、冷静さを一切失わぬまま蜘蛛の巣状の盾を作って受け止める。
 素手と糸の激突は、しかし見た目の脆弱さなど微塵も感じさせない重厚な金属音を辺りに轟かせ、地を割る衝撃と目を覆わんばかりの火花をまき散らす。
 向かい合う両者の表情は二通り。余裕の笑みと、食いしばった焦燥の顔。
 前者がライダーで、後者がランサーのものだった。

「ふッ───!」

 防がれた右の正拳を軸に、中空にて身を翻したランサーの蹴りが側方よりライダーを襲う。
 前方に盾を張られたならば横合いから。そんな単純な理屈の元に放たれた蹴撃は狙い違わずライダーの首筋へと迫り、しかし無造作に上げられた左腕によって阻まれた。
 再度の激突、そして衝撃。ビリビリと肌を刺す音響は大気の壁を突き破ったことによる空気の悲鳴に他ならない。常軌を逸する域の打撃を受けてなお、ライダーの笑みは健在。そしてランサーは自身の失態に事ここに至ってようやく気付く。
 蹴りを防いだ左とは真逆の位置から、ライダーの右腕が伸びて指先の照準をランサーへと合わせる。打撃と蹴りの二撃を正真正銘の渾身で繰り出したランサーは、それ故に未だ硬直が解けず焦燥の色を更に強める。
 ライダーの指先から放たれた無数の弾糸を、身を捻ることで無理やりに回避する。元々崩れかけていた体勢が更に不自然なものとなるが構いはしない。狙いのそれた弾糸が頬を掠め、飛び散った血飛沫が嫌にゆっくりと後ろへ流れて行った。

「フフフッ、よく躱すもんだ。だがいつまで持つかな?」

 声に目を向けてみれば、そこにあったのは断頭刃の如く振り下ろされるライダーの脚。糸によって斬撃効果を付属されたそれは、受ければ例えランサーであっても無事ではすまないと直感で悟る。
 故に選択は回避一択。とうの昔に崩れ去った体勢で為し得ることではなく、当然のように肩口を切り裂かれ過去最大級の鮮血が宙に舞う。
 しかし致命傷を受けることだけは避けた。霊核さえ無事ならば、勇者である自分はそう簡単にやられることはない。地に転がることで衝撃を分散し、踏みしめた脚に力を込めて再度の突撃を敢行する。

「いつまでだって持たせてみせる! 私は絶対に諦めない!」
「威勢のいいガキだ。だが実際に遂行できなきゃ負け犬の遠吠えでしかねェ」

 ぶつかり合う拳と糸のせめぎ合いを挟んで、二人の視線が交錯する。
 戦闘開始より既に五分。交わされる攻撃の応酬は互いに対等なれど、勝負の流れは徐々にランサー側の不利となって形に現れ始めている。

 本来、彼らの有する力にさほど隔絶した差というものは存在しない。拳と糸。生命力と耐久力。各々に持ち味とも称せる特徴の違いこそあれど、相性の好悪として現れるほどではなく、絶対値としての力量もほぼ均等。それ故に今の拮抗状態があるのだが、ならば何故ランサー側が徐々に押され始めているのか。
 積み上げた経験か。宝具のスキル発動の差か。いいや違う。
 そこに立ちはだかった違いとは、【マスターを護る必要があるかどうか】という、決して無視することはできず決して個人では埋めることができない要因だった。

 ランサー───結城友奈のマスターは屍食鬼の呼び名の通り、今や人外に身を窶した成れの果てとも言うべき存在だ。
 しかも最悪なことに、彼女は一切の理性を失ってしまっている。市井の娯楽作品に登場するゾンビのように、ふらふらと歩き出ては無差別に人を襲うだけの白痴。当然だが友奈の言葉など欠片ほども理解できていない。
 生前であったならば、佐倉慈という名を持った聡明で理知的な女性であったのだが───そんなことは今更言及したところで詮無きことだろう。
 そして屍食鬼は理性がない故に、サーヴァント同士の戦闘が起ころうが逃げ出すということをしない。身を守ることも、何かしらの対策を打ち出すこともない。
 加えて歯痒いことに、彼女を守るべき友奈は他者を守るのに適した技能を有さない。殴り蹴りつけることだけが能であるためにマスターを守りながら戦うことに不慣れだという、他者を想い戦う彼女の性格を鑑みればこれ以上なく皮肉な結果となっているのだ。


 ならば、ライダー───ドンキホーテ・ドフラミンゴとそのマスターはどうだろうか。
 彼のマスター、乱藤四郎は刀剣男士だ。付喪神という神の末席に名を連ねる存在であり、サーヴァントに及ばないとはいえその戦闘能力は協力無比。聖杯戦争のマスターとしては、おそらくこれ以上はないほどの強さを身に宿している。
 そんな彼は当然だが蓄積された経験と技量も一線級である。群がる屍食鬼を蹴散らし、ドフラミンゴたちの戦闘の余波が及ばない地点まで既に退避済みだ。
 しかも友奈にとっては間が悪いことに、ドフラミンゴの能力は他者防衛にも適した資質を示すものなのだ。
 イトイトの実の能力は自身の肉体のみならず、周囲の地面や建築物さえも支配下に置いて糸化させることが可能である。当然、退避した藤四郎の周囲にも彼の身を守る糸の防御が張り巡らされているはずだ。
 現状の友奈は攻撃の狙いをドフラミンゴ一人に集中させているが、仮にマスター狙いに切り替えたとしても苦戦は免れなかっただろう。それほどまでに、ドフラミンゴの糸は応用性が高い。
 その技能は、他者など踏み台か食い物としか思っていないドフラミンゴの性格とはまるで真逆であるが……しかしそんな性質の違いは明確な有利不利となって戦場に具現する。

 マスターを守りたいと願い、マスターを庇いながら戦う友奈の行動は、これ以上ない足枷となって彼女を縛る。
 片手間でマスターを守り、相手マスターを狙うことも忘れないドフラミンゴはこの戦闘に限って言えば圧倒的な有利を手にしている。

 そして、それはすぐに目に見える結果となって現れた。

「───ァグッ……!」

 乱射される弾糸を弾き、いなし、躱す友奈に、更にそれを掻い潜って近接したドフラミンゴの蹴りが直撃する。
 屈強な膝が友奈の腹部に深々と突き刺さり、くの字に折れ曲がった体が弾丸もかくやという速度で後方へと吹き飛ばされる。
 紛うことなきクリーンヒット。砕かれたコンクリ壁の残骸に塗れながら、ダメージに身を震わせながら、しかし友奈は立ち上がろうと足掻く。痛みに歯を食いしばり、それでも尚と不屈の闘志を胸に抱いて。
 それに相対するドフラミンゴは、変わらず破顔。余裕の笑みは微塵も崩れてはいない。

「ほォ、中々気骨のあるガキだ。気に入った。
 それでこそおれの"仲間として"傘下に加える価値があるってもんだ」

 ───仲間じゃなくて、駒でしょ……ッ!

 地に膝ついて苦痛に喘ぐ友奈は、ただ言葉もなく睨むのみだ。
 彼女とて人理にその名を刻む英霊の端くれ。決して愚鈍な人物ではなく、故に眼前の男が何を考えているかなど分かりやす過ぎるほどに承知していた。
 気骨? この程度跳ね返せないようで、英霊など名乗れるはずもない。
 仲間? この男は他人など道具としか思ってないだろう。
 何を今さら白々しい。つまり、こいつは───

「おォッと、そこまでにしてもらおうか。つまらねェ茶番はもうお終いだ。
 そら、そっち見てみろ」

 猛る激情のままに拳を叩き込もうと立ち上がる友奈を、しかし含み笑いを込めた制止で押し留める。
 顎で指し示す方向を、友奈もまた警戒と共に振り返り。
 そして、今度こそ言葉を失った。

「……マスター!」

 それはこの戦闘ではついぞ発しなかった悲痛な叫びで。
 それだけに、この少女がどれだけマスター想いのサーヴァントであるかという証明でもあった。

 視線の先、友奈の視界に飛び込んできたものは。
 不自然なほどに棒立ちのマスターと、その首筋に刃を突きつける少年の姿だった。





   ▼  ▼  ▼





『乱、お前に仕事をくれてやる』

 その念話が入ったのは、戦闘が開始されて数分ほど経った頃だったか。
 未だ群がる屍食鬼を斬り伏せ、常人ならば数度は死んでいる状況において尚無傷のまま斬り抜けた彼は、しかしその胸中に拭いがたい無力感を燻らせていた。
 何故なら自分は、サーヴァントに何もできない。
 己がサーヴァントと少女の戦いは、彼をして異次元と称せる領域に存在した。分析どころか視認すら不可能。自分が敵手としてあの場に立てば、当然碌に反応もできないまま肉体を血煙と散らしていたことだろう。
 サーヴァントに伍することができないならば、狙うべきは当然マスターのほうになってくるが……目下標的となるピンク髪の屍食鬼は、少女のサーヴァントが近づけさせないよう巧みに立ち回っているせいで近接することができない。
 故に今の自分にできることは何一つとして存在せず、ただでさえ邪知暴虐のライダーに何もできない無様さを噛みしめていた乱にとっては情けなさ此処に極まれりといった心境であったのだが。

『……それは』
『できないとは言わせねェ。その程度、お前にとっちゃそう難しい話でもないはずだ』

 説明された"仕事"の内容を聞き届けた乱は、それが必要なことと分かった上で苦虫を噛み潰した渋面を作る。
 そうだ、自分に宛がわれたサーヴァントは悪辣の極みのような悪漢だ。理屈では彼の行動が最善手であることは承知しているし、それを容認しているのも自分だが、それでも気に入らないという感情を完全に無くすことなどできはしない。
 それに何より、この態度だ。
 全てを見透かして自分の思う通りに転がすその手腕。天に立つ己と比べれば所詮貴様ら地を這いずる塵だろうと見下して止まない不遜。ドンキホーテ・ドフラミンゴという男を構成する全てが、乱は気に入らなかった。

 とはいえ、その屈辱に耐えてでも成し遂げなければならない悲願があるのも事実。そしてドフラミンゴの命令が正しいことも事実。
 ならば拒否する道理はなく、ドフラミンゴと何より自分自身に向けた怒りを押し殺しながら乱は行動へと移る。

 未だ継続する戦闘を見極め、ドフラミンゴの言う"好機"が来るのを待つ。目に見えぬ高速戦闘を俯瞰し、そこに穿たれた隙間ができるのを、ただじっと待ち続ける。
 周囲に屍食鬼はもういない。無論自身の周囲全てに気を張り巡らせながら、しかし本命は少女のサーヴァントの挙動にこそある。集中、集中、視線は決して逸らさない。
 そして。
 大して時間かからぬ内に、その機会は訪れた。


「……!」

 ドフラミンゴの蹴りが少女へと直撃し、後方のコンクリ壁ごと砕きながら粉塵の中へと姿を消した。
 そして当然―――それは彼女の注意が乱から逸れることと同義でもある。

 瞬間、乱は溜めこんだ力を爆発させるように一気に駆け出し、目標たる屍食鬼のマスターへと接近する。
 ただ生者を貪るだけの生死人は、しかし駆け寄る乱を前に動かない……いいや、"動けない"と言ったほうが正しいか。
 20mほどの距離を2秒とかからず踏破して、抜き放った短刀を屍食鬼の首筋へと突きつける。
 ドフラミンゴが作り出した僅か数秒の隙を、見事についた。これがその結果である。

「フッフッフッ、やればできるじゃねェか乱。そうだ、それでいい」

 愉快気に嗤うドフラミンゴの賞賛に、しかし乱の気は晴れない。
 何がやればできる、だ。例え今自分が失敗したとしても、結果は何も変わらなかっただろうに。
 蹴りと同時に放った一本の糸、不可視のそれが屍食鬼の後頭部へと潜り込んだその瞬間に、既に勝負は決していたのだ。
 駆け寄る乱を前に彼女が"動けなかった"理由はそれだ。寄生糸と呼ばれる他者操作の糸。生者とは勝手が違うのか操作の精度は極めて劣悪だったようだが、行動を停止させる程度のことは可能だったらしい。
 粉塵が散らされた視界の先で、必死の形相をした少女がこちらを見つめ何かを叫んでいるのが聞こえる。
 その表情、その感情、その無力。全てが乱にとっては既知のもので。
 ああつまり、守れなかったと言わんばかりのあの姿は、まさしく過去の自分そのものであるように見えたのだ。

「さァて、これを見りゃあもう何も言わなくても分かるな?
 この勝負、お前の負けだ。敗者は黙して勝者に従うのみ。そのくらいの理屈なら、物わかりの悪いお前でも理解できるだろう?」
「……ッ!」
「とはいえだんまりのままじゃあ話は進まねェ。なに、おれは別にお前らを潰したいとか思ってるわけじゃあない。
 さっきも言っただろう、おれ達で手を組まないか? お前らは身の安全を確保できる。おれはお前らを利用できる"立場"がある。お互い悪い話じゃねェ」


 双方の利を重んじるような口ぶりで、しかし骨の髄まで利用し尽くしてやると言外に滲ませながら提案は続く。
 どこまでも尊大に、世界は己に跪いて然るべきだと心の底から信仰しているように。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴの"提案"は、拒否を許さない重圧と共に友奈へと差し向けられて。

 選択の余地を失ってしまった少女は、ただ一言返すだけで精一杯であった。

「あなたは……」
「うん?」
「あなたは、自分なら何をやってもいいと思ってるんですか」
「フッフッフッ、何を言うかと思えば、当然だ。
 いや、より厳密に言うなら、おれがどうこうではなく"お前らが何されても文句は言えねェ"ってほうが正しい」

 そこで一瞬、言葉を切って。

「力のない奴は死に方すらも選べねェ。そして勿論、死んだ後でもだ」

 そこ返答に、友奈は共感も納得もまるで出来なかったけれど。
 それでも、今この場において自分に為せる全ての抵抗は意味を失ったのだと悟った。


 ───勇者部五箇条、そのひとつ。
 ───その日、諦めることを知らないはずの勇者は、たったひとつを諦めた。


【D-3/路地裏/1日目 午前】


【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]三画
[状態]疲労(小)、魔力消費(小)
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]割と多め
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
1:魂喰いを進んで命じるつもりはないが、襲ってくる相手と聖杯戦争の関係者には容赦しない。
2:ランサーを利用して聖杯戦争を有利に進める……けれど、彼女の姿に思うところもある。
[備考]


【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]現在は持ってきていない。総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。
2:『新市長』に興味がある
[備考]



【佐倉慈@がっこうぐらし!】
[令呪]三画
[状態]理性喪失、魔力消費(中)、寄生糸による行動権の剥奪
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
※慈に咬まれた人間は、マスター、NPCの区別なく彼女と同じ状態になります。
※彼女に咬まれて変容した者に咬まれた場合も同様です。


【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]迷い、ダメージ(中)
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
1:ライダーは信用できない。けど……
2:マスターを止めたい。けれど、でも――
[備考]


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ランサー(結城友奈)

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