「だから───ねえ、きみは誰?」

 ぴしり、という、何か硬質のものが罅割れたような音が聞こえた。
 無論、ガラスか何かが砕けたわけではない。聴覚で捉えた音というにはどこか曖昧で、目に見える範囲ではガラスも何も砕け落ちてはいない。
 ならばこれは幻聴なのだろうか。いいや違うと、直樹美紀は空白的な一瞬の忘我から立ち直り思考する。
 確かに今、自分は何かが変質した音を聞いた。正体は分からない、何物か。恐らく物質的な音響ではないのだと、直感ではあるが当たりをつける。

 美紀は沈黙を保ったまま、じりと体勢をたわませ視線を叩き付ける。明らかに歓迎されていないといった風体の美紀を前に、しかし眼前の少年は全く動じていない。
 互いに言葉はなかった。最大限に警戒する少女と、自然体のまま相対する少年。老朽化により崩れた天井からは木漏れ日が差し込み、あたりは朝の陽気に包まれている。
 それはまるで、どこまでも恍けた様子の少年にこそ相応しい情景だったのかもしれない。少なくとも、敵意と殺意を剥き出しに前斜体勢を取る美紀に、この暖かな陽だまりは、到底似合うはずもなかった。

「……そんなの、今さら尋ねることでもないでしょ」

 散々に迷って、返したのはそんなありふれた言葉だった。
 問い返さなくとも、少年の正体など当の昔に悟っている。こんな寂れた廃墟に、わざわざ出向くような奇矯な人間が多くいるはずもない。何より、美紀の背後に控えるバーサーカーが、明らかに殺気立っているのが背中越しにも感じられるのだ。
 だから油断はしないし懐柔なんてされてやらないと、努めて気を強く持つよう自己暗示している。何より、自分はついさっき、他ならぬこの少年に"何か"をされたのだから。

 そう、それは眼前の少年が微笑みかけると共に投げかけた、とある問いを聞いた瞬間に。
 自分は誰だという、聖杯戦争の参加者としては質問にすらなっていない問いかけを認識したその瞬間に。
 自分の中の何かが罅割れる音を。自分の思考が"自分のものではなくなる"ような感触を。
 美紀は確かに、感じることができてしまったから。

 背後のバーサーカーを顕現させ、睨む。相手の意図がどうであろうと、こちらに譲歩や撤退の文字はない。

「そうかな。僕としては少し話しておきたいこともあったんだけど」

 叩きつけられる殺意の嵐。空間さえ歪んでいるのではないかと錯覚するほどの魔性の圧。
 比喩ではなく大気が振動するほどの鬼気を一身に浴びせられてなお、少年の不動は揺るがない。声には恐れも焦りも、一切が感じられない。
 だけど一つだけ、変化した部分があった。それは、顔。
 絶やすことなく浮かべられていた笑みが、すっと抜け落ちたように消えてなくなっていた。今や少年の表情は能面のように無機質なものとなっている。
 なまじ端正な顔つき故に、それが怒りや敵意に満ちた時は並み以上の圧力を発する。まして向けられるのが一片の曇りもない殺意ともなれば、およそ常人がたじろぐほどの暴力と成り果てるのだ。

 無意識に後ずさる美紀を前に、少年の傍らから黒い影が伸びるように人型を形作った。
 現れたのは長身痩躯の男の姿。纏う軍服は旧ナチスのものだろうか、首から黒金の長布をはためかせるその威容は、一言"鋼"。
 一部の隙もない鋼鉄で編まれたかのような男だった。巌が如き面で静かにこちらを見たというただそれだけで、およそ理性と称せるものが消え失せているはずのバーサーカーですら気勢を削がれるほどの、それは爆縮された戦意の集合体。
 条理を完全に逸脱した、人の形をした戦鬼の姿がそこにはあった。

「……ッ!」

 決して挫けてはならぬと、願いと戦意を糧に支える精神が、しかし脆くも崩れる寸前にあった。
 それほどまでに、眼前のサーヴァントが発する存在圧は強大だった。強固、あるいは重厚。身に纏わりつく大気が鉛の質量で以て自分を押しつぶすような感覚さえ覚えて、それでも美紀は恐怖で鈍麻する思考を現状出来得る限り最大限で働かせる。
 黒のサーヴァント……視認できるステータスはバーサーカーとほぼ同等、魔力と幸運ではこちらに分がある相手だ。スキルや宝具次第ではあるが、ある程度ならば互角以上に戦えると言っていいだろう。
 つまり、勝算は十分にある。ならば退く理由はなく、聖杯獲得を目指す以上はここで叩き潰さねばならない相手であることに疑いはなかった。

「そう、僕たちと戦うつもりなんだね」

 少年が発する言葉すら、最早耳には届いていない。
 軋む視界と霞んでいく思考を瀬戸際で食いとめながら、それでも美紀は命を下す。
 すなわち───

「殺して、バーサーカー!」

 眼前の敵を撃滅せよという、狂戦士にとって唯一至高の行動選択。
 声にはならない叫びを響かせながら、バーサーカー───アンガ・ファンダージは、黒のサーヴァントに数倍する巨躯を銃砲火器の如く突撃させたのだった。





   ▼  ▼  ▼




「それじゃあ任せたよ、ライダー」

 言うが早いか、少年───みなとは金色の杖を片手に跳躍、そのまま上方へと垂直飛行を果たす。
 反瞬にも満たない僅かな時間で崩れた天井を突っ切ると、断面を晒すガラスの縁に軽やかに着地する。
 みなとはマスターとしては破格の存在だ。その身に有する魔力は膨大の一言に尽き、現状は多少の制約こそあれど、宿す魔力を十全に扱うことなど造作もない。
 それでも、サーヴァントという暴威に立ち向かえるほど、彼は常識外の存在ではない。マスターはあくまでマスター。サーヴァントの相手は同じサーヴァントに任せるのがセオリーであり、故に彼は戦闘開始の合図と共に一目散に退避したのだ。

「……とはいえ、これはちょっと拙いかな」

 軽い嘆息をひとつ、みなとは手にした杖を下げ、眼下の光景を見下ろした。
 そこはまさしく異界だった。寂れた植物園だった場所は、空間が捲れるようにその景色を一変させ、今や紫に染まる不毛の大地と化していた。
 異形のバーサーカーを中心に急速に変質していく世界。既に朝の木漏れ日などその存在を抹消され、暗闇に翳る異界の大地が広がっていく。恐らくは環境改変のスキルか。拙いと危惧する所以はまさしくそれのことで、世界を塗りつぶす力はライダーに聞く"覇道"のそれとも酷似していた。
 そしてそれだけではない。地上はおろか、みなとがいる高所より更に上、天上までもが異界の侵食に晒されているのだ。
 快晴だった空は鳴りを潜め、異常気流が地上にまで押し寄せみなとの体を容赦なく打ち据える。未だ直立姿勢を保ってはいられるものの、徐々に圧力を増す気流を鑑みれば、そう遠くないうちに並大抵のものでは身動きが取れないほどの乱気流に見舞われることは自明の理であるだろう。
 故に、みなとはこの戦場に手を出すことはできない。荒れ狂う魔瘴の嵐に囲まれて、そこは既に第一線級の死地と化していた。

「■■■■■■■■■■■■■■■―――ッ!!」

 乱気流の中心、紫影の中央に坐する狂戦士は異形の咆哮と共に八つの球体を射出する。
 ビットのようなそれは、まさしく外見を裏切ることのない生体武装だ。高密度の魔力オーラを纏ったそれは高速で飛行、旋回すると同時にライダーへと殺到。光学的なレーザーを放ち、あるいは自身が突貫することにより攻撃を仕掛けてくる。
 その動きは最早、常人の目には影も映るまい。辛うじて聞こえてくる爆裂音が、ビットの動きが音速を遥か超越したものであるという事実を示している。レーザーが放たれるごとに大地は深く抉れ、熱量に耐えきれず地表が硝子化して砕け散る。

 凄まじいまでの並列操作能力。ならば操作主の常として、ビットの主たるバーサーカーは単なる木偶と化しているのであろうか。
 違う、そんな都合のいい事実など何処にも存在はしない。いいやむしろ、この場合においてはバーサーカーこそが最大の脅威であるだろう。人の身長ほどの太さを持つ双腕からは、長大なレーザーソードが現出し縦横無尽に空間を断割している。
 輝く双刀が空間に乱舞する様は例えて舞踏。それも、触れればただで済むことはない、万象焼き尽くし切断する死の舞踏だ。
 四方八方に駆け回るビットを縫うように放たれる斬撃は、既に凡百の英霊ですらも視認することは叶わない域に達していた。単に空間に残留する無数の光の線としか、余人の目には映らないであろうことは明白である。

 地盤ごと押し砕いて暴れ狂うその姿は、まさしく狂獣。光の剣閃がひとつ奔る度、そこを中心に蜘蛛の巣状の亀裂が大地に刻まれる。
 ただひたすらに強く、強く、どこまでも無尽に強大な様は狂戦士の名に相応しい。巻き上がる巨大な瓦礫を吹き散らし、アンガ・ファンダージは破壊の限りを尽くしていた。

 ならばこそ疑問がひとつ。それだけ巨大な力を手にしながら、何故彼は未だに破壊を止めようとしないのか。
 並みの英霊ならば即死、そうでなくとも一撃の度に十度は死ねるだろうこの惨状において、もはや決着などとうの昔に付いているだろうに。
 彼は破壊を止めない。力の尽きるまでその剣を振るい続ける。死ね、死ね、疾く死に絶えろと怨嗟の咆哮を轟かせながら致死の傷跡を刻み続ける。

 何故? そんなことは決まっている。
 アンガ・ファンダージの暴威が渦巻く中心、破壊と惨禍がまさに入り乱れる死の空間において。
 黒のサーヴァント───マキナと呼ばれる黒騎士は未だ膝をついてはいないのだから。

「―――」

 激烈の殺意を放出するアンガ・ファンダージとは裏腹に、マキナはどこまでも静謐の佇まいだった。
 ビットも、レーザーも、剣舞も、事ここに至る瞬間まで何一つ彼の肉体を捉えることはできていない。紙一重の回避を以て、あるいはその鉄拳で弾き飛ばして、迫りくる死の舞踏の一切をマキナはいとも容易く振り落していた。
 その所業、熟達という言葉すら生温く、絶技の名を冠して余りある異常事態であることは誰の目にも明らかだ。戦闘技能、戦術眼、技量に経験に勘の良さ。その全てが常軌を逸して高すぎる。秘境において千年の研鑽を積み重ねた剣聖ですら、この業を前にしては児戯と霞んでしまうだろう。
 マキナの動きはファンダージと比べて決して速いものではない。その拳は超常の域には十二分に達してはいるものの、サーヴァントとしては特別目を見張る等級というわけではない。にも関わらず十の攻撃を一の動作で跳ね返し、百の乱舞を十の迎撃で打ち落とすその魔業は一体何であるのか。
 仮にこの戦闘を認識できる者がいたならば、アンガ・ファンダージというバーサーカーではなく、マキナの手繰る拳技にこそ狂気を感じ入ったことだろう。それほどまでに、この男の修練の密度は狂的であった。どれほどの渇望をその身に秘め、どれほどの執念で鍛え上げればそうなるのか。最早凡夫ではその底を推し量ることさえできはしない。

 猛り狂う闘争の渦の只中にありながら、しかしマキナの歩みはいっそ不自然なほどに遅かった。疾走ではなく、正しく"歩み"。鳴り響く軍靴の音は、鋼鉄の質量を以てアンガ・ファンダージへと接近していく。
 一歩、一歩と踏みしめるように。巻き起こる剣閃の波濤をそよ風と受け流しながらマキナの進軍は止まらない。尚も密度を増していく怒涛の大瀑布すら、その歩みを止めることは叶わない。
 両者の相対距離が徐々に削られていく。閃光が激突する轟音すら聞こえないと錯覚するほどの静謐さで、モーゼの十戒が如く暴威の嵐を真っ向切り拓いていく。

 そして、手を伸ばせば触れられるほどに、両者の間合いが縮まって。

「───ッ!」

 その時初めて、マキナは戦闘態勢を取り。
 瞬間、世界が激震した。

 地を踏み割る震脚が打たれ、今までファンダージが刻んできた傷跡に倍する範囲が、一瞬にして微塵と化した。
 放たれた拳はたったの一度。舞い上がる砂塵を貫いて、振り抜かれた拳が叩き込まれる。インパクトに付随して極大の衝撃波が発生し、半秒ほどの静寂の後にファンダージの背を貫通して一直線上の悉くを破壊する。
 それはただ相手を殴って壊すという、何ら工夫も特殊性も介在しない純然たる暴力の究極系。原初の闘争に立ち返ったその一撃は、もはや冗談でしかない重量差さえも容易に覆す。

 アンガ・ファンダージの巨躯が、あらゆる動作を停止させて崩れ落ちた。両腕の光剣は立ち消え、浮遊するビットは悉く地に落ちる。
 純白のドレスのような外装は砂塊が崩壊するように細かな粒子となって流れ落ち、後に残ったのは下腹部に存在した巨大なコアだけ。
 それすら、一切の光を失って黒く澱んだ表面を晒すのみ。何の抵抗もできず、何の反撃もできず、ただ無為に落ちた残骸は、いずれ本体と共に消え行く運命にあるだろう。
 舞い散るガラス片が陽光を反射して燦然と煌めく。決着は植物園そのものが崩壊する音と共についたのだった。

「終わったみたいだねライダー。我儘を言うなら、できればこの場所は壊さないで欲しかったんだけどね」
「……要らん拘りなど捨てておけ」

 滑るように降りてくるみなとに、この時初めてマキナは口を開いた。その威容と寸分違わず、声すらも鉄で出来ているのではないかと思える重さだった。
 主の漏らす不満を一蹴し、徹底して理を優先する様はまさしく鋼鉄機械。ただひとつの目的のために拳を振るい、あらゆる敵を打ち砕いていく様は、まるで巨大なティーガー戦車の如し。
 故にこそ、彼ら主従は相反する二つの滅びへと向けて進撃するのだろう。聖杯を目指し、怨敵の殲滅を目指し、他の全てを切り捨てて。

「さて、確かサーヴァントを失ったマスターは長くここにいられないってことだったけど」

 涼やかな顔つきのまま目線を横にずらすみなとの先には、今にも駆け出し逃げようとする少女の姿があった。
 既にバーサーカーの手による異常気象は鳴りを潜めている。遮蔽物の喪失と合わせ、良好となった視界に彼女の隠れる場所などなかった。

「念には念を、だね。それにまだ聞きたいこともある」

 呟くみなとの前方に、可視化された魔力が凝縮していく。振られた腕から放たれた魔力弾は放物線を描いて美紀の体を追い越し、前方地面へと着弾。小規模の爆発を起こす。
 響く轟音と爆風に、美紀の体は駆けだすエネルギーをそのまま跳ね返されたかのように後ろへと吹っ飛び、受け身を取ることも許されないまま地面に叩きつけられた。

「つ、ぅあ……!」
「きみの名前は……ああ、もう聞く必要はないかな。きみだって分かるだろう?」

 うつ伏せに咳き込み美紀を、みなとは睥睨して言葉を紡いだ。その言葉が示す意味は、誰の目にも明らかだった。
 美紀の使役するバーサーカーは倒された。美紀とてそれを目撃し、勝てないと踏んだからこそ逃走へと移行したのだ。結果としてはこうして倒れ伏すことになってはいるものの、即座に状況を判断して最善の行動を取れるあたり、この少女は決して馬鹿ではない。
 ならばこそ、現状をこれ以上なく正しく理解しているはずだ。サーヴァントを失ったマスターは半日ほどでその存在を失ってしまう。彼女にこれ以上の戦いは不要であり、故に抵抗もまた無意味であるのだと。

「きみは負けた。別に勝利を誇るつもりはないけど、これは厳然たる事実だ。そしてサーヴァントを失ったきみに未来はない。
 だから最後に"お願い"だ。きみが今まで持ち合わせた情報を、僕に教えてはくれないかい?」

 薄く笑みさえ浮かべて尋ねるみなと。当然だが、お願いなどというのは言葉だけであり、実質は尋問のそれであることは最早言うまでもなかった。
 無論、嘘を吐かれるという可能性だって十分に考慮している。しかし生死の瀬戸際にあって、逃げ場もなく相手側にはこちらを殺せる手段があるという状況下で、歴戦の戦士ならばともかく市井の女生徒が強かに立ち回れるかと言えば、それは否だとみなとは考えていた。
 これはエンジンのかけら集めなどとは違う、本物の殺し合いだ。ならば持ちえる戦力を失ってしまえば正常な判断もつかなくなるだろうと。そう考えたこと自体は決して間違いではなかったのだろう。

 彼の不運を挙げるとすれば、それは四つ存在する。
 一つは、彼自身殺し合いの経験などなかったということ。
 二つに、その境遇から来る対人経験の少なさ。それ故に眼前の少女の考えを読み違えてしまったこと。
 三つに、直樹美紀という少女は、聖杯戦争とはベクトルこそ違えど最低の地獄に身を置いていたのだということ。
 そして、第四に───

「……そんなの、私が答えるわけない」

 言葉と同時に、みなとの背後から巻き起こる魔力嵐。
 ここで彼らの対応の差が現れた。マキナは魔力の発生源───打ち捨てられたコアへと足を向け。
 みなとはほんの一瞬、美紀から注意を逸らし。
 美紀はその隙をつき、脱兎の如く駆け出した。

 みなとが犯した不運の四つ目。それは、バーサーカーの特性を見誤ったこと。
 アンガ・ファンダージが有する宝具とは、すなわち復活。一度倒された瞬間に発動し、あらゆる損傷を治癒し全快するという戦闘続行の究極。
 吠え猛るファンダージを中心に再度の環境変化が発生。急速に塗りつぶされていく色彩が、破壊の咆哮と共に狂戦士の復活を如実に示していた。

「バーサーカー、足止めを!」
「っ、ライダー!」

 一瞬の判断の差が明暗を分けた。対応の遅れたみなとの魔手から美紀は逃れ、悪あがきに放たれた魔力弾はあらぬ方向に飛んでいく。
 マキナはファンダージの相手をせざるを得なくなり、必然サーヴァント同士の戦闘に巻き込まれればみなととて満足に動くことは叶わない。
 この戦いは完全に美紀の負けだ。彼女とバーサーカーは黒のライダーには敵わなかった。みなとの飛行魔術を見る限りは走って逃走もまず不可能。
 ならば、せめて令呪を使う隙さえできれば。
 それだけで、少なくともこの場を凌ぐことができる───

「甘いぞ!」

 ───そんな小手先の戦術など、修羅道の戦鬼たる鋼の男には通じない。
 迎撃に放たれた拳は前回の内容をなぞるかのようにファンダージへと着弾、その巨躯をただの一撃で沈める。一度の敗死で獲得した拳への耐性すら、万物を貫通する機神の求道には何の抵抗にもならない。
 如何なサーヴァントであろうと、如何な令呪であろうと、死に絶えるこの瞬間にマスターを抱えての逃走などできはしまい。

「───令呪二画で命じる」

 だが。
 だが、ことアンガ・ファンダージというサーヴァントならば。

「バーサーカー!」

 不可能であるという、その条理を覆すことも可能である。

 みなとが我を取り戻した瞬間には、美紀はおろか、バーサーカーの姿さえも何処にもなかった。
 辺りには、打ち砕かれた戦闘の残り香だけが、陽光に照らされた瓦礫と共に残されるだけだった。





   ▼  ▼  ▼





「逃げられた、か」

 右手に持った杖を下げ、みなとはさして残念でもなさそうに呟いた。
 逃がしてしまった、それは事実だ。一瞬の機転で絶体絶命の危機を逃れた少女については素直に賞賛するし、次こそはという気持ちもある。不甲斐ない我が身を恥じ、もうこのような失態を演じることはすまいという自戒の気持ちもある。
 けれど、彼女を逃してしまったということそれ自体は、別段気にしてはいなかった。

 少女の手繰るバーサーカーは、相性という面では自分のライダーとは最悪と言っていいだろう。
 能力値、技量、そして両者のスキル・宝具の相性。それらを鑑みて、よほどの不覚を取らない限りは、再度戦闘に陥っても十二分に勝てると断言できる。
 真価を発揮したライダーに、防御や耐性といった手段は一切意味を為さない。そして、復活という至上の継戦能力も、また。

「仕方ないな。でも、次はこうはいかない。
 次に出会ったら、ライダー。その時はきみの宝具(・・)で確実に仕留めよう」

 ……先の戦闘において、ライダーはその象徴たる死の宝具を発動してはいなかった。手の内の全てを曝け出したであろうあちらとは、持ち得る手札の数が違う。
 油断はしないが、必要以上の警戒もしない。あれは自分たちならば間違いなく勝てる相手であると自負している。如何な敵が相手だろうと、鋼の求道に曇りはない。

 先ほどまで少女がいた場所を一瞬だけ目配せし、みなとは踵を返し振り返ることなくその場を立ち去る。
 その目に、迷いや躊躇など微塵も含まれてはいなかった。


【D-2/廃植物園跡地/1日目 午前】

【みなと@放課後のプレアデス】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(極少)
[装備]金色の杖
[道具]
[所持金]不明(詳細は後続の書き手に任せます)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の奇跡を用い、自らの存在を世界から消し去る。
0:どこか休まる場所を探したい。
1:聖杯を得るために戦う。
2:次に異形のバーサーカーと出会うことがあれば、ライダーの宝具で以て撃滅する。
[備考]



【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae】
[状態]健康
[装備]機神・鋼化英雄
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得を目指す。
1:終焉のために拳を振るう。
[備考]

  • 一日目 午前の段階でD-2廃植物園が崩壊しました。周辺の地形も大分崩壊してます。





   ▼  ▼  ▼





「ぐ、あづっ、ハァ、ハッ……」

 戦場となった廃植物園より北方、市街地にて。
 這う這うの体で逃げ延びた直樹美紀は、地面に放り出されると同時、激しく咳き込み倒れ込んだ。
 肉体に圧し掛かる疲労以上に、急速に失われつつある魔力が、その身を蝕んでいた。胸に去来するのは言い知れぬ激痛、活力という活力が外部に吸い込まれていくような感触に、痛みに慣れたと思っていた美紀でさえも痛苦の呻きを漏らさずにはいられない。
 激しく胸を掻き毟り、顔面は食いしばった形相で最早見れたものではないだろう。しかし今の彼女にそんなことを気にする余裕などなく、人目につかない裏路地で散々に悶え苦しんでいた。

 数分か、数十分か。どれだけの時間が過ぎたかは知らないが、美紀のあげる苦痛の声が、にわかに嵩を減らしていった。荒い呼吸で身を起こし、手を付いたまま顔を上げる。脂汗と汚泥に塗れたその顔は、しかし拭えぬ決意に双眸を輝かせていた。

「……逃げ、ないと」

 うわごとのように呟いたそれは、今の彼女を支配する唯一の感情だった。この場より逃げるのだという、それだけが朦朧とする意識を支えるただひとつの意思であった。

 彼女があの危機的状況から逃れることができた理由。それは単に、ファンダージが復活の宝具を持っていたという、ただそれだけの話だ。
 本来、かの宝具は一日につき一度しか発動することはできない。しかし、それはあくまで「原則」の話である。
 令呪とはサーヴァントへの強制命令権であると同時に、その限界さえも超越するブースト効果でもある。それを用いれば、限界速度を越えての移動も、空間転移も、まして宝具の強化とて可能なのだ。
 ならば、ファンダージに架せられた一日一度という制約さえも。
 令呪の補助を以てすれば、捻じ曲げることも可能である。

 令呪一画にて宝具の発動を、もう一画にて逃走を。一度に二画もの令呪を失うのは痛手だが、命を失うよりはよほどマシだった。

「どこか、人のいない場所……逃げ、ないと」

 ふらふらと、美紀は夢遊病者のような危うげな足取りでその場を立ち去った。霊体化して侍るバーサーカーは、その姿に何を言うこともない。
 だが彼女は気付いただろうか。疲労以上に、損傷以上に、その身を蝕む何かがあるということを。

 ───桃の煙に揺蕩う瞳がその背を射抜いていることを、ついぞ彼女が知ることはなかった。


【C-2/裏路地/1日目 午前】

【直樹美紀@がっこうぐらし!】
[令呪]一画
[状態]?????、疲労(大)、魔力消費(極大)、精神疲労(大)、体のあちこちに打撲と擦過傷。
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]無いに等しい
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れ、世界を救う。
0:今は逃げる。それ以外考えられない
1:サーヴァントやマスターを倒すことには躊躇しない。
2:浮浪者狩りから何とかして逃れたいが、無闇矢鱈に人を殺したくはない。
[備考]


【バーサーカー(アンガ・ファンダージ)@ファンタシースターオンライン2 】
[状態]霊体化、宝具『進化する狂壊(アルティメット・クエスト)』発動済み。
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:?????
1:?????
[備考]
  • ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)との戦闘で、打撃への耐性を獲得しました。


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014:王の帰還 投下順 016:白狼戦線
時系列順

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006:幸福の在処 みなと 026:獣たちの哭く頃に
ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)
直樹美紀 018:狂乱する戦場(前編)
バーサーカー(アンガ・ファンダージ)

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