この聖杯戦争における安牌の戦術とは、つまり待ちの構えである。
 そんなことを、不肖14歳少女Aこと笹目ヤヤはぼんやりと思考していた。

 勿論彼女に聖杯戦争のイロハなんてないし、類似したイベントの経験なんて以ての外である。けれど、あくまで常識的に考えてみれば、この程度の結論など、それこそものの数分で到達できてしまう。
 大人数で勝敗を決するやり方は複数存在するが、今回のはいわば「バトルロワイアル」方式だ。一戦ごとに全力を尽くせばいいトーナメント式や、たった一度か二度全力を出して見初められればいいオーディション式とは違い、サバイバル要素も含んだ生き残りゲームである。
 しかも一つ場所に集まり顔を合わせてからよーいドン、などということもなく、この鎌倉市街地を舞台にした遭遇戦の様式を取っている以上は、それこそ多種多様な戦法を取れる余地が残されている。

 簡単に言ってしまえば、最初から暴れて弱ったところを狙われでもしたら本末転倒だし、逆に他の陣営がそうやって疲弊していくのを戦わずして傍観するのが得策なんだろうと、まあそういうことだ。
 幸いにして今のヤヤは身を隠すにはうってつけの身分というものを所有しているし、なんなら拠点としているホテルにずっと籠りっきりというのも選択肢としては十分アリなのである。

 そう、アリだったのだが。

「はあ……」

 物憂げな溜息を吐くヤヤがいるのは、拠点のホテルでも、まして他の隠れ家でもなかった。
 太陽が燦々と照りつける往来でトボトボと歩く様は、どう見ても活力溢れる年若い少女としては不釣り合いだった。肉体的にはどうと言うことはないのだが、精神的にちょっと参ってきている。
 隣を見れば、自分のサーヴァントであるライダーが、何が楽しいんだか鼻歌を歌いながらご機嫌に歩いている。お気楽な奴は人生楽しそうでいいわね、などと、ヤヤはほんの少しだけ心の中で毒を吐いた。

「どうしたのさマスター、そんな重ったい溜息なんか吐いちゃって」
「どうしたもこうしてもないでしょ……あんなのが傍にいたら、そりゃ気が滅入るっての」

 答えて再度溜息。思い返すのはここ数日ヤヤの頭を悩ませていたとある出来事。それは、彼女の滞在するホテルの窓からいっそ嫌なくらいまじまじと見ることのできる異常存在。
 遠目からでもはっきりと視認できるほどの存在感を放つ、それは黒鉄の巨大戦艦だった。
 由比ヶ浜沖に悠然と浮かぶそれは、材木座海岸すぐ近くにあるホテルから、それこそ嫌なくらいはっきり見ることができた。ネットでは大戦の亡霊が復活しただの宇宙戦艦がどうだのと好き放題騒がれていたが、自分には分かる。あれは間違いなく、サーヴァントが絡んだものだ。
 その威容、その威圧感。直視せずともぴりぴりと肌に感じられるそれは、最早一介の中学生であるヤヤに耐えられるようなものではなく、正直生きた心地がしなかったものだ。
 むしろ、数日とはいえその威圧に耐えて、かつちょっと憂鬱になる程度で済んだことは僥倖と言えるのかもしれない。無論、それはヤヤの精神が強靭ということではなく、初戦以外でサーヴァントと相対することがなかったために実感が湧かなかったという、それだけの理由ではあったが。

「あー、あれね。でも別になんかしてくるわけじゃないし、気にすることないと思うけどなー」
「そんなこと言ってられるのはアンタくらいだっての。ああもう、もしかしなくても私ってこの先あんなトンデモ連中と関わって行かなきゃなんないのよね……」
「だからあんまり気にすることないって。いざとなればボクのヒポグリフでこう、びゅーんって飛んで逃げればいいんだし?」
「……ねえ、なんでそんなウキウキ顔なのよ」
「え、だって格好良いじゃない、戦艦」
「うん分かった。もういいわ、アンタに真面目さを期待した私が馬鹿だった」

 えー、と頬を膨らませるライダーをよそ目にヤヤはそっぽを向いた。頬を膨らませたいのはむしろこちらの方だ。
 まあそんなわけで、空気を読まず居座り続ける戦艦から逃げるように、ヤヤはこうして街へと繰り出していた。できるだけ人目を避けたいという考えもあったが、部屋で一人あの気持ち悪い威圧感と戦うよりはずっといい。
 見渡した鎌倉の街は今日も人で賑わい、これでもかと言うくらいに活気で満たされている。そもそもアウトドア派かつ行動的なヤヤだ、ホテルに缶詰めというのは戦艦云々が無くとも息が詰まるような思いになっただろうことは想像に難くなく、気分転換のお出かけというのも悪くは無かった。

「……それにしても」
「んー?」
「なんというか、随分平和だなって思って。聖杯戦争なんてものが起こってて、海には軍艦が浮かんでて、市長は浮浪者狩りなんてやってて。他にもガス爆発とかゾンビがどうとか、正直どこのB級映画の盛り合わせよってくらいカオスになってるじゃない?
 そんななのに、なーんか妙なくらい街はいつも通りだなって」

 ヤヤの言うことは、なるほど確かに尤もなことだろう。今この街は、本来ならばこうして呑気に出歩くことさえ不可能なほどの混沌に沈んでいる。巷を賑わす屍食鬼は噂の域を出ないとはいえ、それ以外は全て現実に起こっていることなのだから。
 正体不明の軍艦、浮浪者狩り、多発するガス爆発、原因不明の地形破壊、活性化するヤクザ連中。どれか一つだけでも、外出厳禁なり避難指示なりが飛んでくるレベルの騒動だ。
 にも関わらず、実際はどうだ? 往来は人で埋め尽くされ、観光地として恥じない賑やかさを保っている。ここに来た初日よりは外国人などの姿は減ったようにも感じるが、それでも不自然なまでの人の多さは変わらない。
 なんというか、酷く浮かれているみたいだ。お祭り気分というか、諸々の物騒な出来事を全部何かのイベントとしか思っていないような。

「心配?」
「え、何よ突然」
「だから、心配なのかなーって。ここの人たちを戦いに巻き込んじゃうことがさ」
「それは……」

 ない、とは言い切れない。少なくとも、完全に否定はできない。
 笹目ヤヤは一般人だ。ほどほどに善良で、ほどほどに良識を持った、普通の女子中学生である。
 であるからして、たとえ顔も知らない他人であっても、人死には忌避すべきものだと認識しているし、それが自分の関わる事態が原因となるなら尚更だ。
 これが、世界の裏側のどこかの国で戦争が起こって……のようなものだったなら、少し不快に思ってそれで終わりであっただろうが。自分の行動次第でいくらでも回避できる災厄ならば、できる限り避けたいと思うのも当然だろう。
 そう、笹目ヤヤは善人である。善悪二元論で語るならば、確実に善の側に分類される人間ではある。
 だがそれは、彼女が滅私の精神を持った善の求道者であるということでは、ない。

 彼女は確かに、自分の行動で誰かを救えるならばそうするだろう。しかし今この場において対価としてベッドされるのは彼女自身の命なのだ。
 聖杯戦争。万能の願望器たる聖杯の奪い合い。端的に言ってしまえば、殺し合い。当人の意思を無視した拉致の果てとはいえ、彼女はそれに参加する身である。
 彼女は善人である。だがそれ以上に、彼女は普通の子供なのだ。当然、自分の命は惜しい。ここで何を宣言しようが、最後に優先するのは自分のことになるだろう。
 それを勝手なエゴであると、詰ることが誰にできようか。失いたくない命があって、帰りたいと願う居場所がある。だからこそ、ヤヤは死なないために戦うのだと───

「……ううん」

 ───いいや。
 ───命はともかく、居場所なんて、もうないかもしれない。

 ふと、そんなことを思って。

「うん?」
「あ、ううん、こっちの話。
 で、心配かって、そりゃ何の関係もない人たちだもん、巻き込みたくなんてないわよ。当たり前でしょ」
「そうだね、ボクも同じ考え。万が一そんな他人のことなんか知ったことかー、なんて言われたらどうしようって思ったけど、マスターがそんなこと言うわけないもんね」

 安心したよ、とほくほく顔のライダーをよそに、しかしヤヤは一瞬よぎってしまった考えを、どうしても振り払えずにいた。
 それは、この鎌倉に来る前のこと。あの日、あの時、元いた学校の片隅で起こってしまった。それはありふれた日常の悲劇。
 自分でも抑えられない嫉妬の感情。寂寥。素直になれず言葉を交わすことすら拒否し、差し出された真っ白の鳴子も、繋ごうとしてくれた手も払いのけて。

 ───脳裏に思い浮かぶのは、今にも泣きそうな「なる」の顔。

「……ッ!」

 思わず顔を背けてしまう。隣のライダーが「どうしたの?」と聞いてくるが、答えられる余裕はない。
 これだけ長い時間と、日常から乖離した異なる環境。その二つを同時に与えられたならば、意固地になっていたヤヤであろうとも多少は頭が冷えるというものだ。

 だからこそ、分かる。あの時の自分は酷いことを言ってしまった。よさこい部のみんなのことを仲良しごっこと揶揄し、なるのことを嫌いとまで言ってしまった。
 謝らなければ、ならないだろう。許してもらえるかは分からないし、もしかしたらもうそこに自分の居場所はないかもしれないけれど。
 それでも、生きて帰らなくちゃそんな当たり前のことだってできやしない。
 なるを悲しませるのは、もうたくさんだ。

「ね、ライダー」
「なんだい、マスター」
「……頑張ろう。頑張って、私は元の世界に帰るわ」
「うん。だからボクは、それまでキミのことを守るよ」

 微笑みかけるライダーは、相変わらずの能天気な様子で。
 でも、そんな変わらない姿に、どこか気持ちが前向きになったような。

 そんな感慨を、ヤヤは覚えた。




【C-3/市街地/1日目 午前】

【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]健康
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:正午くらいまでは街でぶらぶらしてる。
1:聖杯獲得以外に帰る手段がないのなら……
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
[備考]
  • 鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
  • D-3のホテルに宿泊しています。
  • ライダーの性別を誤認しています。


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