叢がその光景を目にしたのは、ある意味では偶然であったし、ある意味では必然であった。

 聖杯戦争とはつまるところ、英霊と英霊による殺し合いである。そしてそれは神話や伝説に語られるように、およそ常識では推し量れないほどに凄絶かつ不可思議で、一介のマスター程度ではその片鱗さえ理解できない場合もあるとされている。
 それは卓越した忍であると同時に、多くの修羅場を潜り抜けてきた叢でさえも例外ではなかった。
 彼女が垣間見たのは、正しく英霊同士の衝突であった。厳密には、実際にサーヴァント同士が戦闘した場面を目撃したということではない。彼女が見たのはあくまでサーヴァントが放ったらしき攻撃の余波と、そこに残された破壊痕、つまりは全てが終わった後の残り香だけを目撃したに過ぎない。
 けれど、そんな残り物程度のものでさえも、叢の想定を優に三段は飛び越えたものであった。叢が目撃した余波とは、視界を覆い尽くして余りあるほどの直径を持った、空へと向かって駆け昇る巨大な火柱。そして彼女が目撃した破壊痕とは、多く立ち並んでいた建築物の全てが根こそぎ消失し、あまりの熱量に溶解を通り越して硝子質へと変化した、見渡す限りの広大な地面であった。
 文字通り何もなかった。地面は日の光を反射して煌々と照り輝く硬質と成り果て、人が生活していた痕跡など何一つとして見られない。爆発の中心地と思しき場所には深い大穴が口を開け、クレーターとなって野ざらしとなっている。
 その大穴が、爆発の瞬間、遠く離れていたはずの叢ですらその激震に肉体を弾き飛ばされそうになったほどの火柱によって作られたものであるということ、そしてそれがサーヴァントの手によって為されたものであることは、最早疑いようもない事実であった。

 ───なんと、凄まじい……

 突然の天災に慌てふためく群衆を縫うようにかき分け、一切の減速をすることなく疾走を続けながら、叢は純粋な思いを心中で吐露した。
 凄まじい。つい先ほど目撃したそれは、そんなたった一言に集約されるべき出来事だった。
 サーヴァントは強く、決して人では敵わない。そんな不文律は叢とて十分知っていたし、自らが従えるアサシンにしたところで例外ではないと熟知している。人間という括りにおいては間違いなく手練れと称するべき自分であっても、あの骸骨面のアサシンには手も足も出ず敗北するだろう。そう思いたくはないが、恐らくは敬愛する黒影であったとしても、その打倒は非常に難しいと言わざるを得ない。
 そんなある種の常識を持っていてもなお、目の前の光景は畏怖せざるを得ないほどに凄絶なのだ。自分が決して敵わないと悟っているアサシンでさえ、あれほど非常識な破壊は生み出せないし、それが可能なサーヴァントなど、最早想像さえつきはしない。
 それをこのような早期に、自分たちの眼前で引き起こされた。自分たちがここに来たのは偶然ではあったが、あれほどまでに巨大な現象が視界に入らないわけがなく、故にこの現場に立ち会わせることになったのは必然であった。
 だからこそ畏怖と警戒の念が強く沸き起こる。サーヴァントが常識外の存在であるということの実感と、故に地力で劣る自分たちは極めて慎重に行動しなければならないという訓戒。そして自分たちにできる最良の選択は身を隠しての諜殺だという、とっくの昔に分かりきった事実と行動方針を胸に強く戒め今を動いているのだ。

【私は西を担当する。マスターは東を】
【分かっている。一切の手抜きはするな】
【了解した】

 簡素なやり取りを念話で行い、叢は破壊現場へと流れる群衆に逆らうことなく駆ける。その速度は最早人では出せない領域に達しつつあったが、不思議なことに周囲の人間は誰一人としてそんな叢を異常と認識していなかった。【草】としての叢の立ち振る舞いが、異常を異常と思わせず彼女の姿を背景と同化させているのだ。
 叢とアサシンが取ったのは別行動による索敵範囲の拡大だ。諜報に適した資質を持つアサシンと、同じく間諜の技量を有する叢ならば、戦闘にさえ入らなければ例え単独での活動であっても障害は発生しないと判断しての選択だった。
 これだけの破壊を為した下手人など、姿を確認しない理由はない。故に二手に分かれた。自分たちが手を下すか下せるかの是非は別として、その素性を把握しておけばある程度の危険対処を講じることができるからだ。敵を知り己を知れば、という格言を例に挙げるまでもなく、敵性戦力の掌握は最重要要素である。

「───ッ!」

 駆ける、駆ける、駆ける。雑多な人の流れを無視し、普通なら障害物となるだろう建築群を足場とし、誰よりも俊敏に、しかし何よりも隠密に。叢は人外の脚力で駆けながら索敵の目を光らせる。
 今や街は興奮と混乱に騒ぐ群衆でごった返していた。誰もがその顔に恐怖を湛え、しかし内実には抑えきれない好奇を沸かせながら嬉々として破壊現場まで足を運ぼうとしている連中がそこかしこに散見できた。
 醜悪な、と叢は内心のみで唾を吐きながら索敵を続ける。この騒ぎで通りに出た人数は飛躍的に増加していたけれど、そのほとんどが画一的な反応をしているためにそこからあぶれた者を探すのはむしろ容易い。この状況でなお、冷静さを失わない者こそが聖杯戦争の演者足るに相応しいのだ。
 そして、幾ばくかの時間も経たない頃だった。

(あれは……)

 大通りに面した反対側、周囲の騒々しさとは裏腹に不自然なほど人の少ない狭い道。破壊の痕を間近に見られるその場所に、彼らの姿はあった。

 ───黄金と白銀。

 一言で形容するならそれだった。彼らは、人の目を忍ぶ叢たちとは正反対の、自重など知らんとばかりに目立つ主従であった。それも悪趣味に派手というわけではなく、秘めた力と品性に相応した輝きを放つ、そんな男と少女の組み合わせだ。

 人の世に遍く満ちる黄金を金糸として梳いたかのような髪をオールバックにした男は、先の火柱よりもなお紅い両眼でかつての戦場を睨みつけていた。顔つきは青年のそれではあったが、内包した生の厚みが全くそれを悟らせない。
 放たれる存在感と覇気の桁が純粋に違うのだ。野性味に溢れた若々しさと、老境に至った生の悟りが理想的な融和を見せている。人体の黄金比を体現しているかのような顔つきは昼光の輝きを浴びてなお負けぬほどに美麗、かつ精悍。その様は誰の目に映ろうとも猛々しき美丈夫という評価以外は下せないものだった。

 一方で、黄金の男に侍る少女は白銀の輝きを湛えていた。銀糸で編まれたようなその体躯は雪の精かと見紛うばかりに弱弱しく、故に儚げな美をここに映し出していた。
 一言、華奢。触れればそれだけで折れてしまいそうな体はともすれば病人のように見えて、実際にその両眼は痛々しい傷を負ってその機能を失っている。

 あまりにも対照的な二人であった。「美」という比類なき特徴こそ共通してはいるものの、二人連れ立って歩くには似つかわしさよりも先に違和感がついて回るだろう。
 だからこそ、叢も即座に気付くことができた。男の肉体からサーヴァントステータスと思しき力の羅列が表示されたということ以上に、彼らの醸し出す雰囲気と存在感そのものが、現実の景色からかけ離れていたから。

「──────」
「──────」

 彼らは共に破壊痕を睥睨しながら、互いを見ることなく何かを言い合っているようだった。
 距離にして三十m、叢の耳に彼らの会話は入ってこない。叢は機を伺うように、物陰へと姿を隠しその気配を押し殺していた。
 二人は、およそ親愛とは程遠い様子で言葉を並べているようだった。しかしだからといって険悪というわけではなく、互いに己の本分を弁えた上での関係性に近いのだと、叢は半ば直感的に悟ることができた。要するにビジネスライクな付き合いなのだろう。マスターとサーヴァントの関係性としては最もポピュラーで無難なものである。

(問題は、彼奴等が先の爆破の下手人であるかどうかだが……)

 そこが何よりの問題であった。叢は気配の断絶を更に強め、注意深く二人を観察する。
 叢の目から見た黄金のサーヴァントが有する力は、まさしく破格と言う他なかった。およそ欠点と呼べるものがなく、全ての能力が最高に近い適性を叩きだしている。特にあの魔力量はキャスタークラスにも匹敵するものであり、ならば宝具の性質如何にもよるがあの規模の破壊を生み出すことも決して不可能ではないだろう。
 ならば彼こそが下手人なのかと問われれば、「なんだか違うような気がする」と叢は答えるに違いない。何故ならば、その立ち振る舞いはあまりにも平素のそれに近いために。

(警戒心が無さすぎる、我と同じく偵察に来たばかりなのか)

 人には切り替えというものが存在する。たとえどれほどの達人であろうとも、常在戦場などという言葉は机上の理想論でしかなく、誰しもは戦場と日常を区別し、状況が入れ替わる度に自らの思考を切り替えて適応しようと心掛けてきた。
 戦場には戦場の、日常には日常の、それぞれに相応しい気質というものが存在する。無論中には終戦に至ってなお戦場の昂ぶりを忘れられず市井において殺人を繰り返す者や、戦場においてさえ平素の態度を保っていられる狂人がいるが、それはあくまで例外だ。基本的に、人であろうと英雄だろうとそういった切り替えは存在すると考えていい。
 その点に着目して黄金のサーヴァントを見てみれば、彼の態度は明らかに平素のそれであった。ふんぞり返っているような傲慢さは垣間見えるけれど、それとてあくまで支配者としての素であり戦士の気質ではない。所詮は遠目からの推測でしかないが、これで叢の人物評は中々に精度が高い。
 故にこそ彼女は、このサーヴァントが下手人ではないと判断した。恐らくは自分たちと同じように騒ぎにつられてこの場へやってきた主従か。ならば今手出しする必要はなく、その外見と必要情報だけを頭に叩き込んで去るのみであると。

(ならば今彼奴等に接触する理由はないな。気付かれぬうちにアサシンと合流を……)


「───随分とぶしつけよな。覗き見るだけ見て後は逃避か、少しは恥を知るがいい」


 ───背筋が、凍った。
 凍土のような冷たい声音が、自分の背に浴びせられた。声も聞き取れぬはずの距離で、現に今まで彼らの言葉などまるで聞こえていなかったというのに、しかしその一言だけは、明朗なほどにはっきりと叢の耳へ届いた。
 それに気付いた瞬間、叢は脱兎の如く駆け出してビルディングの向こう側へと跳ねていった。隠行など忘却の彼方であった。全てのリソースを逃避の足に注がなければならないと、強迫観念にも似た思いで叢はひたすらに駆け逃げた。「草」としての分を忘れた叢の姿を視認することは難しくなく、跳躍の瞬間を目撃したらしい幾人かの市民が興奮の声を上げているのが聞こえてきた。
 けれど、今の彼女にそんなことを気にする余裕などない。心は黄金のサーヴァントへの動揺と恐怖で塗り潰され、思考はまともに機能することを忘れてしまっていた。心臓が早鐘のように激しく鳴り響き、視界はぼやけ、冷や汗は止まることがない。ただの一瞬、ただの一言だけで、今や叢はここまで追い詰められていた。

 だから今はただ逃げるのみ。
 何故なら、もしも彼に捕まってしまえば、その時自分は決して生きてはいられないのだということを、言葉ではなく心で彼女は理解してしまったから。


【B-3/市街地破壊痕の傍/一日目 午後】

【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]健康、動揺
[装備]包丁、槍、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:黄金のサーヴァントから離れる。
1:日中は隠密と諜報に徹する。他陣営の情報を手にしたら、夜間に襲撃をかける。しかし、あのサーヴァントは……
2:市街地を破壊した主従の情報を集めたい。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。お互いそれなりに離れていますが、その気になればすぐに合流できる程度です。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。





   ▼  ▼  ▼





「……なあに、アーチャー。アサシンでもいたの?」
「いや、ただの鼠であった。サーヴァントすら連れ立たぬとは、我も侮られたものだが……」

 遠ざかっていく気配を後目に、黄金の男───アーチャー・ギルガメッシュはどうでも良さげな表情で答えた。その視線は注視点を動かすことなく、未だ破壊の痕跡へと注がれている。
 彼らがこの場に来た理由、それはやはり叢と同じく巨大火柱を目撃してのことだった。更に付け加えて言うならば、叢のような諜報目的ではなく、あくまでそこで邂逅した英霊との対決をこそ望んでいた。

「まあ、良い。間諜には間諜の戦というものがある。我は好かんが、それが世の役割というものよ」

 そう言うと、アーチャーは深く嘆息した。その顔つきと物腰から察することは難しかったが、彼は今、心底落胆しているのだ。
 彼は冷酷かつ傲慢な王だが、同時に誇り高い英霊でもあった。その気質故に彼は一騎打ちに代表される高潔な戦いこそを好み、己もまたそうであらんと常に律している。
 なので当然、聖杯戦争で戦うべき相手にさえ、彼は好みに煩かった。特に不意打ち上等のアサシンに関しては、その役割を理解こそすれ矜持としては好んでおらず、故に叢のように隠れ潜む者には落胆の念を抑えきれなかった。
 無論、その暗殺術が小手先のものではなく真に迫ったものであるならば、この覇王は喝采を以て受け入れるだろうが……叢に関しては、その域まで至っていなかったということか。
 英霊たるならば覇を競い合うが誉れである。確実な勝利よりもそうした余興を愉しむ様は、自身の言う通りの無駄好きと言えるだろう。

「では話を続けようかイリヤスフィール、貴様はこれをどう見る」

「どうって……知らないわよそんなの。白昼堂々こんなことする連中の気が知れないってくらいかしら。
 あとは、そうね。最低でも対軍、もしかすると対城規模の宝具を持ったサーヴァントがいるってことは分かったわ」

 両眼から光を失ったイリヤは、当然として瞳に世界を映しだすことはできない。
 しかし、それでも分かることはある。物理的な視力を失おうと、魔術という分野において規格外の力を持つ彼女には、霊的な感覚をその身に有している。
 霊的感覚を通じ眼前の光景に触れたイリヤが感じたもの、それは波濤が如き灼熱の魔力痕であった。
 例えるならば、地獄とでも形容するべきか。大地に穿たれた大穴から、火口より噴出するマグマのように多量の魔力が溢れ出ている。仮にイリヤの両眼が常の機能を取り戻していたならば、地の底どころか地獄へと続いていると錯覚しかねない深さの大穴が、昼の光に当てられてなお底を見通すことさえできない深淵を湛えていることが分かったはずだ。


「そこは別に良い。如何な敵が現れようと、最強たるは我に在る故な。
 どうだ、というのはだな。この破壊が一体何を因果として作られたものと考えているのか、我はそう貴様に問うておるのだ」

「何って……そんなの、他のサーヴァントを殺すために決まってるじゃない」

「そう考えるのが当然であろうな。事実、局所的に見たならばそれが全てであろうよ。敵を殲滅せんがために力を振るう、至極真っ当な行動原理だ。
 しかし、視点を一つずらしてみるとどうなるか。そこにあるのは醜悪かつ腐乱した真実のみよ。
 神の如き業を持ち、しかして神に非ざるが故の業を負った、哀れなる者の夢の残骸がこの有り様なのだ」

「……?」

「分からぬか。ならばそれも良かろう」


 言ってアーチャーは胡乱気な目を逸らし、視線をそのまま別の方向へと向けた。そこに映るのは、破壊痕を隔てた先にある一本の道。


「此度の破壊はこの地の民の夢想が形となったに過ぎん。醜きが人の世の常とはいえ、やはりこれは目に余る。斯様なものを見せられては興が冷めるというものよ。
 故に、だ」

 瞬間、アーチャーの背後の空間に亀裂が生じ、そこから黄金色の光が溢れだした。亀裂はゆっくりとその幅を広げ、人の顔ほどの長さになると一気にその口を押し広げた。
 輝きの中から現れたのは、一振りの鍛え抜かれた刀剣、その切っ先。

「気概なく逃げ回る姿は見るに堪えんが、しかしこの一撃を以てその無様を不問とする。まことその身が強者ならば、見事凌いでみせるがいい」

 言葉と同時、切っ先を露わにした剣が弓矢の如くその身を奔らせた。飛来する剣は空を裂き、遥か遠くを寸分違わず貫き穿つ。
 その結果がどうなったかさえ見ることなく、アーチャーは用が済んだと言わんばかりに踵を返した。

「行くぞイリヤ、最早この地ですべきことは終えた」
「……ええ、分かったわ。もう慣れたもの、貴方のその強引さにも」

 そうして彼らは、その時ようやく押し寄せてきた群衆の中へと埋没するかのように姿を消した。
 余人には分からないであろう先を見据えたまま、遥か高みを睥睨して。
 黄金の男と白銀の少女は、此度の舞台に関わることなく、その身を降ろしたのだった。



【B-3/市街地破壊痕の傍/一日目 午後】

【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night】
[令呪]二画
[状態]健康、盲目
[装備]
[道具]
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし、失った未来(さき)を取り戻す。
1:ある程度はアーチャーの好きにやらせる。
[備考]
両目に刻まれた傷により視力を失っています。肉体ではなく心的な問題が根強いため、治癒魔術の類を用いても現状での治療は難しいです。

【ギルガメッシュ@Fate/Prototype】
[状態]健康
[装備]
[道具]現代風の装い
[所持金]黄金律により纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜き、自分こそが最強の英霊であることを示す。
0:?????
1:自らが戦うに値する英霊を探す。
[備考]
叢、乱藤四郎がマスターであると認識しました。
如月の姿を捕捉しました。





   ▼  ▼  ▼





 悲鳴を上げる肺を無視して如月は駆け続けた。路地はいつまでも変わり映えのしない景色だけを映しだし、知らず精神に疲労が蓄積する。
 ダークナイトの献身のおかげで命を拾い、赤熱渦巻く戦場を辛くも脱することができた如月は、そのまま必死になって逃げ続けていた。余裕はなかった、振り返る暇もなかった。協力できたかもしれない少女のことも、最早頭の中から消え去っていた。
 それを薄情と、罵ることが誰にできようか。対する敵は圧倒的に格上、外部からの援軍など一切期待できない状況で、その場を離脱できたことだけでも賞賛に値する行いだった。ならば拾った命を無駄にしないため、一心に逃げ去るのは当然の理屈である。
 例え、彼女の身の上が軍人であろうとも。
 あるいは、市民を見捨てた腰抜けと誹りを受けようとも。
 その一点において、彼女は決して間違ってはいなかった。
 ……完全無欠に正しいというわけでもなかったけれど。

「はッ、はッ……あぐ!」

 酷使に次ぐ酷使を強いてきた心肺が、この時になってついに限界を迎えた。飲み下す唾も枯れ果て、喉の奥からは鉄錆じみた血の味がする。
 ふらつき倒れかける足を無理やり元に戻し、如月は逃避を再開した。

「もう、少し……! もうちょっとで……」

 恐怖に心を支配され、藁にも縋る彼女が帰還を求めるのは、この地に来てから出会った人々の元だった。素性の知れない如月を匿い、親身に接してくれた人たち。飲食店を営む無辜の住民。
 別に彼らにこの状況をどうにかしてもらおうとか、そんなことを如月は考えていなかった。ただ、心の寄る辺が欲しかったのだ。内に満ちる恐怖を和らげられる場所へ行きたかったのだ。
 端的に言って、この瞬間の如月は視野狭窄状態にあると言えた。
 欲するものが目の前にあって、焦燥感だけが頭の中にある。故に、彼女は気付くことができなかったのだ。
 胸にしまった騎士のカード、それが明滅していることに。

「もう、ちょっと───ッ!?」

 瞬間、如月の体が何者かに弾き飛ばされ、次いで爆音と閃光が耳と目を貫いた。突然の事態に思考が追いつかず、投げ出されるままに強かに体を地面に打ち据えて、痛みと感覚麻痺に呻く。
 1秒か数秒か、それだけの時間をかけてなんとか倒れた体を持ちあげ、如月は何事かと後ろを振り返り―――

「……うぁッ!」

 同時、金属同士がぶつかり合う激しい反響音と共に、自分のすぐ脇を巨大な何かが高速で吹き飛んで行った。直接目撃することはできなかったが、肌に感じる風圧で何となく分かる。海戦において自分よりも数周りは大きい深海棲艦と交錯することは数えきれないほどあったから、理解できた。
 衝撃に頭を抱え、粉塵と大気の振動が収まるまで十数秒。恐る恐るといった具合に閉じていた瞼を開けて、如月は顔を上げ吹き飛んだ何かをまじまじと見つめた。

「……ランサー!」

 そこにあったのは、何故か建物の壁に大穴を開け、その先まで吹き飛び倒れ伏したランサー・ダークナイトの姿であった。
 咄嗟に駆け寄りダークナイトの傍に寄る如月は知らない。先の一瞬、自分は何者かによって狙撃を受けたのだということを。そしてその一撃を強制現出したダークナイトが槍の一撃で迎撃し、しかし僅かの拮抗も許されず弾き飛ばされたのだということを。

 そして。

「何があったの、しっかりして……!?」

 ───客観的に事実を述べるならば、その時の如月は幸運だったと言わざるを得ない。
 差し出そうと手を伸ばして、しかし停止していたはずのダークナイトが突如として動きだし、それにつられる形で如月も後ろへと倒れ込んだ。
 瞬間、眼前を鋭い音が通り過ぎ、太い何かが千切れるぶつりという音が耳に入った。
 べたん、と尻餅をつく。さっきから予想外のことばかりで、いい加減頭が参りそうになる。
 いたた、と呟きながら、手を頭にやろうとして。

「…………あれ?」

 頭に当たるはずの手のひらが、なかった。代わりにぶつかるのはぐちゅっとした湿った何かの感触で、奇妙なほどに暖かい。
 顔を、錆の臭いがする液体がつぅーと流れて行った。不思議なほどに覚めた視界で右手を見遣れば、そこに映ったのは赤黒い肉の断面。

 ───右の手首から先が、切断されていた。
 ───断面の先に見えるのは、地面に落ちた、令呪を宿した右の手のひら。

「───ひっ!」

 全身を、不快な寒気が走り抜けた。
 硬直した視界の端に、何か黒いものが舞い降りるのが見えた。
 ダークナイトではない。鎧騎士の彼よりも、幾らか小柄なその体躯。
 漆黒を通り越して夜色の外套を羽織り、顔面には白い仮面の意匠。白と黒のコントラストの中にあって、二筋の赤い眼光が一際異彩を放つ。
 ああ、それは、この鎌倉において語られる都市伝説の一つ───

 ───闇夜に紛れ、人知れず怪物を討ち果たす髑髏面の怪人。
 ───その名を……

「骸骨、男……」

 呆然と紡がれる呟きを通り抜け、如月の背後からダークナイトの刺突撃が猛然と撃ち出された。
 三又槍。トライデント。遥かギリシアの神話に語られる雷槍の名を冠したこの槍は、宝具の域にこそ至っていないものの、その逸話に恥じない威力を伴って一直線に骸骨男へと吸い込まれる。
 付随した衝撃が、大気を伝わって如月の長髪を舞い上げた。常人の視覚野では捉えきれないほどの豪速は、確かに槍兵の名に相応しい一撃ではあった。

 けれど。

「───!」

 するり、と。
 まるで影を貫いたかのように、骸骨男は流水の動きで槍の刺突を回避、そのまま前斜体勢となって疾走を開始した。その速度に、ダークナイトは全く追随することができていない。黒色の外套から取り出された一振りのナイフが光を反射してぬめりと煌めく。
 単純に、両者の敏捷性の差が現れた結果であった。ダークナイトは重厚なる鎧の騎士、その膂力と耐久性は間違いなく一級品ではあるものの、小回りの面では他と比べ劣っているのは明らかであった。
 対して骸骨男は極めて軽装、かつ速度に重きを置いた戦闘スタイルである。元より彼は先手必殺を信条とするアサシンのサーヴァント。戦士としての力量では三騎士には遥かに及ばないが、事を済ませる手管においては彼らの追随すら許さない。
 故にこれは予定調和。仮にこれが一対一の尋常なる決闘であったならば、骸骨男には万に一つの勝機もなかっただろう。しかしマスターというアキレス腱を抱えたままでの命の奪い合いという舞台において、ダークナイトはあまりにも若輩に過ぎた。
 ナイフの切っ先が向かうのは、未だ忘我から立ち直れていない如月の頸動脈。その煌めきが、弧を描いて首筋へと吸い込まれ―――


「おおォォォ───ッ!」


 突如として場に響いた雄叫びと、超速で飛び込んできた小さな人影が、如月と骸骨男の間へと猛烈な勢いで激突した。
 轟音が鳴り響く。爆散するかのように地面が捲り上がって破片が飛散し、衝撃で如月は後ろへと吹き飛ばされる。もんどりうって転がって、何事かと見遣れば、そこには拳を振り下ろした姿勢で屹立する一人の少女の姿。
 幼い外見の少女だった。見た目だけならば、恐らく如月と大して変わるまい。しかし内在する魔力の多寡と、猛る戦意の凄まじさが、彼女が決して見てくれ通りの少女などではないということを、如月に雄弁に伝えていた。

 緊張が場を支配する。一触即発の気配が大気に満ち満ちて、しかし現実の肉体は一切動作することなく、互いが互いを牽制していた。

 ゆっくりと、地面に突き立った拳を引き戻し、闖入者たる少女は毅然と顔を上げ、言い放つ。

「そこのあなた!」
「は、はい!?」
「あなたは今すぐに逃げてください。ここは危険です」
「え、えと、その……」

 指差された如月は、ただ目をぱちくりさせるだけだった。理解の及ばない出来事が立て続けに起き過ぎたせいで、完全に脳内処理が間に合ってない。
 そんな如月を安心させるように、少女のサーヴァントはにっこりと笑って答えた。

「大丈夫です、ここは私が引き受けます。だから、あなたは早く逃げて。
 そうでないと、あなたを守りきれなくなるから」

 その言葉は、すんなりと如月の胸の中に入ってきて。
 何が何だか分からなかったけれど。それでも分かったことが一つだけ。

「……分かりました!」

 ───この人は、私の味方だ。

 それだけを確信すると、如月は一目散に髑髏面とは逆の方向へと駆けだした。
 傷む体に無理を言わせて、でも今回で最後だよと労わるように。
 少女のサーヴァントへ、小さく礼の言葉を述べながら。
 如月は、再度の死地を脱することができたのだった。





   ▼  ▼  ▼





 元村組の本部は、山間に位置した古風な住宅街の一角に建っている。
 住宅街、と言ってもこの周囲に立ち寄る人間は皆無に等しかった。かつて仁峡として名を馳せようが、どこまで行っても暴力団は暴力団。市井にとっては害でしかなく、ましてその害悪化が急速に進んだ現在においては尚更近づく者などいるはずもなかった。
 だからか、この邸宅の周囲は昼間であるにも関わらず暗鬱な雰囲気に沈んでいる。陽の光が足らないというわけではない。ただ、滲み出る気配そのものが汚濁に沈殿しているのだ。

「ねえ、ライダー」
「あァ? どうかしたか乱」

 その中の一室、最も奥まった場所にあるそこで、乱藤四郎とそのサーヴァントたるドフラミンゴは静かに向き合っていた。
 藤四郎は、何かに急かされるような表情をして、直立の姿勢で。
 ドフラミンゴは、ただ不遜に王座へと腰かけて。

「あのランサーのこと。本当に大丈夫なの?」
「なんだ乱、お前が心配事たァ……ああ、いつものことか」
「茶化さないで」
「フフフ、少しは心に余裕を持てよ乱。そんなんじゃ先が思いやれるぜ」

 なおも変わらぬ藤四郎の視線に、ドフラミンゴは観念したように手を挙げ、「あー分かった分かった」と鬱陶しげに返した。

「ランサー、ランサーね。大丈夫か、なんて聞かれちゃァ、俺としちゃこう返すしかねェよ。
 物事に絶対はない、ってな」
「……じゃあ聞き方を変えるよ。今回のこと、自信はあるの」
「あるとも、オレの見立ては完璧だ」

 相変わらずの傲慢さだった。
 藤四郎は軽く息を吐く。とてもじゃないが一から十まで付き合ってはいられない。
 少しだけ首をもたげ、先刻の出来事を思い出す。あれは、必要なことと分かっていてもあまり気分のいいものじゃなかった。

 先刻、彼らがランサーのマスターを捕えた後、二人をこの屋敷まで連行したドフラミンゴは、改めて「協力」の概要を伝えた。

 一つ、ランサーは前線での戦闘及び索敵偵察を担当し、自分たちは情報バックアップへとまわる。
 一つ、敵性サーヴァント全騎の駆逐を確認したら、ランサーのマスターを解放する。
 一つ、反乱の意思が見えた場合は即刻ランサーのマスターを殺処分する。

 ……不条理としか形容ができなかった。そのあまりにも露骨な内容に、藤四郎でさえ唖然としたものだった。
 そして当のランサーは、憤懣やるかたないといった風情で、しかし粛々とその申し出を受け入れた。そうすることしかできなかったのだ。
 その様子があまりにも不憫で、そして物悲しかったから、藤四郎は思わず目を背けたくなった。

 そして現在、彼女のマスターはドフラミンゴの手によって幽閉されている。彼女が、その場所を知ることはない。

「まさか、座敷牢なんてものがあるなんてね。嫌なもの、見ちゃったな」
「叩き出したくてもできない野郎ってのはいつでもいるもんさ。特にこういう組織は面子が全てだからな、その手の設備は必須みてェなもんだろうよ」

 彼らが言っているのは、元村組本部の地下にある幽閉設備のことだった。それはまさしく現代の座敷牢とも言うべきもので、現在はその機能を十全に使用されている。
 捕えたマスター、佐倉慈という屍食鬼を閉じ込めておくという形で。

「まあ、少なくともあの死にぞこないが自力で牢を脱することは不可能だろうさ。そんな力も知恵もないんだからな」
「だから、問題はランサーのほうなんだけど」
「分かってるさ。それで、あいつがこれからどうするかっていうとだな」

 ドフラミンゴは王座の上で足を組み直し、支配者然とした、高みから全てを見下ろすかのような表情をしながら言う。

「十中八九、反乱を起こすだろうな」
「……駄目じゃない、それ。見立ては完璧じゃなかったの」
「ほう、言うようになったじゃねェか乱。最初っからそういうふうにしてりゃいいんだよ」
「だから、はぐらかさないで」
「つれねェなあ」

 ドフラミンゴはただ、傲慢に嗤って。

「心配はいらねェよ乱。確かに奴に叛意はあるだろうが、それが実を結ぶなんてことはまずありえねェ。
 何故なら───」





   ▼  ▼  ▼





 数mの距離を置いて、正三角形を描くように位置を取り、三騎のサーヴァントたちは同時に身構えた。

 何故、そうする必要があったのか。特に黒鎧の騎士───ダークナイトはつい先ほどこの場を離脱した如月のサーヴァントであり、この場に残るのはあまりにも不適であるというのに。
 骸骨面のアサシンを足止めする殿を務めたからか?
 それもある。しかし、それ以上に、彼は動けなかったのだ。自身に向かって放たれる敵意に反応して。
 骸骨面のアサシンのものではない。それは、新たにここへやってきた少女のサーヴァントから。
 ランサーのサーヴァント───結城友奈が放つ、純粋なまでの殺意によって。

「理解に苦しむな」

 唐突に、骸骨面のアサシン───スカルマンが口を開いた。

「お前は、何のためにここに来た」
「……」

 スカルマンの疑問は尤もなものだった。戦闘への介入、命を散らさんとしていた他マスターの救出、それらは理由なくして為されるような事柄ではなく、ましてサーヴァントが行うにしてはあまりにも不可解だった。
 いや、それだけならば、まだ想像の余地はある。例えばそれが同盟相手だったならば、助けることにも納得がいく。もしくはこれから同盟を築くつもりであるとか、そういった可能性も考えられる。
 けれど、この桃色をした少女のサーヴァントは違った。敵マスターを助けておいて、その逃走を補助しておいて、しかしそのマスターが保持するサーヴァントは「決して逃がさない」と殺意を以て相対しているのだから。
 はっきり言ってしまえば、彼女の行動は常軌を逸していた。その正気を疑うほどに、バーサーカーの可能性さえ考えるほどに。

「私はお前の事情など知らん。幼稚な義侠心を満たしたいなら退くがいい。真実戦いに赴いたならば来るがいい。狂気に揺れるならば死ぬがいい」

 スカルマンの手に握られたロッドが、ガチャリという音と共に倍以上に伸び上がる。その先端には、剣呑な光を放つ鋭い穂先。

「矛盾に塗れた哀れな者よ、お前は何を定めとする」
「私は……」

 友奈が口を開く。その目に、気概に、狂気の気配など微塵も存在しなかった。

「私は、戦う。けどそれは誰彼構わず殺してまわるってことじゃない」

 握る拳に力を込め、友奈は一歩を踏み出した。同時、ダークナイトもトライデントを持ち上げる。

「殺し合いなんかするのは、私達サーヴァントだけでいい。今を生きてる人たちをどうかしようなんて、そんなの絶対間違ってる」
「……愚かなものだ、破綻していると気付かないのか。それともただの子供だったか」
「違うよ、私は勇者だ」

 最後の、そして決別の言葉と同時、三者は一斉に動作を開始した。

 力強く拳を握り、想いのままにそれを振りかぶる友奈。
 穂先をだらりと下げたまま、無造作とも言える動きで踏み込むスカルマン。
 精密機械のように、人間型の理想形とも言うべき体捌きを繰り出すダークナイト。

 激突の衝撃が、極大の振動となって大気に伝わった。





   ▼  ▼  ▼





「ぐ、うぅ……!」

 よろよろと路地を歩く。
 既に走るだけの体力は残されていなかった。肺は鈍痛を訴え、喉はひりついて息さえ苦しく、切断された右手首からは止め処なく血が流れ、激痛に顔面は蒼白を湛えていた。
 致命的だった。ともすれば、幾ばくの時間もなく死んでしまうほどに、今の如月は瀕死だった。
 けれど、それでも彼女は足を動かす。少しでも安全なほうへと、歩を向ける。

 何故?
 それは、希望を抱いたから。

「ぅあ、づぅ……」

 まともに言葉を話す余裕さえなく、脂汗と血の気の引いた顔は見る影もなかったけれど。
 笑っていた。如月は、苦痛の中でなお、笑顔を浮かべていた。

(あんな人も、いるのね……)

 心中でそっと呟く。思い返すのは、先の桃色の少女のこと。
 今にも殺されそうになっていた如月の前に突如として現れ、颯爽とその危機を救ってくれた彼女のこと。

 本戦が始まるまで、如月は自分の周りには敵しかいないと考えていた。
 鎌倉のおじさんやおばさんは優しかった。けどそれは、あくまで聖杯戦争とは無関係の一般人であるからで、聖杯戦争関係者はみんな敵だと思っていた。当然だ、ただ一つの聖杯を巡って殺し合うのだから、敵じゃないほうがおかしいのだ。
 だから、危なくなっても助けてくれるのは自分と、あとは自分のサーヴァントくらいしかいないはずで。
 けれど、そんな浅い考えを打ち壊すように、あの少女は自分を助けてくれたのだ。

 驚きだった。そんな、自分を顧みない献身をする誰かがいたということに。
 そして嬉しかった。あの小さな、けれど勇気に溢れる大きな背中を見ると、自分も「負けないで」と励まされるようだった。
 こんな時に場違いかもしれないけど、自分は確かに希望を見たのだ。

(そう、いえば……)

 更に思い返す。そういえば、彼女と出会うよりもっと前。あの赤いアーチャーに襲われる直前にも、似たことがあった。
 今回ほど劇的な出会いではなかったけれど、あの二人の少女も、同じように自分へと穏便に接してくれた。
 あの時は、結局離ればなれになってしまったけど。でも、もう一度会えたらきっとお礼をしたいなと、そう思う。
 殺し合いなんて、ドロドロの殺人劇なんて。
 如月とて、やりたいと思ったことなど一度もないのだから。

(きっと帰れる……あの子たちみたいな人がたくさんいるなら、きっと……!)

 素直にそう思えた。聖杯がどういうものかは分からないけれど、それが道具や装置の類であるならば、きっと殺し合う以外にも方法があるはずだ。
 自分は魔術に疎いけど、でも魔術師の人がいればきっとそれも解決する。そうに決まってる!
 帰れる、帰れるのだ。睦月や他の姉妹たち、同輩らが待つあの鎮守府へ!

(私、きっと帰るわ、睦月ちゃん───!)

 如月は朦朧とした頭で都合のいい奇跡を思う。失血により思考能力が低下し、それが何の根拠もない妄言であることさえ、今の彼女には分からない。
 故に、"それ"に気付かなかったこともまた、当然であると言えたのだろう。

「……え、あ……!」

 裏路地の曲がり角、影になって見晴らしの良くないそこから。
 突如として腕が伸びて、ふらつく如月を勢いよく引っ張り込んだ。如月は小さな声だけを残して曲がり角の向こう側へと消え去った。
 幾ばくの時間も経たず、そこは元の静けさを取り戻した。如月がいた痕跡を、そこから見出すことはできなかった。





   ▼  ▼  ▼





 通路の角に飛び込みざま、壁に手をつき軸として反転。黒い外套が翼のようにはためき、流れるようにナイフが三本投擲された。目標は正面十m、赤い閃光となって追い縋る友奈に向かい、音速に迫る速度で殺到する。
 それを友奈は腕をクロスする形で防御、大半のナイフはそれで弾かれるも決して少なくない傷が友奈の腕に刻まれる。しかし彼女は頓着することなく地を蹴り跳躍、中空にて身を捻り回転蹴りを浴びせかけた。
 スカルマンはそれを壁を蹴りつけ反対側の壁へ飛び移ることで回避、一瞬遅れて着弾する友奈の蹴りがコンクリ壁を三mに渡って粉砕、地響きと轟音が鳴り砕けた破片が辺りにばら撒かれる。粉塵が広範囲に巻き上がり、それが瞬時に二人の元まで広がった。

「───!」

 猛々しく振るわれた一閃が、両者の間を粉塵ごと切り裂いた。剣閃の風圧に押され友奈とスカルマンは緩やかに後方へと流れ、軽やかに着地すると同時に跳躍、刃を振るった第三者へと槍と拳による攻撃を見舞った。
 確りと地に足を付け、友奈とスカルマンは立ち止まっての連撃を開始した。如何な敏捷性を保持する両者とはいえ、足場がなければ間断のない攻撃など行えるはずもなく、故にこれは言うなればラッシュとも形容される連続攻撃であった。
 両手に携えた槍を突き、引き戻し、再度突くという工程を常人では視認できないほどの速度で敢行する。その脇では、友奈の拳が残像さえ伴って幾度となく振るわれた。
 空を裂き、風切音が幾重にも重なって反響する。それら攻撃は自分以外の二者へと同時に行われるものであり、そして相手方の攻撃を捌き無効化するための動作でもあった。連撃は瞬く間に五十以上が放たれ、しかし三者共に決定打はゼロのまま。友奈の顔には焦燥の色が見え始め、スカルマンの仮面は何が変わることもない。
 ここで初めて、槍を構えての防御に徹していたダークナイトが動いた。スカルマンのそれと比べてもより長くより太い三又槍を振り上げると、そのまま回転を加えて横薙ぎに斬りつけた!
 それは単なる一撃なれども、しかし圧倒的膂力の差によりあらゆる小技を零とした。ただの一撃、それだけでスカルマンと友奈は共に後退を余儀なくされ、戦況は再び振り出しへと戻される。
 次いで振るわれるダークナイトの一閃。頭上からの振り下ろしを二人は寸前で回避に成功するが、叩きつけられた衝撃は地面を大きく抉り砕き、余波だけで二人の体勢を打ち崩す。
 一瞬だけよろめく。しかし常人には一瞬なれど、サーヴァントにとっては致命的な隙である。
 柄を引き戻しての刺突が友奈を襲った。最小限の動きで為されたその攻撃は、状況と合わせて敏捷の差を補ってあまりある。
 友奈は槍の側面を殴りつけることによって辛うじて穂先を自身から逸らすことに成功するが、ただでさえ崩れかかっていた体勢は乱れに乱れ、敵前にて不格好な有り様を晒す。
 そこに叩き込まれるはスカルマンの一撃だ。スカルスピアの薙ぎ払いが弧を描いて友奈の胴体を両断せんと迫りくる。それを友奈は、体勢を立て直すのではなくあえて体勢が崩れるのを加速させ屈むことで躱す。そのまま地を這うように前方へ飛び出し立ち上がりざまに拳を突き上げた。
 あらゆるバーテックスを貫いてきた鉄拳が、ダークナイトの黒鎧に突き立った。軋んだ金属音を立てて拳が震える。
 目の前に立つのは鎧姿の威容。携えた巨槍が緩やかな軌跡を描いて跳ね返る。
 拳の一撃を食らったはずのダークナイトは、しかしまったく体勢を崩すことなく槍を振るった。銃弾さえも遅々と感じるほどに加速された視界の中、騎士の動きは流水のように滑らかで淀みがない。敏捷性こそ友奈やスカルマンに劣れども、白兵戦という分野においては一級の熟練者であった。
 拳を半分突き立てた中途半端な姿勢のまま、半歩退いて体勢を立て直す。ダークナイトは突撃槍の構えを取り、一直線にこちらの懐へと飛び込んでくる。背後ではスカルマンがナックルを装備した拳を正拳の形で放っていた。
 友奈は体を回転させ、身を捻るように回避する。友奈の右側をダークナイトの三又槍が、左側をスカルマンのブラスナックルが、友奈の胴体を掠めて通り過ぎる。

 狭い通路の只中において、彼らが選択したのは泥臭い白兵戦であった。
 そもそも行動が制限される地形において、悪戯に大規模破壊を敢行する者などそうはいまい。また彼らが共に得意としていたのが徒手や武器による直接格闘であったことも幸いし、宝具の破壊能力ではなく己の技巧の粋を凝らす剣戟を繰り広げることとなったのだ。
 そして、この地形は友奈にとって有利に働いた。通路の幅はおよそ二m、大柄な得物を振り回すには些かスペースが足りず、故に槍を得意とする両者に対し友奈が優位に立てる土壌が整っていた。
 無論、それは相手側も承知の上であり、三つ巴戦闘においてなお友奈が狙われる率が高まっているわけだが。

 友奈の細い体が踊るように翻り、両の拳が弧を描いて二者に叩き込まれる。
 それをダークナイトは余裕を持って防御、スカルマンは外套の裾を切り裂かれるだけでほぼ完璧な回避に成功した。
 たじろいだような表情が一瞬だけ友奈の顔に浮かび、すぐにそれは消え去って瞳に鋭い光が戻る。コンマ1秒で呼吸が整う。両腕がそれぞれ体の横と目の前で構えを取る。

「はぁぁあああぁぁぁぁぁッ!」

 裂帛の気合と共に拳が螺旋を描く。威力を重視したテレフォンパンチだが、当然ながらその実態は単なるフェイントだ。
 放たれる拳の影で、勢いのままに身を捻り回し蹴りを叩き込む。その対象は眼前のダークナイトではなく、側面のスカルマン!
 咄嗟に腕で防御されるも、しかし勢いに乗った蹴りをまともに食らったスカルマンはそのまま遥か後方へと吹き飛ばされた。背中でコンクリ壁を貫き、その姿は粉塵の向こう側へと消え去る。
 着地した友奈の目に映るのは、突きつけられようとしている槍の穂先。
 それを認識する暇もなく横合いへ跳躍、回り込むようにダークナイトの懐へ入り込み気合の殴打を繰り返す。

「こ、れ、でぇえええええええ!!」

 ここに至り、ダークナイトの鎧が徐々に軋み始めた。反響する金属音に混ざり、ぼこりと硬質の何かが陥没する音が聞こえてくる。それは間違いなく、かの鎧を打ち崩す音だった。

「いっ、けぇぇえええええええええええ!!」

 殴打、殴打、殴打。牽制など一切ない渾身の一撃をこれでもかと叩き込み、ついには拳が鎧を貫通する!
 そして打ち据えるは柔らかい鎧の中身。それを確信した友奈は、しかし振るわれた槍の横薙ぎにより風圧と共に吹き飛ばされる。
 中空にて姿勢を整え危うげなく着地。震脚の要領で地を踏みしめ、再度の突進を開始した。

 刃が宙に軌跡を描く。拳が唸りをあげて一直線に穿たれる。
 そこからは最早意地と意地の殴り合いの様相を呈していた。友奈は槍を回避するのではなく柄の部分で殴られることによって致命傷を避け、ダークナイトは殴打に構うことなく刃を振るい続ける。
 一の斬撃が振るわれる毎に三の打撃が騎士を襲い、五の打撃が振るわれる中で十の力を秘めた一閃が拳士の体を打ち据えた。
 鳴り響くのは肉を殴られる低く沈んだ音。両者は血肉と金属片を露とばら撒きながら原始的な暴力の応酬を繰り広げる。
 打撃、打撃、打撃───斬撃、斬撃、斬撃。
 重低音は間断なく、少なからぬ損傷を互いの肉体に刻み込んだ。
 最早余力も尽き果てかけて……しかし、ここで何故か、いいやむしろ必然か、友奈の内包する力の多寡が増大し始めた。

「うおりゃぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫びと連動する拳の一撃が、ついにダークナイトの体勢を崩し、ばかりかその総身を後退させることに成功した。

 友奈が保持するスキルに、「勇者」と呼ばれるものがある。
 それは高ランクの戦闘続行スキルにも似て、しかし根本的に存在を異とする固有スキル。
 その効力とは、「傷を負っていればいるほど、彼女の戦闘性能は向上していく」というもの。
 勇者とは逆境を踏破する者であり、ならばこそ己が傷つき倒れそうになっている時にこそ最大の力を発揮するという、それは勇気という輝かんばかりの光の具現。
 ここに至り両者の力の差が開き始めたのはそういうことだ。友奈はこの戦闘においてダークナイトとスカルマンの両方から多大な損傷を負わされている。ならば刻まれた傷は勲章となり、力となり、何より友奈を後押しする土台となるのだ。

 殴打の数が、斬撃の数を大幅に上回り始める。三の間に放たれた斬撃が、五の間になり、十の間になり、いつしか反撃はぱたりと止んで防戦一方と成り果てる。
 そこで止める友奈ではなかった。彼女とて疲弊の色は濃く、ここで倒れてもおかしくない状態であったが、しかし決してその攻撃は止まることはない。

「これでッ、トドメ!!」

 力強く振り上げた踵が、頭上から一気にダークナイトへと落とされる。ダークナイトがガードのために三又槍を掲げるが何するものぞ。柄は何の障害になることもなく腕ごと砕かれ、踵はそのまま頭頂に突き刺さった。
 一瞬の静寂。ダークナイトの胸を蹴りつけ軽やかに着地する友奈と対照的に、ダークナイトの動きが停止する。
 砕けた槍持つ手も、それを支える足も、全てが止まって───

「───!」

 ───否。止まりなどしない。
 止まりかけたと思われた一瞬、ダークナイトの体が急加速した。半ばで折れ短槍となったトライデントを逆手に友奈へと振り下ろす!

「受けて、立つ!」

 当然の如く、そんなもので友奈が怯むことなどない。
 この展開はあらかじめ予期していたとでも言わんばかりに、全身の力を爆発させクロスカウンターの拳を叩き込む。
 大気を引き裂く剛腕が、共に相手の顔面へと吸い込まれて───



「…………っ!?」



 瞬間、友奈の右脇腹を何かが貫いた。
 その時、友奈が感じたのは痛みではなく、腹を殴られたような衝撃と、それに伴った熱のようなものだった。

 押し殺す声。
 足から瞬く間に力が抜ける。
 膝を折って、腹を抱えるように崩れようとしたところで、気付いた。
 自分を刺し貫いているのは、一本の細長い棒のようなもの。
 そして、それは目の前の騎士の胸から生えていた。

 ───スカルスピアと呼ばれるその武器は、ダークナイトと友奈の二人をまとめて串刺しにしていた。

 今度こそ全ての動きが止まった騎士の後ろに、黒い影が舞い降りる。骸骨面をしたその男は、騎士の背へと片手を当て、騎士に突き刺したスカルスピアを、無慈悲に思い切り捩じり上げて、力の限りに引き抜いた。

 ばしゃあ!

 という音と共にぶち撒けられる、真っ赤な血。
 友奈の膝と太腿に、生暖かい血液の感触がぱしゃりとかかる。
 ダークナイトはそのまま崩れるように、その身を粒子へと変換させていた。胸の中枢、心臓部。霊核と呼ばれるそれを砕かれて、生きていられる英霊などいない。

「うぶっ、づぁぁぁああぁぁぁッ!」

 スカルスピアを払い血を振り落すスカルマンに、友奈は血反吐を吐きながらも、気力を振り絞るように再度の突貫を敢行した。
 その動きは一切速度を減じてはいなかった。力強さも、身のこなしの速さも、三つ巴の戦いを繰り広げていた時とまるで遜色ない。どころかその値が上昇しているようにも思える。
 勇者のスキル、その効果が最大まで高まった証左であった。死の淵にあるほど力を増す逆転の精神性は、どれほどの窮地であろうとも友奈に力を与えてくれる。

「……当初の目的は遂行した。お前は」

 けれど。
 例え膂力が上がろうと、例え速度が上がろうと。
 苦痛を堪え、気力を絞り、思考さえ覚束ない状態で放たれたその拳は。
 "精彩さ"の一切が消え失せていた。

「お前には、もう用などない」

 軽く半身を逸らし拳を回避してのけたスカルマンは、正拳を打つために伸ばしきられた右腕に足を引っ掛け、体の捻りと体重移動を利用して関節とは逆方向に捩じ回す。一切の容赦なく、友奈の右肘を軸にスカルマンの体がぐるんと回転した。
 枯れ木を手折るような乾いた音と、湿った粘質の音が同時に鳴った。

「ぎッ……!?」

 手をついて軽く着地したスカルマンは、そのままの勢いで後方へ跳躍、かつ逆側の腕を振り抜き幾本かのナイフを投擲する。
 友奈は折れた腕を庇いそれらを中空にて打ち落とすが、迎撃のために足はその場へ釘づけとなっていた。その隙を見逃す手はなく、友奈が体勢を立て直したその時には、既にスカルマンの姿は忽然と消え失せていた。

 場を、静寂が包んだ。
 何もかもが、終わりを迎えた。

「…………う……」

 気が遠くなりかけて、思わず前のめりに倒れかけた。体の節々が急速に冷たくなっていくのがはっきり分かる。
 だが、倒れない。友奈は決して倒れることはない。
 声の出ない苦痛の中で、思うことは、慮るのは、先刻逃げ去った少女のこと。

 ───追いかけ、ないと……

 姿を消した骸骨面のアサシン、彼があの少女を追いかけ殺害しないなどと考えるのは難しかった。
 だから、友奈は膝を曲げることなく立ち上がる。殺し合うのは、悲惨な最期を迎えるのは、全部サーヴァントだけでいいのだから。せめてマスターの彼女には苦しみなど与えたくないから。
 その一心で、友奈は崩れかける体を前に進ませた。
 ゆっくり、ゆっくり、歩き出す。





   ▼  ▼  ▼





 ぞぶっ、ぞぶっ、ぞぶっ。

 抉られる。抉られる。
 お腹に殴られたような感触が走り、その度に中身が失われていく。


 ぐちゅり、ぐちゅり、ぐちゅり。

 齧られる。齧られる。
 引きずり出された私の中身を、彼らは一心に食いちぎって咀嚼している。


 ごきごきと肋骨を抉じ開けられる。細い何かを引き千切られる。
 痛みはとうに無くなっていた。あるのは衝撃にも似た感触と、酷く凍えた冷たさだけ。


 抜け落ちていく。大切な色々が、私の体から離れていく。

 そうして私は茫洋とした意識の中で。
 永遠にも似た一瞬を、幾度となく繰り返していたのだ。





   ▼  ▼  ▼





 裏路地の狭い行き当たりは、まるで無機質で巨大な口が、人間を生きたまま咀嚼したかのように、血に塗れていた。

「……うっ」

 気の抜けた声が無意識に漏れる。
 立ち込める臭気、立ち尽くす友奈。

 友奈がそこに着いた時には、全ては終わってしまっていた。
 目の前には、一目で分かるほど広がった血の海。ばら撒かれた人体の破片と内臓が散乱し、咀嚼中の口を開けて中身を垂れ流しにしている状況そのままに、曲がり角へと大量の血と肉片を赤黒く溢れださせていた。

「あ……」

 一目で否が応にも理解できる、最悪の惨劇。
 角を曲がった先で何が起きたのか、最早想像の余地すらなく突きつけられる現実が、そこにはあった。

「うあ……あ……」

 目を見開き、信じられないといった表情で、友奈はその光景を見つめた。

 血の色をした、世界。

 ふらふらと幽鬼のような足取りで、友奈は歩を進めた。疲労で今にも崩れそうな身体に鞭を打ち、顔は情けなく下を向いたまま。
 柔らかい何かを千切る湿った音が断続的に聞こえてきて、それが何なのか理解する間もなく、血に濡れた曲がり角に足を踏み入れた。

 そして、自分の足元を向いた視線を、地面の赤だけが見える視界を、ゆっくり、ゆっくりと上げる。
 見たくないと精神が悲鳴を上げる。その声を無視して、友奈は徐々に顔を上げて。

 そして、見た。

「────────────」

 洗い場の如く血が溜まり、だらだらと流れ出している行き当たりの光景を。
 その血の海に沈む小さな少女の体と、それに群がる屍食鬼たちの姿を。
 友奈は、その目で目撃した。

 血塗れで力なく投げ出されている、少女の華奢な白い手足。
 そして血とレバー色の臓物の海の中に、虚ろな目を開けて落ちている、少女の貌。
 それらが屍食鬼たちの煽動に合わせるように、かくかくと人形のように揺れていた。

「この……ッ!?」

 叫びかけて、しかし友奈は息を呑んだ。
 その瞬間、吸い込んだ湯気のように猛烈な血と脂の臭いが友奈の肺にべったりとへばり付いた。その臭気は物理的な粘りさえ感じるほどに濃密で、胃をせり上げるような感覚を友奈にもたらした。

「う……」

 思わず手を口に当て、それでも彼女は何とか手足を動かして先へと進んだ。予定外の闖入者に屍食鬼たちは咀嚼行為を中断して立ち上がるも、無造作に振り抜かれた友奈の腕に、悉くが破片となって壁にばら撒かれた。
 動く者が友奈以外にいなくなるまで1秒とかからなかった。友奈は表情を弛緩させ、ふらふらと少女の前まで歩き寄った。

 もの言わぬ、空を見上げたまま固まった少女の頭。そして腹を裂かれて中身を全て引き出され、ぐっしょりと血を吸った服を着たまま転がされている、その胴体。
 見るに堪えなかった。見たくなどなかった。無辜の少女がここまでされる謂れはなく、こうなるまでに一体どれほどの苦痛を味わったのか、友奈でさえも想像できなかった。
 人の尊厳など、欠片も残らぬほどに凌辱されていた。慈悲、救い、幸運といったものは、そこには一切含まれていなかった。

 友奈は膝から崩れ落ちるようにぺたりと座り込み、震える手で少女の頭を抱え上げた。中身を失ってしまった少女の体は酷く軽く、血に浸かった長髪が粘質に濡れそぼって頭と共に引き上げられた。

 そして理解した。
 あまりにもおぞましいことに、この少女は死体などではなく───


「…………ぁ、が、ぁ……」
「あなた、まだ、生きて……」


 生きていた。少女はこうまで損壊しながらも、その命を失ってはいなかった。
 この時の友奈には知る余地もなかったが、それは屍食鬼と呼ばれる"彼ら"を蝕む、ある種のウィルスの恩恵であった。
 そのウィルスは人の生命活動を停止させ、死後の肉体を理性なきゾンビとして蘇らせる。それは紛れもない殺人ウィルスであるが、しかし「死した体を動かす」という一点が、この瞬間だけは少女の意識を繋ぎとめるに至っていたのだ。
 無論、そこに救いなど僅かも含まれない。少女の死は最早決定事項であり、如何な回復魔術を用いろうとも健常体まで治癒することは不可能だ。ただ悪戯に死までのカウントダウンを引き伸ばし、その苦痛を長引かせた。極低確率の事象を奇跡と呼称するならば、これは紛れもなく奇跡ではあった。しかしその奇跡は、決して人を救うことがない。

「……ごめん、なさい」

 一言、謝罪の言葉を告げる。
 血染めの路地の中心で、少女の虚ろな顔を見下ろし、その血肉の臭いを吸い込みながら。
 死して辛うじてその命を繋ぎ留め、消えゆく意識を残す少女に。
 最早取り返しのつかないことをしてしまったと、友奈は意味のない謝罪の言葉を投げた。

 こんな凄惨な最期を遂げて欲しくなかったから、友奈は戦った。
 サーヴァントだけを斃すなどという矛盾から目を背け、「そのほうがマシだから」という理由で戦った。
 だからだろうか。そんなくだらないことで戦ったツケが、偽善ですらない我執に巻き込んだ報いが。
 こうして形に、なったのだろうか。

「あなたをこんなふうにしちゃったのは、全部私の責任……。
 許して、なんて言えないけど。でも、もう二度と、あなたみたいな犠牲は出させないから……!」

 言葉と共に。
 沸々と湧き上がるのは、鋼の覚悟。

 結城友奈は勇者である。人々の笑顔を、その幸福を、ただ守り抜かんがために戦い続けてきた彼女は、議論の余地なく善性の英雄だ。サーヴァントとしての現界に際し、己がマスターの願いに奉ずることを決意しているものの、その心根自体は全く変わっていない。
 だからこそ、誓う。もう二度とこのような惨劇は起こさないと。
 所詮この手が届く範囲は有限で、救えず零れ落としてしまう命は数限りないけれど。
 それでも、自分の命が及ぶ限り、遍く人々を救ってみせるのだと。
 自分の救えなかった少女に、友奈はそう誓うのだ。

「だから、ごめんなさい。私はあなたを救えなかったけど、あなたがいたことを無駄にはさせないから……絶対、私がみんなを助けてみせるから……!」

 最早、声は嗚咽へと変じていた。どれだけ強い決意を持とうが、どれだけ勇気を胸に秘めようが、今の彼女はただの少女でしかないから。
 かつて救おうと足掻いて、それでも手が届かずその命を散らせてしまったという事実は決して変わらず、だからこそ友奈は己が事のように涙を流した。

 ただ、死にゆく少女のことが悲しくて。
 ただ、救えなかったことが情けなくて。

 少女を抱きかかえる友奈は、ぽろぽろと滴を零して。

「ごめんなさい……!」

 友奈は少女の首に手をかける。このまま放っておけば、少女は屍食鬼に成り果てる。彼女自身を殺した、あの醜い化け物へと。
 そんなことは、友奈には看過することができなかった。自分が救えなかった命ならば、せめてその死だけは綺麗なままであらせたかった。人のままで死なせてあげたかった。
 だから友奈は、少女の白く細い首に、その手をかけて。

 その、瞬間。



「───あ…ぃが……」



 その、声にならない呻きは。
 友奈にとっては不意打ちでしかなくて。

「……ッ!」

 ───ごきり。

 硬質の音と共に、友奈の手は少女の頸椎を折り砕いた。
 友奈は、何か信じられないものを見たかのように、その目を見開いていた。そっと少女の亡骸を地面に横たえ、下手くそな操り人形のように立ち上がる。

「ありが、とう……?」

 友奈が聞いた、少女の今際の際の言葉。
 それは、凄惨な末路にはあまりに不釣り合いで。

「そん、な……」

 けれど。
 心の奥底で、確かに友奈が待ち望んでいた言葉でもあった。

「そんなの、言ってもらえる権利なんて、私にはないよぉ……」

 声が震え、表情がくしゃりと歪む。今にも泣きだしそうになって、けれど強い決意で涙を押し留める。
 そんな暖かな言葉を言ってもらえる権利など、自分にはないのだ。だって彼女が死んでしまったのは自分の不徳のせいで、彼女の死の原因は全部自分にあるのだから。
 彼女だけを逃がしておいて、そのサーヴァントは脱落させようと動いた、苦肉の矛盾した行動だけではない。彼女を貪り尽くした屍食鬼は友奈のマスターが生み出したもので、あの骸骨面のアサシンがいなければ彼女のサーヴァントを殺していたのは他ならぬ自分で、つまり結局のところ、どう足掻いても彼女を殺したのは自分でしかないのだから。
 仮に、自分がもっと強ければ。
 仮に、自分がもっと賢ければ。
 もしかしたら、この少女は死ななくても良くて、みんな揃って笑い合えるような、そんな明るい未来があったかもしれない。
 けれどそうはならなかった。矛盾した行動の果てに、自らの因果が巡り巡って少女を殺した、勇者とも呼べない愚かな子供こそが自分だった。
 だから、ありがとうなんて、自分は言われてはいけないのに。

「……けど、ありがとう。私、ようやく決心がついた」

 それでも。
 それでも、友奈は現実に屈することはない。

 表情を俯かせ、しかし次の瞬間には毅然と顔を上げた友奈は、確かにそう宣言した。
 涙はとうに振り切っていた。嘆く暇などないのだから、ただ勇気を胸に自分は往こうと決意する。
 今まで散々迷って、悩んで。けれどちょっと考えてみれば、こんなに簡単なことだったから。

「私はマスターを助ける。そして、できるだけ大勢の人たちのことも助けたい。そんなの無理とか、どっちがどうとか、そんなことは関係ない!
 マスターも、他のみんなも、私は死なせたくなんかない……私は、みんなを守る勇者だから!」

 掲げるのは甘ったれた理想論。実現の可能性なんて那由多の彼方にしかない、子供でさえも聞いて呆れる妄言綺語。
 だけどそれがどうした、こうと決めたならば果て無く往くのだ。何故ならば、諦めなければいつかきっと夢は叶うと信じているから。
 孤独だって構わない。理想論者大いに結構! 例えどんな誹りを受けようと、結城友奈は諦めるということを知らない故に。

「勇者部五箇条ひとつ、なるべく諦めない。そして、為せば大抵何とかなる……!」

 この地に来てから久しく失っていた明るさと、持ち前の健気さを奮い立たせ、友奈は決意を新たに困難へと立ち向かう。
 敵はあまりに強大で、先を思いやるだけで足が挫けそうになるけれど、それでも彼女が膝を屈することはありえない。


 何故なら───結城友奈は勇者なのだから。



【如月@艦隊これくしょん(アニメ版) 死亡】
【ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)@遊戯王ZEXAL 消滅】



【B-3/路地裏の行き当たり/一日目 午後】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(大)、精神疲労(中)、左腕を骨折及び靱帯断裂、腹部に貫通傷
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
[備考]


※B-3/路地裏の行き当たりに如月の惨殺死体が安置されています。ゾンビ化の危険性は今のところありません。



【B-3/路地/一日目 午後】

【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態]疲労(中)、ダメージ(中)、霊体化
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:……
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。お互いそれなりに離れていますが、その気になればすぐに合流できる程度です。

















   ▼  ▼  ▼









「勇気あるあなた。何より強いあなた」

「できるならば、私もあなたのように」

「輝くように、いきたかった」











   ▼  ▼  ▼





「──────」

 空を、見上げていた。
 何故自分が生きているのか、如月自身でさえも良く分かっていなかった。引き摺られた腸が大きく位置を変える不快な感覚も、太ももにかかる柔らかい生肉の感触も、それらを啜られ、体の中に手と頭を入れられる感覚も、今や遠いどこかへ行ってしまったように無くなっていた。
 ただ、ひたすらに冷たかった。
 手足が雪に埋もれたかのように冷たくて、力が抜けて動かせない。そのくせ胸とお腹は灼熱するようで、息もできないほど重い苦痛だけが全身を支配していた。
 苦痛で、視界は真っ白に染まっていた。
 頭から完全に血の気が引いて、思考がぼんやりと鈍くなっていた。
 それでも辛うじて、自分があおむけに倒れていて、周りに幾つかの動く影があることは分かった。

 ───なにが、あったんだっけ。

 記憶さえもが、茫洋として覚束ない。自分は何故、こんなことになっていたんだっけ。
 私はかつて沈んでしまって、生きて帰るには勝たなきゃいけなくて、それで私はこうして───

 そうだ、私は、引きずり込まれたのだ。街で噂の屍食鬼に。
 艦装がなければ、私は戦うことができなくて。だから、こんなにあっさりとやられてしまった。

 ───睦月、ちゃん……

 脳裏にかつての風景が映る。それは、帰りたいと願った陽だまりの光景。
 けれど、もう自分はそこに帰ることはできないのだろう。
 そう考えると、なんだか無性に寂しくなって。
 如月は、諦観のうちに空を見上げていた。

 けれど。


「───あ」


 ふと、視界の端に何かが見えた。
 それは白みがかった景色の中で、一際映える赤色をしていて。
 ううん、これはピンクだ。花のように綺麗なピンク色。
 私はそれを見たことがある。ついさっき、屍食鬼たちに襲われるよりも前に。
 そうだ、これは……

 ───サーヴァント、なの……?

 髑髏面の黒影から私を守ってくれた、あの綺麗なサーヴァント。
 助けてくれると、私に逃げてと言ってくれた、あの優しい女の子。

 彼女はゆっくりと歩いてきて、群がる屍食鬼なんか歯牙にもかけず、一瞬で全てを終わらせてしまった。
 それを見た私は、こんな状態なのになんだか安心してしまった。


 ───良かった。

 ───名前も知らないあなた、こんな私のために。

 ───来てくれて、ありがとう……


 湧き上がるのは感激の念。私を助けてくれた勇者への、憧憬の印。
 二度も私を救ってくれた英雄への感謝は尽きず、眼前の少女のことが、私の目には救世主として映し出されていた。

 そうなのだ、勇者はいつだって弱い者の味方だ。
 世の中には残酷なことがたくさんあって、辛いことや苦しいこと、悪い人たちだってたくさんいるけど。
 でも、それと同じように、こうして誰かを救ってくれる優しい勇者だって存在するのだ。

 勇者(かのじょ)はゆっくりとこちらに歩いてくる。安心して、と言うように。怖がらせないように。
 そんな気遣いなんていらないのに、でもこの人はきっと優しいから、そんなふうにしてくれるんだね、と。如月は場違いな思考をして、一人で内心くすりと笑った。

 勇者は如月の前に立ち、そっと屈んで如月を抱きかかえた。優しい手つきで頭を包み、胸に抱いて慈しむ。

 如月は、今や安堵の境地に達していた。母に抱かれる子のように、この腕の中以上に安心できる場所などないとさえ思えるほどに、如月の心は暖かなもので満ち溢れていた。
 ありがとうの言葉を告げようとして、でも口から出るのは不格好な呻きだけ。それが如月にはもどかしくて、恥ずかしくて、何より申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 勇者は、そんな如月を見て何かを呟いていた。遠くなってしまった耳にはノイズにしか聞こえなかったけど、でもいい。いいんだ。私を助けてくれた彼女が、負の言葉なんか吐くわけないんだから。聞こえなくたってそれが意味するところは察せられる。

 だから、如月は瞼を閉じる。眠るように、夜の帳に懐かれるように。ありがとうという感謝の気持ちと、暖かなものでいっぱいになった心だけを携えて。
 私は助かったんだ、助けられたんだと、確信して───















「……ごめん、なさい」










 ───……。

 ───え?





 思いがけない言葉が聞こえて、安らぎに沈みかけていた如月の心は現実へと浮上した。

 ごめんって、それ、なに?

 なんで謝るの。あなたは、私を助けてくれたのに。
 訳、分からないわ。優しいのは素敵だけど、そんなに自罰的にならないで。

 だってあなたは、私を助けてくれるんでしょう?
 だったら、謝る必要なんてないのに……


「あなたをこんなふうにしちゃったのは、全部私の責任……。
 許して、なんて言えないけど。でも、もう二度と、あなたみたいな犠牲は出させないから……!」


 ───……ちょっと。

 ───ちょっと、待って。


 遠くなってしまった耳に届いたのは、勇者にはあり得ないはずの泣き言だった。
 それが、如月にはまるで訳の分からない未知の言語にも聞こえて。


 ───責任……犠牲……?

 ───犠牲ってなに……? 私、犠牲……?

 ───二度と私みたいな犠牲を出さないって、なに……?


 心に罅が入っていく音を、如月は聞いた。
 ふつふつと、胸の内側に黒い疑念がわき起こる。


「だから、ごめんなさい。私はあなたを救えなかったけど、あなたがいたことを無駄にはさせないから……絶対、私がみんなを助けてみせるから……!」


 ───救えな……かった……?


 続く少女の言葉で、如月の中に芽生えた疑念は決定的なものになった。
 辛うじて形を保っていた心が、粉々に砕け散った。
 か細い希望の糸は、完全に断ち切られてしまった。

 救済の勇者の姿は、一瞬にして虚飾の泥に塗れてしまった。
 今まで輝いて見えてたはずの少女は、最早小さく泣きわめく子供にしか見えなかった。

 少女は尚も謝罪を繰り返す。
 何の意味も持たない、救いにもならない、これ以上なく薄っぺらな謝罪の言葉。

 少女は語る。あなたの犠牲を無駄にはしないと。
 少女は語る。二度とこんな悲劇は生ませないと。
 ───少女は語る。代わりにお前はここで死ねと。

 少女は挫けない。取りこぼした過去など捨て去って、これから助けるべき人々という未来(さき)だけを目に映して、ただ前に進むのだ。
 何故なら少女は英雄だから。彼女にとって、過去とは常に未来を駆動させる糧でしかなく、故に決して過去(うしろ)を振り返ることなんてない。

 如月のことなど、無駄にできない消耗品(ぎせい)の一つとしか映さないまま。
 輝ける未来を形作るための、尊い過去(ふみだい)の一つとしか映さないまま。
 少女は如月以外の誰かを救うために光り輝く道を往かんとしている。

 救えず済まないという謝罪の言葉も、代わりに如月以外の誰かを助けるのだという希望の言葉も。
 如月にとっては、「お前は救われない」という死刑宣告でしかなかった。


「ごめんなさい……!」


 ───違う。

 違う、違う、違う。そんな言葉なんて欲しくない。

 そんな、ヒーローみたいなこと言わないで。
 そんな勝手に背負っていくなんて言わないで。
 嫌だ。やめて、違うの。そんな責任の取り方って、ない。
 私はまだ死にたくないの……ゾンビなんて怪物じゃない、如月はまだここで生きてるんです。

 どれだけ歪んでも。
 どれだけ失っても。
 こんなぐちゃぐちゃになっても。

 私はまだ如月なんです。英雄(あなた)の花道を彩る不幸な犠牲者なんかじゃない。
 寂しがり屋で意気地なしの、まだ生きてる如月のままなの。
 哀れな犠牲者だなんて、かわいそうな子だなんて。
 そんな代名詞で片づけないで。ねえ。

 ───ねえ。


「……あ、」


 ───こんなところで、死ぬなんて。


「ぃが……」


 ───いや。

 ───いや、いやだ。死にたくない、死にたくない!

 ねえ助けて、助けてよ。あなた英雄なんでしょう!? 勇者なんでしょう!? だったら助けて、お願いだから!
 これからどうなったっていい! 帰れなくたって構わない! どんなことでもするから、ねえ!

 ……!? い、いや、いやだぁ。死にたくないよ助けてよぉ! なんで首を掴んでるの、助けてくれるって言ったじゃない! 逃げてって、私のこと助けてくれたくせに!
 やだよ、痛いよ、折らないでくださいお願いします。死にたくない、生きていたいんです。ねえ助けてよ、助けてください、助けて、助けてお願いだから、殺さないで……!


 助けてくれるって信じてたのに。


 この。


 嘘つき。






 ───ごきり。


 ………。

 ……。

 …。





   ▼  ▼  ▼





「何故なら───あいつは"勇者"だからな」

 ……?

 何を言っているんだろう、このサーヴァントは。

「おぉっと、何言ってんのかてんで分からねえって顔してやがるな」
「……当然でしょ。まさか、勇者や正義の味方は現実じゃ無力だからとか言うつもり?」
「いいや? あいつらが大好きなお題目……正義、絆、仲間ってとこか? どいつもこいつも人に必要な要素さ。
 何か行動するには当人なりの正義がいる。絆や仲間は言うまでもなく大事さ。オレにもファミリーみてェな仲間がいたからな、よォく分かる」

 不遜な表情は変わらず。
 ドフラミンゴは口を弦月に歪ませる。

「だがな乱、よく考えてみろ。今のあいつに、正義も絆も仲間もあるか?」
「それは……」

 言って、後に詰まる。
 ドフラミンゴの言葉は、なるほど確かに、その通りではあった。

 正義───仮にランサーが正義を語るならば、無辜の住人を食らう屍食鬼の存在を如何するというのか。
 絆───自分のマスターさえ御することができず、そもそも知性を持たないアレに絆などあるものか。今更他の誰かと紡げるものか。
 仲間───広く民衆に被害を出しておいて、今更同情など寄せられるものか。他者に利することもできない脆弱な立場にあって、誰かの協力を得られるものか。

「そうさ、何もない。あいつには何もないんだ。そしてこれから手に入れることもない。正義の味方が正義さえ失くしてちゃァ、そりゃつまり空っぽってこった」
「……」

 藤四郎は、何も言えなかった。

「ただでさえ何も持ってない奴が、たったひとりで何ができるっていうんだ。
 その薄っぺらな拳で、なァ?」

 睥睨して嘲笑うドフラミンゴの声に。
 同じく嘲笑う、時計のように機械的な声が重なった。

 そんな、気がした。


【B-4/元村組本部/一日目 午後】

【乱藤四郎@刀剣乱舞】
[令呪]三画
[状態]疲労(小)、魔力消費(小)
[装備]短刀『乱藤四郎』@刀剣乱舞
[道具]なし
[所持金]割と多め
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の力で、いち兄を蘇らせる
1:魂喰いを進んで命じるつもりはないが、襲ってくる相手と聖杯戦争の関係者には容赦しない。
2:ランサーを利用して聖杯戦争を有利に進める……けれど、彼女の姿に思うところもある。
[備考]


【ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ)@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]
[道具]
[所持金]総資産はかなりのもの
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得する。
0:ランサー(結城友奈)が出すであろう影響が発生するのを待つ。
1:ランサーと屍食鬼を利用して聖杯戦争を有利に進める。
2:『新市長』に興味がある
[備考]


【佐倉慈@がっこうぐらし!】
[令呪]三画
[状態]理性喪失、魔力消費(中)、寄生糸による行動権の剥奪
[装備]
[道具]
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
※慈に咬まれた人間は、マスター、NPCの区別なく彼女と同じ状態になります。
※彼女に咬まれて変容した者に咬まれた場合も同様です。
※現在はB-4/元村組本部の地下室に幽閉されています。周囲には常時数名の見張りがついており、少なくとも自力での脱出はほぼ不可能です。



前の話 次の話
022:神さまのくれた木曜日 投下順 024:地に堕ちて天を想う星
009:播磨外道 時系列順 024:地に堕ちて天を想う星

BACK 登場キャラ NEXT
014:王の帰還 佐倉慈 044:深蒼/真相
ランサー(結城友奈) 028:陥穽
019:焦熱世界・月光の剣 如月 GAME OVER…?
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight) GAME OVER
020:善悪の彼岸 050:落日の影
アサシン(スカルマン)
000:封神演義 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 032:血染めの空、真紅の剣
アーチャー(ギルガメッシュ)
014:王の帰還 乱藤四郎 044:深蒼/真相
ライダー(ドンキホーテ・ドフラミンゴ) 033:白紙の中に

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