十五年前、神様は突然人の前に現れて言いました。

『あの世は最早満杯だ。この世もすぐに行き詰る。ああ失敗した』

 その言葉だけを残して神は消え、当時この世の春を謳歌していた人間は驚いて震えました。種族として一億年も生きていない彼らが神様に会ったのは初めてのことでした。その初めての言葉が、別れの言葉だったのです。

 その日から、人は死ななくなりました。
 心臓が止まっても肉が腐っても、死者は蠢くのを止めませんでした。
 その日から、子供は生まれなくなりました。
 工場の火が落ちるように、新しい人は作られなくなりました。

 神様のいなくなった世界で人は絶叫しました。億の絶叫は血を噴き出して瀕死になるまで止みませんでした。生きてる人はあっと言う間に少なくなり、世に死者が蔓延りました。

 そして、墓守が現れました。
 墓守は神様が人のために遣わした最後の奇跡でした。
 年を取らず、疲れを知らず。人の望む最高の肉体を与えられた彼らはふらふらと歩き回る死者を埋め、墓を作って生者の安息を守りました。そうされてやっと、人は安らかに眠れたのです。

「それは墓守の詩。墓守の寓話」

「誰もが知る黄昏色の言葉。かつて人が失ってしまった詩篇の一つ」

「……歪んでしまった、世界の有り様」





   ▼  ▼  ▼





 すばるたちとの合流のため、雑木林を抜けようと黙々と歩いている最中、遠くから突然爆発音が聞こえてきた。
 アイをおんぶした蓮の足が止まる。はて? とアイ。蓮は僅かに眉を顰めて音の方向へ首を傾けた。

「爆発、ですか」
「爆発だな」

 小さく、幼いアイが指を差して言う。
 大きく、古い蓮が頷いた。

「お山では、よく蛇抜で大きな音が鳴りましたけど、街では何かが爆発するものなのですね」
「……まあ、間違いじゃないんだけどな」

 蓮が軽い掛け声と共に背負ったアイの位置を直しながら言う。大人の仕事を邪魔する子供のようにアイが蓮の肩に顎を乗っけて彼方を仰ぎ見た。勿論、それで何が分かるわけでもなかった。

「十中八九、サーヴァントがなんかぶっ放したんだろうな。白昼堂々とか頭おかしいんじゃねえのかそいつ」
「さっきまで派手に戦ってた私達が言っても説得力ないですよ」
「あれは正当防衛みたいなもんだろ」

 ふむ、とアイが鼻息を鳴らす。耳元でやられた蓮は鬱陶しげに顔を背けた。

「ねえ、セイバーさん」
「言っとくが行かないぞ。俺達が行ってもどうにもならないって分かるだろ」
「でも、あそこで困ってる人たちを助けることが……」
「無理だ」

 にべもなかった。駄目、ではなく無理と言ったあたりに、頑なな意思が見えた。

「理由なんていくらでもあるぞ。救う手段がない、助ける義理もない、行ったところで足手纏いにしかならない、この国には非常事態に自救の手段がある。そして何より」

 一旦、言葉を切って。

「誰も、お前の助けなんざ望んじゃいない」

 決定的な言葉を、言った。

「……むぅ」

 背後で項垂れる気配がした。構うことなく、蓮は歩みを再開させた。

「心配しなくても、あいつらはあいつらで勝手に助かるよ。それともお前は、独り立ちできる連中の手も無理やり引っ張り起こすのか?」
「分かりましたから、もういいです……」

 分かったから、アイはつらく沈んでいた。
 それからは二人とも言葉無く、黙々と歩いていた。暫くすると、前方から光が差し込んできて、鬱蒼とした雑木林も終わりが見えた。

「そういや聞いてなかったけど」

 ふと、蓮が言った。

「? なんです?」
「いや、お前世界を救うって言ってるけど、そもそもお前の言う『世界を救う』ってどういうことなんだ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ」
「聞いてないな」

 アイが惚けたように答える。蓮の声音には若干の呆れが含まれていた。

「で、結局どうなんだよ」
「聞きたいですか? どうしても聞きたいですか? むふー、仕方ない人ですねセイバーさんは。
 いいでしょう! どうしてもと言うなら私の夢の全てをお教えして」
「くどい、うぜえ、やっぱ言わなくていい」
「あぁ! そんなこと言わないで!」

 アイは大慌てで訂正した。さっきまでの落ち込みはどこへやら、身振り手振り、ぶんぶんと手を振りまわす。蓮の目つきがじっとりとしたものになった。

「で?」
「うぅ、セイバーさんの意地悪……それで、私の言う世界を救うというのはですね」

 沈黙。そこでアイの言葉は止まった。ざあざあと風に葉が揺れる音だけが聞こえる。アイの声は聞こえない。蓮はどうしたと視線を向けて、そこで固まったアイの顔を見た。

「どうしたんだよ」
「……なんなんでしょう?」
「は?」

 今度は蓮も言葉を失った。冷たいものが二人の間を流れていった。

「……お前、もしかして自分のやりたいことも碌に分からないまま無茶ばっかしてたのか?」
「い、いえ! 違うんですよ!? 私はきちんと私の夢を持っていますよ!?
 でもなんというか、それを上手く言葉にできないというか……」
「それはそれでどうかと思うぞお前」

 言って蓮はため息をついた。どうやら、今まで考えなしの馬鹿に散々付き合わされてきたという悲しいオチが付く心配はないらしい。

「……えーとですね。とりあえず、セイバーさんは私がいた世界が色々と変なことになってるってことは知ってましたよね?」
「ああ、正直胸糞悪かったけどな」
「ええ、まあセイバーさんはそうでしょうね」

 アイのいた世界は、正しく「死」に溢れていた。
 アイの生まれる十五年前、人々は「神」を見たのだという。その日から人は死ななくなった。いや、厳密には死んでも動き続けたと言ったほうが正しいか。肉体は死亡し、肌は潤いを失い、肉は腐って五感も内臓機能もまるで働かなくなって、それでも人は意思と記憶を持って動き続けた。たとえ全身や頭部を吹き飛ばされても、それはあくまで考えることができなくなるというだけで、真の意味での死ではないのだ。
 最悪なのは、死者は体だけでなく心まで腐敗が進行するということだ。死者となった人は、当初こそ生前のままの思考を持つけれど、時間が経つにつれて段々と「我儘」になっていく。生前の強い衝動や執着、あるいは思想や信条といったものが極端になって、いつしか理性さえも失くした正真正銘の化け物と成り果てるのだ。

「私が考える一番単純な世界の救済は、十五年前の、人が当たり前に生まれて当たり前に死ぬ世界に戻すことなんです。手段は何も分かりませんけど、そこを目指せばいいと考えてます」
「ふぅん」
「あれ、なんだか反応薄くないですか?」

 ちょっと意外だった。アイは蓮の渇望を知っていたから、死者を元の死に還すという自分の考えに賛同してくれるとばかり思っていた。今まで散々馬鹿だのアホだの言われてきたからここらでちょっと見返してやろうとか、蓮と同じ意見になったら嬉しいなとか、そういう打算も少しだけあった。けれど、とうの蓮はどうにも渋い顔をしていた。

「いや、別に間違っちゃいないと思うぞ。それはそれで一つの救済方法なことは確かだ。けどさ」
「? はい」
「だったらお前、なんで聖杯使うって発想にならねえんだよ。どう考えても一番手っ取り早いじゃねえか」

 意図の分からない質問だった。そんなの、答えなんて決まりきっている。

「なんでって、そんなの当たり前ですよ。だって私は世界を救うんですから、そのために誰かを殺したりなんかできるわけありません」
「死者のことは殺すのに、か?」

 ……。
 ……え?

「何言ってるんですか、セイバーさん……?」
「だってそうだろ、お前の言ってることはつまり、生き返った死者をもう一度ぶっ殺してまわるってことだぞ。別にそれを悪いとか間違ってるとか言うつもりはねえけど、自分で言ってて矛盾してるって気付かないのか?」
「いえ、そうじゃなくて」

 蓮の言わんとしていることはアイにも分かった。死者を死に還すとはそういうことだ。意思も記憶も生前のままだというなら、肉体の状態を除けば生者と死者の区別などない。ならばアイの行おうとしていることは人間の再殺に他ならない。
 理解はできる。その理論、考えてみれば確かにその通りだ。自分の矛盾を指摘してくれたことに関しては、むしろ礼を言いたいほどだった。
 けれど、その理論を口にするのがよりにもよって藤井蓮であることが、アイにはまるで理解できなかった。

「セイバーさんが、それを言うんですか……?
 死んだ人を認めないなんて、私のお父様と同じことを言うあなたが、それを」
「あのな」

 肩をすくめ、蓮は言った。

「そりゃ確かに、俺は死者の生を認めないさ。けど、それはあくまで俺一人の渇望であって万人に共通する真理なんかじゃない。
 俺は自分の渇望が、器が、世界を救うような大したモンだとは思っちゃいないよ」

 藤井蓮はエゴイストだ。他人の価値観も生き方も、慮るのは自分と全く関係ない次元においてのみの話でしかない。放置すれば不都合が生じるならば、勝手に動いて自分に都合のいい方向へ持っていこうとする。
 だがそれは、逆に言えば自分と無関係であるというのならば主張を押し付けることはしないということでもある。
 生き返りたい、生き返らせたい、そしてもう一度生きていきたい―――そんなものは当人の勝手だし、好きにやればいい。自分の考えと違うからって無条件で否定するなどと、そんな傲慢な価値観押し付けの趣味は無い。
 だから蓮は、アイの世界で生きる死者たちを心底気持ち悪いとは思いながらも、存在そのものを否定するつもりはなかった。これが自分たちを襲ってくるとか、そういうことなら話は別だが、所詮は違う世界のことでしかない。
 まして、自分のこの渇望が世界を救う考えだなどと、思い上がりもいいところだろう。結局のところ、藤井蓮の考えなど自分勝手の延長でしかないのだから。

「で、でも、私は死者の皆さんに『幸せな最期』を迎えてほしくて、それが救いになると思って、それで……」
「それこそ矛盾でしかないだろ。『幸せな最期』なんてもの、決めるのは結局当人じゃねえか。仮に世界を滅ぼしたいとか人を殺したいとか願う死者がいたとして……
 いや、そんな極端な例え持ち出さなくても、『死にたくない』って願ってる死者がいたら、お前どうするんだよ」

 "いたら"ではなく、確実にいるだろうと蓮は考える。いいや、むしろアイの世界に住まう死者たちの大半は"それ"なのだろうと推測できる。
 何故なら、墓守などというご都合主義的な自殺手段がそこにあるのだから。死者の生を終わらせたい人間は真っ先に縋りつくだろう。ならば残るのは当然"そうでない"連中だ。

「それは……」
「どうなんだ?」
「叶えてあげられない、です……」
「そうか」

 言って、蓮は歩き続ける。アイは今や言葉もなく、額を蓮の背中につけて下を向いていた。

「……私、気付けませんでした。私いつの間にか、救う人をはっきり区別してしまっていたんですね」

 絞り出すように出す。声、今は沈んだように。
 自分の考えていた救いは、決して万人にとっての救いではないのだと、言葉の上だけでしかないけど、突きつけられた。
 夢という拠り所を、斧で思い切り斬りつけられた気分だった。

「私が考えていたよりずっと、世界は複雑なものだったんですね」

 一つ、学んだ瞬間でもあった。
 世界には色んな人が入り乱れていて、各々で考えていることも願っていることも全然違っていて、だから救い方もそれぞれ違ってくる。
 蓮のように死者の生を否定する視点(せかい)があれば、逆に死者になっても生き永らえたいという視点(せかい)もある。十人十色に千差万別、みんな違ってみんないい。世界とは人の数だけ存在するのだ。
 それはあまりにも当たり前のことで、けれど一つの価値観で墓守の娘を縛っていた村で生まれ育ったアイには、それが分からなかった。
 分からなかったからこそ、今、分かった。

「ねえ、セイバーさん。セイバーさんにとって、世界とはどういうものなのですか?」

 だから、アイは聞いてみた。少しでも多くの世界を知るために、そしてその世界をいつか救えるようにと。

「私に、その世界は、救えますか?」

 最初に"救う"と決めたこの人に。
 アイは、内心では決死の覚悟さえ携えて、尋ねた。

「俺の世界、か」

 そして、一瞬だけ間があいて。



「……俺と、俺の周りの人間だな」
「めちゃくちゃ狭いですね!?」



 割とドン引きだった。

「悪いかよ。前にも言ったろ、俺は自分本位のエゴイストなんだよ」
「いえ、別に聞いた覚えはないんですけど」

 間違いなく初耳である。いや、薄々そうなんだろうなーとは思ってたけど。

「まあ、我ながら偏った価値観だとは思ってるよ。だからこんな奴が創る世界なんて、きっと碌でもないに決まってる」
「?」
「こっちの話。それはともかくとしてだ。
 俺の世界は、俺とその周りの人間。これは分かったな?」
「え? はあ、まあ」
「そういうことだよ。だからお前が俺の世界を救いたいって言うなら、まずは自分のことを第一に考えろ」
「え、それってどういう……」

 疑問の答えは、突如として早まった歩みに掻き消された。アイは「あわわわわわわ!?」と慌てるばかりで、その続きを口にすることはなかった。

「無駄口叩いてる暇あったら足を動かせってな。そら、もっと早めるぞ」
「ちょ、またこのパターンですか! いい加減私も怒りますよセイバーさん!」

 怒るという言葉とは裏腹に。
 その声は、どこか喜色に満ちたものだった。









 ――――――――――――――――――――。










 また、爆発音がした。
 今度はさっきとは正反対の方角から。

「……」
「……」

 押し黙る二人。共に表情は無い。

「……行かないぞ」
「ですよねー……」

 そういうことになった。



 ………。

 ……。

 …。




   ▼  ▼  ▼





「それは墓守の詩。墓守の寓話」

「誰もが知る黄昏色の言葉。かつて人が失ってしまった詩篇の一つ」

「歪んでしまった世界の有り様」

「けど、お父様。お母様」

「私は、恨んでなんかいませんよ」

「どれだけ世界が歪んでも、滅びと荒廃に満ち溢れていても、私は世界(ここ)が大好きです」

「だから、地獄を遠ざけたあなたのように、天国を作り出したあなたのように」

「いつか、きっと」

「私は、世界を救います」



【C-2/街中/1日目 午後】

【アイ・アスティン@神さまのいない日曜日】
[令呪] 三画
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)、右手にちょっとした内出血、全身に衝撃
[装備] 銀製ショベル
[道具] 現代の服(元の衣服は鞄に収納済み)
[所持金] 寂しい(他主従から奪った分はほとんど使用済み)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出の方法を探りつつ、できれば他の人たちも助けたい。
0:世界を救うとはどういうことなのか、もう一度よく考えてみる。
1:すばるたちと合流したい。然る後にゆきの捜索を開始する。
2:生き残り、絶対に夢を叶える。 例え誰を埋めようと。
3:ゆきを"救い"たい。彼女を欺瞞に包まれたかつての自分のようにはしない。
4:ゆき、すばる、アーチャー(東郷美森)とは仲良くしたい。
[備考]
『幸福』の姿を確認していません。




【セイバー(藤井蓮)@Dies Irae】
[状態] 魔力消費(小)、疲労(小)
[装備] 戦雷の聖剣
[道具] なし
[所持金] マスターに同じく
[思考・状況]
基本行動方針:アイを"救う"。世界を救う化け物になど、させない。
1:あいつらと合流か……
2:聖杯を手にする以外で世界を脱する方法があるなら探りたい。
3:悪戯に殺す趣味はないが、襲ってくるなら容赦はしない。
4:少女のサーヴァント(『幸福』)に強い警戒心と嫌悪感。
5:ゆきの使役するアサシンを強く警戒。
6:市街地と海岸で起きた爆発にはなるべく近寄らない。
[備考]
鎌倉市街から稲村ヶ崎(D-1)に移動しようと考えていました。バイクのガソリンはそこまで片道移動したら尽きるくらいしかありません。現在はC-2廃校の校門跡に停めています。
少女のサーヴァント(『幸福』)を確認しました。
すばる、丈倉由紀、直樹美紀をマスターと認識しました。
アーチャー(東郷美森)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
アサシン(ハサン・サッバーハ)と一時交戦しました。その正体についてはある程度の予測はついてますが確信には至っていません。
C-3とD-1で起きた破壊音を遠方より確認しました。



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セイバー(藤井蓮)

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