頭に当たる柔らかい感触に、笹目ヤヤは意識を覚醒させた。
 真っ先に目に映る木目調の色褪せた色彩に、ヤヤは数瞬、自分がどこで何をしているのか分からず、呆とした意識のままで視線を彷徨わせた。
 そこは木造の一室だった。あるのは何の変哲もない棚と木製机と、自分が寝かされているベッドだけ。窓から差し込む陽射しが、起きたばかりの目に眩しく突き刺さる。

「……ゴホッ、つぅ……」

 吸い込む空気がやけに埃臭く、次いで思い出したようにぶり返す全身の痛みがヤヤを襲った。節々から来る鈍痛に思わず顔を顰めながらベッドを抜け出すと、ヤヤはやはりこれも木で作られた扉に手をかけ開け放ち、廊下へと出た。
 一見して、ヤヤはここが廃校の類であると分かった。
 一本の長い廊下に綺麗に区分けされた教室がずらりと並ぶ様は、普段見慣れた学び舎に共通する建築様式に他ならない。しかし人の気配も生活の痕跡もなく、古びた木造は朽ち果てている。思わず咽るほどの埃は、無人のまま経過した時間の長さを言外に表しているようだった。

「廃校……? ううん、その前になんでこんなとこいるのよ私」

 訳の分からない状況に思考が覚束ない。こんな廃墟になど、常の自分ならば間違っても足を踏み入れないと知っているから尚更に。
 ともあれ、現状を纏めるとこうだ。
 いつの間にか自分は眠ってしまっていて、気付いたら廃校の一室に寝かされていた。
 自分はこんな場所知らないし知りたくもなかったから、誓って自発的に来たなんてありえない。
 明るさからして、今は多分昼過ぎくらい。記憶に残る最後の景色と比べても、恐らく大して時間は経っていないはず。
 そして自分は一人きり。周りには誰もいない。
 ……訳が分からない。

 ふと思う。考えてみればこのシチュエーション、ベタなホラー物の導入っぽくはないだろうか。
 気付けば一人見知らぬ場所で寝かされていて、舞台は外界から閉ざされたどこぞの廃墟。そして少女は正体不明の何者かに襲われて───

「いやいやいや」

 我ながらそれはないでしょ、と突飛に浮かんだ妄想を切り捨てる。しかし、そうすると本格的に現状がどうなっているのか分からない。
 歩くだけでぎしぎしと音が鳴る廊下を恐る恐る進む。そうしているうち、寝起きでぼうっとしていた頭が、段々と落ち着きを取り戻してきた。

「……あ」

 まず思い出したのは赤だった。視界の一面を覆う赤色、それが最初の記憶。
 赤はすぐさま炎に切り替わり、身を焼く熱の記憶が想起された。この時点で、ヤヤは知らずぶるりと体を震わせた。忘れていた恐怖が思い出されたからだ。

「そう、よね。私あそこで……」

 自分の身に何が起こったのかを、ヤヤはようやく思い出した。その忘却は許容量を超えた精神を守るための防衛機制であり、しかしそれすら圧する密度の記憶により、ヤヤの脳内には全ての過去が羅列された。
 赤、炎、熱、恐怖、痛み。
 しかし、それよりも何よりも、ヤヤが強く思ったのは。

「……ライダー」

 ピンク髪の無駄に明るい、自らのサーヴァントのことだった。

「やだ、私どうして……謝らなきゃ……」

 そして、自分の意識が闇に落ちる寸前に思ってしまったことに対する、どうしようもない罪悪感と自己嫌悪。
 なんであんなことを思ってしまったのだろうと、今さらに湧き上がる嫌悪が胸に渦巻く。
 その感情はかつてなるに向けてしまった罵詈雑言を否応なく思い出させて、だからこそ今すぐ謝りたいのに自分の傍には誰もいない。

 なんで、どうして、どこに行ったの───めくるめく感情は行き場を失い、思考に再び言いようのない陰りが生じた。
 鈍る頭でふらふらと、ヤヤはライダーの姿を追い求め、やがて「資料室」と立札が貼られた部屋にまで行きついて。


「……ボクは、消えてなくなってもいい」


 聞き間違えようのない、あのライダーの声が。
 半ば混濁したヤヤの頭に、これ以上ない現実感と共に突き刺さった。





   ▼  ▼  ▼





 目が覚めたアストルフォの目に飛び込んできたのは、蒼白の髪をした髪をした美麗痩躯の男の姿だった。
 アーチャーと名乗るその男は、アストルフォの記憶に残る自分たちを助けてくれた男と同じで、だからこそアストルフォは混じり気のない純粋な感謝の念を男に告げたのだった。
 アーチャーにどんな意図があるのか、それは分からない。けれどあの時彼が助けに入らなければ、自分たちは間違いなくあの赤い砲兵の手で殺されていたことだろう。それが分かったから、疑念や警戒などよりもずっと先に友好と感謝の念が湧きあがった。何ともアストルフォらしい善性さである。

「つまり君達は、聖杯戦争からの離脱のみを目的としていると。そういうことか」
「うん、そういうこと」

 そうしてつらつらと語るのは、ここに至るまでにとったアストルフォたちの行動、つまりは情報だった。
 聖杯戦争に臨む理由、そのために取った行動、出会った参加者について。その全てを何ら隠すことなく、あけっぴろげに。アストルフォは求められるがままにアーチャー……ストラウスへと語った。
 それはアストルフォが持つ爛漫さや純真さ、つまりは善性の精神に基づくものや、あるいはアーチャーに対する感謝の念が混じっていたことは確かである。しかしそれ以上に、アストルフォの行動にはある意図が含まれていることを、ストラウスは感じ取っていた。そしてそれを、アストルフォも隠すことはなかった。

「ボクから言えることはこれくらいかな。ここに呼ばれて以降、最初の一回を除けば戦いになったのはさっきのが初めてだからね」
「そうだろうな。そも、これほど早期にあのような破壊を引き起こす輩のほうが異常と言える」
「あー、それは言えてるカモ。真昼間の街中であんなことするなんて、ある意味ボク以上に理性が飛んじゃってるよ」

 アストルフォは備え付けの机に肘をかけて、不満そうにぶーたれていた。その机も老朽化で脆くなっているのか、アストルフォが体を揺する度にぎぃぎぃと乾いた軋みをあげている。
 対するストラウスは軽く椅子に腰かけ、手元には山のように積まれた本が重なっていた。曰く、アストルフォが目覚めるまでの間に目を通していたとのことだが、こんな廃校に残された本を読んで何が面白いんだろうとほんのちょっぴり思った。
 現在、アストルフォのマスターであるヤヤは少し離れた保健室に寝かせている。保健室というよりは、最早その跡のようなものだったが、ベッドとシーツだけは何とか使えるものを見つけて整えておいた。
 先刻の戦闘で負った傷は、アストルフォ共々目に見えないレベルまで回復している。自然治癒では断じてなく、それがストラウスによって注がれた魔力による回復効果であるということは、ストラウス自身は言及しなかったものの、言外にそうなのだろうとアストルフォは直感的に悟っていた。

「でさでさ、アーチャー」
「なんだ」
「自分でも厚かましいかなー、とは思ってるんだけどね」

 そこでアストルフォは、大きく笑って。

「ボクたちと同盟を結んでくれないかな」

 そんなことを、臆面もなく言い放った。

「その意味を分かって、言っているのか」
「うん」
「思い上がり、というわけでもないらしいな」
「まあね。流石にボクでも、君と対等なんて思っちゃいないよ」

 にこにこ、にこにこ。アストルフォは笑顔のままだ。それは微塵も変わらない。
 同盟と彼は言った。それは言うまでもなく、互いが対等な関係でなければ成されないことであり、武力なり知力なり資源なり情報なり、ある程度相手に拮抗できるアドバンテージの保持が前提条件となる。
 では、アストルフォがストラウスに対して持ち得るアドバンテージとは何であろうか。
 結論から言って、何もない。武力も知力も、彼はストラウスには遠く及ばない。余力の多寡ですら大幅に負けている。資源、魔力プール、礼装、情報……それらもたかが知れてるレベルであり、ストラウス相手に交渉できるほどのカードでは断じてあり得ない。
 同盟などと思い上がりにも程がある。現状、アストルフォたちが殺されず放置されていること自体が、一から十までストラウスの善意で為されているようなものだ。対等に手を組もうなど、口が裂けても言えるわけがない。

 それはアストルフォとて理解できている。
 ならば、それを分かった上で言っているのだとすれば、それは───

「だから、これは厳密に言うなら同盟じゃなくお願いなんだ。
 ボクは君に全てを捧げる。その代わり、ボクのマスターのことを守ってほしい」

 持ち得るものがないならば。
 与えられるものなど、それしかないだろう。

「ボクのマスターはさ、魔術師でも何でもないただの女の子なんだ。だから魔術の奥秘を極めるとか、叶えたい願いとか、そういうのも無くってさ。聖杯戦争に臨む理由もないんだ。
 でも、その代わりに帰りたい日常が、あの子にはあるんだ」
「ボクはそれを助けたいと思った。ボクたちは願いを叶えるために召喚されたけど、巻き込まれた女の子一人救えないなんて情けないにも程があるじゃないか」
「ボクは確かにライダーだけど、それ以前にシャルルマーニュが十二勇士、アストルフォだ。英雄たる振る舞いを忘れたことなんて一度もない」

 アストルフォの声が、別人のように変わっていた。
 文字通り別人の声に変質したわけではない。それは相変わらずアストルフォの声だ。しかし、そこに含まれる語調が、意思が違っていた。
 今までのアストルフォの声音は天真爛漫な子供のそれであった。好奇心に満ち溢れた少女のような、新しいものに一喜一憂する少年のような。世の輝きを一身に謳歌する純粋なそれ。
 今は違っていた。彼の声音に含まれるのは勇気と、誇りと、何よりも笹目ヤヤを思う献身の心であった。自分を呼び出した彼女を守り通すためならば、幾千の戦場すら恐れない英雄の覚悟であった。
 彼は英雄の何たるかを知っている。世界の無常、真理、そしてそれに立ち向かう勇気。その誇りこそを強さとする者こそが英雄であり、それに足るだけの自負と自尊を持っている。
 同時に、彼は己の分というものを弁えている。己は断じて強者ではなく、単独で聖杯戦争を勝ち抜けるような器ではないことを知っている。
 だから、彼は投げ渡したのだ。本来ならば決して捨て去ることもできないはずの誇りを、自負を、自らを。しかしそれこそがマスターを救う最善手であると理解できたから。
 笑顔で、何の逡巡もなく。
 最も重く、捨てがたいはずの己自身さえも、ただマスターのために。

「ボクは弱い。その意味じゃ英雄失格だ。ボクを頼ってくれる女の子一人、満足に守ってあげることすらできやしない。
 それでも、マスターには生きていてほしい。そのためなら」

 そこで一旦、言葉を切って。

「……ボクは、消えてなくなってもいい」




























「駄目、ライダー!」




 瞬間、勢いよく資料室の扉が開かれ、一人の少女が大声で飛び込んできた。
 小柄な体躯は縋りつくように、アストルフォへと飛びついた。当のアストルフォは完全な不意打ちだったようで、「え、え?」と困惑するばかり。ストラウスはおもむろに重ねられた本を一冊手に取り、開いた。

「えっと……マスター、もしかして聞いてた?」
「聞くも聞かないもないわよ! 何馬鹿なこと言ってんのよ、この馬鹿!」

 叫ぶヤヤの声は、震えていた。隠しようもない震えが、声も体も支配していた。
 威勢の良い言葉とは裏腹に。その語調はどうしようもなく、涙に溢れていた。

 笹目ヤヤは臆病な人間である。
 周りはよく、しっかりしているとか、面倒見がいいであるとか、孤高であると評するけれど。その本質は極めて脆く、危うい。
 しっかりしているのはプライドが高いから。面倒見がいいのは人との繋がりが欲しいことの裏返しだから。けれどそのプライドが邪魔をして、一人で孤高ぶって一人で落ち込む寂しがり屋。それがヤヤだ。
 なまじ一人でなんでもできてしまうから、余計にその孤高のフリは完成度を増してしまって。本当は誰かと一緒にいたいのに、素直になれず人を遠ざけては傷つくばかり。
 この鎌倉に来る前も、そうだった。
 手を差し伸べてくれた一番の親友を、手ひどく裏切ってしまった。
 それは無意識にヤヤの心に根深く傷をつけ、じくじくと癒えない痛みを発し続けていた。
 だからこれ以上、親しい誰かを失うことはしたくなかった。
 なけなしの体裁を投げ捨ててでも。

「アンタ馬鹿よ、ほんっとうに馬鹿!
 いつも勝手に突っ走って、いつも私の言うことなんか聞かなくて!
 いつも、私なんかのために……!」

 知っていた。アストルフォが自分を庇っていたことくらい。
 サーヴァントはマスターに付き従うものなんて、そんな建前など関係ない部分で。アストルフォはヤヤのことを思いやっていた。
 さっきもそうだ。あの赤いアーチャーと戦った時だって。
 単独行動と高速移動手段を持つアストルフォなら、自分だけ逃げることもできたはずだ。勝算のない戦いに挑むことなんてせず、新しいマスターを見つけて再起を図ることもできたはずだ。
 けれどそうはしなかった。アストルフォはただ、ヤヤを守るために。それだけのために戦って、傷ついて、ボロボロになって。
 だからこそ、そんなライダーに内心で悪態を吐くことしかできなかった自分に、激しい嫌悪を感じたのだ。

「アンタは私のサーヴァントでしょ……勝手にいなくなるなんて、そんなこと言わないでよ……」

 結局のところ。
 馬鹿だ馬鹿だと言いつつも、本当に言いたかったのはたったこれだけ。
 それだけを言うと、ヤヤはアストルフォの胸に顔を埋め、動かなくなった。

「……えっとね、マスター」

 静かな声が答える。

「ごめんね。なんだかんだと言って、結局ボクは、君の気持ちとかを全然考えてなかったのかもしれない」

 背に回したヤヤの腕が、更に力込めてぎゅっと締まった。

「でも、これだけは約束だ」

 そこで、それまで立ち尽くしていただけのアストルフォは、自分もまたヤヤの背に手を回して。

「勝手にいなくなりはしないよ。君はきっと、君の世界の君の居場所まで、ボクが送り届けてみせるから」
「……馬鹿」

 そうして、二人は暫しの間黙りこくって。
 不思議と居心地の悪くない沈黙が、部屋の中に満ち溢れたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「早とちりして、すみませんでした……」
「気にする必要はない。紛らわしいことを言った私にも責はある」

 先の一悶着から暫し。落ち着きを取り戻したヤヤが、恥ずかしげに頭を下げていた。
 ストラウスが事の次第を告げたのは、ちょうどヤヤたちが勝手に盛り上がってる最中のことだった。彼は自分に敵意がないこと、アストルフォを隷属する気もないことを伝えると、途端にヤヤは自分がしでかしたことを悟り、一気に消沈してしまった。
 ちなみにストラウスのことは、アストルフォが「自分たちを助けてくれた人」とヤヤに紹介して今に至る。
 困ったように笑うアストルフォと、赤面して顔を伏せるヤヤ。二人は揃って、ちょこんと椅子に座っていた。

「あ、あぅ、私なんてことを……」
「もう立ち直ろうよマスター、アーチャーだって気にすることないって言ってるんだしさー」
「それとこれとは話が別よ……ああもう、こっぱずかしい思春期の青春じゃあるまいし……」
「それっていいことじゃないの? だってマスター、青春を輝かせたいとか言ってたじゃん」
「だからそれとこれとは別なの!」

 ぎゃーぎゃーと仲睦まじい二人をよそに、ストラウスは我関せずといった面持ちで山のように積まれた資料を消化していた。この時点で既に20冊、尋常ではないスピードである。

「えっと、ところで、その。アーチャーさん」
「うん?」
「ありがとう、ございました。助けていただいて」

 やや遠慮がちに、ヤヤの感謝の言葉。
 それを聞いたストラウスは、静かに微笑んだ。

「それこそ気にする必要はない。私が君達を助けたのは、あくまで打算ありきのものなのだから」
「うぅ……」
「アーチャー、あんまりボクのマスターを苛めちゃ駄目だよ」
「すまないな。けれど、そういった意図が全くないかと問われれば、それは嘘になる。私は自分勝手だからね」

 そう言うとストラウスは手にした本を閉じ、真っ直ぐに二人のほうを見つめた。

「笹目ヤヤ。私が君に求めるのは、君が持ち得る情報だ。君がここに至るまでに経験したものを、私に聞かせてほしい」
「私が?」

 ヤヤは少しだけ訝しげに、けれど情報は大切だよねと一人合点して、訥々と話し始めた。

 自分は元々、鎌倉の街に住んでいたこと。
 けれどある日突然、自分の知る鎌倉が全く別の街になってしまったこと。
 知っているのに知らない街。鎌倉駅も若宮大路も鶴岡八幡宮も同じなのに、細々とした景色は自分の知らないパーツで構成された歪なものになっていたこと。
 そこで槍を持ったサーヴァントに襲われ、偶発的に召喚されたアストルフォによって助け出されたこと。
 そこからは本戦開始までずっと安穏と過ごして、今日この日に同じ志の少女と出会い、しかし直後に赤い砲兵が現れたこと。

 それらをたどたどしくではあるが、ヤヤはしっかり言い切った。ストラウスは黙ってそれを聞いていた。

「……この街に来る前、何か変わったことは?」
「別に、何も。強いて言えば変な噂が増えてたくらいで」
「例えば?」
「妖精とか天使とか鎧武者とか、そういうのがたくさん出てるぞって奴。でもそんなの、こっちでも似たような噂がいっぱいあるし、別にどうでもいいじゃん」
「そうか」

 時折ストラウスは、聞くだけでなく質問を交えてくることもあった。このように。

「君が転移魔術を使える魔術師を探そうと決めたきっかけについてだが」
「? それがどうかしたの」
「そのマスターは、確かに魔術を使って転移したと?」
「確かにって言えるかは分からないけど……でも、なんか呪文みたいなのを唱えて姿を消したのは事実よ。サーヴァントもいなくなって、元の世界に逃げ帰ったんだと思ってたけど」
「その前後に何かおかしなことは?」
「おかしなって言われても、私からしたら魔術とか転移とかサーヴァントとかの時点で十分おかしいわよ。あ、でも」
「でも?」
「女魔術師がいなくなってすぐに、ここに住んでる人かな、一般人がひょっこり出てきたのよ。見られちゃったかなとか思ったけど、なんかその人何も見てないっぽかったから放っておいたんだけど」

 そんなどうでも良さそうなことを聞いて来たり。

「君の願いは帰還ということだが」
「まあ、そうね」
「他に望んでいることは?」
「……」
「他に望むことは、何もないと」
「……ぃ」
「聞こえない」
「……友達と、仲直り、したいです」
「なるほど、先ほどの取り乱しようはそれが発端か」
「ああああああああこんなの聞く必要ないでしょ!」

 良く分からない威圧感で言わなくてもいいことを言ってしまったり。

 そんなこんなで、ヤヤに課せられた対価という名の質問攻めは終わったのだった。

「あー、喋り疲れた……」
「お疲れ様、マスター。はいこれ、水」
「うー、ありがと、ライダー」

 ぐったりと机に寝そべって、ヤヤは思い切り脱力した様子でアストルフォからペットボトルを受け取ると、その中身をごくりと嚥下した。
 ドラム担当とはいえ普段からバンド活動をしているヤヤは同年代と比べると喋り慣れてると自負してはいたが、音楽活動とこうした問答では使う体力が全くの別物らしい。慣れないことしたせいか顎が痛いし喉が渇く。それに変に気疲れもしてしまった。なんだか全身がだるい。

「それでさアーチャー。ボクのマスターをこんなぐでんぐでんにして、なんか役立つ情報でもあった?」
「……さて、どうだろうね。今は何とも言えないな」
「ちぇー、ケチくさー」
「情報収集など得てしてそんなものだよ」

 自分の頭上で何かを話すサーヴァントたちをしり目に、ヤヤはぐったりと顔を机につけて脱力していた。
 横倒しになった視線が、ふとあるものを捉える。それはアーチャーが読んでいたこの部屋の本で、何故か廃校にそのまま放置されていた資料の一つだった。
 学校の資料室というと卒業アルバムとか文集が置いてある場所、というイメージがヤヤにとっては強い。そういう思い出的なものは廃校舎からは持ち出しているんじゃ、とは思うが、現にこうして埃を被った状態で放置されているのだから何も言えなくなる。
 でも、そんなの読んで面白いんだろうか。
 ちょっとした疑問がわき上がって、ヤヤはその古ぼけた紙束を凝視してみた。経年により茶色く変色した紙はこの校舎と同じく朽ちた印象をヤヤに与え、滲んだ文字は読み取りづらいものがあったけれど。

(えっと、戦……なんとか學園、創立?)

 よく読み取れなかった。
 古いものだから単純に印刷が怪しいというのもあったが、それ以上に昔の文章というのは今のものとは大分趣が違ったものなのだ。旧字のオンパレードに小難しい表現技法、読み解くにはある種のコツが必要になってくる。
 だから辛うじて分かったのは、その資料のタイトルくらい。どうやら、この廃校の創立当初に作られた記録資料らしい。
 アルバムの類ではないようだったが、しかしアーチャーがそんなものを読む意味は、やはり分からなかった。

「ところで」
「ひゃい!?」

 突如、集中していたヤヤに向けて言葉が投げかけられ、思わぬところで不意打ちを食らった形となったヤヤがすっとんきょうな声をあげた。
 知らず赤くなる顔で見遣れば、そこには何とも言い難い表情のアーチャーと、笑いを堪えたライダーの姿。
 言葉にならない感情が溢れそうだった。

「……ともかく、最後に一つ聞いておきたいことがある」

 こほんと咳払いを一つ、場を取り直してアーチャーが文字通りたった一つの、簡単な、しかし意図が全く見えない質問をヤヤに問いかけた。

「笹目ヤヤ。君は───」





   ▼  ▼  ▼





「良かったね、マスター。アーチャーが話の分かる奴でさ」
「うん、そうね……」

 少し考え事があるとアーチャーが退室した資料室の中。
 ヤヤとアストルフォは変わらずだれた様子で休息を取っていた。
 眠りから覚め、アーチャーによる回復魔力を注がれたとはいえ、蓄積した疲労や精神疲労はそう簡単に癒えるものではなかった。アーチャーはそれを指摘して、もう暫く休んでいるようにと言ったのだった。

 そしてアストルフォが、彼を話の分かる奴と呼称したのには、更に別の要因がある。なんと彼は、先ほどアストルフォが提案した同盟の件を受諾すると言ったのだ。
 これにはヤヤも、アストルフォでさえも驚愕したものだった。すわ何某かの膨大な対価を求められるのではないかとヤヤは戦慄したものだが、しかしそんな心配をよそに、告げられた同盟の対価は随分と軽いものだった。

『私のマスターの護衛をしてほしい』

 それが、アーチャーの告げた同盟の対価であった。
 要するに、お留守番してろということだ。

「危うく死にそうになったけど、何とか助かって。凄く頼れる味方もできて。
 ほんと良かった、としか言えないけど」

 物憂げな様子で、ヤヤは呟いた。

「なんか、話が旨過ぎる気もするのよね」

 アーチャーは言った。自分たちの掲げる目的と、ヤヤたちの掲げる方針は衝突しないと。だから最終盤まで協力できるとも。
 少しでも戦力が欲しいヤヤたちにとっては渡りに船な内容だった。しかも、ヤヤから見たアーチャーのステータスは高水準などという言葉すら生温い強大なもので、幸運以外すべてのステータスが最高値近い数値を叩きだしているのだ。これを喜ばずして何を喜ぶのか、ヤヤとてそう思うけれど。

「なんというか、話が上手く出来過ぎてるのよ。みんながみんな願いのために殺し合ってる聖杯戦争で、運よく助かったと思ったら運よく親切なサーヴァントに拾ってもらって、その人は運よく私達に好意的で、しかも運よく頼れる強さを持ってて……」

 考える。果たしてそんなことがあり得るのか、と。

 こちらに何かしらの交渉カードがあったなら、そういうのもアリかと思うけれど。しかし自分たちには何もなかった。にも関わらず、ほぼ無償にも等しい内容で同盟を組んでくれる強者が存在した。
 ならば考えられるのは詐術に引っ掛かったというものだが、繰り返すが自分たちにそんなことをしてまで籠絡するほどの価値があるかと言えば、ほぼゼロである。それに何より、あのアーチャーが嘘を吐いているとは、人生経験の短いヤヤであっても、なんとなく違うんじゃないかと思えてならない。

 だからこそ、何かが引っ掛かる。
 それは例えば、知らぬ間に敷かれたレールの上を走らされているかのような。
 それは例えば、誰かが書いた筋書き通りに事が進行しているかのような。

「はいはい止め止め、そんな"かも"ばっかり考えてると日が暮れちゃうよ。
 それに、まず考えるべきなのは生きること! そうでしょ、マスター」
「……ライダー」

 気遣ってくれるライダーの姿は、ヤヤの心中に否応なく罪悪感をもたらした。
 赤い砲兵に襲われた時のこと。意識を失う寸前に、思わず考えてしまった下劣極まりない思考のこと。
 だから、ヤヤは無意識に口を開いて。

「……ごめんね、ライダー」
「え、何のこと?」
「ううん、なんでも……なんでもないの」

 そうして、ヤヤは顔を背けた。
 胸の中の陰鬱な気持ちが晴れたのか、それは自分でも分からなかった。


















「そういえば、ね」
「んー?」
「アンタはアーチャーの質問、あれどういう意味だったか分かる?」
「アーチャーの質問って、最後のアレ?」
「そうそれ。あんまりにもあんまりすぎて、最初馬鹿にされてるのかと思っちゃったわ」
「とは言っても、ボクはそれ以前の時代の人間だからね。一応聖杯で知識は得てるけど、それが突飛な内容なのかどうかはちょっとわかんないっていうか」
「……まあ、アンタに知的な回答を期待なんてしてないけど」
「ちょ、ひっどいなぁ」
「自分の行いを顧みなさい」

「……それにしても、本当に変な質問よね」

第二次世界大戦を知ってるか(・・・・・・・・・・・・・)、なんて。知ってるに決まってるじゃない。私小学生と勘違いされてたんじゃないでしょうね」



【C-2/廃校・資料室/一日目・午後】

【ライダー(アストルフォ)@Fate/Apocrypha】
[状態]魔力消費(中)
[装備]宝具一式
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを護る。
1:基本的にはマスターの言うことを聞く。本戦も始まったことだし、尚更。
[備考]
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名を把握しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。


【笹目ヤヤ@ハナヤマタ】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(中)
[装備]
[道具]
[所持金]大分あるが、考えなしに散在できるほどではない。
[思考・状況]
基本行動方針:生きて元の場所に帰る。
0:アーチャーが戻ってきたら彼のマスターのところに行く。
1:聖杯獲得以外に帰る手段を模索してみたい。例えば魔術師ならなんかいいアイディアがあるかも
2:できる限り人は殺したくないからサーヴァント狙いで……でもそれって人殺しとどう違うんだろう。
3:戦艦が妙に怖いから近寄りたくない。
4:アーチャー(エレオノーレ)に恐怖。
5:あの娘は……
[備考]
鎌倉市街に来訪したアマチュアバンドのドラム担当という身分をそっくり奪い取っています。
D-3のホテルに宿泊しています。
ライダーの性別を誤認しています。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。真名は知りません
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)を確認しました。真名は知りません
如月をマスターだと認識しました。
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)と同盟を結びました。





   ▼  ▼  ▼





 それが我が罪だと言うならば。

 月がある限り。

 夜がある限り。

 いつか私が殺されるまでのこと。





   ▼  ▼  ▼





(これで、最低限の安全は確保できるか)

 廃校舎の外、荒れ果てた校庭にてストラウスは一人思考の海に埋没していた。
 荒れ果てた、というのは経年による劣化や植物の繁茂によるものではない。無論それらもあるが、しかし見渡せる校庭は一目で分かるほどに人為的な破壊を為されているのだった。
 刻み込まれた無数のクレーター、炎で炙られたかのような焼け焦げた痕、薙ぎ倒され無残な断面を晒した木々の数々。
 そして何より、佇むストラウスの眼前に横たわる、頭部を完全に破壊され大量の血液をまき散らした少女の死体。
 ここで大規模な戦闘が行われたことは、明らかだった。

 ストラウスは己の知覚能力により、既にこの時点で大規模な破壊活動が複数行われていることを知っていた。
 まず第一に、先ほど自分と笹目ヤヤたちが巻き込まれた鎌倉市街東口方面での砲兵による広域破壊。
 西側北部、笛田の街で発生した市街地崩壊。
 西側南部、七里ヶ浜及び稲村ケ崎での破壊。
 東側南部、材木座海岸付近で発生した突風事故。
 そしてこの廃校舎での戦闘も入れれば、既に5か所。
 本戦開始より半日程度しか経っていないにも関わらず、白昼堂々これだけの人の目を気にしない戦闘行為が発生しているのだ。

 あまりにも急すぎる。マスターを単独で放っておくには危険すぎた。だからこその、同盟だった。
 シャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ。その宝具たるこの世ならざる幻想は逃走・逃避の手段としては最上と言っていいものだ。
 逃げる足を持たない我がマスターを守護するにはうってつけと言えるだろう。

(騙すような形になったのは、忍びないが……)

 千年に渡り我が身に圧し掛かった責務より解放され。ならば今なら、かつてできなかったこともできるのではないかと安易に考えはしたものの。
 しかしこの身は未だ未熟なれば、そう簡単に上手くはいかないらしい。
 純粋に誰かを助けようと思っても、どうしてもそこに打算や計算を入れてしまう。この千年で染みついてしまった悪癖だ。

(存外に難しいものだな、心の赴くままに他者を助けるということは)

 いや、そもそも自分は真の意味で誰かを救えたことなどあるのだろうか。
 そんな自分が今更に善を気取ろうなどと、傲慢でしかないのではないか。

 何にせよ難儀な話だ、と。
 そのまま踵を返そうとして。



「───ストラウス」



 背後から呼びかけられた、その声に。
 ストラウスの全身が、一瞬にして固まった。

 例えるならば、鋭い稲妻に総身を貫かれたかのような。
 大脳と臓腑を纏めて焼かれ、全身が砕け散るかのような感覚を、ストラウスは憶えた。

 如何なる恐慌の声にも動じることはなく。
 如何なる怨嗟の嘆きにも揺るぐことなく。
 恐怖も、狂気も、恩讐も。何もかもを己が足元へと踏み砕き千年の夜を超えた月下魔人を、それでも硬直させる声とは一体何であるのか。

 それは───

「……」

 ストラウスは張りつめた気配のみを湛えて、静かに後ろを振り向いた。
 そこには、あまりに懐かしく、終生見ることの叶わなかった姿があった。

 ああ、それは。
 千年の昔、忘却の彼方へと追いやられた、何よりも愛しい者の姿に他ならず。

「……ステラ」

 薄桃色の長髪を流す女を前に。
 万感の思いを込めて、ストラウスは呟きを漏らすのだった。

「ストラウス……会いたかった……」

 ステラと呼ばれたその女は、そう言って微笑んだ。流麗な眉に縁どられた目元と、慈愛を湛える口元。その優しさは最後に見た姿そのままで、だからこそストラウスの心を締め付けた。

 夜の国の将軍を務めていた頃のストラウスの元に、その娘はたまたま訪れた。戦争に巻き込まれた近隣の村々の復興に努め、できるだけ犠牲を抑えようと苦心していたストラウスが出会ったのは、どこにでもいる、しかし誰よりも彼の有り様を見抜いた一介の村娘であった。
 その日から、彼と彼女の日々は始まりを告げた。移りゆく季節、移りゆく年月。雨の日も風の日も、月が照らす月光花の野原でも。違う時間を生きるはずの二人は寄り添い生きた。
 誰よりも強大な力を有し、誰よりも先の未来を見据え。故に人々から神の如く崇められ、人々の幸福をこそ願ったストラウスの、彼個人の幸せをこそ願った、ただ一人の女。
 万を超える年月を生きるヴァンパイアと、当時60も生きられない短命の種族であった人間。彼らは、共に生きることなどできるはずもなかった。しかし。

「覚えていますか、ストラウス。月の明るいあの夜のこと。あなたは私に、星の首飾りをくださいましたね。
 あなたの手作りだって、一つくらい贈らせてくれって。そういうのはいらないって言う私に、それでもあなたはプレゼントしてくれた。
 あの時は言えなかったけど、私はとても……とても幸せだったんですよ」

 知らず頷いたストラウスは、何かがこみ上げる感覚を自覚した。
 全てが、思い出されていく。
 一瞬にして、記憶も想いも、今は遠きあの頃へと戻っていく。
 春の夜道を、手を繋いで歩いた。夏の水辺で語らった。秋の森では菜を拾い、雪の夜は寄り添い眠った。
 ステラとストラウスの間には、一言では言い表せない愛情と献身が存在した。

「……お前は無欲な女だった。自分にはもったいないと言って宝飾を拒むお前に、どうにか飾り物を贈れないものかと、あの時の私は苦心していたものだった」

 頷くステラの目には、いつの間にか大粒の涙が溢れていて。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ。雫、溢れて止まらない。

「あなたはとても大きな人。国とそこに生きるみんなを思いやって、みんなの幸せだけを願って。
 でも、誰にも心配されないあなたが、ほんの少しだけ苦しそうに見えたから」

 ステラはゆっくりとストラウスに近づくと、その頬をそっと撫でた。その優しさと掌の温もりは、記憶の中のものと全く変わりがなかった。
 心の震えが、体に伝わる。膝が笑うほど震えている。握りしめた拳に、爪が喰い込んで血が滲んだ。

「私はあなたの幸せを願うだけの人になりたかった。願うことしか、私にはできなかったけど。
 それでも、それだったらどこにいてもできるから。私が死んでも、魂はいつもあなたの幸せを願っていた」

 握られたストラウスの拳に、ステラの手がそっと重ねられた。

「……私はお前を死なせてしまった。できることがあったのではと、何か別の道があったのではと。そう幾度も考えて。
 けれど過ぎ去ってしまった過去だけは、どうしても変えることができなかった」

 何度も、何度も。何百回、何千回と、そう自分に問うた。
 引き裂かれてしまったステラの体。その因果が自らに起因するものだと、自らの因果がステラに向かうなどと、その時は思いもしなかった。何よりも大切だったステラを死に追いやったのは自分なのだと、愕然とした。
 悲しくて、愛おしくて、思い出ばかりが美しくて。がらんとした部屋の中で呆然と立ち尽くした。そこには、ストラウスが贈った何気ない物が、宝物のように仕舞われていた。

 あまりにも近くにいたから。あまりにも当たり前の存在だったから。その大切さを忘れてしまっていた。失ってしまうまで。

「もう、苦しまなくていいの、ストラウス。私達はこうしてまた会えた。後悔も、悲しみも、苦しみも、すぐなくなるの」

 ステラは、重ねたストラウスの手を自らの胸元へと置いた。その両手に、暖かさがいっそう伝わってくる。
 自分を思いやってくれたステラの手。思い出が駆け廻り、その中で未熟だった自分が成長を遂げる。

「ああ。やっと、全ての未練を拭うことができた。ありがとう」

 そう言うと、ストラウスはゆっくりとステラの体を押しやった。まだ固まったままの顔で、ストラウスは不器用に微笑んだ。

「お前の胸の中にこの身を委ねられたなら、どんなに幸せだろうか。だが、それはできない。何故ならお前はここにいないからだ」
「あなたが想ってくれるなら、私はいつでもここにいるわ。ストラウス、私はあなたの傍に」

 静かに首を振る。そこにはもう、何の逡巡もなかった。

「我が妻ステラ・ヘイゼルバーグとその娘の魂は、今や黒き白鳥より解き放たれ、輪廻の輪へと還った。いずれ再び生を授かり、普通の人間として暮らす時が来るだろう。
 名も知れぬ誰かとして生まれ落ちた二人が幸せな生涯を送ること、それが私の幸せだ。その瞬間が訪れることこそが、真なる幸福の景色だ」

 そうして、ストラウスは僅かに微笑む口元を開いて。

「だから、私はお前に問おう。お前は、誰だ?(・・・・・・・)

 ───その瞬間。
 ───無言で佇んでいたステラの体が、煌めく霧となって舞い散った。

 そこには誰もいなかった。一瞬前までステラがいた場所には、誰も立つことなく無人の空間が広がっていた。

 そして、ステラがいたその向こうに、見たこともない愛らしい少女が、不思議そうな顔で立っていた。

『どうして拒むの?』

 それは、何の敵意も悪意も含まれない幸福に満ちた声で。

『幸せになりたいのでしょう? あなたは幸せになってもいいのよ』
「ああ」

 ストラウスは、静かに頷いて。

「そうであったなら、本当に良かった」

 右手に持った黒剣を振り下ろした。
 一瞬にして、少女の姿が縦一文字に断割された。他には何の破壊も生み出さず、少女の体だけが均等に両断された。
 音も無く、衝撃もなく、距離さえも無視して。どこまでも静謐に。

『どうして?』

 呟かれる疑問の声だけが、少女の存在を今に遺した。
 消え去ったステラのように、少女もまた靄のように霧散して消え去った。あとには無人の空間が在るだけだった。

「……」

 ストラウスは、溜息とも深呼吸ともつかない息を大きく吐いた。
 辺りを見回してみれば、いつの間にか校門の近くまで移動していたらしい。立派な木造の、朽ちかけた門構えが、ストラウスを見下ろしていた。

「魔性なりしは幸福の精……そういう、ことか」

 去って行った少女のサーヴァントを思い返して、小さく呟く。
 その正体には思い当たる節があった。生前を含めて知識には存在しない。しかし想定の範疇として、"それ"は確かな現実としてストラウスは認識していた。

 今までかき集めた情報は、一つ一つを見れば取るに足らない、何の役に立つかも分からないようなものばかりであった。
 しかしそれらパーツを継ぎ足してみればどうなるか。足りぬ箇所を繋ぎ合わせ、巨大な一枚絵として白日のもとに晒せば、そこには何が見えるのか。
 聖杯戦争参加者からも乖離したあり得ざる歴史の一幕。
 史実には存在しないはずの大英雄。
 散逸される抹消された何者かの痕跡。
 熱病に浮かれる市民と、そこに交わされる噂や都市伝説の数々。
 世界を越えたはずの女魔術師の末路。
 そして何より、今眼前に現れた幸福の体現者。
 彼の中で、何かが繋がった音がした。

「ならば、全ての鍵を握るのは」

 言って、彼は彼方を見遣る。
 その視線の先にあるのは、遥か南方。
 海洋にて威容を誇る、黒鉄の大戦艦。

 あれの名前は既に知っていた。戦艦伊吹、日本海軍の巡洋戦艦、鞍馬型巡洋戦艦の二番艦。悉くを捻じ曲げられた有り様ではあったけれど、その威容は彼の知識にある戦艦伊吹の名残を強く残すものであったために。
 伊吹を宝具として現界するとすれば、そのサーヴァントは誰であるのか。終ぞ戦争に出ることはなく、改装を経て終戦に至った不遇の艦。召喚されるならば、歴代の艦長か。
 いいや、いいや違う。17人の艦長以外に、もう一人だけその主に相応しい英霊が存在すると、ストラウスは知っていた。
 本来、それは伊吹を駆る者に非ず。しかして此度の座より与えられた記録により、その存在をストラウスに指し示す者。
 かの英雄と同じく、史実とは乖離した有り様を晒す男。

 その男の名は───

「……」

 沈黙したまま、今度こそ踵を返すストラウスは、何を振り返ることもなくその場から立ち去った。
 彼を見下ろす廃校の校門には、朽ちかけた立札に墨の滲んだ校名が掲げられていた。

 経年で歪み、掠れ、読み取ることも難しい有り様だったけれど。
 そこに書かれていたのは、「戦真館」という三文字だった。





   ▼  ▼  ▼




 それが我が罪だと言うならば。

 月がある限り。

 夜がある限り。

 いつか私が殺されるまでのこと。


 それでも、ステラ。

 百億の憎悪に貫かれ、胡蝶の夢と成り果てたこの身なれど。

 それでもお前の魂は、今も私の幸せを願っているのか。



【C-2/廃校舎・校門/一日目・午後】

【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 陽光下での活動により力が2割減衰、魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:笹目ヤヤと共に、一度マスターの元へ戻る。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
アーチャー(エレオノーレ)と交戦しました。
如月とランサー(No.101 S・H・Ark Knight)の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。真名を把握しました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。


【キャスター(『幸福』)@地獄堂霊界通信】
[状態]健康
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:幸福を、全ての人が救われる幸せな夢を。
1:みんな、みんな、幸せでありますように。
[備考]
幸福』は生命体の多い場所を好む習性があります。基本的に森や山の中をぶらぶらしてますが、そのうち気が変わって街に降りるかもしれません。この後どうするかは後続の書き手に任せます。
軽度の接触だと表層的な願望が色濃く反映され、深く接触するほど深層意識が色濃く反映される傾向にありますが、そこらへんのさじ加減は適当でいいと思います。
スキル:夢の存在により割と神出鬼没です。時には突拍子もない場所に出現するかもしれません。



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024:地に堕ちて天を想う星 投下順 026:獣たちの哭く頃に
024:地に堕ちて天を想う星 時系列順 027:抽象風景

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019:焦熱世界・月光の剣 笹目ヤヤ 036:夢は巡る
ライダー(アストルフォ)
アーチャー(ローズレッド・ストラウス)
001:夢見る魂 キャスター(『幸福』) 039:落魂の陣

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