.










 ───それでいい。神とサイコロは無口でいい。

               Frederica Bernkastel










   ▼  ▼  ▼





【点在、非在、偏在を確認】

【監視継続】

【時間流への介入を開始】

【……】

【時間軸・432680秒前】

【アクセスしますか?】

【……】





 ………。

 ……。

 …。





【5日前】

【地上、あるいは───】





 ………。

 ……。

 …。





 その日は休日ということもあって、孤児院の皆は源氏山公園へちょっとしたピクニックを企画していた。
 その頃はまだ、鎌倉に蔓延る異常現象とか大規模事故とか、そういうのも控えめだったため、対処にあたる公共機関の人員はともかく、一般市民の危機意識はまだ低かったのだ。
 街中は当たり前のように人で溢れ、道を行き交う人々は平穏な日常を送っているよう。不安や危機感というものは、およそ表面的な表情からは推し量ることができなかった。
 それはともかくとして。

 わらわら、わらわら。
 よくもまあこれほど集まったと言いたくなるほどに、数人の大人に引き連れられた小さな子供たちは、その小さく大きな目をいっぱいに広げながら思い思いにそこらじゅうに散らばっていた。
 おおざっぱに数えて20人ほどか。ある者は何が楽しいのか無駄に全力で走り回り、ある者はそこらへんの木に駆け寄ってしきりにジャンプしたり、ある者は備え付けのベンチに飛び乗ってはしゃいでいる。
 周りの人に迷惑がかからないように、という引率の言葉が虚しく響いた。遊び盛りの子供たちには馬耳東風か、目の前の遊びや好奇心のほうがよっぽど重要なのだろう。とは言っても、流石に誰かが来た時はある程度自重はするようで、素直に道を譲ったりぶつからないように配慮したり、それくらいの良識は見せるのであった。

(子供ね……)

 そんな稚気の溢れる中にあって、古手梨花は当然というべきか、大きなため息を吐きたくなる気持ちを抑え、内心で小さく愚痴を吐き捨てているのだった。
 梨花は一際幼い子供の容姿こそしているものの、その実態は幾多の時間をループし続ける時間遡行者にも等しい存在である。繰り返した時間はおよそ100年にも及ぶか。流石に同年齢の老女よりは情緒も感性も若いつもりではいるものの、外見通りの子供では決してない。
 そうした梨花の視点から見れば、子供の無邪気で傍若無人な振る舞いは、時に眩しく映る反面、その大半は鬱陶しいものとして映るのだ。
 辺りから聞こえてくる「すげー」とか、「初めて見たー」とか、あとは言葉にもなってないはしゃぎ声とか。なんとも明るく和気藹々とした雰囲気は、常であるなら楽しめでもしたろうが、聖杯戦争などというものに絶賛参加中の身では苛々の素でしかなかった。
 中でも特に。

「わあ……」

 自分の隣で、目を輝かせている少女(キーア)であるとか。
 そんな彼女を横目に、梨花は重たい息を吐きたくなる衝動を、何とかして抑えた。

 このキーアという少女は、何かと同じ境遇である自分に構ってくるのだった。
 眠る部屋は同じだし、食事の度に隣に座ろうとしてくるし、お喋りであるとか、日常の家事雑事であるとか、そういうのも一緒にしようと誘ってくる。それがどうにも、梨花にとっては言いようもない感覚に襲われるのだった。
 別にキーアのことが嫌いであるとか、そういうことではない。
 むしろ好ましい人物であることは分かっているし、仮に元の雛見沢分校に彼女がいたならばと、そう思うこともあるくらいだ。
 ただ、この邪知渦巻く鎌倉の街で見る分には、なんとなく苦手だという、ただそれだけである。

「ねえ見て、梨花! 凄いわ、こんなにたくさんの緑があるなんて!」
「みぃ、キーアは何をそんなに驚いているのですか? 葉っぱがそんなに珍しいのですか?」
「ええ。あたしがいたところには、こんなに綺麗な自然はほとんど残ってなかったの。だから、ここはとっても楽しいわ」

 言ってキーアは両手を広げて、胸いっぱいに空気を味わうように、草木の萌える芝生を踏みしめた。
 くるくると回る姿は妖精のようで、まるで風に舞う花びらを梨花に思わせた。その顔には満面の笑み。彼女が一歩を踏み出したというそれだけで、周りの空気が入れ替わったと錯覚するほどに、その雰囲気が一変した。

「この街はとっても素敵よ。青い空があって、緑の草原があって、そして住んでる人たちはみんな笑顔なんだもの。
 ねえ、梨花」
「なんですか、キーア」
「あたし、この街に来て良かったわ。素敵なものが見れたし、みんなにも出会えた。それに……」

 言って、キーアは更に破顔して。

「梨花にも会えたんだもの。あたし、梨花に会えて本当に良かったわ!」

 はにかむような、弾むような。
 そんな笑顔を、前にして。

 ───だから、あんたは苦手なのよ。

 笑顔の裏で、梨花は一人、そう思うのだった。





   ▼  ▼  ▼





【現時刻】

【地上、あるいは───】





   ▼  ▼  ▼





 気絶から目を覚ますと同時に、逆凪綾名は魔法少女スイムスイムへとその姿を変え、即座に魔女の追跡へと当たった。理由は簡単、そうしなければまともに作戦行動がとれないからである。

 スイムスイムは予選から今に至るまで、敵主従を討伐するまでのほとんどの工程を自分の手で完遂していた。自身の魔法を使い、地面や建築物に潜航しての不意打ちによるマスター暗殺。そんな、たった一つの手段を極めることで、スイム・スイムはここまで勝ち上がってきた。
 すなわち、彼女は戦闘においてサーヴァントの手を借りることなく勝ち上がってきたマスターという、極めて特異かつ常識外れの存在なのだ。だがそれは、サーヴァントの力が不要であるとか、そういうことでは決してない。
 例えば、スイムスイムはマスターやサーヴァントを見分けることができない。
 彼女は魔法少女であるが、魔術師ではない。多種多様な魔術的叡智と諸般の技術を身に着けた魔術師ではなく、魔法少女育成計画というソーシャルゲームを通じてたった一種類の魔法を手に入れただけの、未だ年若い少女でしかないのだ。
 故に、彼女は魔力探知というものを行えない。サーヴァントの存在を感知するには、同じくサーヴァントであるキャスターの力を借りる必要があった。
 今まではそれでもやりようがあった。鶴岡八幡宮に潜伏し、そこで戦闘を行う不用意なマスターたちを襲撃するという工程を踏んだのは一度や二度ではない。僅かに残された魔術的な痕跡を辿ったのだって何度もある。しかし本戦に前後する頃から、そういった不用心なマスターというのは、とんと見かけなくなったのだ。
 この時点で、スイムスイムは自身の限界を悟った。だからこそ、これからの戦いを優位に運ぶためにはキャスターの力が必須になると考えたのである。
 別に頼るわけではない。あくまでその力の一端を利用するだけだ。あの魔女は心身を委ねていいような存在では決してない。
 だから利用する。使えるものは何でも使えというルーラの教えに従って。

「……」

 人の目に留まらぬように、スイムスイムは地を駆ける。時に壁や地面に潜航してやり過ごし、その姿を余人に見られぬよう憂慮して。
 キャスターの居場所はおおまかに分かっていた。それはパスを繋いでいるが故のこともあるが、それ以上にキャスターの使い魔である『杜に集いし黒猫の従者』の存在が大きかった。
 黒猫からもたらされる情報によれば、現在キャスターは鎌倉西部の笛田の街にいるとのことだ。スイムスイムが気を失っていた場所からそう離れてはいない。魔法少女の身体能力を以てすれば、十分とかからず移動できる距離である。

 駆けて、駆けて、過ぎゆく街並みを横目に流して。
 そして、その視線の先にキャスターの姿を捉えた。

「……いた」

 一歩を踏み込み跳躍、重力の枷から放たれた体は優に10mの距離を無視して、行く手を遮る障害物の一切を透過しながらキャスターの真横へと着地した。
 久しぶりにまともに見るキャスターの表情は、相も変らぬ下卑たもので満ち溢れている。睥睨するようにこちらを見遣るキャスターに、スイムスイムは無表情で相対した。

「あら、貴女も来たの。私には頼らないのではなかったかしら?」
「利用できるものは全部利用する。そうルーラが言ってたから」

 キャスターを仰ぎ見ることもなく、スイムスイムはその先を見た。キャスターが見つめるその先、すなわち標的がいるところ。
 キャスターは、機嫌を悪くするでもなく、ただくすくすと嗤うだけだ。

「あそこに、いる」
「ええそうよ。愚かで愛しい私の(マスター)。貴女はどうするの、この盤面を俯瞰して」
「つぶす」

 返答はまるで淀みがない。戦意に猛るわけでも、まして臆するでもなく、あくまで自然体のままにスイムスイムはそう言い切った。
 何故? ルーラならそうするだろうから。
 彼女にとって全てはルーラに帰結する。ルーラが為そうとすることに、自分もまた追随する。彼女にとっては万事がその理屈で説明可能であり、故に恐怖や躊躇が付随することはない。

「けれど、そうすると貴女はどう行動するのかしら。あそこにいるのは単騎ではなく二騎のサーヴァント。今までのような不意打ちでは対処しきれないわよ?」

 キャスターの言葉に、スイムスイムは踏み出しかけていた足を止め、言葉なく熟考した。確かに、これでは分が悪い。
 キャスターの言う通り二つ以上の陣営が一堂に会しているとするならば、今までのような陰に潜んでの暗殺だけでは心細かった。一方を殺している間にもう一方に捕捉されるのは目に見えているからだ。
 攻め込む場合の有効手は敵の分断、あるいは同士討ちの誘発か。N市の戦いにおいて所持していた「透明外套」があったならばもう少し作戦に幅が出来たのだが、ないものを思っても詮無きことでしかないだろう。
 人手が足りない。仕込みの時間も足りない。敵の数も戦力もこちらを上回り、しかし先手を取れるというアドバンテージだけがこちらにはある。
 だとするならば、今ここでスイムスイムが取るべき行動は……

「一時撤退」

 くるりと背を向け、つかつかと歩き去る。
 キャスターはつまらなさそうにこちらを振り向くのだった。

 スイムスイムに恐怖はない。しかし、同時に彼女は馬鹿ではない。
 サーヴァントが二騎存在する。正面からでは勝ち目のないバケモノが複数いる。そのことで彼女は恐怖を感じないが、しかし真実勝ち目のない戦いに身を投じるような自殺行為を、彼女は是としない。
 現状、彼女に打てる手は限られていた。かつてのように味方───ピーキーエンジェルズやたまのような配下───はおらず、この街において最大戦力と成り得るサーヴァントはこちらの言うことを聞きやしない。透明外套も元気の出る薬もなく、事実上スイム・スイムは独力で戦うしかなかった。
 そして、この状況で彼女一人で勝てるかと問われれば、それは否である。
 だからこその戦略的撤退だ。未だこちらの存在が気取られていないという前提条件があるならば、不意打ち以外にも見過ごして撤退するという手もある。

 ───ここで、スイムスイムが気付いていないことが二つ存在した。

 一つ、彼女らの存在は既に気取られていたということ。魔力探知やサーヴァントの気配探知ではない。それは、ある種の共鳴とも言うべきものによって、キャスター・ベルンカステルがいることを気取られていた。そしてそれは、他ならぬベルンカステル自身も知っていたことだ。
 故に、このことに関してスイムスイムに落ち度はないと言うべきだろう。何せ彼女のサーヴァントは一等劣悪な精神性の持ち主であり、主たるスイムスイムに利するかどうかすらその時の気分次第。現に今もその事実を告げてはいなかった。

 そして二つ目に───


「……!?」

 瞬間、スイムスイムは自身の身に「何か」が起きたことを直感的に悟った。
 目に見えない力の奔流が流れ込むかのような、感覚的な異常事態。無意識に透過の魔法を行使して、しかしそれは物理的な作用ではないために一切の抵抗を許されなかった。
 そして、彼女は……





   ▼  ▼  ▼





 木陰にて息を潜め、標的を見定める瞳が一対。
 アサシン・アカメは目下の敵地である孤児院周辺の木々に身を隠しながら、その内情を探っていた。白く清潔な印象を与える建物、中には人の気配が大勢。
 雑多なそれらの中にあって、一際目立つものがあった。それは魔力量の多寡という、サーヴァントにとっては当たり前に感じられる気配として、アカメの肌を突き刺すようにその位置を知らせていた。

【いたぞ、士郎。敵は確かに孤児院内部に存在する。大まかな位置も特定した】
【そうか……姿を目視できるか?】
【いや、今のところは魔力反応による位置検出だけだ。構造的にもそうなのだが、やはり霊体化されていては物理的な視認は難しい】

 そうか、とだけ告げて士郎は口ごもる。視認さえ叶うならば、視界をリンクさせることによりその命中精度を確かなものにできたのだが、高望みはすまい。
 それよりも、問題は院内の敵が二騎存在するということだ。一騎だけなら既に行動に移していた。しかし複数ではそうはいかない。
 士郎は数キロ離れたこの場所からでも即時命中させることのできる大火力の攻撃を保持している。それはサーヴァントの殺傷すら容易に可能とするものだが、しかしそれだけで二騎のうちいずれか、ないしどちらをも討ち果たせるというのはあまりにも希望的に過ぎた推測である。
 仮に二騎のサーヴァントが共に生き残って、結託した上で襲い掛かってきたならば、アカメ単騎での対処は難しいものになるだろう。アカメは優れた剣士ではあるが、その本分はあくまで暗殺者。彼女が一対一で負けるとは思えないが、複数人がかりではそれも怪しい。まして、彼女の力は敵の足止めには向かず、故に士郎の元へサーヴァントが接敵することがあれば、最早対処のしようがない。
 いざとなれば虎の子の令呪を使うという手もあるが、それとて先の対ランサー戦で使ってしまっている以上、聖杯戦争を勝ち抜くことを考えればできれば取りたくない手段ではあった。アカメが裏切らないという楽観を信じるとしても、使えるのはあと二画。切り札を使う場面はよく吟味しなければならない。
 なので今自分たちにできることと言えば、相手に動きがあるまで現状維持くらいのものであり、アカメに監視の命令を出して撤退しようかとも思案し始めた。

 その時。

【士郎、これは……!】

 念話から聞こえるアサシンの驚愕の声。その根源たる異常は、士郎の目にも映った。
 孤児院一帯に、突如として謎の方陣が浮かび上がったのだ。光を放つそれは幾何学模様をして、曼荼羅のようにも、あるいは図面のようにも士郎には見えた。
 これは、見間違うわけもなく……

「キャスターの、陣地か……!」

 知らず漏らされる呟きに。
 士郎の見据える瞳は、その鋭さを増すのだった。





   ▼  ▼  ▼





「魔女……?」

 思わず、口をついて出てしまった。

 しまった、と思った時には遅かった。周りにいた小さな男の子が、「どうしたのー?」などと聞いてくる。
 なんでもないですよ、とだけ返し、なおも聞き縋ってくるその子を半ば無理やりに置いて逃げて、梨花は内心忸怩たる気持ちでずかずかと廊下を早足で進むのだった。

【……意味が分からないわ。あんた一体何言ってんのよ】
【ほゥ、一から十まで分からんお前じゃないと思うんじゃがのう。それとも目ェ逸らしちょるんか。まあどっちじゃろうて俺ァどうでもええんじゃが、そのままじゃあそんならの死ぬるは必定よ】
【だから訳のわからないことを……ッ!?】

 自分でも形容できない感情がぐるぐると胸の中で渦を巻き、それをどう処理していいのか分からず、結果として踏み鳴らす足音だけが無意味に大きく院内に響いた。

 分からない。何が起きて、何が来たのか。
 魔女が来たとキャスターは言った。そして自分は"何か"が来たと直感的に悟った。
 その何かが具体的にどんなものを示すのか、それが分からない。自分でも分からないものを、しかし何故か感覚のレベルで梨花は恐れ、存在を感じ取っていた。
 人は自分の知らないものを本能的に恐れる。感覚的に訪れた恐怖と、それに対する無知から生じる二次的な恐怖が、二重の檻となって梨花の思考を占有していた。

 だからだろうか。
 足早に進む梨花は、普段なら気付けたであろうこと、しかしこの時気付くことができなかった。
 勢いのままに曲がり角に差し掛かろうとして、瞬間、梨花はばったりと"そいつ"と会ってしまった。

「……ッ!?」
「あっ……」

 小さな驚愕の声。
 目の前には、焦ったような驚いたような顔をしている、異国の雰囲気纏う少女の姿。

 ───こんな時に……!

 内心吐き捨て、梨花は作り慣れた「無垢な少女」の仮面をかぶり、言う。

「みぃ、そんなに急いでどうしたのですかキーア。転んでしまったらイタイイタイですよ?」
「あ、梨花……えっと、あのね……?」

 ちぐはぐで要領を得ないキーアの返答。常の彼女らしからぬ物言いだったが、焦燥する今の梨花にはそんなことにかかずらっている余裕はなかった。

「それでは一旦バイバイなのです。キーアもそんなに慌てずに……」
「待って、梨花!」

 その横をすり抜けようとして、しかし次の瞬間に、梨花はその手を掴まれていた。
 振りかえれば、そこには何かを決意したかのように、口元を引き締めるキーアの顔。

「キーア、何を……」
「話したいの、梨花。貴女のことを」

 ……何を言っている?
 分からない。話す? 私のことを?

 こいつ今の状況が分かってないのか、と一瞬だけ考えて、しかしそんなもの自分以外に分かるわけがないと、梨花は思い至った。

「悪いのですけど今ボクは急いでいるのです。ごめんなさいなのですよ」
「ねえ、梨花」
「キーア、あんまりしつこいと」
「貴女、マスターなんでしょう?」

 その瞬間、比喩でもなく梨花は凍りついた。
 氷水に浸された腕で、心臓を鷲掴みにされたようだった。

 今、こいつは、何を言った?

「今朝見たの。貴女がサーヴァントを出して、ここに来た綺麗な女の人と話しているのを。聖杯戦争とか、同盟とか、言ってるのを聞いたわ」

 唐突な告白に困惑していた思考が、徐々に落ち着きを取り戻す。そして、梨花は目の前の少女が何であるのかを完璧に理解した。
 キーア。素性不明の孤児。こいつもまた、聖杯戦争に参加するマスターなのだと。

「キーア、あんたまさか……」
「戦うつもりはないの。あたしはただ、梨花と話したいだけ」

 キーアの声が遠くに聞こえる。自分でもよく分からない胸のざわめきが、不意に大きくなるのを感じた。

「あたし、梨花がマスターだなんて知らなかった。一緒に暮らしてたのに、全然気付けなかった」

 澱みのない瞳が真っ直ぐにこちらを見つめる。ただの視線なのに、痛いほどの力を感じた。

「あたしもね、マスターなの。でもあたしの願いはもう叶ってしまって……だから、あたしは梨花が何を願ってここにいるのか、分からないし想像もつかない」

 それは何も知らない者の声。何も知らない者の瞳。
 痛すぎるほどに真っ直ぐで、無知が故に輝く子供の理屈。
 だから、梨花は。

「ねえ、梨花。貴女はどうして、この街にやって来たの?」

 純粋すぎるほど純粋な、その言葉に。

「……黙れ」

 端的な否定の言葉を突きつけたのだった。

「黙りなさい、キーア。あんたがそれを聞いて何になるって言うの。願いが叶った? ああ良かったわね。なら私からも聞かせてもらうけど、何であんたはまだこうしてマスターとしてここにいるのかしら。
 私に向けるのは同情? それとも優越? どっちにしても、あんた邪魔よ。さっさと令呪を捨ててお家に帰りなさい」

 知らず、無垢な少女の演技はその皮を剥がれていた。
 事ここに至ってする意味も理由もなくなったと、それもあった。けれどそれ以上に、最早そうするだけの余裕がなくなっていたという意味の分からない状況が、梨花を襲っていたのだ。

「……ごめんなさい。貴女を馬鹿にするつもりなんてないの。ただ聞きたいだけ。梨花の事情を聞いても、もしかしたら何もできないかもしれない」
「かもしれない、じゃなくて無理に決まってるでしょうが。いい加減にしないと……」
「でもね」

 けれど。
 傍目には豹変したようにしか見えない梨花に対しても。
 キーアの態度は、まるで変わることもなく。

「それでも、聞きたいの。あたしにできることも、やれることもないかもしれない。けど、それを理由に何もしないなんて、あたしにはできない」

 その瞳に宿る光も、微塵も変わることなく。
 あまりにも眩しく、梨花の目には映って。

「だって、梨花。貴女はこの街にやってきてから初めてできた、あたしの───」





「はい終わり。そろそろ話ィ先に進めようでよ」





 二人の少女が、不意を突かれたようにばっと振り向いた。
 二人しかいなかったその空間に、突如として場違いな男の声が響き渡った。
 見つめる少女たちの視線の先には、薄ら笑いを浮かべた痩身の男が、まるで幽霊のように不確かな気配で佇んでいるのだった。

「お前の負けじゃて梨花。よいよ下手こいたのぅ、聖杯戦争のマスターに見られたっちゅう時点で誤魔化しに意味なぞありゃせんわ。素直に腹の内晒しゃええじゃろ」
「全部あんたのせいでしょうが……! それになに、いきなり出てきて。ここで戦いでもおっぱじめようっての?」
「ああ、そんなん無理に決まっちょろうが。ほれ見てみぃ、敵手は高名な騎士様よ、俺なんぞ百おってもまるで勝負にならんわい」

 言われてそちらを振り返れば、キーアの傍にはいつの間にか鎧を纏うサーヴァントの姿。キーアを後ろに下げて庇うように立ちふさがる。
 梨花の視界に、マスター権限としてサーヴァント情報が雪崩れ込んでくる。クラスはセイバー、三騎士において最優のサーヴァント。キャスターたる狩摩とは最悪の相性を持つ相手である。

「今この場で事を構える気がない、という点については同意だ。ここはあまりにも無関係な人間が多すぎる」
「とまぁ、こういうことじゃけぇ安心せえや梨花。じゃがまァ、これでお前に逃げ場は無くなったっちゅうことになるがの」

 くつくつと嗤う狩摩。それを前に騎士に庇われる形で立つキーアは意を決したように尋ねた。

「貴方が、梨花のサーヴァント……?」
「おうよ。しかしまァこんならがマスターとはの、お前もよいよ間ァ悪い女じゃけぇのう梨花」

 梨花を睥睨して尚も嗤い続ける。そこには恐怖も、まして喜悦すらも含まれてはいない。

「間ァ悪いにも程があるわ。外にいる"魔女"と、今ここにいるこんならでお前は完全に"詰み"じゃ。困ったのォ、困ったのォ、そういうわけで」

 ───言葉と同時に、魔力が地鳴りと共に溢れ出る。

 キーアもセイバーも、そして梨花までも、そこで何が起きたか理解できなかった。まるで孤児院それ自体が揺れるように、足元から魔力が湧き出て地を震わせた。
 振動にキーアがふらつき、思わず壁に手をついてしまう。
 それを手で庇うように前へと出るセイバーは、しかし狩摩の気配に敵意や害意が一切含まれていないということを感じ取ると、その顔を訝しげに歪めた。

「ごちゃごちゃと意味分からんけぇ、ここらで一旦"振り出し"としようや」

 振り上げる腕に併せるように、孤児院を中心とした土地に「方陣」が浮かび上がった。
 それは地上と空中で平行になるように、二つの平面が光と共に同時に現出する。
 キーアはそれを、図面だと思った。縦と横に綺麗に区切られた光の線が、マス目上に交差している。
 そして、孤児院に響き渡る大喝破が、"それ"の到来を大々的に宣言したのだった。

「破段・顕象───」

 天を仰ぐ盲打ちの祝詞が、陣を描く魔力へと伝わり───

「中台八葉種子法曼荼羅ァ!」

 ───その瞬間、付近に存在した人間はその全員が感覚に異常を覚えた。
 まず第一に、視界がブレた。今まで自分が見ていた景色が、一瞬にして全く違うものにすり替わった。のみならず、肉体の感覚までもが別位相へと置き換わり、その多くが混乱に思考を占有された。

「ッ!?」

 キーア、セイバー、孤児院の住民たち。あるいは潜伏していたアサシンや、遠方より機を伺っていた士郎に至るまで。
 そして言うまでもなく、スイム・スイムとその侍従も例外ではない。





「───へぇ」

 酷薄な笑みと共に、奇跡の魔女が言葉を発した。
 先程まで孤児院を見下ろしていた視界は、一瞬にして全く別の場所へと転移していた。
 目の前にいるのは、同じく薄い笑みを浮かべる若い男の姿。





「ちィ、一体なんなの───!?」

 狩摩の奇行に思わず毒づいた梨花は、しかし己に向けられる殺意に目を剥いた。
 既に周囲には自分とそいつ以外の誰もおらず、必然梨花は一対一で、その殺意溢れる敵手と相対する羽目になっていたのだ。
 薄い桃色の頭髪、白い独特の服装、眠るかのような光を灯さぬ視線。

「……」

 言葉はなく、殺意はなく。
 無機的なまでの昆虫のような視線で、こちらを見る奇異な服装の少女。
 その手には水で出来ているかのような長物を持ち、物騒な巨大刃物がその細腕でくるくると振り回される光景は戯画めいて。

 ───地を蹴る硬質の音が、梨花の耳に届き。
 ───次の瞬間には、目の前にまで命を刈り取る刃が迫っていた。





「くッ!」

 突然の異常に身構えたアカメは、周囲の景色が住宅街の一角ではなく、どこかただ広い中庭になっていることに気付いた。

「アサシン! これは一体……」
「構えろ士郎! 悠長に説明していられる場合ではない、敵だ!」

 そして傍らにはいつの間にか、遠方より支援に当たっていたはずの主の姿。しかし現状、アカメはそれに気遣っていられる状況にはなかった。
 何故ならばその視界の先、彼女が今もなお敵意と戦意を向けている先にあるのは、疑いようもない───

「……向けられる殺気には気付いていた。この特異な状況といい、生憎私には君達に構っていられる余裕などないが」

 清廉な声が届く。静謐の剣気に空間は張りつめ、周囲の喧騒もピタリとそのざわめきを無とした。
 すらり、と抜き放たれる一筋の銀光。纏うは西洋の白銀鎧。

 自身に向けられる二つの殺意に真っ向から相対し、騎士の視線が戦意に猛る二人を貫いた。

「我がマスターを狙うというならば容赦はしない。来るか、アサシンとそのマスターよ」

 ───セイバーのサーヴァント。

 決して起こり得るはずのない慮外の邂逅が、ここに果たされたのだった。





   ▼  ▼  ▼





「くっくっく、ひははははははは!」

 孤児院上空に突如として出現した奇怪な陣。光条で編まれたかのような幾何学的な曼荼羅の上に立ちながら、神祇の首領は手で顔を覆い嗤っていた。
 敵手たちに対する嘲笑か、それとも見知らぬ異邦人たちへの親愛か。何にも囚われない彼独自の価値観で、この盤面を俯瞰しているように。

「おうおう、現物をよォ見てみりゃあ、これはそっくりそのままじゃのう! 百年どころか千年経ってこのザマか、なんとも皮肉な話ィじゃけぇ」

 対するベルンカステルを目の前に、狩摩は純粋に面白がるように笑っていた。それを向ける相手はおらず、我知らず闊達に。

 ───ここにいるのはたった二人。壇狩摩と、ベルンカステル。

 向かい合う奇跡の魔女は、双眸を細め同じく笑うかのように語りかけた。

「はじめまして、かしら。それなりに面白い趣向ではあったわよ、どこかの誰かさん」

 くすくすと嗤う魔女。口元を弦月に歪める彼女は、目の前の男がしでかしたことを、一切に至るまで把握していた。

 男───狩摩が行ったのは、場と人物を対象とした強制的な転移だ。
 陣形崩し、配置の入れ替え。それは盤上に布かれた駒を全く違う場所へと揃え直すかのように、あらゆる状況を困惑させる軍勢崩しの咒法。
 ここで重要となるのは、人物の転移場所は事前に決まるものではなく、全くのランダムということに尽きるだろう。その点においては、術者である狩摩自身でさえもどうしようもない。全ては運次第、天に采配を任せるしかない。
 しかし───

「けど、アテが外れたようね。この私に不確定要素を与えると"こう"なるわ」

 奇跡の魔女───ベルンカステルにそんな道理は通用しない。
 彼女が手繰るは奇跡の魔法。起こり得る事象の確率が0でない限り、必ず成就させる大権能である。
 孤児院を中心に布かれた不可視の陣地を魔術的に視認した瞬間、ベルンカステルは全てを理解した。そして、次に起こり得ることを想定し、この奇跡に最も近しい力を行使したのだ。

 すなわち───転移した場所が、その術者の目の前であるように。
 彼女の前ではあらゆる偶然は必然となる。ベルンカステルが壇狩摩の元へやって来たのは、偶然などでは決してない。

「ここに設置された陣地を見たわ。マス目上に区切られた正方形の図面、何ら魔術的な効能を発揮しない一見役立たずの方陣。
 思わず笑ってしまったわ。まさかこの聖杯戦争で、私にゲームで勝負を仕掛けようなんて思いあがる人間がいたなんて」

 ベルンカステルが嘲笑する。狩摩も変わらず嗤うだけだ。

 この孤児院にて狩摩が敷いた陣地は、まさしく将棋盤かチェス盤の如き様相を呈していた。
 縦横15マス、均等に区切られた正方形。対局に使うゲーム盤を、そのまま巨大化させたような陣。
 およそ工房としても神殿としても使い道のない、娯楽のみに特化した盤上。それを見たからこそ、ベルンカステルはこの陣の持ち主に興味が湧いたのだ。

「どうしようもない恐れ知らず。勇敢ではあるけど、それ以上に愚かしいわね。だからこそ遊びがいがある、と言えなくもないけど」

 奇跡の魔女は知的遊戯を尊ぶ。血みどろで残酷な、あらゆる人間の知性を嘲笑うゲーム盤をこそ好むのだ。
 だからこそ、彼女は狩摩と相対したのだ。武力で競う野蛮な戦場においてなおも知的遊戯を開催するその精神を、"型に囚われない"稀有なものであると認めた上で。

「……なんともまあ、けったいな"夢"じゃのう」

 けれど。
 そんな魔女と向き合う狩摩は、先の哄笑などすっかり鳴りを潜めて。嗤うような哀れむような、そんな声で呟いていた。

「分離した可能性の結晶か、当人が無意識に望んだ姿か、あるいは物語として望まれたか……流石にこりゃあ歪みに過ぎるけぇ。
 仲間だ絆だ平穏だと足掻くあの娘の現身がこれたァ、なんとも救われん話じゃわい」

 既に、狩摩の眼はここを見てはいなかった。その視線は、どこか違う場所に。
 それはベルンカステルではなく、その向こう側を見通すかのように。

「じゃがまあ、これが梨花の剥された成れの果て(・・・・・・・・・)ゆゥんなら、あんならの自業自得っちゅう話になるんかのう。こうして目の前に出てくるんも納得よ。
 まったく、どれだけ適当やろうが大筋のところは外さんように回るゆうんが、流石は流石の万仙陣。どっちにしろ俺らの役どころはワヤになるんが決まりじゃけぇ。
 これが第四の怖いところよ。たとえ甘粕や大将じゃろうと、正攻法じゃ潰せんわい」

 くつくつと嗤う狩摩に、ベルンカステルは嘲笑の貌を向けるだけだ。
 この男の言葉の意図が何であるのか、そもそも何を言っているのか。理解できない。が、そもそも人間とはそういうものだろう。
 人の思考は外から見ることはできない。この奇跡の魔女はそれでも僅かな接触のみでその者の辿ってきた人生に至るまでを推察できるが、それはあくまで人間観察に類した技術であって、完璧な読心の異能を持つわけではない。
 ゲーム盤という型に当てはめるならともかく、そうでもない人間の思考を1ミリのズレもなくトレースするなどまず不可能。
 だからこそ、ベルンカステルはこの相手が言う言葉を、単なるブラフであるか、あるいは正真の戯言であると解釈した。
 当たり前である。目の前の相手は盲打ちにも等しい権謀師、まともに取り合っては掬われるのは自分である。

「あらあら。始める前から騙し合いかしら。私としてはそれを受けてもいいのだけれど?」
「あぁ? ……なんぞ言っちょるんじゃ。誰もお前になんぞ話しとらんわい」

 相も変らぬ態度に不貞腐れたような口調。普通なら激昂するのが筋である場面においてなお、ベルンカステルは薄い笑みを崩すことはなかった。
 むしろ可愛がっている風にすら、余人がいればそう見えたであろう。ああ愚かな人間が必死になって、と。大上段からペットの小動物を可愛がるかのような超越者の笑み。
 壇狩摩とベルンカステル。両者は近くで向かい合ったまま、けれどその思惑を一切交差させることなく立ち会っているのだ。

「ああ、ええ。もうええ。ならちゃっちゃと話ィ進めようでよ。俺の跡継のボケがおらんのが癪じゃが、それが"ここ"の俺の仕事じゃけえのう」

 言葉と共に───内包する魔力が荒れ狂い、暴風となって周囲に叩きつけられた。
 空間が変質していく。流れる空気が異界のものとすり替わっていく。
 異質な気配に粟立つ皮膚の感触に、ベルンカステルは知らず鬼気めいた笑みを深めた。

『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝』

 天を指差し、地を抑える。上下に広げた両腕を回し、鳴動する空間そのものに狩摩は勅令を下した。
 それと共に次々と奔っていく光の線。孤児院上空に布かれた陣と比するまでもなく多く、そして込められた魔力が膨大なそれらが、幾何学的な空間を形作っていく。

『───急段・顕象───』

 創造されていく狩摩の世界。上空に瞬く軌跡はまるで何かの形状を描いているかのようであり、それは例えるならば将棋の盤面のようにも見えた。
 その全てが言外に物語る。
 これは遊戯。しかして命を懸けた座興なのだと。

『軍法持用・金烏玉兎釈迦ノ掌ァ!』

 盤面不敗の宣戦布告が、空間を断割する号砲となって轟き渡り。
 今ここに、キャスター・壇狩摩が誇る異界創造法が具現したのだった。





   ▼  ▼  ▼





 急段と呼ばれる術法が存在する。

 かつて壇狩摩がその身を置いた世界───《夢界》においては、夢の名が指す通り、あらゆる事象は物理ではなく術者の精神によって発生するものであった。
 例えば炎や氷といったものを造り出す、破壊的なエネルギーを撃ち出す、自らの肉体強度を底上げする───それら超常的な現象は邯鄲法と呼ばれ、術者が何を想うかによってその効果を千差万別とした。
 その夢界における戦いでは、当然ながら現実での強さではなく、術者同士の精神的な強さこそが勝敗を分けた。邯鄲法の強さとは術者の精神強度、すなわちどれだけその夢を想っているかによって決定されるため、格の違いがそのまま勝敗を分ける結果となるのだ。
 夢のぶつかり合いとしては至極当然であり、現実にも適用される真理に近いものでもあるだろうが……しかし何事もそうであるように、陥穽も存在するのだ。
 すなわち、それこそが急段。「特定の手順を踏むことにより、他者に協力を強制すること」。
 その手順とは、無論のこと自由勝手にいくらでも決められるというわけではない。せいぜい一人に一つか二つ。しかも術者の人生を象徴するような、強い拘りや哲学を体現したものでなくてはならない。
 故に戦闘という、極限の否定と奪い合いをしている中で成立させるのは至難だが、決めた時の見返りは凄まじい。

 ───例えば、右腕がない戦士がいたとする。
 彼は自己から欠落した"右"という概念に狂的な執着を持っており、戦いになれば敵の右側しか狙わない。そうした枷を自らに掛けている。
 無論、それはそのまま考えれば当たり前に欠点でしかない。戦いの自由度を自ら制限しているのだから、愚かしい真似に違いない。
 だが、そうした者を前にして、敵は一体何を考え、どう対処するのか。
 恐らくこう考えるのではないだろうか。「こいつは右だけを狙っている、つまり左は狙わない」。
 その時、両者の間で合意が為されるのだ。
 "左は不要"、と。

 瞬間、敵は自らの左半身を根こそぎ喪失するか、よくて機能不全に陥るだろう。これは隻腕の戦士が単独の力で成したことではない。
 誰よりも敵自らが、左は要らないと思ったからこそ発動するいわば共同技なのだ。
 故に抗うことはまず不可能。己自身でやったことであり、更にそこには敵の力も上乗せされている。一人で跳ね返すなどできないのが道理だ。

 協力の強制───それこそが急段の正体であり、想いがそのまま形となる夢界に特有の現象と言えるだろう。

 無論のこと、今現在狩摩がいるのは夢界ではなく現実である。しかし、サーヴァントという幻想の殻に宿り、宝具というノーブルファンタズムとして具現された現在において、彼は魔力の許す限り急段を現実に行使することが可能となっている。
 ならば、彼の保有する急段とは一体何であるのか。

 その内容は「自分と敵をゲーム盤に当てはめて勝敗を決する異界の創造」。
 協力条件は「行われる戦いがゲームである事実に同意すること」。




「なぁッ!?」

 この瞬間、梨花は本日何度目になるか分からない驚愕に包まれた。
 突如として目の前に現れた、大槍を持つ少女が、その刃を振り下ろしたと思った瞬間、再びその視界が暗転し、周囲は別の世界へと変異を遂げたのだから。

 今、梨花は漆黒の闇に覆われた異空間にいた。
 辺りは一面の黒で、しかし遥か彼方に瞬く星々が明かりとなって、世界の全てを照らしていた。そして足元には光の線が走っており、まるで将棋盤のようにマス目上に区切られていた。
 図鑑で見た宇宙みたいだ───梨花は内心で、そんな感想を抱いた。
 宇宙空間に浮かぶ将棋盤。その上に、梨花は立っていた。

 目の前には、件の大鎌の少女もいた。しかしその距離はいつの間にか離され、およそ10mほどの距離を置いて二人は向かい合っていた。
 そして、これが一番重要だが……動けない。体を動かそうとしても、何故だかそれは叶わず、梨花はうめき声を上げながら身をよじるしかなかった。それは大鎌の少女も同じようで、感情の見えないその顔を、鬱陶しそうな色に染めていたのだった。

『ルールを説明しちゃる』

 梨花の頭上から、反響する声が辺り一帯に響き渡った。それは聞き間違いようもない、あのキャスター・壇狩摩のものだった。

「ちょっとキャスター! あんた一体何をして……」
『まあ内容は簡単じゃ。今から俺とお前が順番に駒を指し合う。で、負けたほうが死ぬ。それだけよ』

 梨花の抗議などまるで聞こえてないとでも言うように、狩摩の声は淡々と何かを説明していた。
 というよりも、これは梨花に対して話しているのではなく……

『なるほどね。それで、下に見える愉快な盤面は?』

 次いで聞こえてきたその声は、梨花にとってはあまりにも聞き覚えがあり、しかし決して聞くことなどなかったもので。
 狩摩が相手をしているのは、自らの想像もつかないような奴なのだと、理屈ではなく直感で梨花は確信したのだった。





   ▼  ▼  ▼





「ああ、そりゃあ盤上よ」

 詰まらなさ気に話す狩摩と、それを笑って受けるベルンカステルの間には、一つの将棋盤が鎮座していた。
 それは通常の将棋盤よりも巨大な、大将棋と呼ばれる代物であった。
 世間一般に知られる将棋と言えば、9×9のマス目に20の駒を駆使するものである。しかし、この大将棋は15×15の盤面に、130という桁違いの数の駒を配置して競うものなのだ。
 現代にはまるで伝わらず、一時は実在さえ疑問視された、まさしく幻の将棋である。

 現在、狩摩とベルンカステルは小さな部屋のような空間にいた。四方を壁に囲まれ、中央には大将棋の盤上。そして床面には、何処か別の場所の光景が一面に広がっているのだ。
 そこには二人の少女がいた。一人は桃色の頭髪をした、大槍を持った少女。そしてもう一人は、ベルンカステルの生き写しにも見える、瓜二つな青髪の少女。

 足元に映る光景を、狩摩は「盤面の世界」と呼称していた。

「なるほどね……つまりこのゲームには、駒となった人間が戦う盤面の世界と、ゲームマスターたる私達がそれを見下ろしながら戦う指し手の世界の二つがあるということ。
 懐かしいわね、まるでベアトリーチェのゲーム盤みたい」

 ベルンカステルの言葉に、狩摩は静かに頷いた。

 彼らの言葉通り、この対局において世界は二つに分けられる。すなわちベルンカステルたちのいる「将棋を指す世界」と、梨花たちのいる「駒となって戦う世界」だ。
 梨花とスイムスイムが一切身動きが取れなかったのはこれに由来する。何故ならまだ対局が始まっていないのだから、駒が勝手に動いていい道理などない。

「ここに巻き込まれた人間は全員駒に当てはまる。俺とお前は当然王将よ。そして」
「実際にその駒を取られたら死ぬ。分かりやすくいいじゃない」
「ひひひ、その通りじゃけぇ」

 駒を取られたら死ぬ。それが、この対局における絶対のルールであった。
 これはただのゲームではない。曲がりなりにも聖杯戦争という、命の取り合いを是とした催しにおけるものである以上、そこには生殺与奪の余地が介在する。
 それは当然狩摩もベルンカステルも承知の上であり、だからこそ彼らはそれに「合意」したのだ。
 合意した、故に「そう」なる。それこそが強制協力であり、狩摩の急段の能力でもある。
 故に当然、これは命の取り合いではあるが、同時に公正なゲームでもあるのだ。今この場において、狩摩もベルンカステルも直接的に相手を害することは不可能となっている。例え如何な攻性宝具を繰り出そうが何ら意味を為さない。いや、そもそもそうした手段を取ること自体が不可能なのだ。
 指し手としての決着がつき、その勝敗によってのみ生死が決まる。それ以外の結末は許されない。

 翻って考えると、このゲームは相当な難物と言っていいだろう。
 何せ賭けられているのは指し手である彼らの命のみならず、そのマスターの命もなのだ。マスターがいなければサーヴァントは存在できないという不文律がある以上、王将だけでなく彼らマスターに当てはめられた駒をも守りながら戦うしか道はない。
 その条件がイーブンである以上、ゲームが公正なものであることに変わりはないが……その敗北条件が厳しく、変則的なものになることは疑いようもなかった。

「ルールは理解したわ。それなりに暇が潰せそうで何よりよ。ああ、でも」

 静かにルールを聞いていたベルンカステルは、しかしそこで酷薄な笑みを深めて。

「趣向の凝らしが足りないわ。私を楽しませるなら、もっと喜劇として相応しく演出しなさいな」

 言って魔女は、いつの間にかその手に握られていた金属質に光を反射する8つの駒を、大将棋盤へと落とした。

 ───梨花とスイムスイムが立つ盤面の世界に、新たな影が立ち上がった。





   ▼  ▼  ▼





「みんな……!」

 意識のブラックアウトから目覚めたキーアは、そう叫ぶと同時、自分の周囲が様変わりし、そして誰も傍にいないという事実に気付いた。

 一瞬前まで、自分は孤児院にいたはずだった。しかし今のキーアの周囲に広がる光景は、鬱蒼とした木々に囲まれ、鳥の声が聞こえてくるという、自然に満ちた見覚えのないものだった。
 一体何がどうなっているのか。自分の身に何が起きたのか。キーアにはまるで分からず、また推測のしようもなかった。
 ただ思い当たるとするならば、梨花の傍に突如として現れたキャスターの男の仕業であるのだが、それすら具体的に何をされたかなど、キーアに知り得るはずもなかった。
 けれど。

「早く、行かなきゃ……!」

 けれど、分かることが一つだけある。それはあの孤児院に"敵"が来たということ。
 確証はない。そして、仮にそうであったとしても、自分にできることなど、恐らくは何もない。
 しかし、ここで何もせずに座り込んで全てが上手く行くようただ祈るだけという選択は、自分には許されない。

「梨花、セイバー、みんな……」

 行かなくてはならないだろう。例えそこで戦いが始まるのだとしても。

 キーアは戦いを知らない。殺し合ったことはおろか、拳を握って誰かを叩いたことすらない。けれど、そんな自分であったとしても、覚悟を決めなければならない時があるのだと知っていたから。
 セイバーは言った。自分は決めなければならないのだと。
 戦うか戦わないか、逃げるか逃げないか。キーアには、彼が成せる範囲で全てが許されているのだとセイバーは言った。
 だから、キーアは決めたのだ。
 立ち向かわずして逃げるなど、そんなことは許せない。例え数日の付き合いしかなくとも、キーアにとって梨花は親しい隣人であるし、同時にまだ腹を割って話していない人間でもあるのだから。

 キーアは駆ける。舗装もされていない山道を、それでも尚と決意を抱いて。
 遠くに見える孤児院の姿を目に映しながら。










 青の外套が宙を舞う。巻き起こる旋風と、淡く光を反射する白銀の鎧。
 迫る剣閃が怒涛の如く。王者でありながら同時に騎士でもあるかのような威圧感も露わに、セイバー───アーサー・ペンドラゴンは不可視の剣を振り抜いた。

「ぐぅ……!」

 刀剣の煌めきと火花の花弁、そして甲高い金属音が響き渡り、そこにアカメがあげる苦悶の声が木霊した。
 細身の日本刀が辛うじてセイバーの剣を受け流す。その衝撃はただの一振りで地を割り、アカメの足元に深い亀裂を刻み込んだ。
 同時、吹き荒れる剣気の嵐。翳す刃が超質量となってアカメへ迫り、一合毎に極大の破壊が叩き込まれる。

「成る程」

 放り出された中空にて荒々しく身を翻し、着地するアカメを見て、セイバーは内心の驚嘆を言葉に乗せた。
 白銀色と蒼色に輝く甲冑を身に纏って、その切っ先を後方へと下げながら。

「その剣気は中々のものだ、アサシン。暗殺者などという呼び名が似つかわしくないほどに」
「……」

 他意なく驚嘆を言葉にするセイバーに、アカメは答えない。否、答える余裕がないのだ。
 代わりと言わんばかりにその刀を構え直す。一瞬の膠着の後、両者は再び地を蹴り刃を交えた。

「っ!」

 踏み込みと同時に放つ斬撃、その一刀ごとにアカメは命を宿し刃の生えた烈風となり、蒼銀の騎士と切り結ぶ。
 全身の発条を使い、両足で踏み抜く大地を背に跳躍。飛燕が如く一迅の颶風と化して回転する斬撃を放った。
 高速を超えて超速へ、超速を超えて神速へ、神速を超えて───残像へ。
 ───夜に疾駆する、一羽の鴉の如く。
 サーヴァントとして獲得し得る最高峰の敏捷性をこれ以上なく発揮し、アカメは間断なき連撃を敵手に叩き込み続ける。その速度は最早余人の目に映るようなレベルではなく、斬撃というよりはたった一人に向けて凝縮された刃の嵐と形容したほうが適当である。
 その手に持つのは一斬必殺・村雨。ただの一掠りであろうとも、傷をつければ即座に対象を死に至らしめる呪毒の妖刀である。膂力で劣るアカメはしかし決して相手を両断できるほどの力を込める必要性はなく、ただ一度でも相手に傷をつけることができればその時点で勝ちなのだ。
 故に、この速度から繰り出される連撃ほど恐ろしいものはないだろう。一手しくじれば即座に命が消し飛ぶ死の領空域。免れ得る者など存在できるはずもない。
 しかし。

「―――」

 対峙する蒼銀の騎士、未だ健在。その身に傷の一つもなく、その輝きに一片の曇りもなく。彼の騎士は全ての剣閃を受け止め弾き、あるいは捌き。死の運命から逃れ続けているのだ。
 無論のこと、セイバーは村雨に宿る呪毒の存在など知る由もない。つまり彼の取り得る選択肢には、当然肉を斬らせて骨を断つというものも含まれている。にも関わらず今に至るまでそれを為していないということは、それだけ両者の力量に差があることの証左でもあった。

 現状、アカメが眼前の騎士に勝っていると断言できる要素は三つ存在する。一つは言うまでもなく保有する刀の必殺性、二つ目がサーヴァントとして最高の数値を叩きだす敏捷性である。
 本来であるならば、この二つが揃った時点で彼女に打ち倒せない存在など皆無に等しいはずであった。先手を取るということの重要性は最早論ずるまでもなく、如何なサーヴァントであろうとも速度で圧し傷つければ死に至る毒を流しこめばそれで終わる。敏捷性と必殺性、この二つを共に極めたからこそ、アカメは稀代の暗殺者としてその名を人理に刻み込まれたのだ。
 故にこの場においても、その不文律は形となるはずであった。しかし恐るべきは対峙する騎士の技量か、アカメの刃はその命に到達することなく空を斬るばかりである。

 ならば、三つ目の強みとはなんであるのか。
 それは……

「赤原を往け……!」

 後方より上がる声、それが両者の耳に届くより先に、音速を超過した赤原の一矢がセイバーに食らいついた。
 アカメに許された三つ目の強さ、それは他ならぬ彼女のマスター、衛宮士郎の存在であった。
 彼は一般的な魔術師と比較して、非常に特異かつ強力な特性を有している。剣製の力は宝具の投影すらを可能とし、その一撃はサーヴァントを殺傷して余りある威力を誇る。
 セイバーに放たれた一撃は、赤原猟犬(フルンディング)。例え弾かれ外されようと、射手が健在かつ狙い続ける限り標的を襲い続ける、赤光を纏った必中必殺の魔弾だ。
 一度放たれた矢の軌道は変更できないという絶対則すらねじ伏せ、ただひたすらに敵手を狙い追い続けるという、弓矢に天賦の才を持つ士郎の十八番である。

 セイバーが持つ不可視の剣により難なく逸らされた黒矢は、しかし地に落ちることなくその軌道を変じると瞬時に反転、再び蒼銀の騎士を貫かんと迫る。
 同時、地を踏み込むアカメの体は5mの相対距離をコンマ秒以下で駆け抜け、滑るようにセイバーの正面へとその刃を翻した。
 流れるような変則軌道が、切っ先を騎士の背中へと照準する。
 踏み込んだ足が地を削り、加速度が全身の筋肉を水のように伝う。

 閃く銀光は三つ。
 金属音を示す高く澄んだ空気振動が二つ。

 彼と彼女が絶対の自信を持って放った同時攻撃は悉く不可視の騎士剣に弾かれ、騎士の体は既にアカメと鍔迫り合いの姿勢にある。
 まるでこちらの動きが分かっていたかのような反応。触れれば即死の村雨の刀身を受け止めたまま、静かに口を開く。

「成る程、それが君達の力か」

 陽炎が如き不可視剣の輪郭が僅かに揺らめき、次の瞬間村雨にかかっていた圧力が消滅する。
 危険を感じ、後方へ跳躍しようとした瞬間には既に遅く、アカメの腹部に大質量が衝突したが如く衝撃が走った。
 それが騎士剣の柄による殴打であるのを認識するより早く、勢いのままに振り上げる不可視剣がこれまでの剣戟に倍する破砕音を立て、三度迫り来た赤原猟犬を中空にて完全破壊する光景が目に飛び込んだ。
 衝撃に間合いを引き離され、痛みとダメージに蹲るアカメの頬に、汗が一滴伝う。
 こちらは士郎共々完全に殺す気で挑んでいるというのに、あちらは単騎で、しかも加減すらしているかのような余裕を以て相対している。
 劣勢、などというものではない。
 力に差がありすぎて勝負になっていない。
 戦闘開始よりわずか1分足らず。たったそれだけの時間で、既にアカメは彼我の戦力差というものをこれ以上なく理解できていた。
 まともに打ち合っては勝ち目がない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。それが、この短時間でアカメが打ち出した結論であった。

 そもそもが暗殺を生業とするアサシンが、不慮の事態とはいえ敵前に投げ出された時点で勝負はついていたのだろう。
 アサシンとしては破格の戦闘技量を持つアカメと、マスターとしてはやはり破格の力を持つ士郎。共闘して事に当たれば並大抵の敵を蹴散らすことなど容易な二人ではあったが、しかし眼前の騎士は桁が違った。
 先刻の槍兵といい、流石は本戦に勝ち進んだ三騎士というべきか。その実力は予選で戦ってきたサーヴァントとは一線を画している。

 勝ち目はない。が、しかし。
 付け入る隙がない、というわけでもない。

「しッ!」

 弧を描いて襲いくる光を視界に捉えた瞬間、反射的にセイバーは動いた。指先で剣を手繰ると同時に柄を回転、村雨の斬光を弾くと共に身を屈めて後方より飛来する魔力矢を躱す。地を這うように側方へ飛び退き、立ち上がり様に剣を引く。その眼前に更なる銀光が翻り、セイバーは不可視の刀身でそれを受け止めた。
 風の鞘に包まれた聖剣の刃が、軋んだ金属音を立てて震える。
 目の前には刃を押し込もうとするアカメの姿。
 その右手に光る片刃の剣が、緩やかな軌跡を描いて跳ね返る。
 アカメは全く姿勢を崩すことなく、弾かれた剣の勢いを利用して身を翻す。戦闘用に加速されたセイバーの視界の中、アカメの動きは流水のように滑らかで淀みがない。アサシンなどというクラスに見合わぬという彼の言通り、その動きは堂に入ったもので、およそ未熟さなどというものを感じさせないものだった。
 剣を翳した中途半端な姿勢のまま、半歩退いて体勢を立て直す。アカメは刀を逆袈裟に構え、一直線にこちらの懐へ飛び込んでくる。白銀色の刀が唸りを上げ、セイバーは更に半歩退くことでその攻撃をやり過ごす。
 同時、磨き抜かれた"直感"が攻撃接近を彼に知らせる。アカメの攻撃を逆手に抜き放った不可視の刀身で受け流しつつ身を翻し、背後から襲いくる一閃を回転斬りで叩き落した。

(相も変らず挟み撃ち……些か面倒だな)

 ままならぬ戦況に、セイバーは内心で一人舌を打つ。敵手の二人は揃って防衛に特化した技巧の持ち主故に、どうにも戦いづらさが残るのだ。
 現状、セイバーは宝具の開帳は愚か、彼の近接戦の本領とも言える魔力放出のスキルすら録に使わずに戦いを継続していた。それは周囲の地形や建築物に配慮してというものでもあり、同時に彼と共に転移現象に巻き込まれてしまったキーアの身を案じてのものでもあった。
 同時に、戦闘を放棄し急速離脱してキーアを探す、という選択肢はほぼ無いも同然であった。何故なら眼前の二人は放置するにはあまりにも危険すぎるから。気配遮断を持つアサシン、遠方狙撃能力を持つ容赦や躊躇と無縁のマスター、そして二人は共にキーアを「狙っていた」。対してキャスターともう一騎のサーヴァントは共に閉鎖空間へと閉じこもるのをセイバーはその魔力探知で確認している。キーアの捜索を一時中断してキャスターらの毒牙にかかる危険性よりも、ここでアサシンを放置することの危険性のほうが数段高いのは否めない。
 つまりセイバーは早急にアサシンたちを倒す必要があるのだが、しかし大規模な破壊をもたらしては、どこにいるとも知れないキーアの身にも危険が及ぶ可能性がある。その危険性がゼロにならない限り、セイバーは一切の力を封じたまま戦わざるを得ないのだ。令呪の使用による転移を行使でもしてくれたならそれが最良なのだが、念話圏外に出てしまった以上はこちらから働きかけることもできない。状況的な窮地に、セイバーはあの一瞬で落とされてしまっているのだ。
 アカメたちが付け入るべき隙とはこのことだ。セイバーは本気どころかその実力の1割も発揮できない状況にある。ならばその隙を付かない道理など存在しない。

 視界の端に映る少年が、その両手に中華風の双剣を具現させると同時に投げうち、双剣は空を裂く一対の死鎌として飛来する。更に士郎は無手となった両手に更なる双剣を投影し投擲、自身は三度投影した双剣を手に踊りかかった。
 アカメが持つ村雨と、士郎が放つ干将莫耶。異なる色合いの7つの白銀が弧を描き、左右上下から全く異なる軌道を描いて襲い掛かる。
 下方から切り上げるように襲いくる村雨を逆手に構えたままの不可視剣で受け止めつつ、喉元目掛けて左右から迫る一対目の干将莫耶に剣の柄を合わせる。甲高い金属音が響くと同時に、弾かれ後方へと流れた双剣が前方より来る二対目に引き寄せられるように軌道変更。一瞬だけ引き戻された村雨の切っ先が再度空を貫いて走り、それに呼応するように三対目の双剣を自ら振りかぶった士郎の斬撃が、刀身を滑って絡みつく蛇のように懐へ潜り込む。
 連撃により作り出された一瞬の隙を突く、防御も回避も不可能な同時七撃の剣閃。如何な格上の相手だろうと必勝の型である。
 が。



「……見事」



 生まれる金属音は皆無。驚愕の吐息は二人のもの。
 そして剣戟の場には似つかわぬ、吹き荒れる嵐のような風の音。
 セイバーが構える不可視の剣、それを覆う風の檻がほんの一瞬だけ解き放たれるように渦を巻き、指向的な暴風となって二人の斬撃を弾き飛ばしたのだ。

「ただの剣士ならば、君達の連携を凌ぐことはできないだろう。しかし」

 蒼銀の騎士が構えを変える。
 今までとは違う。武器の間合いの駆け引きなど行わない。常の戦場を意識した剣技ではなく、それは巨獣へと挑むかのような。

 相対する二人は硬直から解け、その頭上に次々と刀剣を投影していく。その数実に十七、それは女アサシンが持つ日本刀と寸分違わぬ刃を晒して。

凍結、解除(フリーズ・アウト)……!」

 地を踏み込む騎士と、その敵手たる二人の視線が、一瞬交錯し。

 ───掻き消える影と共に、轟音が鳴り響いた。





NEXT:死、幕間から声がする(後編)


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