日は既に傾き始め、混沌の鎌倉市にもじき、夜が訪れようとしていた。
 事情を知らぬ大人達は皆一様に困惑と疲弊を顔に浮かべ、一刻も早く今日という日が終わってくれることをただ祈るしかない。一体今日だけでどれだけの騒動が起き、どれだけの狂騒があっただろうか。しかもそれらは夜闇に紛れ、密やかに行われた訳ではないのだ。
 白昼堂々、誰に憚ることもなく連続した事件。あるいは、事故。日が照らしている時間帯だけでこれなのだから、日が落ち、街を闇が覆ってからどうなるかなど考えたくもない。
 不思議と彼らは誰一人、"夜になったら少しは騒ぎも収まるだろうか"とは考えなかった。これは誇張でも何でもない。本当に誰一人として、平穏へ回帰する為の希望的観測をしていなかった。
 異常事態は続く。日が落ちても、夜が再び明けても、鎌倉の街から熱が消えることはない。
 誰もがそう信じている。声には出さないし、仮に出す者があったなら顔を顰めて不謹慎だとか非常識だとか、尤もらしい言葉で制止を図る者もあったろう。そんな一見マトモそうな人物でも、根っこの所は同じだ。結局はこの混沌が穏便に終結するなどとは欠片も思っちゃいない。そう祈っているだけで、誰も希望を信じていない。

 霊体化した状態で孤児院の内部を慌ただしく行き来する大人達をちらりと一瞥したセイバーのサーヴァント……アーサー・ペンドラゴンは、既にこの街の住人達が隠し持つそんな"異常"を認識していた。
 とはいえ彼は特別他人の感情の機微に聡い、という訳でもない。人々の様子を見るだけでその内面を完全に理解出来る、もし彼にそんな才があったなら、きっと彼のブリテンはあんな結末は辿らなかったろう。
 では何故、今セイバーはそれをこうして認識することが出来ているのか。それはひとえに、死に行く謀術師との邂逅に裏打ちされた鑑識眼であった。
 あのキャスターと言葉を交わした時間は決して長くないが、そんな短時間でも彼の人となりをある程度理解することは可能だった。結論から言えば、相手にしていて心地よい人物では断じてなかった。セイバーも俗に曲者と呼ばれるような難儀な性分を持った人間とは何度も相対してきたが、あれはその中でも一際異質と言っていい。
 例えるなら、蛇――体を不規則に撓らせ、その身体を敵手に正しく捉えさせない薄霧めいた男。
 只者ではないことは、あの短時間でも十分理解出来た。だが彼はもうこの街には居ない。胸を日本刀の刀身で貫かれ、呪毒をそこから流し込まれ、完膚なきまでに"殺された"。
 故に彼がまたセイバーの前に現れることは、恐らくないだろう。……消滅する瞬間をこの目で見届けた相手だというのにどうしても"恐らく"という予防線を張ってしまう辺りに、セイバーが壇狩摩という術師(キャスター)にどういう印象を抱いたのかがよく表れている。

 キャスターがセイバーに遺した言葉。もとい、吹き込んでいった言葉。
 それを踏まえた上で改めてこの街に暮らす人々を眺めてみて、セイバーは長らく感じていた疑問が氷解する感覚を覚えた。キーアに召喚されてから予選期間を経て今に至るまでの間、ずっと微かな違和感はあったのだ。視界の端を延々小虫が飛び回っているような、そんな嫌悪感も今思えばずっとあった。
 その正体が、恐らくこれだ。聖杯戦争の原則を平然と冒し、民間に姿を露見させるのはおろか、厳しく弾圧されて然るべきである過度な魂喰い行為さえ平然と横行する現状――ではなく、それを感じ取っていながら、普段通りの日常を続けようとするこの街の住人達。
 危機意識が欠けているのではない。彼らはちゃんと、当たり前にそういうものを持っている。では何が足りないのか。
 違う。何かが足りない、のではない。有り余っている、のだ。それは人として当然の感情。未知なるものに焦がれ、非日常をこそ渇望する、俗に好奇心や探究心と呼ばれるもの。

 例えば、自分の親しい人が死んだとする。
 家族なり、友人なり。かけがえのない人物が"非日常"に巻き込まれ落命したとする。
 普通ならば悲しみ嘆き、それで頭が一杯になる筈。もしくは大切な人を奪ったその事象に怒りを燃やすなり、飛び火を恐れて街を離れるなりする。人として至極当然の行動だ。
 にも関わらずこの街の住人は、そんな悲しみや怒り、恐怖の中に等しく"期待"を飼っている。
 次は何を魅せてくれるのだと胸を高鳴らせて前傾する舞台の観客のように、誰もがどこか夢心地なのだ。当事者意識がないだとか抜けているだとか、そういう次元では最早ない。まさしく今の鎌倉は熱に浮かされているのだと、セイバーはこの時確かにそう理解した。
 事は望まれる通りに過熱し、蝋燭が溶け落ちるように都市の寿命は目減りしていく。
 悪夢だ。悪夢の担い手たるサーヴァントやマスターばかりが事の危険を正しく理解し、夢を観ている市民達は白痴のように次の展開を切望している辺りが終わっている。

"……病んでいるな"

 病んでいる。狂っている。――痴れている。

 形容する言葉は数ほどあるし、そのどれもが的を射ているから本当に始末に負えない。
 だがこれすらほんの序の口。この聖杯戦争を取り巻く悪夢はもっと膨大で、吐き気がするほど質が悪い。
 キャスターは彼に事の全てを語った訳ではない。キャスターはあくまで吹き込んだだけ。セイバー自身、当初は彼の言う意味をまるで理解することが出来なかった。それについて考え、彼の言動の一つ一つを思い返し、セイバーなりに推察することで、どうにか住人の異常性を認識するまでは漕ぎ着けた。
 セイバーは聖杯戦争の真実はおろか、その奥に眠るモノの存在、悍ましき陣の絡繰りを見出してすらいない。
 彼は真相に一歩近付いただけ。されども、その背中を押したのはあの盲打ち。万象全てが自分の方にしか転がらない、存在そのものが規格外とでも呼ぶべき男。故にその一歩は小さくとも、偉大だった。セイバーが思っているよりもずっと偉大で、後に必ず大きな意味を持つことが確定している第一歩。

 セイバーは思考する。回想する。彼が言う所の、自分がやらねばならないことを。

"僕がすべきことなど百も承知だ。そして、できるとも。貴方に言われるまでもない"

 その答えに変わりはない。そう、誰に言われるまでもない。
 推察と発見の末に再考しても弾き出された答えは同じだった、その事実だけを機械的に自分の脳奥に押し込みながら、セイバーは思考をすっぱりと切り替える。
 アサシンとそのマスターとの戦いから、既に二時間近い時間が経過していた。自分もキーアも肉体的なダメージは殆ど皆無だが、精神的な方のダメージとなれば話は別だ。キーアは目の前で友人――少なくともキーア自身はそう思っていた――の少女を貫かれ、自分の腕の中で亡くしている。
 彼女は強い子だ。死の重さに潰れてしまうことは、恐らくないだろう。
 それでも、全く平気ということは絶対にない筈。現にセイバーはあの時、声を張り上げ、息を詰まらせ、年相応の子供のように泣きじゃくる彼女の姿を見ている。

 慰めることは幾らでも出来る。だが人が死を割り切るためには、まず自分自身で心に整理を付けることが肝要だ。
 心の傷が大きくて、どうしても立ち上がれない――大人が手を差し伸べるのはその時でいい。

 それに今、キーアには孤児院の先生が付いている。
 傷付いた子供の扱いはきっと、彼女達の方が自分よりよっぽど上手だろう。
 だからセイバーは今は黙して、先の戦闘で微量なれども費やした魔力の補填に徹していた。
 ……そこかしこから聞こえる不安げな子供達の泣き声を耳にしながら、目を閉じ、背を壁に委ねて。

 ……この地に新たな嵐が近付いているのを彼が感知したのは、それから数分あってのことである。


  ◇  ◇


 ――急がなければならない。

 未だ癒えきっていない疲労と各所のダメージで軋む身体を強引に動かしながら、ランサーのサーヴァント・結城友奈は孤児院への道を急いでいた。その目的は他マスターへの協力の要請。本来それは彼女のマスターが行うべき行動だが、ランサーを召喚した人物にそれが可能なほどの理性は残っていない。 
 だからこそこうして、お世辞にも万全とはいえない状態のランサーが走っている。霊体化すらせずに、脳を支配する焦燥感に浮かされながら。
 八方塞の袋小路といっても何ら過言ではない現状を打破し、マスターを取り戻して未来を切り開く為に、彼女は孤児院を目指す。今のランサーには助けが必要だった。サーヴァントのスペックがどうだとか贅沢を言うつもりは毛頭ないし、そんなことを言ってられる状況でもない。
 全てが最悪の方に転がり切る前に、滑落を食い止める為の杭を打ち込む必要がある。ランサーも当然聖杯戦争のルールやセオリーについて、ある程度の知識は有している。だが、この聖杯戦争においてそれは糞ほどの役にも立たない。何から何まで常識外れが過ぎる、そもそもからして常識の物差しが溶けて歪んで捩れて廻っておまけに円の終着点まで噛み合っていないと来ているのだ。

「はっ、はっ、はっ、はっ――」

 サーヴァントなのだから、走った程度で息は切れない。疲れもしない。だと言うのに、ランサーは長距離走に臨むランナーのようにその息を弾ませていた。それほどまでに今の彼女は焦っている。唯でさえ気配の隠匿に優れるアサシンのサーヴァントにでも見つかったなら、まず確実に初撃は貰ってしまうだろう程に。
 そう考えれば、これも不幸中の幸いというべきなのかもしれない。
 勇者の少女はその行く手をこれまた意図せず阻まれることになるのだが、最悪のカードは引かなかった。

「ッ!!」

 瞬時に、霊体化を解いた何者か――サーヴァントの気配を感知して振り向くランサー。
 その視界では既に、剣呑に過ぎる形状の得物を振り上げた男が一人、ランサーを睨め付けて殺意で呼気を荒げていた。

"――バーサーカー!"

 クラスの看破には一秒も要さない。何故なら誰の目から見ても、その男は狂っていたからだ。これで狂戦士以外のクラスがあてがわれているというのなら、そもそも狂戦士のクラスなど必要ない。そう断言できてしまうほどに、今ランサーが対峙せねばならない敵手は狂奔していた。既に振り被られた鈍器を、一瞬だけ両手を交差させることで防御しようと考えて、すぐにそれを撤回し足を後方へと動かす。

「■■■■■■■――――!!!」

 単語としての意味を持たない絶叫じみた咆哮と共に、空振った歪な鈍器がアスファルトの地面に着弾する。小規模なクレーターすら生み出す馬鹿げた威力は、直撃すればサーヴァントだろうと重傷、最悪即死さえあり得るだろうことをランサーに理解させる。
 ランサーは唇を噛んだ。それと同時に、霊体化すらせずに聖杯戦争の舞台を駆けていた己の愚かさに辟易する。こうなることくらい、本来予期して然るべきなのだ。理性のない、それ故に原則として直情的な戦闘以外を封じられているバーサーカーが相手だったからまだ良かったものの、これが他のクラスのサーヴァントだったらと考えると背筋に走る悪寒を禁じ得ない。そして無論、このバーサーカーとて御し易い敵ではない。
 自分の目的を最優先するのなら、此処は撤退が最善策だ。しかし頭ではそう分かっていても、結城友奈という英霊はその選択肢を選べない。何故なら彼女は勇者であるから。自分が戦いを避けたなら、この魔物めいた男は鎌倉の街を跋扈し続ける。そうなればまた不要な犠牲が積み重なるのは避けられない。
 そう思えばこそ、勇者たるランサーは拳を握る。このバーサーカーを一刻も早く退ける為に、多少の負傷と損耗は覚悟の上で、戦いに臨む決意を固める。

「■■■■■■■――――!!!」

 今度は横薙ぎに振るわれた釘バット――『愚神礼賛(シームレスバイアス)』を、ランサーはまたしても回避。とはいえ彼女が逃げ腰なのではなく、この武器が剣呑過ぎる。宝具でこそないのが救いだが、バーサーカーの膂力でこんな殺傷のことだけを考えたようなナリの得物を振るわれては、最早そこに細かい差異は存在しない。
 不用意に受ければ腕の方が圧潰する。それを最初の時点で理解したランサーは、この戦いにおける戦略を即決した。
 即ち、ヒット・アンド・アウェイ。攻撃を喰らわないことを重視しつつ隙を見て拳を打ち込む戦法。時間が掛かってしまうのが難点といえば難点だが、その分安全性にかけては最上に近い。このバーサーカーをきちんと相手取った上で、尚且つこれ以上状況を悪化させずに退ける。ほぼ無理難題に近い命題を解決する上で一番都合の良いやり方こそが、今回ランサーが選び取ったものだった。
 風圧だけで髪の毛を何本も持っていかれるような殺人スイングの真下に、勇者の胆力で以って一ミリメートルたりとも臆すことなく飛び込んでいく。殆ど一瞬と言っていい時間でバーサーカーの懐への侵入を果たし、後は簡単だ。岩のように硬く握りしめられた右拳を、敵の土手っ腹に遠慮なく叩き込む。
 攻撃は命中したが、ランサーの表情は芳しくない。宝具を使用していない状態とはいえ、勇者の鉄拳は相応の威力を持つ。にも関わらずバーサーカーは、彼女のそれを受けて吹き飛びはしなかった。仰け反りはしたものの、脅威的な脚力でもってアスファルトを抉りながらその場で持ち堪えたのだ。

 バーサーカー・式岸軋騎の耐久は最高ランクでこそないもののそれに次ぐBランクだ。よもやこれでステータスが低いと言える者は存在すまい。彼はかつて『仲間(チーム)』と呼ばれる組織にて外部破壊を担当すると同時に、それとはまた別な、もっと物理的な意味で剣呑な集団にも属していた過去を持つ。
 それこそ、式岸軋騎の裏の顔。血統ではなく流血にて繋がった醜悪なる魔群、『零崎一賊』が一鬼――零崎軋識。
 暴力を生業とする世界ですら大半の存在に嫌悪され、畏怖されていた殺人鬼集団の一人である彼は、『仲間』において最大の戦闘力を有していた。故に此度、彼らを率いる死線に宝具として召喚された『仲間』メンバーの中で唯一彼のみが狂化して尚"戦闘要員"として機能している。
 狂化の補正を最大限に受けた軋騎もとい軋識のステータスは、今や下手な英雄共よりよっぽど高い域にある。
 現にランサーのステータスは彼よりも僅かに下だ。部分的に見れば勝っている箇所も確かにあるものの、肝心な筋力で打ち負けてしまっているのが何よりの痛手だろう。僅かな指向性のみを残して狂獣が如く荒れ狂うバーサーカーは時に、まっとうな理性を持ったサーヴァントよりよっぽど厄介な存在となる。

 下方から跳ね上げられた膝を体をくの字に折り曲げながら敢えて軽く被弾し、ダメージを最小限に留めながらランサーは後方へと退く。それを追うように鈍器を振り上げながら迫るバーサーカーに、再び地面を蹴ってランサーは向かっていくが、その時彼女はある微小な違和感を覚えた。
 このバーサーカーは自分と同じで、どこか、何かを急いているように見える。狂化しているのだから攻撃の質が落ちているのは当然のことだが、それにしても幾らかばかりの不自然さが否めない。得物を振り上げる動き、そしてそれを振り下ろす動き。それら全ての動作から、早急に自分を退けてしまいたいという意志のようなものが透けて見える。
 一度は考え過ぎかと切り捨てそうになったランサーだが、いいや違うと、彼女はバーサーカーの真意を看破した。

"もしかして、このバーサーカー……!"

 この道を暫く進めば、孤児院に到着する。そもそもそこを目指して走っていたのだからそうなるのは当たり前だが、重要なのは眼前のバーサーカーの"都合"だ。彼はただ闇雲な索敵と襲撃を命ぜられて街を彷徨いているのか。バーサーカーなのだからその可能性は勿論十分にあるが、そうではないとランサーは確信さえしていた。そうせねばならない理由があった。
 もしも彼もまた、マスターの意向なり何なりで孤児院を目指していたのだとしたら? バーサーカーの習性上実体を晒しているランサーに襲い掛かったものの、本懐は見敵必殺のそれではないのだとしたら? ――なおさら、バーサーカーを先に進ませる訳にはいかない。交渉や同盟相手との合流が目的であるのなら、理性のないバーサーカーを単独で向かわせることには何の意味もない筈だ。
 だとすれば答えは一つ。それは最悪のパターンだが、だからこそ想定する価値がある。
 このバーサーカーは殺戮を目的にして放たれた――それも孤児院の襲撃と、そこにある全ての破壊を。

 そんなランサーの予想は、殆ど完全に的中している。
 バーサーカーは孤児院を目掛けて放たれ、その道中で実体化したまま街を駆けているランサーを見含めた。
 彼は狂っても尚、死線の従者だ。死線に仇なす外敵(サーヴァント)を打ち殺すのは当然のことである。故に彼はランサーを襲撃したが、さりとて最大の目的は孤児院の襲撃だ。絶対である死線の命を正しく遂行すべく、眼前の敵を一刻も早く討伐し、死線の望みを果たさねばならない。その半ば本能的な優先順位こそが、バーサーカーに狂人らしからぬ焦りの動作を引き起こさせていた。

「悪いけど――行かせないよッ!!」

 一発一発は脅威だが、技巧の伴わない攻撃ならば見切って対処することは然程難しくない。生前のランサーが戦っていたバーテックス共に比べれば攻撃の範囲も小さく、言ってしまえばまだ"戦いやすい"といえる相手。それでもランサーは一切油断しない。油断、慢心。そんなものを抱いた上で何かを成せる程聖杯戦争は甘くないし、今の自分が置かれている状況は優しくない。そのことを彼女は誰より知っていた。
 巻き上げられるアスファルトやコンクリートの粉塵を片手で払い除けながら、余波で空気の渦を巻き起こす程の剛拳をバーサーカーへと放つ。それをバーサーカーは、鉄塊を真横に構えることで防御。突き刺さった釘にランサーは拳を抉られたが、これまでに負ってきたダメージと比べれば微々たるものだ。特筆するにも値しない。
 脇腹目掛けての回し蹴りでバーサーカーを吹き飛ばせば、ほんの軽い動作からのドロップキックで胸板を打つ。もんどり打って転がる殺人鬼の姿は、ランサーに"攻撃が通っている"ことを実感させてくれる。莫大な代償を伴う宝具の解放を行わずともこれだけ戦える、これは素直に有り難かった。
 転倒から復帰し、またも襲い掛かってくるバーサーカー。ランサーは今度は回避に専念する。バーサーカーの攻撃は破滅の風車、釘バットを振り回しているという絵面は多少コミカルだが、トップサーヴァントの攻撃に匹敵する脅威だ。欲を掻いて被弾することのないよう、ランサーは徹底的に回避する。周囲の塀や電信柱さえ足場として利用しながら、攻める隙が生まれるのをじっと待つ。

「■■■■■■――――!!」
「っ、と……!」

 ランサーが仮初の足場としていたコンクリート製の電信柱を鉛筆か何かのようにへし折り、空中に投げ出された彼女を叩き潰さんと愚神礼賛を突き上げるバーサーカー。それに対しランサーは、宙返りからの踵落としで対処する。されどこの判断は、あまり良いものではなかった。ランサーの右足に走る鈍い激痛、軋み。それがどうやら自分は今、いつもの癖でつい無茶をしたらしいと伝えてくる。
 バーサーカーの筋力はA+、実質最高ランクと言っていいランクだ。単純に見てランサーの二ランク上。宝具を使えば幾らか詰められるだろうが、それでもあの水準にまで辿り着けるかは疑わしいものがある。思考能力を犠牲に強靭なステータスを獲得するという狂戦士のサーヴァント、その在り方を良くも悪くも体現した相手だとランサーは思った。正気を失っているから付け入る隙は多い、しかしその分ちょっとのミスが即・命取りになる。
 とはいえ、敵わない相手じゃない。仮に此処でランサーを襲撃したのがアンガ・ファンダージ……今から数時間前に軋騎が交戦した彼とはまた別のバーサーカーであったなら、まず間違いなくランサーは苦戦を強いられていただろう。広域攻撃に手数の多さ、どれを取っても近接戦以外に能のないランサーでは辛い相手だ。
 その点リーチが短く、これと言って変わった攻撃手段も持たないこのバーサーカーは相手にし易かった。
 愚神礼賛の突き上げでより上空へと跳ね上げられたランサーは、跳躍で追ってくる彼の武器を真横から蹴りつけて一気にリーチから脱出。それと同時に手元を僅かに狂わせ、追撃までの間に微弱なラグを作り出す。その隙に素早く地上へ着地、それを追うように降りてきたバーサーカーへと即座に突進。痛烈な右フックを彼の側頭部へと叩き込み、仰け反ったのをいいことに今度は左のフックで反対側を痛打。バーサーカーが斬り上げの要領で振るった鈍器を軽いバックステップで避ければ、お返しとばかりに至近距離からの蹴りを打ち込んでやる。

「勇者――」

 式岸軋騎/零崎軋識の愚神礼賛は確かに強烈な武器だ。
 頭部に直撃したなら大概の相手は致命傷、腕や足を掠めただけでも十分戦いの行く末を左右するだけの痛打となり得る。だが先も述べたように、この禍々しい凶器は宝具ではない。真名解放で戦況を覆すことは出来ないし、長物の宿命である一振り一振りに付随する隙もバーサーカーの頭抜けた筋力値で補っているとはいえ、完全に克服出来ている訳ではない。現にランサーは先程からそれを利用し、攻撃を確実に命中させている。
 中距離のリーチを保ったまま攻撃し続けられるならいざ知らず、このように至近まで接近を果たされた上で相手にペースを握られてしまえば、バーサーカーにとっては辛い戦いとなる。理性を失くしているとはいえ、彼も本能的に自身の不利を悟り、後退からの仕切り直しを試みようとするが――勇者の少女はそうはさせぬと、鬼気迫る形相で拳を既に引いていた。

「――パァァァァァンチッ!!!」

 炸裂する、一際重く鋭い拳。一気呵成に孤児院を目指す狂戦士を討ち取らんと振るわれるそれは、勇者というよりも狩人か何かを思わせる苛烈な一撃だった。
 顔面を真正面から打ち据える、勇者の鉄拳はバーサーカーに完全と言っていい形で直撃した。ランサー自身、この戦いで一番の手応えを感じていた。しかしながら、その表情に会心の色はない。ランサーは今、バーサーカーを倒し切るくらいの心持ちと気合で攻撃を放ったのだ。にも関わらず、バーサーカーは吹き飛んですらいなかった。体全体を大きく後ろに仰け反らせながらも、自分の顔面へ炸裂したランサーの拳を掴むことで強引にそれを防いだのである。こうなると、窮地に追いやられるのは一転ランサーの方。
 腕を破壊する程の膂力で、勇者の右腕が握り締められる。鈍痛に顔を顰めるが、その程度のことに気を取られている暇はない。この状況を打破するためにランサーは自由の利く左を強く握り、先の拳にも劣らぬ程の力を込めて右腕を戒めるバーサーカーの左腕へと振り下ろした。
 二度、三度、四度と振り下ろし、彼の腕から骨の罅割れる音が聞こえたのと同時に、ランサーの脇腹を凄まじい衝撃が襲う。肺の空気を逆流させながら、口から赤い液体を吐き出して、彼女は数メートル離れた石塀まで吹き飛ばされた。何が起こったのかなど、言うまでもない。バーサーカーの得物、愚神礼賛の一撃を喰らった。その証拠に彼女の脇腹からは、単に打擲されただけではあり得ない量の出血が見受けられる。
 衣服の上からでは今ひとつ分からないが、恐らく傷口は相応に悲惨なことになっているだろう。幸いなのは当たったのが脇腹という、致命傷には繋がり難い場所だったことか。痛みはあるし衝撃で肋骨も恐らく数本は逝っている――だがこれならまだ、戦闘の続行に支障はない。ランサーが持つ最高レベルの戦闘続行スキルを活用するまでもなく、戦いを継続できる程度の傷だ。

「……こんな、ところで……!」

 が、それを良かったとはまるで思えない。
 自分は追い詰められている。バーサーカーに、ではない。この聖杯戦争においてずっと、自分は断崖を背にして戦い続けている。アイ・アスティンのような善良なマスターと出会えたのは幸運だったが、それでも状況が好転したとは到底言い難いのが現状なのだ。
 そんな状況で更に傷を負ってしまった。重傷でこそないが軽傷とは言えない、"そこそこ"の痛手だ。
 ランサーは油断はしていなかった。だが、焦っていた。こんなところで時間を食っている暇はないと目の前の敵をある意味で軽んじ、勝負を決めるのを急いた。
 彼女にいつも通りの思考力が残っていたなら、あの場面で全力を打ち込むまではいいとして、その後速やかに敵のリーチから逃れて有利な状況を可能な限り維持しに掛かっていただろう。少なくとも自分で決めたヒット・アンド・アウェイの戦法を自ら崩し、その挙句に被弾するような愚は冒さなかった筈だ。

「■■■■■■■■■――――!!!」

 そんなランサーの胸中など知ったこととばかりに、破壊を命ぜられた釘バットの狂戦士は咆哮する。
 死線は彼に乱れることを望んだ。だからバーサーカーは狂気に包まれながら爆進する。全ては死線の命を果たす為。彼もまた、勇者・結城友奈などという存在は路傍の石程度にしか見ていない。
 向かってくるその姿を視認し、ランサーもまた拳を構える。過ぎたことをいつまでも悔やんでいたって仕方がない。今はとにかく、この敵を倒すことに専念する。勇者の矜持は災厄じみた狂戦士を前にしての撤退を許さない。故に当然不退転、勇者として悪しき魔物を粉砕するまでだ。
 バーサーカーが得物を振り上げ、ランサーが拳を握る力を更に強めた。


「――そこまでだ」


 ……ランサーのみならず、理性を欠いている筈のバーサーカーまでもが別な方向を凝視したのは、いざ第二ラウンドの開幕かと思われたまさにその瞬間のことだった。
 感じたのは新たなサーヴァントの気配。それも、目の前のランサー/バーサーカーよりも格段に大きい。
 気配の主は、その双眸に翡翠の光を湛えた――甲冑姿の偉丈夫。黄昏の微風に靡く金髪は上質なビロードを思わせるくらいに美しく、顔立ちはまさしく絶世の美男子という形容が最も相応しいだろう整美なものだ。だが何より特筆すべきなのは、その総身から絶え間なく滲み出る"強者の気配"である。ランサーは生前からこの鎌倉に至るまで、俗に言う強い存在というものを山ほど目にしてきた。

 愛すべき勇者達。
 恐るべきバーテックス。
 許し難き天夜叉のライダー。
 髑髏面のアサシン、アイの連れていたセイバー、今まで戦っていた釘バットのバーサーカー。
 いずれも闘うとなれば尋常ではない相手で、現にランサーはこれまで何度か敗北を喫してもいる。
 それでも、断言できる。今挙げた者達の全てを、この騎士は凌駕している。搦め手や状況の如何によっては事態も変わるだろうが、直接戦闘ならば間違いなく最強――もとい最優だろう。一目見ただけでそう確信させる存在感と凄味が、この美男子には余す所なく備わっていた。

「これ以上の戦いは容認しない。もし続けるのであれば、この私が相手になろう。ランサー、並びにバーサーカー」

 潔く矛を収めるのであれば、この場で討つことはしない。このセイバーはそう言っている。その物言いは裏を返せば、自分にはおまえ達を同時に相手取り、それでも上回れるだけの力があると暗に語っているのに等しい。また、ランサーは彼について、「もしかして」と思う所もあった。
 わざわざ戦いを止めに出てきたということは、即ちこの場で暴れられると困る理由があるということになる。ではこの近くには何がある? ……改めて論ずるまでもなく、孤児院だ。ランサーとバーサーカー、その双方が目指していた施設。それを踏まえて考えれば、このセイバーはランサーが接触してみたいと思っていた"孤児院のマスター"に使役されている可能性が高い。
 ランサーはそこに思い至れば、握った拳を解いて即座にその場から飛び退く。言わずもがな、勧告に従うという意味合いの行動だ。それをセイバーは一瞥すると、すぐに視線を外す。ランサーの意図は、どうやら無事彼に伝わったようだ。
 そして、バーサーカー――死線により遣わされた破壊狂いの殺人鬼は、ランサーとは違って殺意でセイバーへ応じた。

「■■■■■■■■■――――!!!」

 愚神礼賛を振るい、常人なら浴びただけで気絶するような強烈な風圧を巻き上げながらセイバーへ迫るバーサーカー。その埒外の膂力を目にしても、セイバーの顔色は全く動かない。見えざる刀身、風の鞘を纏った不可視の剣を振るうことで、禍々しい鈍器の炸裂を軽々受け止める。
 セイバーの筋力はBランクだ。ランサーには勝っているが、目の前のバーサーカーには一ランク以上も劣っている。では何故、彼はこうも軽々とバーサーカーの攻撃を止めることが出来るのか? その答えは単純に、彼の技巧が桁外れの域にある為だ。
 剣士の強さとは、力の強弱では決まらない。無論それも重要な要素の一つではあるが、力の有無は経験と修練で培った技の巧さで幾らでも埋めることが出来る。相手の力を剣を用いて受け流し、軽減して受ける。或いは振るい方、当て方を工夫することで斬撃に威力を上乗せし、スペックの差を無為なものへと変えてしまう。セイバーが今の一瞬で用いたのは、紛れもなく前者の技であった。

「これ以上は容認しない、そう言った筈だ」

 刃を引き、鍔迫り合いの状態を自ら解除。バーサーカーは当然更に攻め入ろうとするが、それを許すセイバーではない。彼が愚神礼賛を振るうよりも速く不可視の剣を振るうことで、強引にバーサーカーを守勢に回らせる。そうなれば、後は消化試合に等しかった。片や伝説の騎士王、片や理性を失くした殺人鬼。双方の踏んできた場数には天地の差があり、それだけにバーサーカーが直接勝負でセイバーに勝てる道理はない。
 彼の身に刻まれる裂傷は増えていき、ランサーとの戦いで負った消耗も手伝い、見る見るその烈しさは衰えていく。

「■■■■■■■■■■■■■――――!!!」

 吼える、バーサーカー。意味を持たないその咆哮に少なくない怒りの感情が滲んでいるのは、気のせいではないだろう。
 彼は剛力に任せた力押しで防戦一方の状況を打破し、強引に攻めへ打って出る。いざ愚神礼賛を振るい、死線の命を阻む忌まわしき偉丈夫を粉砕せんとしたバーサーカーは――自らの腕が片方、いつの間にか欠けていることに思い当たった。切り飛ばしたのが誰かなど、言うまでもない。バーサーカーが攻勢に移ろうとしたその瞬間にセイバーは剣を動かし、疾風の如き捷さで狂戦士の左腕を切断したのである。
 両手で振るうのと片手で振るうのとでは、長物の威力はまるで変わってくる。見えざる剣にて受け止められた愚神礼賛が持つ力の程は、腕が左右揃っていた時に比べて明らかに見劣りしていた。万全ですら攻め落とせなかった無双の騎士王を、文字通りの片手落ち状態でどうこう出来る道理はない。
 セイバーは一瞬だけ刃を引き、すぐに戻すことで愚神礼賛に自らの剣を衝突させ、かの武器を左方へと僅かに弾いた。それを戻す暇すら与えずに突きを放ち、バーサーカーの首筋を切り裂く。
 そこから剣を下へと振り下ろし、残された右腕も切断。宙に舞う愚神礼賛を、バーサーカーはいよいよ拾う手段がない。両手を失い、得物も失った彼は足まで用いてセイバーを打ち倒さんとするが、蹴撃が放たれるよりも、セイバーの剣が振り抜かれる方が倍は速かった。

「■■――――」

 ――バーサーカーの首が、今度は完全に切り飛ばされて転げ落ちる。

 それと同時、首と両腕を欠いたバーサーカーの肉体は金色の粒子と化して消滅する。セイバーは何ら感慨を抱く様子もなく消滅するバーサーカーを見送り、その眼光を今度はランサーの方へと移した。一瞬怯みそうになるランサーだったが、怖気付いてはいられない。それだけの理由が彼女にはある。

「……あのっ! もしかしてあなたのマスターは、孤児院に――」
「答える理由はない」
「違うんです! 私は……あなたのマスターと、話がしたいんです!!」

 最初は取り付く島のない、城壁めいた雰囲気を漂わせていたセイバーだが、ランサーの続く台詞を聞けば微かに表情が変わる。彼にとってそれは、いささか予想外の展開だったらしい。そう、ランサーは彼のマスターをどうこうしたい訳でもなければ、その周辺に危害を加えたい訳でもない。ただ、話を聞いてほしいだけなのだ。話した結果が決裂でも、ランサーは彼らを欠片とて恨みはしない。

「………」

 セイバーも、初めてその姿を見た時からランサーに悪意のようなものがないことは勘付いていた。
 彼女に邪悪な気配は真実皆無。この様子を見るに、当初は正面から孤児院を訪れて、交渉に当たる算段だったのだろう。……聖杯戦争に何の関連もない子供達が大勢居る場所に踏み入って交渉とは、余程周りが見えていないらしい。結果的にこうして孤児院に辿り着く前に彼女と接触することが出来たのは、そういう意味では幸運というべきか。


「分かった。但し、話は僕が聞く」

 彼女が言うところの"話"の内容にもよるが、一先ずは一定の信用を置くに値する相手と、セイバーはランサーを認識した。だが、いきなり己のマスター……キーアに会わせはしない。万一の危険を考慮する以上に、彼女の精神状態の問題だ。古手梨花という友人を目の前で失ってしまった今のキーアに、血腥い聖杯戦争に纏わる話題を近付けるのはセイバーとしては避けたい所だった。
 このランサーを更に見極めるという意味でも。まずは自分が話を聞き、後のことはそれから考える。これ以上の譲歩はしない。
 しかしランサーにしてみれば、それでも十分にありがたい返事だった。無論マスターも一緒に聞いてくれるのが最上だが、彼らには彼らの事情や考えがあるのだろうし、我儘は言えない。

「ありがとうございます! 実は、私は――」

 そしてランサーは、傷付いた勇者は、荘厳なる騎士王へと話し始めた。
 この接触が凶運のランサーの未来をどう左右するかは、全て騎士王――アーサー・ペンドラゴンの判断に掛かっている。
 いずれにせよ。これがランサーにとって一つの正念場であることは、疑う余地もない。


【バーサーカー(式岸軋騎)  一時消滅】


【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)、脇腹に外傷(出血は有るが重大ではない)、肋骨数本骨折
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:目の前の彼に、話を聞いてもらう
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:ランサーの話を聞く
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:キャスター(壇狩摩)が遺した言葉とは……
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。


  ◇  ◇


 あれから――どれくらいの時間が経ったろう。
 院の中は慌ただしさに包まれていたが、キーアが実際にそれを目にすることはなかった。彼女は駆け付けた孤児院の先生によって梨花の屍から引き離され、別室に連れて行かれて、ずっと声を掛けて貰っていたからだ。すぐ戻るからと言って先生はついさっき部屋を出て、今部屋に居るのはキーア一人である。
 古手梨花という少女とキーアが仲良しだったかというと、きっとそんなことはない。
 少なくともキーアは友達だと思っていたが、梨花はそうは思っていなかった。むしろキーアに苦手意識すら感じていたし、マスターであるということを言い当てられた時には彼女の本性とでも呼ぶべき一面を垣間見ることになった。それでも、キーアは彼女の死を悲しく思う。痛ましく思う。だって古手梨花は、キーアの敵として死んでいったわけではないのだから。

 自分を拒絶し、嫌悪していた彼女。なのに彼女は最後、自分を突き飛ばした。迫り来る剣の群れ、死の運命から自分を逃して、その結果梨花は無数の剣に体中を穿たれて――死んだ。梨花はあんなに自分を嫌っていたのに、最後の最後で、そんな自分を助けて死んでいったのだ。
 死は、重い。鉄塊のように重く、溶けた鉛のように熱く人の心に伸し掛かって離れない。
 ……それでも。キーアは、強い少女だ。きっと彼女は遠からず、梨花との死別を乗り越えるだろう。毅き騎士を傍らに侍らせて、聖杯戦争を生き抜いていくだろう。
 だがその果てに待つものを、彼女はまだ知らない。予想すらしていない。鎌倉という街が罹った熱病、夢を見るということの意味。月の彼方にて嘲笑う善性という名の人類悪。今も尚絶えることなく廻り続けている『陣』の正体。それら全てを知る時は、果たしてこの強い少女に訪れるのか。それともキーアは無力な少女として全てを知ることのないまま、熱病の中に沈み果ててしまうのか。

 あと数時間で夜が来る。
 日が沈んで、鎌倉は夜に覆われる。
 日常は暗い夜天で隠されて、非日常はいよいよ喜々としてその姿を現すだろう。
 聖杯戦争は続く。永遠に。全ての願いが果て、夢見る想いが満たされるまで――終わることは、ない。止まることは、ない。


【B-1/孤児院/一日目 夕方】

【キーア@赫炎のインガノック-What a beautiful people-】
[令呪]三画
[状態]健康、悲しみ
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]子供のお小遣い程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争からの脱出。
1:……
[備考]



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036:夢は巡る 投下順 038:伽藍の姫はかく語る
時系列順

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029:死、幕間から声がする(前編) キーア 054:夢より怪、来たる
セイバー(アーサー・ペンドラゴン) 051:盤上舞踏
036:夢は巡る ランサー(結城友奈) 051:盤上舞踏
018:狂乱する戦場(前編) バーサーカー(式岸軋騎) 044:深蒼/真相

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