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 ───それは深淵の底にいた。

 いつからそうなのかは分からない。
 ただ、時の流れが不明になるほど永い間、何の疑問もなくずっとずっとそこにいたのだ。
 それを好み、安息と感じ、故に祝福と信じて疑わない。事実そのモノらにとってはそうなのだから、これは紛れもない幸せの形である。

 愛よあれ。光あれ。まつろわぬ闇の底に福音を。
 そう一点の曇りもなく理性なき頭脳で思考しながら、死と再生の円環を永遠に循環する哀れな女たち。
 それはまるで、深海の魚が蠢くように。
 健気な虫けらが這うように。
 敗残の輩が足掻くように。
 ずっと、ずっと。悶え狂うほどに狂騒の笑みを湛えながら、その瞳の奥で救いの手を求め焦がれているのだ。

 その名を───





   ▼  ▼  ▼





 その場を包んでいたのは、暗がりの異様な静けさだった。
 誰もいない。動くものは何もない。仮に人がこの場所に立ったなら、きいーん、と耳鳴りがしたことだろう。音の受信機である耳は、音なしには正常な状態を保てないのだ。

 ここは、あまりにも静かだった。
 煉瓦とコンクリートの建造物、うち捨てられた何かの残骸。夜に染まり行く風景は夕闇に照らされ、廃墟のような静謐さで広がっている。

 その中心に、"それ"はあった。

 一見すると、それは人形のようにも見えた。力なく放り出された華奢な手足はてんでバラバラの方向を向いて、曝け出された肌は青ざめているのを通り越して陶器のような白一色。重さを感じさせない伽藍堂の気配はマネキンにも似ていた。
 周りは、一転して赤い。どこまでも赤く、赤く。ペンキをぶちまけたかのように一面の赤が広がっていた。膨れ上がった肉色の何かは地面に敷き詰められて、柔らかな寝台のように人形の体を包み込んでいた。
 人形の顔に湛えられているのは、じっと虚空を見つめている、ガラス玉のように虚ろな目。
 それは、少女の死体だった。

 血液の海に沈み、臓物のベッドに横たわる白一色の少女は、まるで世界という画布に空けられた人型の空白のようでもあった。





「────────────ァ」





 もぞり。
 と、蠢く音があった。微かに、ともすれば風の音に紛れて消えてしまいそうな、それはか細いものだったけど。
 少女の右手が、ピクリと動く。
 生前には白魚のようなと例えられたであろう、儚げでしなやかな繊手。そこに、映えるような赤い紋様が強い光と共に浮かび上がった。
 血ではない。辺りに広がる凝固し黒ずみかけた赤ではない。それは閃光。深海から浮かび上がるかのような、薄くぼやけた赤い光。
 令呪の輝きだった。





「───────────アァ」





 次の瞬間、跳ね起きるように少女の体が持ち上がった。壊れた関節が引っ張られるように、力の抜けきった体がそれでも立ち上がった。
 あらゆるものが静止したはずの空間に、突如として動きあるものが生まれた。

「──────……」

 予兆と呼べるものは何もない。眩い光が乱舞することも、大地を割るような轟音が鳴り響くこともなく、電灯のスイッチが切られるように、それは動いたのだ。
 ぞんざいに投げ捨てられた操り人形が、子供の手によって無理やりに動かされているような歪さと共に。

 それは、白い少女だった。
 しかし、とても少女とは呼べない有り様だった。
 ただ一言、白い。肌はおろか、髪も衣服も何もかも。しかしこれは新雪の白さではない。火葬の果てに墓へ収められた人骨が持つ、不浄と腐敗の白さだ。
 様相は尚酷い。特に異常が目立つのはその頭部だ。頭頂からは異形の如き角が三本も生え、それを支えているはずの頚骨は無残に折れ曲がり、顔面は逆さまとなって胸の前でぷらぷらと垂れさがりながら揺れていた。右半分が罅割れた顔面からは判別のできないうめき声が延々と垂れ流されている。折れた関節を無理やりに曲げるかのようなぎこちない動作で手足を彷徨わせる様と相まって、まるで何かを探し求めているかのような印象を見る者に与えるかもしれない。
 蠢く少女は異形に満ちて、それでも作り物めいた気配を変えることはない。何故ならこれには中身がないから。腹部に相当する部分は大きく裂け、中身と呼べるものは全て引きずり出されている。一見して軽そうだと思えてしまうのも仕方なかろう。彼女は全てが伽藍堂だった。

「──────■■……」

 呟かれる人外の言語。それが何を意味しているのか、そもそもそれに意味などあるのか、誰も分からない。

 彼女を殺した下手人、結城友奈がこれを見たならば、きっと「嘘だ」と漏らすだろう。何故なら彼女は、如月を「こうしない」ために殺したのだから。

 街を騒がす屍食鬼。その正体とは特殊なウィルスに感染した人間の成れ果てであり、神経系を狂わされることによって反射的に動作する死体でしかない。
 故に彼らはその本体、脳や脊髄といった中枢神経系を破壊されれば活動を停止させる。友奈が如月の頸椎を折ったのにはこうした理由がある。首を折られた死体は死後に屍食鬼となることはない。
 だが、現実にはこうなった。ならば彼女は屍食鬼ではなく、しかし違う何かとしてここに存在しているのだ。
 それは一体、何であるのか。

「────■■、ァ……」

 ───それは、まつろわぬ異界のモノ。

 その者の正体については諸説ある。かつての敵対国が所有していた「それら」の成れ果て、あるいは深淵に沈んだ魂の具現化。様々な説が飛び交い、正しい答えは誰も出すことができていない。
 しかし、「彼女ら」に共通することが一つだけ存在する。

 曰く、深海より浮上するもの。
 曰く、遍く人類の敵対者。
 曰く、人類海域の守護者たちと対を成す何者か。

 深く深淵の底より現れ、生ある全てのモノを憎悪し敵対する侵略者。人に限りなく近く、しかし決して相容れない世界の異物。





「───睦月、チャン」





 その名を───地上では"深海棲艦"と呼んだ。




【B-3/路地裏の行き当たり/一日目 夕方】

【■■@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[令呪]?????
[状態]?????
[装備]?????
[道具]?????
[所持金]?????
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
深海棲艦と便宜上仮称されますが、それ以外にもゾンビウィルスとか他の諸々も混じったハイブリットな存在になってます。そのうち突然変異とかもするかもしれません。




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