―――アサシンがその激突を目撃したのは偶然であり、同時に必然だったと言えよう。



孤児院であまりにも不本意な形で生じた最優のクラスたるセイバーとの正面対決から辛くも逃れた後、アサシン主従は二手に分かれて行動していた。
マスターの士郎は群衆に紛れて拠点に帰り、アサシンは鎌倉の最南端である海洋に鎮座する戦艦の偵察に向かっていた。

何時から其処に在るかは定かではないが鎌倉全域を射程に収めていると思しき彼の船に対し無警戒でいるのは愚の骨頂。
それ故こうして物陰から鎌倉を睥睨するかの如き戦艦を見て、改めてその威容を感じ取っていた。



(―――想像以上の圧だ)

肉眼で直に視認する彼の船の威容はやはり並の宝具のそれとは違う。
あるいは搭乗するサーヴァントの圧力が滲み出ているのか、ともかく相手が色々な意味で凡百のサーヴァントとは違うことは見て取れた。
なるほど確かに堂々と海上に布陣するという馬鹿げた行為に出るだけのことはある。それにあの行為にも利がないでもない。

来るなら来い、という意思表示とも取れる示威行為はそれだけで半端な実力しか持たぬ者どもを寄せ付けぬ威圧感を放つ。
また海上という地理が水上を移動する術を持たない大半のサーヴァントが近づくことを許さず、接近できたとしてもあそこからでは丸見えというもの。
かくいうアサシンもあの戦艦へ上手く近づく手立ては今のところ何も見出せない。

となればロングレンジからの射撃戦を挑むのが定石となるが、そこで問題となるのがあの戦艦がどれだけの性能を有しているか、という点だ。
鎌倉市に砲撃を行うという参加者への挑発めいた行動までしておきながら、まさか相手の射砲撃に対する備えがないとは思えない。
マスターの士郎は弓の英霊に勝るとも劣らぬ技量を持ち、サーヴァントすら爆殺し得る武装もあるがそれ一つで戦艦に抗するのは無理がある。
第一、先んじてあの船に挑んだところで後ろから他の者に撃たれるのがオチだ。

(士郎、例の戦艦を確認した。やはり海上に布陣するだけあって一筋縄ではいきそうにない。
正直に言って私達であれをどうにかするのは不可能だと言わざるを得ない)
(やっぱりそうなるか。だとしたら出来るやつに倒してもらうしか手がないな)
(確かにその通りだが、アテはあるのか?)

士郎と念話を繋ぎ、対策を話し合うも答えは手詰まりの一言。
とはいえ戦艦を操るサーヴァントを退場させる術が存在しないかと言われれば否だ。
聖杯戦争には相性がつきもの。自分たちでは倒せない敵がいるのなら他の者にやらせればいいだけの話。
そして衛宮士郎には戦艦を打倒できる存在に心当たりがあった。



(アサシン。さっきのセイバーが使っていた剣は―――エクスカリバーだ)


士郎の断言にアサシンは困惑を禁じ得ない。
何しろ先のセイバーの宝具は大気を圧縮させた風の鞘に封じられており、その全貌を目にすることはできなかった。
実を言えば先の戦闘でアサシンがあれほど圧倒的にセイバーに遅れを取った原因の一つにはこの風の鞘があった。
無論両者に多大な実力差があったことは紛れもない事実ではあるが、相手の武器の間合いを測れないという不利は決して小さくない。
たらればの話をしてどうなるものでもないが、もしセイバーの得物のリーチがわかっていればアサシンも多少はマシな戦いが出来ただろう。
閑話休題。

(どうしてわかる?)
(前に俺の世界で起きた聖杯戦争の話はしたよな?
その聖杯戦争で戦った六人六騎のマスターとクラスカードの中にあのセイバーとよく似た鎧を纏い、風の鞘で覆った聖剣を使う者がいた。
鎧の意匠が似ているだけならまだしも風で刀身を隠すなんて芸当を違う英雄が使っているとは思えない。
さっき戦いながら把握してたんだが、刀身の長さも綺麗に一致したから間違いない)
(そうか。あれが彼の騎士王で間違いないなら確かにあの戦艦をいつまでも放置することは有り得ない)

星の聖剣エクスカリバーの担い手、円卓を束ねし常勝の英雄王アーサー・ペンドラゴン。
それほどの大英雄ならばアサシンたる己が勝てないのも当然だろう、と改めてアサシンは納得する。
同時に十二の会戦に勝利しブリテンを守護した正当なりし英雄が市井を脅かす黒の戦艦を危険視しない理由もまたあるまい。

英雄性を抜きにして考えてもセイバーは最終的に戦艦を操るサーヴァントに挑むしかない。
セイバーのマスターは孤児院に引き取られている子供であろうことはほぼ確実であり、つまり迂闊に拠点を移せないということだ。
何時孤児院目がけて砲撃が来るかわからない以上、セイバーは絶対にあの戦艦を無視し続けることができない。
そしてセイバーが無事に黒の戦艦と対峙を果たせば、エクスカリバーを以って見事に討ち果たすだろう。
宝具には相性というものがあり、鈍重で巨大な的である戦艦はエクスカリバーとは相性が悪いからだ。
自分たちはその舞台をお膳立てしてやることに終始すればいい。

そうしておいて、宝具を使用し疲弊したセイバー、あるいはそのマスターを討ち取るのがスマートだ。
あらかじめ相手の真名がわかっているのだから士郎ならば弱点を衝ける剣を用意しておける。
セイバーの方はこちらがセイバーの真名を知っているという事実を知り得ないというのも良い。一方的に対策を立てられるというものだ。



(待て、士郎。接近してくるサーヴァントがいる。…相当な規模の英霊だ。
私は引き続き隠れて偵察を続けるが万一発見されたら撤収してそちらに合流する)
(わかった。十分気を付けてくれ)

アサシンのサーヴァントとしての知覚がこの場にやって来るサーヴァントの気配を捉えた。
とはいえそれだけで発見されたと考えるのは早計に過ぎる。
アサシンには最高峰の気配遮断スキルがあり、相当高ランクの気配察知スキルでも持たない限り発見できるものではない。
相当の実力者であるセイバーでさえ直感か何かの能力で微かな殺気に気づくのがやっとで対面するまでアサシンの正体には気づいていなかった。
迂闊に動かずまずは様子見に徹するのが得策だ。



やって来たのは長い赤髪の、女性と見違えかねない端正な顔立ちの少年だった。
彼自身はサーヴァントではない…ないが、霊体化して侍るサーヴァントの気配は存分に感じ取れた。
実体を現してすらいないというのにピリピリとした威圧感が肌に伝わってくる。

やはりと言うべきか、彼らは隠れ潜むアサシンには全く気づいていない。
というよりあの戦艦の威容を彼らも確かめに来たと言うべきか。あれのおかげでアサシンの存在が更にカモフラージュされている。
少年は何か思案しながら海岸線にほど近い道を脇にずれるようにして歩いていく。通りの曲がり角へ差し掛かった辺りで彼のサーヴァントが不意に姿を見せた。

――――――あれは、不味い。
鋼、一目見てそう形容できる長身痩躯のサーヴァントは並の英霊とは一味どころか一桁は違っていそうな超常存在だった。
軽く見積もっても先のセイバーと同等かそれ以上、それ以前に戦ったランサーなどでは最早比較対象にすらならない。
あのセイバーの他にもまだこれだけの規模を持つサーヴァントがいようとは。

「どうしたんだライダー、サーヴァントの気配でもあったのか」

少年の疑問には答えず鋼の男は少年を先導するように歩き出し、やがて人通りのない路地裏へと入っていった。
事ここに至り、これから何が起ころうとしているのか察せぬほどアサシンは愚鈍ではない。
更なる超級のサーヴァントの気配を明瞭に感じ取っていた。これは後をつけない理由がない。
むしろ鋼の男を誘っているのかと勘繰るほど不自然な気配の現出だ。おかげでアサシン自身の存在が露見する可能性が更に下がったのは有難くはあるが。



赤髪の少年の背後から急に影が現れた。いや、実際に影と見紛う漆黒を形にしたかの如きサーヴァントであった。
この黒衣の男もまたセイバーや鋼の男に匹敵する手練れだ。この調子では彼らに並ぶサーヴァントが他にもいるかもしれない。頭が痛い話だ。

「ここは市街地にほど近い。小競り合いならまだしも、本格的な戦いともなれば多くの被害が出る。お前はそれを容認するか?」

黒衣の男がマスターである少年へと問いかける。
確かにあの二人ほどの戦士が戦闘行為など行えば被害は人気のないこの一帯だけでは済むまい。
それを察したか少年は黒衣の男に向けていた黄金の杖らしきものを下ろした。無論警戒態勢までは解いていないが。

「賢明で助かる。私としても事を構えるつもりはないのでね」
「……なら、一体何のために僕たちの前に姿を現した。まさか偶然の産物だとでも?」
「あり得ない、と言い切ることができるのか?」

ひどい冗談だ、とアサシンは内心でひとりごちる。
誘っていたのは明らかにお前の方だろう、と状況が許すなら非難してやりたいところだ。
まあすぐに黒衣の男が「冗談だ」と訂正したのだが。

その後行われた会話の内容をアサシンはしっかりと聞き取っていた。中には聞き捨てならない単語もあった。
黄金の獣にDreizehnの天秤。これだけの手掛かりがあればアサシンにも鋼の男の正体は看破できる。
聖槍十三騎士団の大隊長が一人、鋼鉄の腕(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)。あらゆる全てに終焉を齎す破滅の拳を宿す者。
それならばまっとうなサーヴァントとはまるで次元の違う存在感にも合点がいく。
それに黒衣の男は「お前達」と言った。つまり他の聖槍十三騎士団がこの鎌倉に存在するとでもいうのか。

「唯一無二の終焉を寄越せ。だがそれを為すのは貴様ではない」
「我が身では不足と言うか。随分と高望みをするものだ、ならばかの愛すべからざる光に挑めば良かったものを」
「抜かせ」

幾ばくかの応酬を経て、ヒトガタの災厄二つが共に地を蹴り激突を果たした。
黒剣が空を断ち、絶拳が虚を穿つかの如き戦はこの世の物理法則を徹底的に蹂躙する凄烈さだった。
サーヴァントたるアサシンには両者の動き、一挙手一投足が確かに見えている。見えているが故に悟ってしまう。

―――あれは駄目だ。同じサーヴァントでも自分などとは天と地の差がある。
元より暗殺者とは戦う舞台が違う者ではあるが、まっとうに戦えば戦闘行為すら成立せずにこちらが灰燼に帰すのみだろう。

状況が許すのなら感嘆の息を漏らしてしまうかもしれないほどに濃密な経験と技量を感じさせる両者の戦いはしかし、ただの一発も互いの肉体に命中することはない。
それは当然、どちらもが防御不可能にして必殺の技を絶えず繰り出しているからだ。
このような局面での両者共倒れなど有り得ぬ話。故に二人は舞踏を舞うが如くして決して嚙み合わぬ応酬を繰り返す。
その馬鹿げた妄想じみた様子の攻防はしかし現実に行われているものであり、彼の帝国最強の女傑ですらこの二人の前では初めて剣を執った小娘同然に成り下がるであろう。



戦いの中、鋼と黒衣は問答を交わす。それは何の間違いかサーヴァントとして迷い出た鋼の男、マキナの本質を突くものであった。
それはアサシンには関わりのない話だったが、絶え間なく行われていた応酬の一瞬の空白から行われた問答の後、両者はこれまでの攻防が児戯に思える必殺の空気を纏った。

「――――――」

これは絶好の機会だ―――そう早計に断じるほどにアサシンは愚かではない。
必殺、つまりは宝具に相当する攻撃に出ようという態勢にあって尚この二人に隙と呼べるものは存在しなかったからだ。
いや、彼らと同等の使い手であればそれを隙と呼び一太刀を入れることが敵うのであろうが、少なくともアサシンに出来る芸当ではない。
仮令気配遮断という優位性を活かし、こうして近くで一方的に観戦しているとしてもだ。

(―――いや、果たして本当にそうだろうか?)

気になる。あのマキナと対峙するサーヴァント。本当にこちらに気づいていないのか?
正体のわかったマキナと違いあちらは完全に未知数であり、本当に気づかれていないと言えるものだろうか?
ともかく気づいてないにせよ見逃されているにせよギリギリまで彼らを観察し情報を手に入れるべきだ。危険があるにせよそうしなければ弱小の陣営は生き残れない。
だがサーヴァントといえど誰しもがアサシンと同じ見解に至るわけでもなかったらしい。

遠方より飛来した三つの弾丸が鋼と黒衣の両者によって打ち落とされた。ご丁寧にマスターの赤髪の少年を狙った分もだ。
アーチャーのサーヴァントの仕業だがしかし何と未熟な。相手が狙撃しようとしている自身を捕捉しているかどうかすら判断できないとは。
言うまでもなくアーチャーの気配は二人の男には勿論、アサシンも察するところだった。
抜き身すぎる殺気はそもそも人を狙い撃つという行為そのものに慣れていないのかと疑うほどのお粗末さだ。マインなら決して有り得ぬ不始末だ。

どうやら鋼のサーヴァント、マキナはアーチャーを追撃し、黒衣のサーヴァントは戦意がないのか戦闘を止めた。
良くない状況だ。強豪同士潰し合ってほしいところだったがそう上手くはいかないらしい。
加えてマキナの存在は士郎とアサシンが先ほど練った計画の大きな障害になる。

マキナの宝具は誕生から僅かでも時が経過していれば問答無用に触れた全てを終焉に導く概念を帯びた絶拳。村雨の上位互換と呼ぶのも担い手ながら憚られるほどの超絶宝具だ。
セイバーの宝具であるエクスカリバーとは最悪の相性だ。戦えば容易くセイバーが粉砕されて終わる。
それに恐らくだがマスターのバックアップという観点でもマキナの方が優れている。あれほどの魔力を持つマスターなどそうそう転がってはいまい。

さりとてマキナが戦艦を駆るサーヴァントの打倒に役立つかと言えばノーと言わざるを得ない。
これまた宝具の相性というもので、地に足つけていなければ成り立たないタイプの戦士であるマキナでは海上3㎞先の戦艦には立ち向かえないのだ。
まともに戦えば自分たちは愚かセイバーでも勝てないが、放置してもただ戦うだけで鎌倉中に被害を撒き散らし、やがてはアサシンが隠れ潜む場所すら消滅せしめるだろう。



―――だが勝てずとも手立てはある。奴が他のサーヴァントに対し攻勢に出ている今ならば。
しかし仕掛けられるのか。出来たとして、それをやっていい状況なのかどうか。



(士郎、実は)
(いい。状況はお前の視界を借りて大体把握してる。
あの軍服のサーヴァントとマスターはここで落とそう)

士郎に念話を入れたところ、間髪入れず返事が返ってきた。
いつの間にか視界共有を行い事のあらましは把握していたようだ。
だが、マキナと赤髪の少年主従への奇襲はアサシン自身考えたことといえどやはりリスクが大きすぎはしないか。
単純な成功率もそうだが、自分たちは既に連戦を経ている。魔力消費が非常に少ないアサシンはともかく士郎は肉体的な疲労の問題もあるはずだ。

しかし同時に鍛え上げられた心眼が好機はここにしかないと告げていた。
マスターを連れての追撃戦となれば、どれほど気を張っていたとしても完全に普段通りの警護をすることなど不可能だ。
間合いが拳の届く範囲にしかない、攻勢特化型サーヴァントのマキナであればその傾向は尚更強まる。
無論生半な強襲では膨大な戦闘経験とアカメすら上回るであろう心眼に看破され、目論見ごと破砕される結果に終わるだろう。今マキナに追撃されているアーチャーが良い例だ。

何より今もってアカメの存在が少なくともマキナはに全く捕捉されていないという事実が最大の好機の訪れを知らせている。
勿論上級のサーヴァント相手であってもそこにいることを悟らせないのが気配遮断スキルの効能にして存在意義だ。が、今回相手取ろうとしているのは上級ではなく超級のサーヴァント。
流石に詳細な位置までを感じ取ることは専用の技能でも備えていない限り有り得ないとしても、先のセイバーのように向けられる視線や殺気に気づく程度のことなら有り得なくはなかったはずだ。
その様子すら全く見受けられない、というのはアサシンが様々な幸運に恵まれた、あるいはマキナが不運に見舞われたからだ。

黒の戦艦の存在、黒衣のサーヴァントの挑発的な誘いに隠す気も感じられないアーチャーの殺気。これらの複合的要因がマキナにアサシンの気配を感知させなかったのだ。
それだけなら一方的に情報収集ができた、というだけで済む話だが今のマキナはマスターを連れた上で他のサーヴァントを追撃している。
本選の進行速度を考えても、一定の勝算を以ってあの主従に挑める機会は今後もう訪れない可能性が極めて高い。
そしてその「一定の勝算」とはアサシン単独ではなく士郎との連携があって初めて存在し得る。
マキナとそのマスターを尾行しながら念話を続ける。



(…わかった。しかしお前の狙撃がないと作戦は成り立たない。
家に帰るところだったんだろう?ポジションは取れるのか?)
(実はお前の視界を借りたあたりから移動してたんだ。
急げば良い位置で狙撃できると思う。むしろお前の方が危険な役割だろ?絶対に無理はするなよ)
(いや、お前が言うな。…まあそれはともかく、実行するにもまだ問題はある。
見たと思うが黒衣のサーヴァントも今の私達ではどうしようもない強敵だ。好戦的ではないようだからこちらから刺激しない限り反撃される可能性は低いがそれが楽観でない保証もない。
何より……もしかすると奴は私の存在に気づいていて泳がせた可能性がある)

アサシンは思い出す。あの黒衣のサーヴァントは「交戦の意思はない」と繰り返し口にしていた。
あれはもしかするとマキナの陣営だけでなく隠れて見ていたアサシンに対してのアピールでもあったのではないか?
「隠れているのはわかっているが、そちらが手を出さない限りは見逃してやる」と言っているようにも思えた。
考えすぎと言われればそうかもしれないが、何しろマキナに匹敵するようなサーヴァントである以上アサシンの気配遮断を破る異能があったとしても不思議ではない。
そういった思惑もあってアサシンもマキナの陣営と同じく素早く黒衣のサーヴァントから離れるべく移動していた。

(…そう考えると辻褄が合うんだ。こういったバトルロイヤルでは無闇に敵を増やすのは上手くない。
私達があいつとマキナを同時に相手取ることができないと見抜いていたとしたら。その上で自分の戦意のなさをアピールして矛先をマキナに向けさせる狙いがあったとしたら、私たちはまんまと誘導されていることになる)
(…でも、結局マキナとそのマスターを落とす機会はどのみちここしかない)
(そうだ。あちらの思惑がどうあれここで連中を落とせないと厳しいのは間違いない。
大まかな位置を伝えるから絶対に刺激せず、あちらの射線に立たないようにしろ。数㎞単位で届く攻撃手段を持っている)




     ▼  ▲




しくじった。アーチャー、東郷美森は絶望的な逃走劇を演じながら先の失態を悔いていた。
敵を発見し、尾行したまでは良かった。しかし狙撃のタイミングを完全に誤った。
戦っていた二人のサーヴァントの宝具が完全に発動しきるまでは撃つべきではなかった。

あるいは恐れていたのかもしれない。
あの二人が有する宝具が激突した時、如何なる現象が起きるのか。少なくともアーチャーの認識や理解を遥かに超える事象が起ころうとしていたことは間違いないように思う。
その未知こそを恐れてあのような暴挙にして愚行に踏み切ってしまったのかもしれない、と自己分析した。

「やってしまったことはもう取り返せない。だから…!」

マズルフラッシュ。二挺の銃で後方へ銃弾を発射した。
迫りつつある追跡者には効果があるとは思えないが少しでも足を止めなければならない。捕まれば待っているのは一撃の下に訪れる死だ。



このまま行けば程なくアーチャーを捉えられる。ライダーからつかず離れずといった距離で滑空するみなとは遠からず訪れるであろう決着を予感していた。
あまりライダーの近くにいては彼の戦いを邪魔してしまうし何より余波でみなと自身が重篤なダメージを負いかねない。さりとて遠すぎてもライダーの守護が間に合わない。
ライダーもまたみなとを護衛するために彼のスピードに合わせて追撃の速度を緩めている。いや、みなとも全速力なら容易く単独でアーチャーに追いつけるのだが相手はサーヴァント。
まっすぐ全速力で突っ込めば何があるかわからない以上、程ほどにスピードを落とし慎重に追う必要がある。
幸いにして敵のアーチャーはかなりの鈍足のようで多少速さを落としたところで追撃には然したる支障はない。

「気を抜くな。我らはアーチャーを追っていると同時に最大の隙を晒している」
「わかってるよ。さっきの奴にしても手を出さないという言葉が嘘じゃない保証もないからね」
「違う。狙撃の気配だ」

ライダーの言葉に思わずギョッとして周囲を見渡す。だがそれだけで相手が見えるはずもない。
彼はこう言っているのだ。「どこかで第三者が狙撃の機会を狙っている」のだと。
しかしそれだけ理解していれば問題はない。仮令如何なる相手が自分を狙っていようとライダーが遅れを取るとは思えない。
宝具の発動の隙を突かれた先ほどでさえ予め読んでいたとしか思えない超反応で迎撃してのけた。きっと彼の中では既に迎撃態勢が敷かれているに違いない。
後はみなと自身の心構えの問題だ。ライダーのマスターとしてあまり無様を晒すわけにはいかない。



「来るぞ」



そう言って、ついにアーチャーを踏み込めば拳が届く距離にまで追い詰めたライダーがアーチャーへ躍りかかる。
この意味を理解できぬほどみなとは愚かではない。つまるところあれは狙撃手の位置を明確にするための誘いだ。
一見してライダーに隙が生まれたように見えても彼にとっては隙足り得ぬものでしかないのだ。
理解すると同時に気を引き締めたみなとの耳に風切り音が聞こえた。



―――何のつもりだ?



ライダー、マキナは4㎞先から迫る凶弾を明瞭に認識していた。いや、それは弾丸というよりは螺旋のように捻じれた剣だった。
しかしそれは超音速で飛来しながらライダー、みなと、アーチャーのいずれにも直撃しないコースを辿り、一瞬後にはライダーの手前に落ちる運命にある。
はっきり言って敢えて迎撃する必要も感じない。狙撃手の腕が悪いのか。いや有り得ない。
これほどの距離から矢を放ち、宝具を撃つ者がサーヴァントでない筈もない。この距離ではサーヴァントの反応は感知できないが相手の正体は火を見るより明らかだ。

ならば何が狙いなのか。次弾が撃たれる気配は感じられない。
とすれば有り得るのは「迎撃するまでもない」と思わせること。即ち何らかの効果を付属させた剣弾である、という可能性だ。着弾することで発動する概念でもあるのだろう。
良いだろう、敢えてその思惑に乗ってやる。如何なる概念が炸裂しようとこの終焉の拳を以ってして消滅させるまで。
そのまま少女のアーチャーも粉砕し、返す刀で貴様に終焉を手向けてやろう。

しかし着弾と同時、ライダーはほんの一瞬だが心から驚愕した。



―――壊れた幻想だと?



爆ぜる剣。炸裂するAランクの威力と神秘を有する爆光それ自体はライダーへ致命傷を与えるものでもなければ思考を奪うにも至らない。
ライダーの絶拳を一度振るえばただの煙のように散る程度のコケ脅しにもならぬ代物ではある。
ライダーが注目した、いやさせられたのは着弾する際に起きた事象だ。

壊れた幻想。ブロークンファンタズム。
英霊それぞれが持つ宝具を担い手の意思で破裂させることにより宝具に込められた魔力と神秘を解放、強力な攻撃手段と為す技能である。
宝具によっては本来のランク、威力を超えた力を叩きつけることもできる。ある意味では真名解放にも勝る強力な技と言えよう。

だが聖杯戦争において壊れた幻想が使われることはまず起こり得ない。
何故ならば宝具とは英霊の半身にして誇りそのもの。これは英雄であれ反英雄であれ変わることはない。
仮令決して敵わぬ強者を前にしようとも、自棄にでもならない限り自らの半身を自らの手で散らす英霊などまず存在し得ないからだ。
それでも何を犠牲にしても勝たねばならぬ局面であれば使われることは有り得るだろう。だがそれは断じて今ではない。
未だ数多くの英霊が鎬を削る中で、希少な切り札たる宝具をこんな形で使い潰すなどあまりにも不可解。ライダーが驚愕したのはこの点だ。
早い話があまりに頓珍漢な愚行だったためについ驚いてしまったのだ。



―――その“つい驚いた”という隙こそが敵の狙いであったことに気づくのは、彼をしても一秒の時間が必要だった。



追撃しているアーチャーとは異なる敵が放った狙撃によって生じた爆発はみなとからも視認できた。
心構えをしていたとはいえAランク宝具の炸裂にも等しい威力と規模の爆発はやはり慣れるものではなく、そちらに意識が集中したことを咎められる者はいないだろう。



「―――葬る」



―――その隙を、神速で現れた暗殺者に突かれたとしても。



声を出す暇さえ与えられなかった。
みなととライダーがアーチャー、東郷美森を追跡しはじめた直後から気配を消して尾行していたアサシン、アカメが桐一文字を手に跳躍。すれ違いざまにみなとの肉体を十五のパーツに分解した。
ライダーから離れすぎぬよう近場のビルや建造物と同程度の高度を保って滑空していたことが災いし、ビルの影から飛びかかったアサシンに反応はおろか存在を認識することすらできず聖杯戦争からの退場を余儀なくされた。

気配遮断スキルは一部の例外を除きサーヴァントが攻撃態勢に入った時点で大幅にランクが落ち、発見されるため完全な奇襲は極めて難しい。
―――ただしそれはあくまで同じ超常存在たるサーヴァントが相手の場合の話。大半のマスターは仮令アサシンが攻撃に移ろうがその気配を感知し対処することなど出来ない。
準サーヴァント級の実力者だった麦野沈利でさえアカメを十分に警戒していたにも関わらず彼女の奇襲攻撃を完全には回避できなかったことからもそれは明らかだ。
ましてや美森の存在や第三者から放たれた狙撃によって生じた爆発に意識を持っていかれていたみなとがアサシンの攻撃を認識・対処するなど夢のまた夢と言うしかない。

この結果だけを見てみなととライダーを嘲るのは莫迦のすることだ。彼らはこれまでの行動に大きな落ち度と呼べるものは何一つとしてなかった。
この鎌倉に召喚された他の黒円卓のサーヴァント二人のマスターとの関係性を見れば自明だろう。
みなととライダーは主従として一定の協力関係を築くことに成功し、互いが互いを嫌い合うようなこともなかった。
戦略・戦術にしてもライダーの強みを生かしつつ過ぎた無茶や突出はしない、と堅実そのもの。どこにも彼らが責められる謂れはない。
だが残酷な言い方をすれば、単に実力があって確実な方針を取っていればそれで優勝できるほど聖杯戦争は甘くはない。
運も実力のうち、などという諺があるがまさにそれこそが真理であり勝利の女神にそっぽを向かれれば最強の陣営であろうと呆気なく脱落することもあるのだ。
みなと、ライダーは実力も見識も十二分にあったが……運の悪さだけは如何ともし難かった。

そして聖杯戦争の参加者であるからといって誰しもが劇的な死を遂げられるわけではない。
何かを言い残すことも、何かを思考することすらも覚束ないまま人が死ぬ事例など枚挙に暇がない。
みなともまたそういった事例の一つになったというだけの話。


「みなと……!!」



突然の狙撃から生じた爆風から傷を負いながらも逃れたアーチャーは見た。
己のマスターの名を叫ぶライダーを。つい先ほどまでライダーに追随しながら自分を追っていた、赤髪の少年だったもの、空中から力なく落ちていく彼を構成していた肉片を。
そして近場の建造物に着地した、黒い長髪に紅い相貌が印象的な少女のサーヴァントを。

「アーチャーとアサシンの共同戦線―――!」

目で見たままに、アーチャーはそう断じた。
恐らくはライダーに追われている自分を囮(デコイ)にしてライダーのマスターを確実に抹殺するために仕掛けられたサーヴァント同士の共闘。
相当綿密に打ち合わせがなされたと思える絶妙な連携だった。



「違う」
「え…?」



果たしてアーチャーに対しての言葉だったのか。たった三文字だけを言い残してライダーは狙撃手のいる方向へと一直線に駆けだした。

(私を無視する!?)

予想外の展開にアサシンは顔にこそ出さないものの内心で焦りを感じていた。
当初の予定ではまず士郎の偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を使った壊れた幻想による爆撃を行い相手方の注意を惹き、アサシンがライダーのマスターを奇襲で仕留める。
その後気配遮断を解除した状態にあるアサシンでライダーを引きつけつつ、弱体化したライダーを撒いて撤退する腹積もりであり、実際その目論見は半ば成功していた。

しかし作戦の最終段階になってライダーは目の前のアサシンではなく4㎞離れた士郎への攻撃を優先した。
アーチャーとアサシンによる同時攻撃と勘違いしてくれれば良かったが、流石にライダーの戦術眼を欺ききれなかったということか。
いくら士郎との距離が離れているとはいえマキナほどのサーヴァントから単独で逃げ果せるのは厳しいものがあるだろう。

ライダーをアサシンが神速で追撃する。
元より敏捷性ではアサシンの方が上回り、さらに今のライダーはマスターの死亡に伴い絶え間なく魔力が漏れ出て弱体を余儀なくされている。
倒しに行きさえしなければ自分程度でも士郎が退避する程度の時間は稼げる。マキナほどの使い手にこちらから仕掛けに行くのは危険が大きいがやるしかない。



「退け」
「うっ……!!」



ライダーの両拳から繰り出された指向性を持った嵐の如き連撃。それらはアサシンに直撃こそしなかったが数分の一まで力が落ちて尚接近を許さず風圧だけで押し返すほどの圧力があった。
ライダーがアサシンへ攻勢を仕掛け捉えきるのは最早困難だが、迎撃し追い散らすだけならまだ十分に可能なのだ。
もう用は済んだ。そう言わんばかりにライダーはアサシンを無視してビルや家屋を跳躍していく。

「させるか…、っ!?」

追い縋ろうとするアサシンが殺気を感じ素早くその場を飛び退くとサーヴァントを仕留めるには十分な数の銃弾がアサシンが今しがたまでいた場所に突き刺さった。
何故、誰が撃ったかなど考えるまでもなかった。二挺の銃を携えたアーチャーがアサシンを妨害したのだ。

「邪魔を―――」
「あなたのマスターのところには、行かせない」

アサシンが何か表情を変化させたわけではなかった。しかし纏う空気が変わったように思えた。アーチャーにとってはそれだけで十分だった。

(あんなことが出来るマスターをすばるちゃんに近づけるわけにいかない…!)

ライダーの一言がなければ危うく彼女たちの策に騙されるところだった。
満開をしていない状態だったとはいえ、曲がりなりにも弓兵(アーチャー)である美森を上回る距離から宝具級の爆撃にも等しい攻撃を仕掛けてみせる。そんな存在がサーヴァントではないなどとよくあの騎兵は見抜けたものだ。
無論満開さえ発動していれば容易く封殺できるだろうが、逆に言えば満開なしでは最悪返り討ちにされかねないほどの実力を持つマスターだということだ。

さらにマスターである以上当然サーヴァントを従えている。言うまでもなくアサシンだ。
アーチャー級の射撃能力を備えたマスターに奇襲・暗殺に秀でるアサシンの組み合わせなど悪夢としか言いようがない。
何処からでもAランク宝具級の狙撃を放ってからアサシンで追い討ちをかけられる主従に果たして何組が対処できるのか。
だからこそ、何としてもここで落とさねばならない。すばるの為にも。

先ほどのライダーの叫びが脳裏を掠める。
みなと。あの鋼の如き威容のサーヴァントは確かに自らのマスターをそう呼んだ。
ライダーに追われていた時は考える余裕すらなかったが、今にして思えば外見的特徴もすばるに聞いた話と一致していたように思う。
そのすばるの友達が、殺された。そしてアーチャーも彼を殺そうとした。

「っ……!」

誰を呪えばいいのか。知らず彼を殺そうとしていた自分自身か、実際に殺したアサシンか、あるいはすばるとみなとを共に聖杯戦争などに放り込んだ世界そのものか。
わからない。けれどここで死ぬわけにはいかない。そしてアサシンだけでもここで倒すことがすばるとみなとに対するせめてもの償いだ。
時間さえ稼げば必ずライダーがアサシンのマスターを仕留めるはずだ。それまで待てば間もなく発動可能になる満開をせずともアサシンを倒せるはずだ。
しかしそれは相手も理解しているはず。何よりあのアサシンは自分と違って対人戦闘に恐ろしく長じている節がある。
万が一ライダーが手間取った場合、満開をしたとしても簡単に落とされてはくれないだろう。



どうするべきか。アサシンはアーチャーが放つ銃弾を建造物を駆使して躱しながら対処を考える。
今現在士郎からの念話はなく、令呪でアサシンを呼び戻す気配もない。
通常ならば有り得ざる愚行だが相手が相手だ。令呪の使用に伴う魔力の発露で自らの居場所を知らせるより魔術回路を閉じて群衆に紛れ逃げに徹する方が僅かであれマキナを撒ける確率が高いと踏んだのだろう。

加えてアーチャーの存在もある。遮蔽物の多い地形であることも手伝ってアサシンなら十分アーチャーを撒けるがそれをするとアーチャーがフリーになる。
アーチャーを無視して士郎に合流すると今度はこちら側がアーチャーの狙撃に晒される羽目になりかねない。
人間や自分のような並レベルの耐久力しか持たないサーヴァントを仕留めるのに士郎が使うような大威力の宝具など必要ない。急所に矢なり弾なりが当たれば人は呆気なく死ぬものだ。
その意味でこのアーチャーは他のクラスのサーヴァント以上の脅威と言えよう。―――ましてまだ切り札を秘蔵しているのならば尚更だ。
桐一文字を村雨に持ち替え、敢えて姿を晒してアーチャーと向かい合う。



「違う刀……?」
「そうだ。こちらが私の真の宝具だ。お前もまだ隠している宝具を出すといい。
それとも、使えるだけの条件がまだ整っていないのか?私にはお前が何らかの機会を待っているようにしか見えないが」
「!」



何ともわかりやすい。アーチャーの顔に「図星です」と書いてあるかのように感情が読み取れる。
ウェイブや出会ったばかりの頃のタツミに匹敵するほどの正直さだ。
しかしこれではっきりした。アーチャーの宝具は何らかの条件を満たさなければ使用できないタイプなのだ。
帝具にもそういった条件を満たさなければ使えない奥の手を秘めたものは少なくない。村雨もそのうちの一つだ。

アカメに言わせれば、戦いとは相手と面と向かって斬り合うところからなど始まっていない。
挑発、ブラフもまた立派な戦いの、敵を殺し自らが生き抜くのに必要な術であり戦術だ。
特にああいった対人に不慣れな、恐らくは怪物殺しで名を上げて英霊に至ったであろう手合いにはこうした言葉による攪乱が覿面に作用する。
今が一刻も早くマスターの下へ向かわねばならない危急の時であるかに関係なく、相手に本来の実力を発揮させない術があるなら迷わず使うべきだ。

(―――勝負は紙一重になる)

相手の宝具の性能は未知数。そして戦場では未知という事柄が即、死に直結する。だからこそ極限まで頭脳を行使し最善の一手を掴み取らねばならない。
敵はアーチャー。ならば持ち込んでいるとすれば射撃に関わる宝具である可能性が高い。真名解放で強力な射砲撃を撃ち込むタイプか、あるいは村雨の奥の手のような自身の性能強化か。
いずれにせよあちらの奥の手は直撃すればアサシンを一撃で蒸発させるに足る代物であることは間違いない。
本来なら慎重に、時間をかけてその本質を見極めるべきなのだが今はそれをしている時間がない。

「アーチャーのサーヴァント―――」

敢えて殺気を顕わにして構えを見せる。
アーチャーが息を吞む音が聞こえた。それで良い、そうでなくては困る。
つけ入る隙は二つ。彼我の対人戦闘経験の差ともう一つは相手にとってもこちらの宝具は未知数であるという事実。
サーヴァントとしてのスペックでは恐らくアーチャーの方が上だろう。しかし基本パラメーターが高ければサーヴァント戦に勝てるとは限らない。というかもしそうなら聖杯戦争はバーサーカーの奪い合いだ。
故にアサシンが取る戦術は相手のペースを乱した上での速攻。宝具という本領を発揮させる前に仕留めるのがベストだ。

「―――葬る」

生か、死か。
この戦いは長くはかからない。双方がそう予感していた。





     ▼  ▲




逃げるか、迎え撃つか。
選択にかけた時間はそう多くはなかった。

作戦は半ばほどまでは上手くいっていた。
まず狙撃を行うにあたって不足していた魔力はアサシンから融通してもらうことで補填した。マスターとサーヴァントを繋ぐ回路(パス)は決して一方通行ではない。
そして自分の狙撃でライダーとアーチャーの足を止めた隙にアサシンがライダーのマスターを殺し、適度にライダーの注意を惹きつつ最終的に離脱するのが作戦だった。

だがライダーの洞察力を見誤ったか、最後の仕上げの段になって策を見破られた。
おまけにアーチャーもライダーに味方するかのようにアサシンを足止めしはじめた。アーチャーにもこちらの陣容を見抜かれたと見ていい。
こうなると令呪でアサシンを呼び戻すわけにもいかなくなる。アーチャーを自由にすればライダーに対処している隙に狙い撃たれてしまう。
アサシンにはどうしてもアーチャーを止めていてもらわなければならない。
せめてもの足掻きに魔術回路を閉じて魔力を探知されないようにしつつ人通りの多い大通りを走っているが―――



「…まあ、諦めるわけないよな」



肌を突き刺すような重厚な威圧感は魔術回路を起動させずとも存分に感じられる。
如何なる代償を払ってでも必ず殺すという気迫の全てが衛宮士郎一人に注がれていることも。
そもそもアサシンを無視してこちらに来ている時点で覚悟の程が伺い知れるというものだ。
新たなマスターとの再契約の可能性を捨ててまで殺しにかかってくる。そんな退路を封じた敵に常道など通じるはずもなし。

交差点に差し掛かったところで止まり、魔術回路を起動した。周りではライダーの殺気に充てられた人々がパニックに陥り我先にと逃げ出している。どうでもいい。
視界共有を行った際に得たライダーの戦闘情報から奴を迎え撃つに最適な剣を選び保存する。パニックを収めるべき警察官ですら恐慌状態になっている。…どうでもいい。



「――――投影、装填(トリガー、オフ) 」

その剣を手に取った時、周囲一帯に伝わるほどの衝撃とともに鬼神の如き英雄が降り立った。
あちこちで車が衝突し、悲鳴と怒号が音楽のように鳴り響いている。……何もかもどうでもいい。
見ているのは滅ぼすべき敵のみだ。

機神英雄、ライダー・マキナが踏み込んだ。
その姿はかつてアンガ・ファンダージを迎え撃った時のような悠然とした歩みではない。全てを賭けて相手を討つ、高速の踏み込みだ。
可能な限り敏捷性の劣化を抑えて無理な高速移動を行った結果、残っていた魔力の過半を消費した。常時発動している宝具がこの状況では災いし、マキナの現界可能な時間をさらに削る。
同じ黒円卓の大隊長でもシュライバーやザミエルなら魂喰の魔徒のスキルを完全に使い潰すことでマスター不在時の魔力を補い戦闘力の劣化も三分の一から半分程度にまで抑えてみせるだろう。
だがマキナだけは駄目だ。単独行動もそれに替わるスキルも持たないマキナにはマスター殺しという戦略が致命的に作用する。
現にサーヴァントとしての性能は既に十分の一を切った。―――だが、そうであっても衛宮士郎を三度殺して余りある。



「 全工程投影完了――――是、射殺す百頭(セット、ナインライブズブレイドワークス)」



ならば勝てるものを用意すればいい。
瞬時に振るわれた絶拳を迎え撃つのはオリンポスの大英雄が使ったとされる斧剣。彼の英雄が編み出した奥義の一つ。
如何なる不死身の敵をも殺し尽くすことを目的に生み出された超高速の連続斬撃。
九つの剣閃が直撃すれば、今のライダーでは即死を免れない。

では、ライダーはこの奥義を前に命を散らす程度の存在なのか?
否。そうであるはずがない。



九の斬撃に重なるように繰り出された連撃。
本来のそれよりも劣化を免れぬとはいえ彼の大英雄の筋力すらも投影して放った対人奥義は完膚なきまでに防ぎ切られた。
ばかりか、投影した斧剣すらも破砕しガラ空きになった衛宮士郎のボディ目がけて更なる追い討ちをかける。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)」

士郎の左手から光が漏れる。
ライダーほどの大英霊を相手にたった一つの策で挑むなど有り得ぬ愚行。故に備えは常に脳裏に在る。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス )!!」

不完全ながらに展開された衛宮士郎が持ち得る最強の護り。ライダーの追撃に合わせるように拳と衝突する。
生半な攻撃など跳ね返すはずの盾はしかし、一瞬にして砕かれさらに絶拳が士郎の身体を捉え高々と宙へ飛ばした。

まさしく詰みの状況。空を駆ける術を持たない身ではどんな英雄であっても空中での自由な動きはできるものではない。
地上へ落ちたが最後万全の姿勢から放たれるライダーの攻撃の前に儚く命を散らすだろう。
―――何の備えもなければ、の話だが。

「―――投影、重装(トレース・フラクタル)。
―――赤原猟犬(フルンディング)!!」

元より盾などでマキナの終焉の拳を防げるなどとは期待していない。肉体へのダメージを抑えるクッションの役割を果たせば十分以上だった。
故に打ち上げられた後の対処策も準備済み。黒塗りの洋弓と如何なる敵にも追尾し追い縋る概念を持つ魔剣を投影し空中から即座に発射した。
四十秒をかけて魔力を込めればセイバーですら射手を斃す以外の手段では対処できないポテンシャルを秘める剣。だが不完全な態勢で放った一撃では到底ライダーを射抜くには足りない。
残り少ない魔力を振り絞り繰り出した左拳で概念ごと粉砕。同時に士郎が着地、ライダーは躊躇なく接近する。



「凍結、解除(フリーズ、アウト)……!」

ライダーがフルンディングを迎撃するために費やした一瞬の時間こそ衛宮士郎が最も欲したものだった。その時間で投影準備を済ませていた白と黒の双剣を顕現させる。
ライダーの拳に合わせて双剣で防ぎ、そして一撃の下に砕かれた。だが砕かれる度に新たな双剣がその手に握られ、辛うじてライダーの攻勢を防ぎ続ける。
砕かれる毎に新たに投影し直すのではライダーの攻撃速度に対応しきれない。故にこの段階に至るまでに数十もの数の投影を準備し防ぎながらそれらを解凍、同時に脳裏に新たな投影を貯蔵し直す。
明らかに破綻した戦い方だ。こんな方法では遠からず自滅するのは明白。そもそも防げてはいてもライダーの拳は双剣越しに衛宮士郎の肉体へ着実にダメージを蓄積させる威力を持つ。
だがライダーも今となってはもはや不滅最強の存在ではない。故にこの攻防も長くは続かなかった。

「……!」

二十七。それだけの双剣を砕き次の一撃を繰り出した時異変が起きた。
何者も粉砕するはずの終焉の拳が突如干将を砕ききれず、亀裂を入れるに留まった。
その変化を見逃さなかった士郎がここぞとばかりに後退しライダーとの距離を稼いだ。



弱体化もここまで極まったか、とライダーは僅かに嘆息した。
如何なるサーヴァントの如何なるスキルや宝具も、駆動し維持するためにはマスターからの魔力提供が必要不可欠。それを欠けば本来不変のはずの宝具の威力も激減する。
衛宮士郎との会敵を果たした時点でライダーの拳は終焉の拳などとは到底呼べない代物にまで成り下がっていた。
そうでなければ如何に英霊の力を引き出しているとはいえ人間の魔術師をこうまで攻めあぐね、あまつさえアイアスを砕くのに一瞬もの時間を浪費するなどという無様を晒すはずもない。

ライダーの両拳には亀裂が入っていた。それだけではなく霊基そのものが大幅に損耗し彼を構成するエーテルの肉体が悲鳴を上げている。
常のライダーならばともかく、マスター不在の現状では彼といえどもオリンポスの大英雄の技や北欧の魔剣を代償なく打ち払うことはできなかった。
端的に言って弱った霊基に負荷をかけすぎたのだ。このダメージもどちらかといえば自傷・自爆の類に近い。
だが十分だ。この霊基(からだ)でもまだ眼前のマスターを屠るには十分な力が残っている。



「アサシンのマスター。認めよう、この戦いは俺の敗北だ。
我がマスターを殺したのは貴様達の武勲であり俺の失着だ。…だが仮初めであれ主は主。貴様を終焉に落とすまではこの舞台を降りる気はない。
敗北は認めるが、勝利までは譲らん。―――ここで俺と共に消えろ。それが貴様に相応しい終着だ」

ライダーは既に死に体だ。霊基は罅割れ能力値は二十分の一以下にまで至り宝具もほとんど機能していない。何よりあと数分現界を保つことすら困難な有り様だ。
ならば士郎は万全の態勢でライダーの猛攻から逃げ切れるかと言えば、それもまた未知数。アサシンから融通してもらった魔力の大半を消費し攻撃を受け止め続けた代償に身体には大きなダメージが蓄積している。
どちらも等しく満身創痍。

「いいぜ、それならとことんまで殴り合ってやる。どちらかが倒れるまで……!」

破損し使い物にならなくなった干将を破却し新たに同じ剣を作り直す。
ここまで来れば後は聖杯戦争の常道などどこにもない意地の張り合いだ。根負けした方が先に倒れるだけのシンプルな勝負。
遠くで何かが落ちたような轟音が聞こえた。その音を合図に両者は再び踏み込んだ。


【みなと@放課後のプレアデス 死亡】


【D-3/街中/一日目 夕方】

【アーチャー(東郷美森)@結城友奈は勇者である】
[状態] ダメージ(中)、軽度の火傷、魔力消費(小)、満開ゲージ八割、若干の動揺と焦り
[装備] なし
[道具] スマートフォン@結城友奈は勇者である
[所持金] すばるに依拠。
[思考・状況]
基本行動方針: 聖杯狙い。ただし、すばるだけは元の世界へ送り届ける。
0:アサシンに対処。
1:アイ、セイバー(藤井蓮)を戦力として組み込みたい。いざとなったら切り捨てる算段をつける。
2:すばるへの強い罪悪感。
3:不死のバーサーカー(式岸軋騎)を警戒。
4:ゆきは……
[備考]
アイ、ゆきをマスターと認識しました。
色素の薄い髪の少女(直樹美紀)をマスターと認識しました。名前は知りません。
セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)を確認しました。
ライダー(マキナ)及びアーチャー(ストラウス)に襲撃をかけました。両陣営と敵対しています。
アサシン(アカメ)と交戦中ですが、マスター(衛宮士郎)の姿は視認していません。
みなとがライダー(マキナ)のマスターだと確信しています。

【アサシン(アカメ)@アカメが斬る!】
[状態] 疲労(中)、魔力消費(小)
[装備] 『一斬必殺・村雨』
[道具] 『桐一文字(納刀中)』
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利する
0:アーチャー(東郷美森)を速やかに排除する。
1:士郎の指示に従う。
2:黒衣のサーヴァント(ストラウス)を強く警戒。対策を練る
【備考】
士郎を通してセイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を把握しました。


【C-3/交差点/一日目 夕方】

【衛宮士郎@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[令呪] 二画
[状態] ダメージ(大)、魔力消費(大)、疲労(大)
[装備] 干将・莫邪
[道具] なし
[所持金] 数万円程度
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝利する。手段は選ばない。
0:ライダー(マキナ)と決着を着ける。
1:セイバー(アーサー・ペンドラゴン)を利用して戦艦を操るサーヴァント(甘粕正彦)を倒させる。
【備考】
セイバー(アーサー・ペンドラゴン)の真名を看破しました。またエクスカリバーの性質及び刃渡りの長さを把握しています。
アーチャー(ストラウス)を把握しました。

【ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン)@Dies Irae】
[状態]霊基消耗(大)、両拳損傷(小)、魔力消費(極大・戦闘に甚大な支障)、人世界・終焉変生発動不可能
[装備]機神・鋼化英雄 (機能八割以上減衰)
[道具]
[所持金]最早意味なし
[思考・状況]
基本行動方針:――――――
0:アサシン(アカメ)のマスター(衛宮士郎)を屠る。それまでは消えない。
[備考]
バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)を把握しました。ザミエルがこの地にいると確信しました。
マスター不在です。現在ステータスは二十分の一以下に低下、何の措置も取らなければ数分以内に魔力切れで消滅します。




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042:楽園の花が咲く 投下順 044:深蒼/真相
時系列順 050:落日の影

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038:夢は巡る みなと GAME OVER…?
036:夢は巡る ライダー(ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン) 045:あの日見た星の下で -what a shining stars-
アーチャー(東郷美森)
029:死、幕間から声がする(前編) 衛宮士郎
アサシン(アカメ)

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