夜に沈む古き都を、一迅の颶風となって駆ける黒き影が一つ。
 その動きは最早人の目には映るまい。速さもそうだが、気配と物的な痕跡の隠蔽が余りにも卓抜すぎる。時速にして100㎞を越える速度を出す等身大の小さな影が、三次元的な立体機動と"草"としての気配隠蔽術を駆使しながら疾走しているのだから当然の話だ。現にその影は幾度も無辜の通行人と思しき人影とすれ違っているが、彼らは皆一様に自らの傍を通り抜けていった風に振り返り首を傾げど、それが一体何であったのかはまるで分かっていない様子であった。
 その影───ハサン・サッバーハは本来であるならば、このように軽率な真似は決してしない人物である。例え余人に目撃されぬほどの技量を持てども、衆目の前に姿を晒すような愚行を、山の翁たる稀代の暗殺者は犯さない。
 つまりそれだけ、今の彼には余裕がないということだ。
 まず単純に時間がなく、そしてそれ以上に───相対する敵の全貌がまるで見えてこない。

(厄介極まる、四方五里を覆う霧の中を探すが如しとはこのことか……)

 加えて捜索の手がかりすら乏しいのが現状だ。これが人間であるならば、如何な隠蔽を施そうが大した労力もかけずに手がかりの一つは見つけられただろう。方法論こそ多様化すれどそれを扱う人間の精神性は古今変わらぬのが通説。人の心理を逆手に取り道筋を辿るのはハサンにとっては初歩の初歩なれば、これもまた暗殺術の応用の一である。
 しかしハサンの追う宿敵にその常識は通用しない。何故ならあれは人でもなければそもそも実体ですらない。比喩でもなく幻めいた姿は神出鬼没、痕跡を残すどころか物理的な距離を無視しているが如き移動は、まともに追跡できる範疇を逸脱して余りある。かといって心理を読みその移動先を推測するのも難しい。何故ならあれはハサンの右腕たる魔神(シャイタン)と同じ人外の存在だから、人の心理に当てはめることなど不可能。
 普通ならば、ここで捜索を諦めてもおかしくはないだろう。しかしハサンはそうしなかった。彼の執念がそうさせる、というのもあるが、彼にはある種の「アテ」があったのだ。

 ここで情報を整理しよう。
 ハサンが追っているサーヴァント───仮に「幸福のキャスター」と呼称する───は推定、マスターの存在しないサーヴァントだ。
 何故ならアレは無差別だから、アレを召喚したマスターとて無事で済むとは到底思えない。触媒等を用いて意図的に呼び出されるような存在ではなく、ならば偶発的な事故にも等しい形で召喚されたと見るべきだろう。そしてその場合、マスターの側に幸福のキャスターに対抗できる手段は用意されていない。
 すなわちアレはマスター不在でも長期間行動できる規格外の単独行動スキルを持つと推測できるが……しかし絡繰りはそれに留まらないと、ハサンは踏んでいる。
 その論拠としては、まず幸福のキャスターが扱う力が関係している。出会った者を無差別に籠絡し夢へと沈める精神攻撃、それはアレの在り方としてなのか、あるいは宝具の具象化なのか、ともかくとして"常時発動されている"タイプのものなのだ。性質としては歴代ハサンの一人である"静謐"のものに近しい。しかし物的な毒素である静謐のとは違い、こちらはあくまで精神攻撃、すなわち魔術的な手段によるものだ。その発動には確実に魔力消費の余地が存在する。
 そして何より、ハサンが遭遇したものは枝葉にも等しい端末。すなわち作りだされた分身だ。百貌のような霊基分割によるものか、新規で作成しているのかは分からない。だがそれにしても、少なからぬ魔力消費の余地があるとハサンは踏んでいる。
 如何な単独行動持ちとはいえ、常にそれらを垂れ流しにして現界を続けるのは難しい。ならば、その場合自分ならどうする?

 決まっている。内で足りないなら外から補ってやればいい。

「まさか、とは思うが……」

 あらゆる角度から死角となる、遮蔽物に囲まれた高所にて。夜闇に沈み徐々に街灯が点き始める鎌倉の街を見下ろし、ハサンは呟く。
 彼は何も、悪戯にここまで走ってきたのではない。彼が走ってきた、否「なぞってきた」のはこの地に奔る霊脈である。
 人における血管、魔術師における魔術回路と同じように、大地にもまたエネルギーを循環させる経路というものが存在する。
 それが地脈、あるいは霊脈と呼称されるものであり、かつそのエネルギーが地上に放出する場所こそが世に言われる霊地である。ハサンは今に至るまでそうした経路の直上をなぞるように駆け抜け、霊地と呼ばれるに相応しい土地を捜索していたのだ。そこに自分の求めるモノの姿があると思考して。
 何故なら、それら霊地はサーヴァントにとっては非常に都合のいい土地であるから。
 例えば、人間でないモノを存続させたりであるとか。

 今、ハサンの見下ろす眼下の街並み、その視線の向こうにあるものは、朱塗りの大規模な神社であった。
 山間の木々に囲まれた参道。有名な観光名所として普段ならば賑わっているはずが、今は人の気配など微塵も感じられない閑散とした雰囲気に包まれている。

 鶴岡八幡宮。鎌倉の街においても最大の規模を誇る大霊地だ。

 まさか、とは思った。
 市街地にもほど近く、多くの人の目に留まるであろうその場所。
 だがしかし、霊脈の筋と霊地としての格を鑑みれば、潜伏場所として最有力なのは疑いようもなく。
 そして何より、境内から感じられる微かな気配だ。魔力反応とは少し違う、恐らくはアレと直接相対していなければ違和感も持たないであろう多幸感にも似た感覚が、肌を刺して仕方がない。
 あの場所には幸福のキャスターの本体、ないしそれに近いものが存在する。一般市民の姿がないのもそれが原因なのだろうか。ともかくとして、ハサンは半ば確信に至るが……

(しかし迂闊には近づけまい。端末でさえあの強制力だったのだ、本体を呼び起こせばどのような災厄が降りかかるか……)

 故に彼は未だ近づくことができない。そも、彼単体では幸福のキャスターの本元を潰せるかどうかも分からないのだ。出来得るならば他の陣営を誘導し送り込んで始末させたいところだが、前提条件があまりにも厳しすぎる。
 ハサンのように、いやハサン以上に精神に耐性を持つことは必須であり、かつできるならば対軍か対城の攻性宝具を持つ者が望ましいが……そのような人員を確保し、あまつさえ誘導できるかと言えば、厳しいとしか言いようがない。
 これが百貌のハサンであったならば、偵察なり接触なり取れる手段は多くあっただろう。しかし呪腕のハサンはこの身一つしか持たず、故に失敗は許されない。

(優先すべきは幸福のサーヴァントの討滅……ならば一時殺しは封じ、誘導工作に徹するべきか)

 手が足りないなら他の者の力を使う。それは万事に共通する有用策であり、何も馬鹿正直に協力を申し出るだけには留まらない。自分の都合の良いように誘い、体よく使い倒すのもまた人心操作の手管だ。
 とはいえそれも、他者の存在ありきの策。ハサン一人ではどうしようもないという現状には変わりなく、故に彼は付近一帯に誘い出せそうな主従がいないかの捜索に移ろうとして。


「……む」


 視線の先に、それを見つけた。

 人のいない夜道をふらふらと歩く、それは歪な形をした影だった。
 首は折れ、肌は白く、およそこの世のものとは思えない人型。
 市井に蔓延る都市伝説の一つ「屍食鬼」に、それは酷似していた。

 本能のままに食らうだけの獣。化生がこの世に彷徨い出たか、と屍食鬼を見下ろせる位置からハサン。
 魔性なりしは我が道の障害であると、懐のダークに手を伸ばしかけ───

(……いや。今は無駄に殺しを行い隙を見せるべきではないか。それよりもむしろ……)

 寸前で止めると、ハサンは気配の隠匿を更に強め、夜闇と同化するように潜めながら屍食鬼へと接近する。理由は明白、これを幸福のキャスターへの餌と利用するためだ。
 本当ならば、サーヴァントないし魔術師といった者を使いたかったが、ないものねだりはできないし、何より時間が足りない。それに屍食鬼などと明らかにネクロマンシーの関わる神秘ならば、釣られて幸福のキャスターが躍り出る可能性も少なくないはずだ。
 討滅の機会こそ未だ得ないが、その先駆けとしての情報は得られるだろう。変わり果てた少女の異形に、これが聖杯戦争などという場でなければ哀れみの一つも感じ入ったかもしれないが、しかしハサンは躊躇などしない。
 故に。

「存分に使わせてもらうぞ、御身の身体」

 そこからは、声もなかった。
 瞬時に四肢と口唇を拘束すると、ハサンは少女の異形ごと闇の中に沈み消えた。その場面を目撃できた者は皆無であろう。仮に少女の異形のすぐ隣に誰かがいたとしても、彼女が消えた事実に気付ける者はいまい。それほどまでに、鮮やかな手さばきであった。
 後には変わり映えのない夜闇の静寂だけが、その場を満たしていた。激化していく戦場とは裏腹に、鎌倉の街は不自然なまでの穏やかさを保っているのであった。





【B-3/路地/一日目 夜】

【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 健康、魔力消費(中)、焦燥
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う。だが……
0:鶴岡八幡宮へと他陣営を誘導したい。最優先は『幸福』のサーヴァントの討滅。
1:『幸福』のサーヴァントの早急な討伐。並行して由紀を目覚めさせる手段の模索。
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す。しかし今は……
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※キャスター(『幸福』)には本体と呼ぶべき存在が居るだろうと推察しました。
※丈倉由紀は現在B-2山間部の人目に付きにくい場所に隠蔽された上で安置されています。
※キャスター(『幸福』)の本体が潜伏している場所の有力候補として鶴岡八幡宮があると推測しています。実際これが当たっているかどうかは後のリレーに任せます。
※現在■■を確保し、それを鶴岡八幡宮への斥候として使おうと画策しています。行動の優先順位は1.敵情視察、2.戦力確保になります。


【■■@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[令呪]?????
[状態]?????
[装備]?????
[道具]?????
[所持金]?????
[思考・状況]
基本行動方針:?????
[備考]
深海棲艦と便宜上仮称されますが、それ以外にもゾンビウィルスとか他の諸々も混じったハイブリットな存在になってます。そのうち突然変異とかもするかもしれません。




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