この土地を囲んでいる山林を臨み、住宅よりも更地が目立ち始めた街の外縁部。
 すっかり日が傾き、厚い雲に覆われた空の下、めっきり人家が減ったため夕闇に包まれた道を、一人の男が黙々と歩いていた。
 そう早くない歩調で歩むのは、先の戦闘以来そのままに黒衣を纏ったストラウス。
 彼は言葉なく、表情を変えることなく、視線を一点に定めたまま歩む。


「……」


 黙々と歩く彼の周囲に満ちるのは、梅雨の空にも似た、湿気た感触の生温い空気。
 吸血種に特有の、血臭の空気。
 そんな空気に満たされた夕闇の中を、アスファルトを踏む男の足音が、規則正しいリズムで淡々と響いている。

 人家や街灯の灯りが少ない、無人の空間。
 こつり、と歩みの止まる音が一つ。

 立ち止まるストラウスは、振り向くことなく、ただ静かに口を開いて。


「……マキナ卿は離れ、弓兵の目は遠ざかり、何処かのアサシンもまたこの場を去った」


 誰もいないはずの虚空に、言葉を投げかけた。


「そろそろ出てきてもいい頃合いだ。そうは思わないか、"アサシン"」


 ───……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 この一日足らずで鎌倉の街には多くの戦場が生まれた。比較的長期間あった予選期間ではまずありえなかったほどの破壊の爪痕が、極めて短い間にいくつも穿たれた。
 その中でも最も目立ち、衆目にその姿を晒したのが、鎌倉駅近くで発生したあの烈しい火柱だろう。そこで行われた戦闘がどのようなものだったか、想像することさえ難しいが、ともかくその余波で今も交通や人の流れに混乱が生じているのだ。
 為された破壊は無論これだけに留まらず、市街地や公道、あるいは山林といった諸々が等しく大規模な被害を受けている。そのどれもが、本来の聖杯戦争であったならば神秘の秘匿に反するとして警告ないし討伐令が課されるほどの規模であることは言うまでもない。
 そう、普通ならば。監督役や、あるいはルーラークラスの采配によりある程度の抑止が存在するはずなのだ。
 それは逆説的に、この聖杯戦争が普通でないことを意味している。
 よってこの街で行われるのは力と力の衝突であった。単純明快、あまりにも分かりやすい構図は故に各々の持つ戦力差を常以上に浮き彫りにするのだった。
 一般社会の裏で匹夫のように隠れ潜む必要がなくなり、そもそもマスター自体が"この街どころかこの世界の住人"でない以上、遠慮する意味すら存在しない。情報、絡め手、社会的束縛───そうした本来ならば極めて強い効力を発揮したであろう要素は軒並み無価値となり、出会い頭に殴りつける力だけの強者が幅を利かせているのがこの聖杯戦争の現状だ。
 何とも単純で、甲乙分かりやすく、だからこそ歪な代物だ。
 今や魔都と化した鎌倉は狡からい弱者の生存を許さない。適者生存などと生温く、文字通りの弱肉強食こそがこの街を支配する理であった。

 そんな中でアサシン───スカルマンはひたすら偵察と諜報に徹していた。
 それは先の理論に当てはめるなら間違いなく弱者に分類されてしまうがための護身であると同時に、その隠密性こそがスカルマンの備える強みでもあるためだ。

 大きすぎる力の発露は、言わば巨大な光源だ。誰しもが目を惹かれ、そこに視線を釘づけにされてしまう影響力を持つ。そして光あるところには、必ず影が生まれる。光が強ければ強いほどに、生まれる影は色濃くなる。
 アサシンとは影に潜むものだ。巨大な力とその発露によって発生する混乱、その隙間を縫い暗躍する者が呼ばれる名だ。
 気配遮断の効力など言うに及ばず、起こり得る幾多の戦闘を回避し自分が勝てる戦いのみを取捨選択する。それが、アサシンたるスカルマンの闘法である。戦況のと状況の単純化により策謀の入り込む余地は激減してこそいるものの、闇討ちの有用性は変わらず高いままだ。
 事実、彼はその信条によって多くの勝ちを得てきた。予選期間の暗殺は元より、本戦に入っても三騎士の一角たるランサーを正面から打倒するという快挙を果たした。

 気配の寂滅───夜に溶け影と同化し、比喩でもなく闇から不意を討つ暗殺者の業は、アサシンにとっては最大の武器であり唯一の生命線だ。


「そろそろ出てきてもいい頃合いだ。そうは思わないか、アサシン」


 だから、その言葉に驚きが無かったと言えば、それは嘘になるだろう。
 投げかけられた声は当てずっぽうの類のものではなかった。声に込められた意識は、物陰に息を殺して潜むスカルマンを明確に貫いていた。

 先の騒乱───黒円卓のライダーと黒衣のアーチャーの衝突に際し、膨大な魔力の奔流を感知したスカルマンは事態に関わることなく静観の構えを取っていた。
 事態を見極める必要があったのもそうだが、スカルマンにはあの戦闘に介入できるだけの実力がないというのが大きかった。正午頃のランサー二騎との戦闘とは比較にならない。状況の偏移を利用すれば勝ちを拾える可能性が十二分にあったあれとは違い、黒のライダーとアーチャーは真正面から戦っては絶対にいけない存在であると直感していた。
 よしんば不意打ちに成功し、どちらか一騎を仕留めたとして……残る一騎の追撃を振り切る余裕はスカルマンにはない。彼は精神が破綻した人間であるが、実利と理合を解するだけの知性を持ち合わせている。
 だから彼は、乱入した別個体のアーチャーの追撃に離れたライダーを見送り、一人立ち去るアーチャーをこそ追跡した。実のところ理由は他にもあるのだが、彼自身あやふやにしか認識できていないため上手く言葉には表せない。ともかくとして、スカルマンは気配遮断を発現させたままストラウスを追跡するに至っていた。
 気付かれてはいない。そのはずだったが……

「何故気付いた」

 姿は見せないままに、低く振り絞るように声を出す。
 存在を悟られているからには、これ以上息を潜めても意味はない。

「その問いに意味などないということは、お前が一番分かっているんじゃないか?
 どのような理由があるにしろ、お前の存在は暴かれ、我々はこうして向かい合うに至っている」
「故にその先を見ろとお前は言うのか。ならばどのような魂胆で語りかけた。私と言葉を交わしてお前に何の益がある」

 両者の声は、耳鳴りがするほどに静かな夜半にあって澄み渡るように響くものだった。どこまでも透徹で、どんな感情の奔流をも伺わせない。
 声と並行して、スカルマンは襟の裏に仕込まれた白銀色のナイフに指を這わせた。迎撃の準備はできている。ここで事を荒げる気はスカルマンにはないし、それはアーチャーも同様だろう。
 だが後者に関しては推測にすぎない。警戒と準備をしておくに越したことはない。

「聞きたいことが一つある」

 振りかえることもなく、ストラウスは言葉を続ける。

「何の用でここまで来た」
「質問を返そう。何故来られないと考えた?」

 それは余りにも今更過ぎる疑問だった。
 あれだけ目立つ真似……とまでは言わないが、特に隠蔽の術式も施さぬままでの戦闘を行っておいて、それを他の陣営に感づかれないと高を括っているのだとしたら、それは相当な間抜けだろう。
 そして衆目に姿を晒したサーヴァントを、そのまま放置する道理もない。そのような誰でも思いつく事柄を、まさかこのアーチャーが気付いていないとは思えない。

「無論、お前が私を殺すつもりで来ていたなら、こんなことは聞かないさ」

 ぬけぬけとストラウスが返答する。

「あるいは私を利用ないし貶めようとしての偵察であるならば、私はお前を逃がしはしなかった。対話とて望みはしない、ただ一刀の下に斬り伏せただろう。
 だが違う。殺意も害意も、謀略の気配すらお前は感じさせなかった。さりとてこうして向き合う限り、無感というわけでもないらしい」

 ストラウスが更に言葉を続ける。木枯らしが吹きつけるかのような寒々しさが、夕闇に木霊する。

「故にもう一度聞くぞ、アサシンよ。"何の用でここまで来た"?」

 そこでストラウスは初めて振り返り、スカルマンの潜んでいるであろう空間の座標へと視線を向けた。
 瞬間、人間的な感情など磨滅したはずのスカルマンの総身を、例えようもない悪寒が走り抜けた。ただストラウスが目を向けたというそれだけで、古代の頭部体により汚染され尽くされたはずの精神が凍りついたのだ。
 射殺すような視線という比喩があるが、これはまさしくその発露に他ならない。相手が相手ならばそれだけで精神死を与えかねないほどの威圧が、今はスカルマンただ一人を狙い撃っていた。

「……返答次第では、どうするつもりだ」
「己に不都合な者への対処など、それこそ一つしかないだろう。
 その口と手足を、二度と動かせぬようにするまで」

 瞬間、スカルマンは腕に蓄積させていた力を解き放ち、ノーモーションで手のひらのナイフを擲った。
 一呼吸する間もなく虚空から15もの銀閃が電光の弾丸となって降り注ぐ。その全てがスカルマンの投げ打つ特殊性のナイフであり、瞬間的に秒速500mを突破した質量のある閃光は曲線的な幾何学模様を描きながらストラウスへと殺到する。
 一つ一つがサーヴァントの頭蓋を粉砕して余りある威力を誇る一撃だ。無拍子で放たれたそれは10mの相対距離をコンマ秒以下で踏破する。生半なサーヴァントでは反応どころか前兆を悟ることすらできないであろう超速だ。
 しかし。

「───……!」

 声なき声はスカルマンのもの。
 髑髏の面に覆われ心すらコーティングされたはずの彼の表情は、しかし生身のものであったならば埒外の驚愕に歪んでいただろう。

 狙い撃ったはずのナイフ群は、しかしストラウスへと突き立つことはなかった。
 彼の肉体に吸い込まれる寸前、まるでその直前の空間に縫い付けられたかのように、全てのナイフが慣性の法則すら無視して完全に静止したのだ。
 そこだけ時間が止まったかのような光景であった。動から静へ、100から0へ。音速を越える速度の弾丸となったはずのナイフは一切動かぬ彫像と化し、払うように動かされたストラウスの腕に従うように、次瞬にはバラバラと地面へと落下したのだった。

「実のところ、お前の魂胆はある程度予測できる」

 そして、異常事態はそれだけに留まらない。
 撤退に脚を動かそうとして、気付く。自分の体が思うように動かない。
 何時からそうなったのか、スカルマンには皆目見当がつかなかった。動かそうとした直前か、ナイフを落とされた時か、あるいは"もっと前から"仕組まれていたことなのか。
 思慮の暇もなく不可視の力が全身を覆い、投網に引かれるように総身が物陰から引きずり出された。動作の利かない肉体がストラウスの前に投げ出され、圧し掛かる超重力と化した圧力をその身に受けながら、彼の透徹とした視線に見下ろされる形となる。

「確証と、お前が何者であるのかという裏付けが欲しかった。
 そして確信したよ、お前は私が何を目的に動いているのか、単純にそれを見極めようとしていたのだな」
「……その通りだ」

 窮地に立たされているとは思えないほどに静かな声で、スカルマンが首肯する。
 彼は今まで幾人もの主従を目の当りにしてきた。聖杯を望む者、聖杯を拒む者、只管に帰還を願う者、現状に戸惑い狩られるのを待つだけの者……大まかにはその四種だった。
 極限状態において人間の思考というものは想像以上に単純化される。聖杯戦争という命の獲り合いに際してほとんどの者が四通りに分類できてしまうほどに。
 それ自体の善悪を論議するつもりはスカルマンにはない。ただありのままに受け入れ、四種の主従全てを平等に討ち果たしてきた彼だが、しかし目の前のサーヴァントは些か趣が違っていた。

「幾多のマスターにサーヴァント……奴らは聖杯を肯定するにせよ否定するにせよ、行動の大前提として聖杯の存在を視野に入れていた。
 だが、お前は……"それ"を見ていない。先の行動も、私への言動も、聖杯戦争に臨むサーヴァントのそれではない」

 黒円卓は見るに値しないと言った。その先を見ろと彼は言った。
 俄かには分からず、あるいは愚者の戯言とさえ聞こえてしまう言。しかしスカルマンには、都市の暗部を駆け抜け一寸先すら見えぬ謀略の闇を踏破したスカルマンには、それがアーチャーにしか見えない光明であるのだと直感として理解できた。
 戦術、戦略の面において強大なサーヴァントを放置していい道理などなく、ならば彼にしか見えぬ先とは一体何であるというのか。

「お前は、何を観ている?」
「それをお前が知る必要はあるのか、スカルマン───夜闇に跳梁する悪殺しの暗殺者よ」

 事もなげにスカルマンの真名を言い当てるアーチャーに、しかし最早驚きさえ覚えない。
 その程度こいつならばやってのけるだろうという、根拠のない思いがスカルマンの中で輪郭を濃くしていた。
 この世に君臨していながら、しかし別位相の世界を睥睨しているとさえ思えてしまう、浮世とは無縁の気配を醸し出すこの男ならば。

「私は私の目的を果たすまでだ。そしてそれは、他の者とて同じだろう。
 彼らと私の違いは、その途上に聖杯の存在があるかどうかという一点に過ぎまい」

 ストラウスが、そこまで言ったその瞬間であった。

 耳を劈く轟音と、地を揺るがす激震が二人を襲った。突発的に発生した大規模な地震の如く、目に見える視界が肉体ごと揺れ動く。
 何者かの攻撃かと重圧に抵抗して視線を向けるも、周囲はおろか隣に立つアーチャーさえも平静そのものだ。スカルマンはそこで初めて、この揺れが自分たち"だけ"を襲ったのではなく、極めて広範囲に渡って伝播したものだと気付いた。

 遠く離れた視線の先。西方、稲村ケ崎方面の街並みが、夕焼けよりも尚赤く燃え上がっているのを、伏せたままのスカルマンは目撃したのだった。

「これは……」
「再度砲撃が行われたか。何を考えているかなどと、私などよりもアレのほうが余程理解が及ばないだろうに」

 砲撃───正午頃、相模湾沖に鎮座する戦艦がその沈黙を破り、海岸線へ向けて艦砲射撃を敢行したことは、スカルマンも知っている。
 そして今、二度目の砲撃が行われた。それは一体何を意味しているというのか。

「流石にいつまでもアレを放置しておくわけにもいくまい。遠からず討伐のため乗り出す主従も出てくることだろう。
 そして無論、そこには私の姿もある(・・・・・・・・・・)

 言葉と同時、スカルマンの総身にかかっていた不可視の重圧が、突如として消失した。
 赤い眼光が一瞬閃き、四肢を躍動させて瞬時に飛び退る。その様子を、ストラウスは何をするでもなく見下ろしていた。

「今回は見逃してやる。疾く失せるがいい、スカルマン」
「……何の、つもりだ」
「二度言うつもりはない」

 何を手出しすることもなく佇み続けるストラウスに、スカルマンは訝しげな視線を寄越すも、この場を去るのが得策だと分かってかすぐさま音もなく闇の中へと走り去った。
 秒とかからず、ストラウスの姿は遠くなり、スカルマンの視界から姿を消す。
 暗くなりゆく街並みを駆けるスカルマンは、先ほどまで絶対の窮地にあったとは思えないほど、痛みも支障もなく軽快に動作していた。

 ───命拾いをした……いや、情報拡散のために見逃されたと言ったほうが妥当か。

 考えるのは当然、一連の出来事についてだった。恐らくは戦艦の主に対する動向を拡散するため見逃された、自分たちのやり取り。
 スカルマンがアーチャーに対して一種の疑念を持ち、それを晴らすために行動していたということについては、最早説明するまでもないことだろう。
 それは他ならぬスカルマンだからこそ思い至ることができた疑念だった。都市を覆う複雑怪奇な陰謀を巡り戦った暗殺者の英霊たる彼だからこそ、感づくことができた違和感だった。
 結局その疑問が晴れることはなかったが、しかしそうだとしても、何故殺害に徹する暗殺者であるはずの彼が、ここまでその払拭に執心したのか。

 それは、ある種の確信があったからだ。
 理屈ではなく、直感として。
 彼のアーチャーが見据えるものが、自分たちの行く先、ひいては聖杯戦争そのものを左右するのだという言い知れぬ予感が存在した。
 黒衣の彼を見た瞬間にスカルマンの脳裏によぎったのは、そうした彼自身も分からぬ思考だったのだ。


【D-3/材木座海岸付近/一日目 夕方】

【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 気配遮断、疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:……
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。





   ▼  ▼  ▼





 鎌倉の街を覆う都市伝説の一つに、骸骨男というものがある。

 それは闇夜を駆ける一つの影。
 夜に溶け込むような漆黒のコートを身に纏い、白い髑髏の顔だけを、月明かりで照らし出す。
 正体不明のその影は、鋭い刃物を以てして逃げ惑う者を切り裂き、その命を奪うのだという。

 よくある犯罪型のフォークロアだ。取り立てて珍しいことでもない。しかしこの街においては有する意味が全く違ってくる。
 当初、ストラウスはこれを暫定的にハサン・サッバーハによるものだと仮定した。
 イスラム教の伝承に残る暗殺教団の長。山の翁と呼ばれる者たち。
 "聖杯戦争において最もアサシンとして呼び出される機会が多いであろう"反英霊だ。

 とはいえそれだと疑問が残るのも事実だった。
 仮にそれがハサンであるならば衆目に目撃されているとは考えづらいのだ。
 彼らほど卓抜した暗殺者は人類史においてもそうはいまい。それが外見的特徴を言伝にされるほど明瞭に姿を晒すなどと、単純におかしな話である。

 所詮は多くある都市伝説の一つ、あるいは聖杯戦争とは関係ない風聞の産物である可能性もあったが、しかしストラウスの眼前に現れたサーヴァントによりその疑問は氷解した。
 髑髏面に漆黒のコート。衆目に姿を晒す可能性があり、ストラウスの気配感知に引っ掛かる程度の遮断能力を持ち合わせ、なおかつ現代装備で身を固める英霊ともなれば、思い当たる候補は一つしかない。
 すなわちそれがスカルマン。企業城下都市大友において新人類を巡る戦乱に身を置いた英霊だ。
 それならば暗殺者として落第とも称せる真似をしたことにも納得が行く。何故ならスカルマンとは「本来暗殺者などではない」からだ。
 闇夜に紛れ敵を討つ様は、確かにアサシンのそれではある。しかし彼はガ號計画によって生み出された人造の幻想種を真っ向から相手取り、その悉くを討ち滅ぼした「戦士」としての英霊である。
 故に本来、彼は暗殺や気配遮断の逸話にはそう恵まれてはいない。市井に流布された風聞と、近現代の英霊であるための矮化が重なったことによる霊基の劣化から、アサシンのクラスに宛がわれたと見るのが妥当であろう。

「単純化した状況を崩すには、暗躍する者が必要となる」

 ストラウスが彼の真名を言い当てるに至った理由はそこにある。しかし、重要なのはそれではない。
 スカルマンを見逃した最たる理由。それは「悪殺し」の逸話にあった。
 悪を以て悪を殺す、それすなわち悪殺し。生前の逸話においてスカルマンが殺してきたのは、何時だとて悪と、それに連なる者であった。

 そして、仮にこの聖杯戦争がストラウスの考える通りのものであるならば。
 この地に集うサーヴァントは触媒ではなく縁によって召喚されるものだ。ならば悪殺しのスカルマンを召喚したマスターの性質も予想は難しくなく。

 故に、彼はスカルマンを解き放ったのだ。

「繋がってくれるならば僥倖だが、さて……」

 これは、いわば布石の一つだ。
 策とは状況が複雑になるほど効力を増す。単純な状況下ならば正面から殴り合い力で劣るほうが負けるだけとなるが、複雑化すればその者にも把握できない情報や読み切れない局面というものがどうしても生まれてくる。
 逆に言えば、保有する情報が限定されればそれに縛られることもあるということ。

 仮に……いや十中八九、彼は聖杯を狙っている身であるだろうが、しかしスカルマンも分かっているはずだ。"自分には打ち倒せない存在がこの街には多く在る"ということを。
 材木座海岸の彼方に見える、漆黒の戦艦がいい例だ。翼を持たず遠距離の火力も持ち合わせないスカルマンにとって、あれほどの鬼門は存在すまい。戦うどころか、まず近づくことさえ困難であろう。
 故に、彼はストラウスを害せない。そうする利がまるでない。そして、先の問答においてストラウスは"それ"を更に強固なものとした。一つの情報だけを与え、野に放した。ならば彼はどう行動するか?
 決まっている。強者を弱者が滅ぼす手段とは、大抵が不意打ちか計略、あるいは"同士討ち"が主だ。それは古今東西変わることがない。

 かくして楔は打ち込まれ、局面は更に転換していくのだった。


【D-3/材木座海岸付近/一日目 夕方】

【アーチャー(ローズレッド・ストラウス)@ヴァンパイア十字界】
[状態] 陽光下での活動により力が2割減衰、魔力消費(小)
[装備] 魔力で造られた黒剣
[道具] なし
[所持金] 纏まった金額を所持
[思考・状況]
基本行動方針:マスターを守護し、導く。
0:?????
1:現状を打破する方策を探る。
2:赤の砲撃手(エレオノーレ)、少女のサーヴァント(『幸福』)には最大限の警戒。
3:全てに片がついた後、戦艦の主の元へ赴き……?
[備考]
鎌倉市中央図書館の書庫にあった資料(主に歴史関連)を大凡把握しました。
鎌倉市街の電子通信網を支配する何者かの存在に気付きました。
如月の情報を得ました。
笹目ヤヤ&ライダー(アストルフォ)と同盟を結びました。
廃校の校庭にある死体(直樹美紀)を確認しました。
B-1,D-1,D-3で行われた破壊行為を認識しました。
『幸福』を確認しました。
廃校の資料室に安置されていた資料を紐解きました。
  • 確認済みのサーヴァント:
ランサー(No.101 S・H・Ark Knight)、アーチャー(東郷美森)
  • 真名を把握したサーヴァント:
アーチャー(エレオノーレ)、ライダー(マキナ)、ライダー(アストルフォ)、アサシン(スカルマン)





   ▼  ▼  ▼





「そうか……よくやったな、小太郎、影朗」

 人の気配が微塵も感じられない山間の獣道に、叢たちの姿はあった。
 低く唸るような声で労いの言葉をかける叢の傍には、今の日本ではそう見られないであろう巨体の狼が二頭、寄り添うように首を垂れていた。

 叢が秘伝動物たる二頭の狼を解き放ち、索敵の結果報告を受けたのはつい先ほどのことだ。
 人間を遥かに超える感覚機能を持ち、忍としての技量と勘も兼ね備える彼らは諜報員として優秀であり、単純に頭数が増えるということもあってこうした場面では非常に重宝する。予選期間内において複数人のマスターを発見し掃討できたのも、彼らの存在あってことであった。

「よし、では案内してくれ。我も向かおう」

 うぉん、と吠える声が二つ。
 勢いよく飛び出していった二頭を見送り、叢もまた一歩足を踏み出した。

 街中の喧騒とは打って変わり、風の音だけが微かに耳に届く山景を歩くこと暫し。叢を先導していた二頭が、その位置を示すように座り込み、じっと叢に視線を向けているのが見えた。

「そうか、ここか」

 平静そのものな口調とは裏腹に、叢は内心驚愕と感嘆の念を湛えていた。
 小太郎と影朗が示したのは、一見すると何の違和感もない茂みである。素人目には分からないどころの話ではなく、叢の目からしても、二頭の案内が無ければまず発見できなかったであろうほどに、その隠蔽は巧妙なものであったのだ。
 直接的な隠蔽工作のみならず、地形的な角度に獣道の心理的な誘導、それらを余さず駆使することにより叢ですら分からないほどの隠行が施されていたのだ。
 更に恐ろしい事実に、叢は知る由もないが、この隠蔽は「時間が無かったために急造で拵えた簡易的なもの」なのだ。余りに急を要するために対人用に特化して施された隠蔽は、しかしあと少しでも余裕があったならば小太郎と影朗ですら感づけない完成度にすることも容易であっただろう。
 あくまで仮定の話であり、そんな事実を知り様もなく、故に叢たちにとっては目の前の現実こそが全てではあるが。

 叢は無言で茂みに手を突っ込み、中に安置されていた「もの」を引っ張り出す。がさり、という音と共に土の上に引きずり出されたそれは、何とも穏やかな寝息を立てているのだった。

「これは……マスター、なのか」

 困惑の色が叢の声に混じる。彼女の眼前で眠るのは、赤い令呪を宿した少女だった。
 だが「眠っている」というのが何とも奇妙な話であった。単なる睡眠であったならば叢にも分かる。だがこれは、明らかに普通のものではない。
 昏睡の魔術にでもかかったのか、その少女は多少手荒な真似をされても一顧だにせず眠り続けている。引っ張り出された時に体を打ったであろうに、そんなことはつゆ知らぬと言わんばかりに、幸せな夢を見ているかのように笑顔を浮かべたままだ。それが叢には不気味に思えて仕方がない。

(だが、我には関係ないことだ)

 内心で声を一つ。叢は得物である出刃包丁を翳すと、その刃を少女の首に宛がった。
 これでまた一人、労せずマスターを葬れる。
 そんな思いと共に、柄を握る腕を引こうとして。


「…………」


 腕は、動かなかった。

「……っ」

 小さく息を呑む。
 震える腕の感覚が伝わってきて、それなのに腕は固まったように動かない。
 動け、と強く念じる。
 自分の手はとっくの昔に血で汚れているのだと、そう強く言い聞かせる。
 何を戸惑っているのだと、自分のことであるはずなのに、他ならぬ自分に対して半ば本気の怒気さえも覚えて。
 動かそうと努めて、努めて、努めて。

「……いや」

 そっと、叢は包丁を構えた腕を下ろした。

「この域の昏睡をもたらす魔術の絡繰り、解いておかねばいずれ我の身も危うい。
 それにマスターを手の内に収めておけば、此奴のサーヴァントを傀儡とするのも容易い、か……」

 そういうことにしておこう。叢は自分にそう言い聞かせ、刃を収めると少女の体を担ぎ上げた。
 誰も、言葉は無かった。静かにその場から歩き去る叢も、眠り続ける少女も、傍らに侍る小太郎と影朗も。
 虚空に浮かぶ月だけが、彼女たちを見下ろしているのだった。





   ▼  ▼  ▼





 我には大切な友人がいた。詠という名の、ブロンドの髪の毛がよく似合う女の子だった。
 彼女の両親は仕事で不在が多く、それで我が家に招くことがよくあった。我ら家族の輪の中で、嬉しそうに具なし味噌汁を啜り、野草の漬物を齧る彼女の顔は今でも忘れられない。日が暮れるまで一緒に遊び、仲良く手を繋いでバナナの腐ったような臭いのする貧民街を歩いた。
 今にして思えば、我とその子は姉妹のような間柄だったのだろう。血の繋がりこそないが、築いた絆は本物だった。

 忍だった両親が事故で死んだと聞かされたのは、我が小学五年生の頃だった。
 車に撥ねられたとお父さんの知り合いは言っていたが、それが嘘だということは子供の我でも察しがついた。
 我の両親は忍の任務で死んだに違いない。そう思うと悲しくて、遣る瀬無くて、それ以上に怖くて。
 気付けば、我は素顔を隠すようになっていた。道に散乱していたゴミ袋を被り、外界を拒絶するように。
 そして、あの子は……

『ほら、見て?』

 あの子は袋を継ぎ接ぎして、同じように頭からかぶってくれた。
 皆に笑いものにされても、あの子は気にせず我に笑いかけてくれた。
 その笑顔は、今でも思い出の中に強く焼き付いている。
 あの子は本当に、我の大切な友達だった。

 だからだろうか。
 夢見るように眠り続ける名も知らぬ女の子を、我は手にかけることができなかった。
 仮にこれが我を憎悪なり嚇怒なりで睨んできたならば、聖杯戦争の敵対者として一切の躊躇なく刃を揮えただろう。
 仮にこれが恐怖に震える弱者であったならば、悪党に墜ちたことを自嘲しながら手にかけることができただろう。
 しかし、現実はそうではなかった。女の子は恨むことも敵意を持つことも、恐怖に震えることもなくただ嬉しそうに笑みを浮かべ続けていた。

 それは、遠いあの日の記憶のように。本当に綺麗な笑顔だったから。
 それに向かい合う自分が尚更汚いもののように思えて、直視などできるはずもなかったのだ。


【B-2/山間部/一日目 夕方】

【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い?
[装備]包丁、槍、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:私は……?
1:日中は隠密と諜報に徹する。他陣営の情報を手にしたら、夜間に襲撃をかける。ひとまずスカルマンと合流したい。
2:市街地を破壊した主従の情報を集めたい。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
現在丈倉由紀を確保しています。マスターだと気付いてますが、処遇は不明です。



【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡、叢に抱えられてる
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針: わたしたちは、ここに――
0:…………。
1:■■るち■んにア■■■ーさ■■■。■いお■達にな■そう!
2:アイ■■ん■セイ■■さ■もい■■■ゃい! ■■はお■さ■■多■ね■
3:■■■■■■■■■■■■■■■■■
4:■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。放置しておけば数日以内に衰弱死します。
※叢に拿捕されました。





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049:夜を往く 投下順 051:盤上舞踏
043:機神英雄を斬る 時系列順 045:あの日見た星の下で -what a shining stars-

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036:夢は巡る アーチャー(ローズレッド・ストラウス) 054:夢より怪、来たる
023:嘘つき勇者と壊れた■■ 0:[[]]
アサシン(スカルマン) 0:[[]]
039:落魂の陣 丈倉由紀 0:[[]]

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