「なるほど。君の事情は大凡理解した」

 先の邂逅から狂戦士の襲撃を退けて幾ばくか。セイバーは眼前に立つランサーから全ての事情を聴いた。境遇に切迫した状況、ここに至るまでの経緯も含めた、文字通りの全てだ。
 白痴のマスター、天夜叉のライダー、土着の暴力団を支配しての組織的行動、マスターたちを暗殺する人海戦術。
 そして、この半日の間にランサーが見聞きしたことと、ランサーがこれからやらなければならないこと。
 「とある一つ」を除き、全てを隠蔽することなく正直に、目の前の騎士に打ち明けた。闊達な常の彼女にしては珍しく、実にたどたどしい口調ではあった。それをセイバーは真摯に、しかし感情を伺わせない表情でじっと聞いていた。

 そして、話を粗方聞き終えて、口を開いたセイバーから放たれた言葉が、先述の台詞であった。

「確かに、そのライダーは私としても見過ごせない。討伐するにあたって君と共闘するというのも、吝かではない」

 その言葉は、友奈にとっては救いの光にも等しいものであった。
 今まで俯き沈んでいた表情が、一転して明るいものに切り替わる。

「だが」

 感極まったように顔を上げる友奈を押しとどめるように、セイバーは更に言葉を続けた。

「一つ君に問う。自分を喚んだマスターに従うという君の言葉が真実だとして。
 君は彼の者の真意をどう確かめ、その上でどう動くつもりなんだ?」

「それは……」

 思いがけず言葉に詰まってしまう。喜色に染まりかけた表情が一瞬で元の暗いものに戻り、声が萎んで後が続かない。
 友奈にはマスターの女性の意思を確かめる手段はない。しかしこの場合、セイバーが聞いているのは別のことだろう。
 彼は言ってしまえば、友奈がどこまで協力できる相手なのか見極めようとしているのだ。今回限りの共闘に終わる程度なのか、長期的な同盟関係を築ける相手なのか、あるいは初めから決裂してしまうような手合いであるのか。
 「ライダーを倒した後、友奈はどう動くのか」。要はそれを聞いているのだ。

「私は……」

 一瞬、友奈は迷った。単純に分からなかったというか、そこまで考えていなかったのだ。考えるだけの余裕が今まで全く存在しなかった、と言い換えてもいい。あまりにも理不尽かつ間断なく降り注いできた苦難の数々は、自分の置かれた状況を俯瞰して思考するだけの余地を友奈から奪い去っていた。生涯通して人生経験こそ持ち合わせど、精神構造が肉体相応のものとして呼び出された友奈にとって、それら状況の全てを泰然として受け止めろと言うのは些か厳しいものがあった。

「正直、これからのことは全然分からない。私は本当は何をすべきで、マスターが何を望んでいるかすら、私には確かめられないから……
 でも、それでも私は……できるだけ"みんな"を助けたいって思う」

 だから、友奈は具体的な案ではなく、今の自分が抱く素直な気持ちを口にした。
 何ができるかではなく、何をしたいかということを。

「私のマスターや、戦いを望まない人たち……そんな、戦いとは関係ない人たちに、私は笑顔でいて欲しいんだ。
 その笑顔を、私は守りたい」

 自分の語ることが理想論であるなどと、言われなくても分かっている。けど、自分はどうやったってそのようにしか生きていけないのだ。理想から目を背けるのが賢い生き方なのだとしたら、自分は馬鹿なままでいい。
 だから。

「だって───私は、勇者だから」

 瞳の奥に消せない輝きを宿して。
 友奈は決然と、真っ直ぐに。セイバーを見つめ返したのだった。





   ▼  ▼  ▼





 危うい少女だ。
 友奈の言葉を聞き届けたセイバーは、まず第一にそんな印象を抱いた。

「そうか。それが君の考えか」

 言って暫し、セイバーは思考の海に埋没する。考えるべきは一つ、すなわちランサーの提案に同意するか否かだ。

 眼前のランサーは間違いなく善性の英霊だ。その一点について、今やセイバーは微塵の疑いも抱いていない。一介の騎士としてのアーサー・ペンドラゴンは、ランサーの語る理想に一定の共感を抱いていた。
 市井を騒がせる悪逆のライダーの討伐もそうだが、ランサーの語る信念はセイバーが善しとする善良なる人々の心そのものだ。悪を許さず、自らの手の届く範囲で誰かの幸福を願うその在り方を、どうして彼が否定できようか。
 仮にセイバーがサーヴァントではなく、ブリテンにおける一介の騎士の立場であったならば。即座にランサーの手を取り共に戦ったであろう。
 けれど。

「まず最初に言っておこう。私は現状、君のことを信用することはできない」

 だがしかし、此処にいるのは騎士たちの王たるアーサーではなく、セイバーのサーヴァントなれば。
 侍従としての我が身を縛る柵があり、天秤にかけられたのが己のみならずマスターの命も含まれる以上、些細な違和感すら逃してはならぬという道理もあった。

「それは、どういう……」
「君の主張、君の信念には心から同意しよう。
 ライダーを倒すという決意も、善性を尊ぶ心も、マスターを第一とする忠義にも、私は敬意を示そう。
 だが君の在り方は酷く盲目的だ。君も自覚はしているのだろうが、それでは遠からず破滅してしまうだろう」

 セイバーが危惧したのはそれだった。
 確かに、ランサーの言い分には嘘はないだろう。その言葉が己の内から来た信念の顕れであることも分かる。その方向性がセイバーの善しとするものと合致しているのも確かだ。
 しかし、ランサーのそれはどこか盲目的なのだ。何かを見定めているようで、その実何も見えていないような。あるいはありもしない幻覚を追い掛けて断崖へ駆け寄っているかのような。
 端的に言って何かがズレている。そんな違和感が、ランサーと話している間ずっとセイバーに纏わりついた。
 嘘は言っていない。しかし、本当のことを話してもいない。
 これはつまり、そういうことで。

「君は何かを隠している……いや、私に言っていないことがあるね?」

 引っ掛かったのはその一点。
 問われた途端、ランサーの表情は叱責される子供のように悲しく歪んだ。

 重ねて言うが、ランサーの言葉に嘘はない。セイバーのことを騙そうというつもりもないのだろう。これは多分、後ろめたさから来る隠蔽だ。何とも子供らしく、分かりやすい隠し事だった。

「それが何であるかは、敢えて問うまい。しかしそれが明かされない以上、真に君を信頼するわけにはいかない」
「わ、私は……でも、でも信じてください! 私、嘘なんて……」
「君が嘘を吐けない人間なのは分かる。これは単に、信用性の問題だ」

 表情は鉄のまま、声音は氷のまま、セイバーは続ける。
 一人の人間ではなく、あくまでマスターを守護するサーヴァントとして在る以上、恩情を見せるつもりはセイバーにはなかった。
 セイバーと相対するランサーの顔色は、今や親や教師に叱られるのを恐れる子供そのものであった。精神年齢や感性が見た目相応に固定されているのか、それとも若くして死んだのか。
 ともかく、このような幼子まで英雄として祭り上げられなければならなかったという事実が、セイバーには酷く哀れに思えてならなかった。

「君に時間的な猶予がないということを知った上で告げねばならないのは心苦しいが……しかしこの一件は、私一人で判断していいものではない。
 マスターには私から伝えておく。今はそれでいいかな?」

「……はい。ありがとう、ございました」

 それきりセイバーは姿勢を正し、直立して不動。ランサーは気落ちしたように礼を言い、静かに背を向けた。

「……最後に一つだけ、言っておこう」

 そんなランサーに、セイバーは言葉をかける。

「先にも言ったが、私は君の信念自体は正しいと考えている。
 だから、できることならば……君と肩を並べて戦える未来があればいいと、そう思っているよ」

 そんな、慰めにもならない無意味な言葉に。
 それでも友奈は振り返り、笑みを浮かべて。

「……はい! ありがとうございます!」

 そう言った、瞬間であった。










「───そのお話、よろしければ私にもお聞かせ願えないでしょうか?」










 鼻をつく芳醇な百合の香りが、一瞬にして辺り一面を覆い尽くした。

「……!」

 油断なく声の方向を見据えるセイバー。視線の先に立つのは、薄っすらと笑う一人の少女の姿。
 つい先ほどまでは、確かに無人だった場所だ。そこに、いつの間にか少女が立っている。

 それは儚くも美しい、花のような少女ではあった。
 しかし醜くも悍ましい、腐乱した少女でもあった。
 毒花の少女が笑っていた。そこには何の邪気も見られなかったが、だからこそセイバーには、その様子がどこか寒々しく、空恐ろしいものに感じられた。

「君は、誰だ」
「申し遅れました。私の名は百合香、辰宮百合香でございます」

 場違いなまでに寂静の気配を崩さない少女に、しかしセイバーは僅かな違和感を覚え、視線を横へとずらす。
 そこではランサーが、まるで空間に縫い付けられたかのように硬直し、忘我の表情で百合香へと虚ろな目を向けていたのだった。明らかに尋常ならざる様子を前に、セイバーは即座にその可能性へと思い至る。

「精神への干渉……いや、これは魅了の香か」
「ご名答、と言ったところでしょうか。ああいえ、私にあなた方への敵意は存在しません。この力は私の意思で出し入れできるような便利な代物ではなく……
 ああ申し訳ございません、私としても心苦しいのですが」

 けれどあなたがこれを跳ね除けられるお強い方で何よりです、などと。
 百合香の白々しい言葉が虚しく反響した。

「敵意がない、という言に嘘も含みもございません。現に私はサーヴァントを連れ立たず、あなたがその気になれば容易く切り伏せられる程度の無力な女に過ぎませんから」
「ならば、何の目的があって此処まで来たと?」

 尚も警戒を解かないセイバーに、百合香は微笑みかけて。

「会いに来たのですよ、セイバー殿。この辰宮百合香が……
 いえ、"盲打ちのキャスター、壇狩摩"の知己であるこの私が。
 と言えば、分かるでしょうか?」

 その言葉に、ここで初めて僅かに表情を硬くしたセイバーを前に、百合香は微笑みを深くするのだった。



【B-1/孤児院周辺/一日目 夕方】

【ランサー(結城友奈)@結城友奈は勇者である】
[状態]覚悟、ダメージ(中)、精神疲労(小)、左腕にダメージ(小)、腹部に貫通傷(外装のみ修復、現在回復中)、脇腹に外傷(出血は有るが重大ではない)、肋骨数本骨折、忘我。
[装備]
[道具]
[所持金]少量
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの為に戦う
0:……
1:ライダーは信用できない。いずれ必ず、マスターを取り戻す。
2:マスターを止めたい。けれど、彼女の願いも叶えてあげたい。
3:敵サーヴァントを斃していく。しかしマスターは極力殺さず、できるだけみんなが助かることのできる方法を探っていきたい。
4:あの女の子の犠牲を無駄にはしない。二度とあんな悲しいことは起こさせない。
5:孤児院に向かい、マスターに協力を要請する。
[備考]
アイ&セイバー(藤井蓮)陣営とコンタクトを取りました。
傾城反魂香に嵌っています。百合香に対して一切の敵対的行動が取れず、またその類の思考を抱けません。

【セイバー(アーサー・ペンドラゴン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ】
[状態]魔力消費(小)
[装備]風王結界
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:キーアを聖杯戦争より脱出させる。
0:目の前の相手に対処。
1:赤髪のアーチャー(エレオノーレ)には最大限の警戒。
2:キャスター(壇狩摩)が遺した言葉とは……
[備考]
衛宮士郎、アサシン(アカメ)を確認。その能力を大凡知りました。
キャスター(壇狩摩)から何かを聞きました。
傾城反魂香にはかかっていません。

【辰宮百合香@相州戦神館學園 八命陣】
[令呪]三画
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]高級料亭で食事をして、なお結構余るくらいの大金
[思考・状況]
基本行動方針:生存優先。
1:セイバーとランサーから話を聞く。
[備考]
※キャスター陣営(梨花&狩摩)と同盟を結びました
アーチャー(エレオノーレ)が起こした破壊について聞きました。
孤児院で発生した事件について耳にしました
孤児院までは送迎の車で来ました。



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050:落日の影 投下順 052:葬送の鐘が鳴る
045:あの日見た星の下で -what a shining stars- 時系列順 044:深蒼/真相

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037:夢に墜ちていく セイバー(アーサー・ペンドラゴン) 054:夢より怪、来たる
ランサー(結城友奈)
035:存在する必要のない存在 辰宮百合香

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