情けは人のためならず。
 情けをかけてはその人の為にならない、という意味ではなく、
 情けをかければ巡り巡っていずれは自分に良い報いがあるという意味の言葉だ。

 それは何も、利益目当ての人助けを浅ましいと論うわけではなく、
 要らぬ不利益を被るというイメージの強い善行を、それでも推奨するための言葉なのだろう。

 善因には善果あるべし。
 救いの手は須らく万民を繋ぐべし。
 しかし忘れてならないのは、
 情けをかけた結果、誰も望まぬ不幸が訪れる未来もあるということ。
 善行も悪行も、深い思慮のもと行われることで、初めて善果と悪果をもたらす。

 これはつまり、ただそれだけの話なのだ。





   ▼  ▼  ▼





 黒く染まったスカルマンの腕が、のたうつ蛇のように跳ね上がった。
 接敵まであと三歩、というところまで迫っていたハサンは咄嗟に右腕を地面に突き立てて急停止。のけぞるように上体を逸らした次の瞬間には、銀光と化したスカルナイフが鼻先スレスレを掠め、ハサンは左腕と握られたダークによってその攻撃を振り払い、後方に跳躍して二撃目三撃目をやり過ごす。
 ハサンが着地するのと同時、スカルマンは一挙動に撥ね飛びハサンの頭上から刃を振りかぶっていた。
 地上のハサンが迎撃のために身構える。両足を僅かに開き、異様な長さの右腕を腰だめに構え、一直線に迫る槍の穂先に真っ向から対峙する。

 ───甘い。

 腕の射程に入る直前にスカルマンは槍を投擲、返す刃で懐から更に四本のナイフを取り出し瞬時に射出する。ハサンの頭上に閃く五つの銀光、前後左右から同時に襲い来るそれらは、サーヴァントの急所たる霊核一点を正確に狙っていた。
 ハサンの対応は早い。
 一瞬の躊躇もなく左前方へ踏み込みダークを一閃、逃げ場を塞ぐよう飛来したナイフを弾くと同時に右腕が動き、正面の二本も迎撃される。
 スカルマンが着地する頃には既にハサンは攻撃範囲を抜け出し、瞬時に敵の懐へと忍び込まんと駆け出しその身を一陣の颶風と化した。
 突き出される魔神の右手。
 スカルマンの痩身に触れようとしたその瞬間───切り上げるような一閃がハサンを襲い、咄嗟の判断で身を翻す。のけぞるように後方へ倒れ込み、滑らかな金属光沢を持つ刃が目の前三センチの空間を滑る。

 山の翁ハサン・サッバーハと、夜闇の跳梁者スカルマン。共に尋常なる勝負を忌避するアサシンのクラスにあって、彼らはそれぞれ別個の理由によって互角の格闘戦を成立させていた。

 己の土俵にあらぬ真正面からの近接戦においてハサンが頼みを置くのは、その身体性能である。
 魔神シャイタンを身に宿す呪腕のハサンは、歴代ハサンにおいても例外的な身体スペックを持つ。筋力耐久敏捷の三項目だけを見るならばライダーどころか下手な三騎士にすら匹敵するステータスを誇り、純人間のアサシンにあっては他の追随を許さない域にあると言えるだろう。
 言ってしまえば獣の強さ、カタログスペックによるゴリ押しである。しかしそれでも彼を戦下手の無能と誹ることはできない。何故なら彼の本業はあくまで暗殺、戦うどころか敵の目の前に姿を現すことさえ本来は分野違いの行いであるのだから。

 遠心力に任せる形で後方に逃れ、流れるようにダークを放つ。尚も追い縋ろうと迫るスカルマンはただの一閃で三本のダークを弾き飛ばし、しかしその瞬間には体勢を整えたハサンがダークを片手にスカルマンの首を狙う。
 迎撃に足を止めたスカルマンにそれを防ぐ手立てはない。伸びきった腕では防御不可能、タイミングの問題から既に回避も不可能。勝利の確信がハサンの脳裏をかすめ、しかし次の瞬間には肉を斬るのとは程遠い甲高い金属音が辺りに反響した。
 回転する槍の穂先がダークの腹を強かに打ち付け、ハサンの手からその刃を弾き飛ばしていた。僅かな足の動きのみで足元のスカルスピアを跳ね上げ、ハサンの攻撃に合せて高速回転させたのだ。
 驚愕する暇もなく、目の前に迫る握り拳。直撃すれば頭蓋を一撃で粉砕するナックルガードを寸でのところで回避し、ハサンは更なる後退を余儀なくされた。

 油断なく残心の構えを取るスカルマンは、ハサンとは対照的な戦闘スタイルを持っている。拳の間合いに歩法、理合、呼吸の妙。純粋な戦闘技量による技の数々、すなわち戦士としての力だ。
 スカルマンは"闇に潜む者"としての側面が強く信仰された故にアサシン適性が高いサーヴァントであるが、その本質は暗殺者ではなく戦士である。それも尋常な人間の戦場で戦ってきたのではない、人を超えた魔獣にも等しい新人類を相手に真っ向から絶滅闘争を挑んだ、獣狩りの英雄なのだ。
 その点から見れば、この戦いはハサンの側が圧倒的に不利なものと言えるだろう。スカルマンにとってスペックだけが頼りの猪武者など取るに足りない。生前から己よりも強大な敵と戦い続け、その悉くを討ち滅ぼした彼にとってこの程度は苦難にすらなるまい。

 真っ当に戦っていてはハサンの敗北は揺るぎない。まして現状の彼は思考と行動の制限を受けており、目の前の状況に対して適切な行動が取れない以上は尚更だ。
 それは自明の理である。
 故に、ハサンは逆転の手段を手繰り寄せようとしていた。
 宝具───妄想心音の使用である。

(しかし……こやつ、隙がない)

 妄想心音ザバーニーヤ。敵対象の心臓をコピーし、その鏡面存在を握りつぶすことによって対象本人の心臓をも破壊し呪殺を成立させる、歴代ハサンの編み上げる奥秘の一。
 対人に関しては文字通りの必殺故に、如何な状況からも逆転を狙える一撃ではある。しかしそれでもハサンにとっては苦しい状況と言わざるを得なかった。

 妄想心音の欠点に、敵対象に直接接触しなければならないという制約がある。普段ならば腕の長さがその弱点を補うのだが、そもそもこの宝具は暗殺に用いて初めて真価を発揮する。
 端的に言って、真正面からの闘いにおいて間合いの有利程度で敵に接触できるほどの腕を、ハサンは持っていないのだ。同じく暗殺型のアサシンや、肉弾戦を不得手とするキャスター、理性を失ったバーサーカーなら容易いだろう。しかし眼前の相手は紛うことなき戦士、開戦間もなく黒布に包まれた右腕の異常を察した手練れである。
 見抜かれた以上最早隠す必要なしと両腕を以て応戦しているが、現状のハサンは防戦一方にまで追い込まれている。瀬戸際のところで何とか拮抗を保っているが、果たしてそれもいつまで保つものか。

 ハサンの勝利条件は二つ。
 一つは当然として敵アサシンの打倒。そしてもう一つは、十分な時間稼ぎだ。
 この身にかかっている戦闘の強制さえ解けたならば、最早ハサンに戦う理由はない。単純な敏捷性とアサシンとしての技量で勝っている以上、逃げに入れば追い縋れることもない。
 つまるところ倒せずとも拮抗状態を維持できればそれでも構わないのだが、押し切られるのも時間の問題であるという点がいただけない。
 ハサンに残された活路は、敵手の打倒をおいて他にない。
 そして彼に残された逆転の可能性は妄想心音を置いて他になく。

「柘榴と散れ───!」

 もう幾度目になるかも分からない必殺の一撃を繰り出し、それまでと同じようにあっさりと躱される。
 返す刃を辛うじて弾き返し、ハサンは猛る思考を押さえつけか細い勝利への道を模索するのだった。





   ▼  ▼  ▼





(互角……いや、今のところこちらが優勢といったところか)

 戦場からある程度離れた木の枝に乗る叢は、己がサーヴァントたるスカルマンの戦いをそう評した。
 敵手もまた同じアサシン。しかし何某かの理由か、気配遮断を行わないまま奔走していたところを発見し攻撃に移ったのがつい先ほど。
 アサシンの厄介さは他ならない自分たちこそが熟知している以上見逃す道理はなく───果たして同種同士の潰し合いは、現状スカルマンの優位として進行していた。
 戦士としての力量もあるだろうが、相手のアサシンの不調も理由としては大きいだろう。彼のアサシン、スカルマンと同じく白い髑髏面を被った黒い影は、どうやら一種の暴走状態にあるようなのだ。
 狂化であるのか精神操作であるのか、あるいはただの焦燥か。彼のアサシンには闇に潜む者としての精彩さの一切が欠けていた。
 それは叢たちにとっては紛れもない好機であったが、同時に何か釈然としないものを感じさせた。
 彼のアサシンは直接戦闘ではスカルマンに遅れを取る程度のサーヴァント。それは純粋な力としては弱輩ということだが、しかし叢は油断しない。ここまで生き残っている者に弱者は一人としていない。生き残るに足る"何か"を必ず持ち合わせているはずなのだ。
 仮にスカルマンと敵手のアサシンの総合力を同値であるとして、直接戦闘力で劣っているならば、代わりに何か別の分野で優れた力を備えていると考えるのが妥当だ。スカルマンが暗殺者としては邪道であることを踏まえれば、それはおのずと隠密・諜報能力であると推察できる。

 アサシンとしては王道だ。
 しかし、だとすれば何故ここまであからさまに衆目に姿を晒す?

 叢には一つ心当たりがあった。
 精神操作───人を幸福の眠りに落とす怪異。
 隠されるように安置された、覚めない眠りに沈むマスター。
 この位置からでも確認できた白亜の天球結界。
 その方向から逃げるように疾走してきたアサシン。
 その向かう先は、叢が少女を拾った箇所とぴったり符合する。
 つまり……

(我が仕掛ける、という選択もあるか)

 叢の手には、眠りに落ちた幼子のマスターがある。
 今も木陰で寝息を立てる無垢な少女だ。利用価値があると踏んで連れてきた人質兼交渉材料だ。
 仮に叢の考えが正しければ、この一戦のみならずこれから先の聖杯戦争でも優位に立てる展開があるかもしれない。

(アサシンが出会ったという黒衣のアーチャー……アレへの対抗策にはスカルマン以上の高位隠密能力を持つアサシンが欲しい。
 やれる……か?)

 無論、血気に逸って矢面に突出するような愚を、叢は犯さない。打って出るのは確信が持てたその瞬間だ。
 少女を交渉に使えたならば言うことはなし。
 このまま戦いが推移しても、その時は厄介なアサシンを一騎退場させるだけ。
 どちらに転がっても叢たちに損はない。

 故に平常心を保ったまま、叢は見守る。
 己が侍従の戦いを、暗殺者同士の影の戦いだけを。

 視界の端で廻る時計から目を逸らしながら。
 見守る───





   ▼  ▼  ▼





 そして事態の中枢にいる少女は、何も見ることなく夢に沈み続けていた。

 少女はもう目覚めることはない。喪失だけが残る現実に未練はなく、耐えられない痛みに彼女は安楽へと逃避した。
 それを弱者の醜さであると、弾劾できる者は果たして何処にいるだろうか。
 何処にもいない。ただ哀れなだけだ。
 少女はついぞ、世界の何も見ることはなかった。そして少女のサーヴァントもまた、彼女を見ることがなかった。

 そのどちらにも悪意はなく、そのどちらもが互いを思いやった。
 親愛と忠義。
 無垢と秩序。
 善因に依った二人の結末は、しかし決して善果という報いには至らない。
 結果をもたらすのはいつだとて、善悪の違いではなく意志力の絶対値であるために。

 故に少女は眠り続ける。
 夢を夢と思わなければそこは現実となり、
 少女が少女を騙し続ければそこは確かな世界となる。

 失うことはない。
 死ぬこともない。
 家族も、友人も、仲間も、未来も、笑顔も、望む全てがそこにはある。


 丈倉由紀は、確かにここにいる。
 ここには夢がちゃんとある。


 少なくとも───

 少なくとも、彼女自身はそう思い続けている。



『A-3/六国見山周辺/一日目・夜』

【アサシン(ハサン・サッバーハ)@Fate/stay night】
[状態] 魔力消費(中)、焦燥、傾城反魂香の影響下(現在の影響:大)、疲労(中)、精神疲労(中)
[装備]
[道具] ダーク
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:由紀を守りつつ優勝を狙う。状況が収まり次第迎えに行きたい。
0:アサシン(スカルマン)に対処。
1:由紀を目覚めさせる手段の模索。『幸福』のサーヴァントは倒されたはずだが……
2:アサシン(アカメ)に対して羨望と嫉妬
3:セイバー(藤井蓮)とアーチャー(東郷美森)はいずれ殺す。しかし今は……
[備考]
※B-1で起こった麦野たちによる大規模破壊と戦闘の一部始終を目撃しました。
※セイバー(藤井蓮)、バーサーカー(アンガ・ファンダージ)、バーサーカー(式岸軋騎)の戦闘場面を目撃しました。アーチャー(東郷美森)は視認できませんでしたが、戦闘に参加していたことは察しています。
※傾城反魂香によりある程度思考に誘導が掛かっています。しかし術者の死亡により時間経過で徐々に影響は無くなっていきます。


【アサシン(スカルマン)@スカルマン】
[状態] 疲労(小)
[装備]
[道具]
[所持金]マスターに依拠
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに従い、敵を討つ。
1:アサシン(ハサン・サッバーハ)に対処
[備考]
※現在叢とは別行動を取っています。
※ランサー(結城友奈)、アーチャー(ストラウス)を確認。


【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]魔力消費(小)、迷い? 視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書、般若の面
[道具]死塾月閃女学館の制服、丈倉由紀
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる。
0:アサシン(ハサン)と少女の関係が明らかになり次第、適時行動を開始する。
1:アサシン同士の戦闘を見守り、随時マスターとして援護する。
2:眠り続ける幼子(由紀)を利用する手段を考える。
[備考]
現在アサシン(スカルマン)とは別行動を取っています。
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
エミリー・レッドハンズをマスターと認識しました。
現在丈倉由紀を確保しています。ハサンとの交渉に使えそうかもと思っています。



【丈槍由紀@がっこうぐらし!】
[令呪] 三画
[状態] 昏睡、叢に抱えられてる、衰弱進行(大・進行速度が加速)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:必要なし。彼女は既に何も考えることがない。
[備考]
※サーヴァント同士の戦闘、及びそれに付随する戦闘音等を正しく理解していない可能性が高いです。
※『幸福という名の怪物』に囚われました。病原は除かれましたが今もなお起きる気配はありません。
※叢に拿捕されました。
※夢なんてどこにもありません。



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時系列順

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065:そして終わらぬエピローグ 丈倉由紀 077:きっと誰もが運命の敗残者
アサシン(ハサン・サッバーハ)
アサシン(スカルマン)
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