時刻は夜の九時。
 月だけが見下ろす、闇に閉ざされ半ば倒壊したビルの屋上。

「かふっ」

 その縁に立つレミリアの胸から、唐突に刃が生えた。
 音もなく、気配もなく、するりと貫く白銀の刃。
 背から突き入れられた刃は心臓の位置を正確に通り抜け、切っ先からは濡れ滴る鮮血が雫となって垂れている。
 為したのは長身の黒い影だ。かつて叢と呼ばれ、しかし今はその自我を揺らがせてまでスカルマンとして在る女。
 彼女はレミリアの背後、一瞬前まで何もなかった空間に突如として出現し、反応する暇も与えず致命の一撃を与えた。
 熟練の技である。膂力や技巧の妙ではなく、他者の意識を余所へ向かせたまま戦闘の以前に決着を付ける人心掌握の腕が卓抜しているのだ。
 故にこれは暗殺者たる影の勝利であり、静かなれども確かな運命の決着であった。

「───なんて、驚いた?」
「ッ、!?」

 "レミリアが心臓を穿たれてなお意に介さぬ不条理の化身でなければ"、の話ではあるが。
 刃に貫かれ全身を硬直させていたはずの少女は、次の瞬間には影の背後へと降り立ち、体が反応するよりも早く関節を取って地面に組み敷いた。胸には未だに穴が空き、決して少なくない量の血が流れているにも関わらず、その表情には惨痛や焦燥といった類の感情は微塵も浮かんではいない。

 これは、なんだ……?
 拭い難い困惑が叢の思考を占める。関節を極められる激痛に苦悶の声を上げ、辛うじて首を逸らし背後を垣間見て。

「……何故」
「なぜ、って言われてもね。まあ簡単に言うと今の私には心臓がないのよ。前に下手打って潰されちゃってさぁ。
 そういやあの時戦ったのもお前みたいなアサシンだったわね、まだ一日も経ってないのに随分と懐かしい……」
「そんなことは聞いていない。私を殺さない理由を話せ」
「命握られてるのに無駄に余裕ねお前」

 苦笑するような軽い口調。
 レミリアはそのまま続ける。

「まあ簡単に言うと協力者が欲しいのよ。で、お前はちょうど良さそうだなーって思ったわけ」
「ならば内容と最終目的を言え」
「うわ、話早すぎるでしょお前」
「この混沌とした状況で少しでも戦力が欲しいのは私も同じだ。その点については吝かではない。
 しかし共に聖杯を求める以上、全面的な共闘など不可能だ。だからこその契約内容を」
「ああ、それなんだけどさ」

 まるで変わらない口調のまま、スカルマンの言葉を途中で遮り。

「私、別に聖杯とか手に入れたいわけじゃないのよね」
「……なに?」
「むしろぶっ壊したいって思ってるのよ」
「気でも狂ったのか?」
「だからなんでお前はそう遠慮ない物言いするかなー」
「無駄口は好かない。早く続けろ」

 あーはいはい、とレミリア。腕を極められたスカルマンは抵抗を止め、静観の構えだ。

「私の目的以前の話として、お前の言う聖杯獲得についてだけどさ。現実的に考えて、それかなり厳しくない?って思うのよね」
「論点がズレているぞフリークス」
「それを言うならノスフェラトゥよ。いいから黙って聞きなさいな。
 例えばお前はアサシンだけど、お前の常套手段っていうとさっきみたいな不意打ちとかマスター暗殺とかじゃない?」
「愚問だな」
「それを踏まえてだけど」

 そこでレミリアは会話するスカルマンから視線を外し、どこか遠くを見遣って。

「お前、あれとかどう対処するつもりなわけ?」

 そんなことを、言った。
 その瞬間のことだった。





『───────────────』





 ───空が震える。

 ───咆哮が迸る。

 おぞましい気配。
 肌の灼ける感覚。
 恐怖を失った脳髄になお滲む、抗い難い恐怖の感情。
 悲鳴を漏らさなかったのはただの偶然か。

 白き仮面に覆い尽くされ、それでも彼女は目を見張る。
 視線の先、そこには確かな"異常"があった。

 理解の外にある、恐ろしいまでの異形が。





   ▼  ▼  ▼





 夜天の空に、白く輝く巨いなるもの。
 ひとつは月だ。煌々と照らすヴェールが如き白光を放つ、真円なる巨大な月。
 どこか冷ややかな"気配"を纏った月だ。

 もうひとつは"影"だ。
 それは這い寄る白色だ。
 暗がりに浮かぶ、この世に非ざる幻であるはずのもの。
 それは立ちあがる怪物だ。
 廃墟と化した街の中心で、巨躯を顕す白色の巨影。

 ───それは、あるいは白狼にも見えた。

 ───それは、あるいは白骨にも見えた。

 どちらも当たりだ。そしてどちらも間違っている。
 それは白骨なる巨狼の姿をした、巨大な物質ならざる歪みの極致。
 体長はおよそ300mを上回る。肉でも鋼でもない無形の体躯を備え、影のように地面から伸びあがる、蠢く白狼。
 確かにそこに存在するのに、影でもあるかのように揺らめき、不確かな存在として立ち上がる。

 それは地に降り立ち、しかし空に浮かぶ月さえも覆い隠してしまうほどの巨躯。
 天に向かって頭を突き上げ、高らかに咆哮をあげる。

 最早、人の耳では受け止めることもできないほどの波濤。
 叫びに合わせるように、次々とめくれあがっていく周囲の地面。
 そして文字通り雲を衝く巨狼の、その穏やかとさえ言えるような表情は何であるのか。

 ぞっとするほど透明な、赤い眼球。
 それは、濃縮した感情が荒れ狂った果ての、凪となった貌であって───





「あれは……」

 凍りつく、とはこのことであろうか。
 レミリアによる外的な拘束以上に、精神が凍りつくことによって、スカルマンはその動きを止めていた。

「サーヴァント……と言いたいところだけど、あれは単なるパワービジョンね。
 保有する魂を具象化した、けれど武装化までは至っていない純魔力の集合体。
 いわば気迫や威圧感そのものが実体化した存在と言い換えても良いかもしれないわ。そんなのでさえあの規模って言うんだから呆れるしかないけど」

 その声に応えるように、巨狼は僅かに身じろぎすると、その脚を一歩前へと踏み出した。
 大地の鳴動を感じ取り、自然と黙り込む二人。そんな彼女らに気付くことなく、巨狼は二人とは逆方向へとその体を向けた。

「で、さっきの続きなんだけどさ」
「……」
「あれ、もうマスター死んでるみたいなのよね」
「……………………なんだと?」
「嘘じゃないわよ。私も一応あの後経過観察してたんだけど、あいつ自分で自分のマスター殺してたし。
 首落とされて私の霧で全身粉々にされて、駄目押しに自壊法則叩きつけて存在否定の咒を上乗せしてやって、挙句の果てにマスターまで失って、なのになんで平然と生きてんのよアレ」

 心底から嫌そうな表情で、レミリアは重い溜息をつく。
 しかしスカルマンには、そんなレミリアに反応していられるほどの余裕はなかった。

「ここまで言えば分かるでしょ。暗殺メインのお前じゃあいつへの対処は不可能、もうどうしようもないって。しかもあいつだけじゃなくて、あれと同等の連中もまだまだ数えるほどいるのよ。さっきの赤いアレとか、見なかったとは言わせないから」
「……」
「言っておくけど、残存戦力をぶつけて総力戦させて良いトコ取りの漁夫の利とか考えてるならやめといたほうが賢明ね。
 お前、私相手ですらこんなザマ晒してるのよ? 私、あくまでか弱くて病弱な深窓の令嬢であって戦士でも策士でも何でもないってのに」
「……何をすればいい?」
「うん?」
「私は何をすればいいと聞いている」

 苦々しく吐き捨てられた言葉に、レミリアは満足げな表情をして。

「話が早くて助かるわ。さっきも言ったけどお前には少しばかり協力してほしいんだ。最終目的は……まあ、アレみたいな連中の皆殺しって感じかなぁ。
 そのためにも、お前がやろうとしていた通り人員を集めたいと考えてる。協力関係を築くつもりはないけど、共闘の状態に持ち込みたいってとこね」
「不明瞭極まりないな」
「それでもお前は従うしかない、違うかしら?」
「……どけ」
「うん?」
「貴様の拙い頭では話にならん。これなら私が先導を切ったほうが遥かにマシだ。
 貴様は戦士でも策士でもないのだろう? ならば精々矢面に立って私の役に立つがいい、"深窓のお嬢様"」

 解かれた腕を回し、スカルマンはレミリアをどけるとうんざりしたように立ち上がる。
 レミリアもまた、そんな彼女を傍目に笑みを浮かべ。

「ならお手並み拝見と行きましょうか。ねえ、アサシン?」
「ほざけ。アレの討滅が貴様の終わりと心しておけフリークス」

 夜の闇に生きる二人は、共にビルの影に溶け込むように、その姿を消したのだった。





   ▼  ▼  ▼





「一応聞いておくぞ、フリークス」

「何かしら?」

「貴様はあの白狼について仔細を知っていたな。死の経過を目撃したとは言っていたが、それにしても不可解な点が多い。
 情報の正誤ではなく、何故お前が知っているかという点だ」

「……」

「答えるつもりはないと?」

「……月が」

「なに?」

「こんなにも月が明るいから。見たくなくても見えてしまうものがあるってことさ。
 全く、これなら朔のままだったほうがずっとマシだったのに」

「意味不明だ。馬鹿か、それともやはり気狂いだったか」

「言いたくても言えないことだってあるのよ。察しなさいアサシン」



「ま、空に月と星しか見たことのない汚れた生き物だからね」

「月に変化があれば、嫌でも目につくのさ」


『D-3/廃墟/一日目・禍時』

【ランサー(レミリア・スカーレット)@東方project】
[状態] 《奪われた者》、単独行動、胸に貫通傷(大)
[装備] スピア・ザ・グングニル、《この胸を苛む痛み》
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:玩弄されるがままに動かざるを得ない。しかし───
1:強制の綻びを利用し、少しでも自分の思うように動きたい。
2:『現戦力では太刀打ちできない敵性存在に対抗するため協力者を確保する』、これで誤魔化せるあたり結構チョロかったりするのかしら?
3:このアサシンについては、まあ何とかなるでしょ
[備考]


【叢@閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-】
[令呪]三画
[状態]スカルマスク着用、デミ・サーヴァント化。精神汚染、視界の端で黒い秒針が廻っている。
[装備]包丁、槍(破損)、秘伝忍法書
[道具]スカルマンのコート
[所持金]極端に少ない
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手にし黒影様を蘇らせる……?
1:最適行動で以て聖杯戦争を勝ち抜く。
2:ランサー(レミリア・スカーレット)を利用し、厄介な敵陣営を排除したい。
3:聖杯を求めないというレミリアの言葉に疑念。
[備考]
イリヤの姿を確認しました。マスターであると認識しています。
アーチャー(ギルガメッシュ)を確認しました。
エミリー・レッドハンズをマスターと認識しました。
※スカルマンと霊基融合しデミ・サーヴァントとなりました。叢固有の自我が薄れつつあります。
ランサー(レミリア・スカーレット)と一時的な協力関係を結びました。


【バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)@Dies irae】
[状態]
真なる創造発動、以て獣の目醒めと為す。

[装備][道具][所持金][思考]
一切必要なし。此処に在るはただ殺戮するのみの厄災である。

[備考]
彼が狂乱の檻に囚われ続ける限り、何者もその生を断つことはできない。

※D-3にエイヴィヒカイトの生み出す巨大な随神相が顕現。






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084:嘘の世界であなたと二人(前編) 投下順 087:陰陽流転
時系列順

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074:目醒めのルサールカ(後編) ランサー(レミリア・スカーレット) 088:崩壊/巨神顕現
077:きっと誰もが運命の敗残者
079:デンジャラスゲーム バーサーカー(ウォルフガング・シュライバー)
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