不思議な扉は、いつもわたしのすぐそばにあった。
優しい日差しが射し込む、甘い香りに満たされた温室。
そんな部屋があること自体ありえないはずなのに、わたしは疑うことなく入っていく。
だって、そこはとても居心地が良くて。そこで待つ彼と話すのは、とても楽しいことだったから。

もう、あの温室はない。
そしてもうじき、彼はこの宇宙から消え去ろうとしている。

だめ、いや、×××くんがいなくなるなんて、絶対にいや。
もっと話したいことがある。今度こそ、一緒に星を見に行こうって言ったのに。
だから行かないで。そう願っても、彼のこころを変えることはできない。

すばるのこころが、きゅっと音を立てて軋みをあげる。
その感情の意味を知るには、すばるはまだ幼すぎた。
意味も、わけも分からないまま、けれど彼女はひたむきに願う。

もっと、一緒にいたい。
あなたを、幸せにしたい。
――また一緒に、いちご牛乳を飲んで、お花の水やりをして、いつか星を見に行きたいんだ。
いつも一緒の友人たちに相談することは、どうしても出来なかった。
そしてきっと、それがすばるにとって一番の失敗だった。

×××くんを、消したくない――――

もしも、幼馴染の少女に打ち明けていたなら。
もしも、快活なあの娘に打ち明けていたなら。
もしも、大人しくもしっかりした彼女に打ち明けていたなら。
もしも、掴みどころがないけれど熱いものを秘めた娘に打ち明けていたなら。

きっと、少女が戦争に呼ばれることは……なかっただろう。


ある日の夜。
すばるは、ベランダから夜空を見上げていた。
ここは鎌倉市。日本史の勉強なんかでお世話になることの多い土地だが、実際に滞在するのは初めてだ。
戸籍も住居もない状態で見知らぬ町の真ん中に放り出されたすばる。
途方に暮れる彼女へ手を差し伸べてくれたのは、名前も知らない親切なおばさんだった。

彼女はこの鎌倉市の住人で、若くして旦那と死別し、今は一人小さな商店を経営しているという。
そんな孤独な境遇の持ち主ということもあってか、一人夜の公園でブランコを漕ぐ少女を放っては置けなかったようで。
戸籍もない、ロクな手持ちもない、どだい鎌倉の住人でもない――
お世辞にも信用できるとは言いがたい状態のすばるを、おばさんは快く迎え入れ、居候させてくれた。

「……やっぱり、なんだか悪い気がするなあ……」

悩ましげなため息。
聞かれていないから言っていないだけとはいえ、すばるは自分の身の上をまったくおばさんへ明かしていない。
伝えたのは名前と、社会的に通用する身分がないということだけだ。
どのようにして、どうして、この鎌倉までやって来たのかを、すばるは一切家主へ話していなかった。
別にすばるからすれば、そのくらい話してしまっても構わないのだが、それを窘める者がいる。

『ダメよ、すばるちゃん。全部を話すことは、あの人を戦いに巻き込むことになってしまうから』

すばるのものではない、少女の声。
この家に居候しているのは、すばるだけだ。
しかし。すばるの独り言を窘める声がしたと思えば、彼女の隣にはいるはずのない少女が姿を現していた。
いるはずのない、などと言うとどこかおぞましい響きになるが、現れた娘の見た目はそう変わったものではない。
体が透けているなんてことはないし、浮かべる表情も、血色も、どう見たって生きている人間のそれである。
とはいえもちろん、黒髪の彼女は人間ではないのだが。

『それに。「私は違う世界から、聖杯の導きに従ってやって来た」……なんて言われて、信じると思う?』
「それは……信じないと思います……ていうかわたしなら信じないよ……」
『そういうこと。すばるちゃんは優しい子だから罪悪感を感じちゃうだろうけど、ここは図太くしてれば大丈夫』

口に指を一本添えて微笑む彼女へ、すばるは素直に頷く。
この素直さ、実直さが、すばるのいいところでもあり危ういところでもある……と、少女は読んでいた。
そういう一面に付け込み、甘い汁を吸おうという手合いなど、きっとこの聖杯戦争にはゴマンといる。
そこはやはり、自分が守ってやらなければならないだろう。
彼女に召喚された―――アーチャーのサーヴァントとして。

「えと、東郷さん!」
『む。―――それもダメ。どこで誰が見てるか分からないんだから、真名を軽率に呼ぶのはよくないわ』
「じゃあ……アーチャーさん!」
『よろしい』

アーチャー、東郷美森。それが、すばるの相棒となるサーヴァントの真名だった。

聖杯戦争なる儀式に巻き込まれたとアーチャーの口から聞かされたすばるは、当然最初は大層混乱した。
伝説に名を残すような英雄を使役して戦うなんて話、それこそ漫画の中だけのものだと思っていた。
しかし現にこうして自分は鎌倉の町にいて、目の前にも件のサーヴァント本人がいて、おまけに手には両親が見たなら非行に走ったと間違いなく誤解されるだろう入れ墨のようなアザが浮いているときた。
ここまでくれば、どんな人間だって現状を呑み込まざるを得ない。
それでも、すばるには一つだけどうしても解せないことがあったのだ。

「やっぱり、わたし…………みなとくんにいなくなってほしくない、っていう願いで――ここに呼ばれたのかな?」

命をかけた殺し合いをしてまで、叶えたい願い。それに、どうしても見当がつかなかった。

少なくとも今のすばるには、友だちがいる。
別れざるを得なかった幼馴染とも再会し、皆で同じ目標へ向けて頑張っている真っ最中だ。
人間なのだから当然こうなったらいいな、という願望くらいはあるが、それでも聖杯に願うほど大袈裟なものじゃない。

すばるが居候先の家主に事実上拾われたのは、アーチャーからそんな話を聞かされてすぐのことだった。
家の案内をされ、用意してくれた自分用の部屋の戸を開ける時、すばるは思ってしまう。
それは仕方のないこと。中学一年生の女の子がいきなりルール無用の殺し合いへ放り込まれたのだ。
現実逃避にも近い思いの中で、こう思う。――この先にあるのが部屋じゃなく、あの温室だったら、と。

その時、すばるははじめて気付いた。
温室で不思議な出会いを果たした、王子様のようでもあり、お姫様のようでもある少年。みなとくん。
彼の願いは、この宇宙から消えること。そして自分は、彼に消えてほしくないと思った。強く、強く。

『……そのみなとくんっていう人は、すばるちゃんにとって大切な人?』
「うん。とっても、大事な人だよ」
『じゃあ、……多分間違いないと思うわ。みなとくんに消えてほしくないという願いを、聖杯は聞き入れた』
「……それで、わたしは……」   ・・・・
『ええ。聖杯戦争に――鎌倉の町に、招かれた』

やっぱり。
そう言って、すばるは唇を噛む。

確かにすばるにとって、みなとを留まらせたい、幸せにしたいという願いは、とても大きく色濃いものだ。
けれどそれは、

「ちがうよ…………」

それは、こんなかたちで叶えたい願いごとじゃない。

『すばるちゃん?』
「―――ちがう、ちがうの! わたし、そんなこと、頼んでない……!」

人を殺したくなんてない。
目の前で誰かが死んでしまうのも嫌だ。
他の誰かの大事な願いごとを足蹴にするようなやり方で、叶えたいことなんてない。

「そんな、やり方じゃ……みなとくん、喜んでくれないよ…………」

掠れる声はやがて、嗚咽に変わっていった。
すばるの大きな瞳から、涙がぼろぼろ溢れて床を濡らす。
自分は彼に幸せになってほしいだけ。
みんなが居て、わたしが居る。そんな当たり前の風景に、彼を加えたいだけなのに。
なのにどうして、こんなことになってしまうのか。
そう思わずにはいられない。

膝を抱えて泣きじゃくるすばるの頭に、アーチャーはそっとその手を置いた。
それを左右へゆっくり、優しく動かす。
大丈夫よ、と子供をあやすように慰めながら、嗚咽が止むまで小さな頭を撫で続けた。

『心配しないで、すばるちゃん。何もこれで終わりってわけじゃないわ』
「う、ぐしゅっ……アーチャーさんっ……!」
『戦うことを拒んで、元の世界に帰る方法を模索することだって出来るはずよ。方法はまだ分からないけど……それでも、不可能じゃないはず。それに、私もいるんだから』

ぽん、とアーチャーは自分の胸を叩いてみせる。
年上とはいってもそこまで離れていないはずなのに、その仕草はすごく頼もしく感じられた。
見た目はどうあれ、アーチャーは英霊だ。命を張って敵と戦い、決して諦めない勇者の英霊だ。
そんな彼女の姿が、泣きじゃくる少女に勇気を与えるのは当然のこと。
東郷美森は、勇者なのだから。

『さ、すばるちゃんはどうしたいの?』
「わたしは……わたしは、っ。みなとくんに、会いたいです。会ってもう一回、お話がしたい……!」
『それなら、助けないわけにはいかないわ。だってそれが――勇者ってものでしょ?』

その言葉を聞くと、すばるはアーチャーの胸に顔をうずめて、また泣きじゃくり始めた。
きっと、安心して堪えていたものが完全に溢れ出してしまったのだろう。
温かい背中をさすってやりながら、アーチャーは思う。

『(そう。私は、負けられない)』


すばるがこの家の主に隠し事をしているように、アーチャーもまた、すばるへ言っていないことがあった。
単に聞かれていないから、というわけではない。仮に聞かれても、アーチャーはすばるへ嘘をつくだろう。

すばるは、他人のために涙を流せる優しい娘だ。
そんな彼女がもしも自分の望みを聞いたなら……きっと止めるはず。それに自分とて勇者部の一員、勇者の端くれ。
仮初めのつながりとはいえ、すばるに余計な不安は与えたくない。
自分は聖杯を手にし、すばるは元の世界に帰って願いを叶える。それでいい。
すばるは聖杯を拒んだが、自分には聖杯を手に入れねばならない理由がある。

『(聖杯の力があれば、終わらない悲劇を止めることができる――もう二度と誰も勇者になんかならなくていいように、私が世界を壊す。それで何もかも……終わらせてみせる)』

外側のない世界。押し寄せるバーテックスの脅威と戦って、その対価を奪われ続ける勇者たち。
もう、まっぴらだった。あんなふざけたシステムに躍らされるのも、終わらない戦いを続けるのも馬鹿げている。
勇気を持って立ち向かうだけではどうにもならないというのなら……全て壊して、真っ平らにした方がいい。

『……ごめんなさい、すばるちゃん。でも、あなただけは……あなただけは、必ず帰してあげるから』

東郷美森は勇者である。
勇気をもって、世界を終わらせる、勇者である。
一度掛け違えたボタンは、もう、戻らない。


【マスター】
すばる@放課後のプレアデス

【マスターとしての願い】
みなとくんを幸せにしたい。けれど、それは聖杯なんかの力で叶える願いごとじゃない。

【weapon】
  • ドライブシャフト
宇宙船の部品を回収するために、すばる達が使う杖。エンジン音が鳴る。
非常に強い加速ができるが、本企画では以前のように音速で飛行する――などは不可。

【能力・技能】
魔法使いへの変身。変身中は耐久力が上昇する。

【人物背景】
星が好きなピンクの髪の少女。敬語は苦手で、幼馴染のあおいからはどんくさいと言われている。中学校進学時、親友のあおいが自分を置いて黙って別の中学校へ進学してしまった事から、自分は実はあおいにとって足手まといな存在だったのではないかと傷つき疎遠となっていたが、プレアデス星人に選ばれたことでまた同じ学校に通うことになる。

【方針】
聖杯戦争からの脱出。


【クラス】
アーチャー

【真名】
東郷美森@結城友奈は勇者である

【パラメータ】
筋力D 耐久C 敏捷E 魔力B 幸運C 宝具B

【属性】
秩序・善

【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

【保有スキル】
神性:E
「満開」の使用により獲得したもの。
ランクとしては限りなく低く、殆ど無いに等しい。

勇者:B
世界を襲う脅威、バーテックスと戦う勇者へ変身することができる。
ただし東郷の願いは勇者のあり方と反するものであるため、ランクダウンしている。

【宝具】
『咲き誇れ、思いの儘に(マンカイ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
勇者が戦闘により蓄えた力を開放することで行う二段変身。
巫女衣装になり、武装もより強力なものとなる。いわく、「勇者の切り札」。
攻撃、防御など勇者としての経験を積むことで溜まる満開ゲージを消費し、発動可能。
ただし持続時間には制限があり、また、大きなダメージを受けた場合も自動解除されることがある。

『捧げ給え、神樹の糧へ(サンゲ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
『咲き誇れ、思いの儘に』が解除された時に自動発動する宝具。
神の力である満開の力を使用する対価として、肉体の一部を神樹様に捧げねばならない。
基本的に五感を失うが、ある勇者の状態からは物理的な痛みこそ感じないものの肉体の一部を失ったまま、一生を過ごさなければならないことも示唆されている。
この宝具により失った感覚や部位は、いかなる宝具、能力でも再生不可能。

『その願いが、世界を導く(ラグナロッカー・バーテックス)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~1000 最大捕捉:10000人
世界の敵であるバーテックスをあえて引き寄せ、勇者の「生き地獄」を終わらせんとした所業が宝具化したもの。
無差別攻撃を行うバーテックスを鎌倉へ侵攻させることで、文字通り地獄絵図を作りだす。
欠点としては、呼び寄せたバーテックスはアーチャーにも制御不能であり、彼女も攻撃を受けてしまうこと。
そして魔力の消費が極めて激しい上に周囲への被害も甚大となってしまうので、滅多なことでは使用できない。

【weapon】
短銃、中距離銃、長距離銃。
満開時には多数の砲塔を擁した巨大浮遊砲台。

【人物背景】
勇者部の一員にして、バーテックスと戦うという意味での勇者の一人。過去に遭った事故の影響で両足の自由と記憶の一部を失っており、友奈のサポートをうけながら車椅子で学校に通っている。
当初は戦闘に恐怖を感じて変身できずにいたが、友奈の危機により勇気を振り絞って変身する決意をした。
変身後は青を基調とし踵まで被うほど裾が長いが、足の指が露出する勇者服を身にまとう。
変身後も両脚は不随だが、勇者服の背面から伸びる触腕のような帯が補助することで自律や移動が可能になる。勇者刻印は左胸にある。刻印の花は朝顔で、満開ゲージは朝顔の葉。
後にバーテックスとの戦闘で左耳の聴覚を失い、それから乃木園子によって勇者システムの真相を知らされる。やがて彼女はバーテックスの正体、世界の真実を知り、神樹へ侵攻するバーテックスの手引をする――

その正体は前日譚『鷲尾須美は勇者である』の主人公・鷲尾須美本人。
当時はバーテックスとの戦いのために東郷家から鷲尾家へ養子に出されていた。
今回の聖杯戦争ではあくまで東郷美森として召喚されている。

【サーヴァントとしての願い】
神樹を倒し、勇者システムの悲劇を終わりにする。


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