「幸せだったよ」

 それは心よりの想い。
 あらかじめ決められた命の時間の中で、最後に手に入れることができた尊い思い出。
 プラスチックでしかなかったはずの心が、煌めいて。

「ねえ、ツカサ。私、とっても幸せだった」

 本当に、本当に幸せだった。色褪せた世界の中であなたに出会って。あなたのおかげで、全てが輝いて見えた。
 青い空を見上げて、綺麗な街並みを見下ろして。
 そして、愛するあなたが傍にいるだけで、世界はこんなにも美しいから。
 けれど。

「そろそろ、夢の時間は、終わりなので」

 私は指輪をあなたに差し伸べる。それは、ギフティア(私)を初期化(殺す)ための装置。
 あなたは手を伸ばす。前へ、私に向かって。
 打ちひしがれるような表情で、何かを拒むように、それでも手を伸ばして。

「泣き顔、初めて見せてくれたね。
 ずっと、我慢してきたんだもんね」

 差し出された手を握り、そっと呟く。
 あなたの顔は、涙で歪んで。

「ツカサは、すぐ我慢しちゃう人なので」

 私は、あなたの頬へと手を差し伸べる。濡れている頬。
 あなたの涙は止まらない。こうして拭っても、すぐに溢れて。
 私を見つめる瞳は、こんなにも溢れて、雫に満ちて。

「……ありがとう。私のために泣いてくれて、ありがとう」

 あなたが泣いてくれたことが、素直に嬉しい。涙を流して、私のためにこんなにも傷ついて。

 今も泣き続ける彼の頬を、私はつまみ上げる。今この時は、笑っていて欲しかったから。

 私は微笑む。とびきり穏やかな笑顔を作ろうと思って。
 あなたの瞳に永遠に残るように。
 私が、できるだけ綺麗に映るように。
 私が、あなたの中に留まれるように。

 ―――微笑む。
 ―――これが、最後だから。

 でも、あなたと同じ。
 明るい笑顔だけを浮かべられない。

 あなたは指輪を私の指にかける。まるでプロポーズみたいだ、なんて。そう考えるとちょっとだけ嬉しい。
 あなたは私を抱き寄せ、唇を開く。
 私は、全てを聞き漏らすまいと、全身であなたの声と言葉を受け止める。

「大切な人と、いつかまた―――」

 あなたの声が聞こえる。手を取り合って、唇を合わせて。
 瞼を閉じ、私は夢幻に揺蕩う。
 ツカサ、私は、あなたを―――










 そうして、光が瞬いて。
 地上数十mの観覧車の中で、アイラという名の少女は81920時間の生涯に幕を閉じた。










   ▼  ▼  ▼


 そこには色が溢れていた。
 屋敷と門との間に横たわる形の植物庭園。偽造植物ではない、本物の花々。様々な色の花や木が風に揺られて踊っている。
 見事なものだと思う。マスターの少女もサーヴァントの少年も、後からここに来ただけで碌に弄ってはいないけど。こうまで育て上げることがどれほどの労力を要するかは理解できた。
 ここは街外れの廃屋敷。寄る辺を持たない少年少女が行き着いた、ひとまずの拠点だった。

「……それで、マスター。マスターは一体どうしたいのさ」

 口火を切ったのは少年、すなわちサーヴァントの側だ。黒目黒髪のともすれば可愛らしいとも表現できそうな顔に小柄な体躯。一見すれば二次性徴も迎えていないのではないかと思えるような彼は、しかしこの場において人知を超越した存在として喚ばれている。
 視線の先には少女の姿。草花を愛でる仕草はどこか幼く、冷たい印象を受ける相貌とは相反するものだった。
 けれどそれが彼女の本来の気質なのだろうということは容易に察せられた。冷たく堅苦しい表情は作り物で、実際は感情豊かな人物なのだろうということは、すぐに分かった。

「どうしたい、とは。何についてですかアーチャー」
「何って……決まってるでしょ。"聖杯戦争に対してどんなスタンスを取るのか"」

 アーチャーがサーヴァントとして召喚されて以降、現状に対する確認としてはこれが初めての問いだった。マスターは今まで聖杯獲得に向けて動くでもなく、ただ漫然と日々を過ごしていたが故に。

「……どうしたいんでしょうね、私は」
「なにさ、それ」

 呆れの溜息をひとつ。少女は何も返さず、手元の花を眺めるのみ。

「自分がどうしたいのか、分かってないの?」
「分かりません。私は、死んだはずなので」

 死んだというのは少し語弊がある。彼女は正しく人間ではなく、その身はギフティアと呼ばれるアンドロイドであるために。
 より厳密に言うならば、記憶と感情と思考能力の全てを消去されたというのが正しい。

 だが似たようなものだろう。どちらにせよ、彼女が何かを考え思うことなど未来永劫なかったはずなのだから。
 そう、本来ならば。


「……何もないの? 例えばやりたいこととか、やり残したこととか」
「ないと言えば嘘になりますが、でも、やるべきことは全部終わらせました。
 ……ツカサも、私とは違う時間を生きているはずなので」

 ツカサ、それは人の名前か。アーチャーと呼ばれた少年はそこに引っ掛かりを覚える。

「ツカサ?」
「はい。私の、大切な人です」

 ほんの少し、声のトーンが上がったことを脳内で感知する。
 なるほどと納得する。その人物が彼女の願いの根幹か。

「もう一度会いたいって、思わないの?」
「思います。思いますけど、そのために誰かの想いを踏みにじるようなことは、したくないので」

 なるほど確かに。それは天秤にかけられるものだろう。
 自分と自分の大切な誰かのために、見も知らぬ大勢を踏みつけにする。それらを秤にかけて果たして釣り合うのかどうか。
 少女の中では、赤の他人であっても大きな重みを持つ。ただそれだけの話だ。

「だから、私はもういいんです。ツカサは私がいなくても、きっと前を向いて歩いて行けます。だから私が消えても、それは―――」
「仕方のないこと、そう言いたいのかな」

 言葉を遮られる。
 それは少年の言葉。先ほどまでとは違い、ほんの少しだけ語気が強くなっている。
 けれど、それは決して怒っているわけではなく。

「自分はもう死んだから、他に方法はないから。だからもう諦めるって、そう言いたいの?」
「……他にどうしろって言うんですか」

 聖杯戦争とは文字通りの戦争だ。そこに妥協など一切存在せず、聖杯の獲得を願うならば全ての他者を蹴落とし殺すしか道はない。
 それはできない。自分のためだけに、ツカサを言い訳にして誰かを殺すなど、絶対に。

「……本当に仕方がないって思ってるなら、辞退したって構わない。僕もそれに従うさ。
 でも、マスターは諦めきれてないでしょ」
「……っ!」

 図星だ。それは確かに少女の胸に存在する。
 他者を殺したくないのも本当の気持ちだ。けれど、それと同じくらいに願い焦がれるものがある。

 ―――ツカサと。
 ―――共に、生きて―――

「確かに願いを叶えるには聖杯を獲る以外に方法はないのかもしれない。他の人を殺すしか道がなくて、そうしたくないなら自分が死ぬしかないのかもしれない」

 でもね、と少年は言葉を続ける。

「それは仕方のないことなのかもしれないけど、それを仕方ないって言いたくないから、人は戦うんだ」
「アーチャー……」
「僕はまだ諦めない。マスターの願いを叶えたいって思うし、それが否定される理不尽はあっちゃいけないとも思う。
 もしかしたら本当にどうしようもなくて、他に道なんてなくて。どれだけ頑張っても何も変えられないかもしれないけど」

 少年は笑う。
 強がりでも自嘲でもなく、まして諦観の笑みでも決してなく。
 どこまでも明るい、誇らしげな笑顔だった。

「それでも、もう少しだけ頑張ってみようよ、マスター」

 その笑顔は。
 どこか、眩しいものに感じられた。

「……そうですね。確かに、諦めるにはまだ早いかもしれません」

 考えてみれば簡単な話だ。
 どうせ死んだと諦めるなら、その前にやれることは全部やってみる。ただそれだけ。
 文字通りの死んだつもりで、だ。これ以上失うものがないならば、せめて前向きに明日を目指そうと。
 そう、思って。

「私も、もうちょっとだけ頑張ってみようと思います。だから、アーチャー」
「うん。僕が力を貸すよ、マスター」

 それは願いのための戦いではなく、生きていくための戦い。
 あらかじめ決められた命の時間を精一杯に生き抜いた少女が、もう一度だけ頑張る道。

 これでいい。そうアーチャーは考える。
 自分は聖杯に託す願いはない。確かに覆したい悲劇はたくさんあるし、それを悲しいとも思っているけど。
 けれど、それは自分たちが精一杯に戦い生きた証でもある。極論すれば、全ての悲劇の源を失くしてしまえば、彼が愛した少女はこの世に生まれ出でることもなかったわけで。

 だからこそ、少年はマスターのことだけを考える。
 彼女は確かに死した存在なのだろう。けれど、彼女が愛した人々は今もどこかで生きている。マスターとして呼ばれたのだ、今現在と生前との時系列が極端に違っていることはあるまい。
 既に過ぎ去った過去ではなく、遥か遠い未来でもなく、今この時代に起きた悲劇。ならばそれは、まだ取り返しのつく範囲だから。

 だから、彼女には生きてほしい。あらかじめ生きる時間が決められているなどと、そのようなことで諦めて欲しくない。
 涙とは、悲しさではなく嬉しさから来るものであってほしいと思うから。

 故に少年は願う。天樹錬は願うのだ。
 あなたが行く道の上で。
 大切な人と、いつかまた巡り会えますように、と。


【クラス】
アーチャー

【真名】
天樹錬@ウィザーズ・ブレイン

【ステータス】
筋力D 耐久C 敏捷B++ 魔力A 幸運C 宝具B

【属性】
中立・中庸

【クラススキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

【保有スキル】
I-ブレイン:A
大脳に先天的に保有する生体量子コンピュータ。演算により物理法則をも捻じ曲げる力を持つ。
また、I-ブレイン自体が100万ピット量子CPUの数千倍~数万倍近い演算速度を持ちナノ単位での思考が可能。極めて高ランクの高速思考・分割思考に相当する。

潜入工作:B
敵地に侵入・掌握するための諸般の技術。生前のアーチャーは依頼達成率100%の便利屋として数多のプラント等に潜入し、軍の戦艦の中枢すら掌握したことさえある。
ランクは大幅にダウンするも陣地破壊・破壊工作・情報末梢の他、電子戦のスキルを取得可能。

仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。
また、不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。

【宝具】
『元型なる悪魔使い(ウィザーズブレイン・アーキタイプ)』
ランク:B 種別:対人~対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:300
全ての魔法士の雛形にして完成型。世界でただ二人の対存在であることに加え、原初の魔法士の能力を再現したものであるため、神秘の伴わない未来科学の産物としては破格の神秘を内包するに至った。
魔法士としての固有能力は「無限成長」であり、本来書き換え不可能な基礎領域を書き換えることによりあらゆる能力を使用可能とする。
アーチャーは自身が長時間に渡り目撃・確認したあらゆるスキルと技能系宝具を、種別や分類・原理にもよるが習得可能である。ただし悪魔使いのコピー能力は仮想的な能力の再現であるため、習得したスキル等はオリジナルと比べてランクが1段階低下する。
また、以下の魔法士能力を使用可能。基本的には2つまで同時使用が可能だがアインシュタインとサイバーグのみ単独でしか発動できない(アインシュタインは機能を制限することにより同時使用が可能)。

「短期未来予測デーモン・ラプラス」
ニュートン力学に基づき、3秒先までに起こり得る未来を可能性の高い順に表示する短期未来予測。Aランクの直感及び心眼(真)に相当する。

「運動係数制御デーモン・ラグランジュ」
騎士の身体能力制御のデッドコピー。
運動速度を5倍、知覚速度を20倍にまで加速する。ただし不自然な動きから発生する反作用を全て打ち消す関係上、加速による運動エネルギーを得ることはできず結果として倍加されるのは単純な速度のみとなる。

「仮想精神体制御デーモン・チューリング」
人形使いのゴーストハックのデッドコピー。
接触した無機物に仮想的な精神体を送り込み、無理やり生物化させて支配下に置く。生み出されるのは大抵は数mの巨大な腕であり、それ単体では10秒程度しか形を維持できず、物理的な強度も元となった素材に左右される。
アーチャー単体では同時に生み出せるのは一体のみだが、高度な演算能力を持つ外部デバイスと合わせればそれ以上の数を生み出すことも可能となる。

「分子運動制御デーモン・マクスウェル」
炎使いの分子運動制御のデッドコピー。
基本的には大気中から熱量を奪うことで窒素結晶の弾丸や槍、盾を作り出し攻撃・防御に転用する他、一点に熱量を集中させることによる熱量攻撃を可能とする。最大射程は視認できる範囲まで。
二重常駐させることにより、氷の弾丸を制御しつつ同時に熱量を操作して弾丸を水蒸気爆発させるという使い方もできる。

「論理回路生成デーモン・ファインマン」
空賊の破砕の領域のデッドコピー。分類的には情報解体に相当する。
直径20センチほどの限定空間に論理回路を生成し、接触した対象を情報解体し物理的には分子・原子単位まで解体する。ただし事前に空間内の空気分子の数を制限する必要があるため、マクスウェルとの併用が前提となる能力である。

「空間曲率制御デーモン・アインシュタイン」
光使いの時空制御のデッドコピー。
重力方向の改変による飛行、空間を捻じ曲げることによる超重力場の生成、空間跳躍、重力レンズによる防御、対象を無限の深さを持つ空間の穴に30分だけ閉じ込める次元回廊を使用可能。
機能を制限した場合、重力の軽減による落下速度の抑制のみ使用可能となる。

「世界面変換デーモン・サイバーグ」
騎士の自己領域のデッドコピー。
自身の周囲1mに通常とは異なる法則の支配する空間を作り出し、その空間と共に移動することにより亜光速での移動が可能となる。自身のみならず領域内に侵入した他の者も同一の条件下で行動可能。
ただし発動可能時間は主観で3分のみ。それを過ぎればweaponのナイフに埋め込まれた結晶体が崩壊し使用不可能となる。

【weapon】
  • サバイバルナイフ
銀の不安定同素体であるミスリルで構成されており、物理・情報の両面において非常に頑強。
柄にはサイバーグ発動に必要な結晶体が埋め込まれている。これが破損した場合は魔力を用いて修復することが可能であるが、相応に時間がかかる。

【人物背景】
かつて命の時間を周囲の勝手で決めつけられた少女を救いだし、結果として1000万人の無辜の住人を見捨ててしまった少年。

【サーヴァントとしての願い】
今はただ、マスターに未来を。


【マスター】
アイラ@プラスティック・メモリーズ

【マスターとしての願い】
ツカサと、もう一度―――

【weapon】
なし。

【能力・技能】
ギフティアと呼ばれるアンドロイド。本来身体能力は非常に高いはずだが、耐用年数が迫っているためかなり低下している。また、精神面もほぼ人間と同一。
更に言えば普通に飲食が可能であるし尿意も催す。大体は人間と同じと思っていいだろう。
あとハーブの栽培とハーブティー作りが上手いが、他は大体ぽんこつ。

【人物背景】
あらかじめ決められた命の時間を受け止め、幸せの内に生を全うした機械の少女。

【方針】
もうちょっとだけ頑張ってみる。

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