強く、強く――願いは強く。繋ぐよその手を、還るよ明日に、きっと懐かしいあの場所へ――――









     ▼  ▲


 「私が――私が、悪いんです」



 鎮守府に配属され、早数週間。
 個性豊かな仲間たちに囲まれて、大分生活にも慣れてきた。

 海に跋扈する異形の生命体、深海棲艦と唯一戦うことのできる少女たち。それが艦娘。
 最初は海上戦闘を行うだけでもやっとの有様だったが、今では急な出撃、交戦にもちゃんと対応できるようになった。
 それでも、やはり人並みにドジを踏むことはある。その辺はまあ、ご愛嬌として。

 この数週間、色々なことがあった。
 楽しかったことも、辛かったことも、怖かったことも、不甲斐なかったことも。
 思えばそれを強く自覚するようになったのは、初めて仲間を失った時からだったか。

 悲しみに暮れる友人を見て、もっと頑張らなければと思った。
 それから先も力不足を痛感することは多々あって、だからだろうか、いつしかこんなことを願うようになっていった。

 ―――強くなりたい。
 誰かに助けられるのではなく、逆に彼らを助けて恩返しできるくらいになってみたいと。
 もちろんそれは漠然とした目標のようなもので、走り続けるために設置した仮初めのゴールテープみたいなものだ。
 一朝一夕で叶う願いじゃないんだから、じっくり向き合っていこうと思っていた。

 しかし。彼女はそんな願いをしるべに、悪い夢へと迷い込む。
 目が覚めた時、そこにあるのは過ごし慣れてきた鎮守府の天井ではなかった。
 見渡す限りの朝焼けの空。見慣れたものなんて、どこにもありはしなかった。

 駆逐艦、吹雪。
 強くなりたいと願った未熟な少女。
 彼女の願いは、聞き届けられる。
 叶うか、破滅か―――そのどちらかの未来以外を、すべて捨て去ることで。


     ▽  △


 そうして、鎌倉の聖杯戦争に参加させられてしまった彼女。
 特型駆逐艦「吹雪」は、あてもなく一日中鎌倉の町を彷徨い歩き。

 「……くっ……」

 ―――窮地に立たされていた。

 彼女が今居る場所は、午後十一時の鶴岡八幡宮である。
 時間が遅いとはいえ観光名所。肝試しを目論む若者たちがいないとも限らなかったが、そういう人影は見当たらない。
 神聖な八幡の境内で事を構えるのは、吹雪と二人の敵手。
 片眼鏡をかけた嫌味そうな英国紳士と、灰色のローブに身を包んだ妙齢の女だ。
 二人は荒事に向いた体格とはお世辞にも言い難い痩せ型だ。普通に考えて、艦娘の吹雪が遅れを取る理由はないだろう。

 そう、この状況がもしも普通であったなら、彼女にとっては苦でもなかったのだ。

 「きりがない……!」

 吹雪が苦戦しているのは、ひとえにこれが異常な状況であるからに尽きた。
 女の持つ、淡く輝く水晶。その瞬きが強くなるたびに、おぞましい姿の化け物が現れる。
 幸い一匹一匹は吹雪の武装で蹴散らせる程度でしかなかったが、無尽蔵に湧かれては、彼女の処理速度にも限界がある。

 「おやおや……少し危惧していましたが、どうやらこのお嬢さん、本当にサーヴァントを連れていないらしい」
 「馬鹿よねえ。もしサーヴァントさえいたなら、まだ勝負にはなったかもしれないのに」

 下卑た微笑みで、吹雪の敵手たちは談笑している。
 どうやらこのまま、化け物たちに吹雪を喰らい殺させるつもりのようだった。
 慢心なのか、はたまた悪い趣味なのか。どちらにせよ、これだけは彼女にとって功を奏する。
 鎌倉へ放り込まれるにあたって、吹雪も聖杯戦争のルールについては刷り込まれていた。

 あの水晶の女は「サーヴァント」―――艦娘でも深海棲艦でもなく、それでいてそのどちらよりも強大な神秘存在。
 彼女が本気で殺す気になったなら、自分では太刀打ち出来ないだろう。
 まして、今はまだサーヴァントすらいないのだ。

 いつ、私のサーヴァントは現れるんだろう。
 焦燥感ばかりが吹雪を苛む。
 前向きが取り柄の彼女をしても、この状況には堪えるものがあった。
 どんなに良い方向に考えても、どうしてもひとつのよくない未来が頭を過っていく。死という、冷たい結末の。

 (でも……数は多いけど、一匹一匹はそれほどでもない……!)

 武装を使い、敵を一度に三匹爆散させた。
 残りはざっと見渡しただけでも、今倒した十倍以上はいるだろう。
 サーヴァントの意思で自由に増やせるのだから、馬鹿正直に相手などとてもじゃないがしていられない。

 (敵を倒しながら距離を取って、ある程度まで離れたら一気に―――!)

 そこで吹雪が打ち出した回答は、逃げる、というものだった。
 サーヴァントの力らしい力を、彼女はまだこの召喚術以外に知らない。
 しかし、だからと言って油断すれば、どんな目に遭うか分かったものではないのだ。
 慢心はせず、あくまに堅実に。そんな彼女の考えは、こと聖杯戦争を生き抜く上で間違いなく正しいものといえた。

 砲の音が鳴って、醜い悪魔が血飛沫をあげる。
 吹雪は集中力を決して切らさず、一発たりとも外さずに、確実に追手を仕留めていく。
 足は常に後方へ。なかなかに神経を摩耗する立ち回りだったが、そこは命を懸けた戦闘に一日の長がある艦娘だ。
 追ってくる悪魔の数はまるで減っていない。しかし、とりあえず十分なだけの距離は取った。

 唇を噛み締めて小さく頷き、吹雪は踵を返して走り出す! 
 悪魔は一体一体が弱いだけじゃなく、足も遅いようだった。
 まず追いつかれることはないだろう。このまま逃げ切ってみせる――強い覚悟で走る吹雪。だが、現実は非情であった。

 「っ!? つ、うっ……」

 走り抜けようとした全身で、虚空と衝突した。

 そこに遮蔽物のようなものは存在しない。何もないのに、確かにその虚空は吹雪の逃走を防ぐ壁として機能していた。
 じんじんとこみ上げる鈍痛を堪えながら手を伸べてみると―――やはりある。見えない壁が、ここにある。
 ならばと、そこから少し離れた場所からの逃走も試みた。しかし、どこも同じように不可視の行き止まり。
 混乱と焦りの中、吹雪は絶望に滲んだ声を漏らす。

 「どうして……」
 「英霊を舐めないでもらいたいものね。
  退路を断つ結界術くらい、サーヴァントなら持っていてもおかしくない。そうは考えなかったの、お嬢ちゃん?
  なら覚えておきなさい。他のクラスならともかく、あたしみたいなキャスターにとっては……」

 独り言のような問いかけに、返答する声があった。
 ばっと振り返ると、相も変わらずの厭味ったらしい微笑みを浮かべた紳士と、そのサーヴァント。
 自らのクラスをキャスターと明かしたそのサーヴァントは、最後通牒を突きつける。
 いつしか、悪魔相手に確保した距離も無意味なものと成り果てていた。
 三十どころか、百は居そうなおぞましい軍勢……それを背後に、英霊の女とそのマスターは悪辣に嗤う。

 「こんなの、片手間でだって出来ることよ。―――あら、ごめんなさい。覚える必要はなかったわね」
 「そうですよ、キャスター。このお嬢さんは、今ここで貴女の贄となるのですから」

 思わず、今度は恐怖から後ずさりをする。
 背中に硬いものが当たった。例の、退路塞ぎの結界だ。
 逃げ切ってしまえば助かると信じて打った策は、結局袋小路に誘導されているだけに過ぎなかった。

 怖い。
 吹雪は慣れない頃の出撃以上の感情を、目の前の二人に対して覚えていた。
 深海棲艦とは違う、生きている人間と元人間なはずなのに、どうしてこれほどまでに恐ろしいのか。
 そして確信してしまう。自分はきっと、今日ここで殺されるだろうと。
 サーヴァントも連れていない状態では、たとえ艦娘といえども―――この鎌倉を生き延びることはできない。

 「怯えてしまって、可哀想に……キャスター。楽にしておやりなさい」
 「承知」

 やりなさい、その号令が響くなり、侵攻を止めていた悪魔たちがまた一斉に襲いかかってくる。
 人は今際の際に、時間が止まったような感覚に陥るという話があるが、本当なのだなと吹雪は知った。
 記憶の中をよぎっていくのは、艦娘になる前のことではない。
 艦娘になってから―――あの鎮守府で過ごした、騒がしくも楽しい日々のことだ。

 けれど、それももうこれで終わり。
 お世話になった先輩たちや睦月ちゃんたちにお別れを言えないのは残念だけど、きっと私はここまで。
 すべてを諦めて、目を閉じる。次に目を開くときには、平和な世界と静かな海が待っていると信じて――――――、





 ――――――――違う




 「ッ!」

 反射的に、身体が動いていた。
 一度は撃つことすらやめた武装を再び、目の前の悪魔たちに放つ。
 至近距離から艦娘の兵装を受けた彼らは、例外なく苦悶と血飛沫をあげて消えていく。
 奇しくもこの密集度であれば、吹雪の砲撃一発で、先程までの二倍以上の成果を挙げられるようだった。

 「な―――まだ足掻く気なの? 見苦しいわよ」

 そんな悪罵の声など、今の吹雪の耳には入らない。

 思い出せ、私は何を願ってここに来たのかを。
 こんな戦争なんて私は望んでいなかったけど、町に呼ばれるくらいの価値ある願いを持っていたはず。

 「私はッ」

 馬鹿みたいに全部相手取らずに、足元の悪魔を踏み台にして、吹雪は一直線に魔女の英霊へと走り出した。
 これにはさしもの敵手たちも驚愕を禁じ得ない。
 一瞬だけ生まれた思考の空白。これを逃すわけにはいかないと、吹雪はひたすら速度を早めていく。

 「私は―――ッ!!」

 強く―――強く、冬の日の吹雪のように、強くなりたい。
 それが私の願い。聖杯に認められた、価値ある願いのかたち。

 聖杯なんかに託す願いじゃない、そんなことは分かってる!
 だけど、だけど―――それは、生きることを諦めていい理由にはならない!

 元の世界に帰るため、吹雪は自身の武装を魔女の水晶に向ける。
 あの水晶が悪魔を召喚するのなら、それを壊せば状況を打開できるはずだ。
 そしてそれは、余裕綽々であったキャスターを焦らせるほど彼女の弱点を射ていた。

 「このっ、図に乗るな!」

 それでも、吹雪の猛攻はキャスターを倒すには至らない。
 足元から伸びた蔓のような物体が、吹雪の手足を、砲を、がっちりと縛って拘束する。
 吹雪は決死にもがくが、魔力の蔓は彼女の力ではびくともしなかった。

 「……まあ、少しは冷やっとさせられたわ。褒めてあげる。だから―――誇りに思って、死になさいッ!!」

 余程自分が軽んじた小娘に足元を掬われかけたのが気に入らなかったのか、キャスターは美貌を歪めて怒号を飛ばす。
 水晶に紫色の魔力が収束していき、やがてそれは一発の鏃に姿を変えた。
 今までは所詮マスター狩り、大した力を使うでもなく道楽気分だったのだろうが、こうなってはそうもいかない。
 この鏃は、彼女がサーヴァントと戦うための魔術だ。当然、吹雪に耐えられるわけがない。

 今度こそ、ダメなのか。

 絶望的な状況の中、しかし吹雪の光はまだ失われていなかった。
 帰るんだ、あの場所へ。睦月ちゃんやみんなが待っている、私達の鎮守府に帰るんだ。
 こんなところで死ぬわけにはいかない。だから、どうかお願い。

 もう一度だけ、奇跡をください。

 そんな吹雪の願いが、天に通じることは決してない。
 この聖杯戦争という箱庭に、神様などという胡乱げなものの介入する余地はない。

 あるとすれば、そう。


 「―――Feuer」


 召喚に応えて現れる、サーヴァントくらいのもの。

 明後日の方向から響き渡った砲声にキャスターが振り返るよりも早く、鏃を充填した彼女の水晶が粉々に爆散する。
 込められた魔力が霧散して煙状になって消えていく様を呆然と見つめるキャスター。
 そんな彼女とは裏腹に、現れたサーヴァントは実に得意げな表情で悠然と歩を進めていた。

 「遅れてごめんなさいね、マスター。現界に手間取っちゃって」
 「え……それじゃあ、あなたが」
 「もちろん」

 吹雪の手を取ると、彼女を自分の背後に隠す。
 背中に注がれる視線を感じながら、やはり実に得意げな顔で、彼女のサーヴァントは宣言した。

 「私が、貴女のサーヴァントよ。日本の駆逐艦ちゃん」

 頼みの宝具を破壊されたキャスター。
 突然の出来事にわけも分からず慌てふためいている彼女のマスター。
 これまでの戦況などとっくに覆っていた。
 どちらが勝つのかなんて、言うまでもない。

 「Feuer」

 38cm連装砲の砲塔が火を噴く。
 たったそれだけで、呆気なく鶴岡八幡宮の魔女は塵と消えた。


    ▽  ▲


 「ビスマルクさん……いえ、ライダーさんも私と同じ艦娘だったんですか!?」
 「ええ。私はドイツの戦艦だから、日本の貴女達にはあまり馴染みがないかもしれないけどね」
 「凄いです……艦娘がサーヴァントになるなんて!」
 「ふふん、私が凄いなんて当たり前でしょう? 何言ってるのよ。でも、もっと褒めてもいいのよ?」

 八幡での戦いを終えた吹雪とビスマルクは、石の階段に腰かけて自己紹介をし合っていた。
 キャスターのマスターは自分のサーヴァントが倒されたと知るなり情けない声をあげてどこかへ走り去ってしまった。
 追撃はしていないから今のところ無事だとは思うが、これからどうなるかは彼次第だろう。

 ライダー、ビスマルクは、吹雪と同じく艦娘として深海棲艦と戦っていたと語った。
 それを聞いた吹雪は大層驚かされたのだが、彼女いわくライダーで呼ばれたのは少々不満だという。
 艦娘は船のルーツを持っている。
 したがって砲撃に重きを置いたならアーチャー。
 機動力や馬力を重視したならライダーと、主にその2クラスのどちらかで召喚されることになる。

 戦艦なんだから、せっかくなら砲撃の威力が優れている方がよかったわ。
 不満気にぼやくビスマルクをどう宥めたものか苦心したが、少し褒めるとすぐ機嫌を直してくれた。
 体型も経験も吹雪よりずっと大人な彼女も、根っこの部分では意外と子供っぽいのかもしれない。

 「ねえ吹雪。貴女、帰りたいんだったわね? 本当に聖杯はいらないの?」
 「はい。それはもちろん、私だって願いはありますけど……でもそれは、自分の力で叶えるものですから!」
 「ふふ、そう。……うん、気に入ったわ。
  責任持って元の世界まで帰してあげるから、大船に乗ったつもりで任せておきなさい!」

 豊満な胸を張る彼女の姿に、吹雪は安堵感を覚える。
 国籍も戦った戦場も異なるふたりだったが、艦娘として戦った経歴は同じ。
 互いに通じ合うものもある―――駆逐艦「吹雪」、並びに戦艦「ビスマルク」……聖杯戦争、攻略開始。


【クラス】
ライダー

【真名】
Bismarck@艦隊これくしょん

【ステータス】
筋力C 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運B 宝具C (平常時)

筋力C+ 耐久A 敏捷B+ 魔力C+ 幸運B 宝具C (第二改造)

筋力B 耐久A+ 敏捷B+ 魔力B 幸運A 宝具C (第三改造)

【属性】
秩序・善

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:C
 騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 野獣ランクの獣は乗りこなせない。

【保有スキル】
艦娘:A
 ドイツ戦艦・Bismarckが少女として転生した。
 水上ではステータス以上の力を発揮することが可能である。

戦闘続行:B
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

【宝具】
『第二改造(ビスマルク・ツヴァイ)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
更なる改装を瞬間的に施すことによって、自らのステータスを上昇させることが出来る。
一度この宝具を使用すれば、もう改装前の状態へ戻すことは不可能。しかし魔力消費が劇的に変わるというわけではない。

『第三改造(ビスマルク・ドライ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
更なる改装を瞬間的に施すことによって、自らのステータスを上昇させることが出来る。
一度この宝具を使用すれば、もう改装前の状態へ戻すことは不可能。
三度目の改装とあってか能力も格段に上昇しているため、マスターにかかる負担も第二改造時より大きくなっている。

【weapon】
艦娘としての武装。改造の度に変わる。

【人物背景】
ドイツが誇るビスマルク型超弩級戦艦のネームシップ、ビスマルク。
欧州最大の戦艦であり、短いながらもWWII有数のド派手な戦歴から日本人にとっての大和同様に世界では知名度・人気共に非常に高い。

【サーヴァントとしての願い】
吹雪を聖杯戦争から脱出させる。


【マスター】
吹雪@艦隊これくしょん(アニメ版)

【マスターとしての願い】
聖杯戦争からの脱出

【weapon】
艦娘としての武装。

【能力・技能】
艦娘:C
 特型駆逐艦・吹雪が少女として転生した。
 水上ではステータス以上の力を発揮することが可能。
 彼女はサーヴァントではないので、Cランクにとどまっている。

【人物背景】
アニメ版艦隊これくしょんの主人公。
十二話終了後からの参戦とする。

【方針】
脱出狙い。聖杯はいらない。

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