月を見ていた。
 謬々と吹き荒ぶ夏風に、くゆる紫煙が立ち上っては消えてゆく。
 とぐろを巻く蛇のような体に悪い灰色を見つめて、医者は何か嫌なことを思い出したのか。
 まだ吸い始めたばかりの煙草をコンクリートの地面に擲ち、ぐしぐしと踏み潰して揉み消した。

「勤務時間中ですよ、夏目先生」
「シガレットチョコだ」
「まったく……院内では吸わないでくださいよ」

 屋上の様子を見に来たのか、医者―――夏目吾郎の顔を見た看護婦は呆れた表情で嘆息する。
 患者の健康を守る立場である医師が堂々喫煙をしているというのはどう考えても問題だが、そう言って直す彼ではない。
 忠告だけして屋上を後にする同僚へ「つれないねえ」と言って笑い、夏目は空の向こうを見つめる。
 鎌倉から遥か離れたどこかを懐かしんでいるのではない。この草臥れた医者が見据えているのは、もう戻らないもの。
 この世界でも、あのどうしようもない藪医者は惰性の毎日を送っているのだろうか。
 見ているこっちが青臭くて嫌になるような少年は、相も変わらず猪突猛進で突き進んでいるんだろうか。

「やめろ」

 背を向けたまま、夏目は明確な拒絶の念を示す。
 その声が響くと同時に、今しがたこの場を去った看護婦を追わんとしていた異形の影達が動きを止めた。
 蠢く姿はまるで泥の怪物だ。沼地の底から迫り上がる汚泥の魔物を見て、しかし夏目は別段驚いた様子もない。
 この程度で驚いていては、これから始まる『戦争』を生き抜くことなど到底できないだろう。

「この病院で魂喰いをやるのは許さねえ。やるんなら町に行くんだな、キャスター」

 右手に巻かれたテーピングの真下にある、医師には似合わない物騒な赤色。
 魔術師でない夏目にはただの刺青にしか見えないが、聖杯に植えつけられた知識に拠れば何やら凄まじいものらしい。
 悪戯っ子のような笑顔で給水塔の影から姿を見せるのは、白昼堂々ナチスドイツの軍服を纏った赤い少女だ。
 一見すると相当なイロモノだが、彼女の場合はこれが正装なのだ。彼女こそは、かのアーネンエルベに連なる魔女。
 表の歴史では語られることのなかった、葬り去られるべき闇の歴史。聖槍十三騎士団の第七席に座る者である。

「くす。バレちゃった」
「悪ふざけもほどほどにしとけよ、性悪。俺がトチ狂って令呪を使わない内にやめとくんだな」
「それは流石に困るわねぇ。ま、可愛い吾郎くんに免じて勘弁してあげようかしら」

 夏目吾郎は、キャスターの魂喰い行為を黙認している。
 人を守り、助ける医師という立場にありながらだ。
 しかし。そんな彼が、一つだけ彼女に言いつけてあることがある。
 それが、彼の勤務する病院内で魂喰いや戦闘を行うことの禁止だった。
 とはいっても、夏目は異世界人だ。
 この世界の彼は業界に名を轟かせる名医ではないし、そもそも医師免許すら持ってはいない。
 ここで彼がこうして勤務出来ている理由はつまるところ、キャスターの魔術のおかげである。

「それで? 工房とやらは完成したのか」
「そんなのとっくのとうに出来上がってるわよ。今は少し趣向を凝らしてるところ」
「趣向? インテリア的なやつかよ」
「馬鹿ね、違うに決まってるでしょ。ただ、少し……」

 キャスターの桃色の唇が、緩やかな弧を描く。

 彼女は真正の魔女である。
 この市立病院は全域が彼女の結界に包まれており、更に院の要人には念入りに暗示も施している。
 若き天才医、夏目吾郎。類稀なる才能を持っていながら、外部からの仕事を請け負わない奇特な人物。
 元世界のそれとほぼ変わらない評判で、夏目は院の関係者に認識されていた。

「少しこの街は、魔都としての穢れが物足りなかったのよ。だからその辺、ちょっとだけ『手直し』をね」

 鎌倉の街に歪な蜘蛛の巣を描きながら暗躍する相方に、夏目は何も言わない。
 彼だって人の子だ。この現状に、まったく罪悪感を抱かないわけではなかった。
 人を人とも思わない魔女の所業に恐れを成しているわけでもない。
 彼が冷血である理由とは、語るまでもなくその抱える願いが――天秤にかけることの出来ないものであるからだ。

「まあ、そういうわけだから期待して待ってなさい。もうじきに予選も終わって、本当の魔徒がうろつく聖杯戦争が始まるわ。生き残りましょう、吾郎くん。私達は必ず聖杯の恩恵に預かるの」
「……そうだな。負けるわけにはいかねえ」

 煙草が欲しくなって、夏目はもう一度懐へ手を伸ばす。
 取り出したくしゃくしゃの箱には、もう彼を落ち着かせる紫煙の火種はなかった。
 紫煙の体に悪そうな香りとは別に――昔懐かしい、『彼女』の残り香のような風が一陣、吹き抜けていった。


【クラス】
 キャスター

【真名】

 ルサルカ・シュヴェ―ゲリン@Dies irae

【パラメーター】
 筋力D 耐久D 敏捷E 魔力A+ 幸運E 宝具B

【属性】
 中立・悪

【クラススキル】
 陣地作成:B+
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 “工房”の形成が可能。

 道具作成:A
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 Aランクであれば、限りなく宝具に近い魔具の作成すら可能とする。

【保有スキル】
 永劫破壊:A
 人の魂を糧に強大な力を得る超人錬成法をその身に施した存在。
 聖遺物を核とし、そこへ魂を注ぐことによって、常人とはかけ離れたレベルの魔力・膂力・霊的装甲を手に入れる。
 ランクAならば「創造」位階となる。

 地星の宿業:A
 カール・クラフトより与えられた、「誰にも追いつけない」という呪い。
 いわゆる薄幸属性。幸運:Eは伊達ではない。

【宝具】
 『血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)』
 ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
 かのエリザベート・バートリーが、獄中で書き記したとされる拷問日記。
 日記に記された数々の『拷問器具』を何らかの形で現界させ、利用することができる。
 聖遺物の性質上相性が良いのはサディストや自壊的な人間。前者とは良く同調し後者には一方的なラブコールを送る。
 現界させた拷問具へのダメージはキャスターにも及ぶが、致命的なものにはならない微々たるダメージに留まる。
 彼女が持つもう一つの宝具を使用した場合、このダメージも消滅する。

 『拷問城の食人影(チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー)』
 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:1~50
 キャスターの『創造』が宝具に昇華されたもの。
 元となった渇望は『他人の足を引っ張りたい』。発現した能力は「自分の影に触れた者の動きを止める」こと。
 宝具使用中、キャスターの影に触れた存在は触れている間一切身動きを取ることが出来なくなる。
 宝具の性質としてはごくシンプルなものだが、シンプルゆえに応用形に富む。
 が、影を使った宝具であるため強い光源が生まれた場合、効果を失ってしまう場合がある。

【weapon】
 なし

【人物背景】
 聖槍十三騎士団黒円卓第八位、ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。
 本名はアンナ・マリーア・シュヴェーゲリン。
 元はとある普通の村に生まれた普通の娘であったが、妖艶な美貌を持っていたがために嫉妬を買い、魔女であると事実無根の密告されてしまう。
 彼女は無実を訴えるも認められず、絶望の淵、獄中で告解師を名乗る謎の「影」によって影を操る魔術を授けられ脱獄。
 「影」を追いかけ魔女として生きるようになった。
 その人生はあまりにも幸が薄く、そのため天に輝くことのない地星と称される。

【サーヴァントとしての願い】
 聖杯を飲み干し、不老不死に到達する。

【方針】
 賢く立ち回る。勝ち目のない相手とは無理に張り合わない。


【マスター】

 夏目吾郎@半分の月がのぼる空

【マスターとしての願い】
 過去をやり直し、小夜子を救う。

【weapon】
 なし

【能力・技能】
 外科医としての才能、技術。彼のそれは紛れもなく天才のものであるとされる。

【人物背景】
 妻を心臓の難病で亡くした過去を持つ外科医。
 聖杯戦争においてもキャスターの力によって医師を続けている。
 魂喰いなど非倫理的な手段も黙認するが、自分の勤務している病院内で悪事を働くことだけは禁じている。

【方針】
 迷いはあるが、聖杯戦争に乗る。

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