「セイバアアアァァァッ―――!」

 少女の悲鳴が闇に木霊する。
 絹を裂くように、というありきたりな表現の如く、その絶叫は夜の帳を引き裂いて響く。少女の双眸は信じられぬものを目にしたかのように大きく見開かれ、喉は張り裂けんばかりに最早意味を為さない大音響を垂れ流す。

 その場に膝から崩れ落ちた少女の視線の先。そこには白銀の鎧纏う勇壮なる騎士が、しかし木偶のように倒れ伏していた。
 高潔な騎士だった。崇高な願いを持った、少女と共に聖杯を得ようと誓い合った騎士だった。
 魔を討伐した聖なる剣とあらゆる呪いを弾く光り輝く鎧を持った、天下にその名を轟かす聖騎士だった。

「セイ……バー……」

 けれどその威容は地に堕ちて。
 残されたのは消滅を待つ遺骸のみ。

「なんで、どうして……こんな簡単に……」

 呆然とした少女の言葉も無理はない。何故ならセイバーは何ら致命傷を負ってはいないのだから。
 敵が繰り出した攻撃を、セイバーは確かに回避した。首を狙った一閃を余裕を持って捌いたはずなのに。

 少女は知らない。
 倒れ伏したセイバーの首元。そこに、毛細血管すら傷つかないほどの小さな小さな傷があったことを。
 ほんの少し、爪で掻いたほどの深さもないようなその傷。それこそがセイバーを死に至らしめたのだと。
 その事実を、少女は知らない。

「俺とこの鎌を呼び寄せたのはお前たちだ。絶望に身を置く限り、誰にも幸福は訪れない」

 万色に濁った紫煙をくゆらせて。黒衣の男が姿を現す。
 セイバーの先、街灯の届かない暗がりからぬるりと顔を出す。この時初めて、少女は己が相対していた敵の顔を知った。

 その顔を少女は知らない。けれど、その身に纏う気配は知っていた。
 それはセイバーの遺骸に漂うもの。誰しもが避けられ得ぬもの。万人に等しく訪れるもの。

 男の背後に黒い影が見えた。それは夜の闇の中でも不思議とはっきり視認できて。だからこそ芯から恐ろしい。
 脳髄の中に"恐怖"が居座っているように、全身から震えが湧き出した。
 だからこそ分かったのだ。死の恐怖と共に。

「今こそ―――《安らかなる死の吐息》に抱かれよ」

 この影が持つ黒い大鎌こそが、セイバーを殺したのだと。
 安らかなる死。セイバーは、それによって殺されたのだと。

「……あぁ」

 恐ろしい。恐ろしい。己に迫る男の手が、この世の何よりも恐ろしくて。
 そこで、少女の意識は闇に沈んだ。




   ▼  ▼  ▼




「そこまでだ、バーサーカー」

 少女の体が地面へ崩れ落ちたと同時、男の背後から新たな声が届いた。
 年若い女の声だ。硬質の軍靴の音を響かせながら、声の主が姿を現す。

「お前にはしっかりと言い含めておいたはずなんだがな。そんなにも私の命令が聞けんのか」
「……チッ」

 舌打ちをひとつ鳴らすと、男は少女へと伸ばしかけていた手を引っ込める。
 豪奢な金髪を靡かせる軍服の女―――クリームヒルト・レーベンシュタインは霧散していくセイバーの亡骸を片目に捉えつつ、「それでいい」とどこか満足気に言い放つ。

「斃すのはあくまでサーヴァントのみ、マスターには一切手をかけない。私は最初にそう言ったぞバーサーカー。そしてその言を撤回するつもりはない」
「ケッ」

 再度の苦言にも、バーサーカーは不満げに鼻を鳴らすだけだ。どうにもこの男はマスターたる女の命令が気に食わないらしい。
 令呪の使用も検討したが、しかし経験上、こういった者は下手に押さえつけると強烈に反抗すると分かっているため未だ使用には踏み切っていない。この様子を見る限り、どうにも溝は埋まりそうにないが。

 ふぅ、とクリームヒルトは嘆息する。どうにもこの男は昔の自分を彷彿とさせる。無論表面的には全く似ていないしここまでじゃじゃ馬だったつもりもないが、しかし根底にあるのは同じ感情だと否応なく理解できる。
 眼前の男は、どうにも自覚していない様子だが。

「相変わらずムカつく顔だなマスター。自分は何もかもお見通しって面だ。吐き気がするってのはこのことだろうぜ。
 で、殺さねえっていうならそのガキはどうするつもりだ。まさか放っておくわけじゃねえだろうな? このまま置いといたら1時間もしないで殺されるぜ」
「当然考えてあるさ。教会に連れて行く」

 その答えに、男の渋面が更に深まる。露骨に顔に出すほどに嫌なのか、ここまでわかりやすい反応は直情的な男にしても珍しいものだった。

「……マスター、てめえまさか」
「ああ、言峰神父に身柄を預けるのさ。なに、仮にも完全中立を謳う教会だ。ならば当面の安全は保障してくれるだろうよ」

 その言葉を受けて、バーサーカーは再度吐き捨てるような声を出し憎々しげに霊体化した。教会、ひいては言峰神父に関しては我関せずを貫くつもりのようだ。
 クリームヒルトは苦笑と共にそれを見送り、倒れ伏す少女の体を軽々と担ぎ上げた。
 未だ成人に満たない少女の体は、気絶してもなお軽いものだ。ろくに食事も摂っていなかったのか、はたまた戦争への気疲れか、心持ち頬もこけている。
 だがこの状況では仕方ないか、そう結論付けるとクリームヒルトは黙して歩みを開始する。目指すは鎌倉市内にぽつりと存在する教会だ。

 静寂に包まれた鎌倉市内の街道に、硬い軍靴の音だけが反響する。セイバーとバーサーカーの戦闘は一瞬で終わったためか、幸いにして大規模な破壊はなく周辺住民も集まってきてはいない。早急にこの場から去れば、被害は皆無に終わるだろう。
 だからだろうか、張りつめていた気持ちにほんの少しの緩みが生じ、故に彼女はとある考えに耽ることを選んだ。

「……それにしても不可思議なことだ。こうして私が時を超えたということは今この時こそが朔なのだろうが……聖杯戦争か、面妖極まるな」

 歩みは止めず、クリームヒルトは飄々と思考の海へと埋没する。事実として、彼女が認識する現実はあらゆる面で異常に満ちていた。
 まず第一に第二次大戦前の人間である自分が21世紀の日本にいるということ。それはまだいい。盧生という超存在は時空すら超越することが可能なのだから、まるっきり非現実的ということでもない。
 しかし、いかな盧生といえど無制限に時空を跨げるわけではない。彼らが介入できるのは歴史に空いた空隙の特異点、つまり朔に代表される歴史の転換点に限定されるし、それにしたところで精々が意思を飛ばせる程度だ。
 つまり混乱期であるからヒーローたる存在が求められるという理屈なのだが、このように実体の顕象までをも伴う介入など聞いたこともない。

 第二に己が力の減衰。本来盧生という覚者となっているクリームヒルトは比類なき力を振るうことができるが、しかしこの場においてそれは決して叶わない。
 現実に邯鄲の力を持ち出せてはいるものの、しかしその出力は大幅に低下している。今ならば一介の眷属にすら負けかねないほどに、その力は弱弱しいものと成り果てていた。
 第六法はおろか、今のクリームヒルトは急段や破段の顕象すら不可能な有り様だ。当然ながらアラヤとの接続も途絶している。これでは最早丸裸にも等しい。

 第三に、聖杯戦争なる特異にもほどがある魔術儀式。曰く死した英雄の魂を呼び出すというこの儀式は、ともすれば盧生が扱う第六法にも酷似したものにも映る。
 邯鄲の夢を除いてこれほどの規模の超常を発揮できる術があるなど聞いたこともない。無論自分が知らないだけで邯鄲法にも匹敵する魔術がないとも言い切れないが、それにしても突拍子もない話だ。

「まあ、ここでいくら考えても推測以上のものにはならんか。ならば早急にこの聖杯戦争という儀式の種明かしをするのみだな。
 何らかの手段を以て聖杯に辿りつけば、解決の糸口くらいは見つかるだろう」

 ……この場にお前がいれば心強いのだがな、ヨシヤ。

 そんな本音は口には出さず、クリームヒルトは夜闇の中を歩き続ける。
 その足取りに、恐怖や迷いの感情は一切含まれてはいなかった。



   ▼  ▼  ▼



「ま、精々足掻くといいさ。てめえが最後のひとつを諦めた時、俺はてめえを殺す」

 人影のない、奇妙に暗く感じる街道を往く主の後ろ姿を眺めつつ、バーサーカーの名を冠した男は吐き捨てる。
 男が纏う雰囲気にそぐわない穏やかな声だったが、その裏には隠し切れない嚇怒の念が込められている。
 それは別に、彼のマスターに向けられたものではない。いいや、より厳密に言うならば男自身にも何に向けた怒りなのか判別がつかないのだ。

「俺は聖杯を手に入れる。そのためなら、てめえだって殺してやるさ、マスター」

 躊躇だとか良心だとか、そんなものは存在しない。やることはいつもと変わりない。彼は殺すだけだ。
 聖なる杯だ万能の願望器だのと大層な理屈をつけてはいるが、結局のところ聖杯は《力》だ。
 それ以外の何物でもない。俺たちはその力を振るうために選ばれたのだと、ただそれのみを思う。
 彼にとって聖杯とは単なる力に過ぎない。奇械や現象数式と同じ、人を殺すだけの存在。
 実際は違うのだろう。しかし、少なくとも彼にとってはそうなのだ。例えその裏に何が隠されていようとも、彼はそれしか見ないし考えない。
 彼がそう思うなら、彼の中ではきっとそうなのだ。それが真実であるし、それだけが全てでもある。

「そうさ、俺は聖杯を手に入れる。手に入れて……」

 殺すのだ。全てを。
 あの都市に生きる全て。生きながらに死んでいる連中を一人残らず。それがせめてもの慈悲というものだ。

 かつて《復活》が起こった時、俺は記憶を失った。
 けれどたったひとつだけは忘れない。だから、俺は殺し続ける。
 俺の頭の中に残る記憶。そいつが囁くんだ。いつもいつも耳元で。
 朧気な記憶の残滓が何を示すか、俺は知らない。だが俺にとってはそれが全てだ。だから俺は歩み続ける。
 ……その果てで待っているものを、目指して。


【クラス】
バーサーカー

【真名】
ケルカン@赫炎のインガノック- what a beautiful people -

【ステータス】
筋力C 耐久E 敏捷B 魔力B 幸運E 宝具A

【属性】
混沌・善

【クラススキル】
狂化:E
視界の端に映る狂気と、彼自身にも根源が分からない正体不明の怒りの感情。バーサーカーはその怒りに突き動かされる形で巡回殺人を行う。
かの都市に訪れた十年の意味。己が手を赤色に染めた意味。如何なる理由と願いとがその根源か、彼は未だに知らない。
ランクの関係上ステータスの上昇は一切ないが、代わりに意思の疎通に支障はない。

【保有スキル】
現象数式:A
変異した大脳に特殊な数式理論を刻む事によって御伽噺じみた異能が行使可能となる、異形の技術。
火器や爆薬を超える破壊や、欠損した肉体の修復が可能。
バーサーカーのそれは燃焼による攻撃に特化されている。

自己改造:B
自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。このランクが上がればあがる程、正純の英雄から遠ざかっていく。
バーサーカー7は現象数式の習得のために変異した大脳にアステア理論を刻み込み、全身の至る箇所を数秘機関に置き換えている。

《守護》:A(A+)
《奇械》による守護。宝具が発動している状態に限定してAランク相当の対魔力・透化スキルを付与し耐久ステータスを《奇械》と同等まで引き上げる。

執行官白兵術:C
かつてハイネス・エージェントとして獲得した白兵戦技術。
死の都市法に則り下層民の間引きを行う恐怖の代名詞。一流の達人にも追随する技量を持つ。

【宝具】
『安らかなる死の吐息(《奇械》クセルクセス)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1
バーサーカーの背後に降り立つ異形の影。失血死を司る。
辛うじて人型を保った、鋼鉄に包まれた姿をしている。刃状の腕を持ち、所有する大鎌はわずかに傷つけるだけで相手を死に至らしめる。ただし魔力や幸運や効果軽減スキルその他諸々により対抗可能。
クセルクセスは筋力:B+耐久:B+敏捷:A++のステータスを持つ。

『安らかなる死の吐息(《奇械》トート)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000
クセルクセスの姿が変容したもの。クセルクセス時からステータスに上昇補正を加え、能力の内容も変化している。
その能力は「トートの言葉を受けた者は死ぬ」というもの。
周囲数百フィートに咆哮を放ち、物理的には空間ごと物質を崩壊させ、魔術的には接触対象の現在を否定し存在を抹消する。クセルクセスとは違い魔力ステータス等では一切軽減できない。
ただしこの宝具は現状一切機能しておらず、使用を解禁するには狂化として昇華されるまでに至った彼自身の怒りが何に起因するかを思い出すことが必要になる。

【wepon】
なし。

【人物背景】
都市インガノックにおいて死こそが救いであると説きながら人を殺して回っていた巡回殺人者。世界と生の否定と死の肯定の権化。誰よりも死に親しむ奇械使い。
下層民も上層貴族も区別なく、異形化した者すら人間であると認めた上で全てを殺す。奇械や現象数式は全てそのための道具であると言い切り、故にそれらを人命の救済に使うギーを明確に敵視している。
実のところ、彼の持つ殺人衝動とギーの持つ「あらゆる人を救う」という信条は、全く同一の出来事を違う捉え方で見つめたことに起因する。
しかし本人は既にその時の記憶を喪失してしまっている。

【サーヴァントとしての願い】
かの都市に終焉を。


【マスター】
クリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタイン@相州戦神館學園 万仙陣

【マスターとしての願い】
聖杯戦争そのものの調査。

【weapon】
サーベル
ドイツ将校として携帯している軍刀。

【能力・技能】
邯鄲法の行使。しかし現状の彼女は盧生としての悟りこそ有してはいるものの、その力の大半が抑制されている。故に終段はおろか急段や破段の固有能力すら扱うことができない。出力も9割以上低減され眷属並みまで弱体化している。
資質としては完全な白兵戦特化。戟法と楯法と解法の崩を最上位で極め、創法の適正も高い。ただし咒法の適正は最低である。
なお邯鄲法を除いた純粋な人間としても、常人離れした規格外の身体能力を保有する。

【人物背景】
人を愛したくて、人と交ざりたくて、しかし愛を体現できない故に殺人という手段でしか世界と関われない。死こそが万人に対する救いであると嘯く殺人鬼……というのも昔の話。
死が救いであるという思想はそのままに、しかしそれ故に死へ至るまで人は懸命に生きねばならないと悟った盧生。
曰く、誰もが笑って死ねるように。それが彼女の思想である。
参戦時期は万仙陣最終決戦よりも前。

【方針】
聖杯戦争そのものの調査。場合によっては聖杯獲得も視野に入れる。
マスターは殺さないが、サーヴァントはタタリと同種と考えているためその限りではない。

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