鎌倉の若宮大路は海辺の由比ヶ浜から、鶴岡八幡宮まで一直線に通るメインストリートだ。
 その八幡宮前で月に照らされた2人の男が、まるで神に舞踊を捧げるかのごとく戦いを繰り広げている。

 一人は全長六尺以上、槍身が一尺以上の大身槍を片手で振るうナイフのごとく精密に捌く鎧武者。
 一人は白い詰襟の学生服を着、両手に扇子を構えた長髪の男。
 片方が閃光の様な軌跡を描く連続の突きを、もう一方は独楽のように回る独特の足さばきでかわしている。
 鎧武者のサーヴァントであるランサーは、戸惑いの表情を隠せなかった。
 物理的な速さは、間違いなく自分が上。そう確信するランサーだが、槍は敵を貫いたと思った瞬間、身体が空に溶けるかのごとく避けられる。 
 敵の一切の表情が消えた顔。操り人形の様な動作。身体が透けるような存在感のなさ。これらが原因でまるで相手の動きが読めない。
 だがランサーも戦場往来の強者。突き、下段への払い、上段打ち、地面にたたきつけて返しの斬り上げ。
 持てる技を全て使い、狛犬像の元へ背中を付けさせるまで追い込んだ。
 もはや足捌きは使えまい。ランサーは裂ぱくの気合と共に、かわすのが至難な正中線上への突きを放った。
 はたして、その突きは正確に男の胸板を貫き――。
 男は笑みと共に、扇子を扇いだ。

 男は消え、残ったのはランサー。間違いなく勝者であるランサーは最後まで勝利した実感が持てなかった。
 あのサーヴァントは本当に実在していたのか。最後の行動に何の意味があったのか。そもそもこの戦いは本当にあった事なのか。
 憮然とした表情のまま、マスターに報告をするべくその場を離れた。

「終わったの、アサシン?」
 ランサーが去った後、白い学ランの男――アサシンに向かい建物の陰から声をかけたのは、口元全てを覆い隠したマスクをした女性だった。
 ランサーと偶然の遭遇による応酬の末、狛犬の前で止まったアサシンに対しランサーは神社前の狛犬を砕き、苦い顔のままその場を立ち去った。それが彼女の見た全てだ。
「はい。これであのサーヴァントはマスターの元に戻った時、己の手で自身のマスターを殺す。そう仕込んでおきました」
「それがあなたの宝具ってやつなの?」
「千葉流裏舞踊“傀儡の舞”。真にかけられれば、本心よりこちらの意のままに動く業です」
 そう言ったアサシンの笑みに対し、マスターの女性はあからさまに不快になった。
 それも当然と言える。なにしろこの技が彼女自身にかけられていない保障など何処にも無いのだ。
「心配の必要などありませんよ。なにしろあなたの願いは操られようとも変わるものでもないでしょう?」
 心情を見透かされた彼女は、マスクを勢いよく剥ぎ叫んだ。

『ユダヤのどの娘より美しいお前が欲しいものとは一体何だ!?』
 マスクの下には頬骨近くまで裂けた唇。さらに右の口は耳元まで裂かれた傷跡が残っていた。
 目は崩れた福笑いのようで、白目と黒目がアンバランスに配置されたその姿は、都市伝説の住人と言っても信じられただろう。
『銀の盆に載せてほしいものとは何だ!?』
 容姿に反し彼女の声は芯に通り、聞く人間を圧倒する迫力と陶酔させる魅力を併せ持っていた。
「戯曲『サロメ』ですか」
 無感情に歩く通行人でさえ思わず足を止めるであろう、その声を浴びせられながら、アサシンは平然としていた。
「その容姿と踊りで王を魅了し、預言者ヨカナーンの首を要求した伝説の歌姫サロメ。確かに先程の技はそれを彷彿とさせますね」
 アサシンは他人事のように言った。
「もし僕になにか疑念を抱いているなら、それは勘違いです。僕の願いはあなたと初めて会った時言った通りですよ。マスター、淵 累さん」 
 マスターの女性、累はアサシンと出会った時を思い返した。

 累はある特殊な魔法を使える。
 それは母の形見である口紅を塗り、誰かとキスをすると顔を交換できるというものだ。
 伝説と化した女優、絶世の美女と謳われた母の淵透世より教わった口紅の使用法。
 この口紅を思い出し、使用した時、累は母もまた顔を誰かより奪いつつけたのではないか、と疑問を抱いた。
 成長した累は母の秘密を知る羽生田欽伍の協力を得て、丹沢ニナという最高の剣を手に入れる。
 舞台で役を演じ、スポットライトの下で賞賛を浴びる蜜月の日々。
 だがそれもニナの唐突な死亡により、終焉する。
 死んだ人間からの顔も交換できるのならば――それは累にはとてもできない事ではあったが――続けられたであろうが死体からは交換できる日数に限界がある事を羽生田より告げられる。
 結局『丹沢ニナ』の失踪工作を行い、累は鎌倉に身をひそめた。
 不安と焦燥で、飲めもしない酒に溺れる日々。
 今まで光の元に居たはずが、いきなり闇へと突き落とされた絶望で自分の醜い顔を鏡で見ることさえできず、鏡を割り外へと飛び出した。

 そこで初めて、街の異常に気付いた。

 闇夜の街を覆う緊迫感。
 そして右手の甲に刻まれた『令呪』とまるで記憶にない『聖杯』の知識。
 聖杯、となればそれは神の子の血を受けたあの聖杯しかない。
 だが、聖杯戦争とは? サーヴァントとは?
「聖杯戦争とは、あらゆる願いが叶う聖杯を奪い合う戦い。
 サーヴァントとは聖杯を狙うマスターの武器にしてしもべです」
「誰!?」
 と、累は声の方向に振り向いた。
「初めまして。僕はあなたのサーヴァント。アサシン、吉岡達也です」
 扇子で顔を扇ぎながら輝くような笑みで、男は答えた。
「でもちょっと期待外れかな。魔力はあるみたいだけど、実戦慣れしてないようだし。
 何より――ねえ」
 達也は口を扇子で覆った。扇子の端から、嘲るような口端が覗いている。

 累は怒りに震えた。サーヴァント。下僕。奴隷。そんな相手でさえ、私の顔を笑うのか!

 達也の言葉は単なる挑発であり、いかなる望みを聞くかその前にどのような人間かを試すための台詞である。
 令呪で命令される以外はどんな反応でも受け入れる気であった。
 だがそれでも累の反応は達也の予想を超えていた。
「私にどんなことが出来るか――見せてあげる」
 累は懐から口紅を取り出し、唇に塗りつけ、そして達也の唇に自身の唇を重ねたのだ。
『そういえば、ファーストキスか』
 達也は呑気に考えながら、わざと押し倒された。

『お前は天使か、それとも悪魔か?
 お前の目的は悪意に満ちたものか、善意に満ちたものか?
 お前がそのような姿で現れたからにはさあ、答えよ!
 なにゆえ死して棺に納められ、葬られた遺骸が墓石の郊外を開いて再び吐き出されたのか?』
 累は叫んだ。達也の顔と声色で。
 この時、達也は自分と累の顔が入れ替わっている事に気づいた。
『月の夜にかくも再び帰りおとずれ、夜もかくも恐ろしいものにするとは!
 我々愚かなる者はかくも恐ろしい程、心をかき乱されてしまうとは!
 さあ、何故だ? 何のためだ? 我々にどうしろというのだ!』
 喋る顔は達也と同じはずなのに、輝きが異なる。同じ声色のはずなのに、達也の心をゆさぶる。
 それは偽物が本物を凌駕する美しさだった。
「――素晴らしい」
 累の顔で、達也は呟いた。
 単なる美しさだけでも、演技の上手さだけでもない。
 内面から湧き出す何か。それは達也自身にはとても持ちえないものであると直感した。

「あなたはその美を永遠のものにしたいと思いませんか?」

「聖杯に願うにはささやか――とは言えないか。ですがあなたは欲しくはないですか?
 光に満たされた居場所を。美を賞賛される幸福を」

「――欲しい!!」
 累は叫んだ。地獄の獄卒もかくやという鬼の顔で。

 グロテスクな美などというものを達也は否定していた。
 美とは生まれついたもの。天賦の物を磨いてこそ、完璧な美へと近づくものだ、と。 
 だが、累を見て考えを改めた。
 醜い容姿故に身に付けた異常な執念と突出した演技力。
 心と技に顔の交換という体をそろえた時、完璧を越えた美が誕生する。
 千葉流が千年追求した美も色あせる『感動』。
 自分や摩也のような才能を持つ者が努力しても決して届き得ない領域。

「あなたが初めて出会った時、見せた美で僕を魅せるのならば……あなたに忠誠を誓いましょう」

 これもまた達也の本心ではある。だが願いといえるものではない。
 達也の願いはただ一つ。
 兄弟の摩也と一緒で、恵と出会い、三人で平穏な生活をいつまでも送る事。
 マスターの累が望むように光の場所などいらない。ただ普通の生活を。
 だが、累はただ生きているだけで『普通』など望めない立場だ。
 だからこそ、彼女に協力しようと思った。
 何故なら、達也も演じる事でしか、人形のねじを回し続けることでしか人間の生活ができなかったのだから。
 累の悲鳴、絶望は達也のそれとは異なるが、己の意志ならぬところで決められた宿命に抗う。
 サーヴァントとなって初めてそれに挑めると思ったからこそ、累に忠誠を誓った。
 願いを語らないのは、今以上に信用されないであろうという判断からだ。
 醜い顔故光を求める相手に、美しい顔を持ちながら普通を求めるなど嫌味にしかとられないだろう。

 累はマスクをつけ直し、アサシンを無視して若宮大路を歩き始めた。
 目的地は鎌倉美術館。実際の鎌倉と少し地形が違い、劇団の公演が行われる鎌倉美術館が鎌倉駅の近くにあるのは好都合だった。
 アサシンの宝具で操れば、顔と社会的立場を手に入れられるだろう。

 累は達也について考えると、心の底から怨念にも似た何かがわき上がる。
 達也の笑顔も心を隠す言葉も立ち振る舞いも何もかも気に入らない。
 だけど、累は達也を従える事でしか生き残る事は出来ず、アサシンの力無くては目的に達する事も出来ないのだ。
 立ち止まるわけにはいかない。名声を、美を、幸福を、光に満ちた居場所を再び手に入れるために。


【マスター】
淵 累(ふち かさね)@累
【マスターとしての願い】
 口紅の効力が切れるのを恐れる必要がない、永遠の顔を。
 再び劇場で演技を。
【weapon】
母の形見の口紅
【能力・技能】
演技力
 演ずる役の人生そのものまで表現する卓越した演技。
 その根源は演じる事でのみ本物の人生を送れるという思い、そのために光を浴びる世界を失いたくないという異常な執着心からきている。
顔の交換
 口紅を塗った状態で、相手の唇にキスをすると顔を交換できる。
 持続時間は平均約12時間。顔を交換した状態で新たな相手にキスをすると、前の相手との顔の交換はキャンセルされる。
 死体からも奪えるが、交換する度に持続時間は短くなってゆき約5日間が限界。
【人物背景】
 絶世の美女、伝説の天才女優と謳われた淵透世の娘。だが彼女は母とは違い非常に醜い姿で生まれついた。
 母とはまるで似ていない容姿のせいでいじめを受けていたが、いじめで学芸会の主役に推薦されたのがきっかけで母の形見である『口紅の使い方』を思い出す。
 成長して後、母の協力者だった羽生田の紹介で丹沢ニナの代役となる。
 ニナから名声も美も全て奪い、ニナが自殺を図り植物状態となってからはさらに舞台や役者へと執着していく。
 美や光ある居場所に執着するが、そのため人の破滅までを積極的には行えない甘さが残っている。
 今回の聖杯戦争ではニナが死亡したため、消息を絶つ工作を行った後、地方都市(ここでは鎌倉)に身を隠している時からの召喚である。
【方針】
 アサシンは信用できないが、人身操作、記憶操作の術はかなり使える。
 まず別の顔を確保し、非戦派を装い他マスターと同盟を組みつつ、内部から崩していく。


【CLASS】
アサシン
【真名】
吉岡達也@コータローまかりとおる!
【パラメーター】
筋力C 耐久E 敏捷B 魔力C 幸運E 宝具―
【属性】
混沌・悪
【クラス別能力】
気配遮断:―
 アサシンのクラスが持つ共通スキルだが、このサーヴァントが持つ気配遮断はそれらのどれにも該当しない。
【保有スキル】
千葉流裏舞踊:A+++
 通常の演舞の裏に隠れ、受け継がれてきた乱世の舞。
 気を殺し、気を察し、気を放つことで気を手足の様に使いこなす。
 元が舞踊なだけにAランク以上の習得でなければ、実戦レベルでの行使は至難の業である。
気殺:A+
 気術と体術を併用した隠形術。
 究められたその技は自らの存在を消失させ、姿を自然に透けさせる事さえ可能としている。
投擲(扇子):B
 扇子をブーメランのように放つ能力。
無拍子:B
 間を見切り拍子を読ませない、予備動作を消し去った動き。心技体の一致で初めて体現できる武術の奥義。
 同じ攻撃を繰り返しても、技の仕掛けを予測不能にする特殊なスキル。
コールドトミー:―
 頸椎の神経を電気的に焼き切り、痛覚を遮断する手術。
 後天的な無通症。
病弱:A
 末期癌。あらゆる行動時に急激なステータス低下のリスクを伴う。
 だが、コールドトミーにより、リスクを無効化している。
【宝具】
『傀儡の舞』
ランク:― 種別:対軍宝具 レンジ:― 最大補足:1000人
 宝具の領域に達した人身操作の術。術者の意のままに感情や動きを操る。
 純粋な体術によるためモニターの映像ですら効力を発揮し、繰り返し見る度に被暗示性が高まってゆく。
 抵抗できるか否かは、対精神干渉スキルの有無による。
『封心の舞』
ランク:― 種別:対軍宝具 レンジ:― 最大補足:1000人
 宝具の領域に達した記憶操作の術。術者の意のままに記憶を封じ、改竄する。
 純粋な体術によるためモニターの映像ですら効力を発揮し、繰り返し見る度に被暗示性が高まってゆく。
 抵抗できるか否かは、対精神干渉スキルの有無による。
【WEAPON】
扇子
 投擲、宝具用。
 千葉流気流刃で硬化し、近接戦でも使用できる。
【人物背景】
 「千葉流」という古来から1000年続く日本舞踊の流派の総帥であり現継承者。
 独特の美学を持っており、美しいもの、とりわけ万物が滅びる時の「滅美」を至上の美としている。
 卓越した体術、手に持った扇子による攻撃、舞踊による催眠術を用いて戦う。
 またコールドトミーにより痛覚がないために肋骨を蹴り折られても平然としていたり、折れた左腕で殴り返すなど壮絶な戦いぶりを見せる。

 摩也という双子の兄がおり千葉流を継ぐはずであったが、彼が継承者としての束縛を嫌い家を飛び出した為に達也がその後釜とされた。
 父親は摩也がいずれ家を出る事を予期しており、達也にわざと毒を盛り、吉岡の家に養子として出し、吉岡家にいた恵という妹と互いを慕い合う関係に仕込んでおいた。
 千葉家に戻った達也は父からの厳しい稽古の中での恵が唯一の心の支えとなっていたが、千葉流秘奥「傀儡の舞」の伝授の際に恵が父の手により幼少から達也を兄と慕う催眠をかけられてえた事実を告げられ精神が瓦解。
 「傀儡の舞」を極めるにふさわしい器となる。
 その後は父親に自身が飲まされた毒を同じものを仕込み、殺害。
 さらに 「傀儡の舞」を全世界に放映する用意をし、世界を破滅させようとする。
 主人公のコータローの手で止められるが、その時には末期がんで余命いくばくもない状態だった。
 最後にTVジャックで「傀儡の舞」により洗脳された状態の人々を元に戻すため、摩耶が「封心の舞」を舞う姿を眺め、自身の望みは破滅ではなく摩也と恵といつまでも一緒に居る事だと自覚し息絶えた。
【サーヴァントとしての願い】
 双子の兄弟の摩也と、義理の妹の恵といつまでも三人で暮らす事。
【基本戦術】
 アサシンらしく、マスター狙いになる。
 透明化できる気殺はかなり探知能力の高いサーヴァントでも察知は困難なので、マスターとサーヴァントが離れた隙を狙おう。
 サーヴァントとの真っ向からの戦いは出来るだけ避けた方が良い。
【運用法】
 マスター、サーヴァントの洗脳が可能というのが大きい。
 マスターの演技力なら宝具を隠したまま助力を請い、対精神干渉スキルの有無を確かめた上で洗脳も可能であろう。
【方針】
 マスターの社会的立場を確保したうえで、他マスターとチームを組みたい。

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