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<div class="header"><span class="no"><a>486</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:24:17 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">流浪投下2007の1。てへ。ひどい話を書いた。<br /> 反省してないけど、ひどいので注意。<br /> ----------------------------------------<br />  うっすらと目を開ける。<br />  煙ったような白明、それとも薄暮の天井が写る。<br />  見慣れた僕の部屋の、見慣れた天井。<br />  暖房嫌いの僕の、冬の空気に満ちた部屋。その冷たさと、布団の暖かさ。<br />  目覚めの薄い失望の中で僕は胸を突く悲しさに耐えた。なんだろう。僕は<br /> 何でこんな気持ちなんだろう。ただ寂しく、虚しく、胸の奥の大事な部品を<br /> ちぎり取られたように痛かった。<br />  夢の残滓が胸の奥で木霊だけを残している。<br />  もう内容も思い出せない夜明けの夢の、その暖かさと懐かしさが、その幸<br /> 福と同量の悲しさになって僕を責め立てる。<br />  思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったかもしれない。<br />  痛みを感じるほど大切な気持ちだったのに、思い出せないことがこの悲し<br /> みの根源なのかな。脆く儚いものを美しいと思うのならば、人が美しく思う<br /> ものはみな等しく過ぎ去るのだろうか。それはこの上なく悲しいこと。<br /> 「んぅ……」<br />  物思いにとらわれて布団の中の昏い階段を降りてゆきそうな僕を、柔らか<br /> い寝息が連れ戻す。右腕にかかる優しい重さ。彼女が油断しきった寝顔で頬<br /> を僕の腕にこすりつける。普段は気の強いところもある表情が寝ているとき<br /> だけはなんとも甘えん坊そうなものになる。<br />  この寝顔を見るのを楽しみにしていること。<br />  彼女本人にも言えない秘密だ。<br />  彼女のその姿を見ていると、さっきまでの悲しさが波に洗われる砂浜のよ<br /> うに消えていく。もう輪郭さえもつかめない、淡雪のような消え方。<br />  不思議な喪失感さえも、陽だまりの名残雪のように失せてゆく。<br />  太目の眉の下の目線は柔らかく閉じられて、まるでイチゴたっぷりのケー<br /> キの夢でも見ているように口元は緩んでいる。ちょっと涎までたらしちゃっ<br /> て。赤ちゃんみたいなものだ、可愛いな。<br />  ぴったりくっつけられた身体が温かい。丸みを帯びた彼女のラインが布団<br /> の中で寄り添ってきている。<br />  僅かな吐息の動きが眠っていても彼女の存在を強く僕に伝えてくれる。<br />  抱きしめた彼女の裸身の、モデル体形と云うわけじゃないけれど僕の腕に<br /> すっぽり収まる腰の線が心地良い。<br /> 「ん。……んぅ?」<br />  彼女が目に砂が入ったように眇めつつ、僕を見上げる。<br /> 「むぅ……」</div> <a name="487"></a> <div class="header"><span class="no"><a>487</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:25:52 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「おはよ」<br />  彼女をびっくりさせないように小さく囁く。<br />  彼女はまだ夢と現実の境界にあるあの陽だまりにでもいるような表情でい<br /> たけれど、やがて口の中でおはようとかそんなことをもぐもぐと呟く。<br />  まだ時間は真夜中前だ。粉雪のちらつく夜空がカーテンの隙間から見える。<br /> 街路の水銀灯に照らされたそれは白く、かぼそく、この部屋に聞こえるのは<br /> 遠くを通る車の、幽霊じみた遠い響きだけ。<br /> 「また、見てた」<br /> 「ん?」<br />  彼女の定番の非難を、僕はわざと気がつかないように受け流す。<br /> 「寝顔、見てた」<br /> 「そんなことは無いよ」<br /> 「むー」<br />  彼女は子供のように口をへの字にすると、下着しかつけていない下肢を僕<br /> に絡ませる。彼女としてはぐいぐい押し付けて困らせる気なのかもしれない<br /> けれど、それは暖かくて、柔らかくて、僕としては内緒だけどちょっとだけ<br /> 幸せになってしまう。<br /> 「白状しなさい~」<br /> 「何も見てませんですよ」<br />  僕は軽く答えると、布団の中で彼女の腰を抱き寄せる。強く抱きとめて、<br /> 彼女を僕の身体の上に乗せる。重いなんて思わない。その確かさが、僕に体<br /> 重をゆだねてくれる彼女の気持ちが嬉しい。<br /> 「ごまかされないんだからねっ。そんなことじゃ」<br />  眉を吊り上げる演技をする彼女も、少しだけ嬉しそうだ。ぬくい、ぬくい<br /> といいながら、僕の肩口に頬を摺り寄せる。<br />  こんな冬篭りに似た夜の、新年の深夜。<br />  およそ考えられる限りの中でもっとも望ましい「今この瞬間」の過ごし方<br /> の堂々のトップランキングが、暖かい布団の中で彼女とじゃれあうこと。<br />  汗を含んだ香りもどこか甘くて、僕は胸がいっぱいになる。<br />  僕のだぼついたTシャツをはおっただけの彼女の背筋を布団の中でたどる。<br /> 交じり合った二人の体温が攪拌されて、渦を巻き、彼女がひくんと震える。<br /> 「うう、ごまかされない」<br />  唱える彼女の肩口を指先がたどる。<br /> 「絶対に追求する~」<br />  何でこんなにふわふわなんだろうといつも思う彼女のパンツの縁をたどっ<br /> た指先が、そのままお尻の丘を越えていく。<br /> 「卑怯者~っ」<br />  太ももの間、彼女の形のいいお尻の底を僕の指先は、くるん、くるんと撫<br /> で回す。</div> <a name="488"></a> <div class="header"><span class="no"><a>488</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:26:40 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 腰を逃がそうとする彼女を左手で抱きしめて、聞き分けの無い子供を優し<br /> くあやすように指先で輪舞を繰り返す。<br /> 「……ううう、ぜったいにぜったいに懐柔されないんだから」<br /> 「うん」<br />  にこりと笑う。僕本人は微笑んでいるつもりなんだけど、彼女は決まって<br /> 「意地悪を企んでいる微笑だった」と言う笑顔だ。<br />  そうなのかな。本人は自覚が無いのだけれど。<br /> 「うん。じゃない~っ」<br />  噛み付きそうな彼女、でもその下肢はもう力が抜け始めている。<br /> 「絶対に絶対?」<br /> 「ぜったいにぜったいにぜったい」<br />  下着のクロッチを僅かにずらすと、彼女の瞳に一瞬だけ怯えと期待みたい<br /> な色が混じる。僕は彼女の秘裂を爪先で軽くなぞる。<br /> 「ふぅん」<br /> 「ぜったいなんだかっ」<br />  その言葉が終わるのを待たないで、潤んだようなそこに指先を沈ませる。<br />  第一関節までも使わないような浅い挿入。<br />  その浅さがぞくりとした震えを彼女の背筋に差し込む。途切れさせた言葉<br /> に続く絶息とせわしない呼吸、甘い体臭が僕を包む。<br /> 可愛らしく逃げ出そうとするお尻を振る動作が、そのまま罠にはまり込むた<br /> めの動きになってしまっている。<br /> 「ぅ。はぅぅぅ~ぅっ」<br />  悔しそうな、それでも隠しようが無いほど甘い声。<br /> 「気持ちよくない?」<br /> 「そんなこと、ぅ、ない……もん」<br />  弾みそうになる彼女の呼吸。小さな動きにも耐えかねるように敏感に反応<br /> する狭い肉穴の熱さが愛しくて、優しく髪の毛を撫でる。<br />  身体の火は消えてなかったらしい。浅い眠りに突く前の蕩けるような交わ<br /> りの熱さのままに僕の指先から濡れた音が響く。<br />  豊かな胸を僕におしつけ、シーツを握って耐える彼女。それが愛しくて僕<br /> は指先をあくまでも優しく浅く動かす。これが彼女の弱点なのだ。<br />  もどかしいような焦れったいような指遊びに、彼女の身体を弛緩と緊張が<br /> 交互に襲う。<br />  必死に逃げるような動きが、指を追いかけるような緩慢な誘惑の振り子に<br /> 変わる。彼女の甘く湿った吐息が漏れはじめる。</div> <a name="489"></a> <div class="header"><span class="no"><a>489</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:27:44 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「許してくれる?」<br /> 「~~っ! だ、だめ。追求するのっ」<br />  一瞬だけ気を取り直す彼女の粘膜を指先でくすぐる。彼女が我慢できる程<br /> 度の刺激に抑えつつ、優しく懐柔していく。<br />  彼女の太ももに小さな漣が走り、僕の腰を挟みつけるようになる。それで<br /> もまったく気がつかないように、彼女の背筋をなでながら小さな動きを繰り<br /> 返す。<br />  絶対に許さないのは彼女だけではないのだ。<br />  僕も許してあげない。彼女に消えない感覚を刻み付けたい。<br />  僕のものにしてしまいたいのだ。<br />  暖かくて、柔らかくて。<br />  抱きしめている嬉しさと、満たされない独占欲。<br /> 「あのさ」<br /> 「ふぇ?」<br />  僕を見上げた彼女の瞳は涙をこらえたように潤んで、とろけて、おねだり<br /> をするような甘えた眼差しになっている。抱きしめたくなる気持ちを抑えて<br /> 、僕は微笑む。<br /> 「後でいっぱい追求してもいいから、今は溺れちゃおっか?」<br /> 「あ。はぅ?」<br />  飲み込めない彼女の脳裏に染み込ませるように、僕はねっとりした粘液で<br /> ぬめる指先で彼女の敏感に加熱された肉壁をたどりながら囁く。<br /> 「気持ちよくなっちゃおうか? ここ、入れちゃうの。――大丈夫。ごまか<br /> そうなんて思ってないから」<br /> 「う、うん……」<br />  呆けたような表情でとろんと見つめる彼女の眉が、僕がクリトリスの裏側<br /> を掻くたびに切なそうにゆがむ。必死に自分と戦っているのが判る。<br />  意地を張りたい自分と、気持ちよくなってしまいたい自分が戦っているの<br /> だ。<br />  そんな彼女の強がるような、甘えるような様子が愛しくて、僕は彼女の耳<br /> に唇を寄せる。<br /> 「くちゅんって奥まではいって、ぎゅーっと抱きしめたいな。そしたらキミ<br /> の魅力で僕も白状するかもしれないでしょう?」</div> <a name="490"></a> <div class="header"><span class="no"><a>490</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:28:35 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「う、うん」<br />  想像してしまったのだろうか。我慢しきれないように腰をゆらゆら動かす<br /> 彼女は真っ赤になってこくりと頷く。<br /> 「うん。――うん、そうなんだから。白状させるんだからね」<br />  茫洋としているのにもどかしい様な可愛らしい表情で上半身を無理やり起<br /> こすと、自分の下着を横にずらして、すっかり大きくなっている僕のものを<br /> 探して、どろどろになった恥孔にあてがう。<br /> 「熱い、よぅ」<br /> 「それは、そっちだって」<br />  あてがわれただけで絡み付いてくる蜜が僕を伝い落ちる。<br />  僕はその蟲惑的な感触に陶然となる。<br />  彼女はゆっくりと先端を舐めあげるように腰を動かす。滑りあい、絡み合<br /> う蜜。甘い感触が触手のように絡み付いて、僕の身体もぞくぞくする喜びに<br /> 支配されていく。<br />  ぢゅくん。<br />  それは熱く粘つき蕩けるシュークリームに指を突き入れたように。<br />  ねっとりと絡み付いて僕を包み込む。先端が奥へと到達する甘い衝撃。<br />  気持ち的には降参しかけた僕は、彼女を抱きしめて、下から突き上げる。<br />  気持ちよくて、気持ちよくて。<br />  彼女の名前を呼びながら。<br />  大好きな、ずっと一緒にいたい彼女の名を呼びながら。<br />  胸の奥の大事な部分に刻まれた彼女の名を呼びながら。</div> <a name="491"></a> <div class="header"><span class="no"><a>491</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:29:14 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> ……。<br />  …………。<br />  うっすらと目を開ける。<br />  煙ったような白明、それとも薄暮の天井が写る。<br />  見慣れた僕の部屋の、見慣れた天井。<br />  暖房嫌いの僕の、冷たい部屋。暖かい布団から出した頬に当たる部屋の中<br /> の空気と、凝り固まったような僕の呼吸。<br />  胸を突く悲しさに耐える。<br />  ただ寂しく、虚しく、胸の奥の大事な部品をちぎり取られたように痛かっ<br /> た。<br />  夢の残滓が胸の奥で木霊だけを残している。<br />  ひどい話だ。<br />  彼女の名前が、あんなに呼んでいた名前が、もう思い出せないよ。<br />  もともと名前が存在したかどうかも怪しいけれど。<br />  そりゃそんな事実は無かったさ。僕の過去のどのページにもあの意地っ張<br /> りで可愛らしい娘なんて実在はしていない。<br />  だけど、なら、なんでこんなに胸が痛むのだろう。<br />  夜明けの夢のその暖かさと愛しさが、その幸福と同量の悲しさになって僕<br /> を責め立てる。<br />  思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったかもしれない。<br />  痛みを感じるほど大切な気持ちだったのに、思い出せないことがこの悲し<br /> みの根源なのか。忘却が天の配剤だとすれば、一切合財を綺麗にしてくれれ<br /> ば良いのに。<br /><br /> 「まったくひどい話だよな、おい」<br />  僕は枕もとの少女に声をかける。<br /> 「至らぬことがありましたか? 申し訳ありません」<br />  夢幻の世界の住人にのみ許されるような可憐さで少女は応える。内側から<br /> ぽうっと光を放つように見える白い肌、桜色の唇、濡れた鴉色の髪。漆黒の<br /> 夜会服を身につけた少女は、僕のベッドの枕元に腰をかけ、身をひねるよう<br /> に僕の額に手のひらを当てる。<br />  火照った額から熱を吸い出してくれるようなひんやりした指先。<br /> 「気持ちよくは、ありませんでしたか?」<br />  穏やかな声で彼女は尋ねる。<br /> 「……」<br /> 「良かったですよね? 反応がありました」</div> <a name="492"></a> <div class="header"><span class="no"><a>492</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:29:54 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> ああ、良かった。気持ちよかったよ。<br />  あいつの声も、温度も、抱き寄せたときの我慢しているような戦慄きも、<br /> 抱きついてくるがむしゃらな勢いも、全てが気持ちよかったよ。<br /> 「……」<br /> 「オファーにお応えできたと自負していたのですが」<br />  彼女の呼びかけてくれる声が気持ちよかったよ。<br />  甘やかな体臭も気持ちよかった。気の強そうな太目の眉が困ったようにひ<br /> そめられるのも、満腹した猫みたいにじゃれてくるのも気持ちよかったよ。<br /> 「ご不満、ですか」<br />  油断した、信頼しきった、子供みたいな寝顔が気持ちよかったよ。<br /> 「そうじゃないよ。気持ちよかったよ。だけど、そうじゃなくてっ」<br />  声に苛立ちがにじむ。それに怯えたわけでは無いのだろうが、少女が身を<br /> 固くする。<br /> 「そうじゃなくて、なんで夢なんだよ。なんで醒めるんだよ。何でこんな気<br /> 持ちになるんだよっ」<br />  僕は胸の思いを叩きつける。<br /> 「こういうのって反則だろ? 反則じゃないか。確かにオナ禁しちゃったか<br /> もしれないさ、あんたは精霊の類でそれが仕事かもしれないさ。それはいい、<br /> それは納得するさ、許すさっ」<br />  身体を硬くして、僕の言葉に耳を傾ける彼女。その落ち着いた真摯さが僕<br /> の気持ちを逆なでする。彼女の腕を強引に突かんで、夜会服の少女を布団に<br /> 引き寄せる。<br /> 「でも、何だってこんな気持ちになるんだよ。痛いだろ。……辛いだろ、こ<br /> んなの。なぁ、なんだよ、これ。なんか意味あるのかよ? 卑怯だろう、こ<br /> れっ」<br />  彼女は伺うような、尋ねるような、不思議な深い色合いの瞳で僕を見つめ<br /> る。<br /> 「精を抜くのが仕事なら、何でこんな手の込んだ詐欺みたいな真似をするん<br /> だよ。おかしいだろう、他の人のところではこんなやり方しないだろうっ。<br /> 何で僕だけこんな、一人ぼっちで捨てられた犬みたいな惨めで寂しい気持ち<br /> にならなきゃいけないんだよ。教えろよっ」<br />  僕は少女の華奢な手首を引き込むように身体を入れ替えて、布団に押し倒<br /> す。<br />  布団に引き倒された彼女に覆いかぶさり、その手首の細さに少しだけ驚い<br /> て、それでも強く押さえ込む。</div> <a name="493"></a> <div class="header"><span class="no"><a>493</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:30:34 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「だって……」<br /> 「だって?」<br />  彼女の瞳に少しだけ憧れに似た何かが浮かぶ。<br />  罪悪感がずきずきとする。こいつにだって悪気があったわけじゃないかも<br /> 知れない。気持ちの良い夢が無料で見れた。それだけのことかもしれない。<br /> そうさ、たとえ胸が多少痛かろうが、夢の内容は幸福そのもの。お金を払っ<br /> て風俗に行くようなものだ。そう幸運と喜ぶ男だっているのだろう。<br />  だけど僕はそんなことじゃ納得できなかった。したくなかったのだ。<br />  夢は。<br />  彼女の見せてくれた、淫らなはずの夢は。<br />  あまりにも幸せで。暖かくて、愛しくて。<br />  ――渇きに気がつかされてしまったから。<br /><br /> 「だって、『そう』じゃないと気持ちよくなれないでしょう?」<br /> 「え……?」<br /> 「貴方は、気持ちが通じ合わないと、気持ちよくなれないのでしょう? 好<br /> きな相手じゃないと、気持ちよくなれない。愛しい相手だからこそ、蕩ける<br /> ような快楽が得られるのでしょう? そんな貴方に提供できる淫夢は……」<br />  彼女は、躊躇いがちに告げる。<br /><br />  ああ。<br />  そうか。<br />  そうだよな。<br />  それはまったく。<br />  その通りだ。<br /><br /> 「それでも僕はイヤだっ。こんなだまし討ちみたいなっ。卑怯な、反則なっ。<br /> 納得なんかいかない、絶対にっ……。こんな」<br />  言葉に詰まりながらも、僕はもう引っ込みつかなくなった子供のような頑<br /> なさで言い張る。僕の胸の中心には、そんな事ではぜったいに納得しないと<br /> 喚きたてている、頑固で意固地な硬い塊があるのだ。<br />  彼女は僕に押さえ込まれたまま、僕には理解しきれない落ち着きの中から、<br /> 低い声で再度問い直す。<br /> 「そこまで仰るからには当方にも落ち度があったのでしょう。……先ほどの<br /> 夢よりも甘い夢を、十回差し上げます。それでご容赦願えますか?」<br />  あの幸せを、後十回。<br />  甘えたような彼女の寝顔がよみがえる。<br />  それは確かに魅惑的な条件だった。<br /></div> <a name="494"></a> <div class="header"><span class="no"><a>494</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:31:28 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「絶対にイヤだっ」<br />  胸の中の錆付いた重い重いドアが抉じ開けられるような、それは轟音と共<br /> に訪れる苦しみ。あの寂しさと喪失感を、後十回。正気が保てるかどうかす<br /> ら怪しい。<br /> 「毎週末の夢の逢瀬を、十年でも?」<br />  くらくらするほどの誘惑。<br />  彼女と出会い、過ごし、睦み合い、寄り添う十年。<br />  名前も知らない、あの彼女と。<br /> 「イヤだっ!!」<br />  それでも僕は答える。なぜ断るのか僕にもわからない。<br />  ただ岩にしがみつく様な必死さで、僕は僕の中心にあるちっぽけな拘りに<br /> 食らいついている。<br /><br /> 「――絶対に?」<br /> 「絶対に絶対にっ!」<br />  彼女は瞳を細めて僅かに微笑む。<br />  困ったような、それでも許すような小さな笑み。<br />  その優しい笑みに、僕の時間が止まる。<br />  するんと僕の腕の戒めを抜け出した彼女は、細い腕を僕の首に絡める。大<br /> 写しになる彼女の表情。優しくて、ちょっとだけ困ったような笑み。<br />  珊瑚色の唇が、僕に触れる。<br /> 「っ~」<br />  軽い接触。唇が触れただけ。<br />  それだけで、甘い衝撃が波紋の様に広がって、顔の表面温度が上がるのが<br /> 判る。僕の呼吸が止まったのを確かめたようなタイミングで、もう一度、そ<br /> してもう一度唇が触れる。<br />  儚くて、触れた後には淡雪のように消えるようなキス。<br />  焦りに似た感情で動悸が激しくなる。<br />  残り香に似たその残滓を確認するようにまた触れたくなって、エコーのよ<br /> うに繰り返す。<br /> 「~っ! こんなんで誤魔化されないからっ」<br /> 「ええ。私も都市伝説とまで言われる存在ですから。この程度では済ましま<br /> せん」</div> <a name="495"></a> <div class="header"><span class="no"><a>495</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:32:00 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> とろり。<br />  何か得体の知れない甘い蜜を流し込まれるような口付け。<br />  先ほどまでの儚さのまま、柔らかく濡れた唇が僕を迎え入れる。強く抱き<br /> しめたら折れそうな身体を摺り寄せるように、彼女の身体が僕の腕の中に忍<br /> び込む。<br />  息継ぎに唇を離すその一瞬に、彼女の優しい微笑が視界に入る。<br />  その微笑が降参を薦めているようで、僕はかっとなる。<br /> 「懐柔なんかされないからっ」<br /> 「はい、もちろん」<br />  彼女は首を傾けるように斜めにすると、再び深く唇を合わせる。<br />  くらくらするような、その甘さ。<br />  今までにしたことがある口付けとは、どこか次元の違う胸をかき乱すよう<br /> な感触。<br />  酩酊するような柔らかさに溺れかける。目を瞑った彼女の表情が、胸の奥<br /> の郷愁のようなものと重なって切迫した気持ちになる。甘い、蕩けるような、<br /> それでいて自分のものにはしきれない、もどかしいキス。<br /><br />  とろり、とろり。<br />  繰り返し唇を合わせる。始めは彼女から。<br />  誘われるままに、僕からも。そして貪るように。<br />  彼女の身体を押さえ込むように、何度も。何度も。<br />  どれくらいそうしてただろうか。<br />  彼女はどこか呆けたような瞳で僕を陶然と見上げている。浅くなった呼吸<br /> と、なんだか切ないような哀しいような気持ち。割り切れない思いで僕は彼<br /> 女を見下ろしている。<br /><br /> 「赦していただけるようになりましたか?」<br />  茫とした吐息のような声で彼女が尋ねる。<br /> 「いやだ」<br />  僕は自分でも驚くほどの頑固さで首を振る。<br /> 「――判りました」<br />  彼女は遠くから響くような声で呟くと、その夜会服から伸びた指先を上げ<br /> る。首もとのチュールレースをほどくと、凝った切り返しに隠された小さな<br /> 真珠貝のボタンを一つ、また一つとはずしていく。<br />  隙間から僅かにのぞく肌。<br />  そんな他愛も無い光景に僕は喉が詰まったようになる。</div> <a name="496"></a> <div class="header"><span class="no"><a>496</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:32:54 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「自分で言っただろう。――気持ちが通ってないと気持ちよくなれないって。<br /> だから、そんな風に色仕掛けしたって、無駄だよ」<br />  咽喉に絡むものを飲み下ろして、僕はかすれた声でいう。<br /> 「はい。ですから、ここから先は本気です」<br /> 「え?」<br />  彼女の言葉を僕はつかみ損ねる。<br /> 「本気でお慕いさせて頂きます」<br /> 「え? 何を――」<br /> 「だから」<br />  彼女が、あんなに儚げでどこか遠かった彼女が、この時、微笑んだ。<br />  それは天使のような微笑。<br />  昏い部屋に明かりを灯すような微笑。<br />  今までの遠さの無い、照れたような、困ったような、でも吹っ切れたよう<br /> な、微笑み。<br />  今ここにいる彼女を、ほんのちょっとは、ちょっとだけは信じてみても良<br /> いかな、そう思える微笑。韜晦や誤魔化しなんかには絶対に流されないと意<br /> 固地に固まっていた僕なのに、ほんの少しだけは、彼女の言葉に耳を傾けて<br /> も良いかな、触れても良いかなと――そう思えるような笑み。<br /><br /> 「だから、私のことを好きになっても、良いですよ?」<br /> 「ばっ、バカじゃないか? お前っ! 僕が何でお前のことを好きにならな<br /> きゃならないんだよ。あんな騙し討ちみたいな事をしたお前をっ」<br />  彼女は目を伏せてくすくすと微笑う。<br /> 「そうですよね。好きになれと言ってる訳ではないのです。でも、私はあな<br /> たをお慕いします。しています」<br /> 「だからなんでっ」<br />  僕の言葉をさえぎるように、彼女は僕を引き寄せる。そこは淡いふくらみ<br /> を持った夜会服の内側、クリームのような滑らかさを持った彼女の胸。<br />  こいつ、この禁断少女とか言う精霊か妖怪の類。<br />  正気なのか冗談なのか。そんな簡単に「お慕いしてる」なんて、信じられ<br /> るわけが無いじゃないか。いや、むしろ馬鹿にしてるだろう。ふざけるな。<br />  それでも、その肉付きの薄い、ただひたすらに滑らかなクリームの肌に抱<br /> きかかえられていると、異性慣れして無い僕はなんだか申し訳ないことして<br /> いるような気持ちになってしまう。<br /> 「んわぅ」<br />  胸をぎゅっと押しつけられて、僕はくぐもった呻きをあげる。彼女は小魚<br /> のように身をくねらせて、どこか古めかしい麝香のような香りをもった豪奢<br /> な服に僕を埋もれさせる。</div> <a name="497"></a> <div class="header"><span class="no"><a>497</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:33:33 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「――すみません。あまり豊かな体形ではないのですが」<br />  丁寧で冷静だけど、どこか恐縮したような恥じるような声。さっきまでと<br /> は違う、女の子の声。<br /> 「……別に、胸のサイズに好みは無いけどさ」<br />  憮然とした僕の答え。駆け出しそうな鼓動を必死に抑えて、声を繕う。<br /> 「はい、嬉しいです。お慕いする殿方を抱きかかえるというのは、幸せです<br /> ね。――あ、至らなくて、すみません。こうでしたね」<br />  胸に抱きかかえたまま、彼女は器用に指先を操ると、僕の下腹部を探る。<br /> 「~っ。だからな」<br />  僕の言葉は、途中で遮られる。<br />  先ほどと同じ、でもずっと甘く、優しいキス。<br />  誘惑のキスでも代価としてのキスでもなく、僕と触れ合いたいと、そう語<br /> りかけてくれるキス。気持ちよくしてあげたいと、必死な口付け。<br />  柔らかい舌先が唇の形をなぞる。<br />  離れる度に寂しさが募るようにまた絡み合う。<br /> 「卑怯だろ、そういう、のっ」<br />  言葉を細切れにされてしまうような気持ちよさに耐えながら、僕は抗議す<br /> る。<br /> 「私どもの種族と職業としては卑怯といわれている行為には該当しません。<br /> 正々堂々正面からの誘惑です」<br /> 「それじゃ、結局夢と同じ――」<br />  とろり。<br />  さえぎるように流し込まれる、彼女の唾液。<br />  甘やかな粘液と、絡められる、小さな桜貝の唇。<br /> 「んっ。むぅ~」<br /> 「……はぁ。――いえ違います。貴方も私もここにいます。夢なんかじゃあ<br /> りません。私が――貴方をお慕いしています。できれば、貴方も私に好意を<br /> 持ってくれると嬉しいのですけれど」<br /> 「それは絶対にダメっ」<br />  拒絶はしたものの、僕の頭は混乱でいっぱいだった。なんでこうなったん<br /> だ。というか、彼女の言う理屈はなんだか筋が通ってるような捩れているよ<br /> うな気がする。でも、どこがそうなのかをゆっくり考える余裕は無かった。<br /> 「こうしていると、内緒話をしているみたいですね」<br />  いつの間にか彼女を横向きに抱きかかえるようにしていた僕の胸元で、服<br /> をはだけた彼女が言う。美しい黒髪が扇のように広がって、ベッドは豪華な<br /> 夜の海にさえ見える。</div> <a name="498"></a> <div class="header"><span class="no"><a>498</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:34:09 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 小さなくすくすという笑い声。<br />  僕を抱え込んで、じゃれるような彼女の声は澄んでいて、耳に心地よく響<br /> く。<br /> 「大体、そんな急にお慕いしてるとか、訳が判らないよ。信じろというほう<br /> が無理な話だ」<br />  僕はその光景に気持ちが傾きかけているのを糊塗するように、無理に作っ<br /> た硬い声で突き放す。<br /> 「急な話ではありませんよ。何回夢で誘っても、断られる貴方ですから、た<br /> とえ記憶がなくても」<br /> 「え?」<br />  彼女の柔らかい包むような声。外見は可憐な少女なのに、彼女の言葉は年<br /> 齢を感じさせない、透き通った落ち着きと、僕を良く知っているかのような<br /> 好意がある。<br /> 「いえ、こちらの話です。――そう、ですね。貴方の書いた文章を全て読ん<br /> だから、ではダメですか?」<br />  ――そんなのは。<br />  そんなことは。<br />  胸にじわりと広がる亀裂。<br />  そこから熱いものが溢れて来そうになって、僕はあわてて蓋をする。<br />  そんな言葉は社交辞令だ。僕の文章で誰かが僕に好意を持ってくれるなん<br /> て、そんな訳があるもんか。僕は僕の書きたいものを前後の脈絡も、他の人<br /> の批評も関係なく、ただ露悪的に書き散らかしているだけ。そんなことは僕<br /> 自身が誰よりもわかっている。<br />  上手いか、拙いか、ですらない。ただの自己満足の残滓を、廃棄している<br /> だけだ。<br /> 「信じられないね」<br />  我ながらそっけない声を出せたと思う。<br />  成功してよかった。震える声と動揺を隠せて、良かった。<br />  気持ちがざわめいて、血の温度が上がる。それでも僕は視線をはずす。<br /> 「ふむ」<br />  彼女は僕の腕の中で、ちょっとだけ困ったように小首をかしげる。<br />  そんな小さな表情も可愛らしくて、僕の深いところが、ずくりと痛む。諦<br /> めていたはずの遠い傷跡のような鈍痛。熱くて、深い痛み。<br /> 「判りました。言葉だけでは信じていただけないようなので、実力行使に訴<br /> えさせていただきます」<br />  彼女は身をくねらせると、僕の首筋に噛み付くように唇を寄せる。</div> <a name="499"></a> <div class="header"><span class="no"><a>499</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:34:42 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> ちゅ。<br />  ちゅくん。<br />  口付けの雨。さらりとほどけるような髪の毛がすれて、僕に絡んで、甘い<br /> 麝香の香りと共に包み込む。<br />  彼女ははむはむと唇で僕の首筋をたどりながら続ける。ただの首筋へのキ<br /> スが、くすぐったいような彼女の息遣いを感じるだけで、四肢から力が抜け<br /> てしまうほど気持ちいい。悪戯そうに僕の首筋にキスする彼女の方を抑える<br /> ので精一杯になってしまう。<br /> 「ううぅ」<br /> 「恨めしそうな声ですね。――あ」<br />  彼女はふと顔を上げる。僕の瞳を覗き込むように表情をほころばせると、<br /> 忘れていましたと囁いて、僕の下腹部に手を伸ばす。悪戯な指先がファスナ<br /> ーを器用にはずして忍び込むと、探るような動きで捉えこむ。<br /> 「んっ!!」<br />  彼女の指はひんやりしていて、ぞくぞくするような気持ちよさを送り込ん<br /> でくる。躊躇いがちなのに、僕が弱いところをあらかじめ知ってるように、<br /> 細い指先で撫で回す。<br />  僕が硬直して動きを止める。その隙に乗じるように、彼女は身体を擦り付<br /> けるように滑り込ませる。白魚のような指に導き出された僕のものが、重苦<br /> しい熱さを下腹部に伝える。<br />  自分でも節操が無いと思うけれど、彼女の触れてくる感触は気持ちよすぎ<br /> た。<br />  重くて疼くようなもどかしさが集まっていく。<br /> 「卑怯者~。そういうのは無しだって云っただろうっ!」<br /> 「それについては、私たち種族の見解と違うと反論致しました」<br />  じわりと奥の方の痺れが漏れ出すような感覚。熱くなったものを彼女の指<br /> 先が、いちいち確かめるように辿る。腰をゆすって逃げようとするけれど、<br /> 右に振っても左に振っても、広がった彼女のゴシックなドレスのパニエやド<br /> レープが擦れて、追いかけてくる指先にあっさりと捕まってしまう。<br />  しっとりとした指先が吸い付くように撫で回す。<br />  先端部分や雁首をくるくるとあやす様にされると、疼くような快楽が粘液<br /> のように骨を蕩かそうとする。<br />  消して強く握るような感触じゃないけれど、それだけに焦れったさとくす<br /> ぐったさが、僕の溶岩のような欲望を煽り立てる。<br /> 「僕は人間なのっ。そっちのこといわれても、困るっ」<br />  僕の反論も呼吸が乱れて、切れ切れにされてしまう。</div> <a name="500"></a> <div class="header"><span class="no"><a>500</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:35:14 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 彼女は涼しい声で、それでも僅かに頬を高潮させた愉しげな表情で、僕の<br /> 言葉を引き取る。<br /> 「しかし『愛から為されることは、常に善悪の彼岸に起こる』とニーチェも<br /> 言ってます。ですから人間界でも卑怯というにはあたらないと思います」<br /> 「なんか、納得いかない~っ」<br />  優等生っぽい彼女の態度と、丁寧な言葉づかい。それがなんだかやけに癪<br /> に障って、でも癪に障るということは意識してしまっていることだと気がつ<br /> いて、僕の身体がまた一つ熱くなる。<br /> 「納得、いきませんか?」<br />  彼女は僕を見上げて、にこりと笑う。<br />  その笑顔をみて、僕は一瞬思考が停止する。この笑顔が、ああ、そうか。<br />  ――判った。<br />  意地悪を企んでいる微笑ってのは、これなのか。<br />  こんなの……、反則だろ。<br />  僕は強がるように視線をそらして、思い切り目をつぶる。でも、彼女の微<br /> 笑みは僕の瞳に焼き付いている。意地悪そうな、それでいて楽しげで慈しむ<br /> ような笑み。大好きな人の一番気持ち良いところを知って乱れさせる権利を<br /> 得たもののちょっとだけ我侭な、でも献身と愛情に満ちた悪戯そうな瞳。<br />  花の様に咲いた可愛らしさは凶悪で、反則というほか無くて、鷲づかみに<br /> された気分にさせられる。<br /> 「あ、とろとろぉって出てきました。塗りつけて差し上げますね」<br /> 「解説するなっ」<br /> 「あん。貴方だって夢の中では解説して差し上げてたではないですか」<br />  うう、情けないけれど、彼女の指が先端の切れ込みや傘を往復するたびに、<br /> 感電するような脱力するような快楽が身体を走る。<br />  疼くような脈動は脅迫的なほどで、強がって腰ががくがく動かないように<br /> するために、彼女の腰を抱き寄せることしかできない。<br />  飲み込めてきたのかどんどん滑らかでしつこく、優しく、甘やかすように<br /> なってくる彼女の指先に翻弄されて、思考が寸断されてあちこちで渋滞を起<br /> こす。<br />  気持ちいい。彼女の指先があやすように撫で回してくれるのが心地いい。<br />  でも、それを認めるのは癪で、伺うように彼女を覗き込むと、例の意地<br /> 悪っぽい笑顔で微笑まれるのが腹立たしい。<br />  でも、その気に食わないほど凶悪な笑顔はなんだか少しは信用できるも<br /> ののような気がする。そんな思考さえも分断されて、なんだかふわふわし<br /> てまとまらない。</div> <a name="501"></a> <div class="header"><span class="no"><a>501</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:35:46 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">「あの」<br />  彼女は、指を絡めたまま見上げる。<br /> 「え……」<br />  応える僕はきっとぼんやりした声だったろう。腰が痺れたように動かなく<br /> て、そのくせ感覚だけは削りだしたように敏感になっているのだ。<br />  彼女は微笑んだまま、僕の指先を自分のスカートの中に誘導する。<br />  何重にも折り重なったパニエの中、火照ったような太ももの奥、下着をず<br /> らした場所はぬかるんで潤みきっていた。その蕩けた感触に指をしゃぶられ<br /> て、僕の尾てい骨の奥がぞくりと震える。<br /> 「赦してくれなくても良いですから、いまは……」<br />  柔らかく敏感な花びらで指先の感触を味わった彼女は、あの悪巧みするよ<br /> うな笑顔に切なそうな愉悦をにじませる。火傷しそうな息が僕の肌を舐める。<br />  彼女が微笑む。悔しい。この先なんて云われるか、僕は知ってる。<br /> 「――溺れちゃいませんか?」<br />  くちゅり。<br />  彼女が腰をひねると、ぬるぬると蠢く蜜壷で指先が誘惑される。<br /> 「気持ちよくなりませんか? 私のここ、もう蕩けてます。貴方のが欲しく<br /> なってるんです。ごまかそうなんて思ってませんから」<br />  嘘だ~っ。絶対有耶無耶にしようと思ってる。賭けたっていい。<br />  判ってるのに、激しい鼓動と、ずきずきとねだる疼きが止まらない。<br /> 「とろとろの中に押し入れて、何回も何回もしごいて差し上げたいです。私<br /> のことをお仕置きするつもりでも良いです。私のこと嫌いなままでも、赦さ<br /> ないままでも良いです。――私も貴方を迎え入れたら、気持ちよさで蕩けて<br /> 貴方のものになってしまうかもしれないでしょう?」<br />  彼女の優しい囁きと、それを強調するように絡みつく蜜壷の淫らな蠢き。<br />  いやでも想像させられる。たまらないほどの愉悦と、小柄な彼女のを抱き<br /> しめる至福を。<br />  卑怯だ。自分でやってたときはちっとも気にならなかったけど。<br />  こんな悪いやつは見たことが無い。<br /> 「うう~」<br /> 「はい」<br />  うなる僕に、彼女は天使の笑みを向ける。<br />  意地悪なところなど無い優しい笑みが、逆に敗者へ向けられる哀れみみた<br /> いで腹がたってしょうがない。<br />  だけど、その笑みのまま彼女自身が捲りあげるスカートの内側、何重にも<br /> 折り重なった内絹に隠されたほっそりとした滑らかな太ももと、その中心で<br /> 濡れそぼって半透明の粘膜のように張り付く下着に言葉を奪われる。</div> <a name="502"></a> <div class="header"><span class="no"><a>502</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:36:23 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 興奮のせいで紅く充血した秘肉さえ透けさせた下着は、てらてらと光る彼<br /> 女の柔肉に張り付いて視線をさえぎる役にも立っていない。さすがに羞恥の<br /> ためか瞳を潤ませた彼女がひどくゆっくりと下肢を開く。<br />  僕は誘われるようにその間に身体を割り込ませると、下着をずらしてあて<br /> がう。<br /> 「これで誤魔化されるわけじゃ……ないから……っ」<br />  強がる僕の先端が、粘膜に触れる。<br />  火傷するほどの熱さ、焦らすつもりも、焦らされるつもりもないのに、あ<br /> まりにも強い快感でゆっくりとしか挿入することができない。スローモーシ<br /> ョンのように沈み込んで行く僕の肉柱と同量の蜜が、くぷくぷとあふれ出し<br /> て彼女の滑らかな太ももの間を舐めあげるようにとろけ落ちてゆく。<br /> 「――熱い、です」<br />  彼女が眉根を寄せた切なそうな表情で震える声を出す。お互い様だ、と僕<br /> は思うけれど、食いしばる歯を緩めたら声が出てしまいそうで、何もいえな<br /> い。<br />  複雑な形を持った狭い内部がぎゅっと締め付けて、もう逃げ出してしまい<br /> たいようなのに、ずっと抱え込んでいたくなる様な麻薬的な快楽を送り込ん<br /> でくる。<br />  じっとしていてもうねるように絡み付いて天井知らずに気持ちよくさせら<br /> れそうな蜜壷に、そっと腰ごと差し入れる。<br /> 「~っ!」「~っ!」<br />  二人の息を飲むタイミングが、重なる。<br />  きついほどの快楽、なのに、甘くて幸せで頬が緩みそうになる。<br />  ぢゅくん、ぢゅくん。<br />  濡れきった音。彼女が蜜音から得ている快楽のせいで一瞬もじっとしてい<br /> られないように、身体をくねらせながら僕を見上げる。<br /> 「お慕いする方と――。結ばれ……る、の。すごい……です……ぅ。ぁああ」<br /> 「~っ!」<br />  嘘の癖に。<br />  仕事の癖に、誘惑の癖に。<br />  あんまりにも気持ち良いから、彼女の微笑が柔らかいから、抱きしめたく<br /> てたまらない。<br />  彼女が耐えかねるように顔を横に向かせて、ベッドの突きたてた僕の手首<br /> を軽く噛んで、舌先を這わせる。その仕草に胸が締め付けられる。<br />  反射的に、僕は押しつぶすように彼女を上から抱きしめる。僕の肩先にあ<br /> る、小さな彼女の頭部。髪からは少し時代がかった甘やかな香り。胸の中に<br /> 抱きかかえた彼女が、もがくように僕にしがみついてくる。</div> <a name="503"></a> <div class="header"><span class="no"><a>503</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:36:56 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 突きこんだ肉塊を柔らかく受け止めて、たっぷりと蜜を含んだ蕩けるよう<br /> な柔らかい粘膜を絡ませてくる。動かさなくてもじれったいほどの掻痒感で、<br /> ちょっとでもゆすると腰が抜けそうなほどの快楽が沸き立つ。<br /> 「気持ち、良いですっ……。これ、気持ちいいっ」<br /> 「うん、癖になりそう」<br />  彼女の甘い声、うずもれるほどの凝った衣装の中のもがく様な動きが独占<br /> 欲をそそる。抱きしめて、ずっと抱きしめて、彼女の奥に届きたい。消せな<br /> い証を刻み込みたい。<br /> 「……って、くれ、ますか……?」<br />  消え入りそうな声。<br /> 「好きになって、くれ……ますか?」<br />  あえぎ声にまぎれた、細い糸のような問い。<br />  今まであんなに拒否してきた、意固地のようにしがみ付いていた僕の中の<br /> 絶対の境界線。諾とは云えない問い。あの痛み。失望と喪失の痛みが、蘇る。<br />  あれを繰り返すのか。<br />  あの目覚めを繰り返すのか。<br />  それは正真正銘の馬鹿のやること。あの痛みを再び? 想像さえもできな<br /> い。<br /> 「もう好きになってる。――じゃなきゃ、気持ちよくなんか、ならない」<br />  それなのに、僕は答えていた。べつに気持ちよかったからだけじゃない、<br /> と思う。<br /> 「ふ、うぁぁ」<br />  一瞬安心したように緩む彼女の身体。<br />  次の瞬間、狂ったように蜜壷が締まり、絡みつく。濃密な粘液がとめどな<br /> く零れて、お漏らしのように滴らせながら、滑らかな彼女の太ももが僕を挟<br /> み込み、腰の後ろで足首を交差させて抱き寄せる。腰の動きをロックされて<br /> しまった僕は、せまい蜜孔で扱き抜かれながらも突き抜ける快楽に硬直する。<br /> 「――好きっ、ですっ。お慕いしてますっ。だから、だから……っ。思い出<br /> してっ。信じてっ。――次も、その次も、この先もずっとっ。私を、呼んで<br /> っ」<br /> 「こんな時に、卑怯者。……そんなこと、云うからっ」<br />  彼女の一番奥まった秘密の扉に先端がぶつかる。<br />  こつんという甘い衝撃。彼女と僕の身体の中にある全ての門が開かれる。<br />  立ち上がる甘い香り、押し殺しきれない悦楽と愛情の澄んだ声、抱きしめ<br /> て互いを混じり合わせようとする欲望の果てに、僕は彼女の中に大量の精を<br /> 解き放つ。<br />  声にならない声で、彼女の名を呼びながら。<br />  知るはずも無い彼女の名を呼びながら。<br />  教えてもらうことを考え付くことも無かった彼女の名を呼びながら。</div> <a name="504"></a> <div class="header"><span class="no"><a>504</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:38:09 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> ……。<br />  …………。<br />  うっすらと目を開ける。<br />  煙ったような白明、それとも薄暮の天井が写る。<br />  見慣れた僕の部屋の、見慣れた天井。<br />  暖房嫌いの僕の、冷たい部屋。暖かい布団から出した頬に当たる部屋の中<br /> の空気と、窒息しそうな痛みを抱えるこの胸を。<br />  この胸を貫いた悲しさに耐える。<br />  ただ寂しく、虚しく、胸の奥の大事な部品をちぎり取られたように痛かっ<br /> た。<br />  夢の残滓が胸の奥で木霊だけを残している。<br />  ひどい話だよなぁ。<br />  ひどい、話だ。<br />  こうなるなんて、判ってたけどさ。<br />  判ってて、名前も知らないやつを抱いたんだけどさ。<br /><br />  彼女の言葉が、笑顔が、仕草が。波に洗われる砂浜の大事なメモのように<br /> 洗い流されていく。夢の記憶が、留めようと足掻く僕の記憶から消去されて<br /> いく。<br />  もともと彼女が存在したかどうかも怪しいけれど。<br />  そりゃ「禁断少女」なんているかどうか怪しいさ。っていうか、いないだ<br /> ろ? そんなもの。幽霊や妖怪と一緒だ。いるかもしれない。けれど、自分<br /> とは関係ないどこか遠くの話だ。そんなものは存在しないのと一緒。<br />  この世界には、優等生じみた丁寧な態度で、古風なドレスに包まれた華奢<br /> な体で、外見よりずっと意地悪で、悪巧みで。<br />  そのくせ天使みたいな少女は、存在しない。<br />  だけど、なら、なんでこんなに胸が痛むのだろう。<br />  僕は、何で一人っきりの真夜中のベッドで、冷たい凍るような涙を流して<br /> るんだろう。</div> <a name="505"></a> <div class="header"><span class="no"><a>505</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:38:41 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 夜明けの夢のその暖かさと愛しさが、その幸福と同量の悲しさになって僕<br /> を責め立てる。思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったか<br /> もしれない。<br />  痛みを感じるほど大切な気持ちだったのに、思い出せないことがこの悲し<br /> みの根源なのか。<br />  いや。そんなの甘えだろうな。<br />  もう、誤魔化すのはやめよう。<br />  彼女が傍にいないのが、あの聡明そうな瞳で僕を見つめてくれる彼女が隣<br /> にいないのが、僕は寂しいだけなんだ。思い出せなくなるのが、忘れてしま<br /> うから悲しいなんて、それは嘘だ。苦痛を紛らわす美化に過ぎない。<br />  大好きになった相手に、振られて悲しい。<br />  嘘っぱちで、夢だったのが、悔しくて、辛い。<br />  それだけだ。<br /> 「……まったくひどい話だよな、おい」<br />  僕はもぞもぞと布団の中で身体を起こす。<br />  常夜灯のほの白い明かりに照らされた部屋の中はまるで幽霊の住む城のよ<br /> うで、僕は上に羽織るものを探る。咽喉が乾いた。何か無いかな。<br />  台所へ行こうと立ち上がった僕は部屋の中にもう一つ光源があるのに気が<br /> つく。それは型遅れのノートパソコン。電源を落とそうと指を触れる僕の指<br /> の動きに応じて、スクリーンセーバーが停止する。<br />  なんだろう。この画面は。<br />  そこにあったのは、開かれたテキストファイル。<br />  書きかけて、放置した古い文章。<br />  途中で投げだした未完成の欠片。<br />  ――思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったかもしれな<br /> い。</div> <a name="506"></a> <div class="header"><span class="no"><a>506</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:39:41 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> 自分で呟いた言葉がよみがえる。<br />  そりゃ、そうだよな。<br />  僕の深いところが、ずくりと痛む。諦めていたはずの遠い傷跡のような鈍<br /> 痛。全く僕はたとえ胸の内や独り言にしたって、あんな偉そうなことを云う<br /> 資格無かったよな。忘れていたのは、放り出していたのは、僕のほうだもん<br /> な。<br />  投げ出して途中で唐突に切れた文章。<br />  書きかけのテキストファイルに目を滑らせる。もしこいつらに意思と命が<br /> あるのなら、放置した僕をどう思うのか。自分を忘れてしまった書き手をど<br /> う思うのか。<br />  答えは自ずと明らかで、結局書き上げられなかった僕への罰なのだろう。<br /> あの夢も、この痛みも。消せない鈍痛が冷え切った僕の身体の中心で木霊す<br /> る。<br />  下へ下へと繰り返すスクロール。<br />  ああ、このセンテンス。<br />  覚えている。<br />  どうしても次の一行が書けなくて、どんなピースも当てはまらないような<br /> 気がして、ノらないなとか忙しいとかなんだかんだ理由をつけて、投げ出し<br /> たんだ。<br />  投げ出しただけならまだしも、思い出したくないから忘れていた。自分の<br /> 勝手で書き始めて、自分の勝手で、忘れていた。ひどい話だ。<br />  そこからは繰り返される改行。<br />  改行。改行。改行。改行。――終わりまで、後は何も無い。<br />  何も書かれていない、予定だけの空白行。<br />  でも、スクロールが止まる。<br />  改行の果て、ファイルの果てるところ。<br />  僕が投げ捨てたはずの、ガラクタのようなファイルの。<br />  白く霞んだ改行の果てに。</div> <a name="507"></a> <div class="header"><span class="no"><a>507</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:40:20 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes"> <br />  ――私たちの種族は人間のように、時間には縛られないのです。<br />  貴方の書いた文章を全て読んだから。<br />  貴方の書いた文章を、貴方がすでに書き上げたものも<br />  貴方がこれから書くものも。全て読んだから。<br />  これでは、ご質問の答えになりませんか?<br />  私たちは制約に定められた限界の中で生きるもので<br />  誰かの願いでしか好意も悪意も持てないのです。<br />  だから、貴方をお慕い出来て、良かった。<br />  貴方に願われて、恋われて、良かった。<br />  抱きしめるということは、抱かれるということは<br />  幸せなことですね。<br />  だからこれは意地悪だけど、本当のお願い。<br />  今度の逢瀬は貴方から会いに来てください。<br />  十年が千年になっても、待ちます。<br /><br />  ああ。<br />  指先が震える。<br />  僕はその私信を読み直す。二回目で、滲んだ。三回目で、読めなくなった。<br />  暗い部屋の中で、僕は寝起きの掠れた声で、笑う。水っぽくなった鼻声で、<br /> 笑う。僕は馬鹿じゃないか? 信じるのは馬鹿なことかもしれないけれど、<br /> 信じないのはその千倍も馬鹿なことだ。僕は大馬鹿だ。<br />  ――ひどい話だ。何回繰り返せば気が済むんだ。<br />  だって望んだものはここにあるのに。<br />  天国への切符は、このおんぼろのノートパソコンの中にあったのに。<br />  さぁ、どこからだ?<br />  僕は机の前に腰を下ろす。雑多なものを腕でぐいっと横にのけて、目の前<br /> に液晶画面を持ってくる。どこから手をつけてやろう? 判ってる。名前か<br /> らだ。どうしても決められなかったヒロインの名前をつけてやらなきゃいけ<br /> ない。そこからじゃないと、始まらない。<br />  夜明けまでにあと何時間だ? 時計を見る手間さえかけずに、頭の片隅で<br /> ちらりと思う。<br />  まぁいいさ。のろまな太陽め。地球の裏側を這うように進んでればいい。<br />  僕の時間は始まったばかりだ。明日の朝までにどこまで進めるか。<br />  覚悟しろよ。今度会ったら、あんな意地悪な笑顔一方的にはさせやしない。<br />  今夜の僕は、無敵だぜ。</div> <a name="508"></a> <div class="header"><span class="no"><a>508</a></span> <span class="name_label">名前:</span> <a class="name_mail" href="mailto:sage"><font color="#0000FF"><b>wkz</b> ◆5bXzwvtu.E</font></a> <span class="mail"><strong><font color="#5500FF">[sage]</font></strong></span> <span class="date_label">投稿日:</span> <span class="date">2007/01/02(火) 15:41:59 ID:OJ1PiJ+R</span></div> <div class="mes">以上ッ。新年明けましておめでとうございます。<br /> 今年もなんかぽちぽち書いたりさぼったり罰が当たったりします。<br /> にーくこーっぷーん。</div>
<div class="header">流浪投下2007の1。てへ。ひどい話を書いた。<br /> 反省してないけど、ひどいので注意。</div> <div class="mes"> <p>----------------------------------------<br />  うっすらと目を開ける。<br />  煙ったような白明、それとも薄暮の天井が写る。<br />  見慣れた僕の部屋の、見慣れた天井。<br />  暖房嫌いの僕の、冬の空気に満ちた部屋。その冷たさと、布団の暖かさ。<br />  目覚めの薄い失望の中で僕は胸を突く悲しさに耐えた。なんだろう。僕は<br /> 何でこんな気持ちなんだろう。ただ寂しく、虚しく、胸の奥の大事な部品を<br /> ちぎり取られたように痛かった。<br />  夢の残滓が胸の奥で木霊だけを残している。<br />  もう内容も思い出せない夜明けの夢の、その暖かさと懐かしさが、その幸<br /> 福と同量の悲しさになって僕を責め立てる。<br />  思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったかもしれない。<br />  痛みを感じるほど大切な気持ちだったのに、思い出せないことがこの悲し<br /> みの根源なのかな。脆く儚いものを美しいと思うのならば、人が美しく思う<br /> ものはみな等しく過ぎ去るのだろうか。それはこの上なく悲しいこと。<br /> 「んぅ……」<br />  物思いにとらわれて布団の中の昏い階段を降りてゆきそうな僕を、柔らか<br /> い寝息が連れ戻す。右腕にかかる優しい重さ。彼女が油断しきった寝顔で頬<br /> を僕の腕にこすりつける。普段は気の強いところもある表情が寝ているとき<br /> だけはなんとも甘えん坊そうなものになる。<br />  この寝顔を見るのを楽しみにしていること。<br />  彼女本人にも言えない秘密だ。<br />  彼女のその姿を見ていると、さっきまでの悲しさが波に洗われる砂浜のよ<br /> うに消えていく。もう輪郭さえもつかめない、淡雪のような消え方。<br />  不思議な喪失感さえも、陽だまりの名残雪のように失せてゆく。<br />  太目の眉の下の目線は柔らかく閉じられて、まるでイチゴたっぷりのケー<br /> キの夢でも見ているように口元は緩んでいる。ちょっと涎までたらしちゃっ<br /> て。赤ちゃんみたいなものだ、可愛いな。<br />  ぴったりくっつけられた身体が温かい。丸みを帯びた彼女のラインが布団<br /> の中で寄り添ってきている。<br />  僅かな吐息の動きが眠っていても彼女の存在を強く僕に伝えてくれる。<br />  抱きしめた彼女の裸身の、モデル体形と云うわけじゃないけれど僕の腕に<br /> すっぽり収まる腰の線が心地良い。<br /> 「ん。……んぅ?」<br />  彼女が目に砂が入ったように眇めつつ、僕を見上げる。<br /> 「むぅ……」</p> </div> <p><a name="487"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「おはよ」<br />  彼女をびっくりさせないように小さく囁く。<br />  彼女はまだ夢と現実の境界にあるあの陽だまりにでもいるような表情でい<br /> たけれど、やがて口の中でおはようとかそんなことをもぐもぐと呟く。<br />  まだ時間は真夜中前だ。粉雪のちらつく夜空がカーテンの隙間から見える。<br /> 街路の水銀灯に照らされたそれは白く、かぼそく、この部屋に聞こえるのは<br /> 遠くを通る車の、幽霊じみた遠い響きだけ。<br /> 「また、見てた」<br /> 「ん?」<br />  彼女の定番の非難を、僕はわざと気がつかないように受け流す。<br /> 「寝顔、見てた」<br /> 「そんなことは無いよ」<br /> 「むー」<br />  彼女は子供のように口をへの字にすると、下着しかつけていない下肢を僕<br /> に絡ませる。彼女としてはぐいぐい押し付けて困らせる気なのかもしれない<br /> けれど、それは暖かくて、柔らかくて、僕としては内緒だけどちょっとだけ<br /> 幸せになってしまう。<br /> 「白状しなさい~」<br /> 「何も見てませんですよ」<br />  僕は軽く答えると、布団の中で彼女の腰を抱き寄せる。強く抱きとめて、<br /> 彼女を僕の身体の上に乗せる。重いなんて思わない。その確かさが、僕に体<br /> 重をゆだねてくれる彼女の気持ちが嬉しい。<br /> 「ごまかされないんだからねっ。そんなことじゃ」<br />  眉を吊り上げる演技をする彼女も、少しだけ嬉しそうだ。ぬくい、ぬくい<br /> といいながら、僕の肩口に頬を摺り寄せる。<br />  こんな冬篭りに似た夜の、新年の深夜。<br />  およそ考えられる限りの中でもっとも望ましい「今この瞬間」の過ごし方<br /> の堂々のトップランキングが、暖かい布団の中で彼女とじゃれあうこと。<br />  汗を含んだ香りもどこか甘くて、僕は胸がいっぱいになる。<br />  僕のだぼついたTシャツをはおっただけの彼女の背筋を布団の中でたどる。<br /> 交じり合った二人の体温が攪拌されて、渦を巻き、彼女がひくんと震える。<br /> 「うう、ごまかされない」<br />  唱える彼女の肩口を指先がたどる。<br /> 「絶対に追求する~」<br />  何でこんなにふわふわなんだろうといつも思う彼女のパンツの縁をたどっ<br /> た指先が、そのままお尻の丘を越えていく。<br /> 「卑怯者~っ」<br />  太ももの間、彼女の形のいいお尻の底を僕の指先は、くるん、くるんと撫<br /> で回す。</div> <p><a name="488"></a></p> <div class="header"> <p> 腰を逃がそうとする彼女を左手で抱きしめて、聞き分けの無い子供を優し<br /> くあやすように指先で輪舞を繰り返す。<br /> 「……ううう、ぜったいにぜったいに懐柔されないんだから」<br /> 「うん」<br />  にこりと笑う。僕本人は微笑んでいるつもりなんだけど、彼女は決まって<br /> 「意地悪を企んでいる微笑だった」と言う笑顔だ。<br />  そうなのかな。本人は自覚が無いのだけれど。<br /> 「うん。じゃない~っ」<br />  噛み付きそうな彼女、でもその下肢はもう力が抜け始めている。<br /> 「絶対に絶対?」<br /> 「ぜったいにぜったいにぜったい」<br />  下着のクロッチを僅かにずらすと、彼女の瞳に一瞬だけ怯えと期待みたい<br /> な色が混じる。僕は彼女の秘裂を爪先で軽くなぞる。<br /> 「ふぅん」<br /> 「ぜったいなんだかっ」<br />  その言葉が終わるのを待たないで、潤んだようなそこに指先を沈ませる。<br />  第一関節までも使わないような浅い挿入。<br />  その浅さがぞくりとした震えを彼女の背筋に差し込む。途切れさせた言葉<br /> に続く絶息とせわしない呼吸、甘い体臭が僕を包む。<br /> 可愛らしく逃げ出そうとするお尻を振る動作が、そのまま罠にはまり込むた<br /> めの動きになってしまっている。<br /> 「ぅ。はぅぅぅ~ぅっ」<br />  悔しそうな、それでも隠しようが無いほど甘い声。<br /> 「気持ちよくない?」<br /> 「そんなこと、ぅ、ない……もん」<br />  弾みそうになる彼女の呼吸。小さな動きにも耐えかねるように敏感に反応<br /> する狭い肉穴の熱さが愛しくて、優しく髪の毛を撫でる。<br />  身体の火は消えてなかったらしい。浅い眠りに突く前の蕩けるような交わ<br /> りの熱さのままに僕の指先から濡れた音が響く。<br />  豊かな胸を僕におしつけ、シーツを握って耐える彼女。それが愛しくて僕<br /> は指先をあくまでも優しく浅く動かす。これが彼女の弱点なのだ。<br />  もどかしいような焦れったいような指遊びに、彼女の身体を弛緩と緊張が<br /> 交互に襲う。<br />  必死に逃げるような動きが、指を追いかけるような緩慢な誘惑の振り子に<br /> 変わる。彼女の甘く湿った吐息が漏れはじめる。</p> </div> <p><a name="489"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「許してくれる?」<br /> 「~~っ! だ、だめ。追求するのっ」<br />  一瞬だけ気を取り直す彼女の粘膜を指先でくすぐる。彼女が我慢できる程<br /> 度の刺激に抑えつつ、優しく懐柔していく。<br />  彼女の太ももに小さな漣が走り、僕の腰を挟みつけるようになる。それで<br /> もまったく気がつかないように、彼女の背筋をなでながら小さな動きを繰り<br /> 返す。<br />  絶対に許さないのは彼女だけではないのだ。<br />  僕も許してあげない。彼女に消えない感覚を刻み付けたい。<br />  僕のものにしてしまいたいのだ。<br />  暖かくて、柔らかくて。<br />  抱きしめている嬉しさと、満たされない独占欲。<br /> 「あのさ」<br /> 「ふぇ?」<br />  僕を見上げた彼女の瞳は涙をこらえたように潤んで、とろけて、おねだり<br /> をするような甘えた眼差しになっている。抱きしめたくなる気持ちを抑えて<br /> 、僕は微笑む。<br /> 「後でいっぱい追求してもいいから、今は溺れちゃおっか?」<br /> 「あ。はぅ?」<br />  飲み込めない彼女の脳裏に染み込ませるように、僕はねっとりした粘液で<br /> ぬめる指先で彼女の敏感に加熱された肉壁をたどりながら囁く。<br /> 「気持ちよくなっちゃおうか? ここ、入れちゃうの。――大丈夫。ごまか<br /> そうなんて思ってないから」<br /> 「う、うん……」<br />  呆けたような表情でとろんと見つめる彼女の眉が、僕がクリトリスの裏側<br /> を掻くたびに切なそうにゆがむ。必死に自分と戦っているのが判る。<br />  意地を張りたい自分と、気持ちよくなってしまいたい自分が戦っているの<br /> だ。<br />  そんな彼女の強がるような、甘えるような様子が愛しくて、僕は彼女の耳<br /> に唇を寄せる。<br /> 「くちゅんって奥まではいって、ぎゅーっと抱きしめたいな。そしたらキミ<br /> の魅力で僕も白状するかもしれないでしょう?」</div> <p><a name="490"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「う、うん」<br />  想像してしまったのだろうか。我慢しきれないように腰をゆらゆら動かす<br /> 彼女は真っ赤になってこくりと頷く。<br /> 「うん。――うん、そうなんだから。白状させるんだからね」<br />  茫洋としているのにもどかしい様な可愛らしい表情で上半身を無理やり起<br /> こすと、自分の下着を横にずらして、すっかり大きくなっている僕のものを<br /> 探して、どろどろになった恥孔にあてがう。<br /> 「熱い、よぅ」<br /> 「それは、そっちだって」<br />  あてがわれただけで絡み付いてくる蜜が僕を伝い落ちる。<br />  僕はその蟲惑的な感触に陶然となる。<br />  彼女はゆっくりと先端を舐めあげるように腰を動かす。滑りあい、絡み合<br /> う蜜。甘い感触が触手のように絡み付いて、僕の身体もぞくぞくする喜びに<br /> 支配されていく。<br />  ぢゅくん。<br />  それは熱く粘つき蕩けるシュークリームに指を突き入れたように。<br />  ねっとりと絡み付いて僕を包み込む。先端が奥へと到達する甘い衝撃。<br />  気持ち的には降参しかけた僕は、彼女を抱きしめて、下から突き上げる。<br />  気持ちよくて、気持ちよくて。<br />  彼女の名前を呼びながら。<br />  大好きな、ずっと一緒にいたい彼女の名を呼びながら。<br />  胸の奥の大事な部分に刻まれた彼女の名を呼びながら。</div> <p><a name="491"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> ……。<br />  …………。<br />  うっすらと目を開ける。<br />  煙ったような白明、それとも薄暮の天井が写る。<br />  見慣れた僕の部屋の、見慣れた天井。<br />  暖房嫌いの僕の、冷たい部屋。暖かい布団から出した頬に当たる部屋の中<br /> の空気と、凝り固まったような僕の呼吸。<br />  胸を突く悲しさに耐える。<br />  ただ寂しく、虚しく、胸の奥の大事な部品をちぎり取られたように痛かっ<br /> た。<br />  夢の残滓が胸の奥で木霊だけを残している。<br />  ひどい話だ。<br />  彼女の名前が、あんなに呼んでいた名前が、もう思い出せないよ。<br />  もともと名前が存在したかどうかも怪しいけれど。<br />  そりゃそんな事実は無かったさ。僕の過去のどのページにもあの意地っ張<br /> りで可愛らしい娘なんて実在はしていない。<br />  だけど、なら、なんでこんなに胸が痛むのだろう。<br />  夜明けの夢のその暖かさと愛しさが、その幸福と同量の悲しさになって僕<br /> を責め立てる。<br />  思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったかもしれない。<br />  痛みを感じるほど大切な気持ちだったのに、思い出せないことがこの悲し<br /> みの根源なのか。忘却が天の配剤だとすれば、一切合財を綺麗にしてくれれ<br /> ば良いのに。<br /><br /> 「まったくひどい話だよな、おい」<br />  僕は枕もとの少女に声をかける。<br /> 「至らぬことがありましたか? 申し訳ありません」<br />  夢幻の世界の住人にのみ許されるような可憐さで少女は応える。内側から<br /> ぽうっと光を放つように見える白い肌、桜色の唇、濡れた鴉色の髪。漆黒の<br /> 夜会服を身につけた少女は、僕のベッドの枕元に腰をかけ、身をひねるよう<br /> に僕の額に手のひらを当てる。<br />  火照った額から熱を吸い出してくれるようなひんやりした指先。<br /> 「気持ちよくは、ありませんでしたか?」<br />  穏やかな声で彼女は尋ねる。<br /> 「……」<br /> 「良かったですよね? 反応がありました」</div> <p><a name="492"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> ああ、良かった。気持ちよかったよ。<br />  あいつの声も、温度も、抱き寄せたときの我慢しているような戦慄きも、<br /> 抱きついてくるがむしゃらな勢いも、全てが気持ちよかったよ。<br /> 「……」<br /> 「オファーにお応えできたと自負していたのですが」<br />  彼女の呼びかけてくれる声が気持ちよかったよ。<br />  甘やかな体臭も気持ちよかった。気の強そうな太目の眉が困ったようにひ<br /> そめられるのも、満腹した猫みたいにじゃれてくるのも気持ちよかったよ。<br /> 「ご不満、ですか」<br />  油断した、信頼しきった、子供みたいな寝顔が気持ちよかったよ。<br /> 「そうじゃないよ。気持ちよかったよ。だけど、そうじゃなくてっ」<br />  声に苛立ちがにじむ。それに怯えたわけでは無いのだろうが、少女が身を<br /> 固くする。<br /> 「そうじゃなくて、なんで夢なんだよ。なんで醒めるんだよ。何でこんな気<br /> 持ちになるんだよっ」<br />  僕は胸の思いを叩きつける。<br /> 「こういうのって反則だろ? 反則じゃないか。確かにオナ禁しちゃったか<br /> もしれないさ、あんたは精霊の類でそれが仕事かもしれないさ。それはいい、<br /> それは納得するさ、許すさっ」<br />  身体を硬くして、僕の言葉に耳を傾ける彼女。その落ち着いた真摯さが僕<br /> の気持ちを逆なでする。彼女の腕を強引に突かんで、夜会服の少女を布団に<br /> 引き寄せる。<br /> 「でも、何だってこんな気持ちになるんだよ。痛いだろ。……辛いだろ、こ<br /> んなの。なぁ、なんだよ、これ。なんか意味あるのかよ? 卑怯だろう、こ<br /> れっ」<br />  彼女は伺うような、尋ねるような、不思議な深い色合いの瞳で僕を見つめ<br /> る。<br /> 「精を抜くのが仕事なら、何でこんな手の込んだ詐欺みたいな真似をするん<br /> だよ。おかしいだろう、他の人のところではこんなやり方しないだろうっ。<br /> 何で僕だけこんな、一人ぼっちで捨てられた犬みたいな惨めで寂しい気持ち<br /> にならなきゃいけないんだよ。教えろよっ」<br />  僕は少女の華奢な手首を引き込むように身体を入れ替えて、布団に押し倒<br /> す。<br />  布団に引き倒された彼女に覆いかぶさり、その手首の細さに少しだけ驚い<br /> て、それでも強く押さえ込む。</div> <p><a name="493"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「だって……」<br /> 「だって?」<br />  彼女の瞳に少しだけ憧れに似た何かが浮かぶ。<br />  罪悪感がずきずきとする。こいつにだって悪気があったわけじゃないかも<br /> 知れない。気持ちの良い夢が無料で見れた。それだけのことかもしれない。<br /> そうさ、たとえ胸が多少痛かろうが、夢の内容は幸福そのもの。お金を払っ<br /> て風俗に行くようなものだ。そう幸運と喜ぶ男だっているのだろう。<br />  だけど僕はそんなことじゃ納得できなかった。したくなかったのだ。<br />  夢は。<br />  彼女の見せてくれた、淫らなはずの夢は。<br />  あまりにも幸せで。暖かくて、愛しくて。<br />  ――渇きに気がつかされてしまったから。<br /><br /> 「だって、『そう』じゃないと気持ちよくなれないでしょう?」<br /> 「え……?」<br /> 「貴方は、気持ちが通じ合わないと、気持ちよくなれないのでしょう? 好<br /> きな相手じゃないと、気持ちよくなれない。愛しい相手だからこそ、蕩ける<br /> ような快楽が得られるのでしょう? そんな貴方に提供できる淫夢は……」<br />  彼女は、躊躇いがちに告げる。<br /><br />  ああ。<br />  そうか。<br />  そうだよな。<br />  それはまったく。<br />  その通りだ。<br /><br /> 「それでも僕はイヤだっ。こんなだまし討ちみたいなっ。卑怯な、反則なっ。<br /> 納得なんかいかない、絶対にっ……。こんな」<br />  言葉に詰まりながらも、僕はもう引っ込みつかなくなった子供のような頑<br /> なさで言い張る。僕の胸の中心には、そんな事ではぜったいに納得しないと<br /> 喚きたてている、頑固で意固地な硬い塊があるのだ。<br />  彼女は僕に押さえ込まれたまま、僕には理解しきれない落ち着きの中から、<br /> 低い声で再度問い直す。<br /> 「そこまで仰るからには当方にも落ち度があったのでしょう。……先ほどの<br /> 夢よりも甘い夢を、十回差し上げます。それでご容赦願えますか?」<br />  あの幸せを、後十回。<br />  甘えたような彼女の寝顔がよみがえる。<br />  それは確かに魅惑的な条件だった。</div> <p><a name="494"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「絶対にイヤだっ」<br />  胸の中の錆付いた重い重いドアが抉じ開けられるような、それは轟音と共<br /> に訪れる苦しみ。あの寂しさと喪失感を、後十回。正気が保てるかどうかす<br /> ら怪しい。<br /> 「毎週末の夢の逢瀬を、十年でも?」<br />  くらくらするほどの誘惑。<br />  彼女と出会い、過ごし、睦み合い、寄り添う十年。<br />  名前も知らない、あの彼女と。<br /> 「イヤだっ!!」<br />  それでも僕は答える。なぜ断るのか僕にもわからない。<br />  ただ岩にしがみつく様な必死さで、僕は僕の中心にあるちっぽけな拘りに<br /> 食らいついている。<br /><br /> 「――絶対に?」<br /> 「絶対に絶対にっ!」<br />  彼女は瞳を細めて僅かに微笑む。<br />  困ったような、それでも許すような小さな笑み。<br />  その優しい笑みに、僕の時間が止まる。<br />  するんと僕の腕の戒めを抜け出した彼女は、細い腕を僕の首に絡める。大<br /> 写しになる彼女の表情。優しくて、ちょっとだけ困ったような笑み。<br />  珊瑚色の唇が、僕に触れる。<br /> 「っ~」<br />  軽い接触。唇が触れただけ。<br />  それだけで、甘い衝撃が波紋の様に広がって、顔の表面温度が上がるのが<br /> 判る。僕の呼吸が止まったのを確かめたようなタイミングで、もう一度、そ<br /> してもう一度唇が触れる。<br />  儚くて、触れた後には淡雪のように消えるようなキス。<br />  焦りに似た感情で動悸が激しくなる。<br />  残り香に似たその残滓を確認するようにまた触れたくなって、エコーのよ<br /> うに繰り返す。<br /> 「~っ! こんなんで誤魔化されないからっ」<br /> 「ええ。私も都市伝説とまで言われる存在ですから。この程度では済ましま<br /> せん」</div> <p><a name="495"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> とろり。<br />  何か得体の知れない甘い蜜を流し込まれるような口付け。<br />  先ほどまでの儚さのまま、柔らかく濡れた唇が僕を迎え入れる。強く抱き<br /> しめたら折れそうな身体を摺り寄せるように、彼女の身体が僕の腕の中に忍<br /> び込む。<br />  息継ぎに唇を離すその一瞬に、彼女の優しい微笑が視界に入る。<br />  その微笑が降参を薦めているようで、僕はかっとなる。<br /> 「懐柔なんかされないからっ」<br /> 「はい、もちろん」<br />  彼女は首を傾けるように斜めにすると、再び深く唇を合わせる。<br />  くらくらするような、その甘さ。<br />  今までにしたことがある口付けとは、どこか次元の違う胸をかき乱すよう<br /> な感触。<br />  酩酊するような柔らかさに溺れかける。目を瞑った彼女の表情が、胸の奥<br /> の郷愁のようなものと重なって切迫した気持ちになる。甘い、蕩けるような、<br /> それでいて自分のものにはしきれない、もどかしいキス。<br /><br />  とろり、とろり。<br />  繰り返し唇を合わせる。始めは彼女から。<br />  誘われるままに、僕からも。そして貪るように。<br />  彼女の身体を押さえ込むように、何度も。何度も。<br />  どれくらいそうしてただろうか。<br />  彼女はどこか呆けたような瞳で僕を陶然と見上げている。浅くなった呼吸<br /> と、なんだか切ないような哀しいような気持ち。割り切れない思いで僕は彼<br /> 女を見下ろしている。<br /><br /> 「赦していただけるようになりましたか?」<br />  茫とした吐息のような声で彼女が尋ねる。<br /> 「いやだ」<br />  僕は自分でも驚くほどの頑固さで首を振る。<br /> 「――判りました」<br />  彼女は遠くから響くような声で呟くと、その夜会服から伸びた指先を上げ<br /> る。首もとのチュールレースをほどくと、凝った切り返しに隠された小さな<br /> 真珠貝のボタンを一つ、また一つとはずしていく。<br />  隙間から僅かにのぞく肌。<br />  そんな他愛も無い光景に僕は喉が詰まったようになる。</div> <p><a name="496"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「自分で言っただろう。――気持ちが通ってないと気持ちよくなれないって。<br /> だから、そんな風に色仕掛けしたって、無駄だよ」<br />  咽喉に絡むものを飲み下ろして、僕はかすれた声でいう。<br /> 「はい。ですから、ここから先は本気です」<br /> 「え?」<br />  彼女の言葉を僕はつかみ損ねる。<br /> 「本気でお慕いさせて頂きます」<br /> 「え? 何を――」<br /> 「だから」<br />  彼女が、あんなに儚げでどこか遠かった彼女が、この時、微笑んだ。<br />  それは天使のような微笑。<br />  昏い部屋に明かりを灯すような微笑。<br />  今までの遠さの無い、照れたような、困ったような、でも吹っ切れたよう<br /> な、微笑み。<br />  今ここにいる彼女を、ほんのちょっとは、ちょっとだけは信じてみても良<br /> いかな、そう思える微笑。韜晦や誤魔化しなんかには絶対に流されないと意<br /> 固地に固まっていた僕なのに、ほんの少しだけは、彼女の言葉に耳を傾けて<br /> も良いかな、触れても良いかなと――そう思えるような笑み。<br /><br /> 「だから、私のことを好きになっても、良いですよ?」<br /> 「ばっ、バカじゃないか? お前っ! 僕が何でお前のことを好きにならな<br /> きゃならないんだよ。あんな騙し討ちみたいな事をしたお前をっ」<br />  彼女は目を伏せてくすくすと微笑う。<br /> 「そうですよね。好きになれと言ってる訳ではないのです。でも、私はあな<br /> たをお慕いします。しています」<br /> 「だからなんでっ」<br />  僕の言葉をさえぎるように、彼女は僕を引き寄せる。そこは淡いふくらみ<br /> を持った夜会服の内側、クリームのような滑らかさを持った彼女の胸。<br />  こいつ、この禁断少女とか言う精霊か妖怪の類。<br />  正気なのか冗談なのか。そんな簡単に「お慕いしてる」なんて、信じられ<br /> るわけが無いじゃないか。いや、むしろ馬鹿にしてるだろう。ふざけるな。<br />  それでも、その肉付きの薄い、ただひたすらに滑らかなクリームの肌に抱<br /> きかかえられていると、異性慣れして無い僕はなんだか申し訳ないことして<br /> いるような気持ちになってしまう。<br /> 「んわぅ」<br />  胸をぎゅっと押しつけられて、僕はくぐもった呻きをあげる。彼女は小魚<br /> のように身をくねらせて、どこか古めかしい麝香のような香りをもった豪奢<br /> な服に僕を埋もれさせる。</div> <p><a name="497"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「――すみません。あまり豊かな体形ではないのですが」<br />  丁寧で冷静だけど、どこか恐縮したような恥じるような声。さっきまでと<br /> は違う、女の子の声。<br /> 「……別に、胸のサイズに好みは無いけどさ」<br />  憮然とした僕の答え。駆け出しそうな鼓動を必死に抑えて、声を繕う。<br /> 「はい、嬉しいです。お慕いする殿方を抱きかかえるというのは、幸せです<br /> ね。――あ、至らなくて、すみません。こうでしたね」<br />  胸に抱きかかえたまま、彼女は器用に指先を操ると、僕の下腹部を探る。<br /> 「~っ。だからな」<br />  僕の言葉は、途中で遮られる。<br />  先ほどと同じ、でもずっと甘く、優しいキス。<br />  誘惑のキスでも代価としてのキスでもなく、僕と触れ合いたいと、そう語<br /> りかけてくれるキス。気持ちよくしてあげたいと、必死な口付け。<br />  柔らかい舌先が唇の形をなぞる。<br />  離れる度に寂しさが募るようにまた絡み合う。<br /> 「卑怯だろ、そういう、のっ」<br />  言葉を細切れにされてしまうような気持ちよさに耐えながら、僕は抗議す<br /> る。<br /> 「私どもの種族と職業としては卑怯といわれている行為には該当しません。<br /> 正々堂々正面からの誘惑です」<br /> 「それじゃ、結局夢と同じ――」<br />  とろり。<br />  さえぎるように流し込まれる、彼女の唾液。<br />  甘やかな粘液と、絡められる、小さな桜貝の唇。<br /> 「んっ。むぅ~」<br /> 「……はぁ。――いえ違います。貴方も私もここにいます。夢なんかじゃあ<br /> りません。私が――貴方をお慕いしています。できれば、貴方も私に好意を<br /> 持ってくれると嬉しいのですけれど」<br /> 「それは絶対にダメっ」<br />  拒絶はしたものの、僕の頭は混乱でいっぱいだった。なんでこうなったん<br /> だ。というか、彼女の言う理屈はなんだか筋が通ってるような捩れているよ<br /> うな気がする。でも、どこがそうなのかをゆっくり考える余裕は無かった。<br /> 「こうしていると、内緒話をしているみたいですね」<br />  いつの間にか彼女を横向きに抱きかかえるようにしていた僕の胸元で、服<br /> をはだけた彼女が言う。美しい黒髪が扇のように広がって、ベッドは豪華な<br /> 夜の海にさえ見える。</div> <p><a name="498"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> 小さなくすくすという笑い声。<br />  僕を抱え込んで、じゃれるような彼女の声は澄んでいて、耳に心地よく響<br /> く。<br /> 「大体、そんな急にお慕いしてるとか、訳が判らないよ。信じろというほう<br /> が無理な話だ」<br />  僕はその光景に気持ちが傾きかけているのを糊塗するように、無理に作っ<br /> た硬い声で突き放す。<br /> 「急な話ではありませんよ。何回夢で誘っても、断られる貴方ですから、た<br /> とえ記憶がなくても」<br /> 「え?」<br />  彼女の柔らかい包むような声。外見は可憐な少女なのに、彼女の言葉は年<br /> 齢を感じさせない、透き通った落ち着きと、僕を良く知っているかのような<br /> 好意がある。<br /> 「いえ、こちらの話です。――そう、ですね。貴方の書いた文章を全て読ん<br /> だから、ではダメですか?」<br />  ――そんなのは。<br />  そんなことは。<br />  胸にじわりと広がる亀裂。<br />  そこから熱いものが溢れて来そうになって、僕はあわてて蓋をする。<br />  そんな言葉は社交辞令だ。僕の文章で誰かが僕に好意を持ってくれるなん<br /> て、そんな訳があるもんか。僕は僕の書きたいものを前後の脈絡も、他の人<br /> の批評も関係なく、ただ露悪的に書き散らかしているだけ。そんなことは僕<br /> 自身が誰よりもわかっている。<br />  上手いか、拙いか、ですらない。ただの自己満足の残滓を、廃棄している<br /> だけだ。<br /> 「信じられないね」<br />  我ながらそっけない声を出せたと思う。<br />  成功してよかった。震える声と動揺を隠せて、良かった。<br />  気持ちがざわめいて、血の温度が上がる。それでも僕は視線をはずす。<br /> 「ふむ」<br />  彼女は僕の腕の中で、ちょっとだけ困ったように小首をかしげる。<br />  そんな小さな表情も可愛らしくて、僕の深いところが、ずくりと痛む。諦<br /> めていたはずの遠い傷跡のような鈍痛。熱くて、深い痛み。<br /> 「判りました。言葉だけでは信じていただけないようなので、実力行使に訴<br /> えさせていただきます」<br />  彼女は身をくねらせると、僕の首筋に噛み付くように唇を寄せる。</div> <p><a name="499"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> ちゅ。<br />  ちゅくん。<br />  口付けの雨。さらりとほどけるような髪の毛がすれて、僕に絡んで、甘い<br /> 麝香の香りと共に包み込む。<br />  彼女ははむはむと唇で僕の首筋をたどりながら続ける。ただの首筋へのキ<br /> スが、くすぐったいような彼女の息遣いを感じるだけで、四肢から力が抜け<br /> てしまうほど気持ちいい。悪戯そうに僕の首筋にキスする彼女の方を抑える<br /> ので精一杯になってしまう。<br /> 「ううぅ」<br /> 「恨めしそうな声ですね。――あ」<br />  彼女はふと顔を上げる。僕の瞳を覗き込むように表情をほころばせると、<br /> 忘れていましたと囁いて、僕の下腹部に手を伸ばす。悪戯な指先がファスナ<br /> ーを器用にはずして忍び込むと、探るような動きで捉えこむ。<br /> 「んっ!!」<br />  彼女の指はひんやりしていて、ぞくぞくするような気持ちよさを送り込ん<br /> でくる。躊躇いがちなのに、僕が弱いところをあらかじめ知ってるように、<br /> 細い指先で撫で回す。<br />  僕が硬直して動きを止める。その隙に乗じるように、彼女は身体を擦り付<br /> けるように滑り込ませる。白魚のような指に導き出された僕のものが、重苦<br /> しい熱さを下腹部に伝える。<br />  自分でも節操が無いと思うけれど、彼女の触れてくる感触は気持ちよすぎ<br /> た。<br />  重くて疼くようなもどかしさが集まっていく。<br /> 「卑怯者~。そういうのは無しだって云っただろうっ!」<br /> 「それについては、私たち種族の見解と違うと反論致しました」<br />  じわりと奥の方の痺れが漏れ出すような感覚。熱くなったものを彼女の指<br /> 先が、いちいち確かめるように辿る。腰をゆすって逃げようとするけれど、<br /> 右に振っても左に振っても、広がった彼女のゴシックなドレスのパニエやド<br /> レープが擦れて、追いかけてくる指先にあっさりと捕まってしまう。<br />  しっとりとした指先が吸い付くように撫で回す。<br />  先端部分や雁首をくるくるとあやす様にされると、疼くような快楽が粘液<br /> のように骨を蕩かそうとする。<br />  消して強く握るような感触じゃないけれど、それだけに焦れったさとくす<br /> ぐったさが、僕の溶岩のような欲望を煽り立てる。<br /> 「僕は人間なのっ。そっちのこといわれても、困るっ」<br />  僕の反論も呼吸が乱れて、切れ切れにされてしまう。</div> <p><a name="500"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> 彼女は涼しい声で、それでも僅かに頬を高潮させた愉しげな表情で、僕の<br /> 言葉を引き取る。<br /> 「しかし『愛から為されることは、常に善悪の彼岸に起こる』とニーチェも<br /> 言ってます。ですから人間界でも卑怯というにはあたらないと思います」<br /> 「なんか、納得いかない~っ」<br />  優等生っぽい彼女の態度と、丁寧な言葉づかい。それがなんだかやけに癪<br /> に障って、でも癪に障るということは意識してしまっていることだと気がつ<br /> いて、僕の身体がまた一つ熱くなる。<br /> 「納得、いきませんか?」<br />  彼女は僕を見上げて、にこりと笑う。<br />  その笑顔をみて、僕は一瞬思考が停止する。この笑顔が、ああ、そうか。<br />  ――判った。<br />  意地悪を企んでいる微笑ってのは、これなのか。<br />  こんなの……、反則だろ。<br />  僕は強がるように視線をそらして、思い切り目をつぶる。でも、彼女の微<br /> 笑みは僕の瞳に焼き付いている。意地悪そうな、それでいて楽しげで慈しむ<br /> ような笑み。大好きな人の一番気持ち良いところを知って乱れさせる権利を<br /> 得たもののちょっとだけ我侭な、でも献身と愛情に満ちた悪戯そうな瞳。<br />  花の様に咲いた可愛らしさは凶悪で、反則というほか無くて、鷲づかみに<br /> された気分にさせられる。<br /> 「あ、とろとろぉって出てきました。塗りつけて差し上げますね」<br /> 「解説するなっ」<br /> 「あん。貴方だって夢の中では解説して差し上げてたではないですか」<br />  うう、情けないけれど、彼女の指が先端の切れ込みや傘を往復するたびに、<br /> 感電するような脱力するような快楽が身体を走る。<br />  疼くような脈動は脅迫的なほどで、強がって腰ががくがく動かないように<br /> するために、彼女の腰を抱き寄せることしかできない。<br />  飲み込めてきたのかどんどん滑らかでしつこく、優しく、甘やかすように<br /> なってくる彼女の指先に翻弄されて、思考が寸断されてあちこちで渋滞を起<br /> こす。<br />  気持ちいい。彼女の指先があやすように撫で回してくれるのが心地いい。<br />  でも、それを認めるのは癪で、伺うように彼女を覗き込むと、例の意地<br /> 悪っぽい笑顔で微笑まれるのが腹立たしい。<br />  でも、その気に食わないほど凶悪な笑顔はなんだか少しは信用できるも<br /> ののような気がする。そんな思考さえも分断されて、なんだかふわふわし<br /> てまとまらない。</div> <p><a name="501"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">「あの」<br />  彼女は、指を絡めたまま見上げる。<br /> 「え……」<br />  応える僕はきっとぼんやりした声だったろう。腰が痺れたように動かなく<br /> て、そのくせ感覚だけは削りだしたように敏感になっているのだ。<br />  彼女は微笑んだまま、僕の指先を自分のスカートの中に誘導する。<br />  何重にも折り重なったパニエの中、火照ったような太ももの奥、下着をず<br /> らした場所はぬかるんで潤みきっていた。その蕩けた感触に指をしゃぶられ<br /> て、僕の尾てい骨の奥がぞくりと震える。<br /> 「赦してくれなくても良いですから、いまは……」<br />  柔らかく敏感な花びらで指先の感触を味わった彼女は、あの悪巧みするよ<br /> うな笑顔に切なそうな愉悦をにじませる。火傷しそうな息が僕の肌を舐める。<br />  彼女が微笑む。悔しい。この先なんて云われるか、僕は知ってる。<br /> 「――溺れちゃいませんか?」<br />  くちゅり。<br />  彼女が腰をひねると、ぬるぬると蠢く蜜壷で指先が誘惑される。<br /> 「気持ちよくなりませんか? 私のここ、もう蕩けてます。貴方のが欲しく<br /> なってるんです。ごまかそうなんて思ってませんから」<br />  嘘だ~っ。絶対有耶無耶にしようと思ってる。賭けたっていい。<br />  判ってるのに、激しい鼓動と、ずきずきとねだる疼きが止まらない。<br /> 「とろとろの中に押し入れて、何回も何回もしごいて差し上げたいです。私<br /> のことをお仕置きするつもりでも良いです。私のこと嫌いなままでも、赦さ<br /> ないままでも良いです。――私も貴方を迎え入れたら、気持ちよさで蕩けて<br /> 貴方のものになってしまうかもしれないでしょう?」<br />  彼女の優しい囁きと、それを強調するように絡みつく蜜壷の淫らな蠢き。<br />  いやでも想像させられる。たまらないほどの愉悦と、小柄な彼女のを抱き<br /> しめる至福を。<br />  卑怯だ。自分でやってたときはちっとも気にならなかったけど。<br />  こんな悪いやつは見たことが無い。<br /> 「うう~」<br /> 「はい」<br />  うなる僕に、彼女は天使の笑みを向ける。<br />  意地悪なところなど無い優しい笑みが、逆に敗者へ向けられる哀れみみた<br /> いで腹がたってしょうがない。<br />  だけど、その笑みのまま彼女自身が捲りあげるスカートの内側、何重にも<br /> 折り重なった内絹に隠されたほっそりとした滑らかな太ももと、その中心で<br /> 濡れそぼって半透明の粘膜のように張り付く下着に言葉を奪われる。</div> <p><a name="502"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> 興奮のせいで紅く充血した秘肉さえ透けさせた下着は、てらてらと光る彼<br /> 女の柔肉に張り付いて視線をさえぎる役にも立っていない。さすがに羞恥の<br /> ためか瞳を潤ませた彼女がひどくゆっくりと下肢を開く。<br />  僕は誘われるようにその間に身体を割り込ませると、下着をずらしてあて<br /> がう。<br /> 「これで誤魔化されるわけじゃ……ないから……っ」<br />  強がる僕の先端が、粘膜に触れる。<br />  火傷するほどの熱さ、焦らすつもりも、焦らされるつもりもないのに、あ<br /> まりにも強い快感でゆっくりとしか挿入することができない。スローモーシ<br /> ョンのように沈み込んで行く僕の肉柱と同量の蜜が、くぷくぷとあふれ出し<br /> て彼女の滑らかな太ももの間を舐めあげるようにとろけ落ちてゆく。<br /> 「――熱い、です」<br />  彼女が眉根を寄せた切なそうな表情で震える声を出す。お互い様だ、と僕<br /> は思うけれど、食いしばる歯を緩めたら声が出てしまいそうで、何もいえな<br /> い。<br />  複雑な形を持った狭い内部がぎゅっと締め付けて、もう逃げ出してしまい<br /> たいようなのに、ずっと抱え込んでいたくなる様な麻薬的な快楽を送り込ん<br /> でくる。<br />  じっとしていてもうねるように絡み付いて天井知らずに気持ちよくさせら<br /> れそうな蜜壷に、そっと腰ごと差し入れる。<br /> 「~っ!」「~っ!」<br />  二人の息を飲むタイミングが、重なる。<br />  きついほどの快楽、なのに、甘くて幸せで頬が緩みそうになる。<br />  ぢゅくん、ぢゅくん。<br />  濡れきった音。彼女が蜜音から得ている快楽のせいで一瞬もじっとしてい<br /> られないように、身体をくねらせながら僕を見上げる。<br /> 「お慕いする方と――。結ばれ……る、の。すごい……です……ぅ。ぁああ」<br /> 「~っ!」<br />  嘘の癖に。<br />  仕事の癖に、誘惑の癖に。<br />  あんまりにも気持ち良いから、彼女の微笑が柔らかいから、抱きしめたく<br /> てたまらない。<br />  彼女が耐えかねるように顔を横に向かせて、ベッドの突きたてた僕の手首<br /> を軽く噛んで、舌先を這わせる。その仕草に胸が締め付けられる。<br />  反射的に、僕は押しつぶすように彼女を上から抱きしめる。僕の肩先にあ<br /> る、小さな彼女の頭部。髪からは少し時代がかった甘やかな香り。胸の中に<br /> 抱きかかえた彼女が、もがくように僕にしがみついてくる。</div> <p><a name="503"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> 突きこんだ肉塊を柔らかく受け止めて、たっぷりと蜜を含んだ蕩けるよう<br /> な柔らかい粘膜を絡ませてくる。動かさなくてもじれったいほどの掻痒感で、<br /> ちょっとでもゆすると腰が抜けそうなほどの快楽が沸き立つ。<br /> 「気持ち、良いですっ……。これ、気持ちいいっ」<br /> 「うん、癖になりそう」<br />  彼女の甘い声、うずもれるほどの凝った衣装の中のもがく様な動きが独占<br /> 欲をそそる。抱きしめて、ずっと抱きしめて、彼女の奥に届きたい。消せな<br /> い証を刻み込みたい。<br /> 「……って、くれ、ますか……?」<br />  消え入りそうな声。<br /> 「好きになって、くれ……ますか?」<br />  あえぎ声にまぎれた、細い糸のような問い。<br />  今まであんなに拒否してきた、意固地のようにしがみ付いていた僕の中の<br /> 絶対の境界線。諾とは云えない問い。あの痛み。失望と喪失の痛みが、蘇る。<br />  あれを繰り返すのか。<br />  あの目覚めを繰り返すのか。<br />  それは正真正銘の馬鹿のやること。あの痛みを再び? 想像さえもできな<br /> い。<br /> 「もう好きになってる。――じゃなきゃ、気持ちよくなんか、ならない」<br />  それなのに、僕は答えていた。べつに気持ちよかったからだけじゃない、<br /> と思う。<br /> 「ふ、うぁぁ」<br />  一瞬安心したように緩む彼女の身体。<br />  次の瞬間、狂ったように蜜壷が締まり、絡みつく。濃密な粘液がとめどな<br /> く零れて、お漏らしのように滴らせながら、滑らかな彼女の太ももが僕を挟<br /> み込み、腰の後ろで足首を交差させて抱き寄せる。腰の動きをロックされて<br /> しまった僕は、せまい蜜孔で扱き抜かれながらも突き抜ける快楽に硬直する。<br /> 「――好きっ、ですっ。お慕いしてますっ。だから、だから……っ。思い出<br /> してっ。信じてっ。――次も、その次も、この先もずっとっ。私を、呼んで<br /> っ」<br /> 「こんな時に、卑怯者。……そんなこと、云うからっ」<br />  彼女の一番奥まった秘密の扉に先端がぶつかる。<br />  こつんという甘い衝撃。彼女と僕の身体の中にある全ての門が開かれる。<br />  立ち上がる甘い香り、押し殺しきれない悦楽と愛情の澄んだ声、抱きしめ<br /> て互いを混じり合わせようとする欲望の果てに、僕は彼女の中に大量の精を<br /> 解き放つ。<br />  声にならない声で、彼女の名を呼びながら。<br />  知るはずも無い彼女の名を呼びながら。<br />  教えてもらうことを考え付くことも無かった彼女の名を呼びながら。</div> <p><a name="504"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> ……。<br />  …………。<br />  うっすらと目を開ける。<br />  煙ったような白明、それとも薄暮の天井が写る。<br />  見慣れた僕の部屋の、見慣れた天井。<br />  暖房嫌いの僕の、冷たい部屋。暖かい布団から出した頬に当たる部屋の中<br /> の空気と、窒息しそうな痛みを抱えるこの胸を。<br />  この胸を貫いた悲しさに耐える。<br />  ただ寂しく、虚しく、胸の奥の大事な部品をちぎり取られたように痛かっ<br /> た。<br />  夢の残滓が胸の奥で木霊だけを残している。<br />  ひどい話だよなぁ。<br />  ひどい、話だ。<br />  こうなるなんて、判ってたけどさ。<br />  判ってて、名前も知らないやつを抱いたんだけどさ。<br /><br />  彼女の言葉が、笑顔が、仕草が。波に洗われる砂浜の大事なメモのように<br /> 洗い流されていく。夢の記憶が、留めようと足掻く僕の記憶から消去されて<br /> いく。<br />  もともと彼女が存在したかどうかも怪しいけれど。<br />  そりゃ「禁断少女」なんているかどうか怪しいさ。っていうか、いないだ<br /> ろ? そんなもの。幽霊や妖怪と一緒だ。いるかもしれない。けれど、自分<br /> とは関係ないどこか遠くの話だ。そんなものは存在しないのと一緒。<br />  この世界には、優等生じみた丁寧な態度で、古風なドレスに包まれた華奢<br /> な体で、外見よりずっと意地悪で、悪巧みで。<br />  そのくせ天使みたいな少女は、存在しない。<br />  だけど、なら、なんでこんなに胸が痛むのだろう。<br />  僕は、何で一人っきりの真夜中のベッドで、冷たい凍るような涙を流して<br /> るんだろう。</div> <p><a name="505"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> 夜明けの夢のその暖かさと愛しさが、その幸福と同量の悲しさになって僕<br /> を責め立てる。思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったか<br /> もしれない。<br />  痛みを感じるほど大切な気持ちだったのに、思い出せないことがこの悲し<br /> みの根源なのか。<br />  いや。そんなの甘えだろうな。<br />  もう、誤魔化すのはやめよう。<br />  彼女が傍にいないのが、あの聡明そうな瞳で僕を見つめてくれる彼女が隣<br /> にいないのが、僕は寂しいだけなんだ。思い出せなくなるのが、忘れてしま<br /> うから悲しいなんて、それは嘘だ。苦痛を紛らわす美化に過ぎない。<br />  大好きになった相手に、振られて悲しい。<br />  嘘っぱちで、夢だったのが、悔しくて、辛い。<br />  それだけだ。<br /> 「……まったくひどい話だよな、おい」<br />  僕はもぞもぞと布団の中で身体を起こす。<br />  常夜灯のほの白い明かりに照らされた部屋の中はまるで幽霊の住む城のよ<br /> うで、僕は上に羽織るものを探る。咽喉が乾いた。何か無いかな。<br />  台所へ行こうと立ち上がった僕は部屋の中にもう一つ光源があるのに気が<br /> つく。それは型遅れのノートパソコン。電源を落とそうと指を触れる僕の指<br /> の動きに応じて、スクリーンセーバーが停止する。<br />  なんだろう。この画面は。<br />  そこにあったのは、開かれたテキストファイル。<br />  書きかけて、放置した古い文章。<br />  途中で投げだした未完成の欠片。<br />  ――思い出せるなら、これほど悲しい気持ちにはならなかったかもしれな<br /> い。</div> <p><a name="506"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> 自分で呟いた言葉がよみがえる。<br />  そりゃ、そうだよな。<br />  僕の深いところが、ずくりと痛む。諦めていたはずの遠い傷跡のような鈍<br /> 痛。全く僕はたとえ胸の内や独り言にしたって、あんな偉そうなことを云う<br /> 資格無かったよな。忘れていたのは、放り出していたのは、僕のほうだもん<br /> な。<br />  投げ出して途中で唐突に切れた文章。<br />  書きかけのテキストファイルに目を滑らせる。もしこいつらに意思と命が<br /> あるのなら、放置した僕をどう思うのか。自分を忘れてしまった書き手をど<br /> う思うのか。<br />  答えは自ずと明らかで、結局書き上げられなかった僕への罰なのだろう。<br /> あの夢も、この痛みも。消せない鈍痛が冷え切った僕の身体の中心で木霊す<br /> る。<br />  下へ下へと繰り返すスクロール。<br />  ああ、このセンテンス。<br />  覚えている。<br />  どうしても次の一行が書けなくて、どんなピースも当てはまらないような<br /> 気がして、ノらないなとか忙しいとかなんだかんだ理由をつけて、投げ出し<br /> たんだ。<br />  投げ出しただけならまだしも、思い出したくないから忘れていた。自分の<br /> 勝手で書き始めて、自分の勝手で、忘れていた。ひどい話だ。<br />  そこからは繰り返される改行。<br />  改行。改行。改行。改行。――終わりまで、後は何も無い。<br />  何も書かれていない、予定だけの空白行。<br />  でも、スクロールが止まる。<br />  改行の果て、ファイルの果てるところ。<br />  僕が投げ捨てたはずの、ガラクタのようなファイルの。<br />  白く霞んだ改行の果てに。</div> <p><a name="507"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes"> <br />  ――私たちの種族は人間のように、時間には縛られないのです。<br />  貴方の書いた文章を全て読んだから。<br />  貴方の書いた文章を、貴方がすでに書き上げたものも<br />  貴方がこれから書くものも。全て読んだから。<br />  これでは、ご質問の答えになりませんか?<br />  私たちは制約に定められた限界の中で生きるもので<br />  誰かの願いでしか好意も悪意も持てないのです。<br />  だから、貴方をお慕い出来て、良かった。<br />  貴方に願われて、恋われて、良かった。<br />  抱きしめるということは、抱かれるということは<br />  幸せなことですね。<br />  だからこれは意地悪だけど、本当のお願い。<br />  今度の逢瀬は貴方から会いに来てください。<br />  十年が千年になっても、待ちます。<br /><br />  ああ。<br />  指先が震える。<br />  僕はその私信を読み直す。二回目で、滲んだ。三回目で、読めなくなった。<br />  暗い部屋の中で、僕は寝起きの掠れた声で、笑う。水っぽくなった鼻声で、<br /> 笑う。僕は馬鹿じゃないか? 信じるのは馬鹿なことかもしれないけれど、<br /> 信じないのはその千倍も馬鹿なことだ。僕は大馬鹿だ。<br />  ――ひどい話だ。何回繰り返せば気が済むんだ。<br />  だって望んだものはここにあるのに。<br />  天国への切符は、このおんぼろのノートパソコンの中にあったのに。<br />  さぁ、どこからだ?<br />  僕は机の前に腰を下ろす。雑多なものを腕でぐいっと横にのけて、目の前<br /> に液晶画面を持ってくる。どこから手をつけてやろう? 判ってる。名前か<br /> らだ。どうしても決められなかったヒロインの名前をつけてやらなきゃいけ<br /> ない。そこからじゃないと、始まらない。<br />  夜明けまでにあと何時間だ? 時計を見る手間さえかけずに、頭の片隅で<br /> ちらりと思う。<br />  まぁいいさ。のろまな太陽め。地球の裏側を這うように進んでればいい。<br />  僕の時間は始まったばかりだ。明日の朝までにどこまで進めるか。<br />  覚悟しろよ。今度会ったら、あんな意地悪な笑顔一方的にはさせやしない。<br />  今夜の僕は、無敵だぜ。</div> <p><a name="508"></a></p> <div class="header"> </div> <div class="mes">以上ッ。新年明けましておめでとうございます。<br /> 今年もなんかぽちぽち書いたりさぼったり罰が当たったりします。<br /> にーくこーっぷーん。</div>

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