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 別に本当に信じていたわけじゃない。
 ただ、好奇心からやってみただけだった。

 ほら、よくある話だろう。
 トイレの奥から何番目を三回ノック。花子さん、遊びましょ。

 自慢にもならないが、僕は小学生の時、本当に『それ』をやったことがある。
 結果はご想像の通り。
 僕は大いに期待を裏切られたわけだが、にもかかわらず、多少年を食った今でもそのタチは変わっていなかったらしい。
 
 小さな小さな都市伝説。
 いや、それはまだ伝説というほど成長してはいなかった。
 が、確かにその芽らしきものではあるのだろうと思う。
 曰く。


――オナ禁すれば、『禁断少女』に会える。


 ばかばかしい戯言と鼻で笑うこともできたはずなのに、僕はそれを試した。
 好奇心と、まあ、多分に下心もあっただろうが、もし逢えるものならば逢ってみたい。そう思ったのである。
 『伝説』によれば、その『禁断少女』とやらは、召喚者の妄想を具現化した姿で現れるという。
 なら、僕の所にやってくるのはどんな『禁断少女』なのだろう。
 それにも、興味はあった。
 
 メイドか?
 眼鏡っ子か?
 ツンデレか?
 ゴスロリ少女か?

 僕の妄想は、どんな姿形をしているのだろう?


 ――と。
 意気込んでオナ禁を始めて七日目。
 
 早くも、僕は誘惑に負けそうになっていた。
 元々、オナニーは日課のような物だったのだ。
 世間一般の彼女ナシ男が皆そうなのかは知らないが、少なくとも、僕はそうやって性欲のはけ口を見出すことで、何とか思春期の煩悶を紛らしていたのである。
 今までだって、三日溜めれば暴発しそうな気がしていた。
 それが一週間。
 笑うなかれ。
 僕にとっては、とうに限界を突破している。
 もはや、股間の二つの玉に渦巻く澱みを具体的に感じる(……と錯覚する)ほどにまで追い詰められているのであった。

(どうせ、ただの噂だろう?)
 漫画的表現でよくありそうな悪魔のささやきが、僕の意志を挫けさせようとする。
 実際、オナ禁なんてしたところで何の益もないのである。
 溜まるのは、ストレスと精液だけ。
 今の僕なら、女と名が付けば、幼稚園児から老婆にまででも発情する自信があった。
 ゆえに、苛々もつのる。
 そこまでして結果得るものが何もないのだとしたら、それこそ間抜けの極みとしか言いようがない。
 花子さんとは違って、『禁断少女』はいつ出てくるかわからないのである。
 その来るのか来ないのかわからない『いつか』まで、永遠にオナ禁し続けなければならないのだとしたら、それは僕にとっては地獄そのものと言えた。
(負けちまえよ……!)
 悪魔はさらに、僕の耳元で囁く。
「……だよな」
 僕は、その囁きに身を委ねる。
「やって――られっか!」
 一人叫び、枕元に積み上げてあるエロ本に手を伸ばす。
 
 ――伸ばした。
 その時。

「あら、やめてしまうのね。ここまで頑張ったのに、勿体無い」

 頭の後ろから、
 声がした。

 振り向く。
 先には。

「私のこと、呼んだでしょう」

 胡蝶の紋の振袖を纏った、一人の少女が佇んでいた。


「ほ……」
 僕は言葉を失い、硬直した。
「ほんも――の?」
 やっとのことで、それだけ言葉を発する。
「当然……でしょう」
 市松人形然としたその少女は、ころころと笑いながら、僕の方に擦り寄ってくる。
 その動きに併せて、艶やかな彼女の長い黒髪がゆらりとたゆたう。
「これだけ辛抱したのだもの。そろそろ現れてあげなければ、貴方が可哀相」
 『少女』とは思えない色気を帯びた微笑を浮かべながら、彼女は言った。
「ふふふ……。莫迦丸出しね。幻想の中の少女に、こんなにも恋焦がれて」
「ち、違っ……」
「違うの?」
 淡雪のように白い彼女の細指が、僕の股間をつ、と撫でる。
「――もう、こんなにしているのに?」
 そう。
 いつの間にか――いや、彼女が現れたその瞬間から、僕の逸物は大きくそそり立ち、ジーパンの布地を三角錐のような形に盛り上げていた。
「好奇心? 試しにやってみた? そうじゃないでしょう」
 嗅いだこともないのに何故かそれとわかる――わかってしまう白粉の匂いが、僕を包む。
「貴方は、本心から、心の底から、『私』に逢いたいと願っていた」
 さくらんぼのような薄い桃色をした一対の唇から紡ぎだされる、鈴の転がるがごとき丸い声色が、僕を苛む。
「そして――私に『イかせて欲しい』。そう思っていた」

 ――ああ。
 僕は嘆息する。

 そして気付く。
 『確かに、僕は、彼女を、待ち望んでいた』のだと。

 僕の心の襞に埋もれた、遠い記憶が蘇る。
 ひとり旧校舎のトイレを訪れて、その扉をノックした日の記憶。
 あの時、僕は本当にただ好奇心からのみ、『儀式』を行ったのか?
 答えは否。
 そうではない。
 僕は、本当に『花子さん』が現れてくれることを期待していたのだ。
 だから。
 だからこそ。
 落胆した。
 裏切られた、と感じたのだ。

 そして、もう一つ。
 あの時、僕の学校に伝わっていた『花子さん』は。
 僕の脳裏に浮かんでいた『花子さん』の姿は。
 
 丁度、目の前にいる『彼女』のそれと寸分違わぬものであったのだ。

「『私』に逢って、貴方は何をしたかった?」
 少女が問う。
「ともだちに……なろうとおもったんだ」
 僕は答える。
「それだけ?」
 違う。
「こいびとどうしに……」
 
 なりたかった。

「ふふ、いいわ」
 彼女は言った。
「私はそのためのモノなのだから。その為に存在しているのだから。望み通り、貴方の『恋人』になりましょう。貴方を『逝かせて』あげましょう」
 
「――現世は夢。夜の夢こそ真実。『私』を呼ばったその心根に、『私』は全身全霊を以って、報いますわ」


 だらしなく延びきった僕の脚の間に、少女は正座し、中心にそびえる『モノ』を眺めていた。
「期待してくれているのね。嬉しい」
 一週間分――世の基準からすれば大して多くはないのかも知れないが、ともかく――の欲望を内に湛えたその肉塊を、彼女は潤んだ瞳でじぃっと見詰める。
 その視線を感じるだけで、僕は、背筋を貫かれるような心地よさを覚えた。
 視姦だけで、イってしまいそうな気がした。
「うふふ……。幾ら何でもまだ早すぎるわ。お愉しみはこれからだというのに」
 僕の心を読んだかのように少女は言い、そして、前のめりに身体を倒して徐々に逸物に顔を近づける。
 さわさわとした黒髪の感触が僕の内股をそっと撫でた。
「凄い。ぴくぴく動いて、まるで生き物の様。可愛らしいったら」
 そう言って、彼女は戯れなのか、それにふぅっと息を吹きかける。
「うぅっ……!」
 ぞわりと全身が総毛立つような感じがして、僕は思わず声を漏らしてしまう。
 その声を耳にした少女は、上目遣いで勝ち誇ったような視線を僕に向けてきた。
「溜まっているのね?」
「悪いかよっ。だからこそ、君が出てきたんだろう?」
「別に。悪いなんて一言も。ただ――」
 いったん言葉を区切り、彼女はさらに僕の分身に近づいた。
「――そんなに長くは持たないのだろうな、と思って」
 そして、ちろり、とその先端、とくとくと先走りを溢している尿道口の辺りを舌先でなぞった。
 再び背筋に電流が走る。
 僕は頭がどうにかなってしまうのではないかと思った。
 ほんのわずかな刺激でさえこれだ。
 確かに、彼女の言う通り、長持ちさせるのは難しいのかも知れなかった。

 だが。
「……嫌だ」
 知らず、僕の唇が言葉を発する。
「……ん? 何と言ったの?」
「そんなの、嫌だ!」
 イってしまえば、きっと彼女は消える。
 出遭って間もない、こんなに短い時間で彼女と別れなければならない。
 それはどうしようもなく耐え難いことだった。

 何故って。
 彼女が。
 彼女を構成する要素の総てが。
 僕にとっては愛おしく、また同時に『快楽』であったから、だ。
 長らく望み、願い続けていたモノ。その具現。
 やっと出遭えた僕の理想。

「もっと君と一緒に居たい! もっと君と時間を共有したい! もっと君を――感じたい!」
「だったら、頑張ることね」
 ふわり、と彼女が微笑んだ。
 その表情はとても満足げで。
 
 ……何故かそれが、少女の実存を僕に強く意識させる。
 たとえ彼女が僕の妄想の産物だったとしても、彼女は今、『此処に居る』。
 
「……行くわよ」
 少女が僕のものをぱくりと咥え込む。
 快楽との闘いが始まった。


「んっ…んんっ……」
 ぐぷぐぷと音を立て、少女の頭が激しく上下する。
 僕は腹筋に力を込め、とめどなく込み上げてくる射精感を必死で堪えた。
 初めて体験するフェラチオという行為は、想像していたよりも数倍甘美で、心地よかった。
 僕の『理想』そのものである少女がそれを行っているということも、あるいはその快感の一助となっているかもしれない。
 少女の舌遣いは、確実に僕のツボを心得、急所を捉えている。
 激しい中にも緩急を付け、ただ上下させるだけではない、複雑な動きを絡めている。
 たぶん、それゆえの『禁断少女』なのだろう。
 僕のことなど、知り尽くしている。
 望んでいることも。
 気持ちの上でだけなら、何度絶頂したかわからない。
 脳髄は痺れ、指先の先端までが快楽に震えていた。
 頬を薄紅色に染め、必死で蠕動を繰り返す少女の表情さえ、僕の瞳には映らない。
 視界は混濁し、目を開いているのか、閉じているのかもわからなかった。
 
 けれど、それでも。
 それだけの快楽を与えられて尚、僕は精を解き放つことはしなかった。

 何故、ここまで耐えられるのだろう?
 経験がないから想像でしかないが、僕は決して性的な刺激に強い方ではないはずだった。
 いわゆる、『早漏』なんだろうとずっと思っていた。
 実際、日々繰り返される自慰行為は短く、ほんの十分足らずで終わってしまうのだ。
 にもかかわらず、今の僕は、度重なる絶頂感を凌ぎきり、与えられる快感に酔いしれるだけの猶予を得ていた。
 何故だ?
 これが『夢』だからか?
 そう考えるのは簡単だったが、それはあまりにも浪漫に欠ける、稚拙な解答であるように僕は思えた。
 だから、僕はこう考える。

 『僕』はここにいない。
 『僕』という存在は虚空に溶け、彼女の口の中のペニスだけが、今、この瞬間の『僕』。
 『僕』はただのチンポそのものだから――だから、彼女の刺激を甘受しても、自分を制御できる。
 『僕』は今、その全身を彼女の小さな小さな唇に抱かれているのだ。

 同じ『夢』なら、そっちの方がよっぽど素敵だ。

 ひどく無様で滑稽な想像だったが、しかし僕にはそれが相応しいように思えて仕方なかった。

 カウパー液が尿道を伝う感覚など、僕は知らない。
 そういう感触を認識することができることにさえ、今まで気がつかなかった。
 そこまで、僕の神経は股間のモノ、一点に収束されている。
 そしてまた、溢れて溢れて溢れるその液体は、彼女の口腔の中で唾液と交じり合い、嚥下されているはずだった。
 つまり、それは、『僕』が彼女の一部になれているということで。
 この歓喜を表す言葉を僕は思いつくことができない。


「んっ…! んっ…! んぅっ…!」
 少女の律動が速度を増し、それに併せて鼻から漏れる呼吸音も速まっていく。
 彼女も頑張っている。
 僕を高め、僕を絶頂に導くために頑張っている。
 
 僕のために。

 ふと、それに気付いた瞬間、唐突に感覚が戻ってきた。
 真っ白だった視界に色が付き、朧げだった輪郭が具体的な質量を取り戻した。
 
 瞬間、僕の目に焼きついた物。
 それは、度重なる蠕動に紅潮した彼女の頬でも、あたかも生きているかのようにひらひら舞う振袖の蝶の文様でもなく。
 
 さらさら流れる彼女の髪。
 どんな絹糸よりも細く、艶やかな彼女の黒髪。
 だった。
  

 
 ヨ ゴ シ タ イ 。


 コ レ ヲ 。
  


――僕の中の何かが、強く訴えかける。
 
 気付くと、僕は彼女の頭を掴み、ペニスから引き剥がしていた。
「何…を……?」
 予期せぬ僕の行動に驚き目を丸くする彼女を余所に、僕は髪の一房を手に取る。
 そして、その美しい弦を逸物に絡みつけ、猛烈に扱き始めた。
 昂ぶりに昂ぶって、もはや神経が剥き出しになったかのような僕の分身を、無数の糸が刺激する。
 いや、今の『僕』はペニスなのだから、全身を、と言い換えた方がいいかもしれない。
 ひらひら舞う彼女はまるで蝶のようだったが、その実質は、蜘蛛だったわけだ。
 蜘蛛の糸に絡めとられている哀れな蝶は、僕の方だったわけだ。

「……面白い」
 少女がぽつりと呟いた。
「何が貴方をそうさせるのかしら……?」
 その言葉も、僕の耳には入らない。
「そう……。それが『貴方』なのね……」
 彼女は幼子を宥めるように『僕』に掌を添え、そして、言った。
もう一言だけ。

「……お逝きなさい。存分に」

 刹那。
 その言葉が引き鉄であったかのように。
 『僕』の中に渦巻く、永く淀んでいた塊/魂が解き放たれる。

 疾走った奔流が彼女の頬を掠め、穢れない黒に白く一筋汚れを付ける。
 それを見届けて、僕は。
 僕の意識は、光に還った。



「かえ……った?」
 がくん、と急ブレーキでもかけられたかのような衝撃を受けたような気がして、僕は我に『返った』。
 
 蝶の振袖の少女は、もういなかった。
 いや、そもそも、本当にいたのかどうか。
 彼女の髪を汚したはずの精液は、僕の部屋の床を這い、フローリングの上に敷かれたカーペットを汚している……だけだった。
 
「やっべぇぇぇ!! ティッシュ、ティッシュ!!」
 絨毯にこびりついた精液は、想像通りめちゃくちゃ粘っこく、全部を取りきるのは到底不可能――みたいだった。
「うぅぅ……。なんで僕はこんなことをやってんだ」
 それもこれも、変な噂に惑わされて、オナ禁なんか始めたせいだ。
「もー、やだ! 二度とオナ禁なんかしねえっ!」

 ……と。
 
――そしたら、もう二度と私にも逢えない、ということねえ。

 頭の中で、声が聞こえた気がした。
「え?」
 思わず、僕は聞き返す。
「また、逢えるのか……?」
 だが、返事は返ってこない。
 僕は、はぁ、と大きな溜め息をついた。
 自分の妄想力の強さには自信があるつもりだったが、今日ばかりはネガティブな意味で、ほとほと愛想が尽きた。

 馬鹿な。
 そんなはず、ないじゃないか。
 『禁断少女』は夢だったのだ。
 オナニー断ちのせいで、どーにかなってしまった僕の頭が作り出した、極めて良く出来た幻だったのだ。
「だよ……な?」
 自分に言い聞かせるように問いながら、ふと、掌を見る。

 そこには。

 指と指の間に絡まった、一本の黒く、長い髪の毛があった。
 短髪である僕のものではあり得ない、長い長い髪の毛が。

「『禁断少女』……」
 名前にしてはひどく無機質で、生命の通っていないその単語を、僕は呟く。
「今度逢ったら、名前を聞かなきゃな……」
 かくして、前言はものすっごく簡単に翻されることと相成った。

 
 ……ただ。
 それは当分先のことだろう。
 ……と、思う。
 

「この記憶があれば、半年は闘える……」
 はっきり、くっきりと、僕の脳に刻み込まれた『彼女』との記憶。
 この髪の毛が、それを補完してくれるはずだ。

 ごめんよ、『禁断少女』。
 僕はしばらくまた、オナニー魔に戻ります。
 それもこれも、君が魅力的過ぎるせいだからですよ!

 ……って、言い訳がましいよな、僕。