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「おい、お前何してんだよ」

 パソコンに向かってカタカタ叩いているバカに話しかけた。
 折角人が遊びに来てやったっていうのに、今日はずっとパソコンに向かって何かしっぱなしだ。
 友達甲斐のないやつだが、これでも腐れ縁だ。
 まあ、エロゲとか確かにその手の情報には詳しくて、
 それ関係でちょっとお世話になっているから文句は言えないがな。

 今日もまたPCに向かいっぱなし。
 適当にマンガなんかを引っ張り出して読んではいるものの、
 人のこと家に呼んでおきながら、さっきからずっとキーボード打つことしかしていない。

 そろそろとさかに来て、肩を叩いた。

「ん? 何?」

 何じゃねぇよ、糞。
 なんだよその目、クマできてるじゃねぇか。
 不健康そうな顔しやがって……ちゃんと寝てるのかよ、こいつ。

「ああ、ちょっとSSをな」
「SS? ナチか?」
「いや……そのSSじゃない」
「せきゅりてぃーさーびす?」
「それでもない」
「しゃふとせきゅりてーさーびす……?」
「違うし、Sが一つ多い」
「星新一」
「惜しいな。ショートストーリー、ま、短編小説みたいなもんだ」
「ふーん……」

 PCの画面を覗いてみると、本当に小説みたいだ。
 「あぁ~ん」とか「いくぅ」とかそんな文字が躍っている。
 阿呆か、こいつ。
 こいつが書いている以上官能小説だとは思っていたが、
 それを惜しげもなく俺に見せれるって、イタくね? こいつ……。
 ……今に始まったことじゃねぇな。

 軽く目を通してみると、なにやらさっき俺が読んでいた漫画のキャラの名前があった。
 ヒロイン役と主人公……エレベーターに閉じこめられてエッチなんて笑えない展開みたいだ。
 こいつも好きだなぁ。

「で? 俺を呼んでおいてこんなもん書いているのは一体どういうつもりだ?」
「あ、ああ……」

 一瞬、瞳に怯えが見えた。
 少し顔を伏せ、かけているメガネの位置を正すと、俺をまっすぐ見据えてくる。

「じ、実はな……」
「……なんだよ」

 やっぱりこいつは怯えていた。
 微かに手が震え、やっぱり瞳には不安げな光が宿っている。


「感じるんだよ」
「何が?」
「気配を……気配を感じるんだ」
「な、何の気配?」
「わからない……エロSSを書いていると、な。
 何かが、誰かが、どこかで俺を見ているような気がするんだ」
「は? き、気のせいじゃね?」
「気のせいなんかじゃない! 確かに何かが見てるんだ!」

 精神を病んだのか……。
 そこまでエロにこだわるとは、まさしく変態だな。

「ふぅ……大丈夫だよ。そういった経験は俺にもある。
 風呂で頭洗っているとき、後ろに誰かいるんじゃないか、とか思って何度も振り返ったり」
「違う! 違うんだよ! 本当にいるんだって!」

 パソコンラックに備え付けの椅子を蹴倒し、俺の肩を掴んで振った。
 どうやら本当に精神が衰弱してしまったみたいだ。
 このところ毎日部屋に閉じこもってみたいだし、少し付き合ってやらないと本当にやばいかもしれんな。

「わかったよ、わかった。じゃ、俺はその誰かか何かが来るのを見張ってりゃいいんだな」
「あ、ああ……頼む……」

 ま、これが終わったら外に出して一杯奢るか。
 そうすりゃ、この神経質閉じこもり野郎の顔色もちったぁよくなるだろうよ。
 ……にしても、何が好きなのかねぇ。

 来る前に買っておいたペットボトルのジュースを軽く口に含みながら、
 PCのモニターを覗き込んでみた。
 中々素晴らしいキーボード捌きで次々文字が打ち込まれていく。
 時折、うぁぁ、とか、おっぅ、とかうめき声をあげる。
 曰く、書けなくなったときの悲鳴らしい。
 一分二分、頭を抱えたと思うと、再びキーボードを打ち始める。

 やれやれ、見ている方は相当暇だ。

 しばらくすると読んでいた漫画にも飽き、目を離してあいつの背中を見る。
 相変わらず画面に向かってキーボードをカタカタ叩いている。
 なんだか段々眠気が出てきた。

 まあ、暇だからな。
 少し……眠らせてもらおうか。

 くちゃくちゃになっているベッドのシーツを軽く正し、その上に横になる。
 確かにベッドは軋む音をだしたが、あいつはそれに気づきもせず、
 変わらず何かに取り憑かれたかのように時折うめき声を漏らしながらもキーボードを打っている。

 さて、少し眠らせて貰うか。

 ……。


 夢を見た。
 俺がベッドに眠り、あいつがキーボードを打ち、同じ部屋に何かがいる。
 俺はその『何か』の視点になって、俺と、あいつをじっと見つめている。
 それはクローゼットの隙間から覗いていたり、テレビの裏から顔を出していたり、
 果ては俺の体の寝ているベッドの下に潜んでいたり、電灯の裏に隠れていたりした。
 同時に複数の視点を持つ奇妙な感覚と、自分の体が細かったり、小さかったり、薄っぺらかったり
 そういった尋常ではない体の感触を感じながら、無感動に、見つめていた。
 一片たりともなかった思考が、夢の最後にほんの少しだけ揺らいだ。
 それは俺の今持つ体の持ち主の名であり、更にはそれ自体に全く意味の持たぬもの。

 ――禁断少女

「はっ」
「……どうした?」

 突然目が覚めた。
 何か恐ろしい夢を見ていたのか、クーラーの効いた部屋であるにもかかわらず体が汗だくになっている。
 あいつがおどおどした表情でこちらを見てきた。
 俺がベッドに横になり、眠っていたことを特に非難することもせず……
 いや、あいつの熱狂ぶりを見て、俺が寝ていたことに気付いていないのかも知れない。

「いや、気にするな……なんでもない」
「すごい汗だぞ、大丈夫か?」
「本当に……何でもない」

 あいつは、更に何度か「大丈夫か」と続けたが、俺は首を振り続けていると「そうか」と言って
 再びキーボードを叩き始めた。
 俺はベッドの縁に座り、親指の爪を噛みながら、考えた。

 何か恐ろしい夢を見たような気がする。
 けれど、夢の内容が何も思い出せない。
 よくあることだ。
 夢なんて眠りがさめてしまうと忘れてしまうことがほとんどだ。
 でも、でも何か、重要なことがあったはずだ。

「……つっ」

 気が付けば親指は深爪していた。
 子どものころ、親に爪切りで深爪されたことがきっかけで、大人になった今でも爪を噛む癖が抜けなくなってしまった。
 もちろん普段から爪を噛んでいるわけじゃない。
 しかし、イライラしたときにはついついわかっていても爪を噛まざるを得なかった。
 それによって精神の安定をいくらか得られていたのも、認めたくはなかったが、認めざるを得ない事実でもあった。

 ふと、気が付くと外では雨が降っていた。
 小雨でもなく、かといって大雨でもない、普通の雨。
 特徴を述べるとしたら、静かな雨ということだろうか。
 雨音が一切聞こえない無音の雨でもなく、遠くで沢があるかのようなサアサアといった水音が俺の耳に届く。
 その雨のせいか、若干気温が下がったような気がした。


 なんだろう、空気が悪いような気がする。
 クーラーが効いているので、換気はちゃんとしているはずなのに、何故か息が詰まる。
 まるで何か得体のしれないガスが発生しているかのように、段々部屋の雰囲気が変わっていくのに気が付いた。
 どう変わっているのか上手く説明できない。
 あいつは相変わらずキーボードを無言で打ち続けているし、部屋の家具も勝手に動いたりしていない。
 けれど、さっきまで見ていた部屋だというのに、全く違う。
 それこそ物理法則すら違った異世界へと迷い込んでしまったような気がした。
 言いようのない懐郷病に襲われる。
 数秒前の世界へと戻りたい。
 そう強く心が願う。
 何も変わっていないのに。
 心が挫けなかったのは、あいつがいたから。
 この、どう変わったか判然としないが、とにかく変わった世界に俺は一人ではない。
 あいつというもう一人の人間がいたことだけが、俺の心の支えだった。

 俺も現金な性格なもので、あいつが唯一無二の大親友であるように感じられた。
 あいつがいればこそこの異様な世界の重圧に耐えられる……何の根拠もなくそう思えた。
 緊張も度が過ぎれば逆に冷静になるのか、いつも声をかけるときと同じ感じで、
 あいつの肩に手を置いた。

 あいつは平然としてなかった。
 俺よりも遙かに怯えて、それどころか硬直していた。
 糸は両端を強く引っ張るとピンと張って、動かない。
 けれど、何かきっかけを与えてやると激しく上下に揺れる。
 あいつの状態もそれと同じようだったみたいで、
 ずっと、指先の一ミリも動かない状態から、俺がぽんと肩を叩いたことをきっかけに、
 激しく全身が震え始めた。
 横顔はぞっとするほど青ざめ、尋常じゃない。
 キーボードに触れているだけで止まっていた状態から、いきなり全身が震えたことにより
 PCの画面に文字が次々と打たれていく。


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 daw@q@jadldaopickjl;c;,l;kpjopjopjpda
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 daljklnakgjjopzip@klp@r,k;ml;amnl;n
 dajopdajopdka:pkl;dal;c,z/.,lpiopup
 da:jfdlajfdjal:んaopuopdip@ckpjmpan
 dahoajoeja:lmdlaml:dak;:dk;:klfd;:k:das
 adj:pajojgaoklpamelmew[kopkdap:jpf
 jdkjpadkpdksopajdsiohfdioajjfdopkd
 ldasjdjajfdaljfdamnfdakljopdajoedop

 少女
                         』

「……ッ!」

 踊り狂う文字列の中に、何かを見たような気がする。
 俺の目の錯覚か……?

「ひっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
「お、おい! 大丈夫か!?」

 突然悲鳴をあげるあいつの肩を掴んだ。
 あいつはとても怯えていて、暴れはしなかったが、錯乱状態に陥っていた。
 何かをぼそぼそと言っている。
 聞き取れない。
 何を……何を言ってるんだ……?

「……女神……少女……キュン……オナ禁……千の子……も
 宿命……精液……孕み……双子……苦しみ……っ
 ふたなり……異形……人間……以外……ノボル……こ
 パロ……オリ……逆転……女兵士……キュン……シマイ……す
 オサナナジミ……リョナ……ハヤテ……pink……ロボコ……降
 悦楽不運藻掻き……呼び出す儀式……隠密……悲哀……臨
 秘密……呼び出してはならない……究極……ウッ、あッ!」
「お、おい! 大丈夫か!? 何を言ってる、何を見てるんだ!」
「来た! きたきたきた! 来た! 来たぁぁぁぁ!
 来るな、もう、だめだ、だめだ、来るな、あああああがあああ!!」

 おかしい、絶対におかしい。
 こいつは大声で叫んでいる。
 けれどその叫びはこの部屋の外へは届かない気がする。
 何故そう思ったのか俺にもわからない。
 ただ、勘、というものか、心の奥底で、ああこの声はこの部屋の外に届かないな、と
 何の根拠もなく漠然とそう思ったのだ。

 ぐっ、と腹の下が重くなった。
 この部屋に何かがいる。
 そうだ、この部屋には最初から何かがいた。
 なんで俺は気付かなかったのか。

 クローゼットの隙間にいる。
 ベッドの下にいる。
 テレビの後ろにいる。
 本棚の隙間にいる。
 ドアの向こう側にいる。
 天井裏にいる。
 床下にいる。
 部屋の四隅にいる。
 キーボードの中にいる。
 足下にいる。


 何がいる?
 ほんの少し影になったところに何がいる?
 これはなんだ、あれはなんだ。
 説明がつかない。
 全部が違い、全部が同じ。
 あれはなんだ。
 俺には見えない。
 こいつには見えているあれは何なんだ?
 黒いモノにしか見えない。
 不定形のモノにしか見えない。
 アレは何なんだ?
 なんであんなものがここにいるんだ。
 どこから来たんだ。
 なんで気が付かなかったんだ。

 あれは何なんだ?

「た、助けてくれ……」

 助けてくれ、俺を助けてくれ。
 なんでこんなことになったんだ。
 一体、あれは何なんだ。
 あのほんの少し影になったところならばどこにでもいるアレは何なんだ。
 こちらを見ているだけでなく、ごわごわと動くアレは何なんだ。
 通風口の隙間から覗いてくるアレは何なんだ。
 置物の後ろから様子をうかがってきているアレは何なんだ。
 本のページの隙間から目を向けているあれは何なんだ。
 天井裏で足音を立てるあれはなんなんだ。
 床下で蠢くあれはなんなんだ。
 テレビの凹凸に浮かぶ無数のあれはなんなんだ。
 ドアの後ろで待機しているのはなんなんだ。
 電灯の上から見下ろしてくるあれはなんなんだ。

 助けて、助けて……。

 次の瞬間、全身が総毛立った。
 パソコンラックの下にいた。
 あいつのズボンのジッパーを引き下ろし、陰茎を取り出したあれがいた。

 顔があった。
 その顔は、さっき読んでいた漫画のキャラと全く同一のものだった。
 それは俺が気付いたことに気付くと、俺の方に向いた。
 瞬時に、その顔がまったく違ったものに変わった。

 ぞっとするほど妖艶。
 魂を吸い取られるほどの美貌をもった顔。
 今すぐにでも心臓の鼓動を、えぐり出したくなるほどの魅力。
 美しかった。
 その顔はとても美しかった。
 あまりにも美しすぎて、死ぬほどの美しさだった。

 俺は逃げ出した。
 恍惚の表情を浮かべた友人を見捨てて俺は逃げ出した。
 目をつぶり、壁に当たってもくじけず、逃げた。
 走って走って、走って、街中を走って、逃げた。


 気が付くと、俺の部屋にいた。
 全身の活力を抜かれてしまったようにつかれてしまった。
 自分が百歳の老人になってしまったかのように、体が動かない。
 裸足で街中を走ったので、足は惨憺たるものになっている。

 駄目だった、逃げ切れなかった。
 背後にあれを感じる。
 もう俺は駄目だ。

 つかれた腕を無理矢理動かし、部屋のPCにスイッチをいれる。
 すぐさまモニターに彩りがみなぎり、PCが静かな動作音を発する。

 俺に何ができるんだろうか。
 あいつが書いていたSS……アレの正体がわかるヒントがあるのかもしれない。
 もちろんないかもしれない。
 正体がわかったところで、何かが変わるとも思えない。
 しかし、どうせ何もやることはない。
 ただ、あれの存在が一体何なのかだけを調べるくらいはいいだろう。

 あいつの行っていたサイトをグーグルで検索し、ページをすすめる。

 あった、これだ。

 ――禁断少女

 これが一体何なのか、クリックすればわかるだろう。
 あるいはわからないかもしれない。

 ああ、後ろの禁断少女が俺の元へ迫ってきている。
 時間がない。

 マウスを指で叩くと軽快なカチカチという音が俺の耳に届いた。